「やあ、予想通り、君もセミファイナルに進んだね」
VIPルームに繋がる豪華な装飾の廊下にて歩いてくるのはセカンドステージをクリアしたセレナであった。そんな彼女に声をかけたのは彼女を待っていたウィルであり、傍らには夕香もいる。
「君も同じみたいだね。昔馴染み同士、バトルが楽しみだ」
ウィルも既にセミファイナルへの道を掴んでいる。セレナはそんなウィルに笑みを見せる。一件、言葉では柔らかいものの、もう二人の間には見えない火花が散っていた。
「お姉さま、いますの?」
そんな二人のやり取りのさ中、セレナの声が聞こえたシオンは待ち焦がれた飼い主が現れたペットのような輝かしい表情を浮かべながら、VIPルームの一室から現れると夕香とその隣のウィルに目が合う。
「なななななぁっ!!? やはり隣の部屋から感じていた邪気はアナタのせいでしたのね!!」
「なんでアタシの周りにいる人達ってベタベタ触りたがるのかなー」
「夕香、アナタは次からわたくし達の部屋に招待しますわ!」
ウィルを視界に入れた途端、隣の夕香を引っ手繰るように引き寄せ番犬のようにガルルと唸らんばかりにウィルを見やる。そんなシオンに抱き寄せられている夕香はやれやれと言った様子だ。
「少し待ちたまえ。僕から夕香を遠ざける気かい? 良い度胸だね」
「大手であるタイムズユニバースCEOがJKを密室に連れ込んでいると週刊誌にリークしても良いんですわよ」
自分達のVIPルームに夕香を連れて行こうとするシオンにすかさずウィルが待ったをかける。するとウィルとシオンは夕香を挟んでバチバチと激しい火花を散らす。
「ふむ、まさかタイムズユニバースのCEOが隣だったとは……。立ち話もなんだ。これからの試合を共に観戦するのはどうかな?」
そんな場の空気を知ってか知らずか、ガルトがウィルを見やりながら声をかける。もう間もなくAブロックのセミファイナルステージも始まる。ガルトの提案にウィルとシオンはどちらか片方に行くぐらいならばと渋々頷くのであった。
「そういえば君のメイド達もいないようだが……」
「二人揃って有給を使ってるよ。存外、二人がいないのは寂しいものだね」
部屋を移動しながらふとセレナの侍女であるアルマとモニカの二人がいないことに気付く。そんなウィルの疑問にセレナはその理由を明かしつつもどこか寂しげな笑みを見せる。
「そう言えばさ、ウィル達のメイドさん達ってワールドメイド派遣サービスってところから来てるの?」
「その通りだが」
すると今度は夕香が声をかけてくる。まさか夕香がそのサービスを知っているとは思わず、ウィルは意外そうに答えるのだが……。
「いや、これ見てよ」
夕香が指したのは次のセミファイナルのカードだった。そこには確かにワールドメイド派遣サービスの名がある。
「「なっ」」
そのまま興味本位でワールドメイド派遣サービスチームの詳細に目を通すウィルとセレナの二人だが、その内容に瞬く間に目を見開くのであった……。
・・・
≪さて、大会も折り返し。セミファイナルAブロック開始です!≫
遂にAブロックのセミファイナルステージも始まり、出撃チームのガンプラとNPC機がフィールドに出現する。それと共にハルとミスターによる実況も開始される。
≪出撃チームは【夜は美人女将の小料理屋で“彩渡商店街”】と【あなたにお仕えしたーい♡“ワールドメイド派遣サービス”】……以上、2チームによる対戦となります!≫
ハルによる個性的な紹介と共に既に彩渡商店街チームは対戦チームとなるワールドメイド派遣サービス目指しつつ障害となるNPC機達を撃破しつつフィールドを突き進む。
≪その小料理屋は私もたまに利用している。今度、キミも一緒にどう?≫
≪そうですねー。機会があれば是非ー≫
2チームによるバトルの様子を見ながら、個人的に彩渡商店街と繋がりのあるミスターはそれとなくハルを誘おうとするのだがハルは気に留める事もなく聞き流したような返答だ。
「メイドさんかー。一矢は好きだったりするの?」
「……好きでも嫌いでもないけど」
対戦チームとなるワールドメイド派遣サービスに因んで一矢にメイドが好みか否か尋ねるミサ。とはいえ好き嫌い以前にそれほど興味がないために一矢の反応はとても微妙だ。
「……俺がもし好きだったら、メイド服でも着てくれんの?」
