束の間の休憩時間が与えられたファイター達はVR空間でのバトルについて盛り上がっており、かなり楽しんでいたようで会話が途切れる気配がない。
「……大丈夫か?」
「うー……うぅん……」
しかし一方で中にはそうではない者もいるようで優陽は青褪めた表情で近くの椅子に座って身を縮こまらせており、見兼ねた一矢が介抱している。
「ちょっと酔っちゃったな……」
「……無理して喋ろうとするな。今は休んでろ」
介抱の為、隣に座っている一矢にもたれ掛かる。実際、気分を悪くしているようで一矢に笑いかけるもその笑顔は非常に弱々しい。一矢もそれは分かっているようで優陽の華奢な肩を抱いて優しく撫でる。
「はい、水持って来たよ」
「ありがとう、ミサちゃぁん……」
そうしているとミサが手にミネラルウォーターを持って駆け寄ってくる。どうやら優陽の為に買って来てくれたようだ。ミサからミネラルウォーターを受け取りながら彼女に力ない声ではあるが、感謝の言葉を口にする。
「バトル中にどんどん動きが鈍くなるんだもん。どうしたのかと思っちゃった」
(……まあ、ちょっと自分の身体に意識を散らしてたりしたから、ちゃんと集中しきれなかったってのもあるんだけど……)
優陽を心配しつつ先程のバトルを思い出す。優陽はどうやらバトルが進むに連れ、動きが鈍って良き、満足なバトルが出来なかったようだ。
しかしその理由は単に酔ってしまったというだけではないようだがその事を口には出せない優陽は乾いた笑みを浮かべることで誤魔化す。
「酔ったんだって? 大丈夫かい?」
「はい……でも、そんなに酷いって訳ではないので……少し休めば大丈夫だと思います」
優陽がVRに酔ったと言う話を聞きつけ開発者が駆け寄ってくると、椅子に座っている優陽の身長に合わせてしゃがみながら体調を気遣うと頭痛等はするもののそこまで極端に酷い訳ではないのか、やんわりと答える。
「体調が回復して、またバトルが出来そうならばすると良い。このイベントに参加してくれているんだ。途中参加も可能だからね」
少なくてもその優陽の対応に安心したのか、微笑みを見せた開発者は優陽の体調を心配しつつも休憩後のシミュレーターへの途中参加が可能なことを伝えると、そのまま去っていこうとするのだが……。
「あ、あのー……」
その前に優陽が開発者を呼び止めた。呼び止められた開発者が振り返ってみれば、視線をチラチラと彷徨わせている優陽の姿が。
「僕のアバターのことでお聞きしたい事が……。思った通りなら僕のアバターで直して欲しいところがあるので……」
どうやらVRハンガーでしきりに気にしていた自身のアバターについての事だったようだ。しかし一矢達に聞かせたくないのか、立ち上がった優陽はトコトコと開発者の元に歩み寄り、耳打ちすると開発者は心底驚いた様子で優陽の顔を見つめていた。
・・・
「ルルもそろそろこちらに向かってくる時間ね」
一方、休憩の合間に飲み終えた飲み物の容器をゴミ箱に捨てていた翔はふと一緒に来ていたレーアの呟きを耳に入れる。実際、この場にはルルはおらず、異世界の人間でこのイベント会場にいるのはレーアとリーナ、そしてトライブレイカーズの面々であった。
「……今は忙しいんだろう? 無理をしてまでこちらに来ようとしなくとも……」
「本当に分かってないわね、翔は」
ルルは異世界の人間達の中では一番、立場のある人間だ。それに今、異世界における問題のせいで彼女自身、あまり時間が取れないのだろう。しかしそれでもルルは無理をしてでもこちらに来ようとしているのだ。あまりルルに無理をして欲しくはない翔は彼女の気遣っての言葉を言ったつもりなのだが、レーアは軽い溜息をつきながら首を横に振る。
「……無理をしてでも、アナタに会いたいのよ。これから先、いつ会えるか分からなくなるんだから……」
レーアのどこか寂しさを交えながら話すその姿はどこか自分のことを含めてのことのようにも感じる。
「……話は大体、聞いた。外宇宙からの存在……。戦いになる可能性は高いらしいが」
「そうね。恐らくはそうなるでしょうね」
翔も話には聞いている。彼女達が戦いに向かわなくてはいけないということも……。深刻な様子もなく放たれたレーアの言葉に翔は視線を伏せる。
「……自分も戦うべきか、なんて考えているのかしら?」
なにか悩んだように考えている翔の心を見透かしたようにレーアが声をかけると、的中していたのか驚いたように顔を上げ、レーアを見やる。
「別にアナタが戦う必要はないわ。アナタ自身も顔に言っていたでしょう? これは私達の世界の問題。私達で解決するわ」
エヴェイユをも越えるほどの覚醒を果たした翔が今、MSを操縦したらどうなるのかは分からない。ブランクがあるとはいえ、勘を取り戻せたらかつてのように多大な戦力となるだろう。だがレーアはそんな事は望みやしない。
「アナタ一人の存在で救える程、私達の世界は安くないわ」
翔がかつて異世界での戦いに身を投じた時も彼の周囲には仲間がいた。その心にもシーナ・ハイゼンベルグと言う存在もいた。いつだって翔は一人で戦い、世界を救って来たわけではない。
「だからアナタはもう自分の事だけを考えなさい。その手はもう他人を……何より自分を傷つけるためには使わなくて良いわ」
エヴェイユで苦しむことはなくなったとはいえ、翔はいまだにPTSDまで完治したわけではない。治療を続けているが、それでもいまだ翔を悩ませている。レーアもそれが分かっているからこそ翔を再び戦いに向かわせようなんて考えはしない。
≪それでは後半戦を始めるとしよう。ファイター諸君はシミュレーターへ向かってほしい≫
そうしていると開発者のアナウンスによって休憩時間の終了を知らされる。知らせを聞いた翔とレーアはガンプラバトルシミュレーターへ向かって行こうとするのだが……。
「──っ!?」
シュミレーターに向かおうとレーアと共に歩き出した翔だが、不意に頭の中に電流が走るかのような感覚が走り、足を止めた。
「どうしたの、翔?」
いきなり足を止めた翔に気がつき、彼に振り返りながら怪訝そうに尋ねるレーアだが翔は何も答えることはなく、何かこの違和感を探るかのように視線を彷徨わせていた。
「……いや……何でもない」
やがて気のせいと判断したのか、首を横に振る。しかし以前として翔はその表情に何か引っかかりを感じたままのようだ。
・・・
「……バランスブレイカーの存在は純粋な脅威でしかない……か」
ファイター達がシミュレーターVRに乗り込んでいくなか、シートに深く腰掛けていたクロノは瞑想のように閉じていた目を開きながら静かに呟く。
「ならば調整が必要だろう。ゲームを円滑に進めるためにはね」
手に持った携帯端末を操作すると、ヘルメットを被りながらクロノは意味深な笑みを浮かべる。その笑みの意味は彼しか分からず、彼はそのままVR空間にダイブしていくのであった。
・・・
「……っ」
VRハンガーにダイブした翔はゆっくりと目を開き、周囲を見渡す。どうやら特に問題もなく、VR空間にダイブできたようだ。
「おっ、翔さん」
すると声をかけられ、振り返ればそこにはシュウジの姿があった。どうやら彼も同じVRハンガーにダイブしてきたようだ。
「先程までは一緒に行動していたが……。どうだ? 今回はバトルしてみるか?」
「そりゃあ良い。あの頃の俺とは違うっつーとこを見せてやるぜ」
此方に歩み寄るシュウジに微笑を浮かべながらバトルを誘うと、シュウジも元々この世界に訪れる理由は翔と言う事もあり、その誘いに乗り、その時を待ちきれないとばかりに楽しみを待つ少年のような活き活きとした笑みを浮かべる。
「──楽しんでいるようで何よりだ」
楽し気に話している二人に更に声をかける者がいた。二人がそのまま視線を向けると……。
「私も話に加えて頂けないかな?」
そこには何とクロノの姿があったではないか。翔は兎も角として、シュウジはすぐにクロノに気づいたのか驚いている。
「君達二人と話がしたかったんだ」
もしや今、この場で翔と同じVRハンガーにダイブしたのもクロノが仕組んだことなのか、しかし何であれ目の前のクロノは余裕綽々と人を食ったような笑みを浮かべているのであった。