機動戦士ガンダム Mirrors   作:ウルトラゼロNEO

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悲しみの中で

 時々、私は変な夢を見る。

 

 

 

 ─────この世界には戦いが満ちている。

 

 

 

 妙にリアリティのある夢だ。

 

 

 

 ─────積み上がる瓦礫の山

 

 

 

 まるで、そう……本物のモビルスーツが戦っているような……。

 

 

 

 ─────繰り返す争いの歴史

 

 

 

 そしてこの夢を見る度に聞こえてくる声。

 

 

 

 ─────でも……それでもわたしは信じてる

 

 

 

 知り合いの声でもないのに自分のことのように懐かしく感じる。

 

 

 

 ─────人はいつか 戦いの無い世界を作り上げると

 

 

 

 だが必ず最後は……

 

 

 

『醜く争ってこそ人間だろうがッ……!』

 

 

 

 鮮血に染まって終わる。

 

 

 

 ・・・

 

 

「──っぁ! はぁっ……はぁっ……!」

 

 ホテルのベッドに眠っていた奏は飛び跳ねるように目を覚ます。

 呼吸は乱れており、肌はぐっしょりと濡れている。肩を激しく上下させ、呼吸は乱れに乱れてしまっていた。

 

「あぁ……まったく……っ!」

 

 汗で濡れた前髪を掻き分け、奏は心底忌々しそうに呟く。

 悪夢を見た。しかもこれが初めてというわけではない。いつからだったかは正確には記憶してはいないが、この悪夢を見始めたのだ。

 

 立体映像で表示されている時刻を見て時間を確認する。このホテルに到着したのが昼過ぎだとして、今は夕方。いつの間に寝てしまっていたとはいえ、昼寝と言うには些か長過ぎる。

 

 周囲を見渡しても部屋は薄暗く希空の姿どころかロボ助の姿も見当たらない。室内には人の気配も感じられず、ここにいるのは自分だけなのだろう。

 

 この最悪な気分を少しでも変えようと、ベッドから降りた奏はまっすぐ洗面所に向かい手を翳して自動で出てきた流水を両手で受け止めるとそのまま顔に打ち付けることで顔を洗い始める。

 

「……っ……」

 

 少しは動悸も落ち着き、気分もマシと言える状態になったかと思ったのだが、備え付けの鏡で己の顔を見た奏は息を飲む。

 鏡に映った自身の瞳はまさに今の奏を表すかのように不安定に瞳の色彩が次々に変化しているではないか。

 それは彼女にとってもっとも好ましいものではないのだろう。忌々しそうに歯ぎしりをすると表情を険しくさせ、洗面台に乗せた手を固く握り締める。

 

 その時だった。

 ロックがかかっていた入り口にロックの解除音と共にスライド式のドアが開かれる。突然の訪問者に目を見開いた奏は大慌てでタオルを手に取ると水に濡れた顔を拭う。

 

「……奏、起きたんですか?」

「あ、ああ……。先程な……」

 

 どうやら希空だったようだ。独特の足音が聞こえてくることからロボ助も一緒だろう。すぐにでも出迎えたいところだが、タオルをまるで顔を隠すように強く押し当ててどこか上ずった声で答える。

 

(……早く……っ!早く収まれ……っ!)

 

 歯を強く食いしばり、タオルを顔に強く押し当てながら強く念じる。

 洗面所の入り口に背を向けている為、希空からは奏が顔を洗っているとしか思われていなかったようで、そのまま奏の後ろ姿を一瞥すると通り過ぎていく。

 

 数十秒経ってから恐る恐ると顔に押し当てたタオルを下せば、先程の瞳の色の変化はなくなっており、元の色彩に戻っていた。安堵の溜息をついた奏はタオルを片付け、希空の元へ向かう。

 

「何しに出かけていたんだ?」

「デザインナイフの替刃を買いに行っていました」

 

 ロボ助が希空達の為に室内の音頭を調整するなか、テーブルの上でデザインナイフ片手にパーツの整形を行っている希空に奏が何気なしに声をかけると手慣れた様子でパーツをデザインナイフで鉋掛けの要領で整えながら答える。見てみれば希空の近くには長細い半透明のカプセルが置いてあり、中には密封された替刃が入っていた。

 

「なにか私に手伝えることはないか?」

「ないです」

 

 妹のように可愛がっている希空に少しでもお姉ちゃんらしいことをしようと、瞳を輝かせながら手伝いを申し得出ようとするが、迷うことなく即答で答えられてしまう。

 

