「ふんふふん♪ ふんふふんっ♪ ふふんふ~んっ♪」
愉快な鼻歌を奏でながら俺たちの前を進む“まゆりさん”。メイド服からふわりとした白の長袖と薄い青のスカートの装いに着替えて俺たちの道案内をしてくれている。
というのも沙織さんから、拙者の友人に今回のイベントのためにお願いしていただいた物があるのですがそれを持ってきてもらいたいのでござるよ、と頼まれたからだ。しかもそれが、フェイリスさんの店で働くこの人“椎名まゆり”さんの知人ということもあり、彼女自ら案内役を買って出てくれたのだ。
「あと、もう少しだからね~みんながんばって~!」
ふわっとした口調の彼女はとても嬉しそうだ。ゆるふわすぎて高校生かと見間違えるがあれが俺より年上の人なのが不思議だ。人は見かけによらないことはよくあるが、今年に限ってそれがありすぎて数えきれないぞ。もうあれだな、もう見かけで判断しないようにしなくちゃだな。
「元気な人だな~。なんかまゆりさんを見てるとことりちゃんみたいだなぁって思う」
「確かに、何と言いますかあの口調といい、あのゆったりとした感じはどことなくことりと重ねてみてしまいますね」
確かになぁ、と穂乃果と海未の会話に納得を覚える。ああした雰囲気はことりに近しいものがあるし、もしかしたら共通の趣味があるんじゃないかって思える。フェイリスさんと面識があるみたいだし、ことりともあるんじゃないだろうか?
「ん~? なになに~? まゆしいのことを話してたの~?」
「わわっ!? 悪口とか言ってないですからね!」
「こら穂乃果!」
「ふふっ♪ だーいじょうぶだよぉ。穂乃果ちゃんは悪い子じゃないってまゆしぃは知っているのです」
「あれ? 私、自己紹介しましたっけ?」
「ううん。ミナリンスキーちゃんから教えてもらったんだ~。親友の穂乃果ちゃんと海未ちゃんのことをね~。ミナリンスキーちゃんはとってもいい子いい子だからたくさんお話してくれたんだ~学校のこととかみゅーずのこととか。あとあと~蒼一くんのこととか!」
「へぇ~俺のことまで」
「そうだよ~。なんでも蒼一くんのことがとってもとってもだーいすきみたいでね、蒼一くんの話になると止まらなくなっちゃうんだ~。そんなところもかわいいよね~♪」
「まったく、あいつらしいな。しかし、まゆりさんがことりと面識があったとは」
「えへへ~意外だったかな? 実は、まゆしいはミナリンスキーちゃんと面識があったのです!」
いや、そのまんま返されてもな……しかも、どや顔で……
「若いなぁ~やっぱり女子高生には恋がつきものだよね~! ドキドキとワクワクが止まらない恋は女の子をときめかせてくれるものだとまゆしいは思うのです!」
「あはは、どうなんでしょうね……?」
「むぅ~ダメだねぇ、蒼一くんは~。そんなんじゃミナリンスキーちゃんがかわいそうなのです。もう少し女の子の気持ちを大事にしてほしいとまゆしいは思います!」
「む、そんなにダメに見えるのかな?」
「ダメですね」
「穂乃果もダメだと思うよ」
「お前らまで……」
「ふっふっふっ~、蒼一くんもまだまだだねぇってことだね~」
いきなりまゆりさんにダメ出しを受けたところに海未と穂乃果にも畳みかけられるとは……俺ってそんなに女心を理解していないのか? ことりたちと恋人としての付き合いは数か月程度ではあるが濃密な経験をお互いしていると思ってるし、幼馴染としての時間を加えれば結構理解できているはず……
が、しかし。実際はそうでもないんだと突きつけられると少し自信がなくなる。そうは言ってもなぁ、わからないものはわからないもんだ、と言い訳したくなるが本人たちの前では言えない。まゆりさんからどう言われるか知らないが穂乃果と海未から長々と小言を聞かされる羽目になるかと考えたら言えねぇ……。
荷物を運ぶ前から肩に重石のような重みをかけられた気分になる中、行進がピタッと止まる。
「ぴっぴー! 目的地にとぉ~ちゃくで~す!」
観光ガイドのような口ぶりで俺たちを止めるまゆりさん。正面を見ると年期のある4階建てのビルがそびえている。1階は古きブラウン管テレビが棚に床に陳列されている専門店らしきところで、3、4階はカーテンがかけられているのか中がよく見え ない。
問題なのは2階だ。明らかに物々しい雰囲気が外からでも感じ取れるし、窓から映って見える積み上げられた機械のようなものがすさまじいことになっている。おまけに地鳴りのような異音と……
ドーーーーーンッ!!!!!
爆弾が
「「きゃあっ!!?」」
「うぉっ! なんだ!?」
突然の衝撃に動揺せずにはいられなかった。穂乃果と海未も同様に訳もわからないままにこの衝撃におびえ叫ぶ始末。ただ、まゆりさんだけが何食わぬ様子で見上げているのだった。
「あちゃぁ~、オカリン今日もやっちゃったんだぁ~。これじゃあまた店長さんに怒られちゃうよ~」
この強い衝撃に対する驚きや恐怖などを彷彿させるわけでもなく、まるで日常情景かのようにこの人は見ている。いや、地面が揺れるほどの衝撃と爆音、加えて窓から白煙のようなものまで立ち上っているのに平気でいられることがすごいだろ。見慣れすぎているからなのか、それともこのおっとりした性格からなのだろうか、彼女の落ち着き様には目を見張った。
そうこうしていると、1階のブラウン管の店から筋肉質のえらくガタイのいいスキンヘッド男が出てきて怒声を張り上げた。
「こらあああぁぁぁぁ岡部えええぇぇぇ!! 俺の店を壊す気かあああぁぁぁぁ!!?」
これもまた爆音に負けないくらいの声量で耳をつんざいてくる。ただまあ、あんなことをされれば怒鳴りたくなる気持ちもわかるし同情もする。あの衝撃で2階の床が抜け落ちるんじゃないかって思えば、内心落ち着いていられるはずがない。
「店長さん、いつもオカリンがご迷惑をかけてすみません」
「ん? あぁ、椎名か。岡部のヤツめ、またふざけたことをしやがって……ったく、椎名の口からちゃんと言い聞かせてくれないか?」
「はい! そういうことはまゆしぃにお任せください! ちゃぁ~んとお灸を据えておきますから大丈夫です!」
「んあぁ、よろしく頼むぜ。ったくよぉ……」
ずんっ、ずんっ、と踏み鳴らすような足取りでヒグマのようなおっかない店長は店の中に帰っていく。一瞬、こっちと目が合ったような気もするが、何でもない様子で流されたみたいだ。
「ごめんねぇ~店長さん、いま不機嫌そうだけど普段はとってもやさしい人なんだよぉ~?」
「あれのどこを見たらやさしいと思えるんですか……? 2人が会話している様子が美女と野獣のようにしか見えないくらいおっかなさそうなんですけど?」
「あはは、店長さんが野獣さんかぁ~。だとしたら結構かわいい野獣さんだねぇ~そうパンダみたいな!」
いやそれは絶対ない。その感覚はおかしいだろうと俺は全力で否定したい。穂乃果と海未も違うと言いたそうな目で訴えてきているが当の本人はまったく感じてない。あのガタイがやばい筋肉モリモリマッチョマンをどう見ればかわいく映るんだろうか? ゆるふわ人類の思考を理解するには到底できそうもない。
「……ことりちゃんなら理解できる、かな……?」
怪しげに目を細めた穂乃果がぼそっと呟いたそれに、ありなえなくもないなとうなずいてしまう。
「それじゃあ、気を取り直してオカリンのところにいっくよぉー!」
「え……? 本気か? あの爆発があったのに行くって……」
何喰わない様子でまゆりさんは爆発が起こった2階に行こうとしている。おいおい、嘘だろ、正気じゃない……。本来ならもうちょっと……いや、かなりテンパるもんじゃないか? こんなにも衝撃が強い爆発を目の前にして平然としていやがる。軽く尊敬しちゃうわ。
「すごいな~あんなのを見ていても冷静でいられるなんて! 怖いもの知らずって言うのかな? 穂乃果も見習いたいよ!」
「感情の起伏が激しい穂乃果には無理ですよ。大体あなたは見てる側ではなく巻き起こす側ですからね」
「ええっ!? ほ、穂乃果はあんな爆発なんてしないよぉ!」
「穂乃果の行動や言動は爆発に匹敵するくらいの衝撃なのですよ!」
「えーっ!? そんなぁー!!」
心外な! みたいな顔で海未を見ているが全くその通りだとしか言いようがない。突発的な思い付きで回りをよく振り回す、まるで台風のような奴だからな。少しくらい自覚してほしいよな。
期待値は低いけど……
―
――
―――
――――
[ 未来ガジェット研究所内 ]
「トゥットゥルー♪ オカリーン、まゆしぃがただいま戻ったのですー♪」
階段登ってすぐに怪しげな名前が書かれた扉を実家に帰る感覚で開けて入っていくまゆりさん。まだ白煙が部屋中に残っているからなのか、金属の焦げ臭いにおいと白いもやが階段登る俺たちの方にまで届いていた。
おいおい、本当に大丈夫なのかよ? と異常にも見える事態を前に内心震え気味だ。なのに、あの人は何事もないいつも通りの感じでいるんだぞ? なんというか、そう……あぁ、もうなんて例えたらいいのか頭が回らなくなってきたぞ……。
事件のにおいがしてきそうな雰囲気の中、まゆりさんの声に応えるように奥から男性の声が聞こえてくる。
「ゲホッゲボッ!! あ、ああ! まゆりか? ちょうどいいタイミングに帰ってきてくれた! 入り口近くの窓を全開にし、この忌々しい煙どもを追い払ってくれッ!!」
「了解しましたぁ! ちょっと待っててね、まゆしぃもすぐ加勢しちゃいます!」
男性の声に応えると早速近くの窓を開けてタオルを振り回して煙を追い払いだし始めた。ただ力不足か煙を払う力がまったくなく、まゆりさんが払うより自然に外に流れたほうが早いまである。それを見ていられなかった俺は着ていたジャケットを振り回して煙を追い払うのだった。
開口早々、慌ただしい感じでこの研究所内に入ることになった俺たち。改まってまゆりさんの話す“オカリン”と言われる男性を前にすることとなったが、これもまた癖が強すぎて……
「ふぅ―――――はっはっはっはっはぁっ!! よくぞわがラボの危機を救ってくれたぞ少年ッ!! ここにいるすべてのラボメンを代表して感謝するぞッ!!」
俺は少年といわれるほど若くは見えないはずだが……
俺が凝視してしまったこの男が気狂いしたような歓喜の声を高らかに発した。口調や言動、その姿を
よれた服装に雑な髪形、数日は剃ってないだろう無精髭など清潔感ゼロともいえるその男は、研究者のごとく白衣を着て高笑いしている。そのあまりにも長く笑うものだから狂人なのか? とさえ思ってしまうほどおかしく見えるのだ。これを直視している穂乃果たちも口をあんぐり開けて唖然としちゃうレベル。海未なんてその場で卒倒するレベルで震えてるじゃないか、大丈夫かこれ?
「岡部、うるさい」
「はうっ!?」
凛とした一声とともにエリチカと同じくらいの背の女性が男の腹に肘鉄砲を喰らわし一発で黙らせた。当たり所が悪かったのか、男はその場にうずくまり苦しそうに唸り声を漏らすほどだった。まるで目覚まし時計のアラームを止めるかのようだ。
「ごめんなさいね。この馬鹿に付き合わされて嫌になったでしょ?」
「あはは……そういうの慣れてますんで……」
本当はその通りですと言いたかったがそこは社交辞令で返す。ようやく話がまともにできそうな人が現れたからあまり印象を悪くしたくない意味もある。
そんな彼女の印象はそこの男とは真逆だ。正された服装に念入りに手入れされているだろう流れる長髪。血色はかなりとは言えないが大人の女性として申し分のないほど肌が美しい。なんでこんなところにいるのか不思議なくらい彼女から発する雰囲気は強かった。
「紹介が遅れたわね。私は
「―――ぬぅぅぅぅんっっっ!! 我が名は、
「ふざけてないでちゃんとあいさつしなさい」
「……ぉ………岡部…り、
彼女の肘鉄砲がまた男の腹に捻じ込まれてしまい、うずくまって苦しそうに唸ってるじゃん……同じところを二度も喰らえばそうなるが、かなり鈍い音が聞こえたし反動なのか見てて痛みを覚えてくる。哀れだと感じる一方で、この調子に乗って痛い目にあるところが明弘にどことなく似ている気もした。
「まったく、ちゃんとあいさつできるなら最初からそうしなさいよ……。ごめんなさいね、少しウザいけど我慢してもらえるかしら?」
「は、はいおかまいなく……」
おかんだ……! ダメ息子を
一見手に負えなさそうな彼を一喝(物理)して抑え込むあたり、完全に掌握しちゃっているというのか? 逆らう様子がないとすると彼女に敵わないからなのだろうか……なんにせよ、この牧瀬さんに話をすれば何とかなりそうな気がする。
「もぉ~オカリンは相変わらずだなぁ~クリスちゃんもオカリンのお世話ばかりで大変だね~♪」
「からかわないでよ、まゆり。別に好きでやっているわけでもないし、そもそも岡部がおかしな
「ふふ~ん。そう話してはいるけど、やっぱりオカリンのことが心配なんだね?」
「べ! 別にっ! 心配だとかそういうことじゃないんだからっ!!」
「くくくっ……案ずるなクリスティーナ……貴様はツンデレという属性を発動させて自らの
「これ以上変なことを言ったら殺すわよ?」
「が、は……っ! き、肝に銘じておきます……」
本当に彼女に頭が上がらないんだろうな。あのひょろっとした体では女性といえど彼女の身体能力を上回れないだろう。少しは運動を行わせたらいいのではないかと思ったが、初対面相手に講釈垂れるのはさすがにダメだろう。
ただ、あのもやし体系を見て心配にならないというと嘘になる。
「あ、あのぉ……」
「あら、ごめんなさいね。お客さんが来ているのにこんなところを見せてしまって」
「いえ、お構いなく。こういうのは見慣れていますので。それに皆さんばかりにお話をというのも申し訳なくて……あらためまして紹介させていただきます、私は園田海未と申します」
「はいっ! 私は高坂穂乃果って言います! よろしくお願いしますっ!」
「園田さんに高坂さんね、よろしく。見たところ普通の学生って感じじゃないわね」
「穂乃果ちゃんたちはね、スクールアイドルをやっているんだよクリスちゃん。みんな歌もダンスもうまいんだよ~!」
「そうだったのね。でもごめんなさい、私はスクールアイドルのことをあまり知らなくて……」
「大丈夫です! お姉さんもこれから知っていけばいいんですよ!」
「気を遣わせちゃってごめんなさいね。時間があるときにあなたたちのこと調べさせてもらうわ。それで、あなたはこの子たちの保護者なのかしら?」
「保護者というか指導者というか2人の幼馴染でしてね、活動の手伝いをさせてもらってるんです。名前は”宗方蒼一”と言います」
「………なに……?」
「?」
突然、岡部というこの人が怪訝な顔つきに変わった。それはひどく睨みつけるようで、また真剣そうな様子のまましばらく俺を見続けていた。なぜ彼が突然にそんな顔をし始めたのかまったくわからなかった。
「あの……俺の顔になにかあるんですか……?」
「……時に少年。君は本当に”ムナカタソウイチ”という名前でいいんだな?」
「はい?」
質問の意図がわからなかった。この名前は親から名付けてもらったもので、おいそれと簡単に変えられるものじゃない。それに、俺の名前はずっとこれで通してきているわけだし、違うとなればそれはそれで大変なことになる。
……いや、もしかしてこの人は、俺のもう一つの名前を知って聞いてきているのか? RISERの『アポロ』か、もしくはアキバの怪物『
「俺は宗方蒼一です。生まれてこの方ずっとこの名前なんですが、どうかしましたか?」
「あ、いや………すまん、俺の勘違いかもしれん………だがしかし、あの顔は間違いなく……」
岡部という人は俺の顔をしばらく見つめていた。真剣に見てくるのだから顔に何かついてるんじゃないかって気になってしまう。いったい、この人は俺の何を見ているのだろうか?
「なに人の顔をじろじろ見てんのよ。怖がってるんだからやめなさい」
「あだっ! くっ、助手よ! 無暗に我が頭脳を破壊しようとするんじゃあないッ!」
「うっさい。たかがチョップひとつで壊れるような豆腐頭じゃないでしょ?」
「何を言うか! 我が天才的頭脳は豆腐以上にデリケートなのだッ! 仮にも世界の危機を救うための研究に勤しむ身として、これ以上のダメージは認められないのだァ!」
すごくもっともそうなことを話しているようだが、ただ頭を叩かれたくないだけの口実なのでは? キメた感じにしているものの要約すればかっこ悪い。あぁ、うん、そういうことね……と慰めにもならない残念なまなざしを注いでしまうのだ。
そして、助手と呼ばれる牧瀬さんは有無を言わせぬ表情となって小さな手を握りしめて、
「じゃあ、その豆腐以下の脳天をぶちまけてやろうか……?」
と、かなり怖い感じになるものだから、
「は、はいぃ……申し訳ございませんでした………」
怖じ気付いた子犬のような声で彼女から後退るのだった。
「なんだかとても軟弱な大人ですね。お父様との稽古で根性を叩き直してあげたいですね」
「海未ちゃん、さすがにそれやったらあの人死んじゃうって……」
様子を伺っていた海未がこういうのもわからんでもない。だが、海未の親父さんの根性直しは少し度を越えている。
剣道、柔道、弓道など様々な武術に優れた親父さんは、名門園田流道場の師範である。そのため、どの稽古も厳しすぎるのだ。中でも根性直しは道場内では一番過酷なもので、ほぼ一日中、親父さんと稽古をするというもの。身体がボロ雑巾になるまで何度も投げ飛ばされたり、足が動かなくなるまで正座させられたりと入門生すら音を上げるレベルの指導なのだ。
確かに心身共に鍛えられるが、慣れない人間がやれば死ぬんじゃないか? 俺も受けたことがあったが……思い出したくねぇ……
まったく、と溜め息を吐いて、あらたまった様子で牧瀬さんが話をする。
「ごめんなさいね、こんな茶番につき合わせちゃって。コイツは調子に乗るといつもこんなんだから気にしないでね」
「「「は、はい……」」」
殺気すら感じていたのにそれを一瞬で引っ込ませて冷静に話をするとかすごくない? 淡々と話す様子に俺も含めてビビってしまう。
「そうだったわ、確かフェイリスさんから頼まれごとをしていたのよね。ごめんなさい、今から持ってくるから待っててもらえれないかしら?」
「大丈夫ですよ。フェイリスさんも急ぎのこととは言ってませんでしたから」
「そうだよぉ~。クリスちゃんが来るまでまゆしぃがみんなとお話しして待ってるからね~」
「それは助かるわ。あと、岡部。変なことするんじゃないわよ」
「ふんっ、言われなくともわかってるさ」
そう言ってから牧瀬さんは部屋の外に出て階段を登って行ってしまった。この研究所は2階以外にも使っている部屋があるのか。さっき外から見えたカーテンの掛かった3階か4階がそうなのだろうな。
そして、釘を刺された岡部さんはというと、ふてくされた顔で機嫌を損ねている。まるで、反抗期に入った男子が母親にいろいろ言われてへそを曲げている感じだ。
「それじゃあ、クリスちゃんが来るまでお話でもしてよっか? 穂乃果ちゃんたちがやってるスクールアイドルって今いろんな学校で流行ってるよね? やり始めたのはみんながやってるからだったの?」
「う~ん、流行ってたからってのもあるんだけど、一番の理由は自分の学校を救いたかったからかな?」
「学校を救う? なになに? 学校に何かあったの?」
「それがですね、実は私たちの学校は今年度に入って間もなく廃校の危機にありまして……それで何とかしなくてはと考えついたのがスクールアイドルだったのです」
「廃校……? もしかして、みんな音ノ木坂学院の生徒なの!?」
「あはは……そうなんですよ~」
「そうだったんだぁ……大変だったねぇ。まゆしぃも春先に音ノ木坂学院が廃校になるかもって話を聞いてたから驚きだよぉ。まゆしぃも音ノ木坂学院の前には何度か行ったことがあるんだぁ~。アキバじゃめずらしい桜の木がたくさんあるところだから、よくお父さんとお母さんと一緒に花見に来てたよぉ~」
「いいですよね! 穂乃果も学校の前に並ぶ桜並木が大好きなんです。もし学校が無くなったらあの桜も無くなっちゃうんじゃないかって……桜だけじゃない、学校にはたくさんの思い出があったからなくしてほしくなかったんです!」
穂乃果の声に熱が籠っていた。廃校を何とかしようとしていた時の穂乃果は、確かこんな感じだったなと懐かしくなる。
「それで、スクールアイドルで頑張ろうとしたの?」
「そう! そうなんです! スクールアイドルの力で学校を盛り上げようって考えたんです! 海未ちゃんとことりちゃんを誘って、あと蒼君にはスクールアイドルの講師になってもらったり、友達や学校のみんなにたくさんお願いして頑張ってきたんです! 最初はわからないことばかりで失敗も多かったけど、それでも諦めないで一歩ずつ前に進んで、やっと廃校の危機を乗り越えることができたんです!」
「へぇ~~~! すご~~~い!! 学校の危機を穂乃果ちゃんたちの力で解決するなんてすごすぎるよぉ~!! 穂乃果ちゃんえらいえらい♪ まゆしぃは今とっても穂乃果ちゃんを褒めたい気持ちでいっぱいなのです♪」
「えへへ、なんか照れちゃうなぁ~」
目をキラキラと輝かせながら話を聞いていたまゆりさんが穂乃果の頭を撫でた。少し照れくさそうになる穂乃果だったがまんざらでもない様子だった。
「海未ちゃんも後で、えらいえらい♪ してあげるからね~♪」
「わっ! 私は結構ですっ!!」
「そう言わないの、海未ちゃんも頑張ったんだから褒められる権利があるのです。なので、まゆしぃは海未ちゃんの頭をなでなでするのです♪」
「はわっ! はうぅ~……なんだか恥ずかしいですぅ……」
不意打ちを受けるかたちで海未も撫でられることになるのだが、どういう気持ちでいればいいのかと顔を赤くした。だが、割と嬉しそうにしている感じにも見える。生真面目な性格だから普段から褒められても真に受けずにいるためこういうのは不得意なんだろうな。なるほど、俺もあんな感じに褒めてやればいいのか……参考になる。
「そうなのねぇ~穂乃果ちゃんも海未ちゃんもとっても頑張ったんだねぇ。自分たちの力で危機を乗り越えていけることは本当にすごいことだもんね。これも”しゅたいんずげーと”の選択なんだろうねぇ~ね、オカリン♪」
シュタインズゲート? まゆりさんの口からぽっと出てきた言葉に首を傾げる。何かの専門用語なのか? しかし、
「
「えっと、その”しゅたいんずげーと”って何なんですか?」
「特に意味はない。ただ、キミたちの前に置かれていた運命を抗い、自らの手で切り開いたと言ったところだろう」
「う~ん、ちょっとよくわかんないかな……海未ちゃんはどう?」
「どう? と聞かれましても……ですが、おっしゃる意味はおおむね理解できます。ただ、ドイツ語と英語を組み合わせた造語を言われましてもあまりピンときませんが」
「なん、だと……? なぜこれが造語だとわかる?」
「語呂からして違和感しかないでしょう? シュタインにゲート、発音も前者の方が癖のあるようなものでしたし、英語読みだとストーン、つまり石のことをさしていますね。ドイツ語を使いたがるのは中二病患者特有の症状だと聞いてますので、もしやと……」
「ぐはっ……! それ以上言うな……! 俺は中二病患者などではない! マッドゥ・サイエンティストゥ、だッ!!」
「あ、でも、オカリンは普段からこんな感じだから中二病で間違いないとまゆしぃは思うのです」
「まゆりィィィ!!!?」
まあ、知ってたよ。薄々気付いてはいたがやっぱりそうなのかって感じだ。そりゃあ、牧瀬さんも呆れるわけでド突いたりするのもわからないわけではない。中二病患者は絡むと面倒なのが多いからな、得意な人でない限りは難しいだろう。
海未もよく気が付いたよな。今の言葉を聞いてそれがどの語源なのかを割り当てられるだなんてやるな。伊達に作詞をやっているだけのことはある。それと、たぶんだが、中学の時に身に付けた知識が役立ったのかもしれないな。アイツもちょっと中二病なところがあったし。
……あれ? そういやぁ、なんで俺はこの言葉がドイツ語と英語の造語だってわかったんだ? 反射的に思い浮かべてしまったが普通は出てこないはず……なぜだ?
そんな時だ、階段をドスドスと強い音で駆け下りてくるかと思いきや激しい怒号が飛び込んできた。
「岡部! またアンタの作ったガラクタのせいで通れなくなってるじゃないの! さっさと片づけてきなさい!!」
勢いよく現れたかと思うと、顔を真っ赤にして彼に怒りをぶつけだした。それもそのはず、彼女の身体は頭から大きなホコリをかぶり、至るところを白く汚していたからだ。そりゃあもう怒るのも当然かもしれないな。
「げ、しまった……つい先日故障してしまった試作品No.35をそのまま放置させてしまっていたか……しかしだが、助手の無様な姿を見れたわけだから研究はせいこ…「今ここで死ぬか、まだ命を留めたいのか選びなさい」早速掃除に行かせていただきますぅぅぅぅ!!!!!」
瞬間まであざ笑う様相だったのに血相を欠いた様子で走り去っていったぞ。本当に何なんだここは? 理系なのに暴力がすべてなのか、この研究所は?
「まぁまぁ、オカリンのことは気にしないでね。じゃあ、今度はまゆしぃたちのお話でもしよっか!」
今あったことを華麗にスルーして、まゆりさんは少し部屋の奥に行くと四角い箱型の機械の前に立った。それはどの家庭にもあるはずであろう親しまれたあの家電だ。
「見てみて! これはね、オカリンが作ったすっごい発明品なんだよ! 名付けて、『電話レンジ』なのです!」
『……………』
まゆりさんのテンションとは裏腹に、俺たちは反応を困らせた。なにせ、それは何の変哲もないただの電子レンジにしか見えず、どこにすごい発明要素が含まれているのかとんと検討が付かなかったからだ。
いや待て、見た目に騙されちゃいけない。外見は地味だがとんでもない機能を持っているのかもしれない。そうだとも、世紀の発明品たちは見た目を重視しない、いつだって性能で闘ってきた。そうだとも、この発明品もそうした流れを汲んでいるのかもしれないじゃないか。
「使い方は簡単! まず、温めたいものをセットします。次に、専用の携帯電話から電話をかけます。音声ガイダンスが流れるからここで温めたい時間を入力します。すると、電子レンジが起動し始めるのです! いつでもどこでも電子レンジを使えるすごい発明だとまゆしぃは胸を張るのです!」
『……………』
いや、不便すぎるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!
そもそも温めたいものをセットする時点で不便すぎるんだが!? 遠隔操作を売りにしようと思ってるようだが、最初の過程ですでに遠隔にする意味がないじゃないか!! しかも、専用の携帯電話がガラケーなのかよ! 時代を感じる……時代錯誤のようなものを感じずにはいられない! それならタイマー機能をつけりゃいい話で済んでしまう話じゃないか!!!
電話レンジの説明に思わずツッコミを入れずにはいられない。だが、それを喉元寸前のところで抑えた。まゆりさんはこれをすごいものだと思って俺たちに紹介してくれているはず。その気持ちを
「あれ? でも、それって普通にレンジでチンすればいいんじゃないかなぁ?」
穂乃果あああぁぁァァァァァ!!!!??
あえて言わないようにしていたところに穂乃果が口走ってしまう!
「レンジにかけたいものを入れてるのに携帯電話を使って操作するなんて面倒だよぉ。穂乃果ならすぐにチンしちゃうもん!」
うおわああぁぁぁぁぁ!!! マジレスするなぁぁぁぁぁ!!!
天然すぎる性格ゆえに躊躇することなく言いやがったぁぁぁぁぁ!!!
「だよねぇ~、まゆしぃもそこが不便だと思ってるんだよねぇ~」
……って、まゆりさん!? まゆりさんも感じてたのか!? だったらあの自信満々に説明していたのはどういうことなんだよ!!? 180°の手のひら返しはダメだと思います!!
「おお、そうでした! これのすっごい機能を今から見せてあげるね!」
すると、まゆりさんはどこに置いてあったのかわからないバナナを取り出すと、それを皿の上に乗せレンジの中に入れた。そして、専用の携帯電話を片手に入力をしだす。まさかそのまま温めて焼きバナナでも作るのだろうかと思っていると説明を始めた。
「これからバナナをチンするけど、やり方を変えるの。120秒温めたい時、携帯電話に”#120”と入力するんだけど、これを”120#”と入力するのです。するとなんとなんとぉ~! 電子レンジが逆回転に回りだすのです!」
まゆりさんが入力し終えるとレンジが起動し、確かに逆回転に回り始めた。
一見、なんだそんなこと、と一蹴してしまいそうになるが目を細めて見入ろうと身体が動く。自然と動いた。このことに大事な意味があるのだと、囁かれた気がした。だが、耳元で囁く者はいない。頭の中に直接言われているような、何かを思い出すような感覚が――――
ギ――――――――――
――――あ。
120秒が経過しそうになる。停止する前にまゆりさんの説明が入った。
「本来ならば、中に入っているバナナは温まって真っ黒になります。ですが、今入っているバナナはすごいことになっているのです! それはなんと―――」
『ゲルバナ』
「――――になるのです…………ほえっ?」
その刹那、俺は口にしていた。“ゲルバナ”と―――。
不意にそう口にしたからか、まゆりさんは目をぱちくりさせて俺を見た。不思議そうに、どうしてわかったの? と問いかけるような表情で見ている。紅莉栖さんも同様だ。呆気にとられたような顔をしていたのだ。
しかし、一番よくわかっていないのは俺自身だ。そもそも、この言葉の意味すら不明なのにどうして口にできたのか? まるで条件反射のように無意識の内にやっていたのだ。
困惑が全身を駆け巡る中、これを打ち消すかのようにレンジが鳴る。止まっていた時間が動き出すかのように回りが反応しだした。
「すごいね蒼一くん! どうしてまゆしぃが言おうとしていたことを当てられたの!?」
「いやっ、なんといいますか……偶然、じゃないですかねぇ~?」
咄嗟にそう返してしまったが言っていることは間違いじゃない。本当に”偶然”口から出てきたのだから。
偶然にしてもすごいよぉ~! とまゆりさんは驚きと興奮をあらわに目を輝かせ、レンジの扉を開いた。すると中には、バナナだったはずのものが緑色のゼリーのような不気味な物体と成り代わっていたのだ。
「なっ! なにこれぇー!!?」
「ひぃっ!! 気味が悪いですっ!!」
しかし、俺はそれを見ても衝撃的な驚きを感じていなかった。さっきも感じた”一度経験している”ような感覚があったのだ。だが、それをどこで覚えたのかがまったくわからないでいる。
「まゆり、ゲルバナをこの子達に食べさせないでね。まゆりは平気だったけど普通は危ないから口にはしないものだからね?」
「え~さすがに誰かに食べさせようとは思ってないよ~。デロデロでぷにゅぷにゅで味がなかったし……あ、でも、ちょっとクセになっちゃうかなぁ~?」
「クセにならないでよっ! そう言えば、この間もゲルバナ作ってたでしょ? まだどういうものなのか判明していないのに定期的に食べようとするのは控えなさい!」
「だってぇ~せっかくのバナナが捨てられるのはもったいないよぉ~。まゆしぃがいろんな料理にして食べられるようにしてあげるのです!」
「やめなさいっ!! 人体に影響が出そうなものにしかならないから!」
「あ~そういえば、クリスちゃんがいないときにカレーの中にゲルバナを入れたら、カレーが虹色のゲーミングカラーになってすごかったよ~♪」
「……………興味深いわね。後で試しましょう」
手のひら返し早ッ!! 数秒前まで止めるように言ってた矢先に自分もやってみようとしてるよ! これが研究者としての
「…………どんな味がするのかなぁ……?」
「穂乃果、つまみ食いするなよ?」
「たっ、食べようだなんて思ってないんだからねっ!!」
―
――
―――
――――
「にゃははっ☆ 今日は本当にありがとうにゃ~! ミナリンスキーのおかげでイベントは大成功だったにゃー! 手伝ってくれた蒼にゃんもありがとにゃ♪」
「いやいや、こっちもいい経験になりましたのでお互い様ですよ」
ゲルバナの後、岡部さんからフェイリスさんのイベントで使うものを受け取り店に戻った俺たち。ことりが参加するハロウィンパーティーを観客として見届け、無事大盛況のまま終われた。イベント自体はまだ時間の許す限り行われるみたいだが、ことりたちの門限のこともあり8時には切り上げさせたのだ。
「いやぁ~やはり盛り上がれるイベントはいいものですなぁ~。観客はもちろんのこと、出演者も共に楽しく愉快に盛り上がれるというのはまさに理想的なこと。これぞパーティーと言ったところでござるなぁ!」
「沙織ぃ~わかってるにゃ~♪ イベントとは無礼講。厳粛な雰囲気でやるなんてノンノンね。みんなで楽しく騒げることはやっぱり大事なことなんだにゃぁ~♪」
ふむ、確かに。2人の言っていることは的を得ている。イベントは観客も出演者も楽しくなくちゃいけない。変に厳しくしたり、規制を張ってしまったら盛り上がれない。かと言って、やりすぎれば事故になる。どちらにも問題が起こらないラインを敷いた中で楽しむことの重要性は今もこれからも大事になるだろう。
「ふぇ~ん、つかれたよぉ~……」
「ことりちゃんお疲れ様! ステージとってもよかったよ!」
「フェスで踊りましたのに疲れた様子を一切見せずにステージに立てるなんて、すごいですよことり」
「穂乃果ちゃんも海未ちゃんもありがと~。でも、もうことりはくたくたですぅ~……そ~くぅ~ん、おんぶしてぇ~」
「……ったく、しょうがないな……今回だけだぞ」
「え! ホントにっ!?」
「急に元気になりやがったよ……その様子なら歩けそうだな」
「や!!! おんぶ!!!!!」
「子供かッ!!!」
頬っぺたをぷくぅと膨らませ、ムスッとした表情で駄々をこねてきた。しかも頑固にもその場でうずくまって立ち上がろうとせず、両手を伸ばして抱っこのサインを送ってくる。こうなっては意地でも動こうとはしないからなぁ……
「はぁ……わかったよ、今回だけな……」
「わあい!」
「ぐえぇっ!! 今すぐなのかよ!?」
うずくまっていたことりは、そこからぴょんと軽く飛び跳ね俺の身体にしがみついた。なんだよ、そんな跳躍があるなら元気そのものじゃないかと、力いっぱいしがみ付くこのひっつき虫にやれやれと溜め息が混じる。
「にゃははっ♪ 蒼にゃんがたじたじだにゃぁ~♪」
「うむうむ、愛くるしい子には敵わないようですなぁ~♪」
「にやにやして見ないでくださいよ……」
ことりとのやりとりを2人そろって“
「ことりちゃんずるぅーい! 穂乃果もおんぶしてもらいたいよー!」
「前が空いてますね! 私は抱っこでも構いませんよ!」
ほらきた。2人もこう言ってくるだろうと思ったわ。
あと海未がおかしくなっている気がする……
「おいおいおいおい、ここでイチャつくのはいいけどよぉ~門限まであともう少しだぜぇ~?」
「マジか!? それじゃあ沙織さんにフェイリスさん、お疲れさまでしたぁっ!!」
「は~い、また遊びに来てにゃぁ~♪」
「夜遊びは控えるでござるよ~♪」
「しませんからっ!!!」
冗談で言っているのかわからんけど、コイツらに拍車をかけるような言い方はやめてほしい……! 背中にヤツがいつ襲い掛かるかわからんから余計怖いんだよ!
とにかく、早くコイツらを片付けて家でのんびりさせてもらいたいものだ……。
……そういえば、あの研究所から帰るときに岡部って人に呼び止められたっけ? 何かに返事したってとこは覚えてるが、急いでたからハッキリ記憶してない……俺はなんて言ったんだっけな……?
―
――
―――
――――
[ 未来ガジェット研究所内 ]
夜。
昼間の来訪者たちがいなくなった後、岡部倫太郎は屋上に上り物思いに更けていた。彼の顔からは神妙な面影があり、こうした表情を見せるのは
「あら岡部、ここで何しているのかしら?」
「紅莉栖か……いや、別に……」
「あんたがそんな顔をするだなんて久しぶりね。何もないわけないでしょ?」
見透かされていたか、と彼女の洞察力に賞賛してしまう岡部。
これは彼の癖みたいなものだが、時折、彼は素に戻ってしまう。中二病交じりの狂気のマッドサイエンティストでいる昼間の彼は、あくまで自分を偽っているに過ぎない。素の岡部倫太郎は、彼女も認めるほどの本物の天才科学者であった。
その素の彼を前にする牧瀬はまじめに話を聞こうとしていた。そんな彼女を見て、紅莉栖なら…と胸の内に思うことを話しだした。
「昼間来た彼女たちのことだ」
「あの子たちのこと? ちょっと何? まさか、彼女たちに興味がわいてきたとか言わないでしょうね?」
「いや、興味はある……だがしかしだ、気になっているのは彼女たちの方ではない。一緒にいたあの男のことだ」
「……蒼一くんのことね」
瞬間、牧瀬の目つきが鋭くなった。
「そうか……紅莉栖も何か感じたようだな」
「ええ、あの子が“ゲルバナ”の話をした時に不思議に感じたの。電話レンジのことを知っているのは“この世界線”では私たちラボメンだけ。加えて“ゲルバナ”についてわかるのは、私たちとまゆり、橋田だけよ。それを初めて目にして名称を間違えることなく言えただなんておかしいと思うわよ」
「やはりそこか。ゲルバナで紅莉栖が疑問に思うのは仕方のないことだ。だが俺はそこではない。
「……どういうこと?」
その返答は牧瀬にとって意外なものだった。昼間の来訪者を見て不思議に感じられたところはあの一点のみで、それ以外から違和感を覚えるなど全くなかったからだ。しかも、岡部は彼を一目見た時からと言うのだ。彼女からしてみれば岡部の言葉の方が不自然に感じられた。
しかし、次の言葉でその意味を理解できた―――
「俺は一度、今日
「!!」
岡部のこの言葉に牧瀬はハッとした。彼の言う“この日を一度経験している”は今日何が起こるのかを見てきた、ということである。この“見てきた”は文字通りのこと。彼は今日何が起こり、誰が訪問してくるのかも知っていたのだ。
しかし、それはあり得ないことだ。未来を見ることなど現在の科学では実現できない。タイムマシーンがなければ彼の言っていることを実現することはできないのだ。
だが、牧瀬紅莉栖は知っていた。
「まさかっ……!
[タイムリープ]
時間を巻き戻し、過去に戻ること。
「ああ……俺は、別の世界線で今日201X年10月31日を一度通った。
「……っ!? どういう、ことなの……?」
「わからない……わからないんだ……俺はあの日、確かにもう1人いた男のことを覚えている……。紅莉栖のいない世界線でタイムリープすることを諦め、腐っていた俺に立ち直らせるきっかけをくれたあの男のことを」
「名前は? その時出会ったその人の名前は忘れてないの!?」
「覚えている! だが、ない……
「まさか……世界線が変わったことで影響が出たってことなの!?」
「わからない……ただ、ひとつだけ言えることは……俺が知る
岡部の手は震えていた。彼はまたしても失敗を犯してしまったのではないかと恐れた。
しかし、彼を震え上がらせたのはそれだけではなかった。
「じゃあ! ゲルバナについてはどう説明するの!? 今日来たあの子が岡部の知っている人でないとしたらどう説明することができるの!?」
「それは……! そこが……よく、わからないのだ……」
「はぁ? 何を言っているの?」
困惑する彼女に返答することなく、彼は虚空に視線を放った。彼の内にはもうすでに――いや、結論付けるには到底難しいが、仮説があった。ゲルバナ以外に岡部を驚かされることを帰り間際に耳にしたのだ―――
『―――宗方蒼一っ! お前は、運命を変えることができると思うのかっ―――!?』
『―――変えられますよ。だって運命は、自分で掴むものでしょう―――?』
「(宗方蒼一。お前が語ったその言葉は、あの日、あの世界線で出会ったあの男が語ったものと一音一句違わなかった……俺の仮説が正しいのだとすれば……お前は……お前はっ……)」
「(―――■■■■ではないのか……?)」
次回へ続く
どうも、うp主です。
今回の話でハロウィンフェス全体の話は終了となります。
ここで登場しました、岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖は前回でも記述しました『Steins;Gate』に登場する主要キャラです。この作品を知っている方ならば、この2人にどのような境遇を受け今に至っているのかを理解できるはずです。また、岡部倫太郎はこの作品における重要な人物となるため、また登場する予定となっています。
岡部が話していた蒼一ではない男の正体とは……?
まだこの作品の深層まで描き切れてない状態なので、描き切りたいです……!
では、また次回。
今回の曲は、
「あの夏の日の思い出」/Zwei
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