「どうしたよ、黙っちまって」
「そうよ、三十年越しの悲願達成じゃないの」
大盛況であったGGF博物館も今日はもう閉館の時間となり、ユウイチ達は夕陽によって茜色に染まった空の下で帰路についていた。しかしユウイチは先程から喋る様子はなく押し黙っており、気になったマチオとミヤコが声をかける。
「うーん……クリアして嬉しかったんだけど……なんていうのかな……」
翔と一矢のバトルの間に行われていた本来のミッション。
ミヤコの言葉通り、かつては挑戦する事も出来なかったステージを、しかもクリアすることが出来て、確かに嬉しくはある。だが、それでもユウイチの胸の内には何か妙な違和感があった。
「三十年前に最終ステージをクリアしていて、今日それを思い出すのと今のこの気持ちは多分イコールじゃないよね」
「んん? まあ、そうかもしれねえな」
それは今の胸に抱えるこの想いについてだ。物事の見方は年数を経過すれば変わってくる。例えクリアした、という結果があったとしても昔と今では感じ方は違う。ユウイチの呟きに僅かに考えたマチオは同意する。
「過去に残した特別な想いは大人になってからじゃ取り戻せないんだね」
「来ない方がよかったか?」
「いや、そんなことないよ」
夕陽に照らされる川の流れを見つめながらどこか物寂し気に話すユウイチに苦笑しながらマチオが尋ねると即答で否定する。今回、GGF博物館に来てよかった、心からそう思えているのだから。
「今日みんなで一緒に味わったこの気持ちはやっぱり今日しか得られないものだ」
「クリアできなかった昔を思い出すのも、俺はそんなに悪くないと思うぜ」
かつてマチオとミヤコと共に挑んだGGF。だが今日は一矢も加わって新たな楽しみ方があった。今日と言う時間を過ごして得られたこの想いはかけがえのないものだ。それに昔の苦い思い出も何も悪い事ばかりではないとマチオは口にする。
「……そうだね。それもクリアしてたら味わえないやっぱり特別なものだ」
「なーにそれ。結局何でも良いんじゃないの」
マチオの言葉に頷きながら改めて今日、GGF博物館に訪れて良かったと心からそう思える。もっともミヤコはそんなユウイチの言葉にからかうような笑みを浮かべているが。
「苦い思い出も苦いなりに良いもんだね」
「人生ってのはそういうもんさ!」
そんなミヤコに苦笑しながら、ユウイチは過去の自分に想いを馳せるとマチオは頷きながら豪快に笑う。
「一矢君、今日は付き合ってくれてありがとう」
「……いえ、こちらこそ誘っていただいて本当にありがとうございます」
今まで大人たちの会話に入らぬようにしていた一矢に声をかける。
今日は我儘を言って一矢に付き合ってもらったのだ。一矢も当初はユウイチとの距離感をどうすべきか悩んでいたが、それも最初だけであり途中からそんな事は完全に頭から消し飛んだ。
「……良かったら、その……また誘ってください」
「勿論さ。こういうのも案外悪くないかもね」
それどころか一矢はまたユウイチとのこういった機会を望んでいるのだ。
ユウイチも一矢と同じ思いなのかクスリと笑いながら頷く。今後男二人だけで、何ていうのもたまには良いのかもしれない。
「さ、遅くならないうちに帰りましょう」
そんな姿を見ながら人知れず微笑んだミヤコは促す。自分達には帰る場所がある。特にユウイチには帰りを待つ者がいる筈なのだから。
・・・
「ゴメンロボ太、遅くなっちゃった!」
彩渡商店街のトイショップの入り口から来店を知らせるドアベルが鳴り響くなか、ミサが慌てた様子で帰ってくる。かなり盛り上がった女子会。ついつい時間を忘れてはしゃいでしまっていた。
