機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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歩むべき道は異なって

 シュウジに呼び出された一矢が訪れたのは近くの公園であった。

 時刻はもう19時を過ぎ、空には少しずつ影が広がっていくように暗がりが現れ始めていた。こんな時間だと言うのにまだ一矢の服装が聖皇学園の制服なのは優陽と出会ってからもまだ帰宅する事はなく、ずっと街を宛てもなく散策していたからに他ならなかった。

 

「あっ、一矢!」

 

 公園に足を踏み入れた一矢に気づき、声をかけたのはミサであった。一矢とは反対に私服姿のミサは久方ぶりに会うことが出来た一矢を見て、途端に表情を綻ばせる。

 

「ミサ、どうして…………?」

 

 とはいえ、シュウジに呼び出されたのであって、ここでミサに出会うとは思いもしなかった。ミサがどうしてこの場にいるのか、不思議そうに尋ねる一矢。

 

「──俺達が呼んだんだよ」

 

 ミサが答えるよりも早くその理由を話したのは公園の奥にいたシュウジであった。傍らにはヴェルの姿があり、二人はそのまま此方に歩み寄る。

 

「二人ともゴメンね。こんな時間に急に呼び出しちゃって」

 

 お互いにここで出くわすとは思っておらず、困惑した様子で顔を見合わせる一矢とミサにヴェルがどこか申し訳なさそう笑みを見せながら声をかける。シュウジが一矢に連絡したように、ヴェルもミサに連絡していたのだろう。

 

「お前ら二人にどうしても話さなきゃいけないことがあってな」

 

 一矢もミサもお互いにシュウジ達に呼び出されたのは分かった。だが一体、どのような要件だと言うのだろうかと伺うようにシュウジ達を見やる一矢達。するとシュウジは口火を切るように前に出る。

 

「俺達は……ここを離れる事になった」

 

 前置きも何もなしに単刀直入に放たれた言葉。木々のざわめきと共にその言葉を聞いた瞬間、まるで時間が止まったかのような感覚に陥ってしまった。

 

「カガミさんやレーアさん達を含めて私達が本来、いるべき場所に帰らなくちゃいけなくなったの」

「だからその前にお前達には挨拶をしておこうと思ってな」

 

 衝撃を受け、目を丸くして固まっている一矢達を見ながらヴェルとシュウジは真剣な面持ちで話す。決して冗談か何かで言っている訳ではないのは、この場の雰囲気で嫌でも分かる。

 

「……帰らなくちゃいけないところって……?」

「こことは違うずっとずっと遠い場所……かな。連絡も取ることは出来なくなると思う」

 

 今でも信じられない、いや信じたくない。ミサは震える唇で尋ねるとヴェルは夜空の果てを見据えるように見上げながら答える。異世界に帰る……とは言えない。必要以上のことは話す必要はないからだ。しかも命を賭した戦いになるかもしれないなんて言えば、余計に負担をかけるだけになってしまう。

 

「そんなことって……。寂しいですよ、ヴェルさん……っ」

「……ゴメンね。私達もいつまでもここにいて良いならいたいくらいなんだけどね」

 

 ロボ太に続き、突然の別れだ。視界が滲み、震えた声のまま今にも泣き出しそうなミサをヴェルはそっと抱きしめながら彼女もその目尻に涙を溜めている。

 ヴェルにとってミサは妹のような存在で、ミサにとってはその逆だった。だからこそこの別れは辛かった。

 

「……俺達は寄り道をしてただけなんだ。俺達は本来あるべき道に戻る。だからお前達には──」

 

 別れを惜しんで体を震わせながら抱き合っているヴェルとミサの姿を横目にシュウジは話を続けようと一矢を見た瞬間、目を見開いて息を呑む。

 

 一矢の頬に一筋の涙が流れていたからだ。

 

「一矢…………」

 

 彼自身、自身が泣いているという自覚がないのか、涙は流れるままに流れ、顎先を伝って地面にぽたぽたと落ちている。正直に言えばまさか一矢が涙を流すとは予想外であった。

 

「何で……だよ……。なん…っ…で……こんな……時に……っ!!」

 

