蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第212話


バカが呼んだ友はバカだった。

 

【前回までのあらすじ】

 

 アキバで開催されるイベントに参加することになったμ’s。ここでラブライブに向けて飛躍していきたいと意気込むのだが、強豪A-RISEの参加とまさかの蒼一と明弘らのRISERも参加することとなり混迷を深めていた。

 この2大巨頭が足踏み揃える事態となってしまったことで、飛躍の機会が失われることを危惧したμ’sは、イメチェンすることで巻き返しを図ろうとするが……

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 数分後、いつもの時間に練習を始めるμ’sであったが、今日はなんだか様子が違う。

 

 

「みんな~~~! おっはよーございまー……あっ! ご、ごほんっ……ごきげんよう」

 

 勢いよく屋上の扉を開いて挨拶を交わす穂乃果。いつも通りの元気の良さに気が引き締まるようだが、急に何かを思い出したかのように咳ばらいをすると、おしとやかな感じでまた挨拶をしだした。その口調はまるで海未のようで……しかも、着ている練習着も海未のものなのだ。

それは穂乃果だけではなかった。

 

「海未! ハラショー!」

 

 グッと親指を突き立てて挨拶する絵里――いや、ことりだ。

 ことりも絵里のようにポニテをつくり、練習着を着て口調も合わせて絵里になりきっていた。

 

「絵里、早いのですね」

「ええ海未。当然よぉ♪」

 

 穂乃果とことりの会話なのに、遠目では海未と絵里が会話しているような雰囲気にしか見えない。同じ仲間同士故なのだろう、よく観察してなりきっている。

 

一方で、なりきろうにもなりきれずにいるのが一人いた。

 

「うぅ……っ、無理ですっ!」

 

 早くも音を上げだしたのは海未だった。海未は凛の恰好をしているのだが、そもそも凛の性格は海未とは真逆のはっちゃけるタイプだ。常におしとやかでおとなしい海未にとっては、恥ずかしいの何ものでもなかった。

 

「さあ、凛! あなたもやりなさい!」

「みんなもやってるのだから凛もやるのよ!」

 

 恥ずかしがる海未に穂乃果とことりは迫った。慣れないことで女々しくなっているのをつけ込んで、ここぞとばかりに2人は言い寄った。普段から海未に叱られている2人だからこういう機会は滅多にないと少し調子に乗っていた。

そんなこととはいざ知らず、追い詰められた海未は勢い余って弾けだした。

 

「う、うぅ………にゃぁ~~~っ! 今日も練習、いっくにゃぁあああ~~~!!」

 

 羞恥パロメーターが吹っ切れたのか、海未はやけくそテンションではっちゃけだした。こうなった海未はもう止まらない。顔が熱く沸騰するほどに赤面させながら凛になりきりだす。凛の口癖である猫のような鳴き声を何度も叫び、身も心も凛になりきろうとしたのだ。そんな海未を穂乃果とことりは嬉しそうに眺めるのだった。

 

「何それ、イミワカンナイ!」

 

 3人が戯れている様子を真姫の口調で言うのは凛だ。自分になりきっている海未を見ての発言だろう、少し納得いかなそうな顔をして眺めていた。そんな凛を見てか、穂乃果が海未になりきって注意しだす。

 

「真姫! そんな話し方をしてはいけません!」

「モウ、メンドクサイヒト!」

 

 注意を受ける凛だが、自分には関係なしと不機嫌そうに返した。凛から見た真姫はいつもこんな感じで不機嫌な様子なのだろうか? しかし、これは凛なりの真姫を演じているようだ。わざと鼻にかかる声にして声質まで似せようとしているのか変なしゃべりになっている。それがよく似ているのか、メンバーたちはついクスリと笑みをこぼしてしまう。

 だが一方で、凛の真似を見る当の本人はあまりいい気分ではなく、むず痒そうな様子でいた。

 

「ちょっ、ちょっと凛! それ私の真似でしょ?! やめて!」

「ふんっ! オコトワリシマス!」

 

 我慢できなかった本物の真姫(希の恰好をしている)は、恥ずかしそうに顔を赤くしながら凛にやめるように言うが、止める気配はない。いつも以上に頑固になる凛に、真似とは言え自分を見ているような気分で強くは言えなかった。

 そんな2人の様子を見てか、頭がおかs――凛の真似をした海未が真姫に迫った。

 

「あ~~! 希ちゃんだめだよぉ~! 喋らないのはずるいにゃぁ~~!!」

「うぅ……!……っ?!」

 

 急に飛びついてくる海未に驚く真姫だが、見たことがないテンションでいる海未に怖気すら感じるほどの驚愕に何も言えずにあった。と言うより、思いっきり見開いるのに目が笑っていないというのが恐怖を倍増させていた。

 

「ダメよ、希。みんなで決めたことでしょ?」

 

 海未に続いて絵里に扮したことりも真姫に迫った。一応、このメンバーチェンジはみんなで決めたことだ。一度取り決めたのに抜け出すのは反則みたいなもの。何より、あの海未ですらやってるのだから真姫には逃げ場はなかった。

 

「べっ、別にそんなこと言ったつもりじゃ……ない、やん……」

 

 やっと腹を決めたのか、希の関西弁口調で喋りだす。やると決めても顔を紅潮させて恥ずかしそうに口をとがらせてしまうのだ。

そうした中、着替え終えた花陽が屋上の扉を開けてやってくる。そして、彼女がやる真似を精一杯やりだすのだ。

 

「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔を届けるやざわにこにこ~♪ 青空も~……にこっ♪」

 

 にこの決めポーズを完全に再現し、決めセリフもやってのけた花陽。外見もにこにかなり近付けるようにとツインテールやリボンの色、そして衣服も寄せていた。あ、服を用意したのは、にこの服をそのまま使うとキツくて入らないからだそうで——とにかく、花陽はこだわりぬいてなりきっているのがよく伝わるのだ。

 

「ハラショー! にこは思ってた以上ににこね!」

 

 そんな花陽を見てか、絵里になりきることりは花陽の再現度の高さを褒めた。アイドルオタクだけあって、花陽のアイドルとして先輩でもあるにこに対するリスペクトは想像以上と言える。だからこその再現度と言えるだろう。

 このにこのなりきりを褒められて、花陽は表情を緩ませ嬉しそうにする。そんな時でも、花陽はにこであり続けて、にこっ♪ とにこらしい喜びをあらわにするのだ。

一方で、そんな花陽を見るにこはやや顔を引きつらせた様子で花陽の肩に手を添えた。

 

「に、にこちゃぁ~ん……にこちゃんはそんな感じじゃないと思うんだけどなぁ~……?」

 

声を濁らせて何か納得いかなそうな心地で言うにこ(本物)。にこの嫌な気配を感じてか花陽は肩をビクつかせてしまうが、すぐ取って代わりにこ(本物)に向かって言い返す。

 

「ど~しちゃったのことりちゃん? もしかして、にこのかわいさに嫉妬しちゃったのかしらぁ~? どぅぁめよ~だめだめぇ~☆」

「うぐっ……! なんかムカつくわねぇ……」

 

 完全ににこになりきっている花陽は、返しすらにこそのもだ。あの少し癪に障るぶりっ子な感じも忠実に再現されてて、聞いているだけでも腹が立ってきそうになる感じもまったく同じ感じなのだ。嫌だが、さすがとしか言いようがなく、ここまでくると称賛したくなる。

 

「なんでにこちゃん怒ってるんだろうね?」

「それはアレや。自分の腹立つセリフをあらためて聞いてみたらよっぽど背筋が凍るくらいの衝撃だったんやろうなぁ~。ウチらは耐性があるけど、にこっちにはないもんなぁ……毒使いが自分の毒で悶えるのと同じ感じや」

「……おい、聞こえてるわよ」

 

 的をうまく当てているのかわからないが、希の説明にみんな納得してしまう。こうやって誰かが真似をすることで自分のセリフの強烈さを実感させられるとは夢にも思わなかっただろう。

 

「でか、希! ちゃんと、なりきりなさいよ!」

「え~? ちゃんとやってるよぉ~ファイトだよっ☆」

「……穂乃果って、あんな感じなの?」

「ええ、間違いないね」

 