「えっ!? あっ……いゃっ……そのっ……一矢がどーしても言うなら考えなくもないケド……」
ふとミサの問いかけから閃いたように問い返す。もっともミサ自身、何気なく聞いてみただけで深い意味はなかったのか、途端に顔を真っ赤にさせてしおらしくなってしまっている。
≪主殿、私の見た目も変えられたりするのだろうか?≫
「見た目その物をってこと……? それはカドマツに聞いてもらわないとな……」
すると今度はロボ太から問い掛けられる。とはいえその辺りに関しては専門的なことは分からない為に一矢は頭を悩ませてしまっている。
≪うむ……。ミサがコスプレなるものをするのならそれに合わせた方が良いのかと思ったのだが……≫
「……あぁ、ロボ太の見た目のままってこと……」
「って言うか、着るなんて一言も言ってないよっ!!」
先程の一矢とミサのやり取りを聞いて、ミサがそのような恰好をするのなら自分も合わせるべきなのかと律儀に考えているロボ太に納得したように頷く一矢だが、堪らずミサは恥ずかしそうに叫ぶ。
≪──聞こえるか?≫
≪お楽しみのところゴメンね≫
フィールドを進みながら、そんなやり取りをしていると、不意に外部からウィルとセレナからの通信が入ってくる。
「ウィル? セレナちゃん? なんで?」
≪その……なんと言ったら良いのか……?≫
≪あはは……全く持ってその通りで……≫
二人はこの後に予定されているBブロックのセミファイナルステージで激突するはずだ。そんな二人が一体、どうして揃って通信を入れて来たのだろうか。そんなミサにウィルもセレナも何とも言えない表情を浮かべている。
≪それよりドロシーと彼女のメイド達のことなんだが……≫
「ドロシーさん達がどうしたの?」
なんとも歯切れの悪いウィルは自身とセレナのメイドについて口にする。一体、ドロシー達がどうしたのだろうか、と気になったミサは続きを促す。
≪実は……≫
≪──そこまでですウィル坊ちゃま≫
ドロシー達について話そうとするが通信の割り込みが入る。それは話題の渦中にいるドロシー自らからの通信であった。
≪そーそー。空気読んでよねー≫
≪そうです。我々は何ら責められる行いはしていないのですから≫
続けざまにモニカとアルマも通信に割り込んでくる。一矢達からすれば、全く持って状況が呑み込めない。それでも何か話そうとするウィル達だがその前に一矢達のガンプラバトルシミュレーターに対戦チームの接近を知らせるアラートが鳴り響く。相手チームの接近に警戒する一矢達の前に相手チームが使用するガンプラが降り立つ。
それは……メイドだった。
10人に聞けば、その大半がメイドと答えそうなほどに彷彿とさせるガンプラがそこにいたのだ。ノーベルガンダムをベースにリボンストライカーを装着し、スカートのように垂れ下がったCファンネルの数々、暗色のカーラリングはまさにメイドと形容するほかなかった。
「まさか……それ操縦してるの……」
「はい、わたくしです」
言葉を失い、唖然としている一矢達。いや外部から見ているウィル達もだ。箒を思わせるカラーリングのメイスを装備するメイドガンダムことサーヴィターガンダムにミサが戸惑いながら尋ねれば、やはり操るのはドロシーであった。
・・・
「姿を消していると思ったら……」
≪わたくし、以前より常々ガンプラバトルに興味津々でございました。坊ちゃまに内緒でこっそり秘密裏に隠れて練習を重ねていたのです≫
外部からはウィルや夕香、セレナとシオン、ガルトが見ており、サーヴィターの姿を見てウィルは頭痛に悩まされる。そんなウィルに知ってか知らずかガンプラバトルを始めた理由をドロシーは口にしていた。
「ちょっと待って。有休を使ってるあの二人は……」
とはいえ、フィールド上にはワールドメイド派遣サービスのガンプラはサーヴィターの姿しかない。少なくともまだいる筈なのだ。セレナはモニターに映るフィールドに他にガンプラの姿がないか探していると……。
≪どこにいるのかと聞かれれば≫
≪答えてあげるが世の情け!≫
しかしセレナが探している人物達は自分達から名乗り出て来た。すると上空から二つの何かが飛来してくる。
≪世界に愛を振りまくため!≫
≪世界に愛をもたらすためッ≫
どこかで聞いた事のある口上が続くなか、リミットブレイカー達は後方に飛び退いて警戒すると、サーヴィターを挟むように二機の飛来体が降り立つ。
