『みなさーん! ありがとうございましたー!!』
ステージ上で大きく手を振る少女。星の形をした真っ赤なギターを抱えたその子は、マイクに向かって大きく声を上げた。澄み切った声色と弾けるような声量から生まれるやさしい歌が会場を包ませた。ゲストとして参加した彼女たち5人のバンドグループはその役目を終えてステージを終えた。
アキバハロウィンフェスもいよいよ最終日を迎えた。歩行者天国をつくる大通りにはあふれんばかりの人だかりが生まれ身動きがしにくいほどだ。フェスに合わせて見慣れない出店が現れたり、街並みの各店舗がセールを行うなど、多種多様の人が喜ぶ仕様となっていた。
一方で、ステージ上でパフォーマンスを繰り広げてくれる数多くの演者たち。この数日間で、都内で活躍する人気のグループたちが大勢参加し、見るものすべてを魅了していた。そこには、プロもアマも関係なく、単に誰かを喜ばせようとする意思がそこにあった。
そして、この最終日のステージに注目のグループたちが続々と登場するのだった。
「ガールズバンドねぇ……最近人気になってるジャンルだったよな?」
「あぁ、そうだぜ。スクールアイドルと同じくらい人気があってな、今じゃ女子高生が入りたい部活動の上位になるくらいだ」
さっきの子たちに詳しいだろう明弘に話を持ち掛ける。
「そんなに人気があったのか? だが、さっきの子たちの音楽を聞いたら理由もわからなんでもないかな。胸にスッと入ってくる素直な感じ、悪くないかもな」
「お? 音楽にうるさい兄弟がいいって言うんだから相当なもんだろう。実際、俺もあの子たちのライブはよかったと思うぜ」
「高校生なのにあの演奏ができるんだから大したもんだよ。まるで、アニメから飛び出てきた“放課後ティータイム”を彷彿させられたな」
「確かに、言われてみれば面影を感じるぜ。ギターの演奏と言ったらさ、以前兄弟が話してくれたライブユニットの子たちがいたよな?」
「それは、
「そうそう! あの子たちも昨日のライブで登場して拍手喝采だったなぁ! いやぁ~実に見事なもんだったぜ!」
「いい歌を聞かせてもらったよなぁ~。ああいうのがさ、また聞きたくなっちまうもんなんだよ」
「お前もあの子たちの歌が好きになったみたいだな」
「ははっ、まあな。いいものにはいいと答えないとなんか失礼だろ?」
そう言うと、にかっと笑って見せる。蒼一も同意見でまたいつか彼女たちの歌が聞ければと願う心があった。
「まだ俺たちの出番は来ないか……」
「穂乃果たちも合わせて、あと3、4組ってところだな。ざっと一時間くらい待たされると思うとじっとしていられんなぁ~」
今にもあくびが出そうな声の明弘は、椅子に深く座り込んでくつろぎだした。
UDX学院前に設けられた特設のステージ。その控室となった学院内の一室で蒼一と明弘は身構えていた。彼らは今日、RISERとして出演することになっていた。それも全ライブパフォーマンスの大トリを務める大役を担っていた。
彼らがこの一般参加のステージに姿を現すのは1年以上ぶりとのことで、そのファンが大勢訪れている。ごった返されているこの雑踏もそれ目的で埋め尽くされていると言っても過言ではない。不動の王者の人気は伊達ではないようだ。
「出番まで時間あるみたいだし、ちょっくら穂乃果たちの様子でも見に行くか?」
「名案だな。だが、今着ている衣装は脱がないとダメだけどな」
「かっかっか! 承知してますって。あ~脱ぐのは簡単なんだが、着るのは手間がかかるんだよなぁ~」
参った参ったと嫌々言いつつも、すぽっと脱いで着替えた。相変わらずフットワークが軽いなと鼻で笑ってしまう。
時間もかからず着替え終えると、控室を出て穂乃果たちが待つ控室へと向かった。
その時だ———。
「———あら、このような場所で」
ふと、声をかけられたような気がして足を止めると、通路の先から見覚えのある姿を見てとれた。
「っ!! キミは……!!」
「お久しぶりでございます、宗方蒼一。そして、滝明弘」
「ほわっ?! し、四条貴音っ!?」
風に揺れる銀色の髪をなびかせる彼女、アイドルの四条貴音本人が彼らに向かってお辞儀した。あまりの唐突な出会いを受けて、蒼一も明弘も驚きを隠せずにいた。
