機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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確かな繋がりを

「うーん……やっぱりさいっこーっ……」

 

 喫茶店のテーブル席の一つにリーナと風香の姿があった。真っ黒なブレンドコーヒーを静かに啜っているリーナに対面する形で風香がベイクドレアチーズケーキを食べながら蕩けるような表情を浮かべて舌鼓をうつ。

 

「リーナもコーヒーばっか飲んでないで何か頼めばいいのに」

「……今は良いかな」

 

 ドリンクやデザートを注文している風香に対して、リーナはコーヒーのみを飲んでいて、それ以外を注文する気配はない。中々美味しいと思えるので頼まなくては損だと勧めるが、リーナはやんわりと首を振って断る。

 

「あぁ、ここに翔さんがいればなー。あーんとかやって欲しいんだけどなー」

 

 この場にはいない翔を想ってか、窓の外を見やりながら風香は一人、ボヤく。しかし直後に翔に食べさせてもらっている状況を妄想しているのか、やーんやーんと頬を上気させながら身をくねらせている。

 

「そう言えばさ、例の新型シミュレーターが完成したらしいから色んなファイターを集めて今週末にイベントをやるらしいんだよね。ずっと前に翔さんに招待来てたし、多分、彩渡商店街チームにも来てるんじゃないかな」

 

 ケーキを頬張りながら何気なく話題を出す風香。その後も彼女は雑談を繰り返し、そして時に翔との出来事とそのまま妄想トークまで始める始末だ。

 

「……呼び出した要件は聞かないの?」

 

 そんな風香を呆れ交じりに見やりながら溜息をつくと気を取り直して慎重な面持ちで話を振る。今日、この場に二人がいるのはリーナが風香を呼び出した事に他ならなかった。

 

「んー……まあ大体分かるしねー。風香ちゃんは人の心が分かっちゃうから」

 

 ストローを銜え、喉を潤しながらリーナの問いかけに答える。良くも悪くも彼女の読心能力を前に下手な隠し事の類は出来ない。

 

「……ま、リーナはさ、戦うつもりなんでしょ?」

「……うん」

「私にはそれを止める事なんて出来ない。だってきっとリーナは私には想像できないような覚悟があるんだろうし」

 

 リーナは自身の世界に帰り、そこで戦いに備えなくてはいけない。だからこそ風香にも挨拶をしておこうと思って彼女を呼び出したのだろう。それは既に今日、リーナに会った時点で読み取った風香は先程までのおどけた態度を変える。

 

「だから風香ちゃんは最後まで風香ちゃんらしくリーナと接しようかなって」

「……ありがとう」

 

 別れが訪れるのは寂しくはあるが、それを引き留めることは出来ない。それ故、別れが訪れる最後まで自分は自分らしく接するとリーナの心を読み取った時から決めていたのだ。そんな風香にリーナは嬉しそうな笑みを零す。

 

「でもさ、なんでわざわざ風香ちゃんを呼び出したの?」

 

 とはいえ、何故わざわざ自身を呼び出してまで別れの挨拶をしようと思ったのか。気にならないと言えば噓になる。リーナに会った時には自身を呼び出した理由しか分からなかったからだ。

 

「……私にとって……アークエンジェルにいた人達は家族。翔もシュウジもみんな……。私にとっては何よりも代え難い守りたい存在……」

 

 カチャリとソーサーの上にカップを置きながら軽く目を瞑って、これまで翔やシュウジ達と過ごしてきたアークエンジェルでの日々を思い出す。どれだけ翼を傷つけられたとしても飛び立つことが出来たのは彼らがいたからだろう。

 

「でも風香は違う。風香は私にとって家族じゃないけど……でも……私にとって初めて出来た友達だって思ってるから」

 

 だからこそ風香にもちゃんと挨拶をしたかった。この世界で自身の出自にコンプレックスを抱いていた時に彼女は親身になってくれた。この世界で出会えて良かったと思っているのだ。

 

「……ちゃんと生きてまた会えるよね?」

 

 友達とまで言ってくれた事は純粋に嬉しかった。だから心配してしまう。目の前の少女はあまりにも見ていて儚く触れれば泡粒のように消えてしまいそうな思える存在だ。故にその身を案じてしまう。

 

『……なラ……途中デ……死ヌナんて……絶対二……許サナい……カら……』

 

 風香の言葉に目を瞑って過去の戦いでの出来事を思い出す。出自は同じながら道を違えた姉妹だったモノに言われた言葉。リーナの中にあの一連の戦いは深く心に根付いている。

 

「……少し前までは作られた私の命なんて価値のない軽いモノだと考えていた。こんな命でも大切な人達の為ならっていつ死んだって構わない…………。そう思ってずっと戦って来た」

 

 目を開いて自身の小さく華奢な手を見つめながら呟くように喋り出す。シーナのクローンだからこそ、作り物の自身の命に価値を見いだせなかった。

 

「でも今は違う。今の私は私一人だけで生きてる訳じゃない。生き方を教えてくれたレーアお姉ちゃん達の為にも、私と同じ道を辿れなかったワタシの為にも、私の命に自信を持たせてくれた風香の為にも……」

 

 戦う事しか知らなかった人形は今、自分の生を考えられる人間になった。それは今まで多くの出会いがあったからに他ならない。

 

「死にたくないって心から思える。大切な人達の未来の為なら死んでも良いと思うのではなく大切な人達と未来を歩んで行きたいから」

 

 何処か不安な面持ちの風香の目をしかと見据えながら答える。今の自分はそう易々と死ぬことは出来ない命なのだから。

 

「だから……また会えるよ」

 

 優しく儚げな微笑みを見せるリーナ。彼女は本心から死ぬつもりはないのだろう。だとしても、いやだからこそ自身を友達と呼び、戦いに向かおうとする彼女をただ黙って見送らねばならないのが辛かった。

 

「……じゃあ、指切りしよ」

「……うん」

 

 ならばせめて、と少しでも安心がしたい為にリーナに小指を突き出す。リーナも静かに頷くと、自身の指を風香の指に絡ませる。

 

「再会した時はもっともーっと可愛い風香ちゃんになってるから期待しててよね」

「その時は私に色んなお洒落を教えて欲しいな」

 

 小指を絡ませ合いながら風香とリーナは笑みを交わし合う。二人ともこんな口約束同然の約束にリーナ達の命を保証する意味なんてない事は分かっている。だがそれでも二人は約束を交わした。この絡め合った小指にお互いの繋がりを感じて。

 

「よーし、じゃあ今日はスーパーフウカデー第二弾!ってことでとことん付き合ってもらうよっ!」

「うん、今日は元々そのつもりだったから」

 

 僅かに湿ったような空気を払うように風香は立ち上がると、伝票と共にリーナの手を取ってとても晴れやかな笑みを浮かべる。先程も言ったのだ。最後まで風香は風香らしくリーナと接すると。今日という一日をお互いに忘れない為、リーナの手を取った風香は早速、動き出す。

 

(……私はちゃんとするべきことはしてるよ、シュウジ)

 

 会計を済ませ、此方に笑顔を見せながら自身の手を引く風香の姿を見ながら、リーナはふと空を見上げ、想いを馳せる。別れの挨拶をしなくてはいけないのは自分だけではないのだから。

 

 ・・・

 

「よう、一矢」

 

 翔のマンションの一室。その固定電話からシュウジは電話をかけていた。その内容から相手は一矢のようだ。

 

「……少し話がある。大事な話だ。少し付き合ってくれ」

 

 俯いて話す彼の口調は普段と変わらぬよう努めている。だが俯いた表情までは分からない。電話越しの一矢もどこか様子の違うシュウジに気づいたのか了承すると、場所を伝えて通話を終える。

 

「……大丈夫だよ」

 

 傍らにはヴェルの姿があった。彼女の手にも携帯端末が握られている。心配そうな表情を浮かべるヴェルにシュウジは力のない笑みを見せながら出掛ける準備を始めるのであった。


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