蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第83話


交差

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

[ 音ノ木坂学院・屋上 ]

 

 

 真姫がアイドル研究部を辞める―――――

 

 

 誰もが予想し得なかった展開をいずみの口から聞かされると、メンバー全員はこれまでにない衝撃を受けた。 現実的にありえないことだと、口に出して切り捨てることが容易にできたが、昨日のことがまだ頭から離れることができなかったメンバーからは、容易に口を開こうとする者は出なかった。 立て続けに起こった出来事に威圧を感じてしまっているからだろう、口を固く閉ざし、しかめた表情を浮かび上がらせ、ややうつむいていた。

 

 

 しばらくの間、静寂が彼女たちを包み込んだ………。

 

 ようやく顔を上げて話し始めようとした者がいた。 それは………

 

 

 

 

「理事長! それは本当なんですか?! 本当に真姫ちゃんが部活を辞めるってことになっているんですか!?」

 

 

 

 疑問を抱きつつも、真実を知ろうと話し始めるのは穂乃果だ。 眉を寄せて、未だに腑に落ちないことを表しているかのような顔で、いずみの言葉を待つ。

 

 

 

「ええ。 これは西木野さんのお父様がそうするようにとのことで、お話を進めてきたのです」

 

『真姫ちゃんのお父さんが!!?』

 

 

 思いもよらない人物が関わってきたことに、皆、口をそろえて驚く。

 どうやら話を持ち出してきたのは、真姫の父親のようだ。

 

 蒼一の中では、彼は個人経営病院の院長であり、命の恩人でもあるような存在となっている。 交流自体は、ここ何年もしてはいなかったが、決して険悪な関係ではなかった。 むしろ逆で、蒼一が彼の娘、真姫を助けたことでその恩返しにとあらゆることをしてあげようとするほど、蒼一に対して感謝している部分があるとされているのだ。

 

 そうした経緯がある中での、この出来事だ。 真姫があのように発狂するようなことになった要因が、必ずしもこちらになかったとしても、その過程にこちらが関わっていれば、それなりの処遇を言い渡すのもありえない話ではないのだ。

 

 

 

「どうしてなんですか?! どうして真姫ちゃんじゃなくって、お父さんが関わってくるんですか!?」

「そうだにゃ! どうして真姫ちゃんを辞めさせるようにするんだにゃ!! 納得いかないにゃ!!」

「そうは言われても、あちらは真姫の保護者ですし、自分の娘の活動などにも口を出す権限も持っているわけで……それに、当の本人も回復したということも聞かされていないですから、今後のことを考えてのことだと思います」

 

「「それでも納得できない(にゃ)!!!!」」

 

 

 穂乃果と凛はいずみが話した事実に口をそろえて否定しようとした。 口には出さないものの、ここにいる1人1人が同じような気持ちでいる。 μ’sにとって、真姫の存在は欠かせないものとなっている。 それは曲作りができるという意味での存在ではなく、1人の仲間として彼女たちは真姫のことを見てきていたからだ。 だから、こうして彼女たちは現実に抗おうと必死になっているのだ。

 

 その思いは1つだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ただ1人を除いて…………

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果と凛の言う通りよ。 納得なんかできないわ。 真姫ちゃんはここにいる誰よりも音楽のことが大好きで、曲を作っているときだってとっても楽しそうに作っていたのよ! それなのに……親の勝手な取り決めで辞めさせられるだなんて、私は許せないわ!!!」

 

 

 穂乃果と凛に続くように大言を吐く、にこの目には怒りと共に強い闘志が燃え盛っていた。

 これは同じ仲間である真姫のために示したものなのだろう。

 真姫とともに活動してきて早1ヵ月が経とうとする中、にこにとって、自分のやってきたことに理解をしてくれる1人として真姫のことをとても大事に思っていた。

 3年生であるのにもかかわらず、1年生の輪の中に入っては様々なかたちで絡み合っていたこともあり、その輪に居る誰もが学年のことも気にせずに関わりあっていたのだ。

 

 中でも、真姫との関係は花陽と凛よりも深く、絵里と共に活動を始めたユニット・BiBiのおかげもあり、2人でいることもしばしば、校内でも見かけることがあった。

 

 

彼女たちの関係は、さながら親友以上のようにも見えた。

 

 

 そんなにこにとって、このような話は決して許されるものではないと感じていた。 真姫のことも考えずに親の勝手な言い分で、抑え込まれるだなんてあってはならないものと感じているからだ。 にこはどうしても引きとめてあげたいと必死になっていた。

 

 

「これは親を説得するしか方法はないみたいね………今から行ってくるわ!!!」

 

 

 そう言うと、にこは帰り支度を始めだし、この場から立ち去ろうとした。

 その行動を見て、穂乃果たちも一緒に行こうと口を合わせて行こうとした。 いずみが止めようとしても、彼女たちは足をとどめようとはしなかった。 すべては、真姫のためにと思って行動している彼女たちの意志の方が上回っていたからだ。

 

 

 彼女たちが扉のノブに手をかけようとした。

 

 

 

「待て……!」

 

『!!?』

 

 

 沈むような一声が彼女たちの手を静止させる。

 

 

 彼女たちを止めたのは、意外なことに蒼一だった………

 

 

 

「お前たち……もういい……もういいんだ………そうする必要なんて無いんだ………」

「んな?! 何を言っているのよ、蒼一?! 真姫が……真姫ちゃんがμ’sを辞めるのよ!! 親の勝手で辞めさせられるだなんて許せないじゃない!!」

「親を説得したからって、真姫があんな状態でも無理矢理練習をさせるつもりなのか?」

「うっ……! そ、それは…………」

「難しいと思うならやろうとするんじゃない……徒労になるだけだ………」

 

 

 覇気もなく淡々と言葉を並べていく蒼一に、にこは次第に自信を失っていった。 彼女が今までに見たこともない脱力した姿を晒している蒼一は、濁りきった瞳でその場にある何かを見つめていた。 それはどこか遠くを見ているようで……何も見ていないようにも見えるのだ。

 

 

 蒼一は、にこたちに向けていた顔をいずみの方に向き直して話をする。

 

 

「いずみさん、ご報告ありがとうございました。 ご両親の方には、早く善くなるようにと伝えておいてください……」

「え、えぇ………そう伝えておくわ………」

 

 

 いずみは予想しなかった応答に戸惑いを感じていた。 にこたちと同じく、何かしら聞き出そうと努めるはずだろうと思っていたところに、こうしたかたちで返されるとは思わなかったからだ。 今の蒼一は変わっている…そう思うと、その要因が昨日の一件にあったことに間違い無いと考えるものの、いずみ自身、どうしてあげればよいかがわからなかった………。

 

 

 いずみはただただ、彼の寂しい後姿を見つめつつ去っていくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 いずみが立ち去った後、物音一つしない静寂が彼らを包み込んだ。

 

 

 彼女たちに背を向けたまま動こうとしない蒼一を彼女たちは、不安と困惑、そして、疑問の意を抱いて見つめ続けていた。

 

 

 

「蒼君………」

 

 

 

 その口火を切ったのは、穂乃果だ。

 

 声を震わせながら話し始める彼女の顔から不安を感じさせる。

 まるで、何かを察したかのようにも思えた。

 

 

 

「………どうして、真姫ちゃんが辞めちゃうことに反対しなかったの……? 真姫ちゃんと一緒に居ることが多かった蒼君が、どうして止めてあげることをしなかったの……?」

 

 

 勇気を振り絞ったような気持ちで話す穂乃果の声はとても小さく、蒼一に届いているのかすら怪しいものだった。 しかし、その声はちゃんと届いていたようで、蒼一は穂乃果の方に向かって体を回して対面する構図となった。

 

 

「………言ったろ? 真姫がああなっちまったのに、そんな状態のまま活動なんてさせられないだろ……?」

「で、でも………もしかしたら、良くなるかもしれないよ? そしたら、みんなと一緒に練習だって、ライブだって出来るんだよ? ……ね? そうでしょ?」

「穂乃果は、真姫がそう簡単に元の状態に戻ると思っているのか……? ………ありえない話だ。 アイツが抱いてしまったものはそう簡単に無くすことが出来るもんじゃない………本当に根深くなってしまって、手のつけようのないような状態なんだ………俺たちではどうすることもないのさ………」

「そ……そんなこと………やってみないとわからないじゃん……! ………やってもいないのに、諦めちゃうなんて………蒼君らしくないよ………!!」

「………俺らしくない………か……………」

 

 

 蒼一の言葉に自信をどんどん削がれていく穂乃果は、最後にやけになった口調を蒼一に投げつけた。 感性が他の誰よりも豊かな穂乃果は、昨日の真姫のことでかなりのショックを受けているが、それ以上に、今の蒼一を見てて、居たたまれないような気持ちになっていることが彼女の心境を埋め尽くしていた。

 

 

 最後に発したこの言葉は、まさに蒼一に向けられたものだと言える。

 

 

 

 蒼一は、一瞬、その言葉を受けとめるかのように思えた。

 

 

 

 

 

「じゃあ………俺らしいって……なんだ?」

 

「……っ?!」

 

 

 その言葉を聞いて、穂乃果の体が小さく震えた。 予想だにしていなかった解答に驚き、何も応えることができなかった。

 

 

 蒼一は言葉を続けた。

 

 

「今回の一件は、ずべて俺が問題となったことだ……俺がもっとうまく動いていれば、真姫が抱えているトラウマをよみがえらせることをせずに済んだ……その前に、真姫と話してそのトラウマを無くさせることもできた………いや………そもそも俺があの時の交差点で失敗を起こさなければこうなることにはならなかったんだ………そうだ、そうに違いない…………」

 

 

 蒼一も今回の一件で心に深い傷を負っていた。 真姫が7年前に助けた少女であった事実と、真姫がそのことで深い傷を負ってしまっていたという事実が、彼の心中に刻まれていた。その負の刻印が強く働いたことで、負の感情があふれ出て、蒼一の中身をそれで満たし切ってしまったのだ。

 

 

 彼から出る言葉によって気持ちが沈んでしまうのは、それが原因なのだと言える。

 

 

 

「………すべての責任は俺にある……………だが、俺にはどうすることもできない………真姫が活動を辞めることで、元の状態に戻れるのであれば………俺はそれでいいんだ……………」

 

 

 淡々と話し続ける彼の顔を黒い影が覆い隠す。 それが彼の気持ちをさらに暗くさせ、手の打ちようのないほどに彼は弱々しくなってしまっていた。

 

 そんな彼を勇気づけさせようと彼女たちは考えるのだが、にこと穂乃果が立て続けに自信喪失しているところを見ていると自分たちまでもが気持ちを沈ませてしまうことになってしまった。 もはや、彼女たちですらも、ただ見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただし――――――

 

 

 

(ゴォォォォォォォォォォォォ!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 あの男を除いては―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歯あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ喰いしばれええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

(ドガッッッ!!!!!!!)

 

 

 

 

『きゃあぁぁっ!!!!!???』

 

 

 

 

 その刹那、辺り一帯に空を引き裂く轟音が鳴り響く。 彼の腕が勢いを付けるため、大きな弧の字を描くように体をバネのようにひねらせる。 ひねりの限界を過ぎたところで一気にその緊張が緩み、目にも留まらぬ速さで一気に拳が放たれた。

 

 

 放たれた拳は、そのまま吸い込まれるように蒼一の左頬に直撃する。

 その際に、鈍く生々しくもえげつない音を轟かせる。

 蒼一と共に闘ってきた時代に形作られたその拳が、今、蒼一に目掛けてぶち込まれた。

 肌と骨とがぶつかり合う嫌な音だ。 衝撃と気分を害される音が彼女たちの耳にも届くと、突然起こったことに無意識に驚嘆の声を上げてしまっていた。

 

 

 拳を受けた当人は、痛みと共に強い衝撃を受けたことで、上半身から体制を崩し始めた。 その影響で下半身も膝から崩れ始める。 体はゆっくりと左側へ向かって倒れかかった。

 

 だが、彼もまた明弘と共に幾度もの修羅場を乗り切った者故に、そう易々と倒れることはしなかった。 間一髪のところで、体勢を立て直し明弘の方に体を向き直したのだった。

 

 

 

「…………何をする………明弘…………」

 

 

 殴られた左頬を抑えながら話そうとする蒼一。

 突然殴られたことに動揺したものの、すぐに頭を切り替えたようで平静を保ち続けた。

 

 

 そんな蒼一の問いに明弘は応える。

 

 

「そこにカビが生え腐りきったミカンがあったから、周りに影響が出ないうちに処分しようとしたまでさ………」

「なにぃ………?」

「ここには、若くて新鮮なモノしか置かないようにしているんだ………そんなところにカビ付き腐りモノが混ざってしまっては、他のモノまでカビが生えて腐っちまう………そうだろう?」

「おまえ………ケンカを売ってんのか………………?」

 

 

 明弘の挑発染みた発言が蒼一の怒りを駆り立てる。 それまで、死んだ魚のように虚ろめいた眼差しをしていた彼の瞳に、怒りで燃える炎が灯り始める。 明弘はそれを見て、ニヤリと口元を広げる。 そして、あざける様に笑い出す。

 

 

「ケンカ? ……あぁ、そうだな……売っているようなものか………くだらないことでグチグチウダウダと言い訳ばかりを積み重ねるような意気地なしには十分なもんだと思うけどな!!!!!」

「んだと、てめぇ!!! ブチ止めしてやるっ!!!!!!!」

「来いよ!! やれるもんならな!!!!」

 

 

 明弘の挑発にブチ切れてしまった蒼一は、無我となって明弘を殴り飛ばすことだけに集中した。

 

 

 

 蒼一の初手が放たれ始める。

 

 

 

(ヒュイッ!!!!)

 

 

 

 風のように早く放たれたその拳が明弘の顔に目掛けていく。

 以前、蒼一らが暴漢共を撃退した時に放たれたものとほぼ同一のものが明弘に向けられていったのだ。

 避け切れない! その様子を傍観していた彼女たちは、共にそう思ったことだろう。 特に、あの時の様子をこの目で見ていた花陽と凛は、明弘がこの後殴り飛ばされるのだと確信した。

 だが、恐怖のあまりに2人は目を瞑り、実際の結末を知らないまま見過ごすのだった。

 

 

 誰もが想像できる未来構図だった。

 

 

 

 

だが――――――

 

 

 

 

 

(ぐらん……)

 

 

「!!?」

 

 

 蒼一が軸足となるために1歩前に踏み出した時、急に体がぐらついた。

 まるでバナナを踏んで、滑っていくように前へ転げ始めた。

 原因は、先程の明弘の一撃だ。

 頬を殴った際にその衝撃が脳にまで届いてしまっていたようだ。

 それが三半規管に異常が生じさせバランスを保てなくなってしまったようだ。

 

 

 明弘へと向けられた拳は、言うまでもなく届かず、そのまま横に通り過ぎてしまった。

 蒼一はそのまま床に倒れ込んでしまうのだろうと思われていた。

 

 

 

 しかし、そう簡単に倒れることができなかった。

 相手が悪かったのだ………明弘というひねくれ者を相手するということは…………

 

 

 

 

「ふんっ!!!!」

 

 

(ドゴッ!!)

 

 

「ぐぉぁはっ!!!?」

 

 

 蒼一の腹部に強烈な膝蹴りが襲いかかる。

 鳩尾近くに入ってしまったのだろうか、蒼一に与えられたダメージはかなり深刻なものだ。

 口に含んでいた液体を吐き出すとともに嗚咽も流れ出た。

 

 

 

「ぐっはっ………!! ぐっ……! ぐぉっ…………!!!」

 

 

 一撃を喰らった蒼一は、辛うじて立つだけの気力は残しており、明弘との距離を置いて立ちつくした。 だが、この時点の蒼一には反撃をするだけの力もなく、また視界もぼやけ始めるようになり、事実上の満身創痍状態となっていた。

 

 

 通常の武道の試合などでは、審判が両者の間に入って闘いを終わらせるものなのだが、ここにはそれを務めることができる者が誰1人として存在しない。

 よって、この闘いは蒼一たちが言うケンカなのである。

 どちらかが倒れるか、降参するまでひたすら殴り、蹴り、突き倒すことをし続ける死闘そのものだ。 無論、死とも隣合わせだ。 そんなリスクのあることをこの2人はこの場所で行っているのだ。

 

 

 

「そっちが来ないなら…………こっちから行くぜ…………!!!」

 

 

 明弘が踏み込み始めると、そのまま蒼一の近くにまで急接近した。

 そして、そのまま顔に目掛けて先程のモノよりか弱い拳が入り始める。

 しかも、1発だけではなく、2発、3発…と左右の頬にへと交互に打ち続けた。

 蒼一は、避けることも防ぐこともできなかった。 されるがままに拳を受け続けたのだ。

 

 

その最中に、明弘はこう話し始める。

 

 

 

「おめぇは!! 本当にアイツが辞めたいと思っているのかよ!!!

この活動を辞めたところでアイツが善くなるだなんて本気で思っているのかよ!!!

おめぇは、ただ単に今回の一件の責任のすべて自分の過ちであるだなんてと思い込んでいるだけじゃねぇのか!?

 

 

自惚れたこと言ってんじゃねぇよ!!!

 

 

おめぇが過去にどんな過ちをしたのかだなんて百も承知だ!!

俺たちに心配をかけ、どこか遠くへと行ってしまいそうになったという過ちをな!!! それを知っているからこそ俺はお前をこうしてぶん殴っているんだ!!

 

アイツがああなったのは、アイツ自身の過ちを精算しきれなかったからだ!!

自分に後ろめたい気持ちがあったからトラウマ何かに心を奪われたんだ!!

すべてはアイツの思い違いが引き起こしちまった事なんだってことを、わかっているのかよ!!!!!!!」

 

 

 明弘の怒りの叫びが拳を打ちつける音と木魂する。

 明弘は、真姫がどうしてああなってしまったのかということを説明しながらも蒼一の間違いを見つけ、正そうとしていた。 これは、あの時のことを知り、現在までの蒼一のことを十分に理解している明弘だからこそ言える言葉であり、打ちつけることができる痛みなのである。

 

 

 左右に頭を揺らす彼の耳にはこの言葉が届いているのだろうか?

 

 

 それは当人にしか理解できないことだ。 蒼一は沈黙を継続しながらいくつもの拳を喰らい続ける。 わずかな気力のみだと思われたが、あれほどの痛みを受けながらも足が地から離れないのは、言葉を聞きいれているからなのか…それとも、単なる意地から来るものなのだろうか? いずれにせよ、この一方的なケンカに終わりが見えなかった。

 

 

 

「くっ………!! 何とか言いやがれっ!!!!!!」

 

 

 

 遂に決着が付く一撃が明弘の拳から繰り出された。

 このケンカの初手に使ったあのえげつない一拳が来る。 先程までの打撃をジャブのように喰らい続けた蒼一には、これに耐えられるほどの余力はないだろう。 この一撃で一気に殴り飛ばされてしまう。 傍観し続けてきた彼女たちは、さすがにマズイと思ったのだろうか、明弘を静止させようと走りだす。

 メンバーの中でも俊足の凛が真っ先に飛び込んで行こうとした。

 

 

だが、距離が距離だった。

 

 

 蒼一と明弘とのわずかな距離と、彼らと彼女たちとの距離ではまったく比べものにならないほど離れ過ぎていた。 悲しいかな、彼女が駆け寄る直前に明弘の拳は蒼一の顔面に入り込もうとしていたのだ。

 

 

 

「お前はアイツがμ’sを辞めてよかっただなんて、本気で思っているのかよ!!!」

 

 

 

 拳が入る直前の最後の叫びだった。

 さっきと同様、怒りのこもった叫びだった。

 

 しかし、この言葉だけはさっきとは違い、別の感情の介入を感じ取れた。

 わずかに喉を震わせたて放った絶叫に哀愁が流れ込んできた。

 

 

 

 

 轟音を響かせる拳が蒼一の顔に打ちつけられる―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バシュッ!!!!)

 

 

 

「!!!??」

 

 

『!!!』

 

 

 

 

 刹那に生じた出来事に誰もが驚愕し静止した。

 

 

 沈黙を続けていた蒼一の手が雷の如く動き、振りかかろうとしていた拳を受け止めたのだ。

 わずか5cmも満たない距離に迫っていた拳を静止させたのだ。

 

 

 

(ギチッ……………ギチッ………………!!!!)

 

 

 

「っ!!!」

 

 

 静止させた蒼一の手に力が入り始める。 明弘の拳を握りつぶすのではないかと思われるほどの握力が圧しかかる。

 

 

「……………けあるかよ……………」

 

 

 つぶやくような言葉が口から漏れ出す。 痛みに耐えながらも聞こうとする明弘の耳にすら、残ることのない声が聞かれた。

 

 

 

「ッ!!!」

 

 

 明弘の体に、ゾッとする悪寒が走る。

 直感で何かが来ると察したが、握られた拳を自由にさせることができず、留まらざるおえなかった。

 

 

 数秒後、直感が現実のモノとなる―――――。

 

 

 

 

 

 

 

「………いいあるわけなんて、ねぇだろうがあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

(ズドッ!!!!!!)

 

 

「ぐはっ!!!?」

 

 

 雷鳴のような一撃が明弘の顔面にメリ込む。

 目にも留まらぬ速さで繰り出された一撃は、明弘が初手に使ったものと同等…いや、それ以上の威力を含んで撃ちつけられたのだ。 これを喰らっては怯まざるおえない明弘に追い打ちをかけるように蒼一の拳が飛んでくる。

 

 

 先程までの立場が逆転してしまったかのようだ。

 

 

 

 明弘に放たれる拳と共に、蒼一が叫ぶ。

 

 

 

 

「いい訳あるかよ!! 

真姫が辞めることを喜ぶヤツがいるものか!!

俺は真姫に教えてやりたいことが、まだたくさんあるんだよ!!

俺の持つ技能のすべてを真姫に与えてもいいと思えるほどに、俺は真姫のことを買っていたし、何とかしてやりたいと思っていたさ!!!

 

そして………真姫が苦しみもがいているものを取り除いてやりたいと思っているのさ!!

 

俺は! 苦しい人生を送らせるために、あの時助けたんじゃない!!

いつも笑っていられる人生を歩ませたかった!!!

 

なのに……なのに………!

どうして、ああなっちまったのかわけがわかんねぇんだよ!!!

命を助けても、それが原因で苦しませたんじゃあ意味が無いんだよ!!

今はただ……アイツを救ってやりたいって気持ちでいっぱいなんだよ!!!

 

だが、どうすりゃあいいのかわかんねぇんだよ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 張り裂けるような悲嘆が空に振動する。

 

 これまで誰も見たことも聞いたこともないような姿で、叫び続ける蒼一をここに居る者たちが見る。 その顔に表れる胸を痛ませる表情が彼女たちの目に映ると、自分たちもが同じように苦しくなってくるのだ。

 

 

 蒼一の目から一筋の滴が零れ落ちると、同じように彼女たちも滴を零し出す。

 

 

 明弘を殴り続ける拳は止まる気配は無い。

 

 

 悲しみの渦がここ一帯に広がりを見せ始める。

 彼を中心に回り続ける悲しみは、深く…深く……沈んでいくようだった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バシッ……!!)

 

 

 

 

 

 

 その渦に抗う―――――――― 

 

 

 空を覆った黒雲を突き通すような一筋の閃光が照り輝く―――――――――――

 

 

 

 

 

「…………言いたいことは……………それだけか……………!!」

 

 

 

 息を途切れさせながらも、彼は受け続けたその拳を握り止めた。

 蒼一が彼の拳を封じたように、彼もまた蒼一の拳を封じ込んだ。

 両者ともに、動きが封じられる膠着の形となったが、彼は容易く打ち破った。

 

 

 

 彼は体を後ろに向けて大きく反らした。 特に、頭を体よりも大きく後ろに反らしている。

 一見、何をやっているのか理解できない行動を起こしている彼を人は嘲るかもしれない。

 

 だが、これもまた彼なりの闘い方の一つなのだ。

 

 

 

 彼はこれ以上に無いほどに体を反らし切った状態で語り始める。

 

 

 

「おめぇはそうやって……わからねぇことにわからねぇの一点張りをして、考えることを拒絶しやがる…………そんなんじゃぁ、女の1人を助けるなんざ100万年はぇわ…………!!

 

俺がそこん所をキッチリ叩きこませてやらぁ!!!」

 

 

 握りしめた手を強くし、体全体に力を込めた。

 

 

「いいかぁ………そんなもんはなぁ……………簡単な事なんだよ………………」

 

 

 

(グッ!!!)

 

 

 腕に自らが持つ力をすべて注ぎ込んだ。

 

 伸ばした腕を一瞬で委縮させ、その勢いで反らした体を跳ね起こさせる。 それは伸ばしたバネが一瞬にして元に戻ろうとする現象と同じように、彼の体もまた、一瞬にして元の体制に戻ろうとした。

 

 だが、それだけでは終わらない。

 反った体とともに頭も戻ろうとするが、勢いが強すぎるため前に向かっていくのだ。

 

 

 そして――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人を救う時は、てめぇの生の感情をさらけ出して本気でぶつかっていくことなんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ガツッ!!!!!!!!!)

 

 

 

「~~~~~~~ッ!!!!!!」

 

 

 

 互いの頭蓋骨同士が火花を散らす。

 あまりにも強烈な一撃を受けたことで、蒼一は握っていた手を放してしまった。 激しい衝撃が頭に震とうしたことで一時、気を失ってしまったようだ。

 

 

 すぐに、体制を立てなおすものかと思いきや、どうやらここで限界が来てしまったようだ。

 

 

 

 蒼一はその場に膝をついてしまう。

 

 

 辛うじて意識だけはハッキリしており、残りの力を振り絞って彼を見ていた。

 

 

 

 彼はそんな蒼一を見て何かを思うと、共に膝をつき、彼が掴む蒼一の手をさらに強く握り締めこう言った。

 

 

 

 

「泣いている女がいるんなら……やさしく慰めてやるのが、漢の役目だぜ……!」

 

 

 

 さらに、こう付けくわえた。

 

 

 

 

「真姫を救えるのは……兄弟……蒼一しかいねぇんだ………頼むぞ…………!!」

 

 

 

 そう言い終えると、蒼一は笑った顔を見せて明弘の頼みに応え、その場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲しみの渦が過ぎ去った―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼一の眼に、もう迷いはなかった―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 






どうも、うp主です。


今回、無駄に力を使い過ぎてしまったようです………。
いや、無駄しかない感じが…………(白目)


なんだこれ………


そんな、

『哀しき幻想紅姫 Ⅱ ~for Answer~』

第5話でした。


最近、この小説は誰得になっているのだろうかと不安になっています。
そうさせている自分が言うのもどうかと思いますが………


う~ん………わからんもんだねぇ………………


次回も頑張って投稿したいと思います。


ちなみに、次回はちょっと表現が酷いことになっておりまして……………

うん………あ、あたたかい目で見守ってあげてください……………


そして、



真姫ちゃんファンに申し訳ございませんでした……………







今回の曲は、

PCゲーム『マブラヴ オルタネイティヴ』より

遠藤正明/『carry on』

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