「また出たなっ! 今日こそ逃がさないぞーっ!」
イラトゲームパークのガンプラバトルシミュレーターでは、ミサ達がプレイしておりゲネシスブレイカー達は雪原ステージでバトルを行っていた。
辺り一面のNPC機を全て撃破した一矢達の前に現れたのはスクランブルガンダムであり前回は逃してしまったが、今度はそうはいかないとばかりにミサを筆頭に立ち向かっていく。
・・・
一方、タイムズ百貨店でバトルを行っているのはシオンのキマリスヴィダール。そして相対するは名高い歌劇に登場する一人のヴァルキュリアの名を冠する女性的な細身の赤いガンプラであるグリムゲルデだ。
「わたくしがどうしたいのかなど……アナタに教える必要はありませんわっ!」
今、この仮面の少女と一緒にいるのは自分にとってあまり良くない、そんな風に思えるのだ。手早く終わらせようとドリルランスを構えて悠然と立っているグリムゲルデに圧倒的な加速で突進していくキマリスヴィダール。だが、グリムゲルデは両腕部に装備されたヴァルキュリアシールドによってそのまま受け流す。
「そうかもね。でも、それは君自身も明確に分かってないんじゃないかな」
受け流され、地面に足を踏ん張ったキマリスヴィダールは振り向こうとするが、その前に既にグリムゲルデは迫っており、振り向いた直後、ヴァルキュリアシールドによって頭部を殴られる。その際に放たれた言葉にシオンは目を見開く。
「そんなことっ!」
「ないって言い切れるのかい? ただでさえ君には時間がないのに君はただ無駄な時間を過ごしている」
頭部に軽微な損傷を受けるが、それでもまだグリムゲルデに挑もうとする。しかし相手を翻弄するように視界の隅へ回り込むグリムゲルデによって膝関節を蹴られて跪くとそのままヴァルキュリアシールドで殴られた。
「……なぜ、あなたがそんな事を……ッ!」
「君はアルトニクスの人間だ。君が思っている以上にその名は重いんだよ。君がここにいられる期日もすぐに分かるものさ」
自分には時間がない、その事を指摘されては動揺してしまう。その事を尋ねるシオンではあるが、もんたーくは寧ろそんな事も分からないのかと鼻で笑い、キマリスヴィダールの首関節を掴む。
「もう一度聞こうか。君はどうしたいのかな? それとも君がこの国にいた時間はそんな価値もない程、無価値なものなのかな?」
「──ッ!」
どこか冷淡にも思える声が通信越しに届き、思わず身震いをしてしまう。
だがこの国にいた時間が無意味なものだったのかと言われた瞬間、シオンの瞳に熱が籠り、そのままキマリスヴィダールは自身の首を掴むグリムゲルデに対して、ドリルニーを放つ。
「無価値……? そんな事がある筈がありませんわッ!」
ドリルニーを回避する為に拘束を解いて咄嗟に距離を取るグリムゲルデを逃さないとばかりにキマリスヴィダールは阿頼耶識システムtype-Eを発動させ、グリムゲルデを追撃する。
「この国での時間は一分一秒たりとも無駄ではなかったかけがえのないものですわッ!」
ドリルランスではこの少ない時間でも分かる実力差を持つ相手が操るグリムゲルデが相手では分が悪い。ドリルランスを放棄したキマリスヴィダールは刀を装備して、己の熱を吐き出すように刀をヴァルキュリアシールドに叩きつけ、細かい火花が散る。
『えっー……と……さっきの壺みたいなガンプラ使ってた人?』
日本にいた時の思い出は全てが輝かしいもの。そしてその思い出の中にはいつだって一人の少女がいた。初対面の時はこんな相手に負けたのかと気に食わない部分もあった。
『アタシさ……。やっと気づけたんだ……。アタシってやっぱりガンプラが好きになっちゃったみたい……』
『じゃあ行こっか。バトル……楽しまないとね』
『うん、一緒に行こうっ』
だが、それでも彼女を中心にしたこの日本での生活はとても美しく色鮮やかな思い出となった。自分はここにいて楽しい、そう思えるだけの出会いがあったのだ。
「でも……っ……! だからこそ……わたくしは……残った時間も色鮮やかな思い出にしたい……っ! ですが別に……派手なお祭り騒ぎがしたいわけでもありませんわ……っ!」
熱が籠った言葉は吐き出されるうちに、シオンの目頭まで熱くなりその頬に涙が伝って落ちて行く。自分でも貴重な時間を無駄に使っていることなど理解している。だが結局自分にとって大切な思い出を作りたいとは思っても、それがどうすれば良いのか分からないのだ。
「煌びやかな思い出なんてものは作ろうと思って作れるものじゃないよ」
「それは……っ!」
「君がいつまでも悩むより、君らしくいる事が何よりその一歩になると思うんだ」
振り回すような刀をヴァルキュリアシールドで受け止めたグリムゲルデは知らず知らずに涙まで流していたシオンに先程まで厳格な王のような圧を感じる話し方から一転して諭すように話す。
「わたくしらしくって……何ですの……?」
「頭で考えて出てくるものではないさ。これまでの君があったからこそ今の君があるんだ。そんなものは理屈じゃない」
自分らしく振る舞うとは何なのか、刀とヴァルキュリアシールドが拮抗するなか問いかけるシオンに仮面を外し、通信を音声だけに切り替え、セレナとして答える。
「別に騒ぎたいわけじゃない……。なら踏ん切りをつけるのはどうかな?」
「踏ん切り……?」
「君はアルトニクスの人間である以上にガンプラファイターだ」
シオンは別に派手な事を望んでいるわけではない。だが思い出が欲しい。そんなシオンにセレナはある提案をすると、意味が理解できていないシオンにその意味を話す。
「雌雄を決したい相手……いるんじゃないかな?」
その言葉にシオンの胸がドキリとしたのを感じる。
自分は一方的に取り付けたに過ぎないが、それでも彼女の事を純粋にライバルだと思っている。そうだ、ならばこそ……。
「ここまで来れば、もう大丈夫だよね?」
「あっ──!」
弾くようにキマリスヴィダールを押し返したグリムゲルデはそのままフィールドから消え去り、残ったのはキマリスヴィダールのみ。一方的にいなくなったグリムゲルデに最後に何か言おうとするが、その言葉はもう届かない。
・・・
「もんたーくは!?」
「さ、さっきどこか行っちゃったけど……」
シオンもすぐにガンプラバトルシミュレーターから出て、観戦していた裕喜に詰め寄るように尋ねると出てきたところまで見たが、このゲームセンターの混雑の中ではすぐには見当たらない。
「探すの?」
「……いえ、それよりも夕香は何処に?」
「買い物行く前に誘った時は、イラトゲームパークでゲームしてる最中って言ってたけど……」
あんな珍妙な仮面をつけているのだから探すのはそこまで難しいことではない筈だ。
裕喜の問いかけに静かに首を振って、夕香の名前を出すと、夕香に連絡した際の連絡画面を表示して見せながら話す。
「ならば、そちらに行きますわよ! 時間が惜しいのですからっ!」
「あれ、なんだかシオン、元に戻った?」
「わたくしはいつだってギンギラギンでエレガントですわ!」
ビシッと指差しながら移動しようとするシオンのあまりに突然の提案ではあるが、シオンの様子を見ていつもの彼女である事を察すればフフンと気高く笑みを浮かべながらシオンは満悦の笑みで答える。
「道案内をしていただいたんですもの……。無駄には出来ませんわ……」
シオンは振り返り、観戦モニターに流れるグリムゲルデとキマリスヴィダールのリプレイ映像を見やる。全く……わたくしはいつだって勝てませんわね」
半ば確信めいた口調で呟く。バトルの最中、何か感じ取ったものがあるのだろう。だが時間は惜しいとばかりに駆け出していく。
「……やれやれ、大人になりきれないもんだね」
物陰で壁に寄りかかりながら迷いなく走っていくシオンの姿を眺めているセレナは自嘲するように仮面の先で胸元をトントンと叩いている。
最後までもんたーくとして接するつもりだったが、途中から音声だけとはいえセレナとして接してしまった。
「青春って奴かな。まっ、回り道してこそだよね」
シオンがいなくなったのを見計らってアルマやモニカも合流するなか、セレナはもう大丈夫だろうと燃える情熱を表すように駆け出したシオンを想うように天を仰ぎ、この後の観光に意識を切り替えるのであった。
・・・
≪逃さんッ!≫
一方、イラトゲームパークでは彩渡商店街チームと夕香が着実にスクランブルガンダムを追い詰めていた。バーサル騎士が放ったトルネードスパークがスクランブルガンダムの装甲に傷を与える。
「もらった!!」
怯んだスクランブルガンダムにアザレアリバイブがすかさずハイパードッズライフルの引き金を引き、一瞬にしてスクランブルガンダムの片翼を破壊する。
「あらよっと!」
更によろけたところを上空からバルバトスルプスレクスが超大型メイスを文字通り叩きつける。隕石のように雪原に落下したスクランブルガンダムは地面にめり込み、各所にスパークを上げる。
「……撤退はさせない……。確実に仕留める……ッ!!」
何とか起き上がろうとするスクランブルガンダムに覚醒したゲネシスブレイカーが迫り、GNソードⅤを空に突き立てる。覚醒の力を宿したその一撃はスクランブルガンダムを飲み込んで完全に消滅させ、撃破するのであった。
・・・
「すっげー! ねーちゃんたち、アイツ倒したのかよ!!」
「やっぱ強ぇよ!」
スクランブルガンダムを撃破し、ガンプラバトルシミュレーターを出て来た一矢達に歓声があがる。皆、あのスクランブルガンダムに苦汁を飲まされていたのだ。漸く撃破したところを見て、次々に賛美の言葉が送られる。
「なんだい、もうクリアしちまったのかい!ゲーセン泣かせも大概にしな!」
次々と沸き上がる歓声だが、それをつまらなさそうに声を出したのは何より店主のイラトであった。一矢達ならばクリアするとは思っていたが、予想以上に早かったようだ。
「自分じゃクリア出来なかったけど、少しすっきりしたな!」
「明日からは節約しなきゃな!」
「ガキども、しみったれたこと言うもんじゃない!! 目の前の困難を他人に頼っても前には進めないんだよ!!」
安堵したような空気が広がり、もうアドオンの攻略もどうでも良くなってきたと言わんばかりの反応を見せ始める子供達にイラトは真っ当な事を話すかのように熱く話し始める。
「これから先に訪れる色んな出来事を全部誰かが代わってやってくれると思ってるのかい!? お前たちがこのステージをクリア出来なかったのはクリアに値する胆力を……小遣いを持っていないからさ!!」
「結局金じゃねーか!」
「毎月の小遣いのやり取り大変なんだよ!?」
「黙りなぁっ!! 悔しかったら家の手伝いでもして小遣いを増やすんだね!!」
最初こそイラトの話をちゃんと聞いていた子供達だが、結局金の話になってまたぶうぶうと文句を言い始めるが、イラトはそれらを一蹴して言い合いになっている。
すると言い合いを中断させるかのように店内にアナウンスのようなものが流れ、音声の発生源である観戦モニターへ一矢達は移動する。
「【スクランブルガンダム撃破おめでとう! だが、これで終わりではない。ファイター達よ、真の戦いはこれからだ。君に挑戦する勇気はあるか?】……なんだとー!?」
観戦モニターに突如表示された文面を読み上げるミサ。多くのファイターに苦汁を飲ませたスクランブルガンダムだが、まだあれで終わりではないと言うのだ。
「クックック……ひゃっひゃっひゃっひゃぁっ!!」
≪マスター、救急車呼びましょうか?≫
「あたしゃ正気だよ! あの兄ちゃん、やってくれるじゃねぇーか! こんな仕掛けがあるとはねぇ……!!」
誰しもが困惑するなか、突然狂ったように高笑いをあげるイラトに気でも触れたのかとインフォが救急車を提案するが、慌てて自分は正常である事を叫びながらも途端に悪い笑みを浮かべる。
「ガキども、さあどうするんだい!? しっぽを巻いて逃げだすかい!?」
「な、なんだよ!?」
「あんな難しいのにまだ先があるのかよ……!」
悪の大幹部のように口角が吊り上がった迫力ある笑みを浮かべるイラトにたじろぐ子供達。とはいえ、元々フィールドに現れていたスクランブルガンダムの強さは手には負えない。しかもそれ以上があるとなると……。
「チキショウ……今こんなありさまでこの先の人生、どんだけハードモードなんだよ……」
「ゲームでさえクリアできないのに生きていく自信がなくなったよ……」
考えれば憂鬱になってしまうのか中には跪いてしまう者も出始めるくらいだ。店内には不穏な空気が流れ、負の感情が広がっていく。
「そうだよな……。人生なんてそんなもんだよな……。ガンプラバトルで勝てても自慢にはならないんだ……。ちょっと身を投げてくる」
そしてその負の空気にあてられた一矢もボツボツと呟いて、ふらふらと虚ろな足取りでどこかに行こうとするがミサがそれを羽交い絞めで必死に止める。
≪これが絶望……。機械の私にも分かります……。このお客様たちの瞳から輝きが失われてゆくのが≫
「一矢の小僧は元々あんな感じだった気がするがねぇ」
絶望だけがイラトゲームパークに広がり、インフォがこの異様な雰囲気を感じ取っているとイラトは魂を抜けたような一矢の姿に首を横に振りながらも高らかに声を上げる。
「さあガキども! 財布を開け! 小遣いをいれな!! 奈落より深く底の見えないコイン投入口にねぇえ!!」
まさに大魔王のような威圧感さえ醸し出しながらイラトは哄笑をあげる。
とはいえ、挑戦する勇気はあるのかと問われれば、あると答えるのがガンプラファイター。負の空気にあてられ人生を呪う言葉を吐きつつ、ミサと夕香に引きずられながらガンプラバトルシミュレーターに乗り込んだ一矢は夕香やミサ達と共に出撃するのであった。