「レーアお姉ちゃん、翔のところに行かなくて良いの?」
ネバーランドの休憩の場として置かれているパラソル付きのテーブルにはレーア、リーナ、ルル、カガミが囲むように座っていた。そんな中、口火を切るようにリーナがレーアへ尋ねる。
「……ええ、少し考えたい事があったから」
ここに彼女達がいるのは、なにも翔達とはぐれたわけではない。レーアはあえて翔と距離を置くように翔達から離れたのだ。
「それよりもルル達は良いのかしら? 私に構わないでシュウジとヴェルみたいに好きにした方が……」
自分のことは放っておいてもらって構わない。翔達と離れる際、一緒に付いてきたルルやリーナ達に声をかける。シュウジとヴェルも来るときは一緒だったが、ネバーランドに到着するなり、二人で行動してしまっている。ルルやカガミも自分といるよりも翔の近くにいた方が良いだろうとは思ったが……。
「レーアさんが悩んでいるのは私達も気づいていますから」
「仰る通り好きにしていますよ」
しかしリーナはもとよりルルとカガミは微笑を浮かべながら答える。確かに翔は大切な存在だ。だがそれと同じくらい仲間であるレーアもルル達にとっては大切な存在なのだ。だからこそ黙って見過ごすつもりはなかった。
「……最近、この世界にいる翔とその周囲を見ていると、これが本来あるべき姿なのだと思う自分がいるわ」
物好きなものね、とルルやカガミに苦笑しながら、すっと息を吸い、レーアは胸に秘めていた想いを静かに話し始めた。
「私達の世界に現れた翔がそうであったように今の私達はこの世界にとっては異物よ。本来、私達は出会うはずがなかった」
本来、自分達と翔は異なる世界に生まれ、出会う事も互いを知ることもなかった。なのに現実では世界を超えて出会ってしまったのだ。
「……翔には本来、この世界で翔に相応しい存在がいる筈。きっとその人と結ばれて……。そう考えると……この世界に居るべきではない……。翔の近くにいるべきではない……。私は……本来あるべき翔の未来を壊しているんじゃ……ってそう思えてならないの」
「しかし頭ではそう考えていても現実では翔さんがいるこの世界から……翔さんからは離れられない、と」
ブレイカーズで翔とあやこが近くに並び立っている姿を見て、その想いは強くなってしまった。この世界にとって異物である自分は本当に翔の近くにいて良いのか?翔のあるべき未来を自らが壊そうとしているのではないか? そう考えてならないのだ。
だがカガミの指摘にレーアは重々しく頷く。頭ではいくらでもそう考えることは出来た。だが現実は、自分の心は翔への想いから離れる事が出来ずにいた。
「無様なものね……。いっそのこと翔と出会うことがなかったら、こんなに苦しむこともなかったのに」
考えと行動が伴っていない自分に自己嫌悪してしまい、眉間の辺りに手を添えて顔を顰める。
「でも……それ以上に……翔に出会えたから私は救われて……この心に光が宿った……。心から愛する存在が出来た……」
いまでも自分達の世界で翔と過ごした毎日を鮮明に思い出す事が出来る。戦いのなか、希望を表すように輝きを放った翔の姿も。
「……私は今更、この想いを捨てる気はありません」
無言の空間が形成され、静寂が四人の間にただ静かに流れる。だがその空気を打ち破る様に声を上げたのはカガミであった。
「確かに私達がここにいればいるほど、この世界の……。翔さんのあるべき未来を壊しているのかもしれません。ですがそれは私達だって同じことの筈です」
一同の視線がカガミに注がれる。するとカガミは顔を上げ、確固たる意志を持って堂々と言い放つ。
「私達は翔さんに出会った……出会ってしまったんです。それはもう変える事は出来ない事実。あの人が見せた強さと抱えた弱さに私は惹かれた。私という存在にはもう如月翔とい存在が強く根付いているんです」
出会わなければ、などと言ったところで翔と出会った現実は変える事は出来ない。そしてなにより自分達の中に如月翔の存在は大きくなりすぎてしまった。もう翔のことは忘れる、なんてことは出来ない。
「私達にも本来あった筈の未来がある筈です。ですが私のあった筈の未来は翔さんに壊されました。だから私は翔さんに私のあるべき筈の未来を壊した責任をとってもらうつもりです」
翔には確かに異世界に渡らず、この世界であるべき筈の未来があったのかもしれない。だが逆に言えば自分達にも如月翔と出会わなかった筈の未来があった筈だ。その未来がどんなものなのかは分からないが、翔と出会ったことで自分の人生は変わってしまったのだ。その責任は絶対にとってもらう。
「こればかりは皆さんに負けるつもりはありません」
鋭い視線をレーアとルルをに向けながら話すカガミ。それだけで彼女がどれだけ翔を想っているのかが嫌でも分かる。
「わ、私だって負けませんっ!!」
カガミの眼光鋭い視線に怯みながらも負けじとルルが声を張り上げる。
「最初こそ翔君は弟のような存在で……っ! いつも戦いで苦しんでた翔君を私が支えてあげなきゃって思ってました……っ……。でも翔君はいつだって私を支えてくれたんですっ!」
翔は元々、異世界でアークエンジェルに合流しても戦うという選択肢は選ばなかった。他の民間人達と同様にフォン・ブラウンに避難しようとしていたのだ。だが襲いかかるコロニー軍を前に死の恐怖に怯える子供を見て、自分の恐怖を振り払ってまで戦った。そこから翔も戦いに身を投じていったが、やはりいつだって彼は苦しんでいた。そんな彼を自分は支えたいと思っていたのだ。
「私は……翔君の近くにいると自然と笑顔になれるんですっ! 翔君を感じれば感じるほど、私の心は温かくなるんですっ! やっとまた……翔君と会う事が出来たんです……っ……。私はこれからも翔君の隣で笑っていたい、そして翔君も私の隣で笑っていてほしいんですっ!」
ただの弟のような存在はいつしか愛すべき存在に。自分達の世界にいた時の翔は今にも消え去りそうな儚さがあった。だがこの世界に居る翔は確かな存在でここにいるのだ。翔を諦める気はルルにもなかった。
「……レーアお姉ちゃん」
分かっていたとはいえ、カガミとルルから言葉にして翔への想いをまっすぐに明かされ、レーアは口を紡ぐ。自分だって今すぐにも翔の想いを明かしたかった。だが自分の中の気持ちがそれを良しとはしなかった。するとリーナが静かにレーアに声をかける。
「レーアお姉ちゃんは言ってたよね。翔を想っての苦しさも温もりも全部が愛おしい。きっとそれが恋なんだって」
かつてイラトゲームパークで恋について分からなかった自分に恋がなんであるのかを教えてくれた。レーアが今悩んでいるのも翔が好きだからこそなのだろう。
「私達は人間なんだよ。常に完璧な選択肢が出来るわけじゃない。だからこそ……少しぐらい自分のエゴに素直になって良いんじゃないかな」
翔への想いを捨て、また新たな人生を……。なんて器用な生き方は出来ないだろう。そんなレーアにリーナは背中を押すように優しく笑い掛けながら諭す。
「……私は翔を愛しているわ」
リーナの言葉にしばらく俯いて考えていたレーアは静かに顔をあげ、ポツリと呟くように話し始める。
「私は空っぽで未来に何の願いも抱けなかった。でも翔が私の心を満たしてくれた……。翔がいなくなった時も翔はいつだって私の心の真ん中にいた……。もう私は翔なしじゃいられないんだと思う」
翔に直接、言った事もあった。だが翔は未来に何の願いを抱けない自分を悪魔と共に振り払ってくれた。翔が自分達の世界からいなくなった後も気づけば翔に会いたい、と翔のことばかり考えている自分がいた。
「私は……翔の傍にいてはいけない存在なのかもしれない。それでも私はやっぱり翔のことは諦められない……。どこまでもどうしようもない存在だって分かってるわ……。でもこれで踏ん切りはついた」
翔のことを諦めるべきなのでは、と考えていた事があった。だがもう頭の中で翔を諦めるという選択肢はなくなってしまった。
「私は最後まで翔を求める。私の未来も、翔の未来もどうなるかは分からない……。でも私は翔と一緒に未来を作っていきたい。これが今の私の……未来への願い」
迷いなく言い放ったレーアにやっと自分達の知るレーアが戻ってきたとばかりにカガミ達は微笑を浮かべる。
「何度も言いますが負けませんよ」
「それはこちらの台詞ですっ!」
「なにがあっても恨みっこなしよ」
カガミ、ルル、レーアは視線を交えて火花を散らす。しかし三人に流れる雰囲気はどこか温かなものだった。
(……こういう時、翔には自爆スイッチを押せって言うべきなのかな)
三人のその様子は傍から見てる分には微笑ましいが、反面、これだけ思われている翔が幸せ者だろう。故にリーナはクスリと微笑みながら翔をからかうように内心で呟くのであった。
(リア充爆発しろ)