機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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おぞましき理想郷

「一矢をッ! どうしたのッ!?」

 

 クロノの手によって目の前で影に呑まれて消えてしまったリミットブレイカー。その行方を知ろうと半ば錯乱気味にアザレアリバイブは真っ直ぐとデクスマキナに向かって行きながら問いかける。

 

 しかしだ。デクスマキナは、クロノはミサのことは眼中にないとばかりに答えるどころか、アザレアリバイブを気にする素振りを見せない。

 

「答えてッ!!」

 

 堪らずミサは険しい表情で怒号のような叫びをあげながら無我夢中でアンチブレイカー達の攻撃を掻い潜り、デクスマキナに大型対艦刀を振り下ろす。

 

「血気盛んなものだ。ふむ……。だが、君と彼との関係を考えれば、さして不思議なことではないか」

 

 だがその刃がデクスマキナに届くことはなく、その前にビームナギナタによって受け止められてしまう。鍔迫り合いの形にはなっているもののここで叩き潰してでも聞き出そうとするかのようにバーニアを全開に稼働させて、デクスマキナを押し払おうとする。

 

「っ!?」

 

 その様を見て、尊く美しいものを見るように柔らかな口ぶりであったクロノだが、一方で振り払われたのはアザレアリバイブであり、その瞬間にミサさえも見えぬ一撃がアザレアリバイブのメガキャノンを切断した瞬間に爆発してアザレアリバイブはその爆風のあおりを受けてしまう。

 

「なに、気にする事はない。彼を別に危険な目に遭わせてはいないさ。ただ夢を見てもらっているだけのことだ」

「夢……?」

 

 明らかに手を抜かれている。機体には手を出さず、メガキャノンのみを切断したのはそれだけの余裕があるからなのか。すぐにデクスマキナを見据えるミサだが、クロノの言葉に眉を寄せる。

 

「そこはうたかたの理想郷。苦しみも悲しみもない万物万象に満たされた世界さ」

 

 意味深な発言をするクロノだが、ミサにはその一切の意味が分からない。ただ一つ分かっているのはクロノをこのままにして良い訳ではないと言う事だ。

 アザレアリバイブは迫るアンチブレイカーの攻撃を何とか掻い潜りながらデクスマキナへ挑んでいくのであった。

 

 ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました一矢がまず耳に入れたのは、けたましい喧騒であった。思わず身体を大きく震わせて飛び起きて周囲を見渡す。そこはどうやらゲームセンターのようだ。

 

「ここは……?」

 

 しかもこの内装に一矢は覚えがある。それは自分やミサがよく通うイラトゲームパークに非常に酷似しているではないか。否、イラトゲームパークなのか?少なくともイラトやインフォの姿がある。しかしそれはおかしい。自分は───。

 

「ぐっ!?」

 

 頭を鈍器で殴られたかのような鈍い衝撃が走り堪らず頭を抑える。自分のこと、自分に置かれた状況を思い出そうとすると、まるで【外に出ようとするのを強く押し留める】かのように決まって激しい頭痛に襲われるのだ。

 

「大丈夫?」

≪どうかされたか?≫

 

 何故、そのような出来事が起きるのか、苦しみながらも一矢は原因を探ろうとするのだが耳に届いた声にピタリと動きを止める。

 

「具合でも悪いの?」

 

 一人はミサだ。だがそれ以上に捨て置けないことがある。一矢はそのまま視線をミサの隣に移す。

 

≪ミサの言葉は本当か、主殿?≫

 

 そこには騎士ガンダムが、否、ロボ太がいたのだ。

 

 ・・・

 

「俺の世界、なのか……?」

 

 一方、翔と共にクロノの罠によって影に呑まれたシュウジもまた奇異な世界に迷い込んでいた。それは見覚えのある自分の世界の日本と思われる場所であった。しかしやはりおかしい。

 

「荒廃していない……?」

 

 そう、シュウジの世界は幾度とない戦争のせいで一矢の世界では考えらないほどに荒れ果てた終末の世界。しかし自分が目にしているのはそれとは無縁なほど活気と豊かさに溢れた町であった。

 

「……これは俺の……!?」

 

 見覚えのある道を歩いていると不意に足を止める。そこは森林に挟まれて続く石畳の階段であった。その階段を見て、思わずシュウジは駆けあがる。

 

「ッ!?」

 

 階段を昇り終えたシュウジはその先にあった門を見て、更に驚くもののすぐに門を潜ると奥の美しい日本家屋を一瞥しながらも庭へ向かい、縁側に座って和やかに話している着物姿の夫婦と思われる二人組を見つけて息を呑む。

 

「あら、シュウジ帰って来たのね」

「そんなに慌ててどうした?」

 

 夫婦はシュウジに気づき、女性は全てを包むような柔らかな笑みを男性は厳格な雰囲気の中で優しさを感じさせる微笑みをそれぞれシュウジに向けて声をかける。

 

「父……さん……? 母……さ……ん……?」

 

 知らず知らずに声が震えてしまう。そこにいたのは紛れもなく戦火の中で幼い自分と兄を残して死んでしまった両親であったのだ。

 

 ・・・

 

(この状況を疑問に思おうとすると起きる激しい頭痛……。なにがどうなっている……)

 

 翔もまた一矢とシュウジと同じ状況であった。しかし違うのは彼の前にはいない筈の人間は現れてはいないと言う事だ。

 

「どうしたんですか、翔さん? ずっと難しい顔してますよ」

「……あやこ」

 

 自分がいるのはどこかの店の作業ブースのようだ。眉間に皺を寄せている翔に声をかけたのはあやこであった。周囲にはガンダムブレイカー隊の面々などもいて何気ない雑談をしている。

 

「ここは……? それにレーアやシュウジ達は……?」

「誰ですか?」

 

 周囲を見渡しながらここにはガンダムブレイカー隊の他にも一矢ヤミサ達など見知った顔がいる。しかし決定的にシュウジ達のような異世界の人間がいないのだ。そのことを目の前のあやこに尋ねるのだが、思わぬ返答に目を見開く。

 

「なにを言ってるんだ……? お前だって会った事が……!?」

「……ごめんなさい、何かの記憶違いじゃないですか? 私は会った事は……」

 

 ゾクリとした感覚が走る。翔は堪らず睨むようにあやこを見るが、あやこは申し訳なさそうに首を横に振りながら否定する。その反応は到底、嘘をついているようには見えなかった。

 

「それに翔さん、どこでそんな人達に会ったんですか?」

「……なに?」

「だって翔さんは“ずっとここにいた”じゃないですか」

 

 背筋が凍るような寒気がする。目の前のあやこは見た目こそ自分が知っているあやこなのだが不気味さを感じるのだ。

 

「あっ、いけない」

 

 そんなあやこだが、ふと肘を動かした瞬間、蓋が閉まっていなかった赤の塗料を机に転がしてしまい中身が溢れて手にベッタリとかかってしまう。

 

「いたっ!?」

 

 しかもそれだけではなく、塗料で慌てた拍子に机の上のデザインナイフでその柔肌を僅かに切ってしまう。これには翔もあやこに寄ろうとするのだが……。

 

「あぁ、良かった。翔さんは大丈夫ですね」

「あやこ……?」

「翔さんはこんな風に汚れてませんし、傷ついてない」

 

 あやこは慌てる様子もなく、席を立った翔を見て微笑む。その様子に翔はますます理解が出来ず顔を歪めるが、ふとあやこは塗料で赤く染まった手を翔へ向ける。

 

「だって───」

 

 ・・・

 

「どう……して……? 二人は……。それに……この辺りだって……!」

「どうしたんだ、シュウジ?」

 

 健在な周囲と、そして何より両親を見て、シュウジは目に見えて狼狽えてしまっている。そんなシュウジを見かねて、両親は立ち上がり、歩み寄ると父親はシュウジの肩に触れる。

 

「だって……だって……みんな、戦争で……! 俺やサクヤの目の前で……ッ!?」

「死んだって言うの? おかしなことを言うのね」

 

 例え今、この状況を探ろうとしなくたって鮮明に覚えている。

 炎の中の両親の姿を、死に絶えたペットや友人達の姿を、忘れる筈がない。過呼吸を起こしかねないほど取り乱しているシュウジに母はクスリと笑う。

 

「そんなものなかったじゃない」

「えっ……?」

 

 母の言葉にシュウジは動きを止める。そんなものなかった、と今、確かに母はそう言ったのだ。

 

「だって───」

 

 ・・・

 

「ロボ太……? 本当に……ロボ太……なのか?」

≪これはまたおかしなことを言うものだな、主殿は≫

 

 目の前にいるロボ太が信じられず、すぐに駆け寄りながらロボ太に触れる。本来、発声機能がない筈のロボ太だが、今はそんな事を気にする余裕もなかった。当のロボ太はそんな一矢の様を可笑しそうに笑う。

 

≪それではまるで私がいなくなったかのような口ぶりではないか≫

「実際、そうだろ……!? だってあの時……!!」

 

 苦笑交じりのロボ太の言葉に強く反応する。ロボ太は自分達の未来を開き、そして宇宙を放流してしまった。そんなロボ太を目の前にして、このような反応をとるなと言う方が無理である。

 

「なんだ? さっき寝てたからってまだ寝ぼけてんのか?」

「シュウジ……!? それにカガミさん達も……!」

 

 すると背後から一矢の肩に手を回され、体を寄せられる。相手はシュウジであった。その傍らにはカガミやヴェル達もいて、一矢に微笑みを見せている。

 

≪主殿、我々はずっとここにいるぞ≫

 

 いまだ混乱状態の一矢にロボ太は改めて一矢に声をかけ、一矢は身体を大きく震わせる。

 

≪何故なら───≫

 

 ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔さんはそこにいたから。ずっとここにいたから」

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの手は汚れていない。傷ついてもいない」

 

 

 

 

 

 

 

「だって、なにもなかったんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦争なんてものなかったじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

「なにも失わず、燃えることもなく」

 

 

 

 

 

 

「シュウジ……。アナタも私達もずっとここにいた」

 

 

 

 

 

 

 

≪我々はどこにもいかない≫

 

 

 

 

 

 

≪ずっと主殿の傍にいる≫

 

 

 

 

 

 

≪今までも、これからも≫

 

 

 

 

 

 

 

 ───違う。

 

 

 

 翔も、シュウジも、一矢も同じことを思った。しかしちっぽけな個人の存在は世界からすれば、虫けらにも満たぬ有象無象。

 

 

 

 

 

 

「──ッ!?」

 

 

 

 

 

 

「──ぐッ!?」

 

 

 

 

 

 

「──うぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 目の前にいる者の言葉を聞いた三人は同時に今まで以上に激しい頭痛に襲われる。それはまるでこれ以上、なにも考えさせないとでも言うかのように。

 

 ・・・

 

「───この世界において、どこまでが心や記憶で、どこまでがデータなのだろうかね」

 

 サブモニターを三つ表示させて、一矢達の様子をミサとの戦闘の片手間に眺めているのはクロノだ。今、一矢達は同じVR空間にいるものの、実際はウイルスによってその部分だけが切り取られて新たに構築された別の世界だった。

 

「君達を調べ上げた上での世界観をそれぞれに当て嵌めたのだ。後は我々新人類の技術で作り上げたウイルスがVR空間における君達のデジタル情報を……心の奥底にあるもの全てを読み取って君達に最適な理想世界を構築してくれる」

 

 アザレアリバイブは今、アンチブレイカーに手を焼いており、デクスマキナへ攻撃をしようとも出来ない状況だ。クロノはそんな状況のなか、サブモニターの様子をさながらプレイ動画を見るかのように眺める。

 

「元は移住先が見つからないストレスを少しでも軽減する為に作り上げたVRに似たものらしいがね。だがそれで新人類は束の間とはいえ精神の安定を図っていた。もっとも君達に使用しているのは、それを改良させたものだがね」

 

 自分の心の奥底の……それこそ深層心理に隠れて、本人でさえ自覚していないごく僅かな弱みでさえ読み取り、それを解消させるために当人に理想郷を見せる新人類の技術。それをクロノはこのVR空間でも使えるようにウイルスろして改良したのだろう。

 

「全ては儚い一時の夢。だからこその理想郷だ。その世界ならば誰に咎められる事もないさ」

 

 やがてサブモニター内で苦しみにもがいていた一矢達が順に糸が切れた人形のようにガクリと頭を垂れる。ここからが本番だとばかりにクロノは期待するかのように眼差しを送りながら、このVR空間のファイター達を撃破するために動き出すのであった。


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