蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第82話


這う

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

[ 保健室内 ]

 

 

 

 全身に力を込める。

 

 

 座り込んでいては申し訳ないと思って立ちあがろうとした。

 

 

 

「おっと……!」

 

 

 まだ、力が行き渡っていなかったのだろうか……足がふらつき、体が不安定な状態になった。

 

 

「大丈夫!?」

 

 

 そう言って、手を指し伸ばしてきたのは、美華さんだ。

 咄嗟に出てきたその手に、俺は掴んでバランスを保った。

 

 

「ありがとうございます……」

「いいのよ」

 

 

 やさしく微笑むその顔で言われると、自然と穏やかになる。

 それからもう一度、全身に力を込めて自分の足で立つようにした。 いつまでも手を引かれた状態でいるのは、申し訳なかったからだ。

 

 

 俺はその足で、もう一度、真姫の顔を見るためにベッドの横に立った。

 美華さんから聞かされた真実を頭に入れてから真姫を見ると、さっきとは全く違ったかたちで見ていた。

 

 

 あの時、助けた少女…………あの時と比べるとかなり大きくなったが、その面影はうっすらと残っているようにも見えた。

 

 

 あぁ……そうか……そうだったのか………………

 

 

 そう思うと涙がこぼれ落ちそうになる。

 俺が自分の夢を投げ捨ててまでも護ったこの命がこうして目の前にあることに、嬉しさが感動となって湧き上がってくるのだ。 7年の歳月を経て廻り合った再会に心が大きく揺れ動く。

 

 

 

 だが、そんな真姫を苦しめているのが、俺であるということに気付かされることになると、嬉しさは消え、苦悶してしまう。

 

 

 複雑気持ちだった。

 これは喜べばよいのか………それとも悲しむべきなのか………感情の狭間に投げ込まれると、どっちつかずの状態になるので、多分、俺の顔はぎこちない表情を見せていることだろう。

 

 

 梅雨の時期に差し掛かる初夏の天候が、部屋の空気を淀ませていた。

 

 

 

 

「いずみ、真姫を連れて帰るわ………ここに居てもみんなの迷惑になるだけだろうし………」

「美華………そうね、そうしましょうか………」

 

 

 そう言うと、いずみさんは真姫が持っていた荷物を持ち、美華さんは真姫の上に掛けられていた布団を取り除けて抱きかかえようとした。

 

 

「美華さん…」

 

 

 俺は声をかけて、美華さんが行おうとしていた手を止めた。

「どうしたの?」そう言っているような表情をこちらに見せると、俺は続けてこう話した。

 

 

「俺に……真姫を運ばせて下さい……」

 

『!!!』

 

 

 その言葉に驚きを見せたのは、言うまでもなくμ’sメンバーたちだ。

 なぜ俺がそんなことをしようとしているのかって、疑問を抱いているのかもしれない………だがな……今の俺にとって、真姫は特別な存在となったのだ。 力の限りを尽くして護ったこの命のために、少しでも力になりたいと思ったからだ。

 

 

 出来ることならば………真姫が抱えているものを取り除けてあげたいとも思っているからだ………

 

 

 

「大丈夫なの? さっきまで、足が覚束ないように見たのだけど……?」

「大丈夫です……俺は大丈夫です………やらせて下さい………」

 

 

 真剣な受け答えをする俺の言葉に、心配そうにしていた美華さんは、表情を一変させて良しとしてくれた。 ベッドの近くだった体を離れさせて、俺が入ることができるようにスペースを開けてくれた。 その場所に立つと、真姫の体を抱きかかえるように持ち上げた。

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

 不思議な感覚だった………

 

 

 持ち上げた時に、胸にグッと来るものがあった。 懐かしさというよりも……何と言えばよいのだろうか……思い当たる言葉が見つからない………。 ただ、こうして真姫を肌で実感し、この目で見つめていると……やっぱり、あの子だったんだなと思えるのだ。

 

 

 つぅ――――――――――――――――

 

 

 

 自然と流れ落ちる涙が、顔にこぼれ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その涙では彼女は目覚めなかった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

[ 自宅 ]

 

 

 

「………………………」

 

 

 真姫を美華さんが乗ってきた車に乗せた後、しばらくの間、美華さんと2人だけで話をしていた。

 

 

『蒼一君。 あの後、あなたの体に何か悪いところとかなかった?』

『いいえ…至って無事に過ごしてました。 美華さんと院長さんのおかげですよ』

『そうなの……よかったわ。 かなり深い傷だったから後遺症が残っているんじゃないかって思っていたのよ。 でも、その心配はなさそうね』

『ただ……やはり、以前のように右腕を自由に動かすことは難しいようで………』

『そう……時間が経っても治らないのね…………ごめんなさい、何も出来なくて………』

『美華さんが謝ることなんて何もないですよ。 無いと思っていたこの命を今日まで繋いでくれたんですから、これ以上の礼はないですよ………それに、今日の自分があるのもあの出来事があったからですし、真姫とこうして出会えたのも、その延長線上にあったおかげなんです。 ですから、俺について何も気に病むようなことはしなくてもいいのですよ』

『そう……あなたは本当にやさしいわね……昔と何も変わっていない………』

『美華さん。 真姫をよろしくお願いします』

『ええ、何とかしてみせるわ。 それに少し落ち着いたらウチに来なさいな、主人もあなたに会いたいと言うと思うし……ね?』

『はい、その時はよろしくお願いします』

 

 

 そうして真姫は、車に揺られて帰っていったのだった。

 

 

 

 こんなこともあり、本日の活動は中止。 全員が帰路に向かうことになったのだ。

 俺は、穂乃果たちから一緒に帰ろうとする誘いを受けたが、どうも乗る気にはなれず、1人でその帰路に立つことになった。

 

 

 夕日が沈み、星空が見えだした頃、自宅に帰ってきた俺は、暗くなった家の中を明かりを点けることなく歩く。 いつものように洗面所に向かうのではなく、そのまま自室に向かい、ベッドに倒れ込むように体を沈ませた。 今日は色々とあり過ぎた………頭に詰まった情報が処理できなくなるほど、混乱し、仰向けのまま天井を見上げると回りまわって見えた。

 

 

「だめだ…………疲れているようだ……………」

 

 

 額に手を置いた後、両目蓋を閉じてそのままを保った。 次第に腕から力が抜けてくると、額に置かれた手は目を通り、鼻、口、顎を順々に触れながら通ると、布団の上に真っ逆さまに落ちていった。 目蓋が重くなる。 視界がかすみ始めると、意識もほぉーっとしてきてどこか遠くへ誘われてしまいそうだった。

 

 

 それでも構わない……一時期、この身を誘えと目に見えないものに向かって挑発をする。 この時だけ…この一時だけは、何も考えずにいたかった。 俺の誘いに乗るかのように、急に意識が無くなってくる。 ようやく来たのだなと察した俺は抵抗することなく、思いのままに呑み込まれていった。

 

 

 視界が真っ暗になり始める。

 

 意識が無くなる一瞬に、俺は彼女の名前を口にして……深い眠りについた…………。

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

『ハァ……ハァ………ハァ……ハァ………ハァ……ハァ………ハァ……ハァ………』

 

 

 

 乱れた呼吸が反響して伝わってくる。

 新しい酸素が入ってくると共に、冷たい空気が口から入り、喉を通り抜けて肺に来ると、全身に伝わって体を急速に冷やしていく。

 体も熱いわけでもなく汗が滴り出るため、体は背中をかけて広く濡れた。 それらが重なり合って、肌が白くなるほど肌は冷たく、唇も紫がかってくるようになった。 自身もその指で肌に触れてみるが、その指も氷のように冷えているため、自らの本当の体温を知ることができなかった。

 

 

 それでもなお、乱れた呼吸は続いている。

 

 

 意識はある。

 ただ、目蓋はまだ閉じたままで、開くことを恐れてまだそのままにしているのだ。 開けば恐怖が再びやってくるのだと思うようになり、先程から暗闇の世界の中をひたすら彷徨っていた。

 

 

『うぅ………ううぅ……………ううぅ………………………!!!』

 

 

 暗闇だけしかなかった世界に、小さな明かりが見えてきた。

 それが段々近づいてくるのを見ると、それに反応するかのように体を動かす。 何も見たくないと目を瞑っているのに、目の裏側からそれが見えてくる。 目を背けたくともどこにも動くことはできず、それがやってくるのを見続けなくてはいけない。

 

 

 

 裏世界の恐怖。

 

 

 

 この一言に尽きてしまうのは、逃げようとも逃げられない現実が迫っていることを暗示しているものだと言える。 そうだ……どう足掻こうが、もがこうが現実とは不条理なものであるということに何ら変わりはしないのだから…………

 

 

 

 ほら……………気が付けばそこに……………

 

 

 

 

 

 

 あの子の姿が…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

[ 西木野家 ]

 

深夜未明―――――

 

 

「はっ!!!!」

 

 

 目が覚めると、勢いよく体を起こして辺りを見回した。 部屋は真っ暗だった。 だが、窓からわずかに入る夜空の光を頼りに見ると、私の部屋であることが理解できた。 どうやら私はあの後、気絶してここまで運ばれてきたのだろう。 それからずっと今に至るまで眠っていたんだろうと理解することができた。

 

 

 そして、またあの夢を…………

 

 

 

 

「~~~ッ!!!」

 

 

 体が凍えるように寒くなる。 あのことを思い出すと、身の毛がよだつような恐怖がまた私に襲いかかってこようとする。 逃げようにも、もう逃げることができない現実を知ってしまったので、私はただ怯えることしかできなかった………。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 手を顔に当てようとした時、右手に何かが掴まれているような感覚がした。

 握ってみると、人の手のような………

 

 

 まさか!? あの子がここに!!?

 

 

 そう思うと、早く手を放さなくちゃと思い力を弱めたけど、放れないの………

 

 

「ハァ……ハァ………ハァ……ハァ………ハァ……」

 

 

 息がまた乱れ始める。

 部屋に夜空の光が差し込んでいるからと言っても、部屋全体を覆っている暗闇をすべて取り除けることは出来ていない。 実際、私の右手を握っている右側の向こう側は何も見えない………。 それが私をさらに不安にさせるの。

 

 

「いや…………いやぁ…………いやぁぁぁ………………!!!」

 

 

 何とかして振り切りたい一心で私は力強く引いてみた。

 

 

 だが、放れなかった。

 そのことが私の恐怖の限界を超えることになった。 これまでに起こってきたことが、まるで、今起こったかのように目の前によみがえってくる。 目を背けたい真実が現実となろうとしていた。

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 私は叫んだ。

 

 狂ったように叫び出した。

 

 自分でも抑えることのできない気持ちが叫びとなって出てきたの。

 私には……これを抑え込むだけの判断はもう出来なくなっていた…………。

 

 

 

 

 誰か………助けて…………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫!!!」

 

 

 

 暗闇の中から声が聞こえた。

 

 

 その声は、私がよく知っていて…毎日聞き慣れていて…温か味のある声…………

 

 

 そう………その声の主は……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママ!!!」

 

 

 咄嗟に出た言葉を大声で叫んだ。

 それに応えるかのように、ママは暗闇の中から出てきては、私を抱きしめた。

 

 

 強く抱きしめた………強く強く抱きしめてくれた………

 

 

 

 私が今抱いていた不安な気持ちが抜けていくように、包み込むようなあの腕の温もりが入り込んでくる。

 鋭くとがったトゲが、丸く滑らかになるように穏やかな気持ちになってくる。

 すると、恐怖で凍りついていた涙がポツリ、またポツリと流れ出すので、それをぬぐい取ろうと手を目元に移した。

 

 でも、それよりも早く、ママが私の顔を埋めさせるように抱きしめるので、ママの服に涙が付いてしまったの。 そんなことも気にせずに、抱きしめ続けてくれるママに私は感謝し、泣き続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 私の泣きじゃくる声と嗚咽が部屋中に響き終えると、気持ちが楽になってくるのを感じた。 それを察したのか、ママは私の背中をトントンとやさしくゆっくりと叩き始めて、落ち着かせてくれた。

 

そのおかげで、私は話すことができるまで元に戻り始めた。

 

 

「どう、真姫ちゃん。 少しは落ち着いた?」

「…………うん…………」

 

 

