「おっ、来たな」
バトルを終えて、ガンプラバトルシミュレーターから出て来た一矢に気づいたカドマツ。しかし一矢の表情はあのウイルス騒動を起こしている人物との接触もあって非常に難しい表情を浮かべていた。
「……何があったんだ? 勝手にログアウトもしたし……」
「いや、どうやら通信機器が落ちたみたいなんだ」
ひとまず先程のあの通信相手の事は頭の隅に追いやり、突然のログアウトなどの現象について尋ねる。だが別に勝手にログアウトしたわけではないと言う事をカドマツが説明する。
「これは……ウイルスからのシャットダウンコマンド……? ってことは世界中で……? 何のために……最後の悪あがきか?」
一矢達が使用したガンプラバトルシミュレーターに起こった現象を解析するカドマツ。紐解いていけば最後にウイルスから行われた処理であり、それはここだけではなくガンプラバトルシミュレーターを経由して世界中で行われた事が想像できる。しかし一体、何の為にそんな事をしたのか、今一解せなかった。
「大丈夫なの?」
「ん……ああ……重要な施設は自動でリカバリする仕組みがある。ほぼ一瞬で元通りだ。そうでない場所もエンジニアが監視してるから順番に復旧されていく事だろう」
神妙な表情を浮かべるカドマツに不安を感じたミサが声を上げる。思考に没頭していたカドマツはミサの声に顔を上げると、シャットダウンコマンドに関してはどうとでもある為にさして問題ではないことを伝える。
「なら安心だね」
カドマツの説明にほっと胸を撫で下ろしたミサは傍らの一矢に笑いかける。だが一矢の表情は決して晴々したものではなく、すぐにミサ達もその様子の気づく。
「……みんな、聞いてくれるか?」
少し悩んでいるかのように視線を彷徨わせ居ていた一矢だがやがて意を決したように顔をあげ、ミサ達に声をかける。ミサ達が顔を見合わせるとやがて頷き、それを見た一矢は先程起きた出来事を話し始める。
・・・
「……そんなことが」
一矢から先程、彼の身に起きた出来事を聞かされ終えたカドマツは視線を伏せ、考え込んでいる。
「ゲームって……。私達はこんなことする人達を楽しませるために戦ってきたわけじゃないッ!!」
「舐められてるな。敵にも見られてないなんざ……」
やはりと言うべきか、一矢の話を聞いたミサは憤慨して声を荒げている。カドマツも何も思わないわけではないようで表情を険しくさせながら、鋭く目を細めている。
「とはいえ、俺達の個人情報の類は知られてる事だな。確かに今までの事を考えれば、俺達をノーマークにするとは思えない」
「けどお父さん達に何かあったら……」
一番厄介なのはどの程度か分からなくとも個人情報を知られている可能性があることだ。ネバーランドや新型ガンプラバトルシミュレーター、宇宙エレベーターなど様々なウイルス事件に関与してきたのだ。相手側の目に留まっても何ら不思議ではない。しかしカドマツの言葉にミサの表情は曇る。彼女も一矢と同じで自分達はまだしも、周囲の人間を危険に遭わせたくない。
「……俺は奴が言っていたラストステージ……受けてみようと思ってる」
どうすればいいのか、その答えが見いだせない中、一矢がポツリと口を開く。そう、ウイルス事件はまだすべてが終わったわけではない。通信越しではまだ次があり、その先にはラスボスが待っているという旨の発言をしていた。
「どうすれば良いかなんて分からないけど……でもこのままにはしてはおけない」
明確な答えは出ない。だが何もしないなんて出来ないのだ。相手から接触してきたからこそ、下手なことをされる前に何とかしなくてはいけない。
「奴がゲーム感覚でいる今のうちに……チェックをかけてやる」
あの時感じた恐怖心は嘘ではない。得体が知れない相手だからこそ怖く感じてしまう。だが恐怖から目を背けたくはない。少なくとも相手は自分達を脅威には感じていないのだ。だからこそ油断があるうちに畳みかけたい。一矢のその言葉にミサ達は賛同するように頷くのであった。
・・・
「楽しかったなー」
ウイルス騒動をひとまず収束し、一矢とミサは彩渡街に帰るまでの短い時間のなか、一矢の案内でGGF博物館を満喫していた。時刻はもう夕暮れとなり、空は暗がりになっていた。実物大ユニコーンガンダムの近くを歩きながらミサは幸せそうな表情を浮かべる。
「……こんな時がずっと続いていけば良いな」
「続けていけるよ! 10年20年……それこそ30年後だって!」
ミサの幸せそうな表情を見て、一矢の表情も緩む。この幸せなひと時にふと一矢がポツリと零すと、何を言ってるんだとばかりにミサは笑いかける。
「……その為には……まず片付けなきゃいけない問題がある」
30年後の自分達がどうなっているかは分からないが、輝かしい未来に辿り着くために果たさねばならないことがある。だからこそ一矢は決意を固めるように空を仰ぎ見る。
「……ねぇ一矢」
そんな一矢の真剣な横顔を見つめたミサはふと声をかけると、一矢はミサを見る。
「私もロボ太もカドマツも皆……一矢と一緒に戦うよ。少しでも可能性があるのなら諦めたくない」
あの場で戦う決意を見せた一矢にミサは改めて己も一矢と共に戦い続けることを口にする。その言葉に一矢はただミサをじっと見つめている。
「これまで強くなって来たのはずっと一矢の傍にいる為だもん。どんな時だって一矢を支えるよ」
「……ありがとう。ミサとだったら……俺は進んで行ける」
どんな危険なことが待っていても、一矢が止めても近くにいる。その為の強さは身に着けてきたつもりだ。そんなミサの言葉に一矢は嬉しそうに目を細めた。
すると周囲に感嘆の声があがる。その声が耳に届いた一矢とミサは一体、どうしたのだろうかと視線を向ければ……。
「わぁっ……綺麗……っ!!」
なんと実物大ユニコーンガンダムは変形してデストロイモードとなっているではないか。鮮やかに発光しているその様を見て、ミサは感激の声を漏らす。
(……この輝きだけは絶対に消したくない)
デストロイモードへの変形を果たした実物大ユニコーンガンダムは圧巻だ。だが一矢は実物大ユニコーンよりも喜んでいるミサの横顔を眺めていた。例え何が待っていても太陽のような笑顔を浮かべる彼女を曇らせたくない。それだけは心から思えるのだ。
・・・
≪みなさん、また迷惑をかけました≫
それから翌日、台場のGGF博物館から戻ってきた一矢達はイラトゲームパークに戻り、ウイルスからの侵入がなくなり正常に稼働できるようになったインフォに会っていた。
「インフォちゃんさあ……。何かこう……普段からストレス溜めてない?」
≪……。………………。…………さあ…………何のことでしょうか?≫
「なにか間があったよね、今」
ウイルスの問題が解決したとはいえ、ウイルスに侵されていた時のインフォの様子は凄まじかった。それは普段の業務から来たものなのではないかと思ったミサは問いかけると、しばらくの間の後、棒読みのような返答をされ、ミサは苦笑する。
「たべってないで金使いな。ここはゲームセンターだよ」
そんなやり取りをしていると、イラトが話に入って来た。インフォも元に戻ったと言う事あって、イラトゲームパークも通常営業となっている。
「イラト婆ちゃん、あんまりインフォちゃんをこき使わないでよ?」
「こき使う為に買ったんじゃねえかよ」
丁度良いとばかりに話に入って来たイラトにインフォのことを注意する。しかしイラトからしてみれば、こき使うなと言われてもその為に買ったので寧ろ何を言っているんだと言わんばかりだ。
「……ま、あんまり無理すんじゃないよ」
とはいえイラトもイラトでインフォに対しては何も思っていないと言うわけではないらしく、最後にインフォを気遣ったような言葉を去っていく。その言葉に一矢とミサは顔を見合わせ、良かったとばかりに笑みを交わすのであった。
・・・
≪どうだったかね、ナジール。私のウイルスは≫
一方、人知れず路地裏では携帯端末の着信音が鳴り響く。懐から携帯端末を取り出したナジールであった。そのまま通話ボタンを押して、かかってきた電話に応対してみれば、相手はバイラスであった。
「スバラシーですね。お陰でアレに通じるネットワークルートが分かりマシタよ」
今回の騒動を齎したウイルスを作成したのは他ならぬバイラスだ。バイラスが作成したウイルスの性能を褒めながら、目的が達成出来た事を話す。
「通信の回復がもっとも早い場所……。すなわちそれが宇宙エレベーターですから、お陰で随分、楽に特定できマシター」
≪満足いただけたなら結構≫
一矢達がウイルスの送信元をハッキリした際、最後に起きたシャットダウンコマンド。それが何の意味があったのかカドマツ達には分からなかったが、それでもやはりと言うべきか理由があったようだ。自身のウイルスを褒められて気分の良いバイラスは自慢げに鼻を鳴らす。
≪それでは報酬の方、お願いするよ。逃亡生活は何かと物入りだからね≫
「ええ、すぐに届きますヨ~」
どうやらナジールとバイラスの関係は依頼によるもので成り立っていたらしい。宇宙エレベーターを狂わせた国際的指名手配犯として手配されているバイラスの逃亡生活はやはり多大な資金が必要不可欠。念押しするかのようなバイラスの言葉にナジールは軽い調子で答える。
すると電話口で異変が起きた。
まるでドアを蹴り破るかのような強い衝撃音がスピーカー越しに聞こえたのだ。
≪ななななな!? ぐぁっ!?≫
すると素早い足音が幾度となく無数に響き、突然の出来事に電話越しでもバイラスがかなり動揺していることが分かる。
≪確保しました!≫
≪バイラスだな!? 貴様を逮捕するッ!!≫
電話越しで何か体を地面に強く押し付ける物音が聞こえ、その瞬間、警察の類かと思われる男たちの声が聞こえて来た。
≪くそっ……謀ったなーっ!!?≫
「ヨカッタ。無事届いたミタイですねー」
慌ただしい物音と共に取り押さえられているバイラスからの怨嗟の叫びが聞こえてくる。しかしナジールはその声にさえ特に反応しないまま薄ら笑いを浮かべて通話を切断する。
「さあ。全ての準備ができマシタ」
通話を終え、形態端末を懐にしまいながら、ナジールは近くの壁に寄りかかっているクロノを見やる。
「しかし最後までまったく反対しないとは思いませんデシタよ。アナタにとって仲間だと思っていましたガ」
「彼はもう私のパーティーには必要ありませんから」
バイラスの逮捕を仕向けた事はクロノも承知の上だ。その事を口にするナジールにクロノは特に気にすることもなく、暇潰しで行っていた爪の手入れの方を気にした様子だ。
「私を警戒するのは勝手ですが、今はまず目先のことに専念すべきでしょう。アナタにとっては大事なことのはずだ」
「……その通りデス」
油断ならないようにクロノを見つめるナジールだが、そんなナジールの腹の内を見透かしたような発言に複雑そうな表情を浮かべる。
「さあ始めましょう。どんなエンディングを迎えるかはアナタ次第だ」
待ちきれないとばかりに子供のような笑みを浮かべたクロノはナジールに声をかけ、路地裏を後にする。ナジールもクロノの背中を見つめると、やがて観念したようにその後を追うのであった。
油断ならないようにクロノを見つめるナジールだが、そんなナジールの腹の内を見透かしたような発言に複雑そうな表情を浮かべる。