「そ、そうか……。出しゃばってすまない……。なんだったら飲み物でも……」

「ロボ助がやってくれています」

 

 清々しいくらい迷いがなかった即答に衝撃を受けている奏はそれでも諦めずに何かしようとするが、取りつく島もないことにそのままふらついた足取りで部屋の隅に向かい、体育座りになって落ち込んでいる。まさに絵に描いたようなどんよりとしたオーラが見えるほどだ。

 

「……」

 

 しかしいつものことなのか、そんな奏も気にした様子もなく希空は作業を進めていると不意に部屋の隅から視線を感じ、肩越しで振り返るが希空の動きに気づいた奏は慌てたように視線を戻す。

 

(……メール?)

 

 気のせい……というわけでもないが構う気もない。希空は再び作業を進めようとした時、テーブルに置いていた携帯端末に着信が入り、一度作業を止めて携帯端末を手に取る。

 

【(´・ω・`)】

「……」

 

 メールを開いてみれば差出人は奏であり、本文は顔文字だけであった。

 本文の顔文字を見て眉を寄せる希空だが、同時に再び部屋の隅から視線を感じる。再度、視線を向けてみれば奏は相変わらず体育座りで部屋の隅にいる……が、その手には彼女の携帯端末がしかと握られていた。

 

「……」

 

 しかし何事もなかったかのように携帯端末をテーブルに置き、再度作業を再開する。ロボ助が飲み物を用意するなか、無言の空間が続いていると再び携帯端末にメールの着信が入る。

 

【(´;ω;`)】

(……めんどくさい……)

 

 今度は泣いていた。相変わらず本文は顔文字だけであり、目を通して軽く溜息をつく。

 

「……コーヒーブレイク。お菓子が欲しいです……」

「か、菓子ならあるぞっ!」

 

 このまま無視し続けていても同じことの繰り返しだろう。作業を中断した希空はあえて聞こえるように何か求めるような声で話すとぴょこりと反応するように外はねになっている髪が動いた奏はバッと輝かしい笑顔を向けて持参した鞄から菓子を取り出す。

 

「希空の好きなふわふわで甘々な菓子だっ!」

「ふわふわ……」

 

 持ち出した菓子の箱を開けながら中身を希空に見せれば中身は饅頭のような菓子であった。奏の言うように希空の好みなのだろう。その菓子は心なしか頬が緩んで見える。

 

『今回のゲストはMITSUBAさんです、どうぞー!』

『よろしくお願いしますー!』

 

 その後、ロボ助が希空にはコーヒーを奏にはオレンジジュースを用意するなか何気なくテレビをつける。丁度、バラエティー番組が放送されており、そこには一人のアイドル歌手がゲストで登場していた。

 

「ツバコもじわじわと有名になっているな」

「最後に会ったのも結構前ですね」

 

 幸せそうに奏が用意した菓子を頬張る希空を微笑ましそうに眺めながらテレビを見やる。ツバコとはMITSUBAの本名だ。そのMITSUBAとは知り合いなのだろう、MITSUBAを誇るように話す奏に希空もどこか懐かしむ様子だ。

 

「……そう言えば明日……彩渡街に行こうと思っています」

 

 バラエティ番組自体に特に興味があるわけでもないが、何気なくぼーっと眺めていた奏だが希空が何気なく口を開いたため視線を向ける。

 

「ロボ助のメンテナンスをしなければいけませんから」

「それもそうだな。私はどうしようか?」

 

 彩渡街に立ち寄る目的を話す希空にそれならば仕方ないと頷いた奏は自身の彩渡街での予定を考える。

 

「……ブレイカーズに行かないんですか?」

 

 そんな奏に希空は不思議そうに首を傾げる。ロボ助も希空も彩渡街に向かうならば奏はブレイカーズに立ち寄ると思っていたからだ。

 

「あぁ……うむ……。そうだな……。その時、考えるさ」

 

 希空の問いかけに歯切れの悪い返答をしながら奏は視線を彷徨わせる。

 彼女には珍しいその態度に希空とロボ助はお互いの顔を見合わせて首を傾げるのであった。

 

 ・・・

 

 時刻は日付が変わる時間となり、明日も早いからと希空はもう眠ってしまっている。一方で奏はまだ眠くはないのだろう。希空が眠るベッドの傍らに腰掛けながら寝息をたてる希空に慈しむような笑みを浮かべる。

 

 おもむろに立ち上がった奏は立ち上がり、着用しているロングカーディガンを揺らしながら窓まで歩み寄る。窓に映る自分の顔を見つめていると変化が起こる。

 

 なんと奏の瞳は【紫色】に変化して闇夜に浮かぶ月のように輝きを放っていたのだ。

 

(……物心ついた時には……もう【この力】はあった)

 

 しかし奏にとって紫色に輝く瞳は好ましいものではないのだろう。自身の醜さを直面しているかのように悲痛な面持ちで目を伏せる。

 

(……だがここ数年、あまりに不安定になっている……)

 

 先程の次々に瞳の色彩が変わった時のことを思い出す。元々、目に見えてで言えば瞳が紫色に輝くくらいの変化であった。だが近年では、特に感情の高ぶりなどによって突発的に瞳の色彩が次々に変化する現象が引き起るのだ。

 

 勿論、変化するのは瞳の色彩だけではなく、瞳の色が変化すれば特異な力が発揮される。奏は紫色に輝く瞳を窓から見える眼下の街並みを見下ろす。そこでは自動車などが走行しているのだが、今の奏にはまるでスロー映像を見ているように動きが鈍重に見えるのだ。

 

(……いつまで隠し通せる)

 

 奏はチラリと眠っている希空を見やる。自分の内に抱えるこの【力】は親以外、誰も知らないし教えていない。何故ならば教えたところで何かが変わるわけでもないし、知られたところで自分がどういう目で見られるのかが怖かった。

 

『父さん』

 

 幼い時の記憶を思い出す。この力を幼い時に自覚した時に自分と【同じ感覚】を強く感じた父に尋ねたことがある。

 

『私は……人間じゃないの?』

 

 その言葉に父はとても悲しそうな顔をしていたのを覚えている。父も自分の中にある力を察してはいたのだろう。だからこそ言葉の意味が分かってしまった。

 

『奏は人間だよ。人間は一人だけでは生きて行けない弱い生き物で、それは奏も同じことだ。確かに奏の中にも俺の中にも他の人とは違うセンスがある。でもみんなそうなんだ。コピーしたように同じ人間なんて誰一人としていない。奏のセンスは奏だけの個性だ。人間か否かで悩むのではなく自分は人間だって胸を張って良いんだ』

 

 自分の言葉に悲しそうな表情を浮かべた父も幼い自分に合わせて屈むと柔らかな笑みを浮かべながら自分の目を見て確かに言ってくれた。当時はその言葉で楽にはなれたが、最近ではそうも考えられなくなった。

 

 ──こんな体で生まれたくなかった

 

 無意識に考えてしまった思考を消しさせるように頭を強く振る。それだけは、それだけは言ってはいけないし、考えてもいけない筈だ。

 

「……っ」

 

 また瞳の色彩が変化を始めようとしている。感情の高ぶりがそうさせようとしているのは分かっている。だから瞳を閉じ、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 

『奏お姉ちゃん』

 

 瞼を上げれば、瞳の色も元の色に戻っていた。すると奏は再び眠っている希空のもとに歩み寄るとその寝顔を見つめながら幼い時の彼女を思い出す。

 

 今でこそあぁだが、昔の彼女は呼称通りに自分を姉のように慕ってずっと近くにいてくれた。今も変わらぬが昔もそんな希空が可愛くて妹のように可愛がっていた。姉と慕ってくれていた彼女といれば、自分は変わらぬ人間なんだと思える事が出来たから。

 

(……お前にだけは知られたくない)

 

 ベッドに腰掛けながら眠る希空の頬を優しく繊細なものを扱うように撫でる。

 妹のように愛する存在だからこそ自分が抱える忌まわしささえ感じるこの力を知られたくない。彼女の自分への認識を少しでも悪い方向に変えたくないのだ。

 

 全ては怖いから。愛せば愛するほどその存在が遠くなるかもしれないことが怖いのだ。眠っている希空から眩しそうに目を逸らした奏は窓から見える美しい月を一人眺めていた。

 

 






【挿絵表示】


「会長、さようならっ!」
奏「ああ、また明日」

奏という少女はその容姿や物腰から傍から見る分には麗人と男子生徒のみならず女子生徒からの受けも高い。

「会長! なに帰ろうとしてるんですか!? まだ仕事があるんですから生徒会室に戻りますよっ!!」
奏「やーだーぁーっ!! 今日は希空とあーそーぶーんーだーっ!!」
「お菓子も用意してありますから!!」
奏「本当っ!?」

……中身のボンコt……性格を知られると、どちらかと言うと甘やかされるが。


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