ナジールによる宇宙エレベーターの落下を巡る騒動から暫くが経った。この騒動を起こしたナジールは逮捕され、その立役者となった一矢達だがそれを見送ったミスター達はネット上など一部の人間達によって子供を危険な目に遭わせるのを許容したとバッシングを受けていた。しかしこれに対してミスターやハル達は【人によって思う事は違うしする事は違う。これは仕方がない】と口にしていた。
「……はあ」
確かにそうなのかもしれない。携帯端末で見たネット掲示板のミスター達に対する賛否両論の意見に思わずため息が漏れてしまう。ミスター達は気にしていないようだが、これを自室へ続く階段を昇りながら、見ていたミサは我が事のように陰鬱そうな表情を浮かべている。
あれから夏休みも明け、学校も始まり、制服姿のミサは自室に入ると鞄を適当な場所において、回転チェアの上にぼすっと身を預けるように座る。
「ねぇ、ロボ──」
ふといつもの癖か、無意識に放とうとした言葉を飲み込む。何故ならそれを口にしてももう答える者はいないのだから。ふと座っている回転チェアをくるりと動かし、自室を見渡す。
ロボ太にはスピーカーがない。だから自室にいたとしても言葉を発することはなかった。だがそれでも確かにそこにいるという存在感はあったのだ。いつもいて当たり前だった……そんな存在がいなくなった風景を瞳に映せば、普段はそんなことを思いもしなかった自室も酷く色あせたものに見えてしまう。
静止軌道ステーションから地上に帰って来た後も警察の聴取や病院での検査等、かつての静止軌道ステーションでの騒動を解決した後を思い出すような日々の連続から漸く落ち着いた頃だ。
あれから明確に違うのは心の中に濃霧がかかったような気分というところだろうか。何もしていなくても知らずに溜息をついてしまう……そんな日々であった。
(……一矢は……どうしてるんだろ)
しかし漸く落ち着きを取り戻したかと思えば、学校も始まってしまった。夏休み明けとはいえ、再び始まった学生生活に一矢と連絡を取ろうにも中々思うように出来なかった。そもそも一矢と自分とでは通っている学校そのものが違うのだ。接することが出来る時間そのものも限られたモノになってしまった。
だが一矢も一矢で自分と同じ虚無感に襲われているのではないだろう。お陰でそれこそ毎日のように行っていたガンプラバトルをしようという気持にもなれなかったのだ。
・・・
「……」
そんな一矢もまた聖皇学園の制服を着崩した格好で彩渡街を一人でとぼとぼと歩いていた。
(……ありがたいけど)
一人でいるのにも理由はあった。ロボ太の一件はそれこそもう周囲には知れ渡っている。お陰で涙を流す者も多くいた。それはきっとロボ太の誠実さが齎した当然の結果なのかもしれない。ロボ太の為に涙を流し、悲しんでくれる者達がいる事は自慢でもある。
だが同時にロボ太を失ったことで多くの者達がいつもよりも一矢とミサに気を遣おうとしているのだ。現に久方ぶりに聖皇学園に登校したことは良かったものの、真実達をはじめとした知り合い達にはちょっとしたことで気遣いをされている状況だ。
今日も真実達にどこか遊びに行かないかと誘われたのだが、正直に言ってしまえば、その心遣いが申し訳なく断ってしまった。
携帯にもツキミ達や厳也達から一矢を気遣った連絡が来るのだが、その多さから申し訳ないのだが今は個別に変身する余裕もなく落ち着くまで放っておいてしまっている。
そうしているとふと一矢は足を止める。見上げた視線の先にあったのは、イラトゲームパークの看板だ。どうやら宛てもなく彩渡街を歩いていたらこの場所に流れてきてしまったらしい。夏休みの期間中はずっとこの場に来ていたからなのかもしれない。
(……入ってみるか)
まだ家に帰ろうという気分にもなれず、かといっていつまでも宛てもなく彷徨うくらいであれば、と思ってのことであった。
≪いらっしゃいませ、一矢さん≫
「……ああ」
イラトゲームパークは平日という事もあって、夏休みの時ほどの人混みはなかった。インフォに出迎えられた一矢はそのまま会話を続けることなく、ガンプラバトルシミュレーターに向かっていく。
「……あっ」
どうやら先客がいたらしい。小柄で帽子を目深く被ってはいるものの、愛くるしいようなくりっとした目と視線が重なる。どうやら向こうは一矢を知っているようだが、当の一矢には覚え何てない。故にわざわざ声をかける気はない。そのまま気にした様子はなく、ドスッとベンチに腰掛ける。
「……バトルしないの?」
ただモニターに映るガンプラバトルを眺めていた時であった。ふと先程目が合った人物の可憐な声が耳に届く。目だけ動かして見てみれば、こちらをジッと見ていた。
「……気分が乗らない」
その通りなのだ。今はガンプラバトルどころか何をするにもやる気にはなれず、ただいつも以上に無気力な惰性の日々を送っていた。イラトゲームパークに立ち寄ったのも気まぐれとしか言いようがなかった。
「……あのさ、バトルしてくれない?」
気分が乗らない、という言葉に少し考えたものの、程なくして自身のGPを取り出しながら、バトルの提案をされる。一矢が視線を向ければ、相変わらずあの瞳は一矢だけをジッと見ていた。
「折角、こうして話す事が出来たんだもん。是非、バトルがしてみたいんだ」
どうやら一矢に大きな興味を持っているようだ。一矢の隣に腰掛け、ズイッとその柔らかな可愛らしい表情を向ける。一矢とバトルがしたいという想いは強いらしい。
「……まあ、その……無理にとは……」
「……良いよ」
しかし先程言った通り、今の一矢はバトルどころか何に対しても無気力になってしまっている。流石に無理強いは出来ないとは思って身を引いて俯くのだが、何と一矢はバトルの提案を受け入れる。
「……何もしたくないけど、何かしなくちゃ気分が変わらない気がするし」
今を自分を支配する虚無感を払う術を知らない。だが何もしないよりかは何かした方が気も紛れるのだろうか。バトルの提案を受け入れてくれた一矢にパァッと輝かしい笑顔を見せ、「ありがとう!」と一矢の両手を握って再び身を寄せる。甘い香りが耳に届くなか、一矢はそのまま手を引かれてガンプラバトルシミュレーターに向かっていくのであった。