蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第216話


チェシャ猫の微笑

 

 ハロウィンフェスが無事閉幕した後のことだ。

 

「やぁーやぁー、我がサークルの期待の新人たちよ~♪」

「「げぇ、沙織先輩……ッ!!」」

 

 (ちまた)では、伝説のスクールアイドルと呼ばれたRISERから元の平凡な大学生に戻った俺たちの前に、とてつもなく胡散臭いこの人が現れた。ぐるぐる眼鏡をかけ、絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)ともとれるオタクファッションで身を包んだ彼女――“槙島沙織”は俺たちの大学の先輩である。

 胡散臭いだけならまだいいが、彼女は嵐を呼ぶ人としても有名で俺たちもそれに幾度も巻き込まれてしまっている。そして、今回も同様な厄介ごとを持ってきたのではないかと警戒してしまう。

 

「なーんで声をかけただけですのにドン引きされるのでしょうかねぇ私?」

「これまでしてきたことを自分の胸に手を当てて思い返してくださいよ……」

「う~ん……特にないですなあ!」

 

 口を大きく開いて天真爛漫(てんしんらんまん)に高笑う彼女に、さすがの俺も頭を抱える。

 これまで彼女が持ってきた無理難題は俺と明弘のメンタルを何度も苦しめられてきた。中には楽しいこともあったが、到達するまでの過程やこれ以外はすべて白目をひん剥いてしまうレベルにひどいものだった。あぁ……思い返しただけで頭が痛くなる……。

 

「――一応、話は聞きますけど……何しに来たんですか?」

「何をって、もちろんライブを見に来たんでござるよ~! ウチの看板娘であるミナリンスキー氏が近くでライブすると聞いてしまえば行かなくちゃなりませんからなぁ~」

 

 想像していたのとは違ったか? 何より、俺たちにかかってくることじゃなくてよかったと胸をなでおろす。

 ミナリンスキー……ことりのことか。

 ミナリンスキーという名前はことりの源氏名。沙織さんが経営しているアキバのメイド喫茶でバイトしている時に名乗っている。もちろん、沙織さんはことりがスクールアイドルとして活動していることを知っており、こうして駆けつけてくれたのだろう。以前、μ’sがアキバでライブした際協力してくれたり、ことりたちが千葉に遠征する話が出た時には、沙織の友人を保護者として同行させるほどことりのことを応援してくれている。

 

「まあ、その気持ちは嬉しいんですけど……また厄介なことを持ち運んできてないでしょうね……?」

「あーはっはっはっはっ! そんなことないでござるよー! ただ、ミナリンスキーに会いたいって人がいるだけでござるよー!」

「ことりに?」

 

 一瞬だけ疑問に感じた俺だが、ミナリンスキーと言えば、ここアキバでは超有名人である。加えて、神出鬼没で見かけるのも本当に稀なため実際に会えた人は少ない。ただ、唯一彼女とコンタクトが取れるのは雇い主であるこの沙織さんだけだ。

 しかし、沙織さんも簡単に動く人ではない。見た目に反し、店員とのデリケートな部分はとにかく大事にしているので、ただのファンからの願いという名目では取り合わない。そんな沙織さんから合わせたいと話が出るということはよっぽどの人なのだと想像できる。

 

「その相手にもよるんですけど、大丈夫なんですか?」

「ふっふっふ、そうおっしゃると思っておりましたぞ。ご安心なされ、蒼一氏。このお方は拙者の無二の友人でありますし、ここアキバで店を構える際にはかなりの尽力をいただきまして。クセは強いですが良きお方でありますぞ~。それに、蒼一氏や明弘氏もご存じなお方だと思いますので」

「認識があるのか?」

「ほほぉ、兄弟も知っているくらいってことはかなりの大物じゃないか?」

「俺が知っているは余計だ」

 

 明弘はからかうようにして笑みをこぼす。ただ、世間に疎い俺すらもわかる人物とはいったい誰なんだろうか? 明弘が言うように本当に大物なんじゃないだろか?

 腕を組み、首をかしげていると、甘い声が俺に駆け寄ってきた。

 

「そ~くん見っけ♪ も~探したんだからね!」

「おわっ!? いつの間に……!」

 

 一瞬にして現れたことりが俺の腕にしがみついては甘えてきた。

 

「おやおやおやぁ~~~~? これはまたお熱いですなぁ~♪」

「え、あっ!? お、オーナー!? ど、どうしてここにいるんですかぁー!?」

「あれぇ~? もしかして拙者のことがわからないで飛びついてきたのですかぁ~? ホホホ、それほどまでに蒼一氏のことを気に入っているのですねぇ~♪」

「ひゃぁっ! こ、これはそのっ……! う、うぅ……」

 

 沙織さんがいることを知らなかったのか、途端に俺の腕を放して狼狽しだした。普段の|癖〈くせ〉であいさつ代わりに俺に抱き着くことりだが、顔見知りを前にすると委縮してしまうらしい。

 

「あっはっはっはっはっ!!! ミナリンスキー氏も蒼一氏の前では骨抜きですなぁ~。うぬうぬ、良い人に出会えてよかったですなぁ~♪」

「も、もうっ! からかわないでくださいよぉ~!」

 

 照れ焦ることりを見て沙織さんは“ω(こんなかんじ)”の口でニカニカした。沙織さんもなんとなくではあるが、俺とことりとの関係を知っているようで、彼女のあどけない様子に安堵しているのだろう。

 

 

「沙織先輩のからかいも相当なもんだな……あ、ちょうどいいや。ことりも来たし例の話をしてみてはどうですか?」

「おお! そうでござったなぁ!」

「え? 例の話ってなんのこと~?」

 

 ことりは先程までの沙織の話を聞いていないため首をかしげた。それで、俺が話をしようとするが———

 

「ミナリンスキーーーー!! やっと見つけたにゃあ!!!」

 

 突然、耳をつんざく声量が雑踏の中から聞こえた。まだ大衆がごった返している中でのその声は、かなり特徴的で誰もが反射的にその声の発生源に視線を向けた。俺と明弘も同じく視線を向けると、1人のメイドがこちらに近づいてきた。

 

「おや、噂をすれば―――」

 

 沙織さんがつぶやいていると、そのメイドはことりの正面に立って手を取った。

 

「やっぱりミナリンスキーだったにゃあ! もしかしたらと思ってみたら本当にあなただったのね!」

「えっ!? も、もしかして、フェイリスちゃん! わぁ、ひさしぶり!」

 

 初めは驚いてたが誰だかわかった途端、嬉しく話し出すことり。どうやら顔見知りであることはことりの様子からしてみてもわかる。

 フェイリスか……ん? メイドのフェイリスって、もしかして……!

 見覚えのある名前にハッとした俺より先に、明弘が声を上げた。

 

「まっ?! まさか、フェイリス・ニャンニャンなのかっ!?」

「! おやぁ~? そこのお兄さんはフェイリスのことを知ってくれているみたいだね。もしかしてぇ~ファンだったりするのかにゃ~?」

「はいぃっ! めっちゃファンっす! 今日も世界一かわいいですっ!!」

「フフッ、ありがとにゃ♪」

 

 ファンサービスだと彼女はあざとい猫のポーズで明弘にウィンクしてみせた。愛くるしいその姿に明弘は気持ち悪い声を上げて悶絶をかましてしまう。

 危ない……俺もあの愛嬌に撃ち抜かれてしまうところだった……この破壊力すさまじい……!

 

「おやぁ~? そこのお兄さんもフェイリスのことを知ってるのかにゃ~? ん~……ふ~ん? そこのお兄さんほどではないみたいだからちょこっとだけあいさつしちゃおっかな?」

 

 俺の反応が薄く感じられたからなのか、彼女は腰に手を添え、もう片方をばっと前に突き出し堂々と名乗りだした。

 

「はぁ~い♪ 我が名は、フェイリス。遠い彼方に位置するチンチラ星からはるばるこの地上に舞い降りた空前絶後のNo.1ネコミミメイド! 我が居城、メイクイーン+ニャン2より全世界を萌え一色とする野望を掲げし者! ここアキバにおいて絶対的存在! 知らぬ者など存在しない! それが! 私、フェイリス・ニャンニャンだにゃ♪」

「………っ!!」

 

 高らかと口上を決める彼女――フェイリス。キリっとした表情が言葉をさらに強くさせ、彼女の存在を際立たせている。

 知らないわけがない……なにせ、彼女こそメイドの中のメイド。アキバに来てその名を知らない人はいないとするくらいの知名度と名声。そこら辺に貼られてあるポスターにも彼女の姿が存在している。

 だが、こうして生で見るのは初めてだ。それに、やはり生で見る姿は強烈なものを感じさせてくれる。

 

 

「おやおやおやぁ~? どうしたのかにゃぁ~おにいさ~ん? もしかして、フェイリスに見惚れちゃったのかにゃ?」

「えぇっ!? だ、だめだよ蒼くん! 他の子を見ちゃダメなんだからぁ!」

 

 俺の視線に気付いて挑発をかけると、ことりが慌てた様子をするので彼女はくすくすと笑いだした。

 

「ほほぉ~もしかして、アナタがミナリンスキーの? へぇ~興味深いにゃ……」

 

 ことりの反応に彼女は何かを察した様子で俺のことを凝視し始めた。きらきらと輝かせた瞳に俺の姿が映るほどの大きく開き、ゆっくりと笑みを浮かばせた。

 

「いいね、アナタ。興味がわいてきたにゃ。一緒に来るにゃ!」

「なっ……!? ちょっ……!」

 

 突如、彼女が俺の手を掴みと強引に引っ張りだされていく。急なことだったのでされるがままにつられてしまったが止められないわけでもない。けど、どうしてか止めようとする意志がわかず、このまま彼女の行き先に流されることをいとわなかった。

身体が、自然と彼女の行き先に向かっている……?

 この突然の出来事が俺に不思議な感覚を与えることとなる。

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

[ メイクイーン+ニャン2 ]

 

 

「はい、どうぞ。アイスティーだけど大丈夫だったかにゃ? あと、シロップとミルクはいりますかにゃ?」

「えっ? あ、はい。お願いします……いや、そうじゃなくて」

 

 なすがままにひとつの店に連れてこられた俺は、彼女から接待を受けている……のか? 無理に連れてこられたのに落ち着いちゃっていいのかよ俺? それにこの店、なんか普通のレストランやカフェとは違う雰囲気が……なのに、馴染みがある。

 

「あぁ、ここがどこか紹介してなかったね。ここはフェイリスのお店、メイドカフェ『メイクイーン+ニャン2』だにゃ!」

「やっぱりメイドカフェだったかぁ……」

 

 彼女の服装を見れば十中八九そうなんだろうと思ってた。内装のあちこちに“萌え”な模様があるし、スタッフもかわいげのあるメイド服を着ている。何より、フェイリス自身がアキバで一番有名なメイドなのだからわかって当然なのだ。

 ただ、こうも眼前に広がる違和感を違和感だと感じ取れないなんて、感覚が鈍ってきたのか?

 

「そうそう、そういうことなんだにゃ。それはともかくとして、アナタとミナリンスキーについて知りたいわ~♪」

「げ。そう言えば、そんなことも話してたっけ?」

「あのミナリンスキーが骨抜きされちゃうくらい(とりこ)になったアナタにどんな魅力が秘められているのか知りたくなったの。たくさん人がいるところだとゆっくりお話しできないじゃない? だから、私の店でお話しましょってなったわけ!」

「かわいい顔に似合わず結構大胆なことをするんだな、キミは」

「“キミ”じゃなくて“フェイリス”! お店ではちゃんと名前で呼んでもらわないと困るにゃあ!」

「あ、そうだな、すまなかっ―――って店に連れ込んだのはあなたじゃないですか!」

「あはっ、バレちゃったかな? ごめんだにゃ♪」

 

 猫のポーズであざとい謝罪をされて、ツッコミを入れるやる気すら失せる。完全にこの人――フェイリスのペースに乗せられて何も言い返せない。これもメイドをやって得た処世術ってやつなんだろうか? 会話の流れをつくることや読むことがかなり上手だと感心してしまう。

 

「そうだ。さっき、ここは自分の店だって言ってたけど、もしかして本当に自分の店なのか?」

「当たり前なんだにゃ! ここはフェイリスのお城。とってもキュンキュンして、萌え萌えな世界をつくるために爆誕させたフェイリス最初のお店なの! 夢と希望あふれる素敵な時間をお届けするのが、フェイリスに与えられた宿命なんだにゃ♪」

「宿命っていうほどのことなのかよ……って、待て待て! 今、最初の店って言ったのか!? まさか、ここ以外に持ってるってことなのか!?」

「ピンポーン! よくわかったねえ~ご褒美にフェイリスからアナタに萌え萌えのおまじないをかけてあげるにゃ♪」

 

 いや、いらないです――と、きっぴり断ってみるも、そんなこといわないの~と引き下がらず、両手でハートマークをつくって何か呪文を唱えようとしている。ここまでくると、ちょっと面倒な人に思えてきたぞ。

 

 

「―――ふっふっふ、その話は拙者が話すでござるよ」

「「!」」

 

 呆気に取られていた俺は店の入り口からやってくる沙織さんを見た。その怪しさ満点の笑みを浮かべると、またなにかやらかしそうだと思い気力が下がる。その後ろに、ことりと穂乃果、それに海未と明弘の姿も見えたが4人もやや引き気味になっている。

 それでもなんだ、話は聞こうと耳を傾ける。

 

「ふふふ、蒼一氏はフェイリス殿とお会いするのは初めてであったでござるなぁ~。フェイリス殿はいち早くアキバに萌え文化を取り入れた功労者でありまして、その発祥の地となったのはここ『メイクイーン+ニャン²』でござるよ~」

 

 無知な俺に教えてくれる沙織さん。さすがにアキバで店を構えているだけあってよく知っているようだ。

 

「この店を皮切りに、フェイリス殿はいくつかの建物を接収して幾店舗のメイドカフェをオープンさせたのでござる。他にもグッズなどの専門店の開業を援助や萌え文化の発展に尽力してくださり、今のアキバがあるというわけでござるよ~!」

「はへ~噂には聞いていたが、本当にフェイリスさんが関わってたとはなぁ。すげえ……!!」

 

 沙織さんの話に驚愕を受ける明弘。沙織さんは続けて、

 

「フェイリス殿のご実家は不動産業でしてな、ここ一帯の土地すべてを所有している別の顔を持っているのでござる。かくいう拙者の店も、フェイリス殿のご尽力によるものなのでござるよ!」

 

 ここ一帯の土地を所有って、ガチの不動産王ってヤツか!? とさらに驚愕する明弘だが、俺も穂乃果たちも驚くばかりだ。

 生前、おじいちゃんに昔のアキバのことを聞かされていたが、今とは違いここ一帯が大規模な青果市場になっていたそうだ。それが20年近く前に閉鎖された後、パソコン関連の電子機器を取り扱う店が増えたことでアキバの電気街が誕生する。まだパソコンがマニア向けとされた時代、このマニア層が全国から足を運ぶようになったことで一気に歓楽街へと発展したと聞いている。

 そこに萌え文化を敷いたことで爆発的発展を遂げて現在のアキバに至ったってわけか。

 

「てことはさ……言い換えればオタクアキバの創始者ってことか?」

「そういうことだにゃ! ふふんっ、創造主でも神と言ってあがめてもかまわないよ~♪」

「あれ? もしかして調子付かせてしまったか……?」

 

 得意げな顔でドヤっと威厳を魅せるが、顔の良さからあんまり悪意を感じられん。そもそも、彼女自身から悪意というもの自体まったくないのも要因のひとつかもしれない。自慢ともいえる話をやや誇張させ、わずかな笑いを誘わせる。()く気持ちを与えないのは、メイドとして数多の客を相手して得た経験。感心せずにはいられんな。

 

「へへぇ~フェイリス神さまぁ~~~!! ありがたき幸せぇ~~~!!」

「……って何してんだお前は!!?」

「何って、もちろんフェイリス様をあがめているに決まってるじゃねぇか! フェイリス様のおかげでアキバに萌え文化が誕生し定着した。そしてこの俺はあらゆる萌えを糧に生きる乞食……つまり! フェイリス様から与えられる供給のおかげで俺は生きていられる! まさに神ッ!! すべての(ことわり)はフェイリス様に続いてたのだ……ッ!!」

「何を意味の分からんことを……」

 

 それに“さん”付けだったのが“様”になってるし……まあ、いつものことだし気にすることないか……って、なんか背筋が震えて……?

 

「蒼くんは神様なんて信じないよね……?」

「当たり前だよね~よくわからない女の神様を信じるなんて穂乃果の蒼君はそんなことするはずないもん……ね?」

「明弘はいつものこと。放っておいてかまいません……蒼一は、私というものがいながらそのような愚行に走らないと信じてますよ……?」

 

 いっ……! いつの間に俺の背後に……!?

 さっきまで戸口あたりにいたのに、一瞬で現れたというのか?! というか、殺気にもよく似た血液が凍りそうな重圧……選択の余地すら与えさせてくれないじゃないか……!

 

「……当たり前だ。俺は人間が作り出した神は信じない。信じるのは、俺を信じる“お前たち”だけだ……」

 

 言葉に少しの誇張をのせて返すと、彼女たちの表情が熱く緩むのを見た。

 

「ふふっ、ことりも信じてるから♪」

「さっすが蒼君! 穂乃果は信じてたよ!」

「と、当然です! 蒼一を信じないわけないじゃないですか!」

 

 と三者三葉といった反応を示してくれた。

 ……あぶねぇ、上機嫌に戻ったか……まったく、コイツら急に機嫌が悪くなるんだよな。特に俺が女性と話をしている時。ヤキモキして嫉妬してるのがよくわかるし、決して悪いと思ってはいない。

 だが、選択をミスった時のアイツらは手に負えねぇ……またあの時みたいに病みを抱えた状態になって悲惨な目にあうんだ。治すには実力行使しかないが、誰かが見ているところじゃ絶対にできない。はぁ……毎度のやり取りだが神経をすり減らされる……

 

「ふ、ふ、ふ~ん♪ キミってかなりモテモテなんだね! モテる男はつらいにゃよ~。なにせ、四六時中アナタのことばかり見てるから休む暇もないかもでにゃ!」

「あ、は、はは……ごもっともです……」

 

 それだけじゃないんだよなぁ、と言いたくなったが、それすら言う気が起こらない。言ったところで変わる現状でもないし、かえって悪化するほうしか考えつかない。悩みの尽きない日々なんだ……

 頭を抱え嘆息をこぼしていると、氷のカランとした音とともに1人のメイドが近づいてきた。

 

「おまたせしましたぁ~♪ アイスティーをお持ちしましたよぉ~……って、あれ? 増えて、る? あれれ、フェイリスちゃんだけでよかったかなぁ?」

「まゆしぃ! あーごめんごめん、持ってきてくれたんだね! みんな沙織の知り合いみたいだから気楽にしてていいにゃ!」

「そういうことであります、まゆしぃ氏! 拙者は、リンゴジュースとメロメロをお願いしますぞ!」

「わぁー沙織ちゃんも久しぶりだねぇ~! うんうんっ、ちょっと待っててね、すぐ準備していくから~。先にアイスティーを♪」

 

 とてもゆったりとした口調の彼女は、アイスティーが入った冷たいグラスをフェイリスさんの前にそっと置いた。動作もゆったりとしていて、表情からもまたのんびりとした穏やかそうな印象を受けた。

 少し騒がしいフェイリスさんとは違った感じの人だな。性格も穏やかなんだろう。さっきから微笑んでいる表情を一切崩さないでいるのは、たぶん自然に出ちゃっている感じだ。それはそれでお店的には大丈夫なんだろうかな?

 

「ふふんっ。もしかして、ウチのまゆしぃのこと気に入っちゃったかにゃ~?」

「ただ見ていただけですよ。からかわないでください」

 

 そんなこと言うと、背後の3人からくる混沌に押しつぶされそうになる……

 

「まあまあ~。あっ、そうだ! ねえ蒼にゃん!」

『蒼にゃん!!?』

「……って誰だぁ?!!」

 

 突然何を言い出すのかと俺もだが穂乃果たちも思わず声が出た。口に含んだアイスティーが吹き出しそうになるのを止めてかえってむせ返りそうになる始末だ。

 

「蒼にゃん! 今日からキミは蒼にゃんと呼ぶことにしたにゃ!」

「うおぉ……(やぶ)から棒に何を言い出すのかと思いきや……というか、拒否権なしなんですか!?」

「ないにゃ。かわいい呼び名だと思わないかにゃぁ? ピッタリだと思うにゃん」

「いやいや、俺がかわいいだなんてそんな……」

「蒼君かわいいよ」

「……え?」

「蒼君はかわいいよ。ね?」

「……え……えぇ………」

 

 フェイリスさんのゴリ押しにも困るが、穂乃果からのゴリ押しももっと困る……迫りくる真顔からの威圧というやつには心臓を悪くさせる作用がありそうだ……

 

「あ、確かフェイリスちゃんのお店には予備のネコミミがあったよね?」

「もちろんだにゃ! ネコミミだけじゃなくて尻尾もあるにゃ♪」

「ほんと! ふふふ、それは本当によかったね~蒼く~ん♪」

「何が? 何がよかったっていうんだ? あと、その不気味な笑みを浮かべんな!!」

「大丈夫ですよ、蒼一。もしそうなったとしても私のお屋敷にはあなたをか…養うには十分な部屋を用意できてますので。いいのですよ、いつでも門を叩いてくださっても? 園田家次期当主夫人としてあなたを支えますので……♪」

「いったいどこに安心感を与えられる要素があるっていうんだ!? さらっと俺を園田家に引き込もうとするあたりから不安でしかないんだが!! あと、『か…』って何!? 何て言おうとしたんだお前は!? そして、沙織さんは爆笑しないでください!!!」

 

 それぞれ狂気染みた様子で俺にべっとりくっつきながら禍々しい話をしている。誰かが見ていることすらお構いなしに自分たちのペースで話すもんだから心労が止まらん。

 変な呼び名を付けられてから10秒たたずにカオスワールドが展開しているのなんでだ!?

 なんだよ、メイドカフェってお客が癒されるためにあるところじゃなかったっけ? なのに、なんで俺は癒しとはかけ離れた悲痛を喰らってるわけ? おかしくないか? それとも俺がおかしいのか……?

 この状況下ではただ頭を抱えるしかないだろうから潔く諦めて切り替えるしかない。できるか知らんがやっておかなきゃメンタルが死ぬ!!

 どっと疲れが肩にのしかかりながらも、そういえばと思い出すようにフェイリスさんを向いた。

 

「……で、もう帰っていいっすか?」

「え~もう少しだけキミたちのやり取りを見ていたかったんだけどなぁ~。でも、これだけでも十分に笑えたことだし、まあいっかってことにしとくにゃ。そ・れ・に♪ ミナリンスキーがアナタのことを思っちゃう理由(わけ)もわかっちゃったにゃ~♪ ホント、誰かさんによく似た罪なオトコだにゃ~♪」

「いや……もう、勘弁してください……」

 

 すでに、なんかわかっちゃった♪ みたいな顔でうきうきと話すものだから、本当にバレちまったんじゃと消沈しそう。ただでさえ、沙織さんにも勘付かれているのに今日初対面のフェイリスさんにも知られちゃったらもうどうしたらいいんだ?

 コイツらとの距離感がおかしいことは重々承知はしているが、こっちが離れても向こうがくっついてこようとするから意味がない。いずれ世間にこの事実を知ってしまう日が近いと感じて辛いわ……

 

「あ、でもミナリンスキーは借りていくにゃ~♪」

「フェイリスちゃん?!」

「いやぁねぇ~これからウチの店主催のハロウィンパーティーをやるんだけど手伝ってほしいんだ~。ハロウィンなのにいつも通りだとつまらないじゃない? そこでっ! アキバのいろんな店のメイドさんたちを集結させた一大イベントを開催することにしたんだにゃ!」

「な、なにィ!? アキバ中のメイドが一堂に集うだとぉ!!? こ、この俺がそんなビッグイベントを聞き逃していただと……?」

「それはもうみんながハロウィンフェスで盛り上がる中、水面下でひっそり準備していたからね。沙織にも話をして手伝ってくれたから助かったにゃぁ~♪」

「むっふっふ~フェイリス殿のお願いとあらば駆けつけないわけにも参りませんからなぁ~。共に楽しいイベントをつくることは友として当然のこと。拙者もひと肌脱いだでござるよ~!」

「それでことりにも参加してくれと?」

「そのとーりィ!! 我が店のエースに来てもらわないと盛り上がりに欠けますからなぁー!」

「ええぇっ!? オ、オーナー!? 私は何も聞いてませんよー!!」

「はい。いま初めて言いましたんで」

「唐突すぎですぅ!!」

 