≪愛と愉快の正義を貫く!≫
≪ラブリー・チャーミーなメイド達!≫
もはやこの時点でセレナもシオンも頭を抱えているわけだがメイド達は止まることなく、土煙が上がるなか遂にそのガンプラの姿を見せた。
「……えっ」
それは……二人のセレナだった。
思わず間の抜けた声を漏らし目を丸くさせているセレナの視線の先のフィールド上には間違いなく二人のセレナがいたのだ。
≪あるとにくすばえる!≫
ういにんぐふみなをベースにガンダムバエルを思わせるMS少女的な外見を持つ白いアーマーを装備したセレナと共に自信満々にモニカの声が響き……。
≪セレナッガイ!≫
そしてチナッガイをベースに黒猫をイメージしたカラーリングの猫耳メイドを思わせるセレナッガイがスカートの両裾を掴んで挨拶しながら操るアルマも声を上げる。
≪我が道駆けるメイドの二人にはっ!≫
≪Pleasure……愉悦の日々が待ってるぜッ≫
言葉を失っているセレナにどう接して良いか悩んでいるシオンとウィル達。しかしアルマもモニカも一切悪びれることなくむしろ堂々と二人のセレナは背中を合わせる。
≪≪なーんてねっ♡≫≫
そのまま二人のセレナは抱き合いながらモニターへ向かってウインクする。二人? それとも二機? 兎に角、その出来栄えは質感にも拘っており、髪もサラサラに揺れている。白と黒のセレナは憎たらしい程可愛らしかった。
「……」
「お、お姉さま……」
指を絡めて抱き合っている白黒セレナに放心状態の本物のセレナ。シオンは何とか声をかけようとするのだが……。
≪ふははははっ! どうよ、これぞ私達のお嬢様への愛の形!!≫
≪因みにアーマーの下のパンt……ボディスーツは実際にお嬢様がお召しになられているものを参考にしています≫
一部の観客は喜んでいるが、ミスター達も含めて言葉を失っている。呆気に取られている状況にモニカは心底愉快そうに高笑いし、セレナッガイのスカートをふりふり揺らしながらアルマはさらりととんでもない事を口にする。
「お姉さま……?」
「──」
「お姉さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
アルマの発言にピクッと反応するセレナをシオンは心配するのだが、トドメを刺されたのかクラっと意識を失い、シオンの腕にもたれながら気絶して悪い夢を見ているかのようにうーん……うーん……と青ざめた表情で唸っている。
「アナタ達、こんな事をして良いと思ってますの!?」
≪何を言いますか! 見てください、この造形、このプロポーション! お嬢様への愛がなければ出来ないことですよ!≫
「お姉さまの見目でプリップリなポーズを取るのは止めなさい! そんなものは歪んだ愛ですわ!!」
気絶してしまったセレナに代わって怒るシオンだが、寧ろ心外だとばかりに、あるとにくすばえるは可愛らしい表情とスタイルを強調するようなポージングを取る。モニカの言葉通り、セレナを写した様な再現度で、しかも関節部などもオリジナルのモデラー同様になるべく目立たないようにしている。兎に角、可愛らしいに尽きるのだが、シオンは真っ赤な顔で叫ぶ。
「お父様も何か言ってください!」
「うむ……」
話にならないとシオンはガルトにも発言を求めると顎に手を添え、白と黒のセレナ達を見ていたガルトはシオンの要望で前に出る。
「良くやったぞ我がメイド達よォッ!! よくぞ一級の芸術品を作り上げてくれた!!! セレナに代わって礼を言おう!! さあそのまま我が愛しの愛娘の麗しさを全世界にアピールするのだ!! そしてまきしまむがるとやうるとらしおんの制作に着手するのだ!! 世界よこれがアルトニクスだああああぁぁぁぁぁーっハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
「お父さまああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!」
そのままどこから用意したのか薔薇の花びらを振りまきながら親指を立てサムズアップするとフィールド上のセレナ達もサムズアップを返してくれる。満足そうに哄笑するガルトに怒号に似たシオンの叫びが響き渡るのであった……。