蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第206話


まあ、とりあえず逃げようや?

 

【前回のあらすじ】

 

 綺羅ツバサの招待を受けてUTX学院に行くこととなった蒼一と明弘。そのツバサに出迎えられ学院の見学をしてもらう一方で、蒼一たちをこの学院の顧問としてとどめようとした。が、蒼一らはこれを拒否。すぐ引き下がるかと思ったが、諦めきれない様子のツバサは2人にゲームを仕掛けた。

 1時間以内にツバサたちから逃げ延びてこの学校から出ること。これが達成されなければ、2人にはツバサたちの思惑通りにされてしまう。条件を聞かされても蒼一らには何の益もないものではあるが、彼女たちの手中に置かれていたため承諾以外はありえなかった。

 ゲームの始まりの合図とともに蒼一と明弘は一目散に駆けた。先手必勝、先に出て行けば勝ちだと20階近くもある階段を全力でかけ下がっていく。案外早く片が付くかもしれないと思った矢先、ツバサによる校内放送が聞こえてきた。俺たちと勝負をしていることを隠すことなく話していると思いきや……

 

『みなさんにも協力していただきたいのです———』

 

 なんと、学院全体を巻き込む話に成り代わってしまった。しまったと思っても時、すでに遅し。さらにツバサは2人を捕まえたら好きにしてもいいという褒賞までつけてしまうありさま。

 

『それではみなさん、ご健闘をお祈りしておりま~す♪』

 

 悪意としか聞こえない笑みを込めた言葉は彼らの焦燥感をピークへと持ち上げてしまった。

 

「「なんちゅうこと言ってくれとるんじゃツバサあああああァァァァァァァ!!!!!!!???」」

 

 もはや一刻の猶予もない。早くここから出て行かなければツバサの、いや、UTXのモノに成り下がