機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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禍の刻

「大丈夫、シュウジ君……」

「見た目ほどの傷じゃないっすよ」

 

 Aブロックのセミファイナルステージが終了したのと同時刻、クロノがいたイドラコーポレーションの地下室でシュウジはカガミとヴェルと合流していた。シュウジに応急処置を行いながら彼を心配するヴェルを少しでも安心させるようにシュウジは笑みを見せる。

 

「……有益な情報はないみたいね。持って行けるデータは持っていきましょうか」

 

 そんな二人とシュウジの容態を横目に見たカガミはシュウジからクロノが座っていたと聞かされたテーブルの上のパソコンを覗いていた。とはいえ、このまま退くのも惜しく端末にコピーを始める。

 

「……あの人のあの言葉……なんだったんでしょうか」

「含みのある言葉達が気になります……。しかしそれを紐解くにはあまりに情報がない」

 

 ヴェルはシュウジに寄り添いながらもスピーカー越しに聞こえたクロノの発言について触れる。虚像、ゲーム、裏、それにまるで自分達の出自を知っているかのような発言。どれを取っても気になることだらけなのだが、その本当の意味を知ることは難しい。

 

「……少なくとも俺は一矢達が心配だぜ」

 

 クロノはこれから何をしでかすつもりなのか、どこへ向かったのかが分からない。しかし関わりがありそうな人物は分かるのか、シュウジはずっと点けっぱなしのテレビを見る。そこにはSSPG記念大会の様子が映し出されていた……。

 

 ・・・

 

 Aブロックのセミファイナルステージが終了し、後はBブロックのセミファイナルを行い、勝ち進んだチームによってファイナルステージを執り行うのみ。会場では早速、その準備が行われていた。

 

「さ……そろそろボクの出番かな」

 

 それもようやく終わり、セレナは立ち上がる。近くのテーブルには中身が飲み干されたコップが置かれており、先程、アルマとモニカが用意してくれたグレープフルーツジュースが入っていた。有休を使っていると言うのに、わざわざ自分の世話を焼こうと言うのだから物好きなものだ。

 

「「いってらっしゃいませ、お嬢様」」

 

 とはいえ尽くしてくれる従者達には応えたい気持ちはある。今、この場でそれが出来るのはガンプラバトルによって、勝利を重ね、今大会で優勝を果たす事だろう。頭を垂れて見送るアルマとモニカの見送りを背にセレナは向かっていく。

 

「お姉さま」

 

 歩を進めていると、前方にはセレナを待つシオンと……ガルトの姿が。ガルトを認識した瞬間、一瞬顔を顰める。そんなセレナに気づいてかシオンは前に躍り出て、自身に意識を向けさせる。

 

「御武運を……お祈りしていますわ」

「ありがとう。ボクには可愛い女神の加護があるみたいだね」

 

 セレナの手をぎゅっと握って、彼女に激励の言葉を送るシオンの我が事のようなどこか緊張した表情を浮かべている様を見て、セレナはクスリと笑うとシオンを引き寄せて彼女の頭を軽く撫でる。

 

「セッレェーナぁッ……私が言った言葉を忘れるなよ」

「……なんだったかな。あんまり思い出したくないんでね」

 

 姉妹の仲睦まじい姿にうんうんと満足気に頷いているガルトも自分なりのことばを送るのだが、シオンから一転、ガルトに冷ややかな視線を送り返しながら、セレナはシオンに別れを告げ、会場へと向かって行くのであった。

 

 ・・・

 

「やあ。来たね」

 

 選手入場口から現れたセレナに既にガンプラバトルシミュレーターの前で彼女を待っていたウィルが声をかけた。

 

「君とは昔馴染みだけど、まさかこんな日が来るとは思いもしなかったよ」

「同感だね。特に昔の君を知っているから余計に」

 

 セレナは己が使用するガンプラバトルシミュレーターの前に歩み寄りながら、このメガフロートの世界の競合ファイター達が集う大会でまさか昔から知るウィルとガンプラバトルを行う日が来るとは思っておらず、軽く苦笑交じりの笑みを浮かべるとウィルもウィルで人形のような幼少期を知る分、彼もこの状況に感慨深いものがあるようだ。

 

「君はあの頃とは違う、そして僕が仮面をつけていたように見えたあの頃とも……。今の君とのバトルが楽しみだ」

 

 一体、これから行われるバトルでセレナとどんなバトルを行えるのか心待ちにしているウィルは期待感を胸にそのままガンプラバトルシミュレーターへと乗り込んでいく。

 

「仮面……か」

 

 一足先にガンプラバトルシミュレーターに乗り込んで行ったウィル。自分もガンプラバトルシミュレーターに乗り込もうと手をかけた瞬間、先程の彼の言葉が過る。

 

『仮面を外した君に何の価値があるの?』

 

 そしてそれと同時に頭の中を過ったのは過去に幾度と数え切れぬほど見て来た悪夢の中に出て来た自分から言われた言葉。

 

『本当の君は空っぽじゃない』

 

 悪夢の中に現れた自分はいつだって人の心を見透かしたような心を抉ってくるような言葉の数々を吐いてきた。今思い出してもどれも忌々しいと言う他ない。

 

「……それでもボクはボクだ。ここにいる存在も、これからバトルを行うファイターも」

 

 もう自分を否定させるような真似はさせない。例えそれが自分自身だったとしてもだ。

 誰にも気づかれぬなか、表情にその強さを宿したセレナはガンプラバトルシミュレーターに乗り込んでいく。

 

「……行こう、タブリス」

 

 ガンプラバトルシミュレーターに乗り込んだセレナは新たな翼とも言えるタブリスをセットする。天使のような美しさを持つ一方で見ようによってはどこか悪魔のような刺々しさのあるこの機体を駆って、セレナはセミファイナルステージの舞台へ飛び出して行く。

 

 ・・・

 

≪さあ始まりましたBブロックのセミファイナルステージです!≫

≪個人的に非常に気になるカードだね≫

 

 セミファイナルステージに選ばれたのは、雨の降りしきる夜の市街地ステージであった。早速、ハルとミスターによる実況が行われるなか、雨に打たれながらタブリスはセレネスを探す。

 

「……!」

 

 程なくしてセンサーが強く反応する。半ば同時に僅かに乱れた雨の動きを察知したセレナが背後に振り返ると同時にビームソードを抜き放てば、刀を振り下ろしたセレネスと鍔迫り合いとなる。

 

「お互いに近接機同士だ。下手な小細工なしで行こうじゃないか」

「凄くシンプルで分かりやすいね」

 

 鍔迫り合いとなるなか、ウィルはセレナに接触回線で話しかける。要は単純な実力によるバトルをしようと言うのだろう。機体の特徴が似通うセレネスとタブリスはそのまま幾度となく空中で刃を交わす。

 

 接近しようとするセレネスへすかさずヒートロッドを放つ。ギリギリの位置で回避したセレネスであったが既にウィルならばそうするだろうと読んでいたタブリスの突進を受けて、市街地へ落ちていく。

 

 地面に落ちる寸前に体勢を立て直し、着地したセレネスに既に同じく市街地に降下したタブリスが迫る。しかしセレネスは動じる気配もなく抜刀術のような構えを取ると、一気に刃を放ち、タブリスとすれ違う。

 

「やるね」

「君も」

 

 そのままほぼ同時に振り返ってお互いの首元に刃を突き出すセレネスとタブリス。先程、すれ違った際にお互いに一撃を入れていたのか綺麗な太刀筋によってバッサリと装甲の一部が切断されている。激しい雨が両機を打ち付け、あまりの緊張感に見る者が息を呑むなか、ウィルもセレナも余裕のある笑みを浮かべながら互いを称賛する。

 

 だが気さくな言葉とは裏腹にすぐさま刃の交わし合いが行われる。その世界最高峰のファイター同士による近接戦の、技と技がぶつかり合う、一級の殺陣や演武を見ているかのような錯覚さえ味わう。

 

「ッ」

 

 激しい剣戟の最中、タブリスから放たれたヒートロッドに刀を持つ腕部を絡めとられる。ウィルが息を呑んだ瞬間、そのまま強引に引き寄せられ、その勢いのまま蹴りを受けて近くのビルに激突する。

 

 だがタブリスがそれで攻撃の手を緩めるわけもなく、蹴りを打ち込んだ瞬間にそのまま背部のレーザー対艦刀を手にするとビームソードとの二刀流にして更なる追い打ちをかけようとビルに突っ込む。

 

 ビルに打ち付けられた直後のセレネスに一機にタブリスが迫る。これで勝負が決まるのか? 一部の観客がそう思った瞬間、タブリスの刃が振り下ろされる。

 

 ──雨を打ち払うような紅い閃光が駆ける。

 

 タブリスの刃が虚空を切り、セレナが僅かに眉を顰めた瞬間、背部のウイングに損傷を受ける。どんな手品を使って、逃れたのかは知らないが何であれ目の前から消えたセレネスが背後から攻撃を仕掛けたのは事実だろう。すぐさま振り向きざまにレーザー対艦刀を振るうが既にそこにもセレネスの姿はなかった。

 

「……っ」

 

 今度は上方にセンサーが反応する。半ば反射的にシールドを構えるタブリスに紅い閃光が放った衝撃を襲い、市街地の道路に叩きつけられる。

 

「……成る程。そういうことか」

 

 レーザー対艦刀を杖代わりに立ち上がったタブリスは上空を見やる。そこには雨が降り注ぐ暗雲の空の中、確かな紅き輝きを放つセレネスの姿があったのだ。

 

