「ふぅ……」
優陽が作ってくれたおにぎりを食べ終えた一矢はひとしきり涙を流すと、風呂を用意してくれたと言う事もあり、厚意に甘えて丁度、湯上りを迎えていた。上気してほんのりと赤くなった顔で一矢は目の前で綺麗に畳まれた寝間着を手に取る。
「お父さんの寝間着だけど、大丈夫そうかな」
寝間着姿の一矢は優陽の部屋に入る。そこには既に髪を下ろし、涼しそうな着心地の姿の優陽が一矢の寝間着を見ながら笑顔を向ける。相変わらず何の情報もなければ、一人の少女にしか見えない。
「……なにからなにまで悪いな」
「ううん、僕が好きでやってる事だから」
優陽は今、先程、一矢が見つけたZZガンダムをカスタマイズしたガンプラの完成を目指して作業をしていた。今日初めて会ったと言うのに、優陽は手厚い持て成しをしてくれた。もう優陽には頭が上がらないと言ってもいいだろう。しかし優陽は当然のことをしたまでだとばかりに作業をしながら答える。
「……凄い作り込みだな」
「そう? ありがとっ」
近くのベッドに腰掛けながら優陽が熱心に打ち込んでいるガンプラの作り込みを見て、驚嘆する。一矢の目から見ても、そのガンプラはディテールに至るまで精巧に作られており、下手をすれば一矢のリミットブレイカーにも引けは取らないだろう。自分の打ち込んでいるガンプラの出来を褒められ、優陽は上機嫌のニコニコ顔だ。
「……なあ、ちょっと気になってたんだけど、あのガンプラって?」
とはいえ、優陽も今は目の前のガンプラに集中していたいのだろう。すぐに表情を切り替え、真剣な眼差しをガンプラに送っている。秒針の刻む音が鳴り響くなか、一矢は何気なく先ほど気になった歪なガンプラについて尋ねる。
「……ッ」
ここに来て、初めて優陽の表情が歪む。それは触れられたくないモノを触れられた苦みのあるモノであった。
「……ねぇ、君はバトルで使うガンプラを作る時、どんな想いをそのガンプラに籠めてる?」
「想い……?」
下手なことを聞いてしまったか、と苦々しい表情のまま押し黙った優陽に一矢が何と言って、この場の空気を変えた方が良いのか考えていると、優陽はふと一矢にこれまで手掛けたガンプラ達にどんな想いを託したのか尋ねる。
「もっと前に……もっと高く……。仲間達と飛ぶため……かな」
それはミサと出会い、ゲネシスガンダムから現在のリミットガンダムブレイカーに至るまで何を思ってガンプラを作ってきたのか。それを改めて答える。
「そっか……。流石、僕の憧れの人」
一矢の言葉に何か考えたように顔を俯かせる優陽。その表情は一矢はガンプラに込めた想いに感心する一方で、自分に対しての自嘲的なモノも含まれていた。
「憧れ……? 俺がお前の……?」
しかし一矢からしてみれば、優陽が自分に憧れていたなんて驚くしかなく、寧ろ何故だとしか思えなかった。
「……自分がどれだけ有名人か知らないの? 君は世界大会のファイナリストであり、二度も宇宙エレベーターの危機を救った。
一矢の反応に優陽はどこか呆れ気味だ。その言葉に一矢は翔とぶつかり合った台場での出来事を思い出す。確かにあの時も自分を目指すと言った子供達がおり、翔も一矢を目指そうとする存在が出てもおかしくはないと言っていた事を思い出す。
「……あれは……僕がちょっと前までチームを組んでた時に使ってたものだよ」
気を取り直して、立ち上がった優陽は歪なガンプラを手に取る。どうやら優陽もまたチームを組んでいたようだ。
「最初は楽しかったよ。小さなチームだったけど、勝っても負けても、チームで過ごす時間はどんな時間だって楽しかった」
どこか寂し気な笑みを見せる優陽。確かに優陽が言うように、楽しかったのは嘘偽りはないのだろう。しかし何かあったのは明白だった。
「……でもね、やっぱり負けると悔しくて……勝ちたいって思っちゃうんだ」
歪なガンプラを持つ手に力が籠る。一矢の辛辣な態度にも機嫌を損ねなかった優陽の険しい表情を見て、一矢は僅かに戸惑い交じりに驚く。
「……いつしか僕は勝つためだけのガンプラを作るようになった。それがこれだよ」
改めて優陽は一矢に歪なガンプラを見せる。
「ZZガンダムの頭部を使えばハイメガキャノンが、ダブルオークアンタのボディを使えばトランザムとクアンタムバーストが、ゴッドガンダムのアームを使えばゴッドフィンガーが、アサルトバスターの脚部を使えばヴェスパーとマイクロミサイルが、ストライクフリーダムのバックパックを使えばスーパードラグーンが……」
パーツ構成とそのパーツを取り付ける事によって得られる効果を話すたびにやはり辛そうに見える。
「……この機体が好きだから……とかガンプラへの愛も何もない。ただ強い武装を、楽しむことも忘れて一人でも勝つことだけを求めた結果がこのガンプラさ」
