コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

72 / 75
Stage 67 式典会場

「さて、と…」

ヤルダバオトを解除。『イリス』の爆風で崩壊した嚮団の、『黄昏の門』の残骸の前に降り立つ。リディナたちはもう神根島に渡り、船に乗り込んでいる頃だろうか。勿論、ネージュがギアスで調達したものだ。

「う、うう…」

うめき声がした。見れば、禿頭の男が瓦礫に両足を挟まれ、身動きできない状態であった。足は完全に骨が砕けているだろう。血まみれで、意識があるかもわからない。かろうじて生きていた、という状態だ。

ネージュは近くに落ちていた銃を拾い上げ、男めがけて発砲。頭を撃ち抜かれ、足掻きが止まる。

 

「……さようなら、バトレー」

この男も、間違いなくこの世界を形作る一因であった。200年間誰にも気づかれないよう隠しておいた『王』を、バトレーは偶然見つけてしまった。それがこの世界の発端なのだから。

その点で、少しにせよ感謝の念はある。だが、助けてやるべき相手とまでは思わない。苦しまぬよう介錯してやるのが、せめてもの情けだ。

ちなみに、ネージュの意識にあった相手はV.V.とバトレーだけだ。そしてリディナたちはロロとの関係から助けてやろうと決めていた。他は、知ったことではない。

だから悲惨なのは他の嚮団関係者だ。砂漠のど真ん中に、放置されたのである。『黄昏の門』も使えず、皇帝が極秘に手を回した救助が来るまで極限のサバイバルを強いられることになった。

生き残った者の中には、「二度と神には逆らわない」と敬虔な宗教家になる者もいた。

 

さて、そろそろ、トウキョウ租界で式典が始まる時間だ。V.V.もこれを破算にすべく裏で手を回していたが、そちらは叩き潰しておいた。

「予定ではすぐ合流するつもりだったけど、ちょっと用が増えたみたいね」

ネージュの体が、粒子になって消えた。現れたのは『黄昏の門』の中、『Cの世界』である。

「こんにちは、シャルル。……やっぱり、お兄さんは見捨てられなかったのかな」

そこには『アーカーシャの剣』の前に立つ皇帝シャルルと、地に手をつき肩で喘ぐV.V.がいた。

 

 

「これが、新たな世界の始まりとなることを願います―」

ユーフェミアの宣言に、日本人も拍手で答えた。まずまず、という反応だろう。少なくとも、ユフィはこの政策を本気で願っている。それはこれまで彼女が行ってきたことで、日本人にも信じられた。

しかし、ブリタニア全体としてはどうなのだろうか。コーネリア、シュナイゼルは欠席。皇帝も何も言わず、内心賛成なのか反対なのか不明のままだ。

しかし、彼らの態度はそれでもましな方だ。あからさまに嫌悪を示す皇族や貴族は多い。そのような人が政柄を握れば、この政策は一晩で覆されかねない。

 

とはいえ、今参加することによるメリットは大きい。ユフィは一つ大胆な提言を盛り込んだ。特区の範囲に住まなくとも、申請すれば『イレヴン』の称号を消す、というものである。

「その人たちは『日本人』として、ブリタニアに住まう在留外国人と同等の立場となります」

特区には賛成でも、行くことのできない人だって多い。例えば仕事や郷里の情など、いろいろあるだろう。そういった人たちへの救済措置も、ユフィはちゃんと考えていた。

 

リフレイン事件でユフィが行った待遇改善は、あくまでも努力目標である。副総督である皇女の言うことであれば半ば強制だが、改善の度合いは各自の判断に拠った。

今度は違う。これからは、『日本人』となった人を法に則って扱わねばならない。不当に扱えば、法に問われるのはブリタニアの側だ。

(皇帝は何を考えているのか…)

無関心なのか、本気でユフィに賛同しているのか。あるいは何か別の理由があるのか。

正直ライでさえそこまでの譲歩は見込めないと思っていたのだが、ユフィが皇帝に直訴した結果、あっさり通ってしまったのである。

そしてユフィは、皇帝のサインが入った公文書をこの場で堂々と提示してしまった。ここまでされたら、もう取り返しはつかない。

 

なお、ブリタニアにもメリットが無いわけではない。特区外での経済活動によって生じた税金は、きっちりブリタニアが徴収する。これまでのようなNAC任せのどんぶり勘定から、直接統治に乗り出すのである。

「………」

そのNACの代表としてこの式典に臨んでいた桐原は渋い顔だ。サクラダイトの密輸に続き、キョウトの資金源をまた失うことになるからだ。

(まあ良い。ここは、生きながらえることが先決よ)

厄介な『蒼』もいなくなるというので、特区内ではかつての日本のように思いのまま権勢を振るえるだろう。情勢次第で、今後特区の拡張も見込める。今のところは、それで満足するべきだった。

 

式典自体に、特に問題があるとは誰も思っていなかった。何しろ双方の代表がユフィとライだ。裏では、充分過ぎるほど打ち合わせが済んでいる。

しかし、招かれざる客が訪れた。

「……片瀬少将」

藤堂はそう呟いただけだが、朝比奈などは露骨に眉間にしわが寄った。何をしに来たんだか、と言わんばかりの不満顔である。

日本解放戦線司令官とその重鎮たちが、揃って会場に現れたのだ。

 

「ゼロと袂を分かって来ました。土壇場ではありますが、我らの参加もお認め頂きたい」

「え?…はい。そうですね…」

予定になかった展開に、ユフィが狼狽する。正直なことを言ってしまえば、特区に片瀬以下の居場所はない。防衛軍は藤堂を准将に格上げし、指令代行とする予定だ。

強いて上げれば、軍政を担当する人材は不足しているので、そちらの方で使えないことはない。だがそんなことをすれば、実戦部隊との間に埋めがたい溝ができかねない。

 

(………ゼロの策謀か?)

解放戦線の重鎮たちにも、ゼロに対する反感は高まっていただろう。そういった邪魔者を片瀬と共に追い出し、純粋な反ブリタニアの思想を持つ者だけを集める。

と同時に、特区に余計な軋轢を生む種を蒔く、という手だと考えられなくもない。だが―。

「片瀬たちは、退役させ一私人として扱う、といたしましょう」

強権で解決策を出したのは桐原である。そう、大したことではないのだ。片瀬はもう、政局に影響を与えるほどの存在ではない。

そんな男を使って特区を失敗させようなど、ゼロが打つ手としては何とも間の抜けた策だ。となると、本当に喧嘩別れしてきただけかもしれなかった。

 

(ゼロも、手が出せないということか)

ギアスの対策も、しっかりしてある。あの『オレンジ事件』で、ゼロは一つ失敗した。生放送の現場でギアスを使ったことだ。

仮面の目の部分が、わずかに開いたシーン。ギアスの存在を知っている者からすれば、それで彼のギアスは視覚媒体だと解る。そして視覚媒体のギアスは、光と同じ。特定の波長を遮れば、簡単に無効化できる。

 

ユフィやライをはじめとする主要人物は、このところはごく親しい人にしか会わないようにした。外出時はサングラスなり偏光コンタクトなりで、目を守る。

警備兵はぎりぎりまで配備を知らせず、当日はバイザーを装備。ギアスを使って破綻させようなどとしても、墓穴を掘るだけに終わるだろう。

 

「……もしかすると、C.C.が説得したのか」

不穏な動きも不穏な物も見つからない、というので、ついそう思ってしまった。ギアスを封じようが、ゼロなら何か仕掛けてくるだろう。そう予想していただけに、順調すぎて拍子抜けしたという感がある。

 

 

―ゼロの正体が誰なのかまでは、予想していなかった。それが陥穽だった。

 

―だがそれは、誰にとっての幸福で、誰にとっての不幸だったのか。

 

 

「―では、『蒼』」

ユフィに促され、席を立つ。『蒼』の仮面を外し、素顔を晒した。日本人らしくない容貌に観客がざわつくが、これはもう必要ないものだ。

皇女ユーフェミアと、現状日本最大の抵抗勢力の長である『蒼』。その二人が握手する。その瞬間は、この式典のクライマックスだ。誰もが生放送で中継されるモニターの前に、釘付けになる。

「―え?」

小さく叫んだのは、誰だったか。台本にない行動。理解不能の行為。疑問が、取るべき行動を遅らせた。

 

ライに駆け寄ったマリーカが、ドン、と勢いよくぶつかった。その直前、袖から隠し銃が滑り出てきたのをはっきり見た。

「……………………」

長い沈黙。誰もが、凍り付いたように動けない。まるで会場全体の時間が止まったようだった。その中で、ライの体が崩れ落ちる。

 

「…………殺される!」

誰かが、叫んだ。それが呼び水となり、パニックが起きた。人が一斉に出口へと殺到する。それを止めようとした兵士が、暴徒となった男に殴り倒された。

仲間の兵士が、馬乗りになって殴りつけていた男を銃床で一撃。男がひるんだ隙に、馬乗りの体勢を崩す。だが別な男が殴り倒された兵士の銃で、その兵士を撃ち殺した。

ブリタニア兵も、もう黙ってはいない。制止など耳に入るものではない。応戦しなければ、やられる。一か所で銃撃戦が始まると、あっという間にそれが全体へと拡散した。

 

「ユフィ!」

マイクを手に必死で制止を訴える皇女を、スザクは無理矢理バックヤードに引き込んだ。肩には素早くライの体を担ぎ上げている。

「マリーカさんも、早く!」

茫然自失のマリーカは、ロロが手を引く。そのまま会場を抜け、逃げ込んだ先は特派のトレーラーである。ランスロットやウラノスがあるここなら、たとえ暴徒に襲われようが撃退できる。

 

「マリーカ、どういうことですか!!!」

ユフィがここまでの怒号を発したことは、過去にない。その怒気を正面から受けたマリーカは真っ青な顔で、しかし「わからない」と繰り返す。

「…違う」

スザクに担がれたままのライが、弱いながらも声を出した。慌ててスザクが傷を確認するが、出血はない。

 

『防弾繊維にしておいた方がいいわよ』

姿を消す直前、ネージュはそう言い残した。この展開をわかっていたなと、少しばかり恨めしく思う。こうした方が面白い、だが死なれては困る。そう判断した上でのアドバイスだったのだ。

使われたのは小型銃。防弾繊維は銃弾を止めたものの、衝撃までは消せない。脇下の筋肉が薄い箇所の肋骨を折り、一時的に呼吸を麻痺させ意識を飛ばすには充分だった。

 

「……これは、ゼロの策謀だ」

呼吸のたび、鈍痛に襲われる。それをこらえて、ライは断言した。

 




バトレー退場。そして生きていたV.V.。ネージュ、V.V.、シャルルの関係も、これで決着となります。

一方、特区成立の式典ではルルーシュがやらかしました。ギアスの知識がある相手だと知らなかったのが彼の不幸です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。