 希は穂乃果になりきるようで、おなじみのあの元気が出るセリフをポーズ付きでやって見せる。ただ、希がやるとどこかぶりっ子に見えてしまうのが不思議なところ。本人さえも目を疑ってしまうほどだ。

 

「いや~今日もパンがうまいっ!」

 

 そして、どこから取り出したのかわからないラ〇チパックを思いっきりかぶりつく。肉でも食ってんのかと感じさせられるような頬張り方をするので穂乃果はさらに困惑してしまう。

 

「た、たいへんですぅー!」

 

 屋上がにぎやかになってきたところに花陽になりきる絵里が飛び出る感じで現れた。

 

「あ! 絵里ちゃ……あっ! どうしたのですか、花陽?」

 

 かなり焦っている様子の絵里に穂乃果はつい素で答えそうになるが、とっさに海未の口調に戻した。絵里もまたとてもやりにくそうな感じではいるが、ちゃんと花陽らしくしようと一旦深呼吸して大声で叫ぶ。

 

「みんなが……みんながぁぁぁぁっ…………! 変よ」

 

 あれだけ間をおいて叫んだかと思えば、急に冷静になって素に戻る絵里。この変化を見ていた彼女たちも一瞬冷静に立ち戻りだす。

 

「変っていったいどこがなの?」

「全部よ! 全部! こんな半端なことをしても何も生まれないってことよ!」

『!!』

 

 絵里は即刻辞めたい一心もありつつ口にする。誰かの真似をしたところで自分たちが変われるわけがない、とやっている最中に絵里は気付いたのだ。それをみんなにわかってもらいたくてこう叫ぶのだ。

 

「……わかったよ、絵里ちゃん。絵里ちゃんの言う通りだもんね———」

「ほ、穂乃果……!」

 

 絵里の必死な叫びをわかってくれたのか、穂乃果は大きく頷いた。絵里も穂乃果がわかってくれたことを喜んでか、表情を明るくさせた——

 

 

 

 

「ちゃんと、みんなの性格を完璧に真似ないといけないってことだねっ!」

「……………え?」

 

——のも束の間だった。

 

「そうと決まれば! 穂乃果はもっと海未ちゃんらしく……はぁぁぁぁんんんんんッ!! ダメですッ!! 蒼一の香りがいないと、私……ッ! もう、やっていけません……ッ!!!」

「ほ、穂乃果ぁぁあぁァァァァあああああ!!?!? な、なななななにを口にしているんですかあなたはぁぁぁぁああああ!!!???」

「え~? だって海未ちゃんってば、休憩中、急にいなくなってたと思ったら更衣室で蒼君のシャツを嗅いで———」

「うぁぁああわわわああああああああ!!!! 忘れなさい! 忘れなさいぃぃぃ!!!」

 

 いきなり何を口走ったと思えば、海未のとても恥ずかしい一面が大公開されてしまい当の本人は、それはもう炎のように顔を真っ赤にさせて叫びだした。

 

「海未……あなた、そんなことを……」

「え、絵里っ……! そんなわけじゃないですか! そんなわけありませんからぁぁぁ!!!」

「え? でも、今日もバッグの中に蒼君の昨日使ったハンカチが入って———」

「いやぁぁぁぁあああああああ!?!?!?」

 

 穂乃果の暴露により、海未の性癖がまた知られてしまうハメに……。まともな側の絵里すらも驚きのあまり表情をひきつった。

 

「なるほどぉ~……じゃあ、ことりもやるねっ!」

「え……?」

 

 穂乃果に便乗するようにことりもすると言い出した時、絵里の背筋に悪寒が走った。まさか、自分のヤバいところを知られるのではないかと動悸が早まった。

 

「……んっ………んん……んんッ……!」

「自分の身体を触ってるの? 何だか、マッサージでもしているみたい」

「………ん‶ッ‶!!!!?」

 

 凛から見たことりの仕草と言うのは、全身を撫でまわす感じで触り、気持ちよさそうな声を発しているようにしか見えない。だが、当人からするとこの意味の危なさがよくわかる。

 

「……あッ……そう、いちぃ……♡」

「あっ、これって……」

「まさか、絵里ちゃん……」

 

 喘ぎにも似た甘い声で蒼一の名前を口にした時、眺めていた真姫と花陽は察してしまう。

 

「そうだよ……♪ 絵里ちゃんはいつもこうやって蒼くんに触られると思いながらじ———」

「いやぁぁああああああああああ!!! ダメぇええええええええええ!!!!!」

 

 自主規制用語が飛び出てきそうなところで絵里はことりの口を塞ぐために襲い掛かる。必死の行動で何とか聞かれずにはすんだものの、全体にはなんとなく理解されてしまう。なんてったって、みんなやっ——ゲフンゲフン

 

「さあ! 凛ちゃんもにこちゃんも!」

「ええっ!? り、凛も!?」

「ちょ、ちょっとぉ!? に、にこもやんなきゃいけないの?!」

「当然だよ! 言い出しっぺはにこちゃんなんだから、ちゃんとことりちゃんをちゃんとなりきってよね!」

「なりきれってッ! あの、脳みそ淫乱バードになりきれるわけないじゃないのよ!!!」

「無理無理無理無理ぃぃぃぃ!!! 凛が真姫ちゃんみたいになれっこないもん! 凛はそんなっ……あんなに恥ずかしいことをできるわけなんて……ないもんッ!!」

 

 案の定、にこと凛は徹底的に嫌がった。当然だ、何しろ“あのことりと真姫”を真似しろと言うんだ、普通ならお断りしたい。何しろ、あの2人の考えていることは常人では表しきれないほど、おかしいのだから……。

 

「大丈夫だよ、にこちゃぁ~ん♪ にこちゃんにはことりがちゃぁ~んと身体の隅々にまで教え込んであげるからね……♪」

「凛も安心しなさい。私がとことん蒼一の魅力について語ってあげるわ♪ あなたも私と同じになれば、明弘のことが1日72時間忘れられなくなれるわ♪」

「当人直伝なのッッッ!!!!? やめなさいことりッ!!! アンタみたいな脳みそになんかもうなりたくないわ!!!」

「1日72時間って何ッ!? 1日は24時間でしょ!? なんで増えてるの? なんか、おかしいよ!! おかしいよ!!!!」

 

 さり気なく2人の背後に迫ると逃がさないとばかりに肩を掴むことりと真姫。当然のことながら、にこと凛は身の毛がよだつ思いで戦慄するが、ことりと真姫はおもしろそうに表情をゆがませて笑う。彼女たちから嫌な予感しか抱けないのだ。

 穏やか(?)だった空気が一瞬にして崩れていく。彼女たちの、そこまでしなくてもいいなりきりが風紀を乱しだしたことで一種の無法地帯化が始まった。痴態醜態。どれをとっても頭を抱えるものだらけで手の施しようがない状況となりつつあった。

 

「うわぁ……これはあかんなぁ……」

「だめだぁ……もうおしまいだぁ……」

 

 この現状を傍観する希と花陽もどうすることもできそうもないと悟ったのか、目を細めて諦めを感じさせたのだった。

 

 

 その時だった。

 

 

「うぃ~っす! 用事が早く済んだから来てやったぜぇ~!」

 

 ドッと音をたてて開いた扉から陽気満点な様子の明弘がやってきて空気が変わった。彼女たちの動きも彼の登場により止まり我に返りだす。

 

「おもしろそうな声が聞こえてきたと思ったが……何やってんだ、お前ら……?」

 

 勢いで入ってきたはいいが、現状を見渡した明弘の表情は渋くなる。屋上に来るまでにぎやかな声が聞こえてくるので楽しいことをしているのだろうと思っていたのだろうが、現実はそうでもない。

 見渡せばみんなの服装や髪形が入れ替わっているし、羞恥のあまりわめくのもいるし、絶叫するのもいる混沌な状況に理解しきれていないというのが現状だ。だから明弘は、胸の内をざわつかせながらこの異様な状況を眺めたのだ。

 

「ひっ、弘くん!? み、見ないで……こんな凛を見ないでぇぇェェェええええ!!!!」

 

