「やはり今すぐこの成人雑誌の持ち主をはっきりした方が良いと思うわ」
リビングでは例のエロ本を巡っていまだに会議が続いていた。
テーブルの中心にエロ本が置かれ、レーア、ルル、ヴェル、カガミで四方に囲んでいるとレーアが口火を切る。
「内容はアブノーマルなものではないですよね。精々、巨乳だのなんだのって……」
「……そうですねー。ヴェルさん達にとって巨乳は普通ですよねー」
先程、内容に目を通したため、おおまかな内容は把握しているヴェルはこれが特殊な性癖の持ち主が購入するような内容のエロ本ではないことを口にすると、ルルは一人、ヴェル達のとある部分を据わった目で見つめながら無機質に口を開く。
「……しかし、今すぐと言ってもどうするおつもりですか?まさか今からブレイカーズにこの雑誌を持ち込んで、あの二人に尋ねるつもりですか?」
このエロ本の持ち主が気になるのは共通しているのだが、そこにカガミが待ったをかける。日中のこの昼下がり、このエロ本だけを持って行ってあの二人に突きつける絵面を想像すると非常にシュールであり、普通に考えてもなにやっているんだと言うレベルの話になってしまう。その事にレーア達は押し黙ってしまう。
「……少し散歩してくる」
そんなレーア達の姿を傍から見テイタリーナは静かに立ち上がると、短く声をかけて返事を待たずしてすぐに家から出て行ってしまった。
・・・
(……何だか悪いことしたな)
マンションを出たリーナは宛てもなくブラブラとただ歩いていた。まさかレーア達があの雑誌一つであそこまで取り乱すとは思っておらず、別にリーナ自身としてあの雑誌の持ち主が翔かシュウジかはどうでも良いのだが、あぁなってしまった以上はあの二人も巻き込んだ騒ぎになるだろうと思うと申し訳なく感じてしまう。
(……恋、か)
そうしているうちにリーナは駅前に辿り着いていた。近くには駅やタイムズ百貨店に出入りする人間の姿が見える。そんな中、リーナは近くのベンチに腰掛けながら何故、今になって自分が恋などという感情に興味を持ち始めたのかを考え始める。
≪なんとつい先日、結婚したばかりの明日野夫妻が第一子を授かったというニュースが飛び込んできました!≫
「……」
ふとリーナの耳にタイムズ百貨店の小さな街頭テレビに流れているニュースが聞こえてくる。どうやらこの世界の著名人が子供を授かったとのことだ。
(……どこまでいけば、ヒトになれるのかな)
ニュースを聞いたリーナは俯き、暗い表情を浮かべてしまう。
リーナはクローンとしてその生を受けた。子供が遊び相手の役割として人形を買ってもらうように、自分はシーナの代わり、として作られた。
生まれてからすぐに父であるヴァルターから半ばその価値が無価値であると判断されたリーナはそれでも父の為にと、戦争に身を投じた。だからこそ自分は戦いにこそ精通していても、それ以外の事は何も知らない。戦争が終わり、軍を退いた今、レーアと過ごしていても目に映るものすべてが新鮮に映る。
……想い人に思いを馳せるレーア達の姿をもだ。
あれこそが人間としてあるべき姿なのかもしれない。でも自分にはまだ実感がない。
レーア達は自分を人間扱いしてくれる。だが、どこまで行ったところで自分が作られたクローンという存在という事実は変わらない。
それがずっとリーナの根元にコンプレックスのような形で根を張っているのだ。だからこそ自分と言う存在が周りから浮いているように感じてしまうのだ。
【あの人の為じゃなく……貴女は貴女の生き方をすれば良い】
【貴女があの男の笑顔が見たいのなら……私は貴女の笑顔が見たいわ】
かつてレーアに言われた言葉がある。あの時は自分の生き方など分からず、その事を口にすればレーアは一緒に探す?と提案してくれた。勿論、嬉しかった。生きている人間の愛を間近で触れ合う事が出来たのだから。
だがあの時、レーアが言った自分の生き方は見出すことが出来ていない。どうすれば自分はクローンではなく、一人の人間、リーナ・ハイゼンベルグの生き方を見いだせるのだろうか。
レーア達の姿を見ていると恋はその一つの要因に思えてくる。きっと恋を知れるのであれば、自分は作りものではなく人間としての生き方を見出せるのではないか、そんなことから恋に興味が湧いたのだ。
(……戦っている時の方が楽……なんて考えるのはおかしいよね)
こんなこと、レーア達と出会う前の空っぽな人形の時の自分なら考えもしなかった。あの時はただ目の前の立ち塞がる敵を破壊すれば良いと考えていた。それこそが父に報いる存在理由だと考えていた。だが今は違う、レーア達に出会った以上、今の自分はそんな単純な生き方はもう出来ないのだ。
「──!」
どうすれば自分はクローンとしてのコンプレックスを取り除いてリーナ・ハイゼンベルグという人間として胸を張れるのか考えていたリーナだが不意に背後に自身に迫る気配を感じて反射的に振り返り、自身に伸ばされた手を掴んでそのまま捻る。
「あだだだだだぁっ!!? ギブギブッ! いたいからぁっ!! 風香ちゃんの可愛さに傷がつくぅぅっ!!!?」
「アナタは……!?」
振り返ったそこには風香の姿があった。リーナに力いっぱい腕を捻られた事もあって悶絶している風香にリーナは驚きながら掴んだ風香の手を離す。
「あぁもう見知った顔がいると思って声をかけようとしたらこれだよ……。風香ちゃんの可愛さが罪だからって攻撃的になるのは良くないと思うなあ……」