 また沙織さんの無茶ぶりか。このやり取りを何度もあてられてきたから思い返すと頭が痛くなる。

 この人は思いついたことがあったらすぐ行動に移すタイプで直感的なところがあるよな。穂乃果と似ているといえば間違いないが、強引さは数段上をいっている。嵐のように突然やってきては周りに被害を与えてくる。これはちょっとした災害として認定していいと思う。

 だから、ことりがああして被害を喰らっているのを見ると同情してしまう。

 

「ことり、頑張ってこい」

「蒼くんっ!?」

 

 まあ、それとこれとは別なんでな。この人の余波がこっちに来ないのならことりに任せるしかない。すまない、ことり……

 

「あ。手伝ってくれたお礼に、蒼一氏が執事として働いていた時のブロマイドを10枚セット用意するでござるよ」

「やります。やらせていただきます」

「おい、ちょっと待て」

 

 いったいどこからそんなものが湧いてきたんだよ? しかも、俺は撮られた記憶がないんだが……まさか盗撮……! くそッ、客にはするなと言っておきながら自分はやるっていうのか! オーナー特権でそんなこともするのかよォ!!!

 

「話は済んだかにゃ? それじゃあミナリンスキーには、これからすぐ打ち合わせに参加してほしいにゃぁ~。制服は沙織のとこのままでいいよー。その方がご主人様たちにもわかりやすいもんね。あとあと、これなんだけど―――」

 

 フェイリスさんはその場でことりにイベントの手順を教え始めだしたな。俺たちが聞いている横でスパスパと話を切り出すとは、よほど時間がないのか、あるいはこの人の性格なんだろう。行きあたりばったりのようにも見えるが、ちゃんと計画的に物事を進めていく人なんだと話を聞いてて思った。そうでなくちゃ、アキバをここまでオタク街にまで発展させることはできなかっただろう。

 

「――さて、ミナリンスキー氏の件はこれで落着ということで……蒼一氏ぃ~この後どうします~?」

「そうですねぇ……って、何ご奉仕受けながら聞いてるんですか……」

 

 いやぁーまゆしぃ氏の萌えはたまりませんなぁ~、と持ってこられたジュースに『萌え萌えきゅん♡』のおまじないをかけてもらっている。なぜそんな状態で俺に話を振ってくるのか、相変わらずの図太い神経に呆れを越して平伏してしまいそうだ。

と、俺が内心に思う一方、沙織さんは続ける。

 

「フェイリス殿の言うイベントは夜の遅い時間まで行うのでござる。昼間のフェス客をターゲットにこちらに引き込む作戦なのですよ。ただ、まだ開催まで準備期間が少々ありましたのでお声かけしたわけでござる」

「なるほどね。俺たちに気を遣ってくれたってわけですか。それはそうとして、ことりは早めに返してくださいよ? まだ未成年ですし、親もバイトのことを知らないんで事を荒立てたくないんです」

「そこはお任せを。きっちり8時ころには帰せるように手配させてもらってますのでご心配なく」

「それはよかった。それで準備期間内はどうするか……特にやることがないような……」

「では、拙者からひとつ頼みごとをお願いしたいのですがよろしいでござるか?」

 

 そう言われるままに俺は沙織さんの話を聞き、頼みごとを聞くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

研究所(ラボ)

 

 繁華街から一歩外れた建物の二階にある小さな研究所。

 廃棄寸前のジャンクを引き取っては、「いつかは『機関』打倒のために使える発明品を作るのだ!」と称して改造を施すことを主にしているところだ。だが、実際のところここを創設させて以降、役に立つものはなくほとんどがガラクタ同然のようになっている。おかげで研究所内はそのガラクタにあふれ人が寝泊まりするにはやや窮屈となってしまっている。

 

「くっくっく……すばらしい、実にすばらしい……ッ! よもや、このような発想にたどり着かせるとは、我が英知には“不可能”の文字は存在しないのだッ!!」

 

 そして、この研究所の白衣の(あるじ)は不気味な笑いを浮かばせるのである。

 

「はいはい、またいつものやつね。もう聞き飽きたから」

「まったく失礼な奴だな。それとも嫉妬しているというのかな、助手よ?」

「あんたにこれっぽっちも嫉妬を感じたことはありません。それと、助手と呼ぶな」

 

 白衣の(あるじ)は、この研究所のわずかに残る安息の場所――ソファーに深く腰掛けてスマホをいじる女性にちょっかいをかけるも淡々とあしらわれる塩対応に口を尖らせる。

 

「まったく、ツンデレのツンしかないとは悲しいじゃないか。ネコミミメイドとなった時のようなデレ要素を増やしても構わんのだぞ?」

「それ以上ほざくとあんたの眉間にペンをぶっ刺すわよ……?」

「……申し訳ございません私が悪かったです。ですから、そのナイフのごとき鋭利なペンをお仕舞くださいませ……」

 

 彼女の琴線に触れたのか、ギロっと鋭い眼光を放たせおもむろにペンを握りしめだすと、彼はすぐさま土下座をして謝罪の意を示した。どうやら彼女には頭が上がらない理由があるようだ。

 よろしい、と彼女がペンを仕舞うのを見て彼もまた立ち上がると、彼女から少し距離をとってスマホを取り出し話し出した。だが、通話ボタンを押さず、いるはずのない相手に向かってなのだ。

 

「……俺だ。ヤツは相も変わらず刃を向けてこようとしている。まるで獣だ……。いや、心配はいらない。ヤツもまた“機関”に仇なす存在として我が組織に組み込まれている。これもまた計画のうちだ……。ああ、すべては運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択のままに――エル・プサイ・コングルゥ」

 

 通話(?)を終えると彼はスマホを白衣のポケットに仕舞い何食わぬ様子でいる。

 意味の分からない言葉を羅列して、それをまるで本当に誰かと話をしているかのようにする彼の行動は、傍から見れば異様に感じる。彼を知る彼女も、一年近くの付き合いをしているが未だ慣れない光景として見ていた。()()()()()があってから最近はおとなしくなっていたのに、また厨二病を発症したの? いい加減卒業しなさいよ、と呆れた様子でいる。

 

「……しかしだ、さっきから外が騒がしいじゃないか。ミスターブラウンがまた何かやっているのか?」

「知らないの? 今日はハロウィンフェスをやってるのよ。正確に言えば今日()だけど、ここのPC音よりかうるさくないはずよ」

「ハロウィンフェス……?」

 

 彼女から説明を受けると、彼は考え込みだした。ハロウィンフェス……そうだ、これは()()にも同じような場面が存在した。となると、もしや……、と彼はぶつぶつと独り言をつぶやく。

 

「……なあ助手よ。今日は、西暦の何年何月何日だ?」

「何よ急に? つけっぱなしのPCや自分のスマホで確認しなさいよ」

「いいから教えてくれ」

 

 突然、真剣な様子で聞いてくるものだから彼女も一瞬戸惑ったがすぐに伝える。

 

「201×年の10月31日よ」

「……! そうか……ありがとう」

 

 日付を知ると、彼はハッと(くう)を眺めると視線を落とし何かを理解した様子でいた。そんな様子を不思議そうに見ていたが、いつものヤツだわ、と彼女は視線をスマホに戻した。

 

「……そうか、今日がその日だったか……アイツと……」

 

 

 

 

 

 今日の()()はなんだか落ち着かないわね、と彼女はつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ジ………ジジ……ジ、ギ………ジジジジジジ…………〉

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

みなさん本当にお久しぶりです。
半年近くも更新できずにいてすみませんでした。
事情や詳細などは活動報告でお知らせしますので一読してください。



さて、今回の話はハロウィンフェス直後の話となります。
再び登場しました『俺妹』の槙島沙織がここでも他作品キャラとを繋ぐ役割を果たしてくれました。もう準レギュラーとして確立しちゃってるところがありますね。

そんな彼女が紹介しましたのが、『Steins;Gate』より登場します「フェイリス・ニャンニャン」です。
フェイリスはアキバを語る上では非常に大事な存在となってまして、そこは原作と変わらずここでも同じような立場として登場させることにしました。フェイリスとミナリンスキーが絡む様子は個人的に見てみたかったシュチュエーションでもありましたので。
そして最後に登場した「岡部」という奇妙な男性。彼はこの作品における重要なキーパーソンとなるのでその理由となる一部をお見せできたらと考えております。

それではまた次回もよろしくお願いいたします。


今回の曲は、
『GATE OF STEINER』/Steins;Gate BGMより

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