(散々な目に遭った……)
ガンプラバトルのイベントが終了し、参加者達が次々とガンプラバトルシミュレーターから出てくるなか同じくシミュレーターから出てきた翔は疲れ切ってぐったりとした様子だ。それもそうだろう、ずっと執拗なまでにレーア達に狙われていたのだから。
「しょーうさーんっ!!」
「うぉっ……!?」
そんな翔に彼を呼ぶ声と共に彼に飛び込むように抱き着き、その首元に手を回すのは風香であった。突然受けた衝撃に翔は短い悲鳴をあげるが、風香はお構いなしだ。
「レーアさん達にも負けないくらい風香ちゃんは凄かったでしょー」
「あ、ああ……。そうだな……」
流石に実力者五人を相手にするのは翔とてしんどいものがあったのだろう。風香の問いかけに乾いた笑みを浮かべながら答えていると……。
「……私も……頑張りました」
「も、勿論……。昔とは比べ物にはならなかったさ」
不意に翔の裾はが引っ張られ、顔を向ければどこか拗ねた子供のような表情を浮かべるカガミがいた。風香ばかりを褒めていると思ったのだろう。自分も褒めろとばかりのカガミに翔は答えているのだが……。
「そうやって誰彼構わずに接するから、あんなことになるんです」
「そうは言ったって……」
風香やカガミを褒めている翔に今度はあやこが声をかける。呆れ顔の彼女にではどうしろと言うのだとばかりに翔は何とも言えない表情を浮かべる。
「やっぱり翔君は困った子だね」
「みんなの好意は嬉しいけど、すぐに結論を出すことは……」
そんな翔に合流したルルが声をかけると、翔は首を横に振る。
確かに男として複数の異性から好意を寄せられる事自体は光栄ではあるが、だからと言ってすぐにこの中から誰か選べと言われたところで自分の人生に関わることだ。そう簡単に答えは出ない。
「まあ確かに無理に一人を選ばれるのも、それはそれで嫌なものがあるわ」
翔自身もいつまでもなあなあでいてはいけないと言うのは分かっているようだが、それで無理に結論を出して選ばれたところでそれはそれで納得しかけるためにレーアが声をかける。
「だから……ちゃんと私達一人一人の魅力を分からせた上で選んでもらわないとね?」
するとレーアはそのまま翔の空いている腕に自身の腕を絡ませて身を寄せる。
ただでさえ胸には首に手を回して抱き着いている風香、後ろには服の裾を掴んで身を寄せるカガミがいるのに更にレーアが身体を密着させてきたために、出遅れたルルとあやこは負けじと翔に身を寄せる。
「翔、これで終わりだなんて思ってはいけないわよ」
「寧ろここからが始まりだからね! 今まで以上に積極的になるんだからっ!!」
まともに身動きが取れない状況に翔が困惑した表情を浮かべると、翔の内心を見透かしたようにレーアと風香はいたずらな笑みを浮かべながら答え、翔は思わずたじろぐ。
「……はあ」
「リ、リーナ……」
そんな翔に痛々しい視線が突き刺さり、視線を向ければ離れた場所で翔を白い目で見てはため息をつくリーナの姿があった。翔がリーナの名を呼ぶが……。
「もげれば良いのに」
「リーナ!?」
爆発どころか更に恐ろしいことをボソッと呟くリーナに翔はリーナの名を叫ぶが再び重い溜息をついたリーナは翔に背を向け、我関せずとこの場を後にした。
・・・
「まあまあ楽しかったかな」
ネバーランドでのひと時も終わり、夕香はウィルが運転する車によって家の前まで送り届けられていた。
道路の端に車を寄せ、ハザードランプが点滅するなか、夕香はシートベルトに手をかけながら今日の出来事に関して感想を口にする。
「ふふっ、ありがとね」
まあまあ、と口にしてはいても実際のところかなり満足していたのだろう。釧路と笑みを浮かべた夕香はウィルを見やる。
「君のそういうところは本当に卑怯だね」
「なに、照れてんの?」
普段、掴みどころない分、夕香から向けられた何気ない微笑みはウィルをドギマギさせるには十分だったのだろう。熱を冷ますようにウィルは片手で顔を覆いながら呟くと夕香はからかうように先程の微笑みから一転して悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「CEOだなんだって言っても、やっぱり子供だねー」
「そうじゃないさ」
ウィルの反応から照れているのだと感じた夕香はウィルに身体を向けながら彼を弄り始める。すると片手で顔を覆っていたウィルは静かに答える。その声は落ち着いたもので到底、照れがある人間の声色ではない。
「そんな顔を見せられたら、もっと色んな君の表情を見たくなってくるじゃないか」
からかってくる夕香をチラリと一瞥したウィルはエンジンを止めてシートベルトを外すと、身を乗り出して身体を向けている助手席の夕香に迫り、その頬に手を添えながら顔を近づける。
「……アタシ達は付き合ってるってわけでもないでしょ」
「挑発して来たのは君だろう? 僕が子供かどうかは君自身が知れば良い」
ウィルと夕香の距離は鼻頭が触れるか否かの距離まで迫っていた。そんな状況で夕香は目の前のウィルに先程、からかっていたのとは一転して静かに呟くとウィルは口角を上げる。
「僕をあまり舐めない方が良い。不用意に挑発すれば何をされるか分かっているのかい?」
静寂の車内で大人しくなった夕香にウィルは彼女の柔らかな頬を触れるとそのまま横髪を撫でながら問いかける。とはいえウィル自身、ここで何かをしようという気はなかった。あくまで人を惑わす目の前の小悪魔の飄々とした態度を崩して、しおらしく恥じらう彼女の姿でも見れればそれで良いと考えていた。
なのに……。
「……アンタ次第でしょ」
恥じらうどころかこの小悪魔は目を細めて妖艶に口元に笑みを浮かべると、首に手を回して更に人を誘惑しようとしてくるではないか。艶のある声で甘く放たれたその言葉と密着する温かく柔らかな身体は理性の枷をいとも容易く外すには十分すぎる。
「んっ……」
体が熱くなるのを感じたウィルはその首筋に顔を埋めて、夕香はくすぐったそうにか細い声を漏らす。
「……これくらいにしておくよ。これ以上は本当に何をするか分からないからね」
彼女の首筋に顔を埋めて夕香の匂いを感じていたウィルはゆっくりと夕香から離れる。
これ以上は言葉通りだ。何とか自分を抑えてはいるが、更に挑発でもされたら本当に何をするかも分からない。
「……まっ、今日はこんくらいにしておくよ。じゃーね」
昂る気分を落ち着かせるように深呼吸するウィルを見ながら夕香は乱れた服を直すと、ドアを開けて車から出ようとする。
「……あんまり誰にでもあんな事をするのは感心しないよ」
「誰にでもするとでも思ってんの?」
心臓の高鳴りを感じながら、挑発的な夕香に釘を刺そうとする。自分だからまだ良いが、これが他の男だったらどうなるか分からない。しかし夕香はウィルの言葉に呆れたように言い放つとドアを閉めて家に帰っていく。
「……まったく」
去り際に放たれた言葉は胸の昂りを再熱させるほどの威力があった。
ウィルは一度、落ち着かせるように頭を振ると車のエンジンをかけて走り去っていくのであった。
・・・
(たまには悪くないよねー)
家に帰った夕香はリビングのソファーに座って携帯端末でSNSの画面を開いていると、今日の出来事を思い出し、その口元に笑みを浮かべている。
(……けど何なのこの猫は)
だが夕香はそのまま視線を落とす。そこには自身の下腹部に顔を埋めて抱き着いているシオンの姿が。帰って来てソファーに座ったら、途端に何も言わずにシオンがこうして抱き着いてきたわけだ。彼女にしては妙な行動に夕香は首を傾げるのであった。
・・・
「お兄ちゃん、元気ぃーっ!?」
「うぉっ!? なんだ!?」
一方、根城家では妙にテンションの高い裕喜が秀哉に絡んでいた。肩に手をかけてグラグラと強く揺らしてくる裕喜に秀哉は驚く。
「お兄ちゃん、膝枕っ! 膝枕して! 貴広、お菓子食べさせてっ!!」
