機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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最終章 未来を現実に変えて
運命のしずくは落ちて


 美しい山々に囲まれた国・ルルトゥルフ。異世界にあるこの国では、かつて大きな戦いの渦にも巻き込まれたが、それが嘘であるかのように復興が進んでおり、ルルトゥルフの象徴ともいえる王宮は確かな存在感を放つことによって、この国が健在であることを示していた。

 

「ふあぁーあ……」

 

 その王宮の一室に数人の人間が集まっており、その中で椅子に腰かけていたへそ出しのトップスの上にロング丈のジャケットを羽織った一人の女性が目の前の円卓に両足を載せて大きな欠伸をしていた。その揺らめく炎のようなオレンジ色の髪は一本一本がさらさらとした輝きを放ち目を引く。

 

「……はしたないですよ、クレア」

 

 そんな欠伸をしてうっすらと細めた目尻に涙を浮かばせた女性にこの室内にいたアレクが心底困ったようにため息をつきながら注意する。近くにはサクヤが壁に寄りかかっていた。

 

「うっせーな、遥々来てやったんだから少しは寛がせろよ」

 

 しかしクレアと呼ばれた女性は聞く耳を持つどころか、目を開き露わになった緋色の瞳を睨むようにして文句を口にする。そのままホットパンツによって大部分が露わになっている肉付きの良い足を組んでおり、その態度にはアレクが頭痛を感じているかのように頭を抑えている。

 

「アナタはシャッフルの一員なのですよ?少しは……」

「ったく、アレちゃんよぉ」

 

 この場にいる以上、慎ましさを求めているのだろう。眉を顰めたままアレクはクレアの手の甲に光るJack in diamondの紋章を見やる。そう、彼女もまたこの世界のシャッフル同盟の一員なのだ。しかし当のクレアはアレクの言葉を非常に煩わしそうに小指で耳を掻いていた。

 

「シャッフル以前に俺ァ宇宙海賊なんだよ。今更おぎょーぎ良くってのも無理な話だぜ」

「……アナタと言う人は……」

 

 自分を曲げる気はないのか、一切悪びれる事もなく円卓に用意されていたフルーツの盛り合わせの中から葡萄の一粒を千切り取り、ひょいと口に投げ入れる。その姿を見たアレクは頭痛を感じながらため息をつく。

 

「アレク、クレアに何を言っても無駄だろう」

「ドリィ……」

 

 するとクレアの横で若々しい見た目に反して武人のようにどっしりと座っていた男性が声を上げる。彼の手の甲にもクレアのようにBlack Jokerの名の紋章が浮かんでおり、彼もまたシャッフルの一員なのだろう。そんな男性の名をアレクが口にする。

 

「これがここの姫様との教養の差だ。こればかりは仕方ない」

「確かにクレアと姫様を同列には決して出来ませんね……。いえ、比較すること自体、烏滸(おこ)がましい」

 

 フルフルと分かり切った事だと首を横に振るドリィにアレクは漸く頭痛の種が取れると、考え方を切り替えるようにクレアに視線を向ける。

 

「あん? なあ、どういう意味だ?」

「クレアがバカってこと」

「はあぁっ!? てんめぇ、もういっぺん言ってみろっ!!」

 

 ドリィとアレクの態度が今一解せず、近くにいたサクヤに意味を尋ねる。もっとも聞いた相手が悪かったため、サクヤは一切オブラートに包むことはなく、寧ろ愉快そうに薄ら笑いを浮かべながら頭の近くで指先をクルクルと回すと、案の定、クレアは憤慨してドリィに食って掛かる。

 

「──ふふっ、とても賑やかですね」

 

 するとノックの後、扉が開く。室内にいた一同が視線を向ければ、そこにいたのはこのルルトゥルフで第一王女を務めるエレアナ・ラトシアーナと侍女であった。アレク達にも姫様と言われるだけあって気品と物腰の柔らかさをを感じさせる。

 

「おぅ姫さん、久しぶりだなー!」

 

 エレアナが訪れたことでアレクとドリィがすぐに畏まるなか、サクヤとクレアは一切気にした様子もなく、特にクレアに至っては久方ぶりに再会した気の知れた友人にでも接するかのようにぶんぶん手を振っていた。

 

「身の程を弁えろ。あの方はこの国の第一王女だぞ! だから貴様は馬鹿なのだ!」

「あぁ? バカっつたなこの焼き鳥野郎。バカって言った方がバカなんだよバーカバーカ」

 

 そのクレアの態度に眉を潜めたドリィはクレアに対して非礼だと怒りの言葉を吐くと、先程まで収まっていたクレアの怒りは轟々と燃え上がる炎のように膨れ上がり、ドリィを罵倒している。

 

「申し訳ありません、姫様……」

「いえ、仲が良い事は良い事です」

 

 お互いに青筋を浮かべながら罵倒し合っているドリィとクレアを見て、よりにもよってエレアナの前で醜態を晒してしまったと詫びるアレクだが、当のエレアナは一切気にした様子はなく、クスクスと笑っている。

 

「それで俺達をわざわざ集めた理由は何かな、お姫様」

 

 すると今まで成り行きを傍から見て楽しんでいたサクヤが寄りかかっていた壁から離れながらエレアナに声をかける。異世界にいるシュウジを除くシャッフル同盟がこの場に集められたのはエレアナの招集があったからだ。

 

「……皆さんはこの世界に訪れつつある未曾有の危機について知っていますか?」

 

