蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第209話



どうすんのよ、これ…?

 

 季節が秋一色に変わりきった10月の終わり頃、毎年訪れるあのイベントがμ’sの中で話題に出てくるようになる。

 

「みんなー! もうすぐハロウィンだよっ! ハロウィン!」

 

 放課後の部室に入ってきて早々、やかましいほどに叫ぶ穂乃果はめちゃくちゃ生き生きしていた。

 どうしてあんなにバカうるさく元気なのよ、とにこはめんどくさそうに彼女の隣にいた海未に聞いてくる。

 

「それが、幼い頃にハロウィンでご近所からお菓子をたくさんもらったことがとても嬉しかったみたいで、毎年この時期になるとこうして期待するようになってしまって……私にもお菓子をねだってくるので、少々手を焼いているのです」

 

 ですが、穂乃果が執拗におねだりしてくるものですから断るに断れなくって、つい……。と自分に呆れた様子で話す海未に、アンタが甘やかしすぎたからこうなったわけね、とにこは納得するも溜息を吐いた。

 

「わあぁ! 凛もハロウィンでもらうお菓子が大好きにゃぁ! 近所のおばちゃんからもらうおせんべいとかようかんとか! お姉ちゃんたちからもチョコをもらえるんだぁ。あとね、かよちんからももらえるの!」

「花陽……まさか、アンタも……」

「うぅっ……私も海未ちゃんと同じで断れなくって……」

「2人して情けないわねぇ。そんなんだからあのバカ2人がハロウィンをお菓子がもらえる日だなんて勘違いしちゃうのよ」

「にこちゃんひどーい!」

「凛たちのどこがバカなんだにゃぁ!」

「アンタたち以外誰がいるって言うのよ!!」

 

 呆れ調子に落ちていく中で2人がブーイングするのだから、にこもキレ気味に叫んでしまう。確かに、穂乃果と凛はそろって子供っぽさが抜けないところではあるが、バカは言い過ぎだと花陽はにこになだめつつ反論した。一方、海未は困りながらもにこに同意見だったらしく、無理もないことですと一言添える。このやり取りを傍観していた真姫も、実際バカなんだから仕方ないじゃないの、と髪をいじりながら言う始末だ。口には出さないが絵里たちもにこ寄りの意見らしく、2人に対する認識はある意味統一されているらしい。

 

「そういえば、エリチもハロウィンはお菓子をもらえると思っとったもんなぁ~。去年もソワソワしとってたら後輩ちゃんたちからチョコをもらってたもんなぁ~。まるで、バレンタインみたいやったね」

「ちょっ、希ぃ!? やめてよ、その話は!」

 

 思い出したように話す希に絵里は恥ずかしそうに止めに出る。

 

「えー! 絵里ちゃんもお菓子もらってたの!?」

「いいないいなぁ! 凛たちももらいたいよぉ!」

「いや、そういうんじゃなくってね……」

「何? アンタまさか、その歳で後輩にお菓子をねだったわけ……?」

「違うわよ!! たまたま偶然、声をかけられて話をしてたらもらっちゃって……その、断れなかったからつい……」

「あんなドギツイ性格だった時でもモテたのね……」

「いやいや、あの性格だったからモテたに違いないんよ。あの時のエリチは近寄りがたい雰囲気があったけどカッコよく見えたもんなぁ」

「ドギツイって、変なこと言わないでよ! 希も変な風に言わないでよ! まるで今の私はそうでもないように見えてるって聞こえるじゃない!」

「実際そうなんじゃないの? μ’sに入ってからのアンタ、結構抜けてるから。授業中でもボーッとしてたり、合宿でも情けないところとか見ちゃったし。今思うと、アンタって本当はアホなんじゃないかって思えてきたわ」

「誰がアホなのよー!! あぁーもう! みんなしてからかわないでよ!!」

 

 いきなりみんなから理不尽な扱いをされて膨れっ面になる絵里。穂乃果たちの話だったのに、まさかこっちに火の手が回ってくるとは思いもしなくて戸惑うばかりだ。挙句の果てには、絵里ちゃんも穂乃果たちと一緒なんだね! や、もしかしたら絵里ちゃんと一緒にいたら凛もお菓子がもらえるかも~? と穂乃果と凛が何でか嬉しそう絵里を迎えている。同族を見つけた心地なのだろう、2人は気持ちよい笑顔で絵里にくっつくが、当の絵里はまったく嬉しくなく今にも泣きたい気分だった。

 

 

 

「みんなしてバカやってないでよ。もう、そんなことよりどうするのよ、コレは——」

 

 冷ややかな視線を傾ける真姫は、話を戻そうと机に置かれた1枚のチラシを指で弾いた。そこには、ハロウィンフェス開催のお知らせを広告する内容が書かれていたのだ。

 

「———あ! そうだよ! フェスだよ、フェスっ!」

 

 急に思い出すように声を大にして言う穂乃果に目が覚めたのか、みんなの気持ちがそのフェスに傾倒した。

 

“アキバハロウィンフェス”

 

 毎年、月末日間にかけてアキバの歩行者天国が行われる大通りで繰り広げられる大々的なイベントだ。この期間に限っては出店が多く出店し、さながら夏祭りのような活気が沸き立つのだ。加えて、大目玉となるのが大通りに登場するイベントステージ。ここで周辺からのスクールアイドルや芸能人がやってきてはステージを披露し、時には本物のアイドルが登場して熱狂させてくれるのだ。

 そして、このステージにμ’sの参加が決まっていた。

 

 ただ、いささかの懸念が彼女たちにあった。

 

「今回は蒼一も明弘も手伝ってくれない、正真正銘の私たちだけのステージをつくらなくちゃいけないのよ。呑気にバカなことをしてないで、少しはいい考えを浮かばせたらどうなのよ?」

 

 腕と足を組みながら座る真姫の口調は少し苛立ちがあった。というのも、まだステージ用の楽曲が出来上がっていないこともあるが、彼女にとって一番の理由は、蒼一がいないということで精神的不安に駆られていたからだ。

 蒼一たちの不在というのは、多分、今回が初めてのことだろう。以前にも、2人の内どちらかが不在であったことはあったが、それぞれがこの分野のプロだったため片方いてもμ'sのステージは成り立っていた。

 しかし、今回は事情が違う。彼女たちが参加するこのイベントに、彼らはRISERとして参加することになったからだ。この話自体、以前から彼女たちに話していたことではあったが、いざ自分たちでやってみるとうまくまとまらない現実に直面してしまう。

 

「どうするのよ。イベントまであと2週間切ってるのよ? それなのに、まだ楽曲も歌詞もダンスもできてないどころか、何をすること自体できてないってどう考えたって危ないでしょ! アイディアくらい出しちゃってよ!」

「んもぉー! 簡単に出てこないから困ってるんだよぉ! だったら、真姫ちゃんは何か考えがあるって言うの!?」

「ええっ!? わっ、私は……そのっ……お客さんたちが盛り上がれるようなことをしたいのよ」

「さすがに抽象的すぎないかしら……? 私たちは今までだって盛り上がれるものを提供してきたんだから今回もそうするに決まってるわ。問題なのは、どういうイメージのものでどんな風に盛り上がってもらえるようにするかが焦点よ」

 

 あやふやにしか返せなかった言い出しっぺの真姫に、絵里は補足するように説明する。彼女たちにとって、まずイメージをつくることは大事だ。これがベースとなることで制作陣の3人が動きだし、それに合わせるようにして全員が取り組むスタイルが彼女たちにあった。

 そしてこのベースをつくっていたのは、何を隠そう蒼一と明弘だ。彼らは彼女たちからだいたいの意見を聞いた上でひとつの主題を抽出し、みんなにわかりやすく伝わるよう言葉を選んで説明してきた。この過程があったからこそ、これまでの彼女たちはうまく立ち回れたし、ラブライブ本戦にまで順位を伸ばすことができた要因でもあった。

 しかし、この部分がすっぽり抜けてしまったことで彼女たちの制作は行き詰ってしまう。意見が出てきても、まとめてどう変化させていくまでの過程がうまくできないのだ。これではうまくいかないのも無理もない。

 

「やっぱり、私たちだけじゃダメなのかなぁ……? 蒼一にぃに聞くしかないのかなぁ……」

「ダメよ、花陽! 今回のことは、にこたちだけでやるって決めたじゃない! それに、蒼一たちだって自分たちのことで精一杯なはずよ。私たちが蒼一たちの足手まといになっちゃダメなんだから!」

 

 一向に進展しない状況に花陽が助けを求めようと口を漏らすが、にこは止めた。一度、自分たちが決めたことをひっくり返すことなんて情けないわ。蒼一に頼らないことが本来の私たちのあるべき姿だったんだから、今回くらいは自分たちでやっておかないと安心させてあげられないじゃない! とにこは語った。

 確かに言うことは最もである。が、現状はそうもいっていられないほどひっ迫しているため、にこの主張を半分しか受け入れられないメンバーが多かった。

 

「にこっちの言う通り、ウチらだけでやることには賛成や。けど、現状が現状や、ホンマにウチらだけでやれるのかちょっと心配やなぁ」

「意見がまとまらず歌が仕上がらなかったら、最悪、今回の出演は辞退させてもらうしかないのでしょうか……?」

 

 心配を胸に宿す希と海未の発した言葉に、だめよ! 絶対出るんだから! とにこが叫ぶ。

 

「今回のイベントにはテレビ中継がされるのよ! テレビに出れば、私たちの知名度アップにもなるしラブライブで大きな足掛かりにもなる! 何が何でも出てやるわよ!」

 

 確かに、にこの言う通りこのイベントはテレビ中継される。それも全国的に、だ。μ’sの名前を知らしめるには絶好のチャンスでもある。

 すでに、前回のラブライブやスクフェス、そしてUTXでのライブで名前を知られるようになった彼女たちだが、ラブライブで優勝できるとは思っていない。何故なら、彼女たちの前には、あのA-RISEがいる。それも、地方予選でぶつかることが確定していた。ラブライブは審査員の投票で結果が決まるが、最終的にはファン投票がカギを握ることになるものだった。

 どう考えても分が悪い。いくら前回のライブ対決で引き分けたからと言っても、彼女たちは本気でかかってきていない、と蒼一と明弘が穂乃果たちに忠告していた。彼女たちの実力は底が深く、果てしなく遠い。彼女たちが本気で挑んで来た時、μ’sは一蹴りされてしまうだろう。“本気”で挑んだ穂乃果たちだからこそ実感できる現実だった。

 そこで、今回のイベントライブが出てくる。このライブに出演することの意図は蒼一から聞かされていないが、自分たちの実力を上げる機会なのだと彼女たちは気付いている。何しろ、このライブにまたしてもA-RISEと同じ舞台に立つことになっている。それは、ラブライブ本戦さながらであり、予選が始まる最後の直接対決でもあった。

 再び競い合える舞台を用意されているのに何もやらずに手を引くことはしたくない。立つからには情けない姿も見せたくないと言う思いがにこの胸中にあった。

 

「とは言うけど、実際どうするの? まだ何も決まってないわけだし……」

「A-RISEに勝るには、よりインパクトのあるものを出さなければいけませんしね」

「インパクト……あ! だったらだったら、ものすっごーいおっきなド派手な衣装を着てライブをするってのはどうかにゃ? ラスボスさっちゃんみたいに!」

「ラスボス……!? いや凛、私たちは紅白に出るわけじゃないのよ……しかも、あの人をさっちゃん呼びしないの!」

「そもそも、ウチらにそれを出せるほどの予算はないはずやし、ことりちゃんが作れるとは思えへんし……って、ことりちゃんはどこなん?」

 

 あっ、と彼女たちは一斉に辺りを見回した。

 

 ことりがいない。

 大事な話し合いの席だというのに、ことりが出席していないのは変に思えた。

 

「そう言えば、ことりちゃん、生徒会の仕事でやり残したことがあったからって、生徒会室に戻ったこと忘れてた!」

「何その大事なことを言い忘れてるのよ!」

 

 穂乃果のすっとぼけで認知されてなかったが、ことりの足取りは掴めた。仕方ないわねぇ、とさすがのにこも無理強いはできなかった。だが、そこに疑問を立てたのは花陽だった。

 

「あれ? ことりちゃんは生徒会室に行ったの? 私が見た時、昇降口の方に向かって行っていったのをここの窓から見たけど……?」

「え? それって、いつのことなの花陽ちゃん?」

「穂乃果ちゃんが来るちょっと前だったよ。何だかとっても上機嫌な感じに見えたけど、どうしたんだろう?」

 

 変ね……、穂乃果と花陽の話に食い違いが生じたことに違和感が生じる。絶対に集まるように、と事前からメンバー全員にメッセージを送っていたにこからするとおかしく思える。穂乃果に嘘を伝えていたのか、それとも、本当に生徒会の仕事があるからなのだろうか、と推考する。

 

「あ、弘くんからメッセージが来てるにゃ!」

 

 ブルッ、とスマホが震えたので確認しだした凛が言った。ちょっと、まだ話をしている最中でしょ! そんなの後にしなさい! とにこが言うも、いいでしょ見るだけなら、と凛は忠告を無視してメッセージを読んだ。

 

「ああ! 弘くんが校門に来てるって!」

 

 明弘が来たことに凛は嬉しそうに声を弾ませた。恋人同士になりたてのこの2人の関係は、以前にも増して微笑ましいものとなっていた。女の子を抑えていたリミッターが外れた凛はもう明弘にゾッコン中だ。明弘の方はどう思っているのかわからないが、2人のあまあまっぷりは、蒼一を彼氏に持つ8人からしてみても羨ましいものとして映っていた。

 そんな凛へのメッセージは続きがあった。

 

「話し合いが終わったから蒼くんと一緒なんだって!」

『…………え?』

 

 その言葉を聞いて、凛以外のみんなが固まった。まさか……、と誰かが口をこぼすと彼女たちは一斉に席を立ち部屋から飛び出した。みな血相を欠いた様子で向かった先はもちろん昇降口。外履きに履き替える暇もなく外に飛び出て校門付近に目を向けると、想像通りの光景が彼女たちの目に飛び込んでくる。

 

「はぁあああああん~~~~♪ 蒼くん蒼くん蒼くんそうくぅぅぅ~~~~ん♪♪ ことりからのたぁ~~~~~っぷりの愛を受け止めてぇぇぇぇぇ~~~~♡♡♡」

「げえぇっ! ことっ……ぐふぉおおおおおおお!!!!!???」

「わあぁ……嫌だな、これは……」

 

 蒼一が校内に足を踏み出した途端、門の陰に隠れていたことりが高く跳び上がりそのまま彼に向って急転直下のルパンダイブ。ことりの急襲にさすがの蒼一も成す術がなく、彼女の両腕両足に上半身をガッチリホールドさせられて身動きが取れなくなった。その様子はまるで、獲物を捕食するクモそのもの。隣で眺める明弘も青ざめながらドン引きするほどだ。

 そして、駆けつけた彼女たちもまた険しい表情で眺めるのだった。

 

「……あのバカを止めるわよ……」

 

 にこの合図に返事はいらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

「ふえぇぇぇん……腕の縄がきついよぉ……ほどいてよぉ……」

 

 蒼一に襲い掛かったことりを捕まえたにこたちは、ことりをすぐ動けないようにと椅子に括り付けた。当の本人は悪気がなかったと涙ながらに訴えてくるが、視線が蒼一の様子をうかがっているのが丸わかりで懲りた様子がない。挙句の果てににこから、アンタは今日の活動が終わるまでそうしてなさい!! と叱られてしまう。

 

「まったく、来て早々やられるとはな……」

「大丈夫ですか? ケガなどはしてないですか?」

「安心しろ、海未。俺は平気だ。伊達に鍛えてるわけじゃないからな」

 

 蒼一の、心配するな、と平然とした姿に傍らで座る海未はじっと見つめだした。

彼女の倍くらいはある肩と腕。岩盤のように固くふくらみのある胸。表情筋も引き締まり、ガッシリ鍛えこまれた体躯だ。その証拠に、ことりに抱きつかれても倒れることもバランスも崩すことなくことりを抱えていた。そんな彼が心配するなというのだ、海未は大きく納得する一方で、この鍛え抜かれた姿に恍惚の視線を向けてしまう。

 

「ん? なんだ海未、俺に何かついてるか?」

「えっ……あ、い、いえっ……そのっ、なんでもありません……///」

 

 じっと見すぎてしまったのか、蒼一に気取られてつい顔を反らしてしまう。相変わらずなんてたくましい身体なのでしょう……ことりが抱きつきたい気持ちもよくわかってきます、と胸を高鳴らせていたなど言えるはずもなかった。

 

「あ~海未ちゃんってばぁ、もしかして蒼くんの身体に抱き着きたいって思ってたんでしょ~?」

「なっ?! なにを言ってるのですか!?」

「ことりにはわかるよ~海未ちゃんのあつぅ~い視線が蒼くんの硬くて大きい身体に向かってたことがね♪ わかるよぉ~♪」

 

 海未ちゃんのことはよくわかるもん、とでも言ってるのだろう。さすがに幼馴染の目をごまかせないようで、ことりの言葉は海未の真意を突いていた。言葉に乗せられてか蒼一が、……そうなのか? と尋ねてくると顔をかぁーっと熱くさせながら、違いますっ! とただちに否定した。

 そしてそのままことりに対して、

 

「ことり。明日、ニンニクたっぷりの餃子をたくさん用意しておきますから残さず食べてくださいね♪」

「ち‶ゅ゛ん‶!!?!?!!?」

 

 と悪鬼を含んだ笑みで今度はことりを震え上がらせた。こう言われて以降、ことりは小刻みに震えながらずっと沈黙を保つこととなる。ことりは大のニンニク嫌いだからだ。

 

「ことりのことは一旦置いておくとしてよ……そんで、何かいいアイディアは浮かんだか?」

 

 明弘が話題の切り替えに彼女たちに任せていたライブのことを切り出すも、覇気もなく答える様子でもなかった。

 

「なんだい、まだ決まってなかったって言うのか?」

「だ、だって難しいんだもん! 何を歌ったらいいのか、ものすっっっごいインパクトのあることをするにはどうしたらいいのかって、穂乃果たちは絶賛悩んでるんです!」

「ものすごいインパクトって……具体的になんだよ?」

「なんかこう……どかぁーん! って出てきて、お客さんたちが、わぁー! ってなれるようなすごいヤツ!」

「おーい! めっちゃ抽象的じゃんか!! 具体的って何だったのさ!?」

 

 穂乃果の説明ではどうしようもなかったので、代わりににこが序盤から行き詰っていることの説明をした。

 

「ふ~ん、なるほどなるほど……そういうことだったかぁ。ま、今はそんな感じいいんじゃね?」

「はあぁ!? 何言ってんのよアンタァ! 時間がないって言ってんのに呑気なこと言わないでよ!」

「うおっ! そんなにキャンキャン叫ぶもんじゃねぇぞ、にこ。それによ、時間がないからって焦って絞り出してもいいもんは出てこないぜ。いいもん出したいならじっくり考えるこったぁ」

「何よっ! 自分のことじゃないからって!」

 

 明弘の相変わらずの調子に苛立ちを爆発させてしまうにこ。困り果ててるにこからすれば、何か助言の一つもらえると期待していた中で他人事のように言われることは(しゃく)でしかなかった。

一方で、これを見つめていた蒼一は、あごに指を添えて考えを思いめぐらせた。彼にも何かしらの考えがあるに違いない。彼の仕草に気付いた花陽が尋ねだす。

 

「蒼一にぃはどうしたらいいかってわかる?」

「う~ん……期待させて悪いんだが、俺の言いたいことは明弘となんら変わらないんだ。焦ってもいいものはできないし、かと言って、このまま時間を浪費することは許されない。俺から言えるのは、とにかく自分たちの考えをひとつずつ形にしてみな。なにかわかるかもしれないぞ?」

 

 蒼一もまた明確な答えを出さなかった。期待していた分、こうした答えが返ってくると幾分か悲しい気持ちになる。花陽は、しゅんとした顔で返答するのだった。

 そんな彼女を見てか、蒼一は花陽の頭をなでて慰めた。

 

「別に、お前たちに無茶なこと言わせているわけじゃない。ただ、お前たちがどこまで力を伸ばしてくれるのか見てみたいだけなんだ。何より、俺がこういう前にお前たちの方からやりたいって言ってくれたんだし、俺もお前たちの言葉を信じて見守ろうって思ってる」

 

 この言葉を聞いて、彼女たちの思いが少し変化した。ただ意地悪で関わらなかったのではなく、彼が自分たちのことを信じているのだと言うことを知って、差し迫った気持ちの中に安心という余裕が生じた。明弘にキツく当たっていたにこも彼の真意を知ってからは落ち着きを取り戻す。

 

「そうだったのね……。ごめん、ちょっと焦ってたわ」

「いいさ、にこが焦るのもわからんわけでもない。にこは責任感が強いからな、無理しすぎて追い込みすぎるなよ?」

「うん、わかった……」

 

 苛立ちから怒鳴り続けていたにこも蒼一に諭されては何も言えない。急にやさしく接されると弱い彼女は頬を少し染めながら受け止めるのだった。

 

「いや~さすが兄弟。俺の言いたいことを代弁してくれて助かるぜ~」

「アンタと蒼一のを一緒にするんじゃないわよ!」

「うひぃ~おー怖い怖い」

 

 調子いい感じに話をする明弘に、にこは次第に呆れてくる。よくこんなのを好きになれるわよね、と彼を恋人としている凛の方につい目が行ってしまう。根は悪いヤツではないのだが、どうもにことは相性がよくないと溜息が出てしまう。

 

 

「まあ、この話は置いておいて。ライブ当日の流れがある程度わかったから伝えておくぞ」

 

 話を切り替えるように、蒼一はついさっきまでイベントの打ち合わせで出たことを早速伝え始めた。

 

「ライブを行うのはライブステージ上か、メインストリートのどちらかだ。参加するグループにもよるが多くはライブステージでやるみたいだ。で、俺たちRISERとツバサのA-RISEはステージでやることが決まった」

「RISERとA-RISEが同じステージにっ……! こ、これはとんでもなくすごいことです……!!!」

 

 花陽のこの興奮ぶりもそうだが、他のメンバーたちも固唾を呑む緊張感が沸き起こった。それは、蒼一と明弘が組んだ伝説のユニットRISERが公のイベントでライブに出演することは1年ぶりとなる。しかもA-RISEも同じ場所に出るとなるから、それこそ花陽の言う通りとんでもない規模になることは明白だった。

 

「とりあえず、μ’sの枠はどちらでいくかは保留させてもらった。ただし、期限は本番3日前までだ。それまでに結論を出してほしいということだ」

「本番3日前……10日くらいってこと?!」

「そういうことだ。けど、さっき言ったように焦るんじゃない。もし間に合いそうにない時は俺も手伝うからさ」

「蒼君たちの方は大丈夫なの?」

「なんとかな。さすがに“新曲”は1つしかできなかったが、後は得意のカバー曲で何とかしてみるさ」

 

 

「……ちょっと待って。蒼一、いま新曲って言ったわよね?」

「そうだが? それがどうかしたか、エリチカ?」

「うそ……ほ、ホントなの……!? えっ、やだ……ちょっと胸が熱くなってきたわ……!」

「おいおい、どうしたんだよ? らしくないじゃんか?」

「蒼一……! あなた、いつの間にそんな大事なことを……!!」

「さすが私の蒼一じゃない。どんな曲なのか聞くのが楽しみになってきたわ♪」

「これは、感動の嵐ってヤツなんかなぁ……? ウチもエリチと同じで胸があつぅなってきたわ!」

「弘くんのダンス! わあぁ~すっごく楽しみだにゃぁ~!」

「そ、蒼一にぃが……RISERの新曲が、聞ける……! は、はわわわわわっ!! こ、これは一大事ですぅぅぅぅ!!!!」

 

“新曲”

 

 この一言の衝撃は彼女たちを驚愕させるには十分だった。彼はサラッと言ってのけているが、“RISERの新曲”となればこの業界が揺れるほどのニュースだ。過去にスクフェスの後夜祭で発表したあの新曲もRISERの完全復活を象徴させるものとして日本中を駆け巡った。休止してもなお絶大な影響力のある彼らがまた新曲を発表するとなれば、今回のイベントは盛大なお祭りになることは目に見えていた。

 なにより、それを誰よりも待ち望んでいるのは、彼らの前にいる9人の恋人たちなのだ。心躍らずにはいられなかったのだ。

 

「蒼君、新曲歌うの!? ねぇねぇ、どんな曲なの! すっごい楽しい曲なの!?」

「もちろんさ! せっかくの楽しいイベントなんだ、おもいっきし楽しめるようなもんでなくちゃ釣り合わないだろ?」

「な、ななななっ……! なんでそんな大事なことをにこたちに黙ってたのよ! そういうことは最初に伝えるべきことなんじゃないの?!」

「あぁ、悪い悪い。でも、この新曲の話はお前たちが最初だぞ。俺の大事な彼女たちに言わないだなんてことはしたくないからな」

「蒼一……! ふ、ふんっ! わかってるならいいわ……そ、その代わり、ステージがある時は特別席を用意しときなさいよ。な、なんてったって、にこは蒼一の恋人、なんだからね!」

「はいはい、そこんところも交渉してくるよ」

 

 部屋中が歓喜に包まれた。彼ら2人のステージを見られることは彼女たちにとってこれ以上ない喜びなのだ。彼らの圧倒的なステージパフォーマンスに魅せられて以降、虜になってしまった彼女たちは再び見れることをずっと心待ちにしていたのだ。であるから、こうして見られる機会が得られたことを喜ばずにはいられなかったのだ。

 

「ああ、そうだ。あともうひとつ、お前たちに伝えないといけないことがあったな」

 

 ふと思い出したかのように彼は手を叩いて言った。

 

「明日、イベント会場で事前インタビューがあるからここから代表者3人を選びたいんだけど———」

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

夏も終盤に迎えた9月に突入して、暑さも落ち着きを取り戻してきたんじゃないでしょうか? 連日猛暑日が続きながら外を走り回るので疲労感が半端なく、疲れも簡単にとれるもんじゃない日々を過ごしておりました。今月は大丈夫かな……?

そんなわけで、また新しい話になりました。今回は、ハロウィン回をベースとして話を進めていくつもりです。また同時に、蒼一にとって重要な存在となる人物たちが次々と登場していくこととなりますので、そちらにもご注目してくださいませ。

ではまた、次回もよろしくお願いいたします。



今回の曲は、
浜口史郎/『おっちょこちょいだったり、のんきだったり』

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