 ショックのあまり震えて言葉さえ上手く喋れない状態で一矢は何とか言葉を紡ぎ出す。その姿は今にも決壊してしまいそうなほど酷く脆い姿であった。

 

「これからもずっと一緒に居られるって……色んなモノを見せてもらえるって……っ……ずっと……ずっと一緒に笑ってられるって思ってたのに……っ!」

 

 溢れでる涙を流したまま顔を歪ませ、睨むようにしてシュウジを見やりながら己の心中を吐露する。ずっと同じ未来を見て、笑い合っていられると思っていた。だがお互いに目指すべき未来は違かったのだ。

 

「……後、どれくらいいれるんですか?」

「……あんまり長くはいられないけど……でも許されるまではいるつもりだよ」

 

 ミサも一矢の反応は予想外であった。抱きしめてくれるヴェルから離れながら、後どれくらいこの場に滞在できるのか尋ねるとヴェルは首を横に振りつつ答える。こればかりはどうなるか分からない。下手をすれば、明日には急遽召集されるなんてことだってあるかもしれないのだ。

 

「……本当はお前等が世界大会に優勝して一人前になった時点で帰るべきだったんだけどな。どうも居心地が良すぎるんだよ、お前等の傍ってのは」

 

 シュウジがこの世界に訪れた最初の目的は翔に挑戦する事であった。だが今はそれ以上に一矢の成長を見届けたいと願ってしまった。本来であれば、一矢がウィルを破ったあの時点でこの世界から去れば良かった。そうしなかったのは一矢達の傍に居たいと思ってしまったからだろう。

 

「だったらまだここに居れば良いだろッ!? 一人前だなんて決めつけるなよ……っ! まだまだ俺は弱いし……教えてもらいたい事は一杯あるんだよッ!」

 

 すると一矢が声を張り上げる。これには皆が驚いていた。まさか一矢が涙を流し、ここまで取り乱すとは思ってもいなかったからだ。思わずシュウジ達もかける言葉が見つからなかった。

 

「なんでロボ太もあんた達も……そうやっていなくなっちゃうんだよ……!?」

 

 崩れ落ちるように膝をつき、ボロボロととめどなく涙を流し、嗚咽を零しながらまるで子供のように受け入れられない事実に癇癪を起こす。

 

 否、一矢はまだ子供なのだ。

 

 大人への道を進んでいる中でも、心はまだ未成熟な子供の部分があるのだ。ロボ太の一件で酷く不安定になっているその心は今、まさに砕けそうなほどの負担がかかろうとしていた。

 

 ロボ太は傍にいて当たり前の存在であった。そしてその次にシュウジ達も……。傍にいて当たり前だった存在が次々に自分の周りから離れようとしている。それは心に大きな穴をあける事と同じであった。

 

「なんで……っ……なんでこんなに辛いんだよ……っ!」

 

 それに一矢自身、シュウジ達とは違い、祖父母も両親も友達も全てが欠けることなく今まで平凡に平穏を過ごしてきた。それ故に出会いがやがて齎す喜びは知っていても別れがどれほど辛い物なのかを知らなかった。

 

「こんなに辛いなら出会わなかった方がよっぽど楽だよッ!!」

 

 吐き出すように言い放った一矢は近くの鞄を荒っぽく掴み取るとこの場から走り去っていく。ミサ達が一矢の名を呼ぶが、それすら反応する事無く一矢は公園を後にする。

 

「……一人にして落ち着かせてやろうぜ。俺達の都合で突然、言っちまったんだ。少し心の整理をさせてやりたい」

 

 ミサは溜らず一矢を追いかけようとするが、シュウジは手で制する。シュウジもヴェルもロボ太の一件で間を置かずに別れを告げた事には、あまりに突然だと申し訳なく思っている。

 

(俺達は本来、出会う事はなかった。同じ未来は見れないなんて……分かってた筈だったんだが……。アイツに辛い思いをさせちまうなんてな……)

 

 シュウジと一矢とでは過ごしている世界そのものが違う。だからこそ本来なら出会う事も互いの存在を知ることすらなかった筈なのに、どういう運命の悪戯か、出会ってしまったのだ。

 

 出会わなかった方がよっぽど楽だ……。一矢が最後に叫んだあの言葉がシュウジの胸の中に幾度も響くのであった。


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