 ママの問いかけにゆっくりと応えると、続けて聞いてきた。

 

 

 

「学校には行けそう?」

 

 

 その問いに対して、私は声に出さずに顔を横に振って応えた。

 まだ、学校に行けるまでの気持ちの整理が出来ていないので、先延ばしにしてもらいたかった。 

 

 

 

 それに……………

 

 

 

 

「ママ……………」

 

 

 

 

 私は耳元の近くに顔を寄せて、ママにしか話せないことを伝えた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

[ 音ノ木坂学院・屋上 ]

 

 

翌日の放課後―――――

 

 

 今日の練習に真姫の姿は無かった。

 

 それどころか、学校にすらその姿はなかったというのだ。

 花陽たちによると、体調が悪く休んだらしいと言うが、やはり昨日のことが原因なのだろう………今は自宅で塞ぎこんだままなのだろう………そう思うと胸が苦しくなる。

 

 俺のせいではないかと感じてしまうからだ。

 そうやって、俺は俺自身に刃を刺し通し苦痛を受け続けるのだった。

 

 

 視線はいつの間にか地面の方を向いていた。

 

 

 

「蒼一、顔色が優れませんよ? 大丈夫ですか?」

 

 

 うつむきつつあった顔を覗き込むように、海未が顔を出して話しかけてくる。

 

 

 

「あ……ああ………大丈夫だ………」

「そう…ですか………なら良いのですが………」

 

 

 心配した表情で受け答える海未に、俺は申し訳なく思っている。

 

 

 本当は大丈夫ではないのだ。

 

 

 

 昨日、家に直行して眠りについた後、中途半端な時間帯に目が覚めてしまった。 時刻は深夜帯……夜明けまでにはかなりの時間があったが、心のざわつきが俺の睡眠を妨げた。

 その後、一睡もせずに朝が来てしまった。 出かける前に鏡を見ると、昨日見た時よりもかなりヤツれていた。

 

 

 肉体的にも、精神的にも限界が近づいていたのだ。 蜘蛛の糸のような小さな線が理性を抑え、本当の俺の状態を隠しているのだ。

 

 

 それが切れてしまえば…………俺は………………

 

 

 

 

 

 

「蒼一君、いるかしら!?」

 

 

 淀みを帯びた空気の中に現れたのは、いずみさんだった。 少し焦った感じでやってきたので何事かと思った。 俺はすぐに反応を示した。

 

 

「いずみさん、どうしたんです?」

「蒼一君……落ち着いて聞きなさい………さっき、西木野さんの家から連絡が入ったのよ」

「真姫ですか!?」

「いいえ、お父様からよ………」

「お父様って………まさか、院長が!?」

「ええ、そうよ。 それでその話の内容というのはね………」

 

 

 

 いずみさんはそのまま続きを話そうとした。

 だが、途中で留まってしまい、一旦口をつぐんでしまう。

 

 それから数十秒間、間隔を開けてから重い唇を開け再び話し始めた。

 

 

 

「西木野 真姫さんは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日を持ちまして………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイドル研究部を辞めることになりました」

 

 

『!!!!!!!!??』

 

 

 この場所に集まった全員に衝撃が走った。

 

 

(次回へ続く)

 





どうも、うp主です。

やはり、連続投稿は難しい時期ですw
寒くて思考がうまく回らないのが問題だと思います(言い訳)


さて、

『哀しき幻想紅姫 Ⅱ ~for Answer~』

第4話の御拝読ありがとうございます。

展開が急だったり、ゆっくりだったりと落ち着かない不安定なのが自分だと分かっているのですが、しっかりとしてくれませんねぇ。。

もっと、上手に早く書きたい! 
そう思う今日この頃です。


自分では、蒼一と真姫をどこまで追い詰めさせることが出来るのかが、今回の話の重要なポイントになっていくのではと思っております。 描写もそうですが、自分がこうトラウマとかを思い出す時は、結構追い詰められた時に出てくるものだと考えておりまして……そうしたこともあり、これからの話もストイックに攻めていこうかと思っています。


出来るかどうかは別なのですが………(白目)


次回もよろしくお願いします。



今回の曲は、

TVアニメ『ひぐらしのなく頃に解』より

anNina/『対象a』

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