私は彼女の誕生と共に起動した。
その時の記録はまだ私のコアに強く刻まれている。
私が初めて起動した時、初めてカメラアイに映したのは生まれたての小さな……本当に小さな赤ん坊だった。
『希空のこと、よろしくね』
赤ん坊を抱いた母親である女性は私に笑みを浮かべながら、私にそう言った。
まだ視力もあまり発達していない赤ん坊は近くに歩み寄った私に手を伸ばしたのを覚えている。
赤ん坊の接し方など起動したての私には分からなかったが、恐る恐る伸ばした私の手を赤ん坊は握ったのだ。
とても柔らかくそれでいて容易く壊れてしまいそうなほど、ひ弱な力だ。
だがそれ以上に……とても温かかく感じられた。
不思議だった。
起動したばかりの私の世界が鮮やかに色づいていくようだったのだ。
そんな私に赤ん坊は無邪気な笑みを見せた。
私は理解した。
私は彼女の為に作られたのだと。
私の存在理由は彼女なんだと言う事を。
だから私は強く誓いを立てるように己に刻み込んだ。
この身この全ては彼女に捧げる、と……。
・・・
翌日、天気は生憎の曇りであった。
天気予報では雨も降る予定があるらしく灰色に染まっている空のなか予定通り彩渡街には希空達が訪れていた。
「よーし、終わったぞ」
真っ先に訪れたのはロボ助を作成したエンジニアの家であった。ロボ助は今、MRIのような装置に寝かされており、立体映像に表示されるロボ助のメンテナンス状況を見て、白髪交じりの還暦過ぎのエンジニアの男性がロボ助に声をかける。
≪相変わらず素晴らしいお手並みだ≫
「だろう?」
不備がないか確かめるようにマニビュレーターを開け閉めするロボ助はこの部屋にあるスピーカーを介してエンジニアの男性を称賛すると流石にいつまでも立ちっぱなしが辛いものがあるのか、「よっこいせ」と椅子に腰かけながら得意げに笑う。
「気になるのか?」
先程までメンテナンスを受けていた台から降りたロボ助はふと壁にかけられたボードに張り付けられた写真の数々に気づくと、そのカメラアイでジッと見つめているとそんなロボ助に気づいたエンジニアから声をかけられる。
「その写真は今から30年前くらいのもんだ。どうだ、昔の俺も中々のもんだろ」
≪では……この写真に写っているのは希空の……≫
ロボ助が見つめる写真の数々の多くには二人の少年少女と近くにいるエンジニアの面影が見られる男性が映っていた。背後でエンジニアが自慢げに笑っている中、ロボ助は希空の面影が見られる二人の少年少女を見やる。
≪これは……≫
今から30年前の……それこそ今の希空と同じくらいの少年達が映る写真にはもう一体、映っている存在がいた。それは自身と同じく【騎士】をモデルにしたであろうトイボットであった。
「……ああ、ソイツか。ソイツはな、俺にとってもそれに何よりそこの写真に写ってる奴らにとって大切な存在なんだ」
ロボ助の視線の先にある写真に写るトイボットに気づいたエンジニアの男性は懐かしむように笑いながらロボ助と同じく写真を見つめると近くの操作パネルを使用して立体映像を映し出す。それは今でこそ時代を感じる古いガンプラバトルの映像であった。
そこには音速の騎士の如く戦場を駆けるガンダムとそれを支えるように鮮やかなピンク色の重火器を装備したガンダムが共に駆け抜けるなかでその二機を追従するように純白の騎士の姿があった。
「コイツだけじゃない」
立体映像に表示された純白の騎士の戦闘の映像を見つめていたロボ助に、エンジニアの男性は更に操作パネルを使用すると、また別に映像を表示させる。
威風堂々とした燃える真紅の覇王
稲妻の如し、苛烈で正確無比な狙撃手
包み込むように仲間を支える煌めく流星
そこに映し出された三機のガンダムは完璧な連携で目の前の敵を怒涛の勢いで撃破していた。
「ここに映っている奴ら皆……大切な【ともだち】だ」
純白の騎士と三機のガンダムの戦闘の映像を見つめながら懐かしむように目を細めるエンジニアの男性はボードに貼られた二人の少年少女とよく映っているトイボットと三人組の男女を見やりながら呟くように答える。
≪……何回か話には聞いた事があります。しかし……≫
「会えるさ」
写真と映像、それぞれに映る人物と純白の騎士、三機のガンダムを見やりながらロボ助はどこか複雑そうな物言いで答えようとするが、それを遮るようにエンジニアの男性は口を開く。
「この写真に写る奴らはな、もう会えないなんて誰も諦めちゃいないんだ。だからお前さんもいつか会えるさ」
ぶっきらぼうな様子でロボ助の頭頂部を撫でながらエンジニアの男性は語り掛けると、ロボ助は再度、写真に映るトイボットと三人組の男女を見やる。
≪ともだち、ですか≫
「お前と希空はどうだ?」
ともだち、という言葉を復唱しながら写真を見つめていたロボ助にエンジニアの男性は問いかける。写真に写るトイボットと同じようにロボ助もそうあるように作成したのだ。
≪生憎、私と希空はともだちなどではありません≫
「おっと……そいつはどういう意味だ?」
しかし、ロボ助はともだちという言葉は希空と自分には当てはまらないときっぱりと否定し、予想もしていなかった返答に驚きながらエンジニアの男性は尋ねる。
≪希空は私の存在理由……。私の全てです。トイボットはそれこそ世代を超えて遊ぶことは可能ですが、もしも希空がその生を終えた時は私も機能を停止したい……そう思える存在です≫
トイボットは誰か一人の物というだけに留まらず、望まれ機能する限りは多くの人々と遊ぶことが出来る。だがロボ助はそうではなかった。ロボ助は希空にとっての希空だけのトイボットであろうとしているのだろう。
≪本日はありがとうございました≫
エンジニアの男性に今回のメンテナンスの礼を言うと軟質素材で出来たマントを翻してロボ助はこの場を後にしていく。
「……重いなぁ。俺が作るトイボットは思春期の次は愛情って奴か?」
去っていた一角の騎士にエンジニアの男性は参ったと言わんばかりに頭をポリポリと掻きながら苦笑するのであった。
・・・
「……終わったんだ、ロボ助」
地下から戻ってきたロボ助を希空が真っ先に出迎え、ロボ助に合わせてしゃがむと柔らかな笑みを見せる。
「愛梨に連絡したら会えるって。ロボ助も一緒に行こう?」
液晶パーツで笑顔を作るロボ助を見る限りメンテナンスは無事終了したようだ。安心したように微笑む希空はロボ助の頭頂部を撫でると彼女の知り合いの名前を出しながらロボ助に手を指し伸ばす。ロボ助は希空の手を掴み、手を繋ぐような形になる。
「なあ、希空。私の手も繋いだって良いんだぞ?」
「ロボ助で手が塞がってますので」
「片手は空いてるよな!?」
地下から出てきたエンジニアの男性に礼を言いつつ、この家を後にする。ロボ助と希空が手を繋いでいるのを羨ましそうに見つめながら、奏が声をかけるが即答で答えられる。しかし確かにロボ助と手を繋いでいる希空だが、片手は空いている。その事を指摘するが、希空はロボ助に笑い掛けながら知り合いとの待ち合わせ場所へ向かうのであった。
・・・
私と希空の関係は【ともだち】ではない。
ではなんだ? そう問われれば的確な言葉が出てこない。
【ともだち】という関係が理想の筈なのに、私と希空をそう言われてしまうと否定してしまう。
私と希空の関係は……。
……人の人生はあっと言う間だ。
彼女を見下ろし、その頭を撫でていたのにいつの間にか逆転してしまった。
それは仕方がない事だ。
ヒトの成長は素晴らしい……、私のデータにも書いてある。
それに変わり続けるなかで変わらぬものはある。
彼女は変わらず私に手を伸ばしてくれる。
私にその笑顔を向けてくれる。
彼女の手から感じられるのは起動した時と同じ温もりだ。
希空が今、悩んでいることを私は知っている。
それは希空自身が解決しなくてはならない問題だ。
だからこそ私はこれからも希空の傍に居よう。
希空が導き出す答えが得られるように彼女と共にこれからも歩み続けよう。
そしてまた一緒に心から遊ぶのだ。