蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第84話


静蔭

 

――

――― 

―――― 

 

[ 西木野家 ]

 

深夜未明―――――――

 

 

 部屋に籠り続けてきた彼女もこの時間帯になると、部屋から出て用事を済ませようとする。

 

 暗闇の中にいることが不得意であったはずの彼女も今回ばかりは、我慢するしかなかった。

 ただ、美華の慰めによって心が安定しているため、いつもより安心して行くことができたようだ。

 

 

 すべてを終えた彼女は部屋に辿り着くと、扉を閉めて布団の中に入り込む。 昨日と比べても良い気分で眠ることができそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ギィィィ………………)

 

 

 

 

 木製の扉が放つ独特の音が耳に入ってきた。

 扉の方を見てみると、この部屋の扉が少し開いているのが見えた。

 だが、この部屋に入ってくる時に戸締りはしっかりとしたはずだった。 それが何故、独りでに開いてしまったのかが不思議だった。

 

 

 

「ママなの…………?」

 

 

 

 彼女は昨日の同じ時間に自分の手を握って慰めてくれた母親のことを思い出した。 もしかしたら、今日も来てくれたのだと考えたらこの言葉が出てきたのだった。

 

 

 

「ママ………?」

 

 

 

 だが、一向に彼女のそばに来ようとしなかった。

 変に思った彼女は扉の方を注視し始めた。 何かあったのか、この目で確かめようとしたからだ。 とは言っても、暗闇の中ではものの分別が付きにくかった。 それでも、何かは見えるはずだと目を扉の方に向けたまま留まらせた。

 

 

 

(ギィィィ………………バタン)

 

 

 

 扉が閉まったようだ。 独りでにしまったのだろうか? それとも、何者かによって閉められたのだろうか? その答えを見出すことは難しそうだ。

 

 

 

 

 すると、妙な音が聞こえてくるような気がした。

 

 

 

(ひた――――――ひた――――――――ひた―――――――――)

 

 

 

ゾッ――――――――――!!

 

 

 背筋が凍り始めるほどの悪寒が流れる。

 床を何かでやってくるような音だ。

 

 

 足音………?

 

 

 まるで、素足で床を1歩、また1歩と進んでいくかのように、音は少しずつ大きくなって近づいてくる。 床に貼りつき……剥がれ……また貼りつくといった、微かに聞こえる不気味な音が耳に残る。

 

 

 彼女は息をのみ込んだ。

 

 自分の家族なら堂々と自分の前に現れてくれるものだと確信している中で、この誰にも気づかれないように近づいて来ようとする足音に体が震え始めた。

 

 

 

 

「はぁ………はぁ…………はぁ…………はぁ…………はぁ………………」

 

 

 

 

 同時に、また心臓の鼓動が急速する。

 

 バクバクと心臓を打ち鳴らすと、その急激な変化に追い付こうと息を激しく乱す。

そして、過剰なほどの酸素が吸収されたことで、次第に視界がぼやけ始める。

 

 

 物事の判断が付かなくなってきた。

 

 

 

 そんな焦りと恐怖が織り交ざろうとした時、パッタリとあの音が聞こえなくなった。

 

 

 それが更なる不安を呼び起こさせた。

 

 

 

 彼女は辺り全体を見回した。

 

 真っ暗で何も見えない………何かがいる気配も感じられない………過ぎ去ったのだろうか………?

 

 

 そう感じると、胸を撫で下ろすかの如く、小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ガシッ…)

 

 

 

「ひっ…!!!!」

 

 

 

 布団の上に降ろしていた手に何かが掴まる感覚が走る。

 

 新たな恐怖が込み上がった。

 

 

 鼓動がさっきよりも一段と速くなる。

 

 呼吸も激しく乱れる。

 

 体の震えが止まらない。

 

 

 

 どうしようもない恐怖が彼女を襲った。

 

 

 

 

 彼女は、恐る恐る掴まれた手の方向に顔を寄せた。 気配は感じられない……だが、そこに何かがいるということは理解していた。 それでも、真実を知らなくちゃいけないという突然湧き上がった思考が彼女を突き動かし、そうさせたのだ。

 

 

 彼女はその方向に振りむいた。

 真っ暗で何も見えなかった…………そして、手元の方に視線を落とすと…………

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ………!!!!!??」

 

 

 

 

 白く細長いものが彼女の手を掴んでいた。 彼女はそれが何であるかを理解していた。 医者の娘でもあり、医者を志す者であれば、これくらいの判別は容易いものだった。 だが、それを理解しても襲いかかってくる恐怖をどうにかすることはできなかった。

 

 

 彼女は恐る恐る視線を前に戻した。 すると……彼女が危惧したとおりの光景が目の前に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い…いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の絶叫が木魂する。

 

 

 彼女は逃げようとして、手を掴んでいたものを振り払う。 そして、距離を取ろうとベッドの上を這う。

 

 

 

 

「きゃあぁぁぁ!!!!??」

 

 

 

 

 端に寄りすぎたためか、ベッドの上から転がり落ちてしまった。 落ちた衝撃で体に痛みが走り、片手でその箇所を抑える。

 

 

 しかし、そうしている暇はなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

(ひた――――――ひた――――――――ひた―――――――――)

 

 

 

 

 

「ひっ…!!!」

 

 

 

 

 さっきのアレが近づいてくる。

 

 

 兎に角、逃げないといけないと思い立つと、アレを避けるように扉の方に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

(…カチャ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノブをひねって外に出ようとする。

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ……?」

 

 

 

 

 

 ノブを何度ひねっても扉は開かなかった。

 

 

 

 

 

「うそ………うそでしょ………いや………いやよ………早くここから出なくちゃ………!!」

 

 

 

 

 ドアが開かないことにパニックに陥る彼女の背後から、何かがやってくるかのような気配を感じ取った。 すぅーっと、首筋にまとわりつくような冷たい空気が彼女を震えあがらせる。

 

 

 精神的に不安定となっている彼女にとって傷口に塩を塗り付けるようなものだった。

 

 

 

「誰か……!! 誰か来て……!! パパ………!! ママ………!!!」

 

 

 

 

 

(ひた――――――ひた――――――ひた―――――ひた――――)

 

 

 

 

 

 迫りくる足音が段々と近付いてくる。

 

 

 

 

 

 声を荒げながら必死に扉を開けようとする彼女の行為は進展することもなく、先に進まず留まってしまっていた。

 

 

 

 

(ひた――――ひた――――ひた――――ひた――――ひた――――ひた―――)

 

 

 

 

 足音が聞こえてくるペースが速くなってきている。

 彼女との距離がかなり近くなっていることを示唆しているのか、それとも、迫る速さを上げてきていることを示唆しているのか検討することができない。 だが、どちらを採ろうとも、彼女の心が激しく乱れてしまうことに変わりはなかった。

 

 

 

 

「いや………いやぁ…………たすけて…………たすけてよ…………だれかたすけてよ………!!!」

 

 

 

 

 切なる思いがこもった声が響いていく。

 

 

 だが、悲しいかな…誰もそれに応えてくれる者はいなかった。 誰も彼女のもとに現れる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 現れるのは…………

 

 

 

 

 

 

 

………あの存在だけ…………

 

 

 

 

 

(ひた―――ひた―――ひた――ひた――ひた―ひたひたひたひたひたひたひたひた)

 

 

 

 

 

 

 急に足音が立て続けに聞こえてくる。 それも、もう近くにまで来た。

 

 

 彼女の耳にもハッキリと聞こえている。

 

 

 

 

 

「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 あまりにも、おぞましい恐怖から彼女は狂気した。

 その必死にもがく姿は、普段の彼女からでは想像することもできないほど、みじめな姿だ。

 だが、そのような体裁を見繕うことよりも自らに迫る危険から脱するためには、それくらいしてしまうし、それで助かるのであればどうということはなかった。

 

 

 

 

 

 

(ひたひたひたひたひたひたひたひたひた――――――――――)

 

 

 

 

 

 

 近づいてきていた足音がパッタリと止んだ。

 

 

 

 

 

 彼女も同じように手を止めた。

 

 

 

 

 

 

 アレが今どこで何をしているのかなんて分からない。

 だが、彼女にはアレがどこに居るのか察しが付いていた。

 

 

 ドアの方を向いている彼女の背後に、おぞましい気配を感じ取った。

 それに、何かが彼女に迫っていることも感じ取ることができた。

 

 

 

 

「いや………たすけて…………たすけてよ…………………」

 

 

 

 

 悲痛な願いだけが立ち昇っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが、彼女に向かって来ている。

 

 

 ゆっくりと…ゆっくりと近づいている。

 

 

 

 

 そして、それが……彼女の肩を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(カシッ…)

 

 

 

 

 

 

 

「ひやっ!!? あ…あっ、あっ………ああぁ………ああ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!! さわらないでえええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 

 彼女は張り裂けるような叫びを発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たすけてよ!!!!! そういちいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 急に、彼女は彼の名前を叫んだ。

 それが何故叫ばれたのか、理解することはできない。

 だが、彼女の心の奥底に彼という存在があったことだけは、理解できるだろう。

 

 

 

 彼女は彼の名前を叫びながら、腕を大きく振るって肩を掴んでいるものを取り除けようとする。

 

 すると、その通りに肩にあったものが取り除かれた。

 振るった腕は、そのまま勢いに任せて壁にぶつかってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、同時に部屋に明かりが灯ったのだ。

 

 

 

 

 どうやら、ぶつけたところがこの部屋の電気スイッチだったらしく、それが切り替わったようだ。

 

 

 

 

「!!!」

 

 

 

 

 急に、辺りが明るくなったことに驚く彼女は周りを見渡す。

 彼女の視界に、さっきまでこの部屋にいただろう何かが映っていなかった。

 

 

 

 

 

 

「どう………して……………?」

 

 

 

 彼女は確かに感じていた。

 彼女を追い詰めていたものが確かに、ここにいたということを。

 そして、彼女に触れ、その姿を見てしまっていたことが記憶として新しかった。

 

 

 

 

「なによ…………なんなのよ…………なにがどうなっているっていうのよ……………?」

 

 

 

 彼女は困惑する。

 先程まで見ていたもの、感じていたものは一体何だったのかということ。

 この数日の間、彼女を追い詰めたこの現象は一体どういうことなのだろうか。

 

 

 

 彼女はどうしてもその真相を知りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、今の彼女は正常ではなかった。

 正常に分析し、判断する能力が体力、気力と共に抜け落ちてしまっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何よりも、彼女の精神が限界値を越えようとしかかっていたのだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ドンドンドンドンドン!!!!!!)

 

 

「ひっ…!!!?」

 

 

 彼女が落ち着こうとした矢先に、急に扉が激しく叩かれた。

 

 その激音を聞くと、心臓が飛び出るような驚きを示した。

 

 

 

「なに………!? なんなの…………………!!!?」

 

 

 再び襲いかかろうとする恐怖に委縮してしまう彼女は、泣きそうな声を発する。

 

 

 

(ドンドンドンドンドンドン!!!!!!)

 

 

 

 扉を激しく叩く音は次第に回数が増え、音も大きくなってくる。

 耳を両手でふさいでもその音は手をすり抜けて耳に入り込んでくる。

 それが彼女の恐怖心を駆り立て、さらなるパニック状態にへと変貌させていく。

 

 

 

「まさか………さっきのがまた来ようとしているの…………!?」

 

 

 彼女はそう考えると、扉の前に様々なものを置き始める。 イス、机、本、それに、背の低い衣装棚までもそこに持って行き、絶対に開かないようにした。

 

 

 

「これで………入って来れないわね……………大丈夫よ…………大丈夫…………」

 

 

 

 自分自身に暗示をかけるように言葉を並べる虚ろな眼から光が失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ジジジ……ザ…………ザザ――――――――――――――――――――〉

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 





どうも、うp主です。


なんか、様々なものを注ぎ込んでしまったかのような話となりました。

『哀しき幻想紅姫 Ⅱ ~for Answer~』

第6話でした。


真姫を追い詰める恐怖とは、とてもしつこいようですね。
はっきり言って、自分でも怖いと思います。

それが、精神的苦痛となるのでしょう……
かなり堪えるものです…………


次回も早めの更新をしますので、よろしくお願いします。




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