「無限ループ?」
夕香達と合流した一矢達は今、カドマツの自宅にいた。カドマツの仕事部屋に招かれた一矢達はカドマツから立体映像に表示されているロボ太のログを見せられ、ミサはカドマツから説明された言葉を口にする。ロボ太は今、スリープ状態となっていた。
「そうだ。AIが物事の結論を出そうとして順番に問題と答えをつなげていく。導いた答えで次の問題を提起し、また次の答え考えていく……。だがあるところで出した答えがすでに通過した問題を提起してしまう。すると全く同じ思考をまた繰り返してしまう」
ミサの言葉に頷きながら、ロボ太のログを表示する画面をスクロールする。それはパッと見ても、同じ内容がずっと羅列されており、カドマツが言うように今、ロボ太は無限ループに陥っているのだと分かる。
「お前らに覚えがあるだろう? 延々と何かに悩み続ける事が」
「おやつを食べたい! でも太りたくない! でもおやつを食べたい! でも太りたくない! ……みたいな?」
「……そこまで単純な悩みじゃないけどな」
カドマツの問いかけにリーナは複雑そうな表情をする。何故ならば自分が最近そうであったからだ。しかし特にそうでもないミサが例えを出すと、カドマツは思わず嘆息し、夕香達も苦笑してしまう。
「でも結局食べちゃうよ?」
「人間は悩むことに飽きたり疲れたりするから、途中で変化できるんだよ。でも機械は無限に同じことを続けられてしまう。放っておいたら二度と帰ってこられない」
「じゃあどうすれば良いの?」
ミサの言葉に先程まで呆れていたカドマツも仕切り直しながら説明を続けると、ならば解決策はどうすればいいのかミサが尋ねる。
「外から刺激を与える」
無限ループしてしまう機械の思考に対して、なにが解決策なのかカドマツはその答えを口にし、ミサ達は顔を見合わせるのであった。
・・・
「へー……これがロボ太の中か。インフォちゃんや制御AIの時とは雰囲気違うね」
≪ウイルスに侵されてるわけじゃないからな。ロボ太の機能は正常なんだ≫
早速場所を変え、インフォの時同様、ガンプラバトルシミュレーターからロボ太のメモリ空間に突入した一矢達が見たのはかつてウイルスに侵されたインフォや宇宙エレベーターの制御AIの時のような毒々しさはこの空間にはなくどこまでも広がる青白く美しい空間であった。そんな空間を目にして感想を口にするミサに外部からカドマツが答える。
「正常なのに無限ループするの? じゃあカドマツが失敗したってこと?」
≪そんなこと言うなよ。俺だってロボ太の今のプログラムを全部把握できてるわけじゃないんだ≫
「自分で作ったのに?」
≪俺が作ったのはあの日トランクケースに入ってたあの状態までだ。それから先はロボ太自身で自分のプログラムを修正し続けている≫
ロボ太が正常ならば何故無限ループするのか?
それが解せないミサはカドマツが失敗したのでは?と考えるが、カドマツは苦笑しながら首を横に振る。しかし製作者であるカドマツが何故、今のロボ太の状態を把握出来ていないのか分からないミサの問いかけにカドマツはかつての事を思い出しながら説明する。
≪そうできるように作ったんだ。言ったろ、喋る事も想定外だったって≫
「そういえばそうだったね」
≪どこかにループしているプログラムがあるはずだ。それを見つけ出してくれ≫
それはカドマツが意図的にそうするように考えて設計したものであった。
故に自分で作成したとはいえ、あの時スピーカーを介して喋った事を知った時は大層驚いたものだ。あの時のカドマツの反応を思い出しながらミサは頷いていると、カドマツは指示を出し、ゲネシスブレイカー達はロボ太のメモリ空間を飛翔し、問題となるプログラムを探す。
「やれやれ……。妙なことに巻き込まれましたわね」
「じゃあシオンだけやめとく?」
しかし一筋縄とはいかないのか、メモリ空間にプログラムがインフォ達同様に実体となって姿を現し、ゲネシスブレイカー達に襲いかかってくる。攻撃を軽やかに避けながらシオンがため息をこぼすと、夕香がからかうように声をかける。
「まさか。こんなところで退くなど、エレガントではありませんわ。それにわたくし、これでもロボ太を一目置いておりますのよ」
「へぇーそりゃ意外だねぇ」
夕香の言葉に予想通りの言葉が返ってくる。だがまさかシオンもロボ太を評価しているとは思わず、夕香は感心している。
「ロボ太はヒトでこそありませんが、その直向きで誠実な態度やバトルにおける高貴さはわたくし自身、学ぶことが多いと感じてますわ」
「シオンが何かを褒めるのなんて珍しくない?」
「評価すべきものは正しく評価する……。当然ですわ」
かつてのバトルロワイヤルでロボ太とっもぶつかり合った事のあることから、素直に明かすシオンのロボ太への評価を聞いて、ここまで素直にシオンが何かを称賛するのは珍しく、裕喜が驚いていると何を言っているんだとばかりにシオンは「フフン」と軽く鼻を鳴らしながら答える。とはいえ普段、素直な面を見せる事が少ないからそう思われる訳だが。
「さっきからこっちを攻撃してくるプログラムは一体、何なの?」
≪セキュリティプログラムだ。お前たちを外敵だと判断してるんだよ≫
「私達がコンピューターウイルス扱いってこと?」
夕香達の会話もそこそこに、攻撃をしかけてくるプログラム達に何故、そんな事をされているのかが分からないミサはカドマツに尋ねると、その理由を教えられ心外だとばかりの反応を見せる。状況は違えど、かつてのインフォ達の時同様、自分達がウイルスと誤認されているのだ。
≪これはセキュリティ強化の良い機会だな。思う存分戦ってくれ!≫
とはいえ、ゲネシスブレイカー達をウイルスとするならばこれほど強大なウイルスはいないだろう。ロボ太を直すと同時にセキュリティ強化の良いデータにもなる。カドマツの言葉に渋々ながらも仕方ないと襲いかかる火の粉を振り払う。
(……なんだか心の壁みたい)
襲いかかってくるセキュリティプログラム達を見て、拒絶のようなものを感じたリーナは何か考えるように視線を伏せる。
【私は私を見たくなんてない! 消えてよッ!】
(……どうすれば良いか分からないから……。答えが出ないから……。分かるよ、苦しいよね)
かつて翔達と初めて戦場で出会った際、翔から感じた強烈な不快さが何なのか分からず、拒絶するようにNT‐Dを発動させたことがある。その時の事を思い出しながら、リーナは悲しく笑い、理解を示す。
【でもね、例えなんであろうと貴女は貴女……。貴女は生きてるの。貴女は私にはなれないし私も貴女にはなれない。だってそれが貴女だから】
【私も……貴女と出会えて本当に良かったって……心から思っているわ。貴女は私の……ううん、私や姉さんにとっても自慢の妹よ】
【良く言うよね、生まれは関係ないって。そーいうことじゃない? 少なくとも、そうやって悩んで難しい顔するって凄く人っぽいって思うけど】
自分は何も知らない。碌な生き方も知らないし何かを伝えるのも生きる事にも不器用な存在だ。だがそんな存在にも優しく温かな愛を感じる言葉をかけてくれた姉達や知人がいる。
(……私はお姉ちゃん達みたいには出来ない。それでも私は私なりに助けたい)
今のロボ太を作りものの命として苦しんでいた自分と重ねる。
自分には姉達のような人の心を温かく包んでくれるような言葉は言えないかもしれない。それでも自分はあの人達から学んだ温かさで今度は自分が誰かに手を伸ばそうと思う。
(……だから待ってて。私がもらった温かさをアナタにも伝えたいから)
かつては破壊と殺戮のみをまき散らしていた少女は今、自分が受けた温かな愛を今度は目の前で苦しむ存在に届けようと純白の翼を広げて羽ばたく。その姿はさながら空から愛を振りまく天使のようであった。