第81話
【プロローグ】
―――――もう少し早く気付いてあげるべきだった
―――――アイツは俺にいくつものヒントを与えてくれていたんだ
―――――俺の記憶と照らし合わせていけば、自ずと答えは導き出されたはずだった
―――――なのに、俺は気付くことができなかった
―――――後悔もする必要もなかったんだ
―――――また、俺はアイツのことを…………
―――――真姫を苦しめてしまったんだ………………
―
――
―――
――――
[ 音ノ木坂学院・廊下 ]
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
悲痛を含む、胸が張り裂けるような絶叫がすべてを飲み込んだ。
太陽が照りつける午後の陽気は、一瞬にして暗雲が立ち込める曇天へと変わっていった。
肌で感じるこの場の空気が冷え出した。
背筋が凍るような冷気が吹き荒れているかのようだった。
同時に、胸元に抑えつけられるような痛みが走った。
圧迫され、息苦しく感じてしまうのは、この絶叫が俺の中に残響しているからだろう。
聞くに堪え難い声が、俺を圧し殺そうとしていた。
「真姫!! どうしたって言うんだ!!?」
叫び続ける真姫に、俺は手を伸ばそうとした。だが………
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!来ないでえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ッ!!!!??」
威圧的にも思えるその拒否反応に、俺は動きを止めざるおえなかった。
さっきまで俺を見ていたその瞳には……………
光を失い……………
白く濁り……………
俺の姿は………どこにもなかった……………
その後、着替えを持ってきた明弘と、騒ぎを聞きつけたエリチカ、希、にこがやって来た。 真姫は、エリチカたちの尽力によって叫ばなくなったが、そのまま気を失ってしまった。 そして、そのまま保健室に連れて行かれ、ベッドに寝かせることとなった。
一方、俺は……………
(ガッ!! ガッ!! ガッ!! ガッ!! ガッ!!…………)
「クソっ……クソっ……クソっ………こんちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
1人、床に向かって、不甲斐無い俺のこのやるせない気持ちをぶつけていた…………
―
――
―――
――――
[ 保健室前 ]
「…………………………」
汚れた服から着替え終えた俺は、真姫がいる保健室の前に立ち尽くしていた。
真姫の絶叫が未だ脳裏に残響として残っており、それを思い出すと胸が締め付けられるように痛くなってくるのだ。 そして、挿し伸ばした手を怖がるかのように拒絶したあの瞬間を思い出すと、悲痛なものでしかなかった。
「俺のせいか………俺のせいなのか………俺が………俺が真姫を追い詰めたのかっ………!!」
あんなことになってしまったのは、すべて俺のせいなのだ。 もっと、俺がちゃんとしていれば、あんな目に合わせずに済んだのに………
ギリッという鈍い音が歯を食いしばった口の中から響く。 それだけじゃない、握り締めた拳からも絞めつけるような音が聞こえるほど力がこもっていた。 多分、体全体のあらゆる部位が力んでいるんだと思う。 体が動かないのもそのためだ。
俺自身、とても悔しい気持ちにしかならなかった。 真姫が感じていた苦しい気持ちを慰めてあげるはずだった……なのに、逆にもっとひどく苦しませるような結果にしてしまった………。近くに叫んでいたのに……手を指し伸ばして助けてあげられるほど近くにいたのに………何も……出来なかった………何もしてあげられなかった………これほどまでに無力に感じることはなかった。
「あら、蒼一君!」
廊下を急ぎ足でやってきたのは、いずみさんだった。
「いすみさん……どうしてここに……?」
「生徒が1人倒れたと聞いて駆けつけたのですよ」
「そう……なんですか………」
「それに私の友人の娘だというのですから、居ても立ってもいられなかったのですよ。 それで、様子の方は?」
「いいえ……まだ確認していません………」
「???……どうしたのですか、顔色があまりよろしくはないですよ? 何かあったのですか?」
「い、いえ…!! 何もありません………」
いずみさんが俺の顔を伺うように話しかけてくるので、いずみさんに向けていた顔をそのまま正反対の方向に向かせた。 自分の今の心情をあまり悟られたくないと感じているからだ。
だが、そんな俺の考えを読んでいるかのように、いずみさんは俺が向いている方に立って俺を見て言った。
「蒼一君、無理はいけませんよ。 あなたは今回の件で思うところがあるのでしょう? それを無理に押し留めるようなことをしては、体に悪いですよ」
「ううっ………」
「もしよかったら、私がその話を聞きましょうか? 他言はいたしません。 これは蒼一君と私個人との約束です」
「いすみさん…………」
そう言って、不敵に見せる笑顔が俺の乱れた心を優しく包み込むように慰めてくる。 落ち着きのある声が、焦る俺を穏やかにさせてくれる。 これが母親の魅せる力というものなのかと、次第に温かくなる自分の心に思い、その身を預けるようにした。
「いずみさん、実はですね――――――――――」
重い唇を開き、あの時、何があったのかを話し始めた………
―
――
―――
――――
眉を寄せた難しい顔をしながら聞いていたいずみさんは、その一部始終を話し終えた俺に声をかけた。
「………そう……そんなことがあったのですか…………」
いつの間にか、この場の空気は重くなっていた。 声を震わせながら発していた俺の言葉の1つ1つが重たく、それが空気中に溶け出して淀んだ空気にしているようだ。 肌に触れる熱が冷たく感じてくるようだ。
しかし、そんな空気を二分するかのように、いずみさんは語り始めた。
「でもね、蒼一君。 自分を責めてはいけません」
「何故です? 俺が余計な事をしなければ、このような事にはならなかった……そうでしょう?」
「それは違います。 あなたは辛そうにしている西木野さんを助けようとしたではないですか? あなたは何も悪くない、自然に起こった不幸が襲いかかっただけにすぎません」
「ですが……ですがそれじゃあ……!!」
「蒼一君!! あなたは少し思い悩み過ぎです……すべてを自分のせいにしてはなりません。 確かに、あなたのことを見て叫んだそうですが、何か思い違いをしていたんじゃないでしょうか? 昔のことを思い出して、それと重なっただけではないでしょうか?」
「それは………否定はできません………」
「それに、西木野さんはあなたのことを必要としているのではないですか?」
「!!」
「西木野さんがあなたに話そうとしていたことがあるというのは、それだけあなたに信頼を寄せていたことですよ。 女の悩みっていうのはね、あまり他人に話さないものよ? それを異性であるあなたに話すというのは、それだけあなたのことを信頼しているからなんですよ」
「真姫が俺を………?」
「そうです。 それに、今の彼女にこそ、あなたが必要なのですよ。 彼女のことを思うその気持ちだけで人は生きて行こうと思うのですから………」
「いずみさん…………」
「さあ、早くお入りなさいな。 そして、やさしく接してあげてくださいよ?」
いずみさんはそう言って、俺に中に入るように手招きをした。
いずみさんが話したことがそれとなく自分の中に入り込んでくるような気がした。 やさしく、時に厳しい表情で俺に話をする姿は、まさに母親そのものだと感じる。 そこに温かく包み込んでくれるような言葉で俺の心を落ち着かせてくれる。
ようやく冷静な判断ができそうな気がした。
今、俺にできる最大限のことは何なのだろうか?
俺は真姫に何をしてあげられるだろうか?
考えろ………そして、それを行動に示すんだ………俺が………何とかしてやるんだ………!
「ふふっ、いい表情になったわね」
微笑を含んだ顔が気持ちを穏やかにする。
気持ちを整えた俺は、そのまま中に入りだした。
―
――
―――
――――
[ 保健室内 ]
「失礼します……」
保健室の扉を開けて入ると、真姫が寝ているベッド周りにμ’sのメンバーが集まっていた。 みんな真姫のことを思って来てくれたのだろう、心配そうな表情が浮かび上がっていた。
俺の存在に気が付いたのか、エリチカがこちらに顔を向けて俺を見た。
「あっ…蒼一………そして、理事長も………」
「絢瀬さん、そのままでいいですよ……」
「絵里、真姫はどんな感じなんだ?」
「さっきと比べれば順調に元に戻っている………と言いたいところだけど、気絶して以降、まったく反応が無いから何とも言えないのが現状ね………」
「そうか………」
俺は真姫の近くに行き、その寝顔を見た。 とても安らかな表情だった………さっきまで見せていた険しい表情とは打って変わって、実に落ち着いた状態になっていた。
だが、俺自身は安心しきれていなかった。 今は寝てて落ち着いているだろうけども起きた時はどうだろうか? それに、寝ている間に夢の中で嫌なものを見てうなされるのではないだろうかなどと憶測してしまう。 考えれば考えるほどに不安は募るばかりだった。
「真姫………」
手を伸ばして頬に触れる。
青ざめて熱を失っていたこの肌に人並みの温もりと鬼灯のような赤みが戻っていた。 そして、その手はなぞるように伸びてゆき、首筋のところにまで届く。
ドクン――――――ドクン―――――――ドクン――――――――――
正常に動き続ける大動脈の音をこの手を通して聴くと同時に、心に覆い被さっていた不安が少しずつ取り去り始め、元の状態を取り戻しつつあった。
〈ジジ………………ジジジ………………………〉
だが…………
「うぐっ………!!」
治まっていたはずの背中の傷が疼き始め出した。 初めは静電気に触れるような痛みだったのが、次第に、沁みるような痛みとなって体中に走り始める。
痛みが強くなりはじめると脚から力が抜け始め、床に膝を付いた。
『蒼一!?』『蒼くん!?』『蒼一にぃ!?』『蒼一君!?』
抜け落ちるように体が下がったことに驚きを感じたみんなは声をそろえて俺の名前を呼んだ。 それに応えるように言葉を発しようと口を開けるも声が出なかった。 痛みの方が強かったからだ。
「兄弟! どうした……!? また体に異変が!?」
何かを察した明弘が近寄って来て、現状に的確なことを聞いてくると、俺は迷うことなく首を縦に振り応える。 「わかった……」と言って、俺の体に手を回して、ベッドの近くから引き離して壁に寄り掛かるように座った。 この状態だと少しは楽になるようで、痛みが引いていくような感じがした。
「ど、どうしたのよ蒼一! どこか悪いの!?」
エリチカが心配そうに尋ねてくるので、痛みに堪えながらも答え始めた。
「……背中の…古傷がな……少し痛み出し始めている…ようなんだ……どうしてだか……わからんがな………」
「そ、そうなの……!?」
「と、というか……背中の古傷ってどういうことなのよ?!」
驚きと切迫した表情を見せるエリチカとにこは、そのまま体をこちらに寄せてそのわけを聞こうとしていた。 論点が変わりつつあったこの場面に、明弘が間に入り軌道を戻した。
「まあまあ、待ってくれや。 その話はまた今度にしてよぉ、今は真姫の容態を心配してくれよ」
「「で、でも………」」
「………大丈夫だ……また今度に話すからさ…………」
「「蒼一…………」」
心配そうに見つめる2人にそう言うと、それ以上は何も言わなかった。 他のみんなも同じように納得はしてはくれたようだが、決して透き通った表情はしていなかった。
特に、このことを知る穂乃果たちやいずみさんは、他よりも曇らせていた。
〈ジジ……………ジジ……………ザ………ザザ………………〉
「――――――ッ!!!」
またしても、背中に痛みが走りだす。 だが、それは一時的なもので長続きはしなかった。
何だったんだ……今のは………?
何かに反応するかのように感じた痛みは何を意味していたのか、この時には理解できなかった。
だが、次の瞬間に目の前に飛び込んできたものに全身が震えた。
「真姫!!!!」
この部屋の扉を勢いよく開くと、そこから1人の女性が現れた。 胸元まで伸ばしたクセのある長い髪が入室する際の勢いでなびくと、甘い香りがこちらまでやってくる。 それを大きく吸い上げると、鼻の奥から病院でよく使われる麻酔のような匂いがよみがえる。 それが何とも心地よく、気持ちを落ち着かせることができた。
「美華!」
「いずみ!! 真姫は!? ウチの真姫は大丈夫なの!!?」
「落ち着いて美華! 真姫ちゃんは大丈夫よ!!」
「真姫!! あぁ………よかったぁ……………」
その人はベッドの周りに居た穂乃果たちの間を通り抜け、一目散に真姫の近くにきてはしゃがみこみ、眠りに付くその安らかな表情を見て胸をなでおろしていた。
真姫の母親なのだろうと、その人の後姿を見てそう思っていたのだが、同時に懐かしさを感じていた自分がいた。
俺はこの人に会ったことがある………?
心の中でそんな疑問が湧きおこると、その答えを教えてあげようとするかのように、この人はこちらに顔を向けた。 何と穏やかな表情なんだろう………慈愛に満ちたような微笑みがこちらに向けられると、思わず心が揺れ動いた。 見開いた眼でこの人を見ると、何かの残像が重なり合おうとして気持ちを揺れ動かした。
すると、この人は立ちあがって、座り込んでいる俺の前に来て顔に触れた。 さっき、俺が真姫にやったのと同じように、頬から首筋にかけてなぞるように触れた。
「大きくなったわね………あなたはあの頃と変わらない表情をするのね………」
囁くような声で話したこの人の声を顔を見ながら耳の中に入れると、それまで残像となっていたものがハッキリとした現像となって重なり合った。 その事実に、俺は驚きのあまり寄り掛かっていた体を前に突き出した。 そして、その人をまたじっくり見ると確信を抱いた。
「あなたは………あの時の看護婦さん………!?」
記憶の片隅に眠っていた曖昧なものがそれだと確信させたのは、この人から感じ取れるすべてからだ。 あのわずかな時間の中で、見てきた記憶の中の人がこの人であると断定したのだ。
「そうよ……あの時もあなたは私の娘を助けてくれた………」
ドクン――――――――ドクン――――――――!!!!
鼓動が強く跳ね上がる。
視界が揺れ始めてきたのはこの頃だろう。 まさかと感じながらも違うと割り切っていた自分が間違っていたんだということが証明されたかのようだった。
いや、そんなことはどうでもよかった………。
俺は目の前にある現実を受け入れることに身震いした。
まさか………いや、そんなことがあっていいのだろうか…………?
こんなにすぐ近くに居て…………
いつも一緒に過ごしてきたはずなのに……………
俺は……それを………これだと判断できていなかった……………
だが…………これで確信したんだ………………
真姫……………キミは………………!!
あの時、助けたあの少女だったんだと…………
確信をしたのだ。
〈ジジ……………ジジ……………ザ………ザザ―――――――〉
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
『哀しき幻想紅姫 Ⅱ ~for Answer~』
第3話の御拝読ありがとうございます。
時系列的には少し進んだ感じはしますね。
そして、第2章の過去編で出てきた少女が真姫であることが判明したわけですが……
もう察していた人がいるのではないかと思っています………()
隠すのは得意じゃないですものね。
しかし、このあとの展開だけは察することが出来ないだろうと思いたい!(切望)
読者の期待やら予想やらを裏切ることが出来る話を創っていきたい!
ただそれだけなんです……()
なんか、連続投稿が出来ているのですが、これは単にテンションがあっただけであって、そう長くは続かないんじゃないのかなぁ……と思っておりますので、最新話が出来次第、ツイッターのほうで呟き、キャスを開いてその事前経過を観察することをやりますので、どうぞ、そちらもチェックして置いてください。
では、次回もよろしくお願いします。
今回の曲は、
水樹奈々/『ミュステリオン』
更新速度は早い方が助かりますか?
-
ちょうどいい
-
もっと早くっ!
-
遅くても問題ない