機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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虚無の楽園

「ねえ、これって……」

 

 クロノとウイルスによって広がる波紋は外の現実世界にも伝わっていた。立体モニターに見えるアンチブレイカーをはじめとした機体群とのバトルの様子を見て、夕香もすぐに事態に気づいたのだろう。表情に不安を滲ませている。

 

「ええ、恐らく……。いえ、間違いないでしょうね」

 

 一矢達ほどではないにせよ、夕香やシオンもウイルス騒動に関わりがある。モニターを覆わんばかりのアンチブレイカーの姿を見れば、嫌でも事態を把握してしまうというものだ。

 

「──ちょっとなんなの!?」

 

 そんな中、耳に届いたのはヒステリーに似た叫び声であった。声のままに視線を向ければ、外に出ようと一部の人間が観客席への出入り口に集まるなか、このイベントの為に設置されていた数多くのワークボットが入り口を塞いでいるではないか。

 

「いってぇっ!?」

「あれ、今の声……?」

 

 しかも無理に出ようとすれば、叩き潰すかの如く強引に観客席の方に叩き返されてしまうではないか。地面に叩きつけられて悲鳴をあげた少年の声を聞き、夕香は聞き覚えがあると顔を顰める。

 

「そこをどいて! 私達は行かなくちゃいけないの!」

「まなみん達……!?」

 

 この観客席を出ようと道を塞ぐワークボットに抗議の声を上げる人々の中には聖皇学園ガンプラチームの姿があった。どうやら先程の悲鳴は拓也のものだったようだ。他にも厳也や影二達を心配して、運営側に向かおうとする咲達などの関係者達の姿がある。

 

 《この場から離れる事は許可されておりません》

「どうして!?」

 《観客はいるからこそ意味がある……とのことです。さあ席へ御戻りを》

 

 だが真実の言葉すら無慈悲に無機質な言葉で返されてしまう。なお食い下がろうとしない言葉にすら前に威圧を持って進み出たワークボットによってそれ以上の問答は不要とばかりに答えられる。それはこれ以上、抵抗しようものならば手荒な手段をとるということだろう。

 

「……夕香、SNSでこの事、拡散されてるよ」

「この騒ぎじゃそうだろうね。でもワークボットの言葉を聞く限りじゃ、そっちのが都合が良いんじゃない」

 

 裕喜が携帯端末でSNSを表示させる。どうやらこの会場内で既にSNSにこの事態を拡散した者が何人かいるようだ。だがバトルフィールドの様子は既にハルの中継によって衆目に晒されているだろう。

 

(イッチ……大丈夫なんだよね……?)

 

 夕香は再び立体モニターを見やる。アンチブレイカーの存在は既に宇宙エレベーターの漂流、SSPGなどで名称は分からなくとも、それがウイルスを、危険を齎す災い存在である事は分かっている。

 

 だがそれ故に、今、フィールド発生上に無数に現れ、選ばれたファイター達のガンプラ達へ暴虐の限りを尽くさんとするその姿は恐怖を与えるのだろう。モニターを見る者全ての表情に恐怖の感情が色濃く宿る。

 

 夕香もその一人であり、モニターに映ることのないリミットブレイカーを、一矢の身を案じてギュッと胸の前でか細い手を握る。

 

 ・・・

 

「主任、コントロールを掌握されないようにするので精一杯です……! ですがこのままでは……ッ!」

「ワクチンプログラムは今、全てのシミュレーターに適応させた! 今のうちに出来ることは全て行うッ!」

 

 また運営側となる開発陣はシステムのコントロールを奪おうとするウイルス達を何とか食い止めるのに必死だった。既にカドマツの作成したワクチンプログラムは全てのシミュレーターに適応させたとはいえ、それでもいまだ事態は好転しない。

 

「如月君達はどうしたのだ!? 彼らの姿が見えないぞ!」

「それが……VR空間その物には反応があるのですが、彼らだけ別に切り離されているようです……」

 

 開発者はバトルフィールド内のが機体の中で翔達がいないことを尋ねると翔達のシミュレーターを確認しながら苦い声で答えられ、表情を歪ませる。

 

「先に彼らを……。先手を打ったと言うのか……! これでは……ッ!!」

 

 翔達への影響は何も当人だけではない。圧倒的な実力、絶望への反抗、希望の象徴……人によってその存在が異なるガンダムブレイカーが一機もいないことは見る者に絶望を与える。それもそうだろう、これまでのウイルスに関わる多くの事件をガンダムブレイカー達が解決に導いてきたのだ。

 

 そんな象徴がいないと言う事は、このような事態で無自覚に彼らの存在を求めていた多くの者達に絶望を与えているのだ。それは苦戦を強いられて見る見るうちに損傷を与えられている名だたるファイター達の機体を見て、尚更であろう。

 

「だったらあいつ等を取り戻せば良いだけだろ!」

 

 このままでは最悪の事態になる。頭を悩ませている開発陣だったが、そこに光明を当てるように声を上げたのはカドマツであった。

 

「俺達がやる事は変わらない……!」

 

 カドマツもまたこの事態にワクチンプログラムの提供のみならず、少しでも状況を好転させようと手を打っているのだ。今もなお、クロノに囚われた一矢達を救い出そうと必死に考えを張り巡らせている。

 

「ずっとあいつ等に頼って来たんだ! だったら少しでもあいつ等の助けになる事をするのが筋ってもんだろ!」

 

 カドマツのワクチンプログラムは彼が過去に口にしていたように強いファイターが必要となる。だからこそ彩渡商店街チームのみならず、これまでのガンダムブレイカー達が事件を解決に導いてきた。だがそれは特に子供である一矢達を危険な状況に巻き込んでの事だ。

 

 SSPGの一件で自分やミスター達は一部のネット上に糾弾されるかのように叩かれているのは分かっている。自分達の行いがどれだけ危険な事に子供を巻き込んだのかも……。

 

 だからこそなのだ。今まで頼って来たからこそ、何より自分の手で助け出したい。その想いでカドマツは思考と手を動かし続けるのだ。

 

「そうだな……ッ! 我々も自分達が出来る最善の事をしよう!!」

 

 カドマツの言葉に触発されたように開発陣も表情を引き締め、現状に真正面から向き合い、最善策を導き出そうとする。

 

 ・・・

 

「ねえ、ロボ太……。俺、何か忘れてるような気がするんだ……。なんでなんだろうな」

 

 一方、クロノの仕掛けた世界に閉じ込められた一矢は近くのロボ太に引っかかりを感じたように尋ねる。

 

≪それはきっと夢を見ていたからだろう。先程の主殿の寝顔を拝見したが、非常に険しい顔をしていた≫

「……険しい? ……悪い夢、だったのかな……? 起きる前の事を……思い出せないんだ」

 

 ロボ太の言葉に一矢は首を傾げる。あの激しい頭痛以降、一矢達は現実とVRの区別がつかず、まさに夢の中に落ちてしまっているのだ。

 

「あんまり気にすんなよ。夢は夢だろ」

「それよりもそろそろ受験を視野に入れなくて大丈夫なのかしら?」

「学生は大変だもんね。何だったら私やシュウジ君達が教えるよ」

 

 そんな一矢にシュウジが背中を叩きながら軽く声をかける。それに続くように放たれたカガミの言葉に一矢の表情が強張るなか、一矢の表情に苦笑を交えながら、ヴェルがシュウジ達を見やりながら申し出る。

 

「……シュウジに教えられるの?」

「お前、俺のこと脳筋か何かと思ってるだろ」

 

 からかうように冗談を口にする一矢にシュウジは青筋を浮かべる。そんなやり取りに周囲が笑うなか、今まで難しい表情を浮かべていた一矢も微笑を浮かべる。

 

「なあ、一矢。そろそろガンプラバトルをしないか?」

「ガンプラバトル?」

「ああ。何の邪魔も入らず、何かの手段であることもない。純粋なバトルだ。ここなら幾らでも出来るぜ」

 

 シュウジも何だかんだで笑いつつも一矢にガンプラバトルを申し出る。咄嗟に誘われたので一矢が首を傾げるなか、シュウジは含みのある物言いでガンプラバトルシミュレーターを指さす。

 

「……うん」

 

 その言葉に一矢は頷くと、シュウジと共にガンプラバトルシミュレーターに向かっていく。

 

(……何だか心地良いな……。心地よ過ぎるくらいだけど)

 

 ……違和感その物は一矢とて感じている。しかしクロノの手中に、夢の中に囚われた一矢にはそれが何であるか分からなかった。

 

 ・・・

 

「シュウジ」

 

 シュウジもまたまた一矢と同じ状態であり実家の庭園で母が用意してくれた着物に着替えていた。そんなシュウジに母の呼び声がかかる。

 

「ご飯、出来たわよ」

 

 顔を向けるシュウジに母の優しい声が用件を伝える。先程まで庭園を眺めていたシュウジはそのまま母に導かれるまま、家の中に入る。

 

「あれ、親父……じゃなくて、父さんは?」

「サクヤと裏の道場で稽古に行ったわ。食べ終わったら、アナタも顔を見せれば?」

 

 テーブルには自分の為に作られたと思われる食事が。だが周囲に父の姿はなく、シュウジは味噌汁を注いでいる母に尋ねると、どうやらこの場にはいないようだ。

 味噌汁と母がよそってくれた炊き立ての白米の入った茶碗を受け取りながら、シュウジはいただきます、と口にしながら食事をとる。

 

「美味い……。美味いよ、これ」

 

 母の手料理を噛み締めるように食べるシュウジに母はただ慈しむように笑うのみだ。

 

「シュウジ、アナタ……泣いてるわよ」

 

 だが遂に母はシュウジに今の彼について触れる。何とシュウジは知らず知らずに涙を流しながら、母の手料理を口にしていたのだ。

 

「な、なんでだろうな……。俺、ずっとここに居た筈なのに……。母さんの手料理……すっげぇ久しぶりに感じるんだ……っ」

「久しぶりねぇ……。でも泣いちゃうほど母さんの手料理が恋しかったんだ?」

 

 涙を拭いながら泣き笑いを浮かべる。実際、それもそうだろう。現実の彼は幼い頃に両親と死別した。この手料理だって彼の幼き記憶の断片が再現しているに過ぎない。だがこの【理想郷】にいる彼はその事を封じ込められている。そんな彼に母は可笑しそうに笑いながら、頬杖をついてからかう。

 

「ホント、幾つになっても子供ね。そろそろ浮いた話でもないのかしら?」

「浮いた、話……?」

 

 孫の顔が見たいわ、などと口にする母にシュウジはここで顔を顰める。

 

『シュウジ君っ』

 

 そして脳裏に過る優しく柔らかな声。だがいくら思い出そうと今の彼に姿形がはっきりと思い出す事は出来なかった。何故なら今の彼は【理想郷】にいるから。戦争がない世界、それはつまり愛する人とも出会う事がなかった未来なのだ。だがその事をこの環境下で現実に関わる一切を封じられている彼には分からなかった。

 

 ・・・

 

(……ここから何とか……抜け出さなくては……ッ!!)

 

 だが一人だけこの理想郷と現実を何とか繋ぎ止めようとした者がいた。

 如月翔だ。彼は今なお、記憶を封じ込め、理想郷に適応させようとする強制力に何とか抗っていた。

 

「翔さん、なんだか苦しそうですよ?」

「気に……するな……」

 

 それが彼が人類というカテゴリから外れたどこにも属さない他種だからなのかは分からない。だが瞳を虹色に輝かせ、己の能力を最大限に発揮して踏み止まっているのだ。そんな翔にあやこが声をかけようとするが、なるべく平静を保って答える。

 

(絶対に……っ……忘れちゃいけないんだ……! 例え苦しくても……辛くても……! 全てを忘れたら……なかったことになったら……! それは……ッ……【俺】じゃないんだから)

 

 理想郷に適応させるために、少しずつ封じられる異世界の記憶を手放すまいとするのが必死だった。もう既に今の翔でさえレーア達の名前を思い出す事が出来なくなってしまっている。だがそれでも繋ぎ止めようとするのは自分が自分であるためだろう。

 

 確かに苦しんだ。だがそれが糧となって今の如月翔を作ったのだ。それがなかった世界などそれは今の如月翔には決して繋がらないのだから。

 

 ・・・

 

「──翔さん?」

 

 そしてそれはエヴェイユの力を通じて、現実のバトルフィールドで戦っているリーナや風香、そして覚醒しきれてはいないとはいえレーアにも伝わっていた。

 

「レーアお姉ちゃん……。聞こえた? 翔の声」

「……ええ。例えいなくたって翔が抗っているのは分かるわ」

 

 アンチブレイカーを撃破しながらリーナは近くのレーアに通信を入れる。どうやら先程、感じ取ったのは間違いではないらしい。

 

「……そうね。アナタはそう言う人よね、翔」

 

 最後まで諦めるな。抗う手段があるとはいえ苦しんでも翔は諦めずに抗っているのだ。

 そんな翔の存在を感じ取ったレーアもアンチブレイカーをすれ違いざまに撃破し、そのまま瞬く間に撃破数を増やしていく。

 

 確かにバトルフィールドにガンダムブレイカーはいない。

 だが諦めずに戦い続けるレーア達のように、彼らを助け出そうと何とか模索し続けるカドマツ達のように、例え希望が潰えてしまっても希望が残したものはなくならないのだから。


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