第90話
【プロローグ】
死の淵にいた真姫は、息を吹き返して蒼一のもとに戻った。
2人はその場で抱き締め合い、擦れ違いをし続けてきてようやく見つけることができた再会を噛み締めていた。
互いに、擦れた声で泣き……乾いた瞳からありったけの涙を流し続けた―――――
こうして廻り会えた奇跡を感じながら―――――――
その後、蒼一たちは部屋から出て、真姫は結樹さんたちに任せられた。
真姫は、そのまま検査のために入院することとなったのだが……これが不思議なことに、脱水症状くらいしか異常が見られず、数日で退院することとなったのだ。
その間、蒼一は入院中の真姫に会って、今ある真実をすべて話した。 もちろん、背中の傷のことも含めてだ。 それを聞き、見た真姫は、また泣きだしては蒼一に慰められるということをしていた。
ただ、それは悲しみの涙ではなく、喜びに満ちあふれた涙だった―――――
そして、真姫は退院する――――。
彼女は今、今度行われるライブに向けて練習を積み重ねているのだ。
周囲は心配するものの、彼女は必死になって体を動かし続ける。 休んでしまった分を取り戻そうとしているだけではない、前向きに、ただ真っ直ぐに突き進んで行こうとする姿勢が表れているのだ。
だからそう…彼女の表情はとても輝いて見えたのだ―――――
―
――
―――
――――
真姫が元に戻って本当によかったと心から思っている。
だってさ、まさか真姫が7年前に助けた女の子だったからさ、助けたのに死んでしまっては元もこうもない。 それに、俺は真姫をμ’sの大切な仲間であり、友でもあるのだ。 絶対に死なせるわけにはいかなかったのさ………
しかし、今回の件で俺は、俺自身が持っている“能力”について考えさせられたのかもしれない。
【
これは、エリチカを助ける時や今回のドアを壊そうとした時に使ったものだ。
力を一部に集中させ、一気に解放させる―――!
未だにコントロールしにくいところはあるが、これがなければ今の俺は存在していなかったと言える。
そして、もう一つの“能力”―――“
これはあの子――小さい真姫から渡された“運命のかけら”を体内に宿した時にようやく理解することができた。 俺はあのかけらを手にすることで、初めて特定の誰かの運命を変えることができるようなのだ。
ただし、これは俺自身が切望したことのみでしか効果は発揮されないようだ。 それに俺にとっても仕様もない願いでも動いてはくれないようだ。 もっと、大きなことを切望しなくてはならないようだ……!
―――とまあ、これの2つの能力によってエリチカと真姫を救うことができたのだから、結果としては問題ないと言えるだろう。 こうして、次のライブに向けて励もうとするみんなの姿を見ながら、俺は平穏な日常を過ごすことができた――――――はずだった。
ん? 何が言いたいのかって? まずは、これまでの流れをおさらいしようか。
1つ.真姫が助かり、命にも体にも異常がなく、現在こうして元気に練習している。
2つ.次のライブに向かってみんなの意識が向上している。
3つ.平穏な日常を取り戻ることができた――――はずだった。
という感じだ。
何? 3つ目の内容が何か変だって?
ああ、変だよ! 問題があるんだよ!! 平穏な日常は無くなっちまってたんだよ!!!!
それはだな…………
「蒼一♪ あと、もう少しで出来るわよ~♪」
………俺の家に、真姫がやって来ているんですけどぉぉ!!!?
[ 宗方家・リビング ]←ここ重要
読者の諸君は、お前、何を言っていやがるんだ?…的なことを思っているかもしれないだろう……安心しろ、俺もそう思っているから!!! というか、状況を一番理解できていないのが俺なんだよ!!!
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事の発端は―――真姫が入院先から退院することとなっていた当日のことだ。
俺はいつもながら見舞いのために来院したわけなのだが、その時、病院長―――真姫の父親である結樹さんに呼び止められて別室で話すこととなったのだ。 その場には、母親である美華さんの姿もあった。 この2人のことなのだから大方、真姫の話なんだろうなぁ…なんて思いながら話を聞いていたのだが、ところがどっこい、まさかの展開が俺に迫られていた―――いや違った、確定されていたのだ。
『真姫を少しの間だけ、預かってもらえないだろうか?』
『ふぁい!!!?』
結樹さんからの言葉を聞いた時、あまりにも訳の分からなかったために、素っ頓狂な声を発してしまった。
真姫を預かる……? えーっと………それはつまり………何だ? 一体何が起こるって言うんだ? ……何となくわかるけど………何が起こるんだぁ!!!?
『少しと言っても実際には、10日間以上はお願いしたいと思っているのだが……どうだろうか?』
『いやいやいや、そうじゃないですよね? それ以上に重要なことがありますよね?』
『あぁ~、あんしんして蒼一君。 真姫の着替えとかは、ちゃんと用意しておきますよ♪』
『美華さん……違う、そうじゃない。 俺が言いたいのはそういうことじゃないです……』
『ああ!! そうだったね、忘れるところだった』
『ようやく分かってもらえましたか……!』
『真姫はああ見えてもわがままだからね……それなりの資金もそちらに送らせてもらうよ』
『ちっがぁぁぁぁぁう!!!! そうじゃないでしょぉぉぉ!!!?』
『あっはっはっは!! 冗談だよ冗談!!』
『本気にしか聞こえんのですが………』
結樹さんと美華さん揃って大笑いしているけど、これって笑えん話ですよ………なんせ、年頃の娘を他人である俺に何日間も預けるってことをするだなんてありえない話だからだ。 それにだ、俺は男なんだぜ? そんないろんな面において問題が発生しそうな事案をまさかの向こう側から提案してこようとは………
うわぁ……考えただけで汗が噴き出す……ッ!!!
『まあまあ、冗談はこれくらいにしてだね………先日の一件で、真姫の部屋がかなり傷んでしまってね、直さなければならないのだよ』
『あー……扉とか窓とかですか………?』
『まあ、それも含めて所々がね………それで修復作業にそのくらいの時間がかかってしまうのだよ』
『そうなんですか………ですが、そのくらいの話ならば別の部屋を使えばよいのではないのですか? この前、伺った時には空き部屋がいくつかあったように見えましたが……?』
『ふむ、よく見ていたね。 確かにそうなのだが…………この話は表向きのことだ』
『表向き……? それはどういうことですか?』
『うむ、今回の話の心髄は今から話すことだ……いいかね?』
『え、ええ……構いません………!』
2人がえらく真剣な表情に切り替わると、さっきまでの冗談を含ませた表情が嘘のように思えてくる。 その姿を見て、俺もようやく気を引き締めた状態で話を聞く姿勢になる。
その時、結樹さんの口からとんでもないことを聞かされることになる―――――
『真姫は……「PTSD」に侵されているのだ』
『「PTSD」!!?』
「PTSD」…心的外傷後ストレス障害の略で、過去に起こった事故などによる強い精神的衝撃により、時間が経過しても苦痛やトラウマとなって被害者に襲いかかる精神障害のことだ。 戦争や天災による被害で被る人が多いと聞いていたものだが、まさかそれが真姫の身に起こっているとは思いもよらなかった…………
結樹さんは話を続けた。
『蒼一君は、あの時、真姫があの事故のことをずっと覚えていたことを知っていたよね? あれがトラウマとなり現在に至るまでそれを何度も発症し続けていたのだ』
『ということは、今回の一件の過程はすべてそれが原因だったのだと……!?』
『つまりはそう言うことになる』
『私たちも真姫のあの症状が和らぐように努めていましたが、やはり完全に治すことができなかったのです』
『親であり、医療経験のあるお2人でも難しいことでしたか………』
『まったく、医者として恥ずかしいものだ……患者を救うことができないなんてな………』
『そう言わないでくださいよ。 お2人の力があって今の真姫がいるのですから、決して無駄なことではないですよ』
『……そう言われると、気が休まるよ………』
『それでね、蒼一君。 真姫をあなたのところに預けて様子を見ようかと思うのよ』
『……つまり、真姫のトラウマの原因となってしまった俺といることで、症状を完全に治すことができるかもしれないというわけですか?』
『………大まかに言えばそうなるわね』
『それで蒼一君に頼みたいのだ。 真姫のことをお願いしたいのだ……!』
『私からもお願いするわ。 どうか、真姫のことをお願いします』
重々しい言葉を語ると、2人は頭を垂れて俺に願い出てきたのだ。
異様な光景だ―――
日本屈指とも呼ばれるほどの規模を持つ西木野総合病院の院長とその夫人が、一介の大学生に頭を垂れてくるなど、ありえない話だ。 2人にも名誉と誇りはあるはず、なのに、それを地に伏せてまでもそうさせているのは、やはり唯一の愛娘のためなのだろう………これが親と言うものであるということを見せつけられたようだ。
一度、たじろいでしまった俺だが、これを無下に断ることはできないと思い、決意することとなった。
『わかりました………どこまでお力になれるか分かりませんが、娘さんを―――真姫を任せてください!』
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……とまあ、そんなことがあって、数日前から真姫は俺と一緒に暮らすことになったわけなのだが………現実と言うものは、想像以上に恐ろしいものだと実感させられるようになったよ………
家やって来た時、出会い頭に抱きついて来ては、すぐに放してくれないし、どこに行こうとしても一緒について来るし、風呂に入ろうとしたら一緒に入って来ようとするし、挙句の果てには、夜の就寝の際に俺の布団の中に忍び込んでは、朝起きた時に一緒に寝ていましたという事案まで起こるという始末だ。
つまり、何が言いたいのか………そう、あのツンデレ真姫から“ツン”だけが失われてしまったのだ!!! 待ってよ!! “ツン”が無くなったらただの“デレ”じゃん!! “デレ”しかないだなんって……そんなの………そんなのって……………吐血待ったなs…ごふぅ!!?
…………ゆ、輸血ゥ……………
鉄分が足りなくなる日々が始まりそうな予感がする……………
「え~っと……これはどう切ればいいのかしら……?」
……んで、その真姫はキッチンに立って朝飯の準備をしているわけなのだが……自分だけでやりたいということでこちらは何もしていないのだが、とても危なっかしいです………今だって、トマトを切ろうとしているけど、包丁の持ち方が…………ああ!! やっぱ見ていられん!!!!
「…ッ!? 蒼一!」
俺は真姫の後ろに立ち、その両手を持って補助に入った。
「ほら、こうして補助してやるからちゃんとやれよ?」
「う、うん………/////////」
……と言ったようなことがこれから先も続くというのだろうなと、確信してしまうとともに、こちらの身の危険についても考えなければいけにと感じるのであった………
結樹さんに、輸血パック送ってもらおうかな………?
ちなみに、
……って、おい!!!
―
――
―――
――――
―――数日後
[ 某街の広場 ]
本日、俺たちμ'sが出演することとなった街のイベントが開催される。
この日のために努力してきたことが報われる瞬間だ。 みんな気を引き締めて頑張ってもらいたいものだ。
「おーい、兄弟!! こっちの準備が整ってきたぞー!!!」
ライブの機材や照明器具などの最終確認を終えた明弘はこちらにやって来ては俺の様子を伺ってきた。 とは言っても、今回は俺が主導しているわけでもないので、一々確認するために来る必要は無いと思うのだが、こうして律儀に来てくれているわけだ。
「機材の方は大丈夫なんだな?」
「応よ! 何てったって師匠の店から搬入させた機材なんだぜ! そこいらのモンとは格がちげぇ……グレートですよ、コイツァ!!」
「ソイツはよかった。 アイツらの方も準備は整ったようだし、すぐに出て行かせられるぞ?」
「へっへっへ……始まるのが楽しみだぜぇ~!」
目をギラリと輝かせて辺り全体を見回すコイツの姿はある意味でも怖い。 また、女性を観察しているんじゃないのかと思っていたが、案の定、このイベントに参加する他の出演者たちの方に視線を注ぎ続けていたようだ。 まったく、飽きないヤツだなぁ…………
「そいでよ、兄弟。 今回やろうとしている
「ああ、準備は整えてある。 アイツらも納得しているしよ。 それに、当の本人もそれを望んでいるのさ」
「あい分かった。 そんじゃ、ぼちぼち頑張りますかぁ~」
そう言って体を上に向かって伸ばしながら明弘は、配置場所に戻っていった。
元々、2曲しかやらない予定だったのだが、俺の提案で運営に無理矢理話を通させたものだ。 当初、このことを言い出したのは
それが彼女の気持ちなのだから―――――
「―――さて、俺もそろそろアイツらのところに行って激でも飛ばしに行きますか!」
俺はそのまま、アイツらがいる控室の方に向かって行ったのだった。
―
――
―――
――――
(~~~~♪~~~~~~♪~~~~♪…………………)
(パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!!!!!!)
(ワァ――――――――――――――――――!!!!!!!!!)
1曲、2曲と間を挿みながらのライブに会場から大きな拍手と歓声が湧き上がっていた。
1曲目の『僕らのLIFE 君とのLIVE』は、オープンキャンパスにやったのと同じ衣装と演出でお披露目することができた。 あの時は観客が限られていたが、今回はそういった規制もなく、より多くの人が見ることができるようにした。
次の2曲目は、『きっと青春が聞こえる』だ。
これは最近になって作り上げた新作、今日の日のために作り上げたものだ。 更なる躍進を狙って、こうしたライブで初披露させるやり方を取っているのだ。 ライブでしか味わえない特別感を観客には噛み締めてもらいたかったのだ。
結果、どちらも大盛況で何よりだった。
『みなさーん!! 2曲続けて聞いてもらいありがとうございまーす!!!』
マイクを手にした穂乃果が観客に向けて言葉を送ると、それに応えるかのように歓声が湧き上がったのだった。 初めてのMCを任せてみたのだが、なかなか良好だと思われる。 さっきも話していたのだが、問題なくこなしているので、今後も任せてみてもいいのではないかと考えていた。
『さて、次で最後となりましたが………この1曲を歌うのは私たちじゃありません!』
穂乃果のその一言で会場中がざわめき始める。
最後の一曲があるのに、穂乃果たちが歌わないとはどういうことなのか? そうした疑問が湧き起こっても仕方がなかった。 というか、穂乃果の言い方に問題があるだけなのだがな……………
『穂乃果ちゃん、確かに私たちは歌わないけど……全員が歌わないわけじゃないんだよ?』
『そうよ、穂乃果。 それじゃあ、ただ曲を流しているだけじゃないの』
穂乃果の言葉に疑問を持ったことりとエリチカがフォローに入って、その間違いを正した。
『あはは……そうだったねー……失敗失敗☆』
お茶目に受け答える穂乃果に少しだけ笑いが飛び交った。 そして、言い直すように言葉を続けた。
『あのね、歌うのは確かに私たちじゃないんだけど……ここにいるメンバーの1人が歌ってくれるのです! それじゃあ、早速お願いしようかな?』
そう言うと、会場の裏方たちがステージ上に電子ピアノとイスを設置させた。
一体何が始まろうとしているのかと、思考が飛び交う中、そのイスに彼女が座った……
『3曲目は、私たちμ'sの楽曲を作ってくれている西木野 真姫ちゃんに、このピアノで弾き語りをしてくれるんだよ! すごいでしょ!!』
それを聞いた観客たちは大盛況だ。 この日一番の盛り上がりを見せてくれた。
『今から真姫ちゃんが弾いてくれる曲はね、私が初めて真姫ちゃんに会った時に聞いた曲なんだ。 それがとっても綺麗でね、すごい!って思ったんだ! それで作曲を頼もうとしたんだけど、始めは断られちゃった。 でも、こうして真姫ちゃんは私たちのために、みんなのために曲を作ってくれてる。 本当に感謝しているの……』
真姫は穂乃果の言葉を聞くと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていたが、とても嬉しそうな表情をしていた。
『……それでは、真姫ちゃんお願いね』
そう言って、真姫にマイクが渡される。 そして、一言だけ語った。
『ここにいる人に、聴いてくれている人のために歌います……『愛してるばんざーい!』』
語り終えると、鍵盤に両手を置き弾き始めた。
(~~♪~~~~♫~~~~~♪)
あの時と同じ、滑らかなタッチで弾き始めた。
とても柔らかく何かをやさしく包み込ませるような音色が会場中に響き渡る。
その音色に会場中は静かに耳を傾け始める。
その様子を見ている真姫の両親もまた、愛娘が聴かせてくれる歌を黙って聴いていた。
そして……
[愛してるばんざーい! ここでよかった♪
私たちの今がここにある♪
愛してるばんざーい! はじまったばかり♪
明日もよろしくね まだゴールじゃない♪――――――]
もう以前のように悲しそうな表情で弾き語っていた姿は無かった。
喜びに満ちあふれ、くもりなき豊かな表情で歌い続けていた真姫は―――光り輝いていた。
―
――
―――
――――
[ 音ノ木坂学院・中庭 ]
日が暮れ出し、夕焼け空が一面をオレンジに染め上げていた―――――
イベントでのライブを成功した瞬間を見た後、俺はそのままこの場所に足を運んでいた。 どうしても、今会っておきたいなと思ったからだ。
緑一色に染まった桜の木が風に吹かれてさざめく――――木葉がパチパチと拍手するかのような音を立てる。
まるで、俺が来たのを歓迎しているようにも思える光景だ。
誰もいない子の中庭に、俺一人………寂しさを感じるような絵柄だが、この音と夕日が俺を高揚させてくれる。 そして、あの岩の前に立ち、手を置いた。
「よお、また来ちまったよ。 真姫」
髪を撫でるような仕草でその岩をやさしく触れた。
あの子のやさしそうな表情を思い浮かべながら触れていると、またあの無邪気な声が聞こえてくるような気がした―――――だが、今は聞こえない。 その時ではないようだ――――――
俺は愚痴をこぼすようにその岩に向かって話しかける。
「……キミのおかげで真姫は元気に過ごしているよ。 キミが真姫の中に入って、命を取り戻してくれたんだろう?
………ありがとう……感謝するよ。
一時はどうなるかと思った……俺の腕の中で真姫の鼓動が聞こえなくなった時、恐怖した―――この世の終わりみたいなね、恐怖だよ……取り戻すことができないと思ってた……もう会えないと思ってた。
………だが……ちゃんと戻って来てくれた。 何も変わらない元気な姿で俺のもとに戻って来てくれた……! これほどの喜びはなかった……最後まで諦めることなく抗い続けてよかったと思う。こうして、あのやさしい笑顔を見ることができたんだからな……!
けど、最近の真姫は、ちと活発すぎるというか…やんちゃと言うべきか……少し手こずっているところがあるな。 まったく、まるでキミがそのまま乗り移ったかのような性格だよ。
はぁ……これからの生活が大変で困る。 けど、俺はあの真姫も嫌いじゃない。 というか、ウチに来てくれてありがたいなとも思っているさ。 おかげで、毎日が楽しすぎて何とも言えねぇな。
そんでもって、キミのおねえちゃんのことは心配するな。 アイツが抱えている最後の重荷も俺が何とかしてやるさ。
……大丈夫、不可能なんてことは無いさ。 すべて、笑って解決してやんよ」
岩に触れていた手を放して、ズボンのポケットに突っ込ませる。
そこから小型レコーダーを取り出した。
「そういえば、キミに聴かせたいものがあるんだ。 キミが創った曲を俺なりにアレンジしたものだ。 聴いてみてくれ―――――」
(ピッ)
そう言うと、俺はレコーダーの再生ボタンを押した。
あの時、音楽室で出会った時に聴いたあの曲だ―――――――
(~~♪~~~~♫~~~~~♪~~~~♪~~~~~~♫)
―
――
―――
――――
(ピッ)
すべてを流し終えると、レコーダーをポケットの中に仕舞った。
「どうだったかな………?」
岩に問いかけてみるが、反応は無かった。
ただ、さっきと同じように木葉がさざめいた。 その賑やかな音を聴くと、喜んでいるんだなと感じていた。
再び、風が吹き抜ける――――――――
『いい曲だね、おにいちゃん――――』
「ふっ、当然だろ? 俺が編集を掛けたんだ、いい曲に決まっているだろ?」
『うん! そうだね―――――!!』
「キミはずっとここにいるつもりかい?」
『そうだね……いつもはおねえちゃんと一緒にいるけど、おにいちゃんに会いたい時はこっちにいるようにするよ――――』
「そうか……なら、また会いにくるよ」
『うん! 楽しみにしてるよ―――――!』
風が吹き止む―――――――
同時に、さっきまで聞こえていた声もどこかへ消えてしまった。
「あの子は確かにここにいるんだな………」
そう思うと、また嬉しい気持ちになった。
「――蒼一……?」
背中から声が聞こえる。
振り返ると、そこに立っていたのは現在の真姫だ。
「どうした? みんなのところに行かなかったのか?」
「行ったわよ。 それで全部が終わったからこっちに来たのよ」
「そうだったか……どうだった? 初めてのソロライブは?」
「うふふ♪ すごくドキドキしちゃったけど、楽しかったわ! こんなに嬉しい気持ちでピアノを弾いたのは初めてかも……!」
「そうか、それはよかったな」
満面の笑みで応える真姫に、俺も喜ばしく応えた。
「ねえ、蒼一。 私ね、ずっと前にこの岩に蒼一の容態がよくなりますようにってお願いしたことがあるんだ……あっ、もしかして、もう知ってる?」
「……あぁ、もう1人の真姫からもう聞いているさ」
「そっか……私ね、ついこの間までこのことを忘れていたんだ……というよりも、あの日のことのほとんどを忘れていたみたいなの。 すべて嫌な記憶だってことで忘却してしまってたんだね。 でも、ようやく思い出したの……私が忘れていたすべての記憶と―――――この想いを―――――」
そう言って、真姫は1歩だけ俺に近づいた。
「蒼一………聴いて――――――」
真姫の真剣な表情に、俺の瞳は惹きこまれる――――胸が高まり始める。
息苦しくなるこの気持ちが俺を縛りつけようとするが、不思議に苦痛を感じない。 すでに、何かを割りきったような気持ちが最優先して、俺を後押ししていた。
俺は真姫の言葉を聴こうと、こころを傾ける―――――
「――――だいすき―――私は、蒼一のことがだいすきなの――――!!!」
「――――ッ!!!!!」
――――刹那、突然の告白に頭が真っ白になる。
今にも泣き出しそうな表情を向けてくる真姫にすべてを持って行かれそうになる。
だが、途中のところで踏み止まった。
俺の中にあるもう一つの感情が止めたのだ。
俺は、一度目を閉じて心を落ち着かせる――――そして、開いて語った。
「真姫………俺は――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――
―――――だから、今は応えられない……すまん」
この言葉を耳にした真姫の顔から涙が一滴零れ落ちた。
それが何を意味したのか、俺には分かる――――だが、思いたくはないことだ。
「そう………」
覇気を失い、弱々しくその二言だけを語った―――――だが―――――
「待ってる……蒼一がどんな選択をするのか分からないけど……私は待ってる………! そしてきっと、あなたを振り向かせてあげる―――――!!!」
決意に満ちたその表情が、今の真姫の強さを示していた。
そんな表情を見て、俺は心の底から安心した――そして、思った「応えなくてはな…」と。
「蒼一……最後に……最後にだけ、お願いをしてもいい―――?」
俺はそれに二言だけ「あぁ…」と答えた――――すると―――――!
「―――――んっ!!」
――――唇が重なり合う
光が駆け抜けるような一瞬の出来事だった――――だが、その一瞬だけ刻が凍りつくように止まり永遠の時間を過ごしたかのような一時を胸に刻み込ませた。
唇が離れ、体と体に間隔が生まれそうになると、無意識に引き寄せて抱きしめていた。 何故そうなったのか何て俺に聞かれても答えられない。 ただ、こころがそうしろと言わんがばかりに反応し、体が動いたのだ。
真姫は驚いた表情を見せていたが、次第に和らぎ全身の力を俺に預けていたようだ。
多分……いや、多分でいいのだろう……俺はその一瞬を求めていたのだろう―――そう思ったのだ。
―
――
―――
――――
時刻は5時前―――――
今日も俺の朝は早い―――――
μ’sのために働き始めてからずっとこの時間帯に起きては、朝練習に行こうとする。
体はだるく感じるが、そんな寝言を言うつもりはない。 俺たちには時間がない。 一瞬でも、それが力になるというのであればそれを使い尽くしたい、そんな思いだ。
着替えを済ませて玄関を出ようとする―――――――
「待って、蒼一!!」
俺を追いかけるように部屋から出てくる真姫も着替えを済ませて玄関に立つ。
「少し遅いぞ? 寝坊でもしたのか?」
「そ、そんなわけないわよ………」
「嘘をつくなよ、髪がボサボサだぞ?」
「あっ……!」
「まったく……ほら、そこに座っておきな。 今から解かしてやるからさ」
「う、うん………」
玄関に置いてある真姫のヘアブラシを手にして、柔らかな髪を整え始める。
日常の1ページとなったこのやりとりは、もう当たり前の光景となっていた。
「ほら、できたぞ」
「うふふ♪ ありがとう、蒼一♪」
何とも嬉しそうな表情で応える真姫は、立ちあがっては俺より先に外に出て行った。
「置いて行くわよ、蒼一!!」
その様子を見て少し呆れてしまう俺だが、どうしても許してしまいたくなってしまうのは、あの魅力的な笑顔のせいなのだろう。 そんな魔法にかかってしまう俺も俺なのだが……仕方なく受け止めている。
玄関の戸を閉めて、走り始める。
先を走る真姫には、すぐに追いつくことができた。
「さて……今日は何を作ろうかな……?」
「ねぇ、また私が作ってあげようかしら?」
「危なっかしいので、却下します」
「そ、そんなぁ………」
「……はぁ……仕方ないな、俺の横で手伝ってくれ。 目玉焼きでも作ってもらおうかな?」
「いいわ♪ 任せて頂戴、すぐに作っちゃうんだから♪」
「……真っ黒にするんじゃないぞ?」
「わ、わかってるわよ!!!」
「ふふっ……あっはっはっはっは!!!!」
青空の下で木魂する笑い声―――――
屈託のない笑いだからこそ響き渡る―――――
今日も風が吹き荒れ、夏の日差しがジリジリと照り付けるだろう―――――――
だが、そんな天の下で俺たちは笑いながら今日一日を過ごしていくのだ―――――――
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
新編・『哀しき幻想紅姫 Ⅱ ~for Answer~』第12話
無事に最終話を迎えることができました。
かなりのペースで書き続けた今回のお話はどうだったでしょうか?
自分でも、納得のいく終わり方を見つけられたと感じています。
今回の話は、
『哀しき幻想紅姫 Ⅰ ~真姫編~』
の延長線のような気持ちで書かせていただきました。
題名通り、真姫が長い間、幻を見続けて哀しき想いをしながら現在に至る。
そんな彼女への本当の真実を伝えるためのお話として、『for Answer』とさせてもらったわけです。
この一件で、真姫は大きく変わります。
彼女を取り巻いていたものがすべて取り除かれ、自分を解放するようになります。まあ、今回の話を見てて分かると思いますが、今後の真姫はあんな感じで登場させていこうかと思っております。
また、蒼一も成長しました。
自分を追い詰めていたのは、蒼一もそうです。真姫のことで自分を追い込ませて真姫と同じようになるのでは……?と思わせるところもありました。
しかし、それを払い除けてくれる周りの存在が彼の支えとなったわけです。
今後もこうした関係が彼をもっと成長させていくことでしょう。
これまでの話で、読者が不快に思うような要素が多々あったことは否めないです。
申し訳ない気持ちがありますが、こうした要素があって自分の作品は成り立っているということを覚えて頂きたいと思います。
今後も、今回のような話があると思いますが、よろしくお願いします。
今回の曲は、
TVゲーム『テイルズ オブ エクシリア2』より
浜崎あゆみ/Song 4 u (Orchestra version)
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない