「これで……どうだっ!!」
≪アクセス承認≫
一矢達がネオ・ジオングを撃破したと同時にカドマツが素早くコンソールにて操作をする。すると先程までずっとアクセスを拒否し続けていたコントロールAIはアクセスを受け付けた。
「よっしゃぁっ! やったぞお前らっ!!」
≪現状分析の結果、緊急離脱プログラムは作動していますが、原因だと思われる事故などの報告はありません≫
ようやくずっと鳴り響いていたアラートも収まり、シミュレーターから出て来た一矢にガッツポーズを見せながらカドマツが笑い掛け、一矢達の表情にも安堵の笑みが広がる。そんな中、コントロールAIが現状を調べ、異常がない事を報告する。
≪私は誤作動をしていたのでしょうか?≫
「お前が悪いんじゃない。コンピューターウイルスにやられてたのさ」
異常がないにも関わらず自分はテザーを切り離してしまった。コントロールAIの問いかけにカドマツが決して全てコントロールAIが悪いと言う訳ではない事を教える。
≪しかしながら皆さんを巻き込んで軌道を離脱するなどあってはならないことです。私はどうすれば良いのでしょうか?≫
「軌道修正プロセスを実行するんだ。静止軌道に戻ればテザーに再接続できる」
≪了解。軌道修正プロセスを実行します。カウンターウェイトパージ≫
人間の利便性の為に作られた自身がその人間を巻き込んで暴走をしてしまった。贖罪を求めるように問いかけるコントロールAIにカドマツが指示を出すと、コントロールAIは重りとなるカウンターウェイトを切り離そうとする。
≪──カウンターウェイト繋留デバイスが見つかりません≫
しかし次にコントロールAIから発せられたのはカドマツにとって信じがたい言葉であった。信じられないと愕然とするカドマツにコントロールAIが告げるのはまた同じ言葉だけであった。本来あり得ないこの事態に僅かに原因を考えた後、何か考え付いたカドマツはコンソールを操作する。
「……やられた。カウンターウェイトへのインターフェイスが丸ごと消されてる……! どんだけ周到なんだよ!!」
このインターフェイスがなければ、カウンターウェイトを切り離すことは出来ず何も出来ない。原因は突き止めたものの、これを作成したバイラスにどれだけ恨みを抱えていたんだとカドマツは苦々しく呟く。
「ね……ねぇ、聞きたくないんだけど、どういう事?」
「……カウンターウェイトを切り離さない限り、ステーションのスラスター出力じゃ元の軌道には戻れない」
「え……? じゃあ、つまり……」
八方ふさがりの状況に頭を抱えているカドマツの姿に事態は悪い方向に進んでいるのだと嫌でも分かってしまったミサがおずおずと尋ねると、カドマツは静かに事実だけを教え、子供のミサでも理解したのだろう。その表情は見る見るうちに青ざめて行く。
「僕達は……帰れない」
「そんな……!?」
誰もが胸の中に思っていた事実をウィルが静かに告げる。受け入れ難いこの事実にハルは力なく崩れ落ちてしまい、この場に重苦しい空気だけが満ちて行く。
「おい何か他に方法はないのか!?」
≪ありません≫
諦めるわけにはいかず、カドマツがコントロールAIに問いかけるが帰ってくるのは無情な答えのみだ。
「物理的にテザーを切断出来ないのか!?」
≪備え付けの工具にテザーを切断出来るものはありません。また皆さまの中にEVA経験者はいらっしゃいません≫
それでも、と今度はこちらから手段を提示してみるが、静止軌道ステーションに設置された重りであるカウンターウェイトを切断できる工具はなければ、そもそも仮にあったとしてもこの場にいる者達の中に宇宙遊泳を経験した者などいない。
「わたくしお茶を入れますね」
「ドロシー……」
「今度のお茶菓子は何がよろしいですか? 何をお出しすればこの状況を打開できる閃きが得られますか?」
絶望だけがこの場を支配する中、ポツリとドロシーが口を開く。
戸惑うウィルを他所にドロシーは静かながらも今までとは違い、次々に言葉を発し、それだけで彼女が動揺していることが伺える。
「……そうですか。そうですね。それでも皆さん、折角ですからこの星空を見ながらお茶を……」
普段は冷静な彼女もこの状況に現実から目を背けるように提案をすると、強化ガラスの先の地球を見つめて目を見開く。
「あぁ……私、このような事態において、いささか動揺しているようです」
自分でも今の自分が動揺しているのに気づいたのだろう。ふと悲し気な笑みを零しながらどんどんと少しずつ離れて行く地球の姿を見つめ、あり得ないとばかりに首を横に振る。
「窓の外にRX78が飛んでいるのが見えます」
「……え?」
ドロシーの呟きに何を言っているんだとばかりに顔を顰める。
そんなものが現実にあるわけないとドロシーが見つめる窓の外を見つめると……。
「なんじゃこりゃああぁぁぁぁぁーーーぁぁっっ!!!?」
強化ガラス越しにツインアイを輝かせながら、巨大な白い頭部が見え、そのままトリコロールカラーの巨体が姿を現す。紛れもなくそこにいたのは実物大であろうRX-78-2 ガンダムの姿であった。あまりの事にミサの絶叫が響き渡る。
「い、一矢! あれ! あれ見てっ!!」
「……ああ、お迎えが来たみたいだな。天使ってガンダムの姿をしてるらしい」
驚愕するミサはそのまま実物大ガンダムを指差しながら近くにいる一矢の肩に触れて強く揺さぶると、遂に自分の頭はおかしくなったようだと虚ろな目を向けながら一矢が譫言のように呟く。
「いや、でもあれ絶対本物……っ!!!」
「ミサラッシュ、僕もう疲れたよ」
「落ち着けお前ら! あれは確かに本物だ!!!」
あり得ない事態に現実を受け入れていない一矢に自分も確かにガンダムの姿が見える為、現実だと教えようとするのだが、一矢はフルフルと首を横に振り、そのまま彼が見ている天使によって召されて行きそうな勢いだ。そんな二人の姿を見ながら、同時にステーションに通信が入り、その通信に応答しながらカドマツが叫ぶ。
≪──……おぅ、そろそろランデブーポイントだと思ったぞ……≫
通信が繋がり、立体映像が表示されるとそこにはモチヅキの姿があった。しかし通信越しに見える姿は明らかに疲労の為にやつれて疲れ切った様子だ。
≪姐さん、あたしもうダメ……寝る……≫
≪罰ゲームで散々手伝わされたソレを仕上げて飛ばしたんだ……。私も何日寝てないか分かんないし限界だ……。通信代わる……≫
遠巻きにウルチの力ない声が聞こえてくる中、モチヅキは彼女達が手掛けたであろう実物大ガンダムを指しながら答えると、そのまま画面端によろよろと消え去り、倒れる音が聞こえる。
≪どーも鹿児島ロケットです。この度は弊社のロケットをご用命ありがとうございます……なんつって≫
「よくこんなに早く飛ばせたな。宇宙ロケットだぞ?」
モチヅキが通信を代わった相手はロクトであった。
芝居かかった様子のロクトは軽く笑うと、カドマツはガンダムを打ち上げるほどの対応の早さに驚きを隠せない様子で声をかける。
≪あなたの演説にうちの社長が感銘を受けましてね。他所に回す予定の奴、使っちゃいました。まあ、そっちのお偉いさんも二つ返事でOKくれましたけどね≫
「そうか……。感謝する」
≪最近雇ったバイトが優秀であっと言う間でしたよ。今、代わりますね≫
ここまでの手際の良さからしても今までカドマツ達がやって来た事は無駄にはならなかったようだ。沢山の人々の好意によって差し伸べられた救いにカドマツが心からの感謝を示すと、ロクトは画面端に手招きしながら場所を代わる。
≪おーい聞こえるか!?≫
≪生きてる!?≫
「ツキミ君、ミソラちゃん!?」
画面端から出てきたのはツキミとミソラであった。一矢達の安否を心配する二人の懐かしい姿を見て、ミサは驚くと共に顔をほころばせている。
≪ガンプラで助けには行けなかったけど俺達なりに頑張ってるから、諦めんなよ!≫
≪ロケットくらい何度でも打ち上げてあげるから!≫
「ありがとう……! 皆で必ず帰るよ!!」
翔達が自分達に出来る事の為に援軍に駆け付けたように、ツキミ達も己が身に着けた知識を活かしてガンダムを発射する為の礎を築いてくれていた。
二人の顔や衣服には汚れが目立っており、それだけ働いてくれたのが伺える。一生懸命に自分達の為に動いてくれたツキミ達に感謝しながら、ミサは強く頷く。
・・・
「……夢みたいだ」
実物大ガンダムのツインアイが一層輝く。
その操縦席となるコックピットに乗り込んでいるのは宇宙服を着用した一矢とミサであった。実際のアニメなどで見るコックピットとはまるっきり違うが、外部からのカドマツのサポートを受けながら操縦桿に手をかける。
「えぇっと……このスイッチだ」
「凄い凄い! 動いたぁっ!!」
ある程度、簡易化されているとはいえ事前にカドマツからの説明を聞いていた一矢は操作を始めると、ガンダムはステーションに設置されたカウンターウェイトを見上げる。確かに感じる振動にミサは興奮を隠しきれない様子だ。
≪ったく……なんで嬢ちゃんまで乗ってるんだ?≫
「こんなの乗らないわけないでしょ!」
通信越しにでも興奮しているのが分かるミサにカドマツは呆れた様子だ。元々、そこまで広くはないコックピットの為に操縦席も余裕はなくミサは今、一矢の膝の上に乗る形となっている。しかしそれでも良いからとミサは一矢と同乗したのだ。
≪皆さん、ご覧になっていますか? 今、私達の目の前でガンダムが飛び立ちました! 宇宙時代への扉をその手で開くために!!≫
カウンターウェイトをロックしたガンダムはバーニアを稼働させながら、上方へ飛び立っていく。その堂々たる勇姿をステーションから録っているハルは地球に向けて中継する。今頃地球でもまた別に大騒ぎになっているだろう。
・・・
「坊ちゃま、よろしかったのですか?」
「なにが?」
「物凄く乗りたそうだったじゃないですか」
ステーションで飛び立ったガンダムの光景を見つめるウィルに背後からドロシーが声をかける。ウィルとて一ガンダムファンだ。ミサ同様にやはり乗りたいと言う気持ちはあったのだろう。
「僕はそんなに子供じゃない」
「フフッ……お茶入れますね」
しかしそれはウィルも意識してない事で子供じゃないと拗ねたように話すウィルに微笑みをこぼしながらドロシーはウィルを残して静かに去っていく。
「どうだ、すげえだろ?」
「あれ随分昔に作られた奴だろう? よく残ってたね」
ドロシーと入れ違いに今度はカドマツが自慢げに話しかけてくる。カドマツには目を向けずガンダムの姿を見つめながら、ふと疑問を口にする。
「実際、老朽化が進んで廃棄される予定だったのをハイムロボティクスが引き取って俺達が業務時間外に中身作り直してたんだ。実際に乗れるヤツ作ったら面白ぇだろうなってな」
「物好きだな」
「あれはあの商店街と同じだよ。時代が変わって忘れられようとしていた物だ」
あの実物大ガンダムはかつては観光などの目玉などで日本各地を転々としていたものだ。かつては翔が参加していたガンダムグレートフロントにも設置されていた。それを引き取ってあそこまで動かせるほどにしたと言うのだから、カドマツ達の情熱は凄まじい。苦笑気味なウィルに先程までお道化ていたカドマツも真剣な様子でウィルを諭すように話し始める。
「でも忘れない奴もいるし、残したいと思う奴もいる」
「……」
「そしたら運良くこういう日が来ることもある」
彩渡商店街も、あの実物大ガンダムも過去の思い出として風化させられない者達がいる。諦めが悪い、未練がましい、そう思う人もいるのかもしれない。だが決してその想いは無駄な事でないとカドマツは思う。
「……僕も無くしたものを取り戻せるだろうか?」
「簡単さ。忘れたものを取り戻すだけで良い」
まだ胸の中に開いた空洞は完全には埋められてはいない。
出来る事なら、かつてのような無垢で熱い情熱を抱いていたあの頃に戻りたい。そんなウィルにカドマツは導くように助言をする。
遠巻きでドロシーがお茶が入った事を伝えているなか、俯いたウィルは再び顔を上げて拳を握り胸の間に置く。今のカドマツの言葉は後押しとなってくれた。ウィルは胸の中に燻る想いを感じながら、ドロシー達の元へ向かうのであった。