「ありがとうございましたー」
営業モードでのシュウジに購入したバルバトスを手渡され、夕香は袋からバルバトスを覗き見ている。
「買ったんだね。ここで作っていく?」
「えっ……良いんですか?」
会計を終えた夕香に声をかけたのは、あやこだ。混み始めていた店も今は落ち着きを見せ始めている。夕香は伺いをたてると、にっこりと頷いてくれた。
「勿論。今はブースも空いているしね」
店の奥にある作業ブースを見る。
ここには模型を製作するうえでの必要な道具が揃っている。折角だから夕香はあやこの好意に甘えて店の奥に進む。
「さぁ……じゃあやっちゃいましょうかね」
作業ブースはそれなりに人はいるもののすぐに空いている机が見つかり、夕香や秀哉達はすぐさまその場に座る。
袋からバルバトスを取り出し、箱を開けてみれば、箱の中のランナーは予想以上に少ない。これならすぐにでも出来そうだ。夕香は説明書と睨めっこしながらランナーやポリキャップ、シールなど全て揃っているのを確認する。
・・・
「ふぅ……」
あれから一時間、秀哉達の手ほどきを受けて夕香はバルバトスを完成させることが出来た。
一息つく夕香の目の前には組み立てられたバルバトスが置いてある。手ほどきがあったにせよ、初心者にしては上手く出来た方である。
「どうだった?」
「んー……。手足を作るのは少しダレたけどまぁ楽しかったかな」
一輝が作り終えた夕香に感想を聞いてみると夕香はバルバトスに目をやりながら答える。熱中するというわけではなかったが、それでも作っている間は楽しかったし、良い暇潰しになった。
「じゃあ早速行こっか」
今まで夕香の近くに座り時に茶々を入れながらも見ていた裕喜は突然、立ち上がって夕香に声をかける。しかし裕喜がどこに行こうと言うのがピンと来ない夕香は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「えっ? ガンプラバトルしないの?」
裕喜は意外そうに顔を傾げている。
ガンプラさえ作れば後はゲームセンターなどでガンプラバトルシミュレーターを通じてガンプラバトルが出来る。勿論、中にはガンプラバトルに使うことなく一つの作品として飾ったりする者達もいる。今やガンプラの楽しみ方は多岐に渡るのだ。
・・・
「ここも久しぶりだねー」
夕香も折角ならば自分の作成したバルバトスを動かしてみたいと思ったのか、ブレイカーズ近くのゲームセンターに来ていた。新居に引っ越す前はここが近場のゲームセンターで一矢もよくここに通っていた。イラトゲームパーク以上の広さがあるこのゲームセンターはシューティングゲームや音ゲーなど様々な種類のゲームが置いてあり、時間を潰すには丁度良い。
「じゃあ早速やってみるか。俺達も一緒に出撃するぜ」
目指すはガンプラバトルシミュレーター。混雑を予想していたが、特に混んでいる様子がない。それを確認した秀哉はケースからパーフェクトストライク・カスタムを取り出す。
「……それ何ガンダム?」
「これか? これはストライクガンダムだ。コイツは親父がくれた最初で最後のプレゼントなんだ……」
ガンダムに詳しくない夕香は秀哉の持つガンプラについて聞いてみると、秀哉はふと目を細めて感慨深そうに彼の今は亡き父親がプレゼントしてくれたエールストライクのガンプラをカスタムした今のパーフェクトストライク・カスタムを見る。秀哉のその姿に兄弟の裕喜や貴弘も同じような表情を浮かべる。
「秀哉はその影響でストライクが好きなんだ。因みに僕はガンキャノン……。まぁパイロットのカイ・シデンが好きなんだけどね」
「ふーん……」
ふと一輝が秀哉のことを話しながら自分も好きなMSを上げる。しかし夕香にとってはパイロットの話をされてもピンと来ない。後で調べるなり、一矢に会話ついでに聞くのも良いかも知れない。そんなことを思いながら夕香はガンプラバトルシミュレーターへと乗り込む。