「いやあ凄いよ、ロボ太君。こんな売り上げは初めてだよ!!」
しかし店に戻って来たミサが見たのはロボ太とその隣に立つユウイチの姿だ。そんなユウイチは売上伝票を見ながらテンションが高くほくほく顔だ。
「どうしたの?」
「ロボ太君がこの店始まって以来の売上額を達成したんだ」
「なんだってぇ!?」
こんなに上機嫌な父の姿を見て、何かあったのか尋ねるミサにユウイチは満面の笑みを浮かべながら、その訳を話すと史上最高の売り上げを叩きだしたと言うロボ太の手腕にミサは驚愕してしまう。
「ありがとう、これバイト代。カドマツさんによろしくね」
「ロボ太、店番できるのか……」
働いた分の報酬はちゃんと払わねばならない。ユウイチは金の入った給料袋をロボ太に手渡していると、その光景を眺めながら呆然とミサは口にする。もっともロボ太に店番を押し付けたような人間の発言とは思えないが。
「さて聞かせてもらおうかな?」
すると先程まで上機嫌で満面の笑みを浮かべていたユウイチではあったのだが、ミサに真顔で向き直ると何かあったのかとミサは「ん?」と思い当たる節が無いようで首を傾げている。
「なんでロボ太君が店番をしていてミサが今頃帰って来たのかを」
「ぎゃーー……」
眉を寄せてミサを見据えるユウイチ。それだけで彼が怒っているのが分かる。するとユウイチから放たれた言葉にミサは力ない悲鳴を上げる。
“その日の晩ごはんはとても苦かったのだ。二度と思い出したくない”と後にミサは語る。
・・・
≪一矢ぁっ! 父さんにおーこーらーれーたぁっ!!≫
「……ミサが悪いじゃん」
夜の闇のなか煌めく星空を一矢は自身の部屋の開けた窓から壁に寄りかかって眺めながら電話をしていた。その相手はミサであり、こってり絞られたのだろう。涙声を交えながら叫ぶミサに顛末を聞いた一矢は嘆息する。
≪そー言うのが聞きたいんじゃない!≫
「……じゃあ何が聞きたいの?」
≪慰めてぇぇ……≫
自分でも悪いと言うのは自覚している分、もう説教の類は聞きたくはないのだろう。
とはいえでは何を話せばいいのか顔を顰めながら尋ねる一矢に電話口からすすり泣くような声と共に答えられる。
≪私だって行きたかったのにぃ……一矢と一緒に……≫
「……いつも一緒にいるじゃん」
元々、自分が悪かったとはいえお台場のGGF博物館に行けなかった不満から店番をほっぽり投げてイラトゲームパークに向かった。自分だってGGF博物館に行きたかったのだ、他でもない一矢と。
しかし一矢からしてみれば、この夏休みはガンプラバトルなどでいつも一緒にいるようなものなので別に一日くらい良いではないかと思ってしまう。
≪そういうんじゃないんだけどな……。一矢の鈍感≫
「は?」
≪……もう良いや。おやすみ≫
しかしミサが望む言葉はそうではない。
恨めし気に放たれた言葉に一矢が顔を顰めるなか、ユウイチに怒られたと言う事もあって脱力したような声と共に電話を切られてしまう。
「……何なんだよ」
一方的に切られてしまった電話。携帯端末を見やればホーム画面が表示されており、一矢はミサの反応が分からず、首を傾げるとそのままベッドに倒れる。
ベッドに倒れた一矢はのまま作業にも使っている机を見やる。
そこにはゲネシスブレイカーに組み込まれたフレームと同じ……いや、更に精巧に作られたフレーム状態のボディが置かれていた。
今日の経験で良いインスピレーションを受けた一矢は最高の気分のまま、このボディに装着するパーツ作りに手を付けようとしていたのだが、今のミサとのやり取りで心に靄がかかってしまった。
自分はなにかしてしまったのだろうか?
いくら考えたところで答えが出ない。一矢は逃避するに目を瞑るのであった……。