「ごめん……」
解放された風香は捻られた手を摩りながら恨めしそうにリーナを見ると、無意識とはいえ痛めつけた事にリーナは申し訳なさそうに謝る。
「まあ良いけどねー。それでどったの? 風香ちゃん並とは言わないけど、可愛い子が暗い顔してさー」
「別に……」
とはいえ特に根に持っている訳もなく風香は打って変わってあっけらかんとした様子で隣に座りながら、こんなところで何をしているのかを尋ねるが、リーナは話す事でもないとはぐらかす。
「何か抱えてんのは見え見えなんだけどなー。ほーら吐いちゃえば楽になるよー?」
「ちょっと……!」
だが風香はどうやらリーナに内に抱えているものを彼女自身の能力で察しているようだ。そのままリーナを横から抱きしめる風香にリーナは振り解こうとするが、風香は話すまでは絶対に離さないとばかりに抱きしめるのであった。
・・・
「なあ、どう思う?」
ここはカドマツの自宅。エンジニアの立場もあって自宅にはサーバーや資料だけではなく立体映像をモニターとして利用したパソコンなどが行われている仕事部屋でカドマツは神妙な口調で尋ねる。
「休みに突然、自宅に呼び出して……。やることはトイボットのログ解析かよ……!」
……のだが、その相手となるモチヅキは机に腰掛けて、なにやら期待していた事もであるのだろう。眉間に皺を寄せて握り拳を作りながら恨めしそうな様子でぶつくさと呟いている。
「ん? なんだと思ってたんだ?」
「え!? いや……その……っ!!」
とはいえ別に他に他意があったわけでもないカドマツはそれ以外に呼び出す理由でもあるのだろうかと不思議そうに再び聞いてみるが、半ば独り言のようなものだった為に狼狽えてしまっている。
「トイボットのログ解析だよ!」
いざそんなことを聞かれてしまっては自身がこの家に来るまでに期待してしまった事を素直に明かすわけにもいかず、半ば自棄になったかのようにカドマツの問いかけに答える。
「だったら良いじゃねえか。なんで怒ってんだよ」
「別に怒ってねーよ!」
モチヅキの外見も合わさっての子供のような態度に苦笑しながら宥めようとするカドマツ。しかしモチヅキは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
「そうか、んじゃ続けるぞ。最近、ロボ太の思考ログに頻繁に表れる単語があってな。第三者の意見が聞きたいんだ」
程ほどにモチヅキを呼び出した理由を話し始める。
その様子は面白いものを発見したとばかりに興味津々な様子で立体映像にロボ太の思考ログを表示させる。
「【自己】【存在理由】【理想】【現実】」
「……思春期?」
ロボ太の思考ログに頻繁に表れる単語を読み上げて行くカドマツだがその内容を聞いたモチヅキは用意された飲み物を口にしながら、多感な時期である思春期を思い浮かべる。
「なんてこった! 俺が作ったAIには思春期が来るのか! やはり天才か俺」
「呑気か!もうちょっと真面目に考えろ!」
モチヅキが思い浮かべたロボ太に今、起こっている状況に何やら喜んだ様子で自己陶酔までし始めるカドマツだがモチヅキは素早くツッコミを入れる。
「もし仮にこれが人間の思春期みたいなもんだったとしたら自分と他者との関係を強く認識し始める筈だ。他者を見て自己を認識し、自分がどんな存在でどうなりたいのかを考える」
「なにが言いたいんだ?」
何処か深刻そうにカドマツに真剣な様子で話し始めるモチヅキだが、一方カドマツはロボ太の思春期を喜ばしいものだと感じていたため、言っている意味がピンと来ず、その真意を尋ねてしまう。
「ロボットは最初から役目を持って作られるんだぞ。自分はどうありたい、なんて考えても仕方ないだろう。トイボットはトイボット以外になれない。なったら商品として大問題だ」
「トイボット以外、か……」
思春期どうのこうのと言う以前にロボ太はハイムロボティクスが開発中のトイボットだ。当然、トイボットとは玩具用ロボットの為、これが人間の多感な思春期などを引き起こしては商品として成り立たない。そんなモチヅキの言葉に先程とは一転して神妙な様子で顎先を撫でながら考え耽る。
「……あと、ちょいちょい出てくる【店番】【宿題】【お使い】ってなんだ?」
「あの嬢ちゃん、ロボ太になにさせてんだ!?」
ロボ太について思考を巡らせているカドマツを他所に立体映像のモニターに先程カドマツが読み上げた四つの単語以外にもまだ出てくる思春期にあてはめられるものとは関係のない単語を読み上げると、基本的にミサにロボ太を任せているためにカドマツは頭を抱えるのであった。
・・・
──私はヒトを喜ばせるために作られた存在だ。
だが私自身がこの毎日を好ましいものとして過ごしている。
この身に過ぎた毎日をこのまま安穏と過ごして良いのだろうか。
いずれは主殿やミサが大人になり、私と別れる日が来た時の事を考える。
それはめでたいことの筈だ。
ヒトの成長は素晴らしい、とデータに書いてある。
──しかしその時、私はどうなっているのだ。
電源が落とされ、倉庫にしまわれてしまうのだろうか。
二度と起動されない永遠に続くスリープ状態とはどんなものなのだろうか。
あぁ……それならばいっそのこと解体されリサイクルされたほうがまだ上等ではないか
この気持ちは何だ。分からない──。