≪マスター、店内の清掃が終わりました≫
イラトゲームパークが賑わいを見せる中、店内清掃を行っていたインフォがイラトに報告する。流石、ワークボットと言うだけあって店内の清掃は行き届いていた。
「あいよ、ごくろうさん。売り上げの方はどうだい?」
≪昨日は20%のインカム増加でした。ガンプラバトルシミュレーターのアドオンが高い収益効果を上げています≫
「ほぉー。あの兄ちゃん嘘つきじゃなかったねぇ」
インフォを労うのもほどほどに真っ先に気になるであろう売り上げについて尋ねると売り上げ内容にほくほく顔を浮かべて喜んでいる。
≪あの男性はどなただったのですか? 私のデータベースには登録されていませんでした≫
「さあ? いきなりやってきて流行りの追加なんとかをインストールしないかって言ってね」
アドオンの導入を勧めて来た男性はワークボットとして業界の人間のデータを記憶しているインフォも知らなかった。もしかしたらイラトの知り合いなのかもしれないと考えたが、どうにも違うらしい。
≪身元も定かではないのに許可されたのですか?≫
「あたしゃ儲かりゃなんでもいいのさ。タダで良いって言ってたしねぇ。それで20%の増収なんだから笑いが止まんねえよ」
身元も分からぬ人間が勧めて来たプログラムを導入したイラトをにわかに信じがたい様子で問いかけるインフォではあるが、イラトにとってまず売り上げが第一であり、結果さえ出ていればそれで構わないと言うのだ。
「おいお前も見たか、アレ?」
「あー……やられたよ。強すぎだよなあ」
するとイラトとインフォにガンプラバトルシミュレーターをプレイしたであろう子供達の会話が届く。何かあったのだろうか、何とも言えない無念さを噛み締めている。
≪何の話でしょうか?≫
「知らないね」
子供たちの会話の内容が今一理解できなかったインフォは気になったのか、イラトに尋ねるが返って来たのは心底愉快そうな返答だけであり、イラトはそのままどこかへ歩き去っていってしまうのであった。
・・・
「追加プログラムって言っても……並みの相手じゃ敵にはならないな」
アドオンが導入されたバトルシミュレーターでは早速、彩渡商店街チームのガンプラの姿が満月の浮かぶ荒野のステージにあり、イラトの要望によって高難易度に設定されたにも関わらず、鮮やかなコンビネーションで次々と立ち塞がるNPC機を破壊して周囲に敵影がないことを確認して一矢は物足りなそうに呟く。
≪むっ、主殿! 新たな反応があるぞ!≫
「なに……?」
もう相手はいないのかとセンサーを駆使して相手を探すとなにか感知したのか、ロボ太から通信が入ると同時に一矢とミサのシミュレーターにも反応があり、三機はすぐさまその方向へと向かっていく。
・・・
「あれは……」
荒野を抜けたゲネシスブレイカー達が移動したのは岩で囲まれたようなフィールドであった。そこには満月を背に宙に浮かんでいる一機のオレンジ色のガンダムが粒子光をバックパックのスラスターウイングから発している。
その機体を見た一矢は顔を顰める。
あのガンダムを知っている。名前はスクランブルガンダム。Zガンダムを彷彿とさせる頭部やデスティニーガンダムを思わせるバックパックなどが特徴的なガンダムだ。
「あの機体じゃない? 最近、ウワサになってる凄い強いヤツ!」
スクランブルを見てミサはここ最近、アドオンが導入されたシミュレーターでプレイヤー達に猛威を振るっているガンプラではないかと考える。
イラトとインフォが効いた子供たちの会話にあったのもこのスクランブルなのだろう。だがスクランブルはゲネシスブレイカー達を確認するとゆっくり向き直り、次の瞬間、爆発したかのようにビームライフルを発射しながら襲いかかってくる。
≪誰かが操縦しているわけではなさそうだが……≫
「CPU制御にしては動きが速いよ!?」
もしも誰か人が操縦しているのであれば、どうしても攻撃に対する怯みなど生物的な癖が出てしまう。しかし戦闘をしているスクランブルには一切そんな癖は感じられず、無機質なまでに攻撃を仕掛けてくる。しかもそれだけならまだしも、スクランブルの動きはこれまでバトルをしていたどのNPC機よりも段違いであり、ミサは驚愕している。
「──ッ!?」
しかも相手はそれだけではなく、無数のミサイルがゲネシスブレイカー達とスクランブルに襲いかかり、対象となった機体達は咄嗟に回避する。
「どうやら既に先客がいらしたようですわね」
ゲネシスブレイカー達が見上げれば、そこにはキマリスヴィダールとフルアーマーガンダムの姿があった。先程のミサイルもフルアーマーガンダムの仕業なのだろう。
突然の乱入者に驚いている一矢達ではあるが、キマリスヴィダールを操るシオンはドリルランスをスクランブルへ向けながら口を開く。彼女達もスクランブルの反応を知り、撃破する為にここに訪れたのだろう。
「でも黙って譲ってあげないんだからねっ!」
いくらゲネシスブレイカー達が先にスクランブルを見つけたからと言って、ここまで来て黙って引き下がる気になれないのだろう。裕喜はニヤリと笑みを浮かべながら、再び大量のミサイルを発射し弾幕を張る。
放たれたミサイル群を迎撃しつつ回避していたゲネシスブレイカーであったが、上方から影が差し込む。
「……お前もか」
「まっ、どうせ連れ出されたんなら結果は欲しいよね」
すぐさま反応すれば、そこにはその身ごと隕石のように超大型メイスを振り下ろしてきたバルバトスルプスレクスの姿が。
咄嗟に回避したが、しなるようなテイルブレードが放たれGNソードⅤで受け止めながら一矢はバルバトスルプスレクスを操作しているであろう夕香に通信越しで話しかけると、夕香は笑みを零す。
「それじゃあ、どっちが倒せるか勝負だよ!」
乱入してきたキマリスヴィダール達へのけん制をしつつアザレアリバイブはスクランブルに攻撃を仕掛ける。スクランブルもその機動性を駆使して回避しつつ、反撃に転じようとするも……。
「させるかッ!」
機動性ならば絶対的な自身のあるゲネシスブレイカーがスクランブルが行動するよりも早くスーパードラグーンを放ち、スクランブルやバルバトスルプスレクス達に差し向ける。
バルバトスルプスレクス達への牽制に放った数基のスーパードラグーン以外は全てスクランブルに差し向けており、スクランブルが変形して逃れようとするが、既にスーパードラグーンの仕掛ける攻撃で回避コースを割り出していたゲネシスブレイカーはスラスターウイングから鮮やかな噴射光を発生させながら先回りしてGNソードⅤで斬りかかるとスクランブルは素早くビームサーベルを引き抜いて受け止める。
「いただきっ」
力と力が拮抗するなか、すぐさまバルバトスルプスレクスのテイルブレードが放たれ、スクランブルは反応しようとするものの間に合いきれず、右足をテイルブレードが貫き、バルバトスルプスレクスが機体を捻る事で引き寄せられる。
「もらった!」
「わたしだって!」
何とかテイルブレードを破壊しようとするスクランブルではあったが、アザレアリバイブとフルアーマーガンダムによる激しい弾幕を受けて、その身を削らせる。
「わたくしが終わりにして差し上げますわ!」
なおも抵抗しようとするスクランブルだが既に迫ったキマリスヴィダールはドリルランスで抵抗しようとするスクランブルの両腕を払い、そのまま右膝を突き出してドリルニーを迫り出すとスクランブルの胴体を深々と貫く。
「なっ!?」
そして最後にトドメを刺そうとドリルランスを突き刺そうとしたキマリスヴィダールではあったが、その前にスクランブルは粒子となっていなくなってしまう。その後も周囲に反応はなく、このフィールドそのものから消えたと言って良いだろう。
「消えた!?」
≪ある程度、ダメージを受けると撤退するようだな≫
消え去ったスクランブルに驚いて目を見開いているミサにその後、一向に何のアクションもないことからその理由をロボ太が導き出す。
しかしあと一歩と言うところで取り逃がしてしまったので、ミサや裕喜は不満をぶうぶうと漏らしていた。
・・・
「後少しでわたくしの大勝利だったと言うのにぃっ!」
あの後、スクランブルが撤退したと言う事もあってそれ以上する気はなくなった一矢達は現地解散となり、自家に帰宅しながらシオンは取り逃がしてしまった事に激しい悔しさを覚えているようだ。
「でも、あんな風に逃げられたらどう倒せばいいの?」
「……攻略法はない訳じゃないけど」
玄関を開き、靴を脱いで家に足を踏み入れながら先程のスクランブルの撤退の様子を思い出した夕香は一矢に尋ねると、一応、撤退される前に倒す術はあるがそれが成功するか分からないような何とも言えない表情で答えられる。
「なんであれ、夕香、明日も一緒に探しに行きわすわよ!!」
「えーっなんでさ。今日付き合ってあげたんだからいーじゃん」
シオンの中では打倒スクランブルガンダムで燃えているようで、くるりと夕香に振り返りながら明日もガンプラバトルシミュレーターでスクランブルの捜索を言うと、夕香はこの暑い日に何度も出かけるのは嫌なのか面倒臭そうに答える。
「アナタはわたくしのライバルですわ! ならば共に探すのも道理でしょう!」
「いや意味分かんないし……。なんかアンタ変だよ?」
ビシッと夕香を指差しながら明日も連れ出そうとするがその様子はどこか焦りを感じさせる。それをどことなく感じ取ったのだろう、夕香は僅かに顔を顰めながら何気なく指摘する。
「……わたくしはいつだってギンギラギンでエレガントですわ」
夕香の指摘に、先程までの様子から一転、どこかしゅんっ……とした姿を見せ、視線を伏せたシオンは一矢と夕香の二人を残して、そのまま自身に与えられた部屋に向かっていき、残った一矢と夕香は互いに顔を見合わせて首を傾げた。
・・・
「……無様ですわね」
部屋に戻ったシオンは扉を閉めると、そのまま背を預けてズルズルとその場にへたり込むように座りこみ、出てきたのは自嘲するような小さな呟きであった。
おもむろに顔を上げたシオンの視線の先には壁にかけられたカレンダーに向けられる。自分がこの雨宮家にホームステイしてからかなりの日数が経った。
「……いつまでもいられる訳ではない何て分かっていたではありませんの」
自分がここにいられるのはこの夏の間のみ。それが終われば、イギリスに帰国する手筈となっている。そんな事は誰に言われる訳ではなく分かっているはずなのにいずれ訪れるであろう別れの日を想うと胸が苦しくなる。
ここでの日々は自分にとって、どれだけ充実して満ち足りたものであったか。あまりに居心地が良すぎる為にその反動はあまりにも大きい。
「……寂しいなんて言えるわけありませんわ」
すっとシオンは両腕で自分の身体を抱くように回す。
色んな人に出会った、様々な出来事があった。一つ一つが何物にも代えられぬ価値がある大切な宝石のような存在だ。だからこそここから何れはいなくなってしまうのが嫌だった。出来るならずっといたいと思えるそんな場所。それは何よりここにいる人々のお陰だろう。
最近、夕香を連れ出しているのも思い出作りなのかもしれない。
この日本に来て、初めて出来た“友達”との思い出を多く作りたい……そんな気持ちがそうさせたのではないだろうか。
「……本当に無様ですわね」
だとしたら自分の思い出作りの為だけに夕香を付き合わせてしまっている。自分自身のエゴを感じて軽い自己嫌悪に陥って一人自嘲する。
「……思い出と言うものは……美しく鮮やかなものがあれば十分ですわ」
むやみやたらに思い出を作るよりも、いつでも鮮明に思い出せる輝かしい思い出が一つだけあれば良い。そうすれば寂しいと思う気持ちにだって和らげる事が出来るはずだ。
ふとシオンは再びカレンダーを見やる。残った日数は少ない。楽しい時間は瞬く間に過ぎて行くとよく言ったものであっという間なのだろう。それまでの間に自分は変に周囲に行動するよりも、自分らしく思い出を作ろうと立ち上がり、そのままベッドに倒れ込むのであった……。