「へぇ? 新しい機体が出るようになったのかい。その……何だって?」
大盛況のまま終わったバトルロワイヤルから数日後、イラトゲームパークでは店主であるイラトは一人のスーツ姿の男性と話しており、その内容に大きな関心があるようで熱心に話に食いついている。
「追加プログラム……“アドオン”デース」
イラトと話をしているスーツ姿の男性は中東系か、外国人であり比較的聞き取りやすい日本語ではあるのだが、どこか胡散臭さを感じるような片言交じりで答える。
「ああ、で? そのアドオンってのは……儲かるのかい?」
「もちろんデス」
イラトの感心は男性の話すアドオンそのものではなく、そのアドオンを導入した結果儲かるかどうかであった。しかし男性はにんまりと頷く。
「今、世界中のガンプラバトルシミュレーターに続々と導入されてマース」
「へぇ……本当かい?」
「各所より喜びのお便りが届いていマース、例えば……」
ガンプラバトルシミュレーターは世界中で広く普及されており、どこでも出来る。
その世界中のシミュレーターに導入されていると話す男性の言葉に更に食い付くように尋ねるイラトに証明するかのように男性は懐から何やら手紙を取り出す。
──先日、ウチのワイフと些細な事で喧嘩しちまったんだ。このままじゃ過程が冷え切って今年の冬は越せそうにない……。
そこで僕は自慢の金時計を質に入れ、このアドオンをプレゼントした。
しかし妻は僕の金時計に合うプラチナの鎖を買う為に彼女が大切にしていたガンプラバトルシミュレーターを売ってしまったんだ。
結局、僕らが送りあったものは無駄になってしまった。
しかし、二人の愛を再確認することが……。
「これ読むお便り間違えてマース」
なにか海外のコメディか何かのように手紙の内容を読み上げていた男性であったが、どうやら何か違っていたようで手紙をクシャクシャに丸めてポイッと投げ捨てる。
「まあなんだって良いさ。儲かるってんなら言う事はないよ。好きにやっとくれ」
「ありがとうございマース!」
妙なオチがついてチーン、と音が鳴りそうではあるが気を取り直してイラトがアドオンの導入を承諾すると、そのまま好きにやらせようとこの場を去ろうと背中を向け、男性は喜んで感謝の言葉を投げかける。
「あーそうそう。飛び切り難しい設定にしとくれ。その方が儲かるからねぇ!」
その場を去っていこうとするイラトであったのだが、その前に一度立ち止まって振り返り、何と高い難易度を男性に求めると何か企むような怪しい笑い声をあげるのであった。
・・・
「この国に来るのは、久しぶりだね」
日本の空港にはセレナの姿があった。
窓から見える風景を見やりながら着用していたサングラスを外して、上着の首元にかける。日本に滞在するつもりではいるのか、セレナの背後にはキャリーバックを持った私服姿のアルマとモニカの姿が。
「まずは彩渡街のホテルにチェックインしますか?」
「それも良いけど……。やっぱり観光したいなぁ」
どうやらセレナの目的は彩渡街のようだ。
携帯端末でホテルの情報を確認しているアルマが背伸びをしているセレナに尋ねるとセレナは人差し指を顎先に添えながら待ちきれないとばかりに答える。
「んー……でもでも、ここから彩渡街って結構時間がかかるし、息抜きで来たって言っても日本にいられる時間だって限られてるんだよ? あんまり寄り道は出来ないと思うけど」
「まあねぇ。だったら──」
本音を話して良いのであれば、モニカ達も日本を観光したい。
しかしセレナとていつまでも自由な行動を許される身ではない。それはセレナの侍女を務めるアルマやモニカの二人もだ。モニカの言葉に僅かに考え……。
・・・
「お寿司かぁ」
「どうせ来たんだったらね」
フォーマルハウトの三人が訪れたのは近くの回転寿司チェーン店であった。
チェーンコンベアで流れる寿司の数々を見やりながら目を引かれているモニカにセレナは訪れた理由を話す。元々回転寿司に訪れる予定はなかったが、観光が満足に出来ないならせめて多少なり食だけども食べておきたい。
「へーっ、お寿司屋ってパフェとかもあるんだねー」
「昔、行ったことがある回らないお寿司屋さんにはなかった気がしたけど」
モニカはタッチパネルを操作しながらメニューを見ていると、サイドメニューなどを見て驚いたように呟くと、まだ幼い頃、親が来日する機会が会った際、連れてこられたがそんなメニューがあったかと首を傾げる。もっとも幼い頃の記憶なので曖昧であまりよく思い出せない。
「ねぇ、お嬢様。この蛇口みたいの何だろ?」
「……手でも洗うのかな?」
めぼしいものを注文しつつ流れる寿司を見ているセレナ達であったが、ふとモニカが壁側に備え付けられた粉末茶などを淹れるための蛇口を見やり首を傾げる。セレナも良く分かってないのか、首を傾げつつ直観で思いついた事を口にする。
「あぁ、それはお茶を淹れるものですね」
「「お茶?」」
「ええ、何でもこのような場ではお茶のことをあがりと言うらしいですよ」
当然、セレナが思ったような使い方をすればただでは済まない。蛇口付近の注意書きを読もうとしているセレナとモニカの二人に今まで容器に入ったガリを興味深そうに眺めていたアルマが答える。しかしそこでセレナとモニカの二人に疑問が生まれる。何で寿司屋ではお茶の事をあがりと言うのだろうか?と。その答えを求めるようにアルマを二人して見ている。
「確かヤのつく方達の組長が寿司を食べた後にお茶を飲み、あまりの幸福感に【とっとあがって楽になりてぇ】とか思ったからだとかなんとか」
「へぇー」
視線に気づいたアルマは何か考えるように視線を逸らすと、すぐに真面目な表情で答える。日本人からしてみれば、なんだそれはと言わんばかりの内容ではあるがセレナは疑問に思う事はないようで素直に感心している。
「……ねぇ、アルマ。それどこ情報? ソースは?」
「今考えた」
流石にモニカは疑問に思ったのだろう。そっと耳打ちするように隣のアルマに身を寄せながら尋ねると、アルマはあっけらかんとした様子で答える。
別にこのような事が今に始まったわけではない。モニカもアルマも大事な事以外は適当にセレナに答える節があり、そんな事で植え付けられた間違った知識によってセレナが日本を誤解して僕っ娘になったりするのだ。
「そう言えば、シオンお嬢様には今回の来日を伝えてないと聞きましたが……」
「そうだよ」
他愛ない話をしつつ回転寿司を楽しんでいたが、不意にアルマがシオンについて尋ねる。出発する前にセレナが屋敷の者にシオンに連絡しないでね、と話していたと聞いたからだ。それは事実であるのかセレナはコクリと頷く。
「何で? 彩渡街に行くんでしょ?」
「シオンはホームステイ中だからね。ちょっと様子を見ておきたいんだ。もしかしたらボクの知らないシオンの一面が見れるかもしれない」
一応、今回は彩渡街に訪れるつもりでやって来た。
だったらシオンに連絡してもおかしくはない。しかしあえてしないと言うのだ。
その理由を尋ねるモニカにセレナは座席に身を預けながら答える。シオンは毎回、日本での生活を連絡してきてくれる。それは嬉しいが、どうせ日本まで来たのならその様子を見てみたい。
「だけどボクがいるって分かっちゃうと気を遣うかもしれないからなるべく黙っておきたいんだ」
セレナを慕うシオンのことだ。
セレナが来るとなれば快適に過ごせるようにと其方に気を回してしまうかもしれない。
そんな事は姉としてさせたくなかった。あくまで一人で日本に訪れたシオンの素の部分を見てみたいとシオンへ想いを馳せる。
・・・
「夕香ぁっ!」
「……なにさ」
一方、彩渡街の雨宮宅ではシオンがノックをしたと思えば、豪快に夕香の部屋に入室するとベッドの上で雑誌を読んでいた夕香は嵐が来たとばかりに頭が痛そうに目を向ける。
「ガンプラバトルシミュレーターにアドオンなるものが導入したそうですわよ! さあさあ今すぐ行きますわよ!」
「アドオン……? そういやなんかイッチ達が……。いやでもどうせ今、混んでるでしょ?」
「だからなんだと言うのですか! もう既に裕喜には連絡済みですわ! さぁ今すぐ立ち上がってアドオンをプレイしますわよ! STAND UP TO THE VICTORY! ハリーハリーハリー!!」
アドオンについて早速情報を仕入れたのだろう。興奮した様子で夕香を連れ出そうとするが、一矢は既にミサ達と向かっているだろうし、シオンが知っていればそれ以外の面々だって遊びに行っている事も考えられる。
混雑は嫌いなのか、出かける素振りを見せない夕香にシオンは夕香の腕を引っ張り、がやがやと騒がしくシオンは今この瞬間も楽しいのか心なしか笑みを浮かべている。
・・・
「……シオンの今はかけがえのない時間なんだ。だからなるべく邪魔はしたくない」
再び場所は寿司屋に戻り、セレナは真剣な面持ちで話す。
シオンはホームステイをしている身。いつかはイギリスに帰らなくてはいけなくなる。それからは向こうでの生活もある為、例え後々、再び日本に訪れる機会があっても今のように長い期間、自由でいられる訳ではない。
シオンには何より大切な存在が出来た事はセレナも知っている。
だがいつかは別れをしなくてはいけない日が訪れるのだ。その時になるべく後悔してほしくない。一分一秒たりとも今という時間だけに目を向けて欲しいのだ。そしてその様子を姉として見ておきたい気持ちもある。「我がままでゴメンね」と自嘲気味に話すセレナに首を横に振りながらも、そういう事ならばとモニカとアルマは頷くのであった。