「そのようにかしこまらずともよろしいのですよ。久しきお顔を拝見いたしましたので、僭越ながらお声かけさせていただいたまでです。ご迷惑だったでしょうか?」
「いや、そんなことは……」
「そ、そんなことあ~りませんってばぁ~~~!!! 俺自身、今こうして麗しの四条さんとお話しできるだけで恐悦至極でございますぅ~~~!!!」
「オーバーアクションすぎるだろうが! つうか、何時代の話し方だよそれ?」
女好きの癖がまた出た明弘の昂り様に蒼一は頭を抱えた。一方で、興味津々そうな目を向けられる貴音は、それが嬉しかったのかおかしかったのか、微笑を立てて頬を引き上げた。
「ふふっ、相変わらずにぎやかですね。あなた方の会話を聞くだけでつい顔がほころんでしまいます」
「まあ、コイツのことは気にしないでくれ……それはそうと、どうして貴音がここに?」
「あら? ご存じでありませんか? 私、この後の“すてーじ”で歌わせていただくこととなりまして。これから向かうところだったのです」
そう思えばとあらためて貴音の姿を見ると確かなのをうかがえる。
血のような深紅のワンピース。裾にはコウモリをかたどった黒の装飾がなされ、胸元のネクタイにも同じものがされている。クモの巣を模した黒線が交差し、いかにもと思わせられるハロウィンを意識した小悪魔な衣装だ。
貴音の明るみを帯びた銀髪とは対照的の暗い色なのだが、かえって彼女の幻想的な様相と合わさっていた。くわえて、にじみ出る妖艶な大人の雰囲気に惹かれてしまいそうになるのだ。
いかん……、こめかみをつねり、気持ちを落ち着かせる。貴音に見惚れるためにいるんじゃないと蒼一は自分に言い聞かせた。
「あ、あぁ……そう言えば、そんな話を聞いていたよ。それにしても、まさかこんなところで会えるとは思っても見なかったよ」
「ええ、私もよもやあなたにこうしてお会いできるとは思いませんでした。あなたがたもこのすてーじに呼ばれたのです?」
「いやまあ、そんなものだろうかな? 今日はウチのμ’sが出演するからそのサポートにな」
「なんと、そうでしたか。では、早く言って差し上げねばなりませんね。ところで、凛はお変わりありませんか?」
「相変わらず元気いっぱいさ。今はコイツがいるから余計元気を振り回してるって感じだけどな」
「へへっ、そうだろうよ。凛はアレくらい元気でなくっちゃいけねぇ。ただまあ、元気振り回し過ぎってのは危ねぇからずっと見てやらねぇといけねぇんだがな」
「なんとまあ、仲睦まじいですこと! お話を聞くだけで私まで嬉しくなってしまいますね。どうか、お幸せになさってくださいませ」
「いやぁ~それほどでもぉ~♪」
貴音から祝福の言葉をもらい照れ臭そうに表情を崩す明弘。凛が明弘と付き合っていることはもう世間的にも認知されていることなのだろう、貴音からこうした言葉が出るというのはつまりそう言うことなのだろうと明弘は実感している。
「滝明弘、あなたの様子を伺うだけで私は安心いたしました。凛にはまた別の日にお会いすることといたします」
「いかないのか? すぐ近くなんだし、声をかけてやればいいのに」
「そう思うのは山々なのですが、本番前の凛や皆々様にご迷惑をおかけすることとなりますので」
確かにその通りだった。企画を考える時から慌ただしかった彼女たちは、この前日まで調整を行って余裕がなかった。そこに“アイドル四条貴音の訪問”と言う字面だけで卒倒しかねないメンツもいるため、断りを受け入れるしかなかったのだ。
「それに、私の連れの者が待っておりますので」
「うん? 今回は1人だけじゃないのか?」
「はい。この度、新たな“ゆにっと”を立ち上げることと相成りまして、今回はその初披露の舞台となるのです」
「ほほぉ! ソイツァいいこと聞いちまったなぁ! 今から楽しみじゃないか!」
「言ってる場合か……そんな大事な舞台ならなおさら戻らないと! 俺たちに構わなくてもいいんだぞ?」
「うふふ、おやさしいのですね。ご安心ください、私も連れも心の準備はできております。いつでも舞台に臨む所存です」
一切の迷いのない凛々しい出で立ちで貴音は語った。その姿勢は、たとえ何が起ころうとも成し遂げようとする、さすがはプロのアイドルだと蒼一たちは感心した。
『たかねぇー! そろそろはじまるからってプロデューサーが言ってたぞー!』
遠くからハツラツとした声が聞こえたので顔を向けると、長い髪を後ろにまとめた黒髪ポニーテールの少女が腕を大きく振って貴音のことを呼んでいるのが見えた。多分、あれが貴音の言う“ユニット”のメンバーなのだろう、貴音と同じ衣装を着ていることから蒼一たちは直感した。
「呼ばれてるぞ、行かなくていいのか?」
「ええ、そのようですね。それではお2方、またお会いできますことを心待ちにしております。ごきげんよう」
貴音は軽くお辞儀をすると、静かな足取りで彼らの前から立ち去った。
「後ろ姿まで優美だとは恐れ入ったぜ。やっぱし生で見る四条貴音はすげえなぁ!」
「確かに。だが、そんなことを口走ってたらまた凛にしっぺがえされるぞ?」
「お、おおぅ……い、言うわけないじゃんかよ……へ、へへへっ……」
痛いところを突かれてか明弘の表情に不気味な微笑が浮かんだ。愛くるしさに加え、嫉妬深さも増し加わった凛に、年下でありながらも翻弄されているのが見て取れる。どうしようもないくらいチャランポランな彼をからかう唯一とも呼べるネタなので、おもしろおかしく思いながら蒼一は言うのである。
「———さて、穂乃果たちのところに行かなくちゃな」
―
――
―――
――――
―――――
「そ~~~~~くぅ~~~~~~ん!!!!! あいたかっ……ぐべぇ!!!?」
「急に抱き着くんじゃねぇ!!」
扉を開いて早々、中から穂乃果が弾丸のような勢いで飛んできたので、蒼一は彼女の顔を掴むように止めた。もはや日常的ともいえるこの光景に慣れた蒼一も冷静に対処できていた。
「まったく、入ってきたのが俺だったからよかったものの、知らん奴だったらどうするんだよ」
「大丈夫だよぉ~穂乃果には蒼君がやってくるわかってたもん! だって、扉の前から蒼君の濃厚な匂いがしてたんだだもん! 穂乃果の鼻が気付かないわけないよ~」
「だから何さらっと怖いこと口走ってるんだお前は!?」
犬並みの嗅覚を持っていると自負する穂乃果の発言はいつ聞いても頭を抱えてしまう。それが冗談で言っているようにも聞こえないから身震いすら覚えてしまうのだ。
「こんなバカはさておいてだ……みんな状態は万全か?」
その言葉に彼女たちは迷いのない構えで応えた。
「もちろん! 今の穂乃果たちはやる気1000倍だよっ! 元気がみなぎりすぎちゃって、早く身体を動かしたいよ!」
「ことりも問題なしだよ♪ 今日のために一生懸命頑張ってきたんだもんね!」
「私も状態には万全をきたしております。何事にも抜かりはございません」
「にゃぁー! 凛もがんばっちゃうよー!」
「ふんっ、当然じゃない。私の本気、見せてあげるんだから!」
「ふふっ♪ 今日はなんだからうまくできそうな気がします! 蒼一にぃ、見ててくださいね♪」
「体調もやる気も問題なし。あとは、本番を待つのみね」
「天気もよし。占いもよし。今日は絶対うまくいくって確信できるやね」
「ふふんっ、誰に向かって言ってるのかしら? この、宇宙ナンバーワンアイドルのにこは毎日がやる気全開、準備万端なのよ!」
端を発する彼女たちはとても勇ましかった。つい先日まで顔を細めて悩んでいたとは考えられないくらい張りのある輝かしい顔つきなのだ。
そんな彼女たちの返事に蒼一と明弘は口角を上げた。
「それが聞けて安心した。お前たちのライブ、楽しみにさせてもらうからな」
「もちろんだよっ! 蒼君たちにも負けないライブを見せてあげるんだからね!」
「おっ? 言うようになったじゃねぇか~。どんなものを見せてくれるか、こりゃあワクワクしてきたぜ!」
自信いっぱいに応える穂乃果に2人は胸が高まった。彼らのライブよりもすごいものを見せてくれるというのだから目が光らないはずもない。加えて、今の彼女たちにはそれが可能であるかのように思えたからだ。
「———で、その衣装を見た限りだと、ライブのコンセプトは大方ハロウィン仕様ってとこか?」
「確かに、そう捉えられても間違いではありませんね。私が考えましたのは、”ヒロイン”を中心に”海賊”と“魔女”たちが織り成すストーリーと言うものです」
「ストーリー形式で決めたってことか。へぇ~ソイツァおもしろい!」
「“ヒロイン”がことりと凛と花陽で、“海賊”が穂乃果と絵里と海未、“魔女”が希とにこと真姫か。配役は間違いなさそうだな」
「そんで、“魔女”一番のキーパーソンになるから希がセンターってとこか。そういやぁ、希がセンターって初めてなんじゃね?」
「せやね~、ウチもホンマ驚いとるんやけど、スクールアイドルやるんやったら一度は経験したかったからね、センターは。初めてやけど、精一杯頑張るつもりやで♪」
魔女の姿をした希は、子供のような無邪気な笑みを浮かばせていた。多分、相当嬉しかったのだろう。普段から正面に出ることをしない彼女がこうしたかたちで出てこれるからだ。彼女の表情からワクワクが止まらなく伝わってくる。
「希が楽しそうで何よりだ。初めてのセンターで少し不安になるかもしれないが、そこでしか見ることのできない景色を見てくるんだな」
「ふふっ、ありがとな蒼一!」
弾んだ声と共に屈託のない笑みが彼に向けられた。それに応えるように彼も表情を緩ませジッと見つめる。
希が自分から前に出ようと言い出したのだろうか、彼女との思い出を振り返ると胸にくるものがある。欲を言わない人を支えたくなる性格なので自然と自分を二の次にしてしまう。そんな彼女が前に出ようとしていることに、彼は嬉しくて仕方がなかった。
「帰ってきたら思いっきり抱き締めてやるからな」
「えっ!? も、もう、本番前に何言っとるんよ!? そんなこと言われたら、集中できへんようになるやん///」
「いいじゃないか。それに、赤くした顔もまたかわいいな」
「もう……ばかぁ……///」
彼の口から唐突に、情に溺れさせられる言葉を聞かされるのだから恥じ入ってしまう。顔を熱く紅潮させた希は普段では想像できないほどに狼狽してしまうのだ。
「むぅ~希ちゃんだけなんてずるいよぉ~! 穂乃果もギュッてしてもらいたいよぉ~!!」
「こらこら、蒼一を困らせないのよ。希の初めてのセンターなんだからご褒美くらいあげたっていいじゃない。あと、ことりも真姫もそんな目で見てもダメよ」
「「むぅ~……」」
羨ましそうに目を細める彼女たちは絵里に止められ、ただ傍観するのみだった。
一方で、私がセンターやった時は何もしてくれなかったのに……と、にこがふてぐされながらつぶやいた。
しばらくして、会場の方で大きな声援が沸き起こり、その振動が彼らのいるところにまで届いた。特設モニターで会場の様子を確かめると、蒼一らが知るあの子が観衆の脚光を浴びていたのだ。
「あっ! 貴音ちゃんだにゃぁ!」
彼女の顔が一瞬映し出されると、凛は大声で反応した。
「え!? 貴音って、あの四条貴音のこと!? なんで凛が知ってんのよ?!」
「貴音ちゃんは凛のラーメン大好きフレンズなんだにゃあ! よく一緒にラーメンを食べに行くんだぁ~!」
「……にわかに信じがたいわね……」
いぶかしげに顔を引きつるにこに蒼一が、信じられないかもだが本当のことなんだ、と補足した。
「でも、貴音ちゃんがステージに立ってるってどうしてなんだろう? もしかして、貴音ちゃんもスクールアイドル!?」
「違うわよ。四条貴音は正真正銘本当のアイドルよ。アンタ、それも知らないでいたの?」
「ええええっ!!? 貴音ちゃんがアイドル!? そ、そうだったんだぁ……凛、知らなかったにゃぁ……!」
凛の動転する様子に、何も知らないようねとにこは嘆息交じりに言う。その一方、アイドルオタクの花陽は幼馴染から聞かされた衝撃の事実に驚かされ、大好きなアイドルを見るどころではなかった。
「り、凛ちゃんッ!!!」
「か、かよちん!? ど、どうしたの、そんなに怖い顔をして……?」
「凛ちゃん……! あとで、貴音さんのこと、紹介してほしいのだけどいい!?」
「え? あ、うん。いいけど、会えるかなぁ……?」
その一言をもらうと、花陽の表情から光があふれ出るような輝きを放たせていた。アイドルオタクである花陽にとって、本当のアイドルに会える機会をもらえることは天にも昇る気持ちにさせられるのだ。
「なあ、にこ。あの四条貴音って話には聞いたことはあるんだが、そんなに人気なのか?」
「ええ、蒼一が思っている以上に人気よ。アイドル界隈の中でも唯一無二の存在でその神秘さに定評があんのよ。しかもそれだけじゃないわ。見なさい、四条貴音と一緒にいるあの2人を」
にこに言われて見返すと、2人の少女の姿が目に留まった。黒髪ポニーテールの少女と金髪のくせ毛がすごい少女。貴音と比べるとどこか幼く感じられた。
「黒髪の子は、我那覇響。沖縄出身で元気が取り柄のエネルギッシュな子よ。愛嬌があってダンスのうまさに定評があるの。金髪の子は、星井美希。あの子はあの3人の中でも突出した存在よ」
「若いな。一番年下なんじゃないか?」
「そうかもね。聞いた話じゃ、まだ中学生くらいだって言われてるけど、そんなのここじゃ関係ない。あの子はね、正真正銘のアイドル。ダンスも歌も得意で愛嬌もあって、アイドルとして欲しいものを全部持っているのよ。まるで、アイドルになるために生まれてきたような子よ」
そう言ったにこの顔はやけに真剣だった。嫉妬心の強いにこは、自分よりも秀でた存在を目にすると、いつも嫌な顔をしては睨みを利かせてくる。だが、星井美希という少女に向けられた眼差しは、尊敬にも近い輝きに満ちていた。
「なるほどな。そんな3人が集まったグループというのが彼女たちなのか」
「『プロジェクトフェアリー』それが彼女たちの名前よ。今後のアイドル界隈はあの子たちが席巻するといっても過言じゃないわ」
まるで未来を見てきたかのような確信のある言葉に聞こえた。
蒼一も彼女たちの姿を一目見て、ただ物ではないことを悟る。そして、彼女たちのライブを見終えてから、にこの語った言葉の意味を胸に焼き付けさせることとなる。
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――
―――
――――
「なるほどなるほど~いやはや、そうきちゃいましたかぁ……」
「なんだ明弘、さっきから相槌みたいに声出してさ」
「いやぁね、兄弟もさっきのライブを見ただろ? プロのアイドルが見せるモノってのは格が違うんだってのをさ胸に叩きつけられたって感じだぜ」
息を荒々しくしながら明弘は興奮した。彼女たち——プロジェクトフェアリーが魅せたライブは彼の想像を凌駕し、その胸に刻ませた。
かくいう蒼一も、初めて見る彼女たちのライブに圧倒され、胸の高鳴りが騒がしかった。あれがプロなのだと
思い知らされるのだった。
「興味がわいてきたな」
「あぁ? なんだ急にさ?」
「俺たちスクールアイドルはスクールアイドルの領分があって、その範疇の中で活動している。一方で、プロのアイドルにも領分はあるがスクールアイドルのそれとは比にならないのさ」
「……つまり、何が言いたいってんだ、兄弟?」
「覗いて見ようかと思うんだ。プロのアイドルと俺たちの違いってのをさ、確かめに行きたい」
「へぇ~、それってつまりだ……行く気になったってとこか?」
「ああ。あのライブを見て興味がわいてきた。もしかしたら、あそこに俺たちが目指しているものがあるかもしれないんだ」
蒼一はめずらしく目をギラつかせていた。その姿は隣に立つ明弘から見ても明らかで、童心のような好奇心にあふれていた。
その姿に明弘は口角を引き上げた。
「ははっ! 兄弟がそこまで言うなんてなぁ。いいぜ、ちょうど俺も見てみたいと思ってたんだ。プロとアマとの差ってやつをさ、この目で確かめに行こうぜ!」
明弘は蒼一の提案に乗った。彼もまた目を輝かせて好奇心をあらわにしていたのだ。
「その前に……ほら、行こうか」
「あぁ、アイツらがいったいどんなものを見せてくれるのかお手並み拝見だ」
時間は流れ穂乃果たちμ'sの出番がとうとう訪れる。入念に準備してきた彼女たちは迷いを一切見せず晴れやかな表情で彼らを後にして自分たちのライブステージに向かった。
彼女たちにとって初めてのライブ——蒼一と明弘の助けを一切仰がず、彼女たちのみで作り上げた初めてのライブだ。ただ、その手助けとして穂乃果のクラスメイトらのヒフミ組に任せたところは多少あるものの彼女たちの手によるものであることに違いなかった。
これまで支えてきた蒼一たちからすると心配な部分はある。だが、それ以上に彼女たちを信頼していることの方が断然強く、必ずやり遂げられるだろうと確証を持っていた。
彼女たちのライブステージは大通りにある。街の玄関口、アキバ駅の高架橋の下をくぐり抜けてまっすぐ突き出した広い車道。横幅20mは余裕でありそうなこの場所に忽然と現れる幕のかかったステージ。UDX前のステージとは別に用意され、これまでいくつもの出演者がここでパフォーマンスを披露し観衆を盛り上げた。
そして、ここにμ’sが立つ。
準備はできている。あとは、魅せるのみ。
少し遅れて蒼一と明弘がステージ近くに場所取ると幕がゆっくり開かれる。薄暗いステージに日の光が射しこむとハロウィン衣装を着たμ’sたちが待っていた。
音楽が鳴りだす。
一斉に動き出した彼女たち。
それぞれが覚えてきたダンスで優雅に舞い、心躍る声色で歌を奏でる。リズミカルな音楽と相まって見ている観衆たちの心が揺れ動く。楽しく、好奇心に満ちた眼差しで見守る人々はこの瞬間だけ彼女たちに引き込まれていく。自然と身体を揺らし、手拍子が入る。みんな楽しんでいるのだということがよくわかった。
そんな姿を見てか、披露する彼女たちの表情が一段と楽しそうな微笑みを浮かばせた。みんなの応援が力になる——以前、穂乃果が話していた。まさに今がそうなのだろう。彼女たちは受けた応援に力いっぱいの思いで応えて見せた。
これがμ’sのライブ……!——1人の観客として臨んだ蒼一は胸を熱くさせた。彼の助けなしにここまでの規模のものができていることに感動さえ覚えていた。誇らしく思った。もう自分の力無しでもやっていけるのでは? とさえ頭に過ったが、まだアイツらに教えなくちゃならないことがある、と言い聞かせた。
その時の彼の視線は、どこか遠くを見据えているようだった。
―
――
―――
――――
「実に見事なライブだったな! あれだけのもんを見せられちまったら俄然やる気が出てくるもんよ!」
かははっ、と意気揚々とした様子で笑いをこぼす明弘が破顔しだした。μ’sのライブを最後まで見届け、そこで目の当たりにした彼女たちの成長に大変満足したようだ。
「大きな舞台装置にフェスにあわせた歌と衣装。何より、客たちを楽しませられるパフォーマンスが実によかった! いやぁ、見事見事♪」
「かなり気に入ったみたいだな。お前にしてはめずらしい」
「ったりめぇよ! アイツらがようやくここまで来てくれるようになってくれたんだ、喜ぶのは当然のことよ。そういう兄弟も嬉しそうじゃんか?」
「そうか? ふっ、どうやら俺もアイツらのライブを楽しく見れたらしい」
「素直じゃねぇなぁ、もっと褒めてやっていいんだぜ? 今アイツらがいないここで言う方が楽だぜ?」
「いいや、褒めるのなら直接がいいだろ。アイツらがどんな反応するのか見てみたいじゃないか」
「ハハッ、ちげぇねぇ。俺も早く凛を褒めて撫でまわしたいぜ!」
自慢の子たちのことを思うと表情が緩くなる2人。明弘に至ってはまるで猫を飼いならすような思いで話をしている。よほど大事に思っているのか、言葉尻についかわいいとつぶやくのだ。
「兄弟も早く希のことを抱いてやれよ。アレは今頃、忘れられたと思っておどおどしてるぞ?」
「わかっているさ。だが、思ってたより時間に余裕がなかったからすぐには叶わなかっただけだ。何、遅くなった分も含めてかわいがってやるさ」
「へぇ~手慣れたもんだ」
明弘は感心した様子で彼を見た。女の扱い方がうまくなったもんだな、と悪い顔を浮かばせ、ついからかってしまうようだ。受ける蒼一もまんざらでもない様子か、笑ってごまかした。
彼らが控室に向かおうと歩いていると、向こう側からまた見慣れた3人がやってくる。先頭に立つ比較的小柄なその子は2人を見るなり、にかっと口角をひきあげた。
「そんなにのんびりしてますとライブに遅れますよ、RISERのお2方」
なんだか嬉しそうに声をかけだした綺羅ツバサ。ライブ衣装に身を固めこれからステージに立とうとする直前だった。
「今の俺は宗方蒼一だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「あら、つれないわね。でも、私にとってあなたはRISERのアポロであることに変わりないのよ」
「それはどうも。けど、ここでは他言無用で頼む」
「そうだったわね。あなたがたは謎に包まれているからこそその存在感を示せるのだから」
「じゃあ謎を知ってしまったキミから見たら俺たちの存在感とやらは薄らいで見えるというのかな?」
「まさか。私にとってはあなたが誰であり何であろうともこの気持ちに変わりはありませんよ」
ツバサは目を薄く細め口上を述べた。表情は変わらず真面目そうに整えてはいるものの、目は笑って見えた。それが不気味に思えたのだろう、蒼一は手のひらに嫌な汗を集めた。
「ようやくですね。あなたがたと同じステージに立つことができるのは」
一呼吸の間を置いてからツバサが発した。一瞬、何のことを言っているのか考えたがそれより先に彼女が口を開く。
「一年前の大会。あの日、あなたがたは私たちを競うはずだった。その時に何があったかは存じませんが、私は落胆しました。あれほどまでに願っていた勝負を行えなかったことが悔しかった……」
一年前……、蒼一は眉間にしわを寄せた。
それは言うまでもなくあの忌まわしい事件のことを指していた。出るはずだったのに出られなかった悔しさは、当然ながら当人が実感している。ただ、その真相を彼女に打ち明けられることはできない。それでまた彼女を傷つけてしまうやもしれないからだ
「けれど、今回やっと実現できた。勝負とまではいきませんが同じステージに立つだけでも感無量なのです。ですから、今度はどこにもいかないでくださいね♪」
ツバサは含ませながらも嬉しそうに話すのだから蒼一もつられて朗らかな気持ちになる。
「当たり前だ。こうも俺たちに言ってくれるんだ、やらなきゃいけないだろう?」
「ふふっ、その言葉が嘘にならないようにしてくださいね」
そう言うと彼女は彼の横を通りすぎていく。続いて英玲奈が俺に軽い会釈をしてそのまま後を追っていく。彼女には世話になったからな、とあの子の背中を見ながら思い返す。そして、あんじゅも。
「あんじゅはお前のことばかり見ていたようだが、随分と気に入られたみたいだな」
「ば、バカを言うな。お、俺には凛がいるんだから他のには目もくれないようにしてんだよ」
「ほぉ~。その割には結構見ていたじゃないか。アイコンタクトもしていたようにも見えたし」
「そ、そんなわけあるかぁ! ほらっ、そろそろ向かわねぇといけねぇだろうが!」
慌てた素振りで言葉を振り払う明弘の歩調が速くなった。あの様子から見て動揺していたんだと思わせるのと何も変わっていないことの安堵を与えられる。性格を変えることは容易ではなさそうだ、明弘の凛からかかる苦労を思いながら彼の後を追った。
そして————
『———みんな、待たせたな』
大歓声が巻き起こるステージの上に、彼ら2人が姿を現し、手を振った。
アポロとエオス。伝説と語り継がれた2人のアイドルがこのハロウィンフェスの最後を飾った。それは誰もが望んだかたちであった。
『それじゃあ、いかせてもらおうか……最初から全力全開だ……!!!』
トップギアでステージを駆け巡る2人の熱量に会場は呑み込まれ熱狂の渦を巻いた。これが彼らのライブである、それを強く印象付けさせられる最高のパフォーマンスであった。
―
――
―――
――――
〈ジ……………ジジ……ジ、ギ………ギギギギギ………………〉
回りだす、再び。
〈ギギギギギギギギギギギギ…………〉
運命の歯車が、動き出した。
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
前回からかなり期間が空けてしまいすみませんでした。
今回の話の中では、たくさんの演者たちを登場させました。過去に蒼一たちが出会った子や名前だけだけどもその手の人たちにとって有名な人もいたりと、これぞフェスといった感じにしてみました。
アニメ内ではμ'sたちくらいしかピックアップされてませんでしたが、他の演者のことを考えると楽しいものです。
そして、最後の一文は……次回に。
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない