【プロローグ………】
「うぐっ………!!! がっ……………!!!!! はっ……………!!!…………あっ…………あぅあっ……………!!
………はぁ…………はぁ………………!!!」
彼女に異変が訪れたのは、彼がやってくる1時間も前のことだった。
急に胸が苦しくなりはじめ、やっとの思いで息をするほど彼女の容態は悪化した。 ベッドに敷かれた布団にしがみつき、苦しみを少しでも和らげようとするも消えることはない。 むしろ、段々彼女を追いこむように何かが胸を締め付けようとする。
次第に、体中に酸素が行き渡らなくなり、視界が曇り始める。
仰向けになってもがく彼女の上に何かがいるのを見つけると、彼女は何かを悟ったかのように、もがくのを止めた。
「………そう……あなただったのね………………」
そう言うと、彼女は近くに置いてあった携帯を手にして電話をする。
彼女のことをこの上なく愛する者への最後のメッセージを残すために――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――
――
―
話し終えると、彼女は携帯から手を放す。
そして、彼女は彼女を見ている者―――――死神に話す。
「…………ごめんなさい…………私のせいで、あなたが死んでしまうだなんて…………
ごめんなさい………ほんとうに………ごめんなさい………………」
彼女がそう言い終えると、――死神――は彼女の息を止めるように首を絞めつけはじめる。
「うぐっ……………!」
苦しみ続けるも、それから抗おうとはまったくしない。
彼女はすでに、受け入れてしまっていたのだ―――――自らに降りかかる死を―――――――
意識がもうろうとし始める。
酸素が薄くなりはじめたからだろうか?
いや、ヤツが彼女の生気を吸い取っているのだ。
じわじわと、手招きをするように彼女をあちらの世界へと誘おうとする。
彼女は―――力を失い、気を失う――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――
――
―
「――――――!――――――――!!」
彼女を呼ぶ声が聞こえる―――――――
その声を耳にすると、何とも懐かしく……そして、心が穏やかになるような気持ちになる。
わずかに開く目蓋を開けると、そこには彼女を抱きかかえる彼の姿があった。
「真姫か…………! 俺がわかるか…………!?」
彼の声が体中に響き渡る―――――――
不思議な気持ちだった―――――
こんな私を……生きている価値なんてもうない私なのに……
彼は……蒼一は、私のために泣いている………………顔に当たる涙が気持ちいい……
それで顔が潤うみたい…………
私を抱き締める腕があたたかい……………冷えた体に沁み渡る…………
……………そして………………
「…………そういち…………」
彼に向ってその手が伸びる。
その手を引き寄せるかのように、彼はその手を掴み、自分の頬に当てた。
…………やさしい顔…………私は………何度その顔に助けられたことだろう………
………今回もまた………蒼一に助けられた気がするわ……………
ありがとう………………これで………心置きなく行くことができるわ………
……でも…………最後に………………最後にだけ………あなたに言いたい………………
「――――――ゴメン―――――――――」
――――――――そして、ありがとう――――――――――――
―
――
―――
――――
「真姫…………? 真姫……………??
………おい………返事をしてくれよ……………なあ………冗談だよな…………?
俺を……騙しているんだよな………? 驚かそうとしているんだな……………?
そうなんだろう…………?
真姫…………?」
彼の手の中で静かに眠る彼女には、その声は届かない―――――
冷たく、力が抜けたその体をやさしく抱きよせる―――――
現実に起こってしまっていることに、彼は拒絶反応を起こす――――――
「嘘だ……………嘘だ…………嘘だ……嘘だ……嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそだ……………………嘘だあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
彼の底知れぬ絶望と悲痛な気持ちが入り混じったような叫びが空気を震わせる。
悲哀に満ちたその声を聴くだけで、誰もが胸を張り裂かれるような気持ちになるだろう。
辛い――――――
ただ、辛すぎた―――――――
彼の眼から流れる涙が、彼女の顔だけでなく乱れた髪をも濡らす。
乾いた肌に潤いが戻っていくが、今となってはそれが何の意味を果たしてくれるだろうか?
眠りについてしまった彼女への最後の手向けとなるのか?
否――――断じて否である。
――――――死者には無意味の産物である。
彼が放つ言葉も、叫びも、悲痛も、後悔も、哀傷も、悲嘆も―――――――
それら何もかもが、彼女にとっては無意味だったのだ。
―――――なぜなら彼女は、目覚めないのだから――――――――
彼は彼女の落ちた手を握り締める。
白くやせ細ったその手は、指の先まで美しかった。 この繊細な指からいくつもの曲を生み出してきた。
彼と共に作った曲があった。
思考錯誤を織り交ぜながらも2人にとって最高のものを作りだそうとしたあの日々を彼は思い返す。 次のライブでお披露目しようとしていた曲だ。 絶対の自信を持って彼に渡してきたあの曲は、本当に素晴らしいものだった。
必ずいいものになるだろうと誰もがそう思っていた。
――――だが、この手から生気は失われていた。
彼女の曲をもう二度と聴くことはできないだろう―――――――
彼女はもうここにはいないのだから―――――――――――
―
――
―――
――――
一体どれだけ謝ればいいのだろうか―――――?
どれだけ謝れば、真姫は戻って来てくれるのだろうか――――――?
俺は真姫を助けるためにここまで来たはずだった………
だが、現実はそうじゃなかった………なぜなら、俺のこの腕の中に彼女の亡骸があるのだから………
どうしてこうなってしまったのだろうか?
一体どこで間違えてしまったのだろうか……?
俺は全力を尽くしたはずだった……最善を尽くしたはずだった………出来ることは何でもやった………乗り越えるものはいくつも乗り越えてきた………!
なのに―――――!!
なのに、何故……!! 現実は非情なのだろうか――――
彼女が一体何をしたというのか?
彼女は何も悪くないのだ……
彼女はただ思い違いをしていただけなんだ………
人を殺めたという罪など犯してはいないのだ……
彼女はそう思い込んでいただけなんだ………
なのに、それが彼女の罪なのか……!? 彼女に与えられた罪なのか……!?
そして、その罪の報酬がこれか?!
死か!!?
それはあまりにも………あまりにも残酷すぎる……………
この心臓を深くえぐられるようなこの気持ちをどこに吐かせればいいのか――――――?
ただひたすらに、嘆くことでしか気持ちを静めさせることはできないのか――――――?
正しい方法など、見つかるわけもなかった―――――――――
もし――――
もし、願いが1つだけ叶えられるとしたら………
この少女を………真姫を生き返らせてくれ………!!
対価は払ってやる……!! 俺の体が望みならくれてやる……!!
なんなら、俺の命を払ってやる……!!
それで真姫が戻ってくるのならば………俺は………望みどおりのことしてやる………!!
だから―――――
だから還してくれ―――――――
「俺の大切なものを還してくれえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
《では、抗え………少年》
…………!! お前は………!!
《手を差し伸べよ、少年。 その手に何を望むか?》
…………変えるんだ………この狂った運命を………!!
誰かが死ぬ運命なんて真っ平御免だ……!! 俺の命を掛けてまでも護った、この小さき命をまた花開かせるんだ………!!
そして、共に歩むんだ………輝かしい未来へと続くその道を………!!
2人で…………いや、みんなで歩んでいくんだ………!!!!
《ならば、思え………共に歩むその運命を………抗いし変えよ、自らが背負ってきた過去を変えよ………そして、見よ………すべてが新しくなるその日を……………》
………俺たちはいつも一緒だ………どんなことが起ころうとも…………必ず俺が護ってみせる
…………もう悲しませない………もう死なせはしない…………俺のこの命を燃やしてでも………
俺の大切な友、西木野 真姫をこの手で救ってみせるんだあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
《その思い…………叶えたり……………!!!!》
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俺はまた、あの真っ白な世界の中にいた。 何1つないあの世界にただ1人だけ………
(すぅ―………)
すると、俺の体から赤い小さな光が出てくるのを感じ、それを目にした。
この光のことを俺はちゃんと覚えている――――真姫が俺に与えてくれたものだ。 それが今、俺の目の前に浮き、そして段々とその光が大きくなっていったのだ。
一瞬の赤い閃光が視界を眩しくさせた―――――
俺はそのあまりにも強い光に目を瞑らざるおえなかった。
そして、また開いてみると……そこには―――――――――
「真姫………!?」
『うふふ♪ また、会えたね。 おにいちゃん♪』
光となって消えてしまったはずの幼い頃の姿をした真姫がそこに立っていた。
「どうして………ここに…………?」
『おにいちゃんが私のことを必要としているから来ちゃったの♪』
「俺が……? いや、俺はそんなことは………」
『ううん、おにいちゃんは私を必要としているよ。 だって、お願いしたんでしょ?』
「お願いって……?」
『“西木野 真姫をこの手で救ってみせる”……って言ってたよね? きゃー♪ それを聞いて私とぉ~っても嬉しかったわ♪』
「う、うん……そうあらためて聞かされると、変な感じはするな…………だが、これは俺の本心だ。 どんなことをしてでも、必ず救って見せるんだ!」
『うん。 だからね、私はおにいちゃんに“運命のかけら”を渡したの。 これがあれば、どんなことでも乗り越えられる……おねえちゃんだって助けることができるよ………!』
「“運命のかけら”が……? あの小さな光を………? ………まさか、エリチカの時のように使うってことなのか!?」
『ピンポンピンポーン! せいか~い♪ そうだよ、あの時のように包み込んで願ってね。 そうすれば、どうしたらいいのかをわかるようになるよ!』
「包み込むって……それより、あの光はどこに……?」
『うふふ………私よ♪』
「えっ……? 何を言っているんだ? キミがその光だなんて………」
『信じられない? うふふ……それじゃあ、証拠を見せるね!』
そう言うと、この子の体が透き通るように透明になっていった。 透明になったこの子を見てみると、心臓がある所にさっきの小さな赤い光があった。
それを確認し終えると、透明だった姿から元の状態に戻った。
『うふふ♪ これでわかったでしょ? 私がそうなんだって!』
「いやぁ……まさか本当にそうだっただなんて………」
『えっへん! 私がその“運命のかけら”だったのです!』
腰に手を当てて、自信満々にそう話をするこの子はとても誇らしそうな表情をしていた。
「いや待て……包み込むって言ってもどうやるんだ? そんな状態じゃ、無理だろ?」
『そんなことないよ、ほら♪』
そう言うと、この子は両手を広げた。 何かを待ち構えるかのようなその姿に、何をしようとしているのかを察することができた。
「まさか……抱きしめろってことか?」
『そう言うこと♪ さあ、おにいちゃん。 私をまたぎゅぅ~~~って抱きしめて!』
「だが、そうしたら真姫が消えてしまうんじゃないのか?!」
『そうだね……また消えちゃうかもね………でもね、私はそれでいいの。 おねえちゃんがそれで助かればいいと思うし、そうしたらおにいちゃんだって喜ぶんだし……』
「そんな……!? 真姫を助けてもキミが消えるだなんて………そんなの悲しすぎないか……!」
『ううん、違うよ。 私はおねえちゃんの中に戻るだけ。 離れ離れだったのが、また1つになるだけだよ。 だから安心して、おねえちゃんを救ってよ。 そしたら、あの桜の木の下でお話ししよ。 私、待ってるから……♪』
「真姫…………」
『私の……
「!!?」
俺は気持ちをグッと押し殺す。
ここで目の前にいるこの子が消えるのを止めてしまえば―――俺が願うことを拒んでしまえば、現実の真姫は助かることはない…………
俺が願うことをすれば、現実の真姫は助かる……だが、目の前にいるこの子には、もう会えないだろう……そんな気がするのだ…………
何かを得るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない……それが等価交換―――――
躊躇うな………俺はこの子と約束をしたんだ………必ず、真姫を助けると………!
だから……俺は前に進むんだ……!!
俺は真姫を抱きしめる――――
光をこの手で包むように、やさしく…やさしく抱きしめた―――――
『おにいちゃん……お願いをして………!』
その声を聞いて、願う…………………
「俺の大切な友…………西木野 真姫を救う力をこの俺に与えろぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
願いを込めて強く抱きしめると、この子の体がまた光りはじめる。 俺の前から消えようとしていた…………
『うん。 それでいいんだよ…………それでいいの………………』
この子は、落ち着いた声で俺の体をさすった。 心を落ち着かせてくれるとともに、頑張れという気持ちを受け取ったのだ。
『おにいちゃん………おねえちゃんはちょっと眠っているだけなの。 だから、こうやって起こしてあげて――――――』
この子はその顔を俺に近付けると――――――――――――
「――――――んっ!?」
―――――――――唇を重ね合わせた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
だが、我に戻るとこの子の顔が目の前にあり、接吻した状態を続けている現実を再確認させられたのだ。 何故、急にそんなことをしたのか理解することができなかった。 しかし、唇を通して、俺の中に何かが入っていくのを感じた。
真姫のもう一つの
これが一体何を示しているのか………おおよその見当はついた。
『――――ぷはぁ……! えへへ♪ 初めてのキスをあげちゃった♪』
「………俺だって初めてだったんだけどな………………他に方法はなかったのか?」
『あったけど………こっちの方がロマンチックでしょ?』
「………人のメンタルのことを少しでも考えてもらいたいものだ………だが…………」
『???』
「ありがとうな………これで、真姫を救うことができそうだ………」
『うん………おにいちゃんの役に立ててうれしいよ…………』
そう言い終えると、俺の体から離れる。 もう御別れの時間が来てしまったらしい………
この子の体が透明になり、消えかかったのだ。
胸元には、もう小さな赤い光は無かった―――――――
それはもう、俺のこの胸の中にあるのだから――――――――
『さようなら………おにいちゃん……………』
手を振って挨拶するこの子の目から涙が零れ落ちているのを見た。
それを見た俺は、咄嗟に言葉を発した―――――――――
「また、会おうな……! 今度はじっくり話して、遊んで、楽しもうじゃないか!!」
そんな言葉に、驚きの表情を見せたが、すぐに、笑い出しては涙をポロポロと流し始めた。
『もう………おにいちゃんったら………欲張りなんだから…………………』
そんな屈託のない笑顔を最後に、目の前が真っ白になったのだった――――――――
〈ジジ・・・ザ、ザ―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!〉
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―――――――目を開くと、俺の腕の中には、動かなくなった真姫が包まれるように収まっていた。
決して、満足したような表情をしていないこの顔に、一体どれくらいの涙を流し、叫んだことだろう。 それは測り知れないものだろう。
涙は泣きつかれたかのように出ることはなく、喉も擦れてしまうほど力を失っていた。
だが、心はまだ熱かった――――――
燃えたぎるような強い思いが、俺を覆っていた絶望が曇天の空に太陽が戻るように消え去っていた。 今、俺を突き動かしているのは、ただひたすらに真姫を救ってみせるという気持ちだった。
「真姫………」
冷たくなりかけている頬をなぞるように触れる。 まるで、眠っているかのようなその表情を見ていると、いまだに信じられないことだと思ってしまう。 これが現実なのだと知らされると悔やみきれない気持ちになる。
だが、俺はもう……絶望することはなかった―――――――
なぜなら……俺の中にもう1人の真姫がいるのだから――――――――
「今から元にいたところに還すからな…………」
抱えている体を抱きよせる。
その体を強く抱きしめると、その顔を見つめる。
俺は顔を近づけた―――――そして―――――――――――
―――――――――――唇を重ね合った。
《神は御自分の姿かたちに似せて、ちりを集められてかたどられた。 そこに息を吹きかけられたことで、それは人となった》
〈ジジ・・・ザ、ザ―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!〉
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
『哀しき幻想紅姫 Ⅱ』
第10話でした。
このような急な展開で申し訳ございません。
この話はあともう少しだけ続きますので、よろしくお願いします。
今回の曲は、
PCゲーム『Rewrite』より
やなぎなぎ/『偽らない君へ』
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない