第80話
【前回までのあらすじ】
真姫は、幼い頃に起きてしまったあの日の出来事の夢を見た。
何度も見たその夢は、今回も真姫の心を苦しめるものとなった。
そこに追い打ちをかけるように、処分したはずの血の色で染まったハンカチを見つけて、心を大きく揺るがすことになった。
苦痛を抱えながらも学校に来ては授業を受け、そして、放課後になった。
その時、真姫は偶然にも蒼一と出会い、彼に自分が今辛く感じていることを話そうとした。
蒼一と話せば、自分の気持ちを和らげさせられると感じた真姫は早速話しかけようとする
………だが、蒼一は真姫を何かから守ろうとかばい…………
真っ赤に染まった液体の上にうつ伏せとなって倒れてしまった。
それを拍子に、真姫が抑えつけていた感情が解放されてしまった………
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――
―――
――――
[ 音ノ木坂学院・校舎内 ]
―――少し前にさかのぼる
「え? 俺に手伝ってもらいことがある?」
「そうなんです! お願いします!! 宗方さんにしかお願いできない事なんです!!」
「ほへぇ~、とうとう兄弟に他の部活からのオファーが来ちまったようだな……ということは! 俺のところにも来る予感が……!?」
「う~ん……弱ったなぁ………」
いつものように明弘と共に、大学から直行してこの学院に来たのはいいのだけれども、来た瞬間に、生徒に捕まってしまっていた。 どこかの部活の人かと思っていたが、彼女たちの格好からしてソフトボール部の人たちであると分かった。 ユニホームは着ていなかったが、カバンと一緒に背中に背負っていたバットケースを見て確信を得た。 となると、彼女たちのお願いというのは、指導をしてくれってヤツなんだろうか?
「なあ、お願いって言うのは、練習の指導とかをしてくれないかってヤツか?」
「そうなんです!! 以前、広報部の新聞を見てお願いに行きました時には、かわされてしまいましたが、今回だけはどうしてもやっていただきたいことがあるのです!!」
う~む………やはりそうだったかぁ………しかも、洋子の新聞に俺たちのことが掲載された時に、群がってきていた人たちの1人がこの人だったとはなぁ。
しかし、彼女から伝わってくるこの緊迫したような雰囲気はどういうことなのだろうか? 何かを追い詰めているのか……それとも追い詰められているのか……どちらにせよ気になるところだな。
「しかし、何てったって俺に頼もうとするんだ? 練習するくらいなら自分たちだけでも出来るんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれません………私たちだけで何とかしたいと思うのはあります。 ですが、私たちにはもう時間が無いのです! 3年生はあともう少しで引退しなくてはならない……今度の夏の大会が公式戦での最後となる試合となるのです! 私は最後の思い出にチームみんなで優勝したいんです!」
「ん~、なんともいい青春の匂いだ……何だか応援したくなってきたじゃあないか! そうは思わねぇか、兄弟?」
「明弘ぉ………確かに、応援してやりたい気持ちはよくわかった。 けど、こっちも頑張らないといけないと思っているんだ……この学校のためにしてやりたいってさ……すまない」
「そ、そんな…………」
俺の返事を聞いて、彼女は絶望したかのように暗い顔をしていた。
わかっているさ………彼女がチームのために何かしてあげたいっていう気持ちは強く感じる。……そう、まるで穂乃果と同じだ。 誰かのために、という信念に心を揺さぶられる。 だが、今の俺はμ’sのために…この学校のために全力を注ごうと思っているんだ……。 請け負ったとしても、2足のわらじでどちらかが…いや、2つとも中途半端になってしまうことが怖いんだ。 そうすることは、決してしたくは無いんだ。
だから、俺には出来ないのさ………
俺は彼女の横を通り抜けて、そのまま校舎に入ろうとした……
「お~い、ちょっち待ってくれよ兄弟! 話は終わっちゃいないぜ?」
「「えっ?」」
明弘の意外な言葉に、俺と彼女は驚きを隠せずに声に出してしまった。
一体どういうことなのだろうか……?
俺はその場を立ち回り、明弘たちがいるところに戻っていった。
「明弘、話しが終わっていないというのはどういうことだ?」
そう言ってやると、明弘はあの何かを企んで楽しんでいるニタリ顔を俺に見せ、こう言い放ってきた。
「兄弟、μ’sには、2人の指導者がいる。 兄弟と俺だ。 俺たちだけでアイツらを支えているんだって言う自負はある。 だが兄弟、今後アイツらは、当然自分たちの力で上を目指すことになるんだ。 いつまでも、俺たちと一緒に居るわけじゃないんだ」
「何が言いたいんだ?」
「これを機会に、アイツらができる範囲のことはアイツらに任せて見てもいいんじゃないかってことさ」
「んな?! なんだって?」
「ダンスは、絵里。 楽曲は、海未と真姫。 衣装は、ことりとにこ。 そうやって役割分担をさせてやってさ、アイツらを成長させていくことも1つの手だぜ?」
確かに、明弘の言う通りかもしれない……真夏の地方ライブに向けて、チーム遠征をさせなくちゃいけない。 そのためにも、アイツらがある程度まで自立しておかなくちゃいけない。 だとしたら、この時期からでもそうしたことを進めて言ってもいいんじゃないかって思うな!
なるほど、いい手かもしれないな。
「それに、兄弟がいない時には、この俺が2人分の力を発揮しておけばいいってことさ!」
「お前………」
こういう時に限って、コイツの脳はフル回転しだすんだ……普段からこうあればいいとつくづく思うのだが……お前のその提案に乗ってやるとするか。
俺は気持ちを切り替えて、彼女の方に体を向き直した。
「さっき、俺が言った言葉を撤回する」
「えっ!? そ、それじゃあ……!!」
「キミたちがどのくらいの実力を持っているかは分からないが、俺が君たちのコーチとなって練習を見させてもらうぞ」
「っ!!! あ、ありがとうございますっ!!!!」
彼女は大きく体を前に倒してお辞儀をした。 少し鼻に詰まったかのような声が聴こえてきたようなのだが、次に彼女は普通に話しをしてきたので、気のせいであると思った。
「そんじゃあ、兄弟。 俺は先に部室の方に行っているからよ、そっちが終わったら早く練習に来いよ!」
明弘は先に後者の方に入っていき、俺は彼女と今後のことに付いて話をし始めた。
最近、みんなの視線とかが怖いからなぁ………出来るだけ、参加させてもらうことにしようかな………
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――
―――
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[ 音ノ木坂学院内 ]
「しっかし、割と元気な子ばっかだったな………」
あの後、ソフトボール部の部室に行きメンバー全員を紹介させてもらったのだが、これがまた元気ハツラツな子ばかりで……穂乃果と凛を足したような子たちばかりで、正直、頭を抱えてしまいそうだった。 さっすが、スポーツ系部活動だわ、やる気が全然違うぜ……!! もう、彼女たちだけで優勝できるんじゃね?……って、思ってしまったくらいだよ。
けど、やるって決めたからな。 期待にこたえられるくらいには努力させてもらうさ。
そして、俺はそのまま校舎に入って明弘たちが待つ部室の方へ向かって歩いていたところだ。
どちらも中途半端にならないためにも、頑張らないといけないな。
「そういえば、さっきの子。 応援旗を作るって張り切っていたあなぁ。 けど、バケツを持ってどこに行こうとしていたんだ?」
そんなふと思い出した疑問について考えながら、俺は歩き続けていた。
廊下を歩いていると、見慣れた後姿が見えてきた。
「あれは………真姫か!」
セミロングのきれいに整われたあの髪を見ただけで、誰なのかがすぐに分かる。 それくらい一緒に居るからなのだろうか、何となくという感覚で、他8人も後姿だけで見分けることができる俺はすごい方に分類されるものなのだろうか? まあ、変態扱いされたら困るんだけどな………
「おー! 真姫か!」
いつものように素っ気ないような声掛けをし始める。 そこから始まる会話は、大体はまともだが、時々呆れたような顔をして返答してくる時もある。 まあ、気分によって変化するってヤツだな。
だが、俺が予想していた反応とは全く別の反応が来たのに驚いた。 真姫は体を身震いした後、素早くこちらに顔を向けてきては、俺を見るなり体中の力を抜くような素振りを見せたのだ。 それに表情も何だか強張っているし………どうしたんだ?
見た目から感じた違和感に俺は聞いてみることにした。
「ん? どうしたんだ、真姫。 いつもよりも元気が無いようだぞ?」
「そ……そんなことないわよ!! 私はいたって元気よ!!」
「う~ん、そうか……? いつもと何か雰囲気が違うと思ったんだが………俺の気のせいか?」
「そうよ、気のせいよ………そうに決まっているじゃない」
一貫して真姫は平然として、何も問題ないように話すので、こちらもあまり深入りはしないことにした。 なんせ、前に深入りし過ぎてしまったっていう苦い経験があるからな、これ以上、このことで話しをする必要はないと悟ったからだ。
だから、俺はあえて違う話を切り出していくことにした。
「そう言えばさ、さっきソフトボール部の人が俺のところに来てさ、コーチをお願いされちまったんだよ。 初めは断ろうと思ったんだけどさ、明弘がやってもいいんじゃないかって言うからとりあえず引き受けて見ようかと思っているんだが、大丈夫と思うか?」
俺は、さっきあったことについての話をし始めた。
実際のところ、明弘は良いと言ったものの、みんながどう思うのかが問題となる。 そのためには、それなりの説得をしておく必要があるのかもしれないため、まずは真姫に聞いてみることにしたのだ。
「…………………………」
「ん? 真姫? おい、真姫? お~い、真姫ぃ~?」
どういうわけか、真姫は下に視線を向いたまま黙り込んでしまった。 俺が声をかけてもまったくと言っていいほど反応が無い。 はて? これはどうしたことだろう???
不思議に思う俺は、そのまま続けて真姫のことを呼び続けた。
「真姫……なあ、真姫! ………おい、真姫!!」
「――ッ!! 」
ようやく俺に気が付いたのか、驚いた表情を見せ俺の方に向き直した。
「ど、どうしたのよ、蒼一……?」
「さっきから真姫のことを呼んでいるのに気付かなかったのかよ?」
「ご……ごめんなさい………」
「別に、謝るようなことじゃないけどさ……やっぱり、今日の真姫は何だか様子がおかしいぞ?」
「だ、だからぁ……本当に大丈夫だって言っているじゃない………!!」
さっきと同じく真姫は何も問題はないと話すが、こちらは少し心配気味になる。 こんなに近くに居るのに、まるで俺がいなかったかのような驚き方をして来るので、やはり何か問題はあるんだろうと感じてしまう。
それでも、俺はこれ以上の深入りはしていけないと心に思い、さっきの話の続きを話し始める。
「それで、さっきのコーチの件なんだが、もしかしたら頻繁にあっちの方に顔を出すことになるかもしれないんだ。 そうなると、練習とか楽曲とかの準備とかは、ほとんどお前たちだけでやってもらうことになるかもしれないんだ。 一応、明弘はそのまま練習に出てくれるらしいが、真姫はどう思う?」
「………………………………」
「………って、真姫……………?」
俺が真姫のことを思って話を逸らしているのだが、当の本人が上の空状態では、なんとも言えない気持ちになる。 だが、その表情を見ているとどうも様子がおかしい………
下に顔を向け、難しそうな顔をすると冷や汗のようなものが額からにじみ出てくるのが見えた。 表情も次第に固くなってゆき、熱を帯びて少し赤く染まっていた頬も、青白くなって見る影もなかった。 真姫は、明らかに何かに動揺しているのだ。 その証拠に、真姫の目はどこにも焦点が合わない虚ろな状態になっているのだ。
そう言えば、同じようなことが前にもあったような……………ハッ…………!
「まさか………真姫………おまえ………!」
俺の脳裏にふと思い出したことが一つあった。
それは、俺が真姫と初めて出会い、曲作りを頼んだ時のことだ。 あの時の俺は、真姫に対して詮索してはいけない範ちゅうのことを尋ね聞いてしまったことがあった。 真姫は、自分が過去に犯してしまった罪について、長年思い悩み続けていた。 自分がやってしまったことを罪と思い込んでしまって、ただただ1人で、苦しみもがき続けてきたのだ。
今の真姫は、その時の表情とまったく同じものだった。
今、真姫に襲いかかっているのは紛れもなく、あの時のことに対する後悔の念だ。 それがまた真姫のことを苦しませているのだ。 すでに終わったはずの苦しみが真姫を締め付けているのだ。
そんな真姫を苦しませているものに、俺は腹が立った。
あの時の真姫は、確かに救われたはずだ。 大げさのように聞こえるかもしれないが、俺はあの苦しみもがいていた真姫を救い、生まれ変わった様子をハッキリとこの目で見ていたのだ。
その後の傾向は見ての通りだ、自分に楔をかけていた時とは打って変わって、いろいろなことに手を広げていったのだ。 まずは、楽曲を作ってくれた……花陽を誘い、凛と共にμ’sの一員となってくれた……他のメンバーとも仲良く接するようになった………そして、笑っていることが多くなったのだ……………
それが今の状態を見て見ろ……こんなに苦しんで悲しそうな顔をしているだなんて、俺にはどうしてもやるせない気持ちになるんだ。 真姫には、ずっと笑ってもらいたいと思っている。辛いままになんかするわけにはいかないんだ。
だから…………
俺は………俺に出来る最大限のことをしてやりたいんだ………!!!
俺は、胸をドンッと叩いて決意を表した。 俺は真姫を助けたい……ただその一心しかなかった。
「真姫ッ!!」
腹に力を込めた言葉が空気を振動させる。 戒めるようなその声とは裏腹に、俺はあの時と同じように穏やかな表情をして真姫を見つめた。 俺の声が届いたのか、ハッと意識を元に戻して、すぐに俺の顔を見た。
初めは驚きの表情をしていたが、次第に、顔を強張らせていたものが少しずつ解れ出し始め、青白くなっていた頬に赤みが戻り始めた。 目蓋も赤くなり始め出し、今にも泣き出しそうな顔を向けてきた。
あぁ……あの時と同じなんだな…………
ふいに、あの時のことを思い出すと、さらに何とかしてあげたいという気持ちが強くなってくる。 俺は、言葉を選びながら真姫に語りかけた。
「真姫………やっぱり、何かあったんだろ? 今のお前は、あん時に見せたとても苦しくって悲しそうな顔をしているんだぞ」
「そ、蒼一………」
「………また、昔のことを思い出していたのか?」
「………………うん」
真姫は胸に手を当てて、乱れそうになっている感情を抑えながら俺が話したことに肯定の二言を告げた。
やはり、真姫はあの時のことをまだ…………
真姫があの時に吐き出したはずの気持ちはすべてではなかったようだ。 まだ、心の深底にはどうしても赦し切れなかったものがあったに違いない。 悔しい………すべてをぬぐい取ることができなかったことに、俺は悔しかった。
そんな俺は、真姫のことを助けたいと思う。 今の俺にどこまで真姫を助けることができるのかなんてわからない。 また中途半端に終わってしまうかもしれない。 だが、それでも俺はこんな真姫を見たくはない。 笑ってみんなと一緒に楽しく過ごしてくれる真姫でいてほしい……だから、俺は……俺に出来る最善な事をするつもりだ………!!
握りしめた拳にグッと力を込め、俺の中にあるやるせない気持ちを押しと止め、それを振り払うように、前に出た。
心を穏やかにしたまま、真姫に話しかける。
「そうか……それはまた辛いことを思い出しちまったようだな……俺でいいなら話を聞いてやるよ」
そう言って、真姫の頭の上に右手を置き、流れるように美しい髪を伝っていくようにやさしく撫で始めた。
撫で始めると、真姫は言葉には出さないが、表情が穏やかになっていくのを見た。 それを見るだけで、俺は安心してくる。 俺のこうした行為で、真姫の気持ちを和らげさせられることができるという事実に嬉しく思ってしまうのだ。
「蒼一、あのね…………」
撫で続けている中で、真姫は顔を上げて俺に話しかけてきた。 どうやら、何があったのかを話してくれるようだ。 俺は聞き受ける準備をした。
そんな時だ
俺の視界にさっき俺と話をしていたソフトボール部の生徒が入り込んできた。 何やらさっき持っていたバケツを抱えてこちらに向かってくるようだ。 少し辛そうな顔に見えるのは、それだけ重たいのだろうと思う。
だが……かなりふらついているけど……大丈夫か?
あ、目があった。
あの子がこっちに気が付くと、少し急ぎ足になってこっちにやってこようとした。
おいおい、そんなに急いだらつまづいちゃうぞ?
そんな俺の立てたフラグが、芸人のノリのように働いて、実際にその子はつまづいてしまった。 その拍子に、抱えていたバケツが勢いよくこちらに向かって飛んできた。 それに、中身の液体がバケツよりも早くこちらにかかってきそうだった。
んげっ!! マズすぎだろ!!!
「真姫!! 危ないっ!!!!!!!」
言葉よりも体の方が瞬時に動き始め、俺の前にいた真姫の体を掴んだ。 そして、そのまま受け流すように俺の後ろに向かって投げ飛ばした。 ケガしない程度な感覚で投げたのだが、最悪どこかを軽く打つ程度になるかもしれない……だが、これにかかるよりかはマシだと思ってもらいたいな。
「きゃぁ!!?」
真姫が俺の思っていた距離に向かって倒れたので、これなら当たらずに済むだろうと確信した。
(べちゃぁぁぁぁ!!)
俺の背中に向かって、液体が勢いよく付着した。 というよりも、滝の水が強く体に当たるように、べっとりと流し込まれたような感じだ。
なんだこれ……? 何だか、赤いなぁ………??
体についたのは赤い液体のようだ。 サラサラとしたものだから大丈夫かn………
(ガツッ!!)
「~~~ッ!!!」
考えを起こしていたところに、後頭部を強く打ち叩かれたかのような音と衝撃が走りぬけた。 当たった場所が悪かったようで、頭がクラッとしてしまうほどの軽い脳震とうが起こってしまい、その場に倒れ込んでしまった。
(べちょ……)
倒れ込んだ場所は、何やら気味が悪く感じていた。 顔や手に冷たい液体みたいなものが当たっているような感覚になった。
これはもしや、バケツの中身の赤い液体……!?
マジかよ、と思いつつも混乱状態に陥っている俺は体を動かすことができないでいる。 これは、服がダメになったかもしれないなぁ……そう思いながら、早く体が動くことを願っていた。
「―――――――――――――!!」
何か声が聞こえてくるのだが……それがどこからのものなのかが判断できなかった。
「う………うぐぐ………………」
少しずつだが、体に力が戻ってきたような感覚がしてくるようになった。 うんうん、混乱しまくっていた頭も大丈夫になってきたぞ……これならば……………
手に力を入れ始めて、上体を起こした。 そのまま、服の方を見て見ると案の定の姿に溜め息が付いてしまった。 結構綺麗に色が付いちゃって、ちゃんと落ちてくれるのかが心配になってきたものだ。
「す、すみません!! わ、私の不注意で宗方さんの体を汚してしまって!!」
顔を上げると、さっきの生徒が申し訳なさそうな顔をして俺に謝ってきた。
「いーや、こっちは大丈夫さ。 たかが、服の1着がこんな感じになっただけだし問題ないよ」
「で、でも!」
「いーのいーの、そんなことで心配しなくたっていいから、アイドル研究部の部室に行って明弘ってヤツに、俺の着替えを持ってくるように頼まれてくれないか?」
「わ、分かりました!! すぐに呼んできますね!!!」
そう言うと、あの子は素早く部室がある方向に走っていった。
早く、着替えが欲しいかなぁ………
濡れて少し寒気が出てくると、そう感じるようになってきた。 それに体中が真っ赤に染まっているんだ、見る人を驚かせてしまうのは必定、早々に着替えておきたいものだ。
………あっ………そうだった……真姫がいるんだったな………
まだ混乱している頭を抱えながらも真姫がいる方へと顔を向けた。 俺が思っていた通り、真姫には何の被害もなかったようだ。 あったらあったで、どうしようかと思ったぜ。
「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……ハッ――――――!!!」
ただ、様子がおかしかった。 平然として座り込んでいるだけなのかと思いきや、激しく乱れた呼吸を口から吸っては吐き出し吸っては吐き出しと、その繰り返しを続けていたのだ。
「ま……真姫……………?」
軽く話しかけてみたがまったく反応を示さなかった。 それどころか、さっきよりも呼吸を行うペースが速まっているようにも感じられた。
「おい……真姫?………真姫………おい、真姫…………!」
何度呼びかけをしても、返事は一切なかった。 ただ、何故か目を瞑りだし始めただけしか反応が無かった。
呼吸は激しくなる一方だ…………今、真姫の中で何が起こり始めているのがまったく見当がつかないまま、見守ることしかできなかった。
「そう…………いち……………?」
「………ッ!!!」
やっと返事が来た。
待ちに待った言葉に、俺は身を乗り出すように目の前まで這うように近寄った。
瞑っていた目を開いて、俺の顔を見始めた。
「真姫……! 俺だ!! わかるか!?」
この時、何故か俺はありふれたような言葉を投げかけていた。 わかりきっているはずだ、いや、それが通常であるのだ。 言葉に表さなくとも、見ただけで判断することができるだろうと考える人もいるかもしれない。 だが、何故そうしたのか俺にもハッキリとは言えない。 ただ、言えるとすれば………
心にモヤが生じ始めていたからだ…………!
「あっ………あああぁぁ……………!!!」
呼吸が乱れて震えた声が発せられた時、同時に、恐怖が含まれていることに俺は察した。 それと同時に、嫌な予感が脳裏を駆け巡った。
震えだす体……激しく乱れる呼吸……青ざめる表情……虚ろになり始める瞳……
どれをとっても、正常とは言い難いものだ。 まるで、何かに取りつかれたかのような感覚を感じると、早くどうにかしなくてはと思い立ったのだ。
「真姫………大丈夫か………?!」
――――――後になって、俺は自分が発した言葉に後悔した
――――――あの時の真姫の状態を真に把握することが出来ていなかったからだ
――――――それだのに、そのまま問い詰めるか如く真姫にせまったのが悪かったのだ
――――――そう……ああなるとは、誰も予想できなかったから…………
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
壁を貫き、天をも貫く悲痛に包まれた声がすべてを飲み込み………
残響した……………
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
『哀しき幻想紅姫 Ⅱ ~for Answer~』
第2話の御拝読ありがとうございます。
なんやかんやで、第2話でした。
今回は、蒼一の視点で第1話を見せました。
こちらから見ると、また違った視点となりますが、内容は変わりません。
さて、この話に終着点は見えるのか?
それは……おいおい見ていけば分かります。
次回もよろしくお願いします。
今回の曲は、
PCゲーム『euphoria』より
青葉りんご/『楽園の扉』
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない