蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第208話


安心しろって

 

 

【前回までのあらすじ】

 

 UTX学院に招待された蒼一と明弘。そこで待ち受けていたのはA-RISEによる企みだった。彼女たち、特に綺羅ツバサは蒼一たちに執着し自分たちのところに留めようとするも拒否される。そこで彼女たちはゲームを仕掛けた。ルールは簡単、彼らが学院から抜け出せるか出せないか、これが彼らに突き付けられた挑戦状だ。彼らには拒否権がなく、否応なしに承諾することとなる。

 ゲームが始まると早々、難色に思われたが辛くも進むことができ、藤堂英玲奈と優木あんじゅと対峙することとなるが潜り抜けることができた。

 そしてゲームは佳境に入り、先にゴール付近までたどり着いた蒼一は、最後の試練である綺羅ツバサと対峙することとなる………

 

 

 

 

 

 

———残り時間9分

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 UTX学院のエントランスホールは3階まで吹き抜ける広い空間になっている。通常の校舎ではできないビル校舎ならではの仕様だろう、来校する者たちがみな目を丸くして驚くのだ。

 そんな広い空間の中に、1人佇む少女がいるのを蒼一は目にする。ツバサだ。言わずもがな、遠目で見ても判別できる彼女の存在感に彼は身を引き締めた。一番厄介なヤツがそこにいるのだから。

 

「あんじゅと英玲奈を当てさせたというのに、ここまで無事に来れたなんて大したものだわ。さすが、私が認めた人よね♪」

「そりゃどうも。おかげさまで大変な目にあったんだからな」

 

 うふっ、と薄ら笑みを浮かべるツバサは意外にも上機嫌な様子。その眼差しは羨望とは違った妖しい光を灯して彼を見つめている。とてもじゃないが安心できそうもない。

 

「本当だったら私が出向くこともなかったけど、まあいいわ。あなただけは絶対に帰させないんだから」

「随分と俺にご執心なことだな。悪いが押し通させてもらうぞ」

「さあて、どうかしら……?」

 

 腰を低くして突き抜ける構えをとる蒼一に、ツバサはただ笑みを浮かべて出入口前にとどまったままだった。あの身体で俺を止める気なのか? にこと同じくらいの体躯であるため彼を止めるにはいささか不十分に思えた。ツバサも何も考えずに、とは思ってないだろう。対策されていることを踏まえ、彼は遠慮のない力をかけることにした。

 一歩、力強く踏み込ませると、そこに全体重と筋力を一点集中させた。ふくらはぎと太ももの筋肉がはち切れんばかりに膨張し、圧縮をかけられたバネのように力が加わり、とどめた。そしてすぐに臨界点に達した。

 今しかない———、蒼一は(かせ)を外すように極限にまでとどめた力を解放させ、一気に飛び出す! ドッ、と空を切る轟音を鳴らし秒速並みの速さで駆けた。その先にはツバサがいた。ぶつかればひとたまりもない人間機関車の彼を止めるなど不可能、即避けねばならなかった。——が、ツバサは一歩も引かなかった。

 致し方あるまいな———、と腹をくくった蒼一は、彼女を避けるために直前で高跳びを仕掛けようとする。そっちが引かないのなら飛び越えてしまえばいい、とんな考えなのだろう、彼はすぐさま彼女付近の足場を見てちょうどいい飛べそうな場所に目星を付ける。そこだ! 目星をつけたところに彼は飛び込んだ。再び足に力を加え、駆け抜ける力ではなく今度は彼女を跳び越えていく力を一瞬で溜めた。

 跳んだ。床が揺れ動くほどの力を込めて彼は跳びだす。速度も飛躍量も十分、これなら跳び越えられるだろうと確信した。

 

 

 

 

———その直後だ。

 

 

「……うふっ、逃がさないっ、わよ?」

「—————ッ!!?」

 

 その刹那、驚くべきことにツバサは彼の下半身に目掛け抱きつくように体当たりしたのだ。強い衝撃が当たった瞬間、蒼一は驚愕をあらわにしながら、突然受けた痛みに顔をゆがめた。身体を宙に浮かせていたため、当然、体制の維持などできるはずもなく、彼女を跳び越えることなく墜落してしまう。

 

「ぐっ————!! つ、ツバサ……お前……ッ!!」

「放さないって言ってるでしょ……!」

 

 背中から落ちた衝撃に痛みを感じつつも、当たってそのまま抱きついてくるツバサを振り払おうとする。しかし、強情にもツバサの掴む手は離れようとしない。

 

「どうしてそこまでして俺に執着する!? 俺にこだわる理由なんかないだろう!」

「あるかないかの問題じゃないわよ。あなたがRISERのアポロである限り、私はこの手を放さない。あなたが諦めるまで私も諦めない!」

「そんなのが理由になるものか。俺はキミに構っているわけにはいかないんだ!」

「させない……させないんだから……!」

 

 彼を掴む手がまた強くなった。

 参ったな、ここまで執念深いとは思わなかった。と彼女を見て焦燥する。それまでずっと冷静であり続けていたツバサがこうも大胆に行動することに戸惑った。そして、さらに追い打ちをかけるように、彼女の悲鳴のような叫びが彼を冷静にさせた。

 

「こうでもしない限りあなたはまたどこかへ行ってしまう! また置いてきぼりにされるのは嫌!」

「ツバ……サ……?」

「どうして……どうしてあなたは私の近くにいてくれないの……? 私が、どれだけあなたのことを思っているというのに私はあなたの隣にいない……なんで、どうしてなの……」

 

 顔を落とす彼女の口から悲痛な声を耳にした。ツバサのこれまでにないほどの狼狽と不安に満たされた様子が彼の目に鮮明に映り困惑させた。

 彼女の異常とも呼べる言葉に思い悩む蒼一に、ふと英玲奈の言葉がよぎった。

 自分の支えになってほしい。共感しあいたい。それでもって、今の不安定な感情を和らげたい。と。RISERのリーダーとA-RISEのリーダー同士、どこか境遇が似ているかもしれないと思ったのだろう、自らの感情をコントロールするには共感しあうことしかないと考えたに違いない。それゆえに、彼女は蒼一を欲した。

 蒼一とて理解できない訳じゃない。彼もまた同じ境遇にさいなまれ自我のコントロールがうまく制御できなくなった時もあった。けれど、彼にはμ‘sがいた。μ’sが彼の心の支えとなってくれていて今の彼を築き上げたと言っても過言ではないだろう。彼女たちは、決して彼のすべてに共感できたわけではない。だが、それ以上に彼を愛する強い気持ちがはるかに勝り、その思いが彼を支えた。そしてついには、心を通わす一心同体の関係となっていたのだった。

 だが一方で、ツバサにはそれがいない。あんじゅや英玲奈という仲間はいるが満足できていない。自分のことを本当の意味で支えてくれる人がいないからだ。彼女がその不安を塵あまたに抱え続けているならば、いっそのこと自分が彼女の願い通りに支えとなってしまおうか、と考えがよぎる。しかし、それではツバサのためにならないと理解していた。あの日のμ‘sの二の舞になると解っていたからだ。

 

 ならば、どうしたらいい……。蒼一は葛藤する。目の前にいるツバサは確かに苦しんでいる。それを放っておくというのは辛い。しかし、μ‘sを裏切ることなどできない。これまで限りないやさしさをもたらしてきた蒼一だが、今回ばかりは彼女を傷つけることになるだろうと腹をくくった。

 

「ツバサ、放してくれ……」

「放せばあなたはどこかへ行ってしまうでしょ? そんなの、私———」

「いや、俺はどこかへ行ったりはしない。今はツバサとちゃんと話がしたいんだ。キミと向き合った状態で話をさせてくれないか?」

 

 蒼一は地に頭を伏せるような思いでツバサに嘆願した。お互いに身体を密接しあいながら地に伏していた状態だったので、傍から見れば要らぬ噂が立ってしまう恐れもあったからだ。ただでさえ風当たりの強い彼女にこれ以上余計な問題を与えさせたくない彼なりの言い分もあった。

 ツバサは少し疑う様子でありながらも彼の申し入れを受けて身体をどけると、すかさず、彼はその場で立ち上がり、ありがとうと感謝を述べる。どういたしまして、と素っ気なく返すツバサだが、彼の前に再び立ちはだかるように立つのを見ると、まだ心を許してない様子。そんな彼女を懐柔するには骨が折れることだろうと覚悟するも、やらねばならないとする気持ちの方が勝っていたため、すぐさま話を切り出す。

 

「ツバサ。まどろっこしいことは言わない、俺はキミの許に留まることはしない」

「……考えを改める気はないのね?」

「ああ、全くだ」

 

 彼の思いを改めて明瞭にさせると、ツバサは小さく震えながら唇をかんだ。

 

「どうしてなの……ここにいれば、あなたのしたいことが何でもできるのよ? 施設だって環境だってこれ以上にないってくらいのものを用意されている。あなたがRISERとして幅広く活動するためのものが何でも揃っている。あなたの一言さえあれば、ここにあるすべてをあなたのモノにできるのよ。なのに、あなたはそのすべてを投げ捨ててもあの子たちのところにいたいというの?」

「そうだ。俺は帰らなくちゃならない、アイツらがいるところに。アイツらは俺のことを必要としている。だから、俺は行かなくちゃならないんだ」

「だったら! 私だってあなたのことを必要としているのよ!!」

 

 ないがしろにされているかのように聞こえたツバサは声を荒げた。しかし、蒼一はそうじゃないといいたそうな様子で首を横に振った。

 

「アイツらは俺を必要としている。だが、それ以上に、俺がアイツらのことを必要としているんだ。今の俺がこうして立っていられること、強くなれたこと、俺が再びこの世界に戻ってこられたのもアイツらのおかげなんだ。そりゃあ気難しくっていろいろと面倒なことを持ってくるけど、アイツらと一緒にいるととても落ち着くし居心地がいいんだ。俺は、アイツらがいる場所が好きなんだよ」

 

 蒼一は少し微笑ましそうな様子で語った。それを眺めるツバサに、チクリと胸に刺さるものがあり顔を引きつった。

 

「それは……あの子たちがあなたの恋人だからじゃないですか……」

 

 自分とμ‘sとの違いはそこにある。そう確信したツバサは唇重く問いかけた。わかりきっていたことかもしれないが、確かにそれが大きな要因かもしれない、と返された時、彼女の息が詰まりそうになる。すると、蒼一は言葉を加えた。

 

「同じように、俺はアイツらに夢を託しているんだ。俺たちが果たせなかったラブライブ優勝という夢を俺たちが支え成長させたアイツらが叶えてくれる瞬間を見てみたいんだ。多分これは……うまく言葉にすることができないんだが、俺たちがやってきたことの集大成なんだと思う。俺たちがやってきたことのすべてが正しいかったのか、それを再確認できるのが託すことなんだと思っている。自分の存在意義を示せる場所がアイツらにある限り、俺はアイツらと離れることはできないんだ」

「………ッ!」

 

 その言葉を耳にした瞬間、ツバサの身体から大きな塊が抜け落ちる感覚に陥った。彼が彼女たちにかける思いが大きく絶対に掴むことのできないものであると知った瞬間、ツバサは彼女たちに負けたことを気付かされた。それはどうやっても埋めることのできない決定的な差であって、今の自分にはどうしようもない現実であることを突き付けられたのだ。

 

「………ッ………っっっ!!」

 

 言葉にならない悔しさが込み上がる。なにが、どうしたら、もしかすれば——理由を求めるように自分に問いかけるが納得できる答えがでない。ただ、ひとつ言えるとすれば——ツバサと蒼一が出会う時があまりにも遅すぎたということだった。

 失意の渦が身体の内で遅々(ちち)としてうごめいた。この感情は今まで味わったことがなかったものだ。欲しいものはすべて実力で手に入れることができ、手に入れられないものなどないと思っていた。けど違った。彼女は“本当に欲しいもの”だけを手に入れられなかったのだ。

 あぁ、そうだ。思い出した。私は、あなただけ手が届かなかった。手に入れられなかった。あなたを求めれば遠く離れていく。だから、無理矢理にでもあなたを手にしたかった。なのに、それすらも叶わないだなんて……

 思えば悲しみが増幅していき悔しさから涙がこぼれかけそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ツバサ」

 

 深淵の向こうから光が射しこんでくるような声が心に響いた。いつの間にかうつむいていた顔を上げると、蒼一が朗らかな顔で見つめていた。ツバサは思わず頬が緩みかけた。

 そして、蒼一はツバサにこう言ったのだ。

 

「ありがとな。学校内を案内してくれて、とても楽しかったよ。また機会があったら今度は2人で出かけないか?」

「………え?」

 

 突然の申し入れにツバサは目を丸くして呆然とした。どう、して……? 彼女の心中は戸惑いに満たされ、一瞬返す言葉が出なかった。だが、今の彼女が欲しいと願っていたものが、初めて向こうからやってきたことの喜びが徐々に湧き上がっていき、うごめいていたはずの失意が振り払ったみたいに消え去った。

 

「い、行く……! 行きたいわ!」

 

 自然と口に出た言葉はやや興奮気味のようだ。思い詰めて固まっていた表情が、ふわりと柔らかくなり、膨らみだした頬に茜色が射し込んだ。この一瞬、彼女はA-RISEのツバサでなくなった。1人の乙女である綺羅ツバサとして彼の前に姿を現した。

 

「決まりだな!」

 

 そんな彼女を見てなのか、蒼一は嬉々色のやさしい微笑みを浮かべるのだった。それが彼女にも伝染して微笑みだそうとするが、ぎこちない笑みになるのを恥ずかしく思い両手で口元を隠してしまう。

 ツバサが恥じらいを隠していると、改まって蒼一は話を切り出した。

 

「ツバサ。俺はキミの許に留まることができないと、さっき言ったな。でも、俺はキミの隣に立つことだけはできる。キミは、俺の良き仲間であり、良きライバルであり、良き友達だ。俺はμ’sの指導者ではあるが、キミの必要には応えるつもりだ。何故なら俺は、RISERのアポロだ。俺の意思を受け継いでくれた1人の人としてキミと接するつもりさ」

「っ………!!」

 

 これを聞いたツバサは思わず泣きそうになる。さっきの悔しさによるものではない、嬉しさが極限にまで振り切れたから出そうになるのだ。彼が、アポロが、自分のことを認めてくれた。これまでやってきたことが無駄じゃなかったことを彼が肯定し、称賛してくれたのだ。光のない道なき道を進んできたツバサにとって、これ以上にない言葉だった。

 

「……あ、ありがとう…………蒼一」

 

 ぎこちなく震える唇に勇気を与えて、そっと言葉に変えた感謝の一言。ともに、胸のつかえが取れたツバサの表情はとても穏やかに見えた。

 

 

 

 

 

「———よっと! はぁ~ようやくここまで来れたぜ」

「明弘?」

 

 蒼一がツバサと話込んでいると、2階くらいの高さから明弘が飛び降りてきた。

 

「うひぃ~危ない危ない。あの子たちはどんな教育を受けたんだろうか? 飛び込んできたと思いきやキスをせがんでくるわ、服を脱がされそうになるわ、俺の汗を採取して薄気味悪い笑いを浮かべるわで、ちょっとしたバイオハザードだったわ」

「お、おう……それは災難だったな……」

「まったくだぜ。おまけに、あんじゅちゃんまで出てきて一時はどうなるかと思ったが、何とか振り切ったわけよ。おかげで、ほれ、制限時間内にたどり着くことができたんだ結果オーライってことだ」

 

 明弘の腕時計を見せられると、残り時間3分を切った状態に針が進んでいることに気が付く。そう言えば忘れてたな、と自分たちがツバサと勝負していたことを思い出した。

 

「あらあら、もう少しだったのになぁ」

 

 蒼一がツバサの方に向き直すと、さっきとは打って変わって残念そうな口ぶりを見せた。一瞬にして顔を変えたのだろう、再び彼女はA-RISEの綺羅ツバサに戻ったのだと蒼一は感じた。

 

「いいわ、今日はあなたたちの勝ちってことにしてあげるわ」

「ほほぉ~ツバサともあろう者が諦めるとは、さては兄弟に言いくるめられたか?」

「誰がそんなことするかよ」

「ん~、でも口説かれたのは事実だわ」

「口説いてもいないから……変な事実を盛らないでくれ」

「やっぱりかぁ……まあ、兄弟は無自覚でやるからなぁ。そうでなかったらアイツらが好きになるわけねぇからな」

「無自覚なら本当にタチが悪いわね。あなたに奪われた私の心をどうしてくれるの?」

「あのなぁ……」

 

 2人から言いたい放題されて苛立ちを覚えだすのだが、自覚している節があるから何とも言えない心地にさせられてしまう。そうでなければ、彼に寄り添う彼女たちのことを説明しきれない。

 おまけに、県を跨いだところにもいる事実を彼は忘れている。

 

「さっさと行きなさい。私1人であなたたち2人を相手取るなんてことできないから」

「へへっ、ソイツァありがてぇぜ! そんじゃ、お言葉に甘えて帰らせてもらうぜ!」

 

 長居は無用だ! としっぽまくるように駆けて行った明弘は、何も支障が起こることなく外へ出れた。最後の最後で、仕掛けを置いているものだと考えていた蒼一は、それを見て安心した。

 

「それじゃあ、俺も行くわ」

 

 明弘の様子を見て歩き出した蒼一。ツバサの横を通り抜け扉にさしかかる直前、ツバサが発した。

 

「約束! ……よね?」

 

 不安気な声色を交えた言葉に彼の足は止まった。一瞬彼女に振り返ろうかと考えた。しかしそれでは彼女の気持ちを再び変えさせてしまうと思いとどまる。ただそれでも、彼女に向けて返事を送るのだった。

 

「約束だ。その日が来ることを楽しみにしている」

 

 加えて、

 

「次会える時は、お互いがステージ上に立っていることだろう。その時は、全力をもって相手させてもらうよ」

「……! ………えぇ、楽しみだわ……」

 

 最初は、宗方蒼一として、次は、RISERのアポロとしての言葉だった。ツバサはそれを瞬時に察知して胸にしまい込んだ。1つだけの約束だったのに、もう1つもらえたことに彼女の頬が緩んだ。彼女もまた彼に振り返ってはいなかった。自分の感情を必死に抑えて彼を行かせたのに、振り返ってしまえば緩んでしまう、とキツく言い聞かせていたからだ。実際、彼女の判断は正しかったのかもしれない。今の彼女は、顔を赤く上気させ、蕩けてしまいそうなくらい嬉しく微笑む乙女の姿をしていた———。

 

 彼は彼女の返答を聞くと、彼女を臨むことなく出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ UTX学院・正面 ]

 

 

 蒼一が外に出ると、明弘が彼を来るのを待っていた。遅かったじゃないか? と意味ありげな口調で聞いてくる明弘にただ、何でもないと突っ返す。

 

「いやぁ~一時はどうなるかと思ったが、出てくればそうでもなかった感じだな」

「気楽だな。その割には焦ってたように見えたが?」

「いやいや、この程度で焦る俺じゃねぇさ。むしろ、たくさんの女の子と相手どれたことが楽しかったさ!」

「相変わらずだなお前は」

 

 ガハハと大口開いて楽しそうに言う明弘に、蒼一はやれやれと呆れてしまう。ただ実際のところ、終盤に彼女たちからもみくちゃにされかけて危機感を抱いていたことは口にしなかった。

 

「さてと、もうこんな時間だし、ぶらり街歩きでもして帰ろうじゃんかよ?」

「それもそうだな。あと、欲しい漫画の新刊を手に入れたいと思ってたところだしちょうどいいな」

 

 長い束縛から解放されたと気持ちが緩む2人。遊びとは言っても彼らは少し”本気”を出していた。その反動から全身にドッと疲れが訪れて気が緩んだというわけだ。彼らの遊び場である秋葉原が目と鼻の先にあるのだから思いのまま遊びたいと思ってしまうのは当然のことだろう。2人は心思うままに行こうと歩き出した————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———そーくん」

 

「「ッッッ!!!!??」」

 

 刹那、彼らの背後から冷たく刺さる声が聞こえてきた。2人は思わず背筋を震わせ振り返った。するとそこには、穂乃果とことりと海未、そして真姫の姿が……!

 

「お、お前たち……!? ど、どうしてここに……?!」

「どうしてって、蒼君がツバサさんに招待されたって聞いたから……来ちゃった♪」

「き、来ちゃったって……! お前たちには何も話してなかったはずだが!」

「それはねぇ~ことりたちはが蒼くんの後をつけていたからですよ~。蒼くんってば、何も言わないで学校に来なかったからことりは心配で心配で、蒼くんのスマホのGPSをたどって見つけたんだからね!」

「なにそれ怖いんだけど……GPSで俺を見つけるとかヤバいとかそういうレベルじゃないんだけど……」

「穂乃果は蒼君の匂いでここまでこれたんだからね!」

「もっと怖いヤツがいたわッ!! 狂気すら感じて身震いが止まらんわ!!」

「やだっ……蒼君ってば、穂乃果のたっぷりの愛を感じてくれてたんだね! こんな人目のある所で言うなんて、ちょっと恥ずかしいよぉ……///」

「まったく違いすぎるんだけど!? 脳内誤変換もいい加減にしろ!!」

 

 出会ってすぐ狂気とは恐れ入った。明弘が名指すこの蒼一ラヴァーズの筆頭に立つこの穂乃果とことりの幼馴染たちは、頬を紅く上気させながら微笑を浮かべた。そして、だいぶ頭のネジが外れたことを口走ってくるので、蒼一は狼狽してしまう。

 

「コイツらを何とかしてくれよ、海未! 真姫!」

「え? それは穂乃果たちより私のことを選んでくれるってことですか!? そうなんですね! ウフフッ、蒼一に見初められてだいぶ経ちましたがとうとう私との祝言を上げる時が来たのですね……!」

「う、海未さんッ!? 何言ってんだよお前!! そんなっ、海未までおかしくなったのか……!?」

「ふざけないで! 蒼一にはこの私、真姫ちゃんがお嫁さんになるって決まってるんだから!! 勝手に決めちゃ困るんだから!!」

「困ってるのはこっちだ!! ああっもう! 止めるどころか悪化しちまったじゃないか!! 誰も止めてはくれないのか!!!」

 

 この中では、(たぶん)まともに属されていたであろう海未も真姫もまたぶっ飛んだ話を持ち掛けて蒼一をさらに困惑させる。しまったっ、この2人もありえないくらいぶっ飛んだ性格を持っているんだった! と今更思い起こした記憶に頭を悩ませる。せめてもの、成り立った会話ができるヤツと話がしたいと気をすり減らしていく。

 

「———まったく、穂乃果たちってばなにやってるのかしら」

「あかんなぁ、先に行かせたのがマズかったなぁ」

 

 また背後から、今度は呆れた声をかけられる。この声は! と振り向くと、そこには絵里と希に、にこと花陽が立っていたのだ。偶然なのか、蒼一ラヴァーズと呼ばれる8人が蒼一を取り囲むようにして現れたこととなる。

 

「エリチカ! よかったぁ、お前がいてくれると安心だ。コイツらを何とかしてくれないか?」

 

 エリチカたちなら何とかしてくれるだろう、ホッと一安心した蒼一は信頼するエリチカを頼るように手を伸ばした。が、しかし———

 

「……フフッ、捕まえちゃった♪」

 

 蒼一の伸ばした手は、風を切るより早くエリチカの手に強引に捕まれる。おまけに、もう逃がさないと言わんがばかりの力で握るから抜けられなかった。

 

「なっ?! な、何してんだよ!?」

「何って、蒼一から手を放さないようにしてるじゃない。せっかく、蒼一が私()()()()()()手を差し伸べてくれたのに放すだなんて……」

「んなこと言っちゃいねぇだろ!? いいから放せ……!!」

「嫌よ。せっかくあなたが伸ばしてきてくれたんだから、当然この手には指輪をつけないと。もちろん、私と同じものにしないとね。お互いの薬指につけて、永遠の愛の誓いをするんですから当然よね!」

「おまっ!? 本当に何を言っていやがるんだ!? なんでそんなことになるだよ……!!」

「待ちなさいよ絵里! 何しれっと蒼一を自分のものにしようとしてるのよ! 蒼一は私のモノに決まってるじゃない! 私の家に来れば家族みんなが大歓迎してくれるし、当然蒼一も私の家族の一員になるの! でもって、この宇宙1かわいいあなたのにこにーが愛妻として支えてあげるんだから覚悟してね♡」

「逆に、しれっと俺の将来を確定しないでくれないか?! というか、矢澤家の中で俺の立場はもう決まっちゃってるのか!?」

「うぅ~……みんなみんないろんなこと言ってるけど、だめですよぉ! 蒼一にぃが困っちゃうじゃないですか!」

「は、花陽……! さすがマイシスター……! 俺のピンチに駆けつけてくれるのはお前しかいな——」

「蒼一にぃは私のお兄ちゃんであって恋人であって永遠の愛をはぐくむと将来誓い合った仲なんですッ! 私が学校を卒業したら2人でマイホームを買って、毎日3食ご飯と蒼一にぃの愛を食べて1日の元気にするんです! 子供は最低3人! いずれかはμ'sと同じ9人くらいの大家族をつくっていきたいし、それくらいたくさん愛されたいし愛してほしいから! ううん! 学校の卒業なんて待っていられません! すぐにでも家族をつくりたいです! つくりたいですから早く私の家に行きましょう!!!!!」

「待て待て待て待てェェェ!!!! 他のより数100倍もヤバいを詰め込んでるんだけど!? どうしたんだよ花陽!? あの純粋なお前はどこに消えた!! 天使の純白の羽をもっていたはずなのに、いつからそんな漆黒の羽を抱くようになったんだァァァ!!?」

「あっ、それはねぇ~ことりがたっくさん教えてあげたからだよ♬」

「やっぱしお前のせいかことりぃぃぃ!!!!!!」

 

 絶句を含めた絶叫が沸き起こり彼の表情が青ざめていく。まさか、まともだと思い込んでいた絵里、にこ、そしてみんなのエンジェル花陽までもがここまで染まりきってしまっていたとは思いもよらず、とりわけ花陽の染まりっぷりには心労さえ覚えてしまう始末。蒼一に同情してくれるヤツなどいないだろうな、と明弘は目を細めてしまう。

 双方向から挟まれるような状況に立たされた蒼一は、もう気が動転してしまいそうなほど冷静を欠いていた。

 

「どうして、こんなことになっちまったんだ……」

「そ~れ~は~……蒼一のせいやないの」

 

 青ざめる彼にさらなる追い打ちをかけてくるように希が応える。

 

「さっき見てしまったんや、蒼一の上にツバサさんが覆い被さっているところをな」

「げ……」

 

 希のその言葉に反応した蒼一の身体から滂沱(ぼうだ)の汗が噴きあふれた。一番見られたくない光景を晒されてしまっていたのだと気付かされた時にはもう遅かった。

 

「ええよなぁ~トップアイドルにあんなことされて嬉しかったんとちゃうの? 小柄で華奢なあの子を見ている時の蒼一の目がとってもええ感じやったもんなぁ~」

 

 圧倒されそうなくらいに膨れ上がる希からの威圧が彼を呑み込まんとしているのだ。しかもそれが他7人からも出てきているという始末。取り囲まれた彼は袋のネズミのように追い込まれていた。

 

「……に、に……逃げるんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ダッ! と踏み込み飛ばして駆けだすと、有無を言わずに8人が同時に駆けた! それも鬼みたいな妖怪にも見えてしまう形相で彼とほぼ同速の速さで追いかけてくるのだ!

 

「穂乃果たちを置いて他の女に会いに行くなんて許せないんだから!!!」

「アハハッ♬ もうことりしか見られないカラダにしてあげちゃうね♡♡」

「やはりあなたにはお仕置きが必要みたいですね……我が家の離れに閉じ込めてわからせてあげますね♪」

「ねぇ……今日パパの病院でおもしろいおクスリをもらってきたの……ちょっと試したいから早く私のモノになりなさいよ?」

「蒼一にぃはいけない子ですね……花陽がずぅ~~~~~~~~っとそばにいて、夜が明けるまでオシオキしちゃいますからね……♪」

「ウフフ……やっぱり蒼一には私の魅力をたくさん伝える必要があったみたいね。枯れるくらい搾り取れるまで指導してアゲルわ……♡」

「ウチ、ずっと家でひとりだったからもうひとり増えても問題ないんよ? あ、ひとりでなくてもええんよ? 再来年の春になったら3人くらいになっても問題ないんやで……? うふふっ♡」

「さあ、早くにこに捕まんなさいよ! にこにーが直々にアンタの生活を管理してあげるんだから感謝くらいしなさいよね? 当然、にこの許可なく誰かと会ったら……ワカルワヨネ?」

「うおわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! やだああァァァァァァ!!!! 絶対に捕まえられたくないィィィィィ!!!!!!」

 

 呪詛のような言葉を口から唱えつつ彼を捕まえようと必死になる彼女たち。彼に対する愛が深く重すぎるがゆえに深く眠っていた黒い感情が再び表に現れると、彼を呑み込もうと躍起になる。もう常軌を逸する状態ともいえる彼と彼女たちの逃走劇は日が暮れるまで続く過酷なものとなる。ツバサたちとの遊びとは違い、終わりなき戦いのようなもの。果たして、彼は生き延びることができたのかは定かではない。ただ、次の日彼と彼女たちが音ノ木坂学院に現れなかったという事実だけが残ることに……。

 

 

 

 

 

 

 

「兄弟……哀れだな……」

 

 そして、もうひとつの魔の手が、明弘の許に———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———ねぇ~ひ~ろ~くん。さっき聞いた話なんだけど………あんじゅちゃんを抱いたって、ホント……?」

「……………ッッッ!!!!」

 

 彼もまた例外にはならなかったのだった。

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。
今回もありがとうございます。

ツバサと蒼一たちとのドタバタ騒ぎも今回で終わりです。彼女たちの常識を乗り越えてかかってくる姿やちょっと考えにくい行動をとっていたりとおもしろい一面が見れたと思います。
また、ツバサたちが抱えている悩みについて今回は深く掘り下げてみました。アニメでは全く弱気な部分を見せず、ただトップアイドルとしての姿だけを見せ続けたところは今でも忘れられません。だがその一方で、どんな心境を抱えていたんだろうかということで自分なりの解釈を交えて描いてみました。彼女もまた人間ですからね、悩みとかあってもおかしくないんですよね。そんなツバサをもっと書きたい……

次回もまたよろしくお願いします。


今回の曲は、
milktub/『バカバッカロックンロール』

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