シミュレーターに乗り込んだ夕香は硬貨を投入し、自分のデータなどが入ったGPを持っていない為、その手順を省略しバルバトスをセットすると、マッチングが終了するのを待つ。
「……なんか言ったほうが良いんだっけ……? ……まぁいっか」
マッチングも終了し、バルバトスはカタパルト上にホログラム投影される。
出撃準備も完了し、後は発進するだけだ。ファイターの大半はこの際、何かしらガンダム作品に倣って出撃の言葉を話すが、特にそういったノリも知らない夕香はそのまま出撃する。
・・・
「へぇ……これがガンプラバトル……。よく動くもんだねぇ」
選ばれたのは果てしない荒野のステージだ。
その上に夕香のバルバトスが降り立つ。マッチングの間、操作方法などを確認していた夕香は手始めに操縦桿を持って適当にバルバトスを動かしてみる。元々、その可動域に定評のあるバルバトスは夕香の意のままに動いた。
「来るぞ、夕香っ!」
夕香のシミュレーター内に秀哉の声が響く。同時にシミュレーター内で敵機の出現を知らせるアラートが鳴り響くと、バルバトスの前方にNPC機のドムなどが出現する。
「夕香、好きなように動いてごらん。僕達がサポートするから」
夕香のバルバトスへジャイアントバズを向けてくるドム達。しかし発砲されることなくドム達のジャイアントバズは秀哉のPストライクCの二つのビームライフルが撃ち抜き爆発させると、一輝が夕香に声をかけながらストライクチェスターの胸部ガトリング砲がドム達を撃ち抜く。
「りょー……かいっ!」
残ったドムへ向かって夕香のバルバトスを地面を蹴りスラスターを噴射して向かっていく。秀哉達によってジャイアントバスを破壊されたドムはヒートサーベルを装備しバルバトスを迎え撃とうとする。
大きくこちらに向かってヒートサーベルを振りかぶるドム。その動きに夕香は一瞬、目を細めるとドムが横一文字にヒートサーベルを振った瞬間、バルバトスの身を大きく屈ませ避けるとそのまま突進を浴びせた。
「……こんな感じで良いの?」
バルバトスの突進を受けたドムはそのまま地面に大きく倒れると夕香はバルバトスが持つメイスを大きく振りかぶって、そのまま重々しく振り下ろすと鈍い音を立ててドムの装甲は破られ破壊される。撃破した事で消え去るドムに夕香は誰に問うわけでもなく呟いた。
「初めてにしちゃあ上出来じゃないか」
「うん。さぁ時間も勿体ないし前に進もう」
初めてガンプラバトルをしたわりには良い動きであった。その事に秀哉と一輝が頷きながらシミュレーター内の画面の片隅に表示される残り時間を見て二人に声をかけると三機は進攻する。
・・・
「っ!? 他のプレイヤーが来るぞっ!!」
暫くステージを進み、夕香もある程度、ガンプラバトルの操作に慣れて来た頃、ここで再び敵を知らせるアラートが鳴り響くと、秀哉が声をかける。
確認すれば他のプレイヤーが接近してきていた。プレイヤー名とプレイしているゲームセンターの名前が画面に表示される。
「夕香、お前は下がってろッ!!」
映し出された機体名はブレイブカイザー。トリコロールカラーの機体色とその身に負けない大きさの大剣のカレトヴルッフをカスタマイズしたブレイブセイバーを構えて、こちらに向かってきていた。素早く反応した秀哉のPストライクCはシュベルトケベールを引き抜き、ブレイブカイザーへと向かっていく。
ガンッと大きな音を立てて二つの大剣はぶつかり合い、その場で静止しつばぜり合いになる。どちらもカスタマイズしたガンプラだ。力は拮抗している。
「メガ……ブラスターァアッ!!!!」
夕香達がいるゲームセンターとは違うゲームセンターでプレイをしているブレイブカイザーを操る青年・
「……ッ!」
素早くメガブラスターに感づいた秀哉はブレイブカイザーを振り払って、彼もPストライクCの腹部に内蔵されているカリドゥス複相ビーム砲を発射する。両者のビームは周囲に閃光を放ち、夕香はその眩しさから思わず目を逸らしてしまう。
「ッ!? また来たっ!? 夕香、僕が何とかする!」
激闘を繰り広げるブレイブカイザーとPストライクC。すると再びアラートが鳴り響き、こちらに接近する機体を確認する。ブレイブカイザーとは違うプレイヤーの機体でBCマントを靡かせ、こちらに向かってくる赤色の機体だ。表示されている機体名はクレナイ、そのモノアイを光らせ、こちらにロケットランチャーを向け、発砲してくる。一輝のストライクチェスターは夕香のバルバトスを庇うように前に出るとクレナイと交戦を開始する。
目の前で行われるPストライクCとブレイブカイザー、そしてストライクチェスターとクレナイのバトル。近くで見ていた夕香は自分とは次元が違うレベルを実感する。しかしここはガンプラバトルという名の戦場だ。ボケッとしていればすぐにやられる世界だ。
「……ッ!?」
それを表すように再びアラートが鳴り響く。
腕利きのプレイヤーがこの場には集まっている。それを釣られるようにしてこの場に新たなプレイヤーが現れる。宙に佇み、夕香のバルバトスを見下ろしていた。
「このような場で呆けているのはナンセンスだな」
それはサザビーにビルダーズパーツを取り付けたガンプラだった。
機体名はネオ・サザビーを表示されている。これを操るファイターであるシャアはこちらを見上げるバルバトスに向かってビームショットライフルを向け、その引き金を引く。
「──!!」
ビームショットライフルを認識をして回避しようとする頃にはバルバトスの右腕部は撃ち抜かれ爆発する。
驚きで目を見開く、
しかしその間にネオ・サザビーはこちらに向かってくる。このままでは危うい。すぐさま左腕に太刀を装備して向かい打とうとする。
「なっ……!?」
ぶつかり合う太刀とビームトマホーク。しかしそれは一瞬のことで面白い程簡単にバルバトスの太刀はネオ・サザビーのビームトマホークに折られてしまい、夕香は愕然とする。
次で仕留められる。そう感じた夕香ではあったが、いつまで経ってもバルバトスにネオ・サザビーの攻撃は来ない。
「……どうして……?」
「情けないガンプラと戦って勝つ意味はないのでね」
何故、自分にトドメを刺さないのかポツリと呟く。すると対戦相手であるシャアは屈辱的な言葉を叩き付け、夕香は表情を険しくさせる。
「悔しければ君もあそこに混じれるほど強くなることだ。そうだな……。今度の百貨店で行われるガンプラバトルのイベントで戦えるほどの腕前になるのだな。もっとも素組みのガンプラには限界はあるがね」
バルバトスに背を向けるネオ・サザビーから放たれた言葉に近くで行われているバトルを見やる。秀哉達は今も戦っている。地は割れ、クレーターも出来ているほどだ。
今の夕香があそこに入っていけば数秒も持たないだろう。夕香のバルバトスに興味を無くしたのか、ネオ・サザビーはPストライクC達へと向かっていき、バルバトスはその場に取り残され、やがて対戦時間が終了するのだった……。
・・・
「……あっ、夕香」
対戦が終了し、シミュレーターから出てくる夕香を戦闘の様子をモニターで見ていた裕喜が心配そうに声をかける。夕香のバルバトスが手も足も出せずにいたのを見ていたからだ。
「……夕香、悪い。そっちまで行けなかった」
「……ううん」
ブレイブカイザーと互角の戦いをしていた秀哉。ネオ・サザビーに太刀打ちできなかった夕香にサポートをすると言った手前、助けに行けなかったことを謝ると夕香はゆっくりと首を振る。
「……アタシ、決めた。今度の百貨店でやるガンプラバトルのイベント……出るよ」
シャアに手も足も出せなかった事が悔しいのだろう。
夕香は自身が作成したバルバトスを見つめながらイベントへの参加を表明すると、裕喜達は意外そうな表情を浮かべる。
「負けたままってのは性に合わないんだよね。だから今度のイベント、アタシも出る」
「……そっか。ならお互いに頑張ろうぜ、今度のイベントは俺も出る予定だったんだ。タウンカップは都合つかなかったけどその分、こっちで暴れるつもりだったからな」
闘志を燃やす夕香に自身も参加を予定していたため秀哉はクスリと笑うと頷く。もしかしたらイベント内で夕香と戦闘をするかもしれない。だがそこはガンプラバトル。手を抜くわけにはいかない。
「えっーと……私達は夕香と秀哉兄のどっちを応援すれば良いんだろうね」
「さぁ……?」
互いに顔を見合わせ笑い合う秀哉と夕香。兄と親友がもしイベントで激突することになったとしたらどうすれば良いのか、裕喜と貴弘は苦笑しながら顔を見合わすのだった。
・・・
(……イベントまで時間ないし、ちょっと調べますかね……)
あの後、自分の家に帰ってきた夕香は息抜きを兼ねて、ガンプラバトルについて考えながらリビングにやってきた。ここには両親とソファーに体育座りで携帯端末を弄っている一矢がいる。
「ねぇイッチ。ガンプラバトルってガンプラの完成度が高ければ有利なの?」
「……はぁっ?」
ソファーの上で体育座りをしている一矢の隣に座り、背もたれに身を預けながら何気なくガンプラバトルに詳しい一矢に質問をしてみると、何故、妹がそんなことを聞いてくるのか、怪訝そうな表情を浮かべながらその気怠そうな半開きの目を向ける。
「……ただの会話でしょ。折角の可愛い妹と話せるチャンスを無駄にする気? イッチの洗濯物だけ別にするよ?」
「それやると泣くよ」
そんな一矢にそっぽを向きながらソファーの端に置かれているクッションを抱きながら答える。何となくだがガンプラバトルをやっていることを一矢に知られたくなかった。しかし夕香の言葉は今回、なにもしていない一矢の心を抉る。
「……まぁそりゃ完成度が高い方が良いけど、その分、バトルにも強く反映されるから扱いきれないなんてのもある。鑑賞用とは違ってガンプラバトルのガンプラって色々と難しいんだよ……。自分の力量に合ったガンプラとかアセンブルシステムを作らなきゃいけないし」
「ふーん……」
携帯端末の画面をジーッと見つめながら、折角の妹からの問いかけに答える。相槌を打ちながら夕香は然程、興味をなさそうにしながらも一矢の話をちゃんと聞いていた。
「……ところでイッチはさっきから何やってんの?」
これからガンプラに何をすればいいのかは何となく分かった気がした。
バトルに関しては練習をすれば良いだろう。幸い無趣味の為、小遣いはそれなりにまだ余裕がある。今度はさっきから携帯端末の画面を注視している一矢について尋ねる。
「ミサ姉さんと連絡先交換したんだ。へぇー……」
体育座りの一矢にもたれながら、一矢の携帯端末の画面を覗きこむと、そこには無料通話アプリのトーク画面が表示されており、その相手はミサだった。
電話帳の登録がこの家では一番少ないであろう一矢がミサと連絡先を交換できたことに驚きながら……と言うよりもミサから交換してくれたわけだが、感心する。
「……なんで返信しないの?」
そこで夕香はあることに気付く。ミサからの返答に数十分かけて返信しているのだ。ミサは一矢からの返信にすぐ答えるというのに。疑問に思った夕香の問いかけに一矢は押し黙る。
「返信って……こんな感じで良いの……?」
単純な話、一矢は他人と関わるタイプではない。友達もあまりいないし、誰かと会話をするなんて事はまず少ない。年頃である為、変に思われないようにミサへの返信に悩み、そのせいで一々返信に時間がかかっているのだろう。
(ボッチめ……)
ミサとのやり取りにマナーモードの如くブルブルと震えながら夕香に携帯端末の画面を見せる。兄のその姿に頭痛を感じながらも、ミサへの返信の内容を考えるのに加わる。
因みにこの後、ミサの携帯端末にはあの一矢とは思えないほどテンションの高いスタンプやデコ交じりのトークが届くのだった。