蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第213話


大事な記録は2つに保存しろ

「———で、これはどういう状況なんだ?」

 

 次のライブのことで迷走し続けるμ'sに蒼一が話の場にやってきた。本来ならば、蒼一と明弘抜きで話し合うつもりだったが、彼女たちのあまりの発想からの行動に彼は止めに入った。

 

「あ、あはは……蒼君。もしかして、怒ってる?」

「怒ってるわけじゃない。怒ってるわけじゃないが……判断に困っているから聞いているんだ」

 

 穂乃果の目からはそう見えたのだろう。目頭を押さえて気難しい様子でいるのだから思われても仕方ない。ただこれは、つい先ほどまで運営側とライブの打ち合わせをしていたことの疲れが出ているからに違いない。

 

「大丈夫なの蒼くん? 疲れてない? おっぱい揉む?」

「バカ言ってると、形が崩れるくらい揉みしだくぞ……?」

「キャッ! えっちっ♪」

 

 そう言われるとことりは頬を紅くさせて嬉しそうにする。彼女なりの励ましなんだろうが、逆に自分自身が喜ぶという謎の状況。それをしれっと言ってのけるのだから周りも、ことりだから仕方ない、と簡単に納得してしまう扱いだ。

 

「このバカは放っておいてだ……お前らはいったい何がしたかったんだよ?」

『……………』

 

 蒼一からの二度目の問い。目を細めて睨むような目つきで言うのだから、苦笑すら出てこず黙ってしまう。彼女たち自身、本当に何がしたかったのを途中からわからなかったからだ。その場のノリでやってた、だなんて言えば当然叱られること待ったなしなわけで、下手に口を割ることはできない状況なのだ。

 だから彼女たちは何も言えず椅子の上で肩をすぼめてしまう。

 

「まあ、さっきの様子を見てる限りじゃその場のテンションに振り回されてたって印象だったがな」

『うっ……』

 

 図星だった。

 

「あと、洋子が持ってた映像やら写真やらを見返しても方向性が定まってないどころか明後日に向かっちゃってるし、本当にどうしたんだよって感じさ」

 

 重い口調で語ると彼は口から大きな溜息を吐いた。悩ましそうで、かなり呆れ果てているこの姿を見せるのはめずらしいが、それは彼がイラついている証拠でもあったので彼女たちの緊張は余計に増すばかりだった。

 

「あっ……そう言えば、洋子ちゃんに会ったの?」

「ああ、お前たちに会う前に向こうの方から来てくれたからな。さっきまでやっていたことをすべて見させてもらったってわけさ」

「あ、あぁ……そういうことだったのね」

 

 彼女たちは、いつ彼が先ほどまでやっていたことを知ったのか疑問に思ってたので納得がいった。

 

「あと、ついでに洋子の持っていたデータをすべてかっさらってきた」

『……え?』

「え? じゃないだろ。あれを洋子に持たせたままじゃ心配すぎておちおち眠れるかよ。内容もひどかったし……」

「ひ、ひどくないよぉ~!」

 

 酷評する蒼一にいち早く反応することりだが、傍から見ればあの内容のひどさは言うまでもない。それに、中でも一番ひどかったのがことりなのだから、お前がそういう? と言いたくなる。

 

「けど、あの洋子からよくデータを取れたわね。写真とかの記録媒体にはうるさいアイツが簡単に渡すとは思えないけど?」

「そうだな。だから、”かっさらってきた”って言っただろ?」

「かっさらってって……まさか……」

 

 何事もなく話す彼ににこは額を渋くさせた。

すると、部屋の外からドタバタと大きな音が大慌てに近づいてくるのを聞こえてくる。もしや、とにこたちが思う中、扉を勢いよく開いたと思うと洋子が飛び出るように現れた。

 

「そ、蒼一さあああぁぁぁぁぁあああん!!! 私のデータを返してくださいぃぃぃぃいいいい!!!!」

 

 開幕早々、大粒の涙をボロボロこぼしながら洋子はやってきた。ただその狼狽っぷりは今まで見たことがなく、まるで子供が駄々をこねているような泣きっぷりである。

 

「ダメだ。いくら洋子の頼みでもこれだけは譲れないな」

「そぉぉぉぉぉおおおんなぁああああああ!!!! だからって、ハードディスクごと取ることはないじゃないですかぁぁぁぁああああ!!!!??」

「うはっ、ひっでぇ」

 

 洋子の大事にしているデータと言うのは、すべて|HD()()()()()()()の中に完備されている。彼女がこれまで撮り貯めていたすべてはこれにあると言っても過言ではない。洋子に言わせれば、命の次に大事なものだ。

 それを蒼一は躊躇なく抜き取ったというので、明弘は思わず苦笑してしまう。

 

「元はと言えば、洋子が危ないものばかりを撮るのが悪いじゃないか。全部見させてもらったが、これがどっかのはずみで流出して表沙汰になったら俺たちがやってきたことすべてがおじゃんだ。そこんとこをしっかりとわかってほしいんだよ」

「させませんって!! 公表なんて絶対しませんからぁ!! ホントですぅ!! 私の管理は絶対ですし、誰にも取られたりなんて絶対ありえませんからぁ!!」

「……数か月前に生徒会の権限で没収されたデータがあるんだろ?」

「うぐっ……あ、あれは……わ、私の立場の危うさもあって……その……」

「そう言うこともあるから見過ごせないんだ。わかってくれ」

「そ、そんなあぁぁぁぁああああ!!!! あんまりですぅぅぅぅうううう!!!!」

 

 蒼一の言い分には確かに説得力があった。実際、洋子のデータが没収されたことで一波乱が起こったことは彼女がよく身に染みていることだったからだ。

 

「だからって……だからって……そんなのあんまりじゃありませんか?!! 約2年ぶりに話に登場できたんですよ! 少しくらい存在感を出させてくれたっていいじゃないですか……!!!」

「おぉぅ……メタい、メタい」

「ただでさえ原作登場無しのオリジナルキャラで、ビジュアルですらちゃんと紹介されてないんですよ! 番外編で主人公になれたと思いきや途中で監禁状態にさせられて話には出てこれず、出てきた時には主人公を持って行かれるシン・〇スカ状態になるし! もう一方の番外編でようやく全編通していくことができましたのに、ひどい扱いばかり……私の扱いっ、雑すぎやしませんかッ……!?」

「メタい! さすがにメタすぎるって!!」

 

 酒にでも酔っているのだろうか、なりふり構わずな状態で己の心情をつらつらと吐露しだし始めた。これまでの洋子に降りかかったことを思えば気の毒に思うところがある一方で、洋子の言葉で被弾する面々が増えていた。

 

「わかった……返す、ちゃんと返すから叫ぶのをやめろ」

「え? 本当ですか!?」

「……本当だ。嘘は吐かん」

「うひょー!! さっすが蒼一さん! 話が分かる人でよかったですぅ~~~!!!」

 

 返すと言った途端、洋子は一変して満面の笑みを浮かばせた。切り替えが早いことは悪いことではないが、あからさますぎてて蒼一の口からため息が漏れる。

 

「ただし、だ。今回のイベントが終わるまで没収だ」

「えぇ~~~~!? そんなぁあああああ!!!!?」

「2週間くらい辛抱しろよ。それとも、壊されたい?」

「いえ、待たせていただきます。ええ、待ちますとも!」

 

 大事なデータを取られてしまっては洋子も頭が上がらない。惜しいことだが待つことにしようと決めてはいるが、実際のところ彼女の持つHDは1つだけではない。取られたのは直近のデータのみで、それ以外のものは別に保管している。それだからか、切り替えるのが早かったのだろう。

 しかし、データが大事であることには変わりないようだ。

 

 

「さて、こっちの用は済んだことだし、本題に移ろうか———」

 

 襟を整える気持ちで話を戻しだすと部屋の中の空気が一気に張りつめだす。鋭い眼差しになる蒼一の視線が彼女たちに注がれると曲がっていた背中もピンと伸びてしまう。

 

「今度のライブに向けてのコンセプトとかあるのか?」

「ある! インパクト!」

「はい、穂乃果。それ具体的じゃないから練り直し。他は?」

『……………』

「……え? まさか、それしか考えてなかったのか……?」

「だ、だって……インパクトがあれば何でもできそうな気がして……」

「何でもできることにも限度はあるからな。それと、一時のテンションに身を任せたんじゃろくな結果にならないだろ? それでイメチェンをやってたのか……」

 

 穂乃果たちの様子を見て、やっぱりな、と口をこぼす。

 

「イメチェンすることは悪いことじゃないが、それで自分たちの良さを消してしまうんじゃダメだよな。このままでいくことに不安でもあるのか?」

「だって……蒼君たちやツバサさんたちに負けたくなかったから……このままじゃダメかなぁって思って……」

「バーカ。ダメなわけないだろう。むしろ、それでいいんだろう、それで」

 

 でもそれじゃあ私たち勝てないよ! と若干の焦りを感じさせる声で穂乃果は意見した。これは穂乃果だけじゃなく、彼女たちみんなが感じていることだった。

 これに対して蒼一は、あのな、と切り出す。

 

「別に今回のライブで勝ち負けとか、競い合うとかしなくたっていいんだぞ」

「そ、それってどういう……?」

「今回のイベントは単に街のイベント。そこにラブライブ委員会が乗っかって開いているだけなんだ。競い合うことを目的としたイベントじゃない。あくまでお客を楽しませるだけのイベントだ。せっかくの楽しいお祭りに血走って争うだなんてするものじゃないだろう?」

「……確かに。実際よく考えてみればそうよね……」

 

 ハッと気付かされた絵里はわずかではあるが理解してきたようだ。

 

「お前たちの最終目的はラブライブだ。そして、そこで優勝することに何の変りもない。けど、これとは別にさ、ステージを楽しんでみたらどうだ?」

 

 彼女たちの瞳が大きくなった。

 

「最近のお前たちは気を張り詰めすぎててステージの楽しさを忘れかけているだろう? お前たちはスクールアイドルであるが、その一方で部活動を楽しむ一学生でもあるんだ。祭りのときくらいはさ、思う存分楽しむ気持ちでやってみてもいいんじゃないか?」

 

 蒼一のこの言葉に、彼女たちは気付かされた。最近の自分たちは、少し気張りすぎていたんじゃないかということに。

 事実、その通りだった。次のラブライブが行われると発表を受けて以降、彼女たちの意識は常にそこにあった。本戦に乗れたものの失格となってしまった前回の雪辱を果たすためにやってきた。加えて、A-RISEという絶対的存在と対峙したことで気付かされた実力差が拍車をかけた。そのため、彼女たちがステージに立つ際にのしかかるプレッシャーは相当なものたっただろう。

 彼はそれにいち早く気が付いていたに違いない。

 

「何事にもメリハリは大事だ。本気でやらなくちゃいけない時と言うのは必ずある。だがその一方で、本気で楽しまなくちゃならない時だってある。今回お前たちにすべてを託したのはお前たちの飛躍のためにと思う一方で、俺からの指示ばかりを受けて自分たちのやりたいことができなくなってるんじゃないかって思ったからなんだ。それをちゃんと説明してなかった俺が悪かった」

「蒼君っ?!」

「違うわよ蒼一っ! 悪いのは蒼一じゃなくって、私たちが煮詰まっちゃっただけで……!」

「いや、俺たちのことだけで手一杯になってお前たちのことを顧みてあげられなかった。きちんと説明すべきだった。すまない」

 

 急に謝りだす蒼一に彼女たちは動転した。てっきり怒られると身を固く強張らせていたので余計に取り乱してしまったのだ。

 

「それでだ。こっちの用時は片付いたんでこれからお前たちのライブについて一緒に考えようかと思うが、それでいいか?」

 

 続けざまに出された彼の提案は彼女たちを驚かせる一方、喜ばしいことでもあった。ちょうど考えが煮詰まりかえってしまっていた彼女たちに彼の提案は渡りに船と言ったところだ。彼の提案ならば安心して受け入れられると誰しもが感じることだった。

 だが、今の彼女たちは思いとどまった。

 

「ごめん、蒼君。私たちは……穂乃果たちは自分たちだけでやってみたいと思うの」

 

 仲間を見回した穂乃果が言った。それを誰も止めようとはしない。いわば、穂乃果の言葉が彼女たちの総意であった。

 この意見を受けた蒼一は驚くこともなく、ただスッと目を細めて穂乃果たちを見た。

 

「それで、いいんだな?」

「うん……やってみたい、やりたいの! 私たちがどこまでできるのか試してみたいの! 確かに、煮詰まっちゃっててどうしたらいいのかわからないけど、蒼君の言葉で何かがわかった気がするの! だから、やらせて!」

 

 呼吸するかのように返す穂乃果の言葉には力があった。何も存在しない真っ平な場所から沸き起こるような目に見えない力が。それは可能性とも呼べる代物なのかもしれない。

 蒼一は穂乃果の言葉を聞いて、穂乃果らしい言葉だと感じながら、そうか、とただ一言つぶやく

 

「お前たちがそう言うのならやってみな。お前たちのつくるライブ、楽しみにさせてもらうぞ」

 

 やんわりと微笑みかけながら蒼一は受け入れた。すると、彼女たちの喜ぶように息を吸う音が自然に起こる。

 

「それじゃあ、俺はライブのことを進めるから今日は帰らせてもらうぞ。明弘、洋子、お前たちもだ」

「おっしゃっ! 詰めの協議でもしましょうかねぇ~」

「えぇっ!? わ、私もですかぁ!?」

「いいじゃんか~たまには俺たちと付き合おうぜ? なんなら、帰りに何か食べて行くか?」

「い、いやぁ~それは遠慮させていただきますぅ~……凛ちゃんからの視線が怖いですからね……」

 

 蒼一に言われるままに明弘と洋子はそのまま部屋を出て行った。直後、部屋の中から彼女たちの楽しく話す声が聞こえてきた。

 

「あのっ、蒼一さん。穂乃果ちゃんたちをあのままにしてもよかったのでしょうか?」

「……と言うと?」

「穂乃果ちゃんたち、何も思いつかないって、さっきまでかなり悩んでいたんですよ。それなのに、あのまま任せっきりにしちゃって本当によかったんでしょうか?」

 

 彼女たちの様子を終始見ていた洋子は心配だった。だが蒼一は、それは杞憂だと言わんがばかりの安心しきった様子で彼女に言った。

 

「穂乃果たちなら大丈夫さ。きっといいライブを作ってくれるだろうさ」

「そう、なんですかねぇ……?」

 

 彼の言葉を聞いても洋子の心配はぬぐえなかった。その一方で、蒼一がここまで彼女たちを信頼しておけることの方が新たな疑問に思えてくる。

 彼女たちの恋人だからなのだろうか? 心を通じ合っている者同士の絆と言うのか、それが彼に確信を与えているのだろうか? と洋子は首をかしげるのだった。

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!

と言うわけで、新年一発目を投稿させていただきました。昨年は投稿ペースが月刊誌レベルに落ちてしまって申し訳ないです。こんなご時世なので今年も同じペースになりそうです。
こんな感じとなりますが、どうぞ次回もよろしくお願いいたします。

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