 混沌する彼女たちの中でも、彼の恋人である凛は真姫に迫られ押し倒されつつある現状に絶叫した。ちょうど今、凛は真姫によっていろいろと仕込まれ始めていたところで、身体が真姫色に染まりだそうとしていたのだ。純粋でしかなかった凛の中に不純なモノが取り付きつつあり、自然に見ていた彼を直視できなくなっていたのが今の心境と言えよう。

 

「んおっ、うん……お、おれは何も見なかったからな……」

 

 悪いタイミングに来てしまったみたいな、陽気だった明弘もさすがに気まずいものを抱く。

 

「そ、それじゃあ、俺はここで失敬させてもらうぜぇ……」

 

 せっかく来たがいたらまずいだろう、と彼女たちに気を遣うように踵を返す。

 

「———あと、お前も帰るぞ。()()

『————ッ?!』

 

 その刹那、彼女たちの身に電流が走る。何せ、いるはずもない彼女がいることになっている彼の発言に驚愕を表せないでいられなかったからだ。

彼女たちは一斉に屋上を見渡した。しかし、自分たちが立っているところに彼女はいない。ではどこに……?

 そう思っていると、日を遮る影が彼女たちにかかったので咄嗟に上を見上げた。すると、扉の上にある足場に彼女の姿を見つけたのだ!

 

「はいは~い♪ いや~いいものを見させていただきましたから自分は満足ですのでぇ~♪」

 

 ニヤニヤと悪そうな顔で笑ってみせる洋子の手には、愛用のビデオカメラが握られている。とどのつまり、そう言うことなのだろう。洋子がただ静観して終わるような性格でないということを。

 

「よ、洋子ちゃん……一応聞くけど、どこから撮ってたのかなぁ……?」

「ん~……詳しくは言いませんが、穂乃果ちゃんが屋上に来た時にはすでに回してましたからねぇ~」

「それって、全部撮ってたってことじゃん!!」

「いやぁ~そうともいいますね~!」

 

 穂乃果からの指摘に返って開き直ると、足場から飛び降り綺麗に着地を決めた。

 

「とまあ、そんなわけで。撮らせていただいたものは後で蒼一さんと明弘さんに見てもらうことにしますね~。もしかしたら、いい素材として使えるかもしれませんからねぇ~♪」

「お、なんだなんだぁ? おもしろいもんでも撮れてるのか? 気になっちまうじゃないかぁ~」

『だ、だめぇぇぇぇええええええええ!!!!!』

 

 洋子がやろうとしていることに彼女たちは待ったをかけた。勢いとは言え、あれを蒼一と明弘に見せるわけにはいけないと一斉に洋子を取り押さえようとする。だが洋子は、ふわりと跳ねるように彼女たちの手をかわすと扉の中に入っていく。

 

「ふっふっふ、私を捕まえようだなんてまだまだ甘いですよ~。逃げ足だけはみなさんよりは上手ですからねぇ~♪」

 

 去り際にそう言うと、洋子は高笑いながら屋上への階段を下っていってしまった。彼女たちはまたしても洋子を取り逃がしてしまったというのだ。

 

「くぅ……っ! 洋子めぇ……次見つけたらとっ捕まえてやるんだからぁ!!」

 

 悔しきった怒りを爆発させるにこは、これ以上洋子の好き勝手にはさせないんだからと息巻くのだった。

 

「にこが言いたい気持ちはわかるけどよぉ……まず、お前らがそんなことしなきゃいいのに……」

「……何か言った……?」

「いいや、別に……」

 

 何か言いたそうではあったが、にこにキレられるのが面倒に思ってこれ以上は言及しなかった。

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「あぁぁああああ!! もう、どうしてうまくいかないのよぉ!!!」

 

 またしても部室に戻った彼女たちは、元の姿に戻してにこの叫びを耳にしていた。

 

「おまけに、二度も洋子に隠し撮りされてしまって……屈辱的だわ……ッ!!」

「いや、だからさ。なんでやろうと思ったんだ? 見られて恥ずかしいものをやるんじゃねぇよ!」

「うるさいっ!! こっちは本気でやってるのにマジレスしないでくれない!?」

本気(マジ)の割には気にしてたのかよ!?」

「恥ずかしいのを抑えてのアイドルなのよ!」

 

 恥ずかしさもいとわないプロ根性を見せるところはさすがにこと言いたくなる。けれど、羞恥を犠牲にしてまで得たものは何もなく、ただ損ばかりしているようにしか見えないのだ。

 

「てか、お前らはいったい何をやろうとしていたんだ? お互いの服を交換し合うなんて……まさか! お前ら、とうとう百合に目覚めたのか……!?」

「いや、どうしてそうなるのよ!?」

「ほら、よく言うじゃん。気になっているあの子の服を着てみたいと思う思春期特有のアレ。そう言うのをやろうとしていたのか?」

「イメチェンだから!! 違うからッ!! しかもそれ、アンタの願望でしょうが!?」

「百合は世界を救うんだぞ?! それに、最近のスクールアイドル内では、百合案件が人気になってきているんだぜ……?」

「………いや、そんなの関係ないから!」

 

 一瞬、にこが間を空けたのを、悩んだな、と周りが思いながらも口にはしなかった。

 

「にこちゃん……! も、もしかして、ことりのことを……///」

「だから違うって言ってんでしょうがァ!!! それに、みんなでじゃんけんして決めたんだからァァァ!!!」

「わかってる……わかってるよ、にこちゃん。にこちゃんの本当の気持ちをことりは知ってるから……でも、ごめんなさいっ! ことりの心は、絵里ちゃんに奪われちゃったの……!」

「えぇっ!? なんでここで私ッ!?」

「だから、にこちゃん……ごめんなさいっ……!!」

「いやだから何なのよッ!!? 一方的に好かれてフラれてるってわけわかんないんですけど!? ああぁっ、もうッ!! 理不尽すぎて怒るのも面倒になってきた!!!」

 

 涙を含ませながらにこのことを振ることり。何故か絵里も巻き込ませて壮大なドラマにしたことで混迷が深まった。

 

「てか! アンタは絵里じゃなくて蒼一のを着たいはずでしょ!?」

「そうだよ」

「反応はやっ!?」

「というより、もう着てるもん。蒼くんの下着を♪」

「バカじゃないのッッッ!?」

 

 勢いあまるにこの問いにことりは反射的に答える。あたかもそれが当たり前のように答えるのだからさすがにドン引きする。

 

「マジかよ……下着を履くって変態すぎるだろ……俺以上の変態すぎていったいどこからツッコんだらいいのかわからなくなってきたぞ……」

「安心して。ことりもそこまで変態さんじゃないですから、ちゃんと使い終えたインナーシャツを着てるからね♪」

「いったいどこに安心する要素があったのか教えてほしいんだけど!?」

 

 もはや明弘ですら匙を投げたくなるほどの変態具合に顔が青ざめていく。わかってはいるものの、ことりのカミングアウトを聞かされる度にみんなの表情が曇ってしまう。当然のことだが、本人はまったく気にしてない。問題なのは、この変態の性癖を表沙汰にせずにアイドル活動をしていけばいいのか、という新たな課題に頭を悩ませることだった。

 そして、その影で真姫が対抗意識を燃やしていた……

 

 

 

「ハイハイ、そんなことより今はライブのことを考えへんと。まだウチらは何も決まっとらんのよ?」

「あっ、そっか。忘れてた!」

「忘れてた——じゃないだろ穂乃果……てか、まだ決まってなかったのかよ? 本番まで残り少ないんだぜ?」

「そう言われましても、今のままではダメな気がするんです。特に、A-RISEや明弘たちのライブの前では……」

「あ? 俺たちのライブと何か関係でもあるのか?」

「大ありだにゃぁ~。だってだって、弘くんたちのライブって、とってもすごいでしょ? 凛たちと比べたら全然盛り上がりが違うよ。だから、凛たちも弘くんたちに負けないインパクトが欲しいと思ってたんだ!」

「インパクト? まあ、目立つという意味合いでは悪くはないが……」

「でしょ! だから今、いろんなことを考えてたんだよ!」

「いろいろ……それがさっきの……で、インパクトはあったのか?」

「え!? えぇっ、と…………」

「……やっぱりな」

 

 穂乃果の様子を察してか、明弘は大きな嘆息を吐く。彼が見た限りでは穂乃果たちの言うインパクトとはだいぶかけ離れていたからだ。

 

「つうか、インパクトなんかにこだわんなくたっていいじゃないか。お前たちはお前たちらしくそのままでやりゃあいい。変に小細工すりゃあ、返っておかしく見えるぜ?」

「ぐ、ぐぬぬぬ……」

「それに、インパクトで俺たちと張り合おうって考えるなよ。こちとら場数も熱量も違うんだ、慣れないことすりゃあ痛い目にあうぜ」

 

 明弘からの指摘ににこは歯噛みする。この嫌味ったらしく喋るコレに言い返してやりたい気持ちが沸き起こっては来るものの、確かにその通りだと納得している自分がいてまた強く歯噛みをしてしまう。RISERの1人であり、μ’sを知る彼だから双方の実力差を理解してないはずがない。それだから彼の言葉には確証に近いものがあるのだ。

 

「……まあ、なんだ。いつもの自分たちとは違ったことをするってことはいいことではあるんだがな。俺だったら、ロックでハードな音楽とビジュアルで攻めていこうかって考えちまうんだがな」

「……! それよッ!!」

「…………はぁ?」

「だからっ! ロックよ! ロック! そうよ、その発想があったじゃない!」

 

 突然、にこが何を言い出すんだと思わず呆けた声が抜け出てきてしまう。しかもその口ぶりが穂乃果とよく似ていて、なんだか落ち着かない気持ちに駆られてしまうようで冷汗が流れる。

 

「ま、待て待て……。お前、何を言い出すかと思ったら……いや、ホント何を言ってるんだ?」

「ふっふっふ、明弘。意外性って言うのは、誰もがやるとは思えないことをすることだと思うのよ」

「あ、あぁ……それがどうしたって……?」

「……ロックよ。これから私たちはロックをするのよ!!!」

「んんんんッッッ????!!」

 

 にこが勢い籠って叫んだそれは、正直謎めいていて理解し辛いものだった。ロック? ロックって、あのロックンロールのことだよな? と明弘は脳裏を巡らせながらにこの言葉を理解しようと努める。が、どうとらえてもその意味、意図が全く読めないので頭に疑問符を浮かべてしまう。

 

「にこちゃん、ロックってどんなことするの?」

「いいかしら、穂乃果。ロックって言うのはね、ド派手な大音量の低音をガンガン鳴らしまくるそれよ! かわいさを全部捨てて、カッコよさに全振りするのよ! 天使から堕天して、悪魔になるみたいな……! そんな感じよ!」

「お、おおぉっ!! なんかよくわかんないけど、なんかすごい!!」

 

 ざっくり過ぎるロックの説明に頭を抱える明弘だが、それが穂乃果に伝わっていることに目が大きく見開いてしまう。納得してそうでそうでもない、そんなあやふやな感じではあるものの、穂乃果にはそれで十分なのかもしれなかった。

 

「いやいやいやいや……一体全体、何をどう考えたらロックに行きつくわけだよ? だいたい、ロックに決めたからって、今まで触れてこなかったジャンルのものをどうやるのかわかるのかよ?」

「何言ってんのよ。わかんないからやるんじゃないの。今まで触れてこなかったからこそ、すごいインパクトを与えられるって思わないかしら?」

「……お前、自分の言ってることがちゃんと理解できているのか……? そもそも、ロックな曲でロックな衣装。それをすぐにできるわけがないじゃないか……」

「ロック…………ハッ、閃いたわ! ロックで、ハードなメロディが……!」

「………え?」

「奇遇ですね、真姫。私も爆発的な詩が思い浮かんできました……!」

「……え? ちょ……」

「ことりも……実は、ロックなものに興味があって……すでに作ってあったり………♪」

「んんっ!?」

 

 明弘の予想とは裏腹に思ってた以上にやる気がある制作陣。しかも、ことりに限っては何故か事前に作っていたらしい衣装を取り出してみんなの前に出した。

 

「おおぉ! これが、ロックな衣装なんだね……!」

「すごい本格的……! これ、合成樹脂の皮だけどこれがまたカッコいいわね……!」

「白黒のモノクロ色……これはかなり攻めてるわね……!」

「……うそやろ?」

 

 ことりの新しい衣装にみんなが意外にも好印象を持って臨んでいることに驚きを隠せない。

 

「やべぇよ、やべぇよ……これどうするんだよ? マジで、この衣装を着てライブに立つのかよ……?」

「立つに決まってるじゃん! これを着て新曲をドカンッ! とお披露目すれば人気爆発間違いなしよ!」

「大人気という肩書が爆発するイメージしかわかないんだけど!? やだぜ、こんなデトロイトメタルシティみたいな格好でライブだなんて、世紀末でもつくりあげる気か!?」

「ふっ、見せるしかないじゃない……私たちの、本気を……!」

「何カッコいいこと言ってるつもりでいるんだよ? ハチャメチャなことをしている実感と言うのがないのか? それともあれか? ギャグ要員らしくギャグを言いたくなった流れなのか?」

「誰がギャグ要員よ!?」

 

 マズい、にこの思考がかなりやばいことになってないか……? 明弘の身体の内から嫌なざわめきがおどろおどろにうごめくのを感じ出していた。

 

「とにかく……今度のライブはこれで行くわよ! 海未! 真姫! ことり! これにあわせたすべての準備をするわよ!」

「やめてぇー! μ'sのイメージがガタ落ちする未来しか見えないからァ!!」

「安心してください、私の一筆でその流れを、断ち切ります……!」

「何カッコいいことほざいてんだ海未!? それカッコいいと思ってんの? ただの中二全開の痛々しいことになってるようにしか見えないから!」

「にこちゃんの気持ち、よくわかったわ……3時間……いえ、1時間で作って見せるから……!」

「逆にお前はすごいな!? 早すぎないか?!」

「私は、もう大丈夫だから!」

「なにが……? え、あるの? さっきのだけじゃなくって全部……え? こわっ……」

 

 なんでこうも揃いも揃って意欲が高いわけなのか? 何より、コイツら本格的な制作を始めたのが今年初めだというのに、何だろうこの手際の良さ? すべてのことが数時間で仕上げられるコイツらの根性と秘めたる力は本当に侮れなく感じ、明弘は顔を引きつってしまう。

 

「よしっ! それじゃあ、このコンセプトでライブを進めていくことにするから、これを運営に伝えてくるからね!」

「お、おいっ! ちょっと待てぇ!?」

 

 これでいくことを決めたのか、にこは運営に話をするべく出て行った。もはや勢いだけでやってるんじゃないのかと思わせられる彼女たちの行動に、次第に彼も考えるのが嫌になってくる。こんなのに振り回され続けたらこっちの身が持たないと察し、終いには考えることをやめた。

 

「……もう、何も言わないぜ……出直すとすっか。俺は、クールに去るぜ……」

 

 自暴自棄に陥りかけた明弘は、この場から去ろうと立ち上がろうとした。

 

 すると、外から大きな足音を立てて迫ってくるのを感じたので、直前でとどまった。そして、ドッと大きな音で扉を開くとそこに、にこを脇に抱えた蒼一が険しい表情で立って言うのだ。

 

「中止だ! 中止ッ!!」

 

 まあ、当然のことのようだ。

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。
今回も読んでいただきありがとうございます。

今日から12月に入り、今年ももう少しで終了です。今年は感染病によって思ったようにいかなかった日々がありました。しかも、収束したわけでも抑え込まれたわけでもなく、来年も引き続きということで嫌になります。
ただ、そんな落ち込みたくなる状況の中でも楽しいことを見つけて、生きる希望を繋げていきたいものです。

さて、話は少しずつですが進んではいるものの、まだ半分ですね。今年中に終わらせたかった話ですが、来年に持ち越し決定ですね。

では、今回はこの辺で……
次回もよろしくお願いいたします。

更新速度は早い方が助かりますか?

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