優陽の手にあるガンプラは確かに精巧に作られているし、カラーリングも統一感のあるイメージにしている。しかしそれでもどこか歪に感じてしまうのは優陽が言うように、ガンプラへの愛がこのガンプラにはないからだろう。
「それだけじゃない。僕はチームにも効率や強い武装のパーツだけで組んだガンプラを求めて強要しようとした。仲間の存在も信じず、ただ勝つためにね」
寧ろ優陽からしてみれば、このこと自体が自分自身に対して許せないことなのだろう。心底、忌々しそうに歯軋りをする。
「……もうその頃にはチームの空気も冷たくなってた……。全部、僕のせいで……。気づいた頃には何もかもが遅かったんだ。だから僕はチームを抜けた。もう僕にチームにいる資格はなかったから」
最初はチームで過ごすどんな出来事だって楽しめた。だがいつしか勝つことだけに拘って、マシンのようにチームにも求めようとした。
「そんな時だ。世界大会で活躍する君達……いや、君に注目したのは」
手の中にあるガンプラを再度、棚に戻すと振り返って改めて一矢への憧れについて話す。
「君達のバトルを見ていると、お互いの為に動き合い、何よりお互いの為に強くあろうとする気持ちがひしひしと伝わってくる。バトルを終えた後の映像とか凄い楽しそうだしね」
互いを尊重し合うように戦う一矢達。そんなかつての自分とは真逆な一矢達にそこで初めて関心を示した。
「そして特に君は仲間達の未来を開くために先陣を切り、強い輝きを放っていた。とっても眩しかったけど……。でも……憧れた。そんなチームのリーダーであり、エースである君に」
一番、目を引いたのは一矢の存在だった。彩渡商店街チームの中でも高い実力を持つ一矢。だが一矢は周囲を無下にする戦いはせず、仲間達との未来を開くために肩を並べて戦っているように見えたのだ。
「君の強さは大切な仲間の存在によって発揮される。自分から仲間の存在を失った僕にはない……。でも君は僕に手を取りあって戦うことは弱さじゃないって教えてくれたんだ」
一矢も仲間の存在がなければ危うい場面は幾度となくあった。だがその度にミサもロボ太も助けてくれたのだ。それになにより一矢自身も優陽の言うように仲間の為に戦えるという意識はあった。
「ネットニュースで君のチームメイトのロボットが宇宙空間に漂流されたニュースは見たよ。だから君は虚無感によって抜け殻になっているのかもしれない」
今の一矢の状態について触れる。確かに優陽の言うようにロボ太を失くしたことによって出来た心の穴は大きかった。
「だから僕は君の力になりたい。もう一度、君が前を向けるように、その心の穴を少しでも埋めたい。僕が憧れた君を目指していたいから」
一矢の前に座りながら優陽はその目を確かに見つめながら話す。
「……俺を憧れるなんて酔狂だよな」
優陽の言葉を聞いた一矢は暫く黙っていると漸く口を開く。自分が誰かに憧れられるようなファイターだと思っていないからだ。
「……でも……そうだな……。いつまでもこの場で足踏みしてたらお前に追い付かれるな」
「……僕は目指すことは出来ても君には追い付けないよ」
だが優陽が、こんなに近くで自分を憧れ、目指すというのであれば、今まで以上にこのままにしてはいけないのは分かった。しかし優陽は過去のチームでの出来事から苦しそうに首を横に振る。
「出来るさ。俺だって前に進んでこれたんだ。お前だって」
躓くことは何度だってある。それでもそこで立ち上がって進むことが出来るのなら、それは強さになる筈だ。
「今すぐは無理でもゆっくりで良いからお互いに一歩踏み出そう。今この瞬間、苦しいと思った事も糧にして強さに出来るように」
すぐに何でも切り替えて出来るほど、互いに器用な人間ではない。だからこそお互いにゆっくりと少しずつでも前に進もう。そんな一矢の言葉に優陽は目尻に涙を浮かべながら頷く。
・・・
(……誰かを励ます言葉なら、何とか言えるんだけどな)
就寝時間となり、一矢は優陽と共に同じベッドで眠っていた。僅かに狭さを感じ、優陽が使用していると思われるトリートメントの甘い香りが鼻をくすぐるなか、一矢はもう眠ってしまった優陽の寝顔を見つめる。
(……前に進む……か。何をすれば前に進めるんだろうな……)
共に眠る優陽から温もりを感じる。とても心地が良い人の温もりだ。しかしだからこそ温もりを失う事が恐ろしい。それがロボ太やシュウジ達だ。ロボ太の次にシュウジ達の温もりを失うのは辛い。だが受け入れなくてはいけないのは分かっているのだ。
ただ黙ってシュウジ達を見送ればいいのだろうか? それこそロボ太を失った傷は癒えていないと言うのに。ただ悶々としたまま一矢は眠りにつくのであった。