「SSPGか……。あいつら、どんなバトルをするんだろうな」
そう呟いたのはシュウジであった。今彼がいるのは小さな定食屋であり、隅にあるテレビでSSPGの大会の様子を眺めていた。
「生で見れないのは少し残念だね」
「一矢の奴、なんか新しいガンダムブレイカーを作ったって話だしなぁ……」
その隣にはヴェルもおり、向かい側にはカガミもいる。シュウジの呟きに答えながら残念そうに笑う彼女にシュウジは一矢が新たに作成したリミットブレイカーについて触れる。シュウジも実際にはまだ一矢のリミットブレイカーがどんな機体なのかは見ていないのだ。
「……今からメガフロートに向かっても構わないわ。私は一人でも……」
「なに言ってんすか、アンタ一人にやらせるわけないでしょう」
向かい側に座るカガミがようやくポツリと口を開く。これまでのジャパンカップなどの同じように数日に渡って開催される今回の大海。予選から見ることは出来なくとも、今からなら間に合うだろう。彼女なりの気遣った言葉ではあったのだが、シュウジはその言葉に首を横に振る。
「今回は遊びに来てるわけではありませんから。これまでのウイルス騒動……しっぽが掴めそうなんですよね」
「ええ、私達もずっと巻き込まれていますしね。ニュースではウイルス事件の首謀者であるバイラスが逮捕されたようですが、それで済むとは思えない」
今日はわざわざ三人で行動しているのには理由がある。これまでカガミ達トライブレイカーズはネバーランドや新型シミュレーターのウイルス騒動などに関わって来た。一矢達がウイルスに対抗して戦っていたように、カガミもカガミでずっとウイルス騒動を追っていたのだ。
最新のニュースでこれまでウイルスを作成し、宇宙エレベーターを暴走させた事件などで逃亡中であったバイラスがようやく逮捕され、現在取り調べ中たというニュースが飛び込んできたのだが、カガミはいまだ胸の中にざわつきを感じているのだ。
「世界大会のときも一矢達はバイラスとその協力者達と戦ったって話じゃねえか。首謀者が捕まったところで……」
「ええ、パッサートのようになる可能性は十分あるわ。だからこそ少しでも可能性があるのなら、確かめくてはならない」
思い出すのは世界大会での予選の出来事。あれはウィルが一因とはいえ、彼に会社を潰されたバイラスを筆頭にした元経営者達が彼への復讐を企てたものだ。バイラスの他にも共犯して逃亡中の身である者達も今後の取り調べ次第では捕まる可能性はあるが、確実に安心できるまではこの一連の騒動を追う事は止められない。
「……あの子達はずっと巻き込まれている……。だからこそ不安の芽は摘んでおきたい……。あの子達には年相応のことだけしていてほしいの」
チラリとテレビの方向を見やるカガミ。そこには招待されたチームの特集が行われており、彩渡商店街ガンプラチームの姿もある。テレビ画面に移る一矢達の姿を見つめながら、彼らを案じた憂いの表情を浮かべる。
「それに……私達はいつまでこの世界に居られるかは分からない。その前にあの子達の為に出来る事はしたいわ」
「そう、ですね……」
カガミから放たれた言葉にヴェルは歯切れの悪い返事をして彼女達が座るテーブルに静けさが訪れる。楽しい時間に忘れがちになってしまうが、自分達にはいつ起爆するかも分からない時限爆弾をつけられているようなものなのだ。
「……まっ、危険なことは慣れっこだ。カドマツからウイルスに対抗できるワクチンプログラムのコピーは貰ってるわけだし、さっさと終わらせようぜ」
何とも言えない雰囲気に満たされたテーブルの空気を変えるようにシュウジは口を開く。何れ訪れる事を悲観するつもりはない。ならばせめてその時が訪れた時には後悔がないようにしたいのだ。シュウジのその言葉に頷くカガミとヴェル。程なくして注文した料理が提供されるのであった。
・・・
「ふっふふーん……おねぇっさまーっ♪ おねぇっさまーっ♪」
「まったくシオンは相変わらずだねー」
一方、メガフロートのテラスではシオンが子犬のように再会したセレナの腕を組んで嬉しそうに頬を擦りよせていた。そんな可愛らしい妹の姿にセレナも優しい笑みを浮かべている。
「でも、何か憑き物が落ちたみたいだね。凄い晴れやかな感じがするよ」
「そうだね。今は前よりも充実してるよ」
シオンの傍らには夕香や裕喜もおり、セレナの笑みを見ながら話しかけると夕香の言葉は彼女自身、自覚しているところがあるのかクスリと笑う。以前は人形のようなまさに形作ったような笑顔だったが今は自然で柔らかな笑みを浮かべている。
「──ならば結構」
そんなセレナ達に声をかける存在がいた。セレナは知っている声なのか顔を顰めるなか驚いたシオンは声のする方向をそのまま見やれば、外国人の仕立ての良い白スーツに身を包んだ一人の金髪の男性が傍らに秘書のようなスーツ姿の女性と共にやって来ていた。
「久しぶりだなぁ、シオン」
「お父さま……!?」
男性はシオンを見やりながら声をかけるとシオンはたまらず立ち上がりながら唖然とした様子で呟く。彼女が口にした通り、どうやらこの男性はセレナやシオンの父親であるようだ。
「ふむ……そこにいる日本人のお嬢さん方はシオンのホームステイ先の友人……と見てよろしいのかな?」
「え……? まぁ……はぁ……」
薄っすらとセレナが不機嫌そうな表情を浮かべ男性から視線を逸らすなか、男性は夕香と裕喜に声をかける。突然、現れたシオン達の父親である男性に夕香と裕喜は視線を合わせ、戸惑った様子で頷く。
「お初にお目にかかる。私はセレナとシオンの父であり、セ・レ・ブのガルト・アルトニクスだ。見た目通りのセ・レ・ブだ。どうぞよろしく」
(……セレブって二回も言った)
(しかも強調してるし)
セレナ達の父親ことガルトは夕香達へ自己紹介を行うと、その内容に夕香と裕喜は表情を引き攣らせる。
「ふむ、私の溢れ出るセレブ
(……なんだろこのウザさ)
初対面のガルトの自己紹介の勢いに引き気味になっている夕香と裕喜をどう解釈したのか、キラッと無駄に白い歯を輝かせながらキメ顔で力強い笑みを見せるガルトも夕香は眉を顰める。
「お父様、何故ここに……?」
「ノンノンノンノンノォーン……分からないとはヌァンセェンスだなぁシィオーン!」
とはいえ何故この場にガルトがいるのか分からなかったシオンが尋ねる。しかし寧ろ何で分からないだとばかりに指をチッチと振りながら答えるとそのまま裕喜を指差す。
「はいそこ。私はなんでしょう?」
「セ、セレブ……?」
指差した裕喜に自分が何であるのか質問する。すると裕喜はガルトの勢いに付いて行けないまま、一応、自分の中でガルトの印象として残っている言葉を口にする。
「その通ーりィ。この宇宙エレベーターには私も出資している。その縁で招待されたわけだよ」
「……この人が来るのはそういう理由だけだよ。別にボクの応援をしに来たわけじゃない」
不動産事業家であるガルトはウィルのように宇宙エレベーターに投資をしているようだ。もっともガルトが来てからと言うもの、セレナはずっと不機嫌そうな様子なのだが。
「……一緒に居たくないからここに到着した時点で別れたんだけどな」
そのまま頬杖をつきながら苛立ち気に呟く。どうやらこのメガフロートまでは同じ飛行機にやって来たようだ。しかしそれからはガルトを避けるように別行動をしているようだが。
「フン、セレナよ。案ずるな、私がこの場にいる以上、お前の試合はしかと見物するつもりだ。期待をして声援を送ってやろう、太陽の光は平等に降り注ぐものだからなっ!」
「この人と話が噛み合った事ってないんだよね」
心底、嫌そうに話したセレナにガルトは親指を立て、サムズアップをしながらまた無駄に白い歯を輝かせるとセレナは頭痛を感じながら頭を抑える。
「お、お父様はお父様なりにお姉様に愛情を持って接しているんだと思いますわ……」
「愛情? 仮にそんなものがあったとして伝わらない愛情に意味なんてあるのかい?」
一応、家族の事なのでシオンがおずおずとガルトのフォローをするも、セレナは一蹴する。セレナからしてみれば、ガルトは重圧の一因であった。あまり良い感情は抱いてないのだろう。
「じゃあボクは行くよ。そろそろ予選の時間だ」
シオンがオロオロとしているなかセレナは席を立つ。シオンはセレナ程、窮屈な生活を強いられていなかった分、ガルトとの仲は酷くはないのだろう。
しかしそれ故に家族仲を何とかしたいと思うのだが、肝心のセレナが関係改善をする気が全くない為、それはそれで仕方ない為、複雑そうな表情を浮かべている。
「ごめんね、シオン」
そんなシオンの心中はセレナも分かっているのだろう。でもだからと言って、どうにかなるとは思えないし、こればかりしたくない。座っているシオンを後ろから抱きしめたセレナはその耳元で謝罪の言葉を口にすると、予選の会場へ向かうのであった。