「まさかこの力を一矢達以外に使う事になるとは思わなかったよ」

 

 セレナだって知っている。あれは覚醒が放つ光だ。その力の恩恵を受ければ、どれだけの力が手に入るかと言う事も。しかし切り札とも言える覚醒を使用したと言うのはウィル自身、セレナを相手に余裕がなくなっている証拠だろう。

 

「とはいえ、君が相手ではそうもいかないらしい」

「光栄だね。でもボクはその力さえも越えるよ」

 

 セレナの実力はそれなりには知っている。世界大会においても彼女は彩渡商店街チームが相手の三対一の状況下においても引けを取らないほどの実力の持ち主だ。一対一のこの状況では彼女にすんなり勝とうと言うのが、そもそもの間違いだろう。勝ちに行くのならば死に物狂いでいかなければ。

 

 対してセレナも彩渡商店街チームとぶつかった時の不安定さはなく、覚醒を発現させたセレネスを前にしても余裕のある態度を崩さない。

 

 言葉もそこそこに互いに獲物を構えて正面からぶつかり合う。もっとも鍔迫り合いになった際、力負けする可能性を考えてか、刃と刃を何度も打ち付けるような戦いと言った方が適切なのだろうか。

 

「……遅い」

 

 雨を払うような攻防が幾度となく繰り返されるなか、セレナが不意にポツリと零す。その瞳はセレネスの動きをしっかりと捉えているものの、どこか苛立ちを含めた言葉だった。

 

「望むモノを手に入れる為ならなんだってあげる……。ボクにはその覚悟があるんだ」

 

 やはり覚醒を発現させたセレネスを相手にするには防戦が目立ち始める。そんな状況だからこそセレナは操縦桿を強く握り締め、目を鋭く細める。

 

「だから君にも応えてもらうよ、タブリス」

 

 ここで負けるつもりは毛頭ない。世界大会の時には気付かなかったが、自分を見て、応援してくれる存在がいるのだ。そんな彼らに応えるためにも、そして何より今、ここにいる自分が確かに存在するんだと証明する為にも。

 

 そんな儚くも狂気染みた一面を持つ少女の願いを、捧げられた覚悟を契約に人外の力を行使させることを承諾したようにタブリスの瞳ともいえるツインアイが鮮やかに輝き、その動きも少しずつ変化していく。

 

 ゼロシステム。ウィルが覚醒を切り札にするのであれば、セレナにとっての切り札がこれだろう。覚醒に比べて、心許無い部分があるのは確かではあるが……。

 

「君にはつくづく驚かされるよ!」

 

 ウィルは驚きつつも嬉しそうに声を上げる。ゼロシステムを発動させたタブリスは勢いを巻き返し、覚醒を発動させているセレネスを相手に対等以上に渡り合っているではないか。

 

 ここまで楽しませてくれる相手をウィルは真っ先に挙げるなら一矢やミスターくらいだろう。ガンプラファイターとして、血湧き肉躍るようなバトルが出来ることに純粋な楽しさを見出しながら、互いに損傷を与えながらバトルは続けられていく。

 

 一体、どちらが勝つのかは分からない。それ程までにこのバトルはこれまで以上の熱を呼び、見る者全てを熱くさせる。手に汗握り、一挙手一投足を見逃さないとばかりに誰しもが食い入るように見つめている。

 

 しかしその熱に冷や水を浴びせられるような出来事が起きた。

 

「「ッ!?」」

 

 なんと雨雲から飛来した何かが無数のビームを放ってきたのだ。セレネスとタブリスは咄嗟に避けるも、予期せぬ乱入にウィルもセレナも驚きを隠せないでいた。

 

「一体、何が……」

「……外部からの侵入か……?」

 

 何がこのバトルに水を差したのか、セレナは攻撃の発生元ともいえる暗雲が覆う上空を見やる。すると雲の中からハッキリとは分からないものの何かの機影が降りてくるのが視認できた。その姿を見て、ウィルはかつての自分が行ったように何者かが外部から侵入してきたのかと考えたのだが……。

 

「あの機体は……ッ!!」

 

 やがてハッキリとその姿を視認した瞬間、ウィルは目を見開く。いや、ウィルだけではない。観戦している一矢達も驚いていた。

 

 毒気のあるようなカラーリングと禍々しさを感じるような外観を持ち、毒々しくモノアイを輝かせる機体……。それはかつて静止軌道ステーションの暴走の際、突如として現れたアンチブレイカーに他ならなかった。

 

 何故、ここにあの機体がいるのか、何故、乱入してきたのか、その目的が分からぬまま、雨が降り注ぐ暗雲を背にアンチブレイカーは不気味にセレネスとタブリスを見下ろすのであった。


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