しかし、誰が悪を裁くのか?   作:SKYbeen

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地の文に対してセリフが少なすぎるかも知れない。
かといってシャッハさんがペラペラ喋る印象もないし…………。ううむ、難しい。


第5話

 

 

 

 

「オリャアッ!」

 

 

 ロールシャッハの顔面目掛け飛来する拳。何の仕業か、その両手は獅子のそれに変化していた。滑らかな毛並み、鋭い爪。さながら野生の如き力は生半可なものではない。まともに喰らえば大きな痛手を被るだろう。絶え間なく繰り出される拳撃をいなしつつ、ロールシャッハは冷静に相手の能力を分析していた。

 

 

(HURM…………)

 

 

 恐らくはDr.マンハッタンに類似する力をレオーネは有している。でなければ薬品か何かだろうか?如何様にして彼女の肉体が変化したのか、ロールシャッハには分かりかねる。ただ一つ言えるのは、その身体能力には目を見張るものがあるということだ。元々の実力に加えあの力、如何にロールシャッハといえど苦戦は免れない。

 

 無論、勝てない相手ではない筈だ。他の手札を隠しているのも考えられるが、対処法はいくらでもある。

 

 

「気ィ抜いてんなよッ!!」

「!」

 

 

 迂闊。

 

 ほんの数瞬、数秒の思考。それを見逃す程、ナイトレイドは甘くはない。僅かに生まれた隙を突き、レオーネは鋭い蹴りを放つ。驚くべき速さだ。かつてのロールシャッハでは対応するどころか、反応すら敵わないだろう。

 

 だが今ならば。今のこの肉体ならば、十二分に戦える。それこそ対等以上に。

 

 数瞬の攻防にて生まれた隙は確かに致命的だ。だがその致命的な隙へ付け入ることこそが慢心。殺せる、そうでなくとも大打撃を与えられる。そう確信している攻撃程、見え透いたものはない。

 無防備になった腹へ飛んでくる足を、ロールシャッハは万力のような怪力で掴み止めた。超人的な瞬発力と判断力があってこその業である。

 

 

「んなっ!」

「HUNH.安直だな」

 

 

 足をそのままへし折りかねない程の怪力。走る痛みに振りほどこうと力を入れるもそうはいかなかった。レオーネの強化された筋力を以てしてもロールシャッハは微動だしない。この衝撃の事態にレオーネは驚愕の色を隠せなかった。

 

 故に疑念を持つのは当然である。この男は自身と同じ"帝具使い"なのでは、と。

 

 

「お前…………帝具使いか?」

「…………帝具?何のことだ」

「とぼけんな。今の私に力で勝つなんて帝具使い以外有り得ない」

「HURM.生憎だが帝具なんていうものは聞いたことがない。無論、見たこともな」

「なっ…………ホントに帝具使いじゃないのか!?」

「ここで嘘をつくメリットはないと思うがな」

 

 

 だが、その予感は外れることとなる。

 

 当然だ。そもそもロールシャッハは本来別の時間軸、別の地球にいた存在。この世界の地に足を下ろしたのもつい最近のことである。どれだけ彼の情報集能力が高くとも、この僅かな期間に帝具という代物を知るのは困難。

 

 相応の実力を持つ自分を軽々とあしらうロールシャッハ。彼が帝具使いではないことにレオーネはまたも驚愕するが、何より驚いたのがその身体能力。足を締め付ける彼の手がタネも仕掛けもない純粋な筋力によるものならば、この男の肉体は一体どうなっている?

 

 レオーネの帝具「ライオネル」は装着した人間の肉体及び自然治癒力を強化し、並外れた身体能力を得るというもの。それに匹敵するか、下手をすれば凌駕しているロールシャッハはどう考えてもおかしいのだ。

 

 

「お前…………一体何モンだよ」

「答える必要はない」

 

 

 険しい顔付きのレオーネに対し、ロールシャッハの関心は低い。いや、関心が低いというよりは構う必要がないと言った方が正しいだろう。あくまで彼の目的はこの屋敷の人間を殺すことであり、ナイトレイドの相手をする理由はない。ロールシャッハにとっては不本意だが、彼らの目的は一致している。今こんなところで争っている暇など元来ありはしないのだ。

 

 

「この足は貰うぞ」

「はぁ?何言って───いっでェェ!?」

 

 

 メキリ。

 

 骨が折れる鈍い音。ロールシャッハは掴み止めたレオーネの足を、そのまま握り込み脛骨を粉砕した。単なる骨折ではなく、骨がバラバラに砕ける粉砕骨折。常人ならばあまりの激痛に天地がひっくり返るような錯覚に見舞われるだろう。屈指の実力者たるレオーネならまだ耐えられるものの激痛は激痛、苦悶に顔を歪めていた。いくら治癒力が高いとはいえ、こんな大怪我となると瞬時には回復しない。この有り様ではしばらく時間を要する。

 

 つまり、ロールシャッハとは満足に戦えない。

 

 

「こ…………ッんの野郎ッ!」

「HUNH」

 

 

 それでもなおレオーネは抵抗を試みる。足が捕縛されようとも両腕は自由、いくらでも攻撃は可能だ。ならばやらない手はない。こうも一方的にやられるのは性分に合わないし、何より腹が立つ。ありったけの怒りを込め、レオーネは獅子の拳を放った。

 

 が、そんなことは想定内。

 

 

「血の昇りやすい女だ」

「ぐあっ!?」

 

 

 安直だ、と先程ロールシャッハは言った。確かに速いがただそれだけ、直線的な軌道は読みやすい。感情を優先しがちなレオーネならなおさら、こちらが主導権を握った状態である程度の隙を晒せば必ず怒りに任せ攻撃してくる。ロールシャッハはそのことを予見していたのだ。

 レオーネとて一流の暗殺者、多くの場数を踏んで来ているだろう。しかし年季が違うのだ。踏んできた場数も、乗り越えた死線も、何もかも。裏付けされた経験と知識は相手の思考を読み取り、そして瞬時に判断する。長年ヴィジランテとして活躍したロールシャッハならばこの程度のことは容易い。

 

 一切の容赦なく、そして無慈悲にレオーネの拳は砕かれる。指が、甲が、ロールシャッハの怪力によって。それは折るなどという次元ではない。文字通り、砕く。ぐちゃぐちゃに粉砕され変形した手は見るも無惨な状態へと変貌していく。

 

 これで二本。

 

 

 

「これではまともに戦えまい」

「ぐっ…………う……!……ホントに何なんだよお前は!!」

「………これ以上は時間の無駄だ。ご退場願おう」

「うおわぁッ!!?」

 

 

 激昂気味の詰問も意に介さず、ロールシャッハは掴んだ足を力の限り振り払いレオーネを窓へ放り投げる。勢い良く飛んでいく様子はさながら弾丸のよう、空を舞う彼女は間もなく重力に従い地に落ちる。

 

 彼女がどれ程の力を秘めているのか、それは定かではない。だが足を砕いたのだ、相応のダメージは負った筈。あれでは歩行も困難と言えるだろう。何はともあれ、厄介な邪魔者は消えた。

 

 しかし、ロールシャッハの足は動かない。彼のマスクが緩やかに、それでいて複雑に模様を変化させている。何かに疑念を抱いているかのように。

 

 

「………………」

 

 

 ───何なんだお前は───

 

 レオーネの問いは、常にロールシャッハの中にも介在していた。

 

 突如として宿った超人的な力。Dr.マンハッタンの足元にも及ばぬものの、この力は凡そ人の理を凌駕している。ひと度拳を振り抜けば岩を砕き、見上げるような建物も一息で飛び越える。その様はコミックで活躍するスーパーヒーローのそれだ。無論、彼は一介のヴィジランテであり、ヒーローであったとしても超常的な能力はない。あくまでも人間の範疇において強いだけである。

 

 ロールシャッハにとってこの身体は単なる手段の一つでしかなかった。世に蔓延るクズをこの手で殺す。突然身に受けた化け物染みた力がその助力となるのなら、それは一向に構わない。だからといって簡単に無視して良い問題ではないのも─────確かだ。

 

 何故、どうしてこの力を得たのか。それを解明するのは今でなくとも、近い内に判明させておかなければなるまい。本来こういった変化は鋭敏に反応するべきなのだが、悪を裁くためなら手段は選ばないのがロールシャッハという存在。使えるものが増えるのに越したことはないのだ。真っ先に湧いて出る疑問が、彼の場合片隅へと追いやられるのは仕方のないことだろう。

 

 

「…………HUNH」

 

 

 ともかく自分のことは後回し、今はすべきことがある。目障りな障害も排除し、これで心置きなくクズを仕留められるというもの。気を取り直し、ロールシャッハは二人目の標的を探す。

 

 だがナイトレイドが現れたことで下はてんやわんやの大騒ぎだ。もしかすると逃げられてしまうか、最悪既にいない場合も考えられる。全く、面倒なことをしてくれる連中だ。内心毒づくロールシャッハだが、突然強烈な臭いが鼻腔を刺激する。馴染み深く、それでいて嫌悪するもの。

 

 紛うことなき血の臭い───鉄に酷似した強い不快臭が目の前の扉から漂ってくる。護衛の兵士は居ないようだが………。

 

 確かめねば。半開きの扉を静かに開け、ロールシャッハは中の様子を伺う。

 

 

(!………これは…………)

 

 

 床一面に広がっていく血溜まり。それは眼下にある死体から滲み出ていた。恐らくは標的であった家主であろう、見開かれた瞳は光を失い虚空を見つめている。

 恐らく、というのは肉体がバラバラに裁断され判別が上手くつかない為だ。こんな芸当、素人の出来ることではない。

 

 

(…………HURM)

 

 

 死体に近寄り、その状態を観察する。かなり綺麗な切り口だ。相当の技量と、鋭利な得物があって初めて成り立つ業と言える。当然殺ったのはナイトレイドの誰かだろうが、彼らの中にはかなりの使い手がいるらしい。こんなにも人体を上手く斬る人間をロールシャッハは見たことがない。先の戦闘もそうだったが、やはり一筋縄ではいかない相手だ。

 

 ただ一つ気に掛かる点はある。この切り口は一方向から斬り込んだというよりは左右同時に刃が入ったような状態であり、一般的な剣の類いではこんな傷にはならない。何か巨大な鋏のようなもので裁断したとしか言い表せないのだ。だとするならば…………。

 

 

(帝具、か?)

 

 

 レオーネが言っていた「帝具」。どういった代物なのかは定かではないが、何らかの強い力を持つ武具に類似するものだと予想は出来る。この死体の有り様から察するに、巨大な鋏という可能性も考えられるだろう。尤も、そんな馬鹿げた武器があるのなら是非お目に掛かりたいものだが。

 

 

 「HUNH.余計な真似を」

 

 

 殺すべきクズが無残な死に様を晒すのは問題外。この手で殺せなかったのは残念だが、また一つ悪が減ったのは良いことだ。

 問題はナイトレイド。確認しただけで六人という多さは単独で行動するロールシャッハには出来ないチームでの動きが出来る。現にロールシャッハとレオーネが戦っている隙にこの仕業、決して一人では出来ない行動だ。そうなると残された家主の娘はとうに裁かれていると考えるのが妥当だろう。さっきまで届いていた攻防の音も鳴り止み、不気味なまでに静寂が漂っている。

 

 繰り返すようだが、この世から裁くべきクズが消えるのは全く悪いことではない。それによって悲しむ人々が減るのだから。ナイトレイドはこの世界においては必要不可欠な正義と言ってもいい。だがやはり、彼らはロールシャッハがヴィジランテとして活動を続ける上で障害にしかならないのは明白だ。

 

 排除せねば。少なくとも、活動に支障が出ない程度には。それが出来ずとも奴らの力は把握しておかなければならない。全員がレオーネ並の実力を有しているならば、それは大いなる脅威になる。

 レオーネは人手が足りないと言っていた。接近すれば、あるいは加入の交渉も出来るだろう。ナイトレイドの実態、組織としての力量を測るチャンスだ。ただ、その上で彼女の足と拳を砕いてしまったのは少しやり過ぎたかも知れないが。

 

 

 「HURM…………ものは試しか」

 

 

 踵を返し、窓を突き破る。一瞬の浮遊感の後中庭に着地したロールシャッハは例の倉庫へと向かった。道中呆気なく始末された兵士の死体に目もくれず、ひたすらに走る。数十秒と掛からず倉庫へ着くのはこの強化された肉体のお陰と言えよう。

 

 気配を殺し、物陰で様子を伺う。捉えたのは手配書で見た刀を持つ少女、田舎風の少年、そして最後の標的であった娘。

 

 

(EHH…………予想はしていたがやはり遅かったか)

 

 

 またも先を越されてしまった。始末しようとしていた娘は既にその肉を叩き斬られ、無様な死体として地に伏している。返り血を浴びているのは少年の方のようだが、その面持ちは穏やかではない。彼が娘を斬った理由は、ロールシャッハも察しは付く。気の毒ではあるが、しかし見事な切っ先だ。ほんの少しでも躊躇いがあれば普通は斬れない。また一人、深淵に足を踏み入れた者が増えた訳だ。

 

 

「おい、そこにいる奴」

「!」

「いるのは分かっている。大人しく出て来い」

 

 

 いつ姿を見せるか。そのタイミングを探る最中、黒髪の少女───もといアカメは物陰に潜むロールシャッハの気配を感じ取った。極力気取られぬよう細心の注意を払ったつもりだが、余程優れた感覚を持っているらしい。このまま隠れている利点もない為、彼女の言葉通りロールシャッハはその姿を表す。

 

 

「んなっ……いっ、いつの間に!?」

「………HEH.ツレは気付かなかったようだな」

「私でも集中しなければ分からなかった。あんな気配の殺し方、相当の実力がなければ出来ない」

「HUNH」

 

 

 茶髪の少年は大層驚いている様子だ。ロールシャッハが潜んでいたことに全く気が付かなかったのだろう。初めての殺しをした直後とはいえ、何とも抜けている。

 それとは逆にアカメの警戒心は一気に最高潮に達していた。ここまで自然と一体になった気配の消し方は普通はおろか、力のある者でもそう出来ない芸当。それを容易くやってのけたこの奇妙なマスクの男はアカメにとっては警戒すべき相手だ。腰の刀を再度抜き放ち、目の前の男に問う。

 

 

「何が目的だ。もし邪魔をするつもりなら葬るが?」

「そんなつもりはない。頼みがあって近付いただけだ」

「頼み?」

「……俺をナイトレイドに加えて欲しい」

「!」

 

 

 単刀直入。ロールシャッハにしては珍しいものの頼み方である。基本誰かに何かを頼み込む、ということをしない彼にとってこんな直球はあまり見ない。だがロールシャッハの実力が高いのは事実。レオーネを退けた力はナイトレイドにとって不足はないだろう。動作一つを見てもプロだということはアカメとて分かっている筈、得体の知れない相手とはいえ、一考の価値はある。

 

 

「……私がナイトレイドだと?」

「手配書でお前の顔を見た。アカメ、とか言ったな」

「ああ。それより何故ナイトレイドに?」

「利害の一致だ。不本意だが俺とお前達の目的は同じ、ならば単独で動くより複数の方がいい。お前達は一人でも人員が欲しいんだろう?」

「確かに人は欲しい。だがどうして我々が仲間を欲していると分かるんだ?」

「ついさっきお前達のメンバーに会ったんでな。その時の誘い文句だ」

「レオーネが?………………」

 

 

 流石に唐突過ぎただろうか。いきなりの申し出にアカメは眉間に深い皺を寄せていた。

 当然だろう。こんな正体不明の男の入団をそう簡単に一人で了承していい筈もない。本来なら仲間と吟味し可否を決めるのが筋だろうが、ロールシャッハの言う通り人手が欲しいのも事実。出来るならば加わって欲しいというのが正直な所であり、彼の頼みは是非もない話である。

 

 

「…………レオーネはどうした」

「適当にあしらった。安心しろ、大した危害は加えていない」

「……そうか」

 

 

 全く、よくもまぁすらりと嘘を吐けたものだ。ロールシャッハは我ながら感心した。何が"危害を加えていない"だ、手と足を粉砕したというのに。

 

 そんなロールシャッハに対して、アカメは驚嘆の念を抱いていた。ナイトレイドの中でも屈指の実力者たるレオーネを"適当にあしらった"だと?

 さも簡単そうにロールシャッハは言うが、そんなことはアカメはおろか他のメンバーとて敵うまい。しぶとさでは頭一つ抜けた彼女を片手間で追いやるなど不可能に近いからだ。まさに獅子の如く相手に喰らいつき、死ぬまで離さない。荒々しい戦闘スタイルと獰猛さを知っているアカメだからこそ、レオーネの強さは身に染みている。それに軽々対処したこの男は一体───?

 

 疑惑。不信。あらゆる疑いの念がアカメの胸中を埋め尽くす。己の本能が、この男は危険だと警鐘を鳴らしている。果たして本当にナイトレイドに入れていいものか、躊躇いが生まれてしまう。

 

 

「………………分かった。他の皆には伝えておく」

 

 

 だからこそ知るべきだ。この男を───ロールシャッハという男を。一体何を以てして彼は悪を裁いているのか、何の為にその力を振るうのか。自分達にとって彼は破滅を呼ぶ者なのか、それとも福音をもたらす者なのか。その答えを見つけなければならない。

 

 

「…………感謝する」

 

 

 帝都を震え上がらせる天下の殺し屋集団、ナイトレイド。そこに加わるというロールシャッハの目論見は一先ず成功したと言っていいだろう。

 

 しかし、本番はこれからである。アカメがロールシャッハの正体を見極めるのと同じように、ロールシャッハもナイトレイドを探らなければならない。彼らの正義は一体どういうものなのか、それを問う必要がある。

 

 

(さて…………確かめさせてもらうぞ、ナイトレイド)

 

 

 既に新たなインクをロールシャッハは垂らし始めた。未だまっさらな、しかしドス黒く汚れたこの紙面に。

 

 彼のインクはまだ刻まれたばかりだ──────。

 

 

 

 

 

 


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