座っている秀哉の膝を叩き、膝枕をねだる裕喜は返答を待たずして秀哉の膝に寝転がり、近くにいた貴広に勝ってきた菓子を食べさせるようにせがむ。
「……相当、ストレス溜ってるね」
「今日はなにがあったんだ……?」
元々テンションが高い裕喜だが今日に限ってはずっと暴走しかけるシオンの相手をしていた為に異様なまでにテンションが高い。高校生どころか小学生を相手にしているかのようだ。貴広の呟きに秀哉は頷きながらも今は好きにさせておくのであった。
・・・
ネバーランドの一件から数日後、一矢は彩渡駅の壁に寄りかかっていた。イヤホンをして音楽を聴いており、まるで誰かを待っているかのようだ。
「あっ、一矢っ!」
するとそんな一矢に声をかける者がいた。見やれば、ミサが手を振って足早にこちらに駆け寄って来ていた。
「珍しいね。一矢が寝坊しないなんて」
「……今日はデートだし」
イヤホンを外してこちらに向き直る一矢にミサは意外そうな顔をする。てっきりまた自分が待つことになると思っていたからだ。すると一矢はミサから顔を逸らしながら気恥ずかしそうに呟く。そう、今日はあのネバーランド以来のデートなのだ。
「……その……どうかな……。夕香ちゃん達に頼って、思い切っておしゃれしてみたんだけど……」
一矢の気恥ずかしさがミサにも移ったかのように頬を染める。するとミサははにかんだ表情で自身の服装について尋ねた。今日のミサはいつもの服装とは違い、ワンピースの上に羽織りものを併せた服装で二つ結びにしている髪も今日は下ろしていたのだ。
「……可愛い……と思う。新鮮な感じ」
「そ、そっか……。ありがとう……。えへへ……」
ミサの顔は見慣れた筈なのに、普段とは全く違う格好をしている彼女に新たな一面を見ているようでドキリとしてしまう。恥ずかしがりながらも答えてくれた一矢にミサも照れた様子ながら嬉しそうに笑う。
「……行こうか」
「うんっ」
不思議と温かな空間が広がる。一矢はミサに手を伸ばすとミサは嬉しそうにその手を握って二人で歩ぎだす。言葉で伝えるのはまだ苦手だ。だがこういう事なら少しずつでもまだ出来る。
「そう言えば、翔さんから聞いたんだけどこの間、参加した新型シミュレーター……。大気圏突入どころかもっと凄い機能をつけるって話だって」
「へぇー。なんだろうね」
手を繋いで歩きながら一矢から話題を振る。それは以前、参加した新型シミュレーターの事であった。大気圏突入が出来る広大なステージだけでも凄まじいのに、それ以上となると何なのか、ミサは想像を膨らませる。
(……一緒にいるだけで幸せをくれる。本当にありがとう)
隣を歩くミサの横顔を見やりながら、一矢は微笑む。
手に感じる温もりは本当に暖かく幸せを感じる。ミサといるだけで色あせたような日々が鮮やかなほどに色づいた満ち足りたものになったのだ。一矢とミサは青天の空の下、共に歩くのだった。
・・・
「……それで? ヴェルに怒られたんだって」
一方、異世界の日本ではショウマの家の縁側にシュウジとショウマが座ってリンが淹れてくれたお茶を啜っていた。するとショウマが口火を切る様に尋ねる。
「弟分にエロ本預けたら、彼女にバレて変に揉めたらしくてよ。エロ本は叩き返されて、その彼女からは文句を言われるし、ヴェルさんは17歳にエロ本を渡すなって怒られるしよー……。ヴェルさん、怒ると怖いんだよな」
「まっ、これに懲りたらエロ本なんて買わないこったな」
ショウマの問いかけにヴェルに怒られた件について話す。ヴェルに怒られるどころかエロ本について一矢から全てを知ったミサにも文句を言われたようで、げんなりしている。そんな弟子の姿にショウマは苦笑する。
「あぁ、そうだ。アンタに頼み事あんだけどよ」
するとシュウジは思い出したように自身が持ってきた鞄を取り出し、ファスナーを開くと一体、何を頼まれるのかとショウマはシュウジを見やる。
「エロ本預かってくんない?」
「そこに直れ」
エロ本 世界を越える