 サクヤに本題を求められると先程まで浮かべていた柔らかな表情が消え、真剣な面持ちで口を開くと侍女の手によって室内のスクリーンが展開される。そこにはかつてルルがカガミ達に見せたターンタイプに酷似したMSらしき機影の姿が映し出されていた。

 

「これは統合政府から世界各国に極秘に伝えられた情報です。様々な憶測が飛び交っていますが、ここ最近になって地球圏に急接近しようとする動きがみられる事以外、その実態は未だ不明だそうです。調査に向かった部隊も……」

 

 サクヤ達の視線がスクリーンに注がれるなか、エレアナ自らの口から説明される。

 

「統合軍は最後まで交渉する姿勢を取りつつも、軍備を整えています。この正体不明の勢力は接触しようとする部隊を悉く壊滅に追いやっている事から恐らく……戦いは免れないでしょう」

 

 エレアナとしても出来る事なら穏便に済ませたいところだ。だが少なくとも統合軍も各国もこの勢力は危険なものだと判断しているし、エレアナ自身もこの勢力が地球に降り立った時のことを考えると恐ろしくゾッとしてしまう。

 

「心配すんな姫さん。戦いになるならぶっ倒してやらぁ」

「言葉に美しさはありませんが、私もクレアと同意見です」

 

 憂い帯びた表情を浮かべるエレアナとは対照的にリンゴをむしゃむしゃと丸かじりしていたクレアはあっけらかんとした様子で笑みを浮かべて力強く話す。クレアの態度に呆気に取られているエレアナに今度はアレクが声をかける。

 

「我々はシャッフル同盟……。世界の秩序を守ることが使命です。ならば、それに準ずるまでです」

「俺はシャッフル云々はどうだって良いけど、降りかかる火の粉は払わないとね」

 

 するとドリィもサクヤもエレアナを安心させるように口を開く。なにが待っているかは分からない。しかしこの手の紋章が輝く限りは諦めるつもりはない。

 

「私も協力できることは国を挙げて支援するつもりです」

 

 この場に集まったシャッフルの面々の言葉に勇気付けられたエレアナは微笑みを浮かべ、支援を申し出る。

 

「かつてこの国が危機に陥った時、何も関係ないのにシュウジは命懸けで戦ってくれました。私も……そんな彼のようになりたい」

 

 かつてこのルルトゥルフも戦火に巻き込まれた。だがその時、たまたま立ち寄っただけの筈のシュウジは命懸けで戦い、この国を救ってくれたのだ。あの時の彼への想いは今もまだ確かに残っている。

 

「そういや、そのシュウジの奴はどうしたんだよ」

 

 シュウジの名前が出た事によって、クレアは周囲を見渡す。そもそもこのシャッフル同盟はKing of Heartの紋章を持つシュウジがリーダーとなり纏めているのだ。だがそのシュウジはこの場にはいない。

 

「アイツもこの状況は知ってると思うよ」

 

 何やってんだよアイツはよー、と文句を垂れているクレアにサクヤは窓辺に近づきながら答える。恐らくシュウジも地球圏に迫る勢力についてはルル辺りから聞いているだろう。

 

「……だからこそ、そろそろお別れをしなきゃって事くらい」

 

 シュウジが異世界にいることをサクヤは知っている。そこでかけがえのない時間を過ごしているという事も……。だからこそ兄は弟を想う。せめて悔いが残らぬようにと……。

 

 ・・・

 

 一矢達が暮らす世界。荒廃したシュウジ達の世界と違って全てが潤ったこの世界にて翔が暮らすマンションのベランダではシュウジが一人、夜空を眺めていた。

 

「シュウジ君」

 

 そうしているとふと声をかけられる。振り返ってみれば、そこにはヴェルの姿があり振り返ったシュウジににっこりと微笑んで彼の隣に寄り添う。

 

「いつかこんな日が来るって思ってたけど……。でも案外、早いものなんだね。楽しい時間は……ってことなのかな」

 

 身を寄せるヴェルの甘い香りと温もりを直に感じるなか彼女は寂し気に呟いた。

 

「……私は……なにがあってもシュウジ君の隣にいるよ。だからこそ後悔はして欲しくない」

 

 自分達の世界に戻れば、そこでまたどんな戦いが待っているかは分からない。誰も欠けることはなく生き残るなんてことは夢のような話だ。明日は我が身な状況だからこそおの世界に後悔を残したくはない。それはシュウジに対してもだ。

 

「さようならだけはちゃんと言おうね?」

 

 全てを説明しなくたっていい。一矢達に話すべき事ではないのだから。だがせめて何も言わずにいなくなるよりも別れを告げるべきだろう。

 

「……さようならも言えない辛さと苦しさは……私達は嫌ってほど分かってるもの」

 

 ヴェルは夜空を見上げて、思いを馳せる。別れの挨拶も出来なかった者達は数え切れないほどいる。その度にどれだけの後悔と涙を流しただろうか。

 

「だから……笑顔であの世界に帰ろうよ」

 

 別れが避けられないのなら、せめてその別れの時は笑っていたい。そうすれば少なくともその別れがいつまでも心に残る苦しみになる事はないのだから

 

「……そうっすね」

 

 今まで黙っていたシュウジも漸く口を開く。ヴェルの言う通りだ。シュウジにとっても一矢達との別れはお互いにとって最高の形でしたいのだから……。


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