ひんにゅーの呪い
≪準備が整ったよ、ナジール≫
「そうですか。ではやっちゃってクダサーイ」
とある町の裏路地にてナジールが携帯端末で電話をしていた。相手はどうやらあのバイラスで、彼からの報告にナジールは口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。
「チャンスは一度キリ。失敗は許されマセン」
≪わかっているよ≫
念のためにとバイラスに注意を促すナジールではあるが自身がそんなミスをするわけがないとばかりに軽く答えたバイラスは通話を終える。
「ついにこの時が訪れマシタ。楽しみデスネ」
「えぇ、まったく」
携帯端末を懐にしまいながら、ナジールは近くで壁に寄りかかっているクロノに声をかける。今までのナジールとバイラスのやり取りを目を瞑って聞いていたクロノは目を開き、妖しげな笑みを浮かべるのであった。
・・・
『──……以上、各地の被害をお伝えしました』
テレビでは丁度、ニュース番組が放送されており、何やら女性キャスターが神妙な様子で原稿を読み上げている。
『また現在、猛威を振るっている新型のコンピューターウイルスは世界中のアミューズメント施設に設置されているガンプラバトルシミュレーターを経由して拡散されている疑いが強いとされています』
どうやら内容は新手のコンピューターウイルスに関する内容だったようだ。しかもガンプラバトルシミュレーターを経由して、と言う事もあって今ではネットや現実においても話題が絶えない。
『警視庁サイバー犯罪科は販売元ならびに各アミューズメント施設に対してガンプラバトルシミュレーターの稼働を一時停止するよう協力を呼び掛けています』
ワイドショーでも取り上げられている今回の新型コンピューターウイルス。やはり疑いがあるガンプラバトルシミュレーターを放置するわけにもいかず、日本だけに留まらず、世界中でその稼働が見合わせいるような状況だ。
そんなニュースを聞いていたのは、カドマツであった。ここはハイムロボティクスの休憩所であり、ニュースの内容を聞きながら、目の前のテーブルに置かれている携帯端末を見てると画面が発光して着信が入る。
「そろそろ連絡が来ると思ってたよ」
すぐに携帯端末を手に取って着信に応じる。どうやらしきりに携帯端末を気にしていたのは、予め着信が入る事を予測してのことだったようだ。
・・・
≪我々ワークボットは現在の過酷な待遇を是正し、ロボ並みの生活を保証することを求めるものである!!≫
イラトゲームパークでは不穏な空気が店内を満たしていた。なんとあのインフォがまた暴走しているのだ。【No More Work】と赤字で書かれた立て看板と【待遇改善】と書かれたのぼり旗を傍らにディスプレイ型のマニビュレーターをデカデカと怒りの顔文字を表示させながら、まるでデモのように訴えていた。
「ロボ並みの生活って……?」
「さあ……」
そこには彩渡商店街チームの姿やたまたま居合わせた客達の姿もあり、インフォの主張を聞いた一矢は誰に尋ねるわけでもなく呟くと、それを聞いた秀哉は首を傾げる。
≪現在の充電器を改良し、安定かつ良質な電力を! もっと高級なDC/ACコンバーターを我らに! また一日二回の充電を三回に増やすことを求める!≫
ロボ並みの生活と言うのは想像がつかないが、それはインフォによって答えられた。自身の要求を次々と上げていくインフォではあるが、それを聞いたイラトの表情はどんどんと顰めていってしまっている。
≪以上が認められなければ、この施設のゲームを全てサービスモードに設定する!≫
「やめとくれ、破産しちまうよぉっ!!」
しかも更に脅しをかけて来た為に、たまらずイラトは悲痛な叫びをあげる。増収するなら喜んでするが、減収なんて以ての外だ。
「じっとしてろ、今見てやるから!」
そんなイラトの姿を横目に今回、この騒ぎになって呼び出されたモチヅキは工具箱片手に主張を続けて行くインフォに声をかけ、治そうとする。
≪モチヅキさん、その頭についてる丸型コンデンサ、胸の基盤につけ直すべきではないですか?≫
「もっかい言ってみろ、コンニャロオォォォッ!!!!」
しかし相変わらず、キレッキレな煽り方をする暴走状態のインフォに途端にモチヅキも憤怒の形相で怒りの叫び声をあげている。
「待たせたな、大丈夫か?」
するとここで漸く連絡を受けたカドマツがイラトゲームパークに到着する。デモを行うインフォの姿を見やりながら、また店内に大穴を開けるなどの被害は出してないか周囲の状況を尋ねる。
「わたしの方は大丈夫……」
「……俺もまだ何もされてない」
今回、インフォの煽りの矛先はモチヅキに向けられている為、煽られるモチヅキを見ながら何とも言えない様子で答えるミサに毎回、こんな騒動で碌な目に遭っていない一矢も遠い目で答える。
「……ねぇ、なんで一矢はさっきから私から距離を取ってるの?」
「自分から痛い目みたいとは思わない」
そんな一矢もミサとは距離を取っており、その事をミサが指摘して近づこうとするが、胸に関する騒動で碌な目にあっていない一矢はその度に更に距離を取る。今はモチヅキだが、ふとした拍子にどんな目に遭うかは分からないからだ。
「カドマツぅっ! このロボットがー……!」
すると到着したカドマツに気づいたモチヅキが工具箱を放り投げて彼に駆け寄ると子供のように泣きついている。
まあ、それ自体は別に構わないのだが……。
「っっ!?」
モチヅキがカドマツに駆け寄った瞬間、手に持っていた工具箱を放り投げていた為、宙を弧を描いて飛んだ工具箱はミサと距離を置こうと移動していた一矢の足に重力に従ってどしりと落ちると目を見開く。
「っぅー! っぅー!!?」
重量のある工具箱が足の上に落ちてしまって、大きく身体を震わせた一矢は途端に蹲って、声にならない悲鳴を上げている。一体、何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだとばかりにその目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ミサぁ……俺、やっぱり呪われてると思う……っ」
「おー……よしよし。大丈夫大丈夫、痛いの痛いの飛んでけーっ」
たまらず先程まで距離を置こうとしていたミサが心配して近づいてきてくれたため、彼女に抱き着きながらこちらも子供のように泣きついている。その背中を撫でながらミサは彼をあやしていた。
「なんだなんだ? うん……基盤に……コンデンサを……?」
こちらもこちらで泣きついてきたモチヅキをあやしながら何があったのかと話を聞くカドマツ。すると話を聞いているうちに何か思ったのか、顔を顰めるとインフォを見やる。
「おいインフォ、それは何カップになるんだ?」
真面目な様子でインフォに声をかけるカドマツの様子から何か自分の為に言ってくれるのかと期待するモチヅキではあるが、その直後に真剣に尋ねた彼の言葉に耳を疑って、顔を顰めている。とはいえ、こんな時に何を聞いてるんだと聞いた者全てが呆れ顔になり微妙な雰囲気が流れるが、ひとまずカドマツとモチヅキによってインフォを直す作業の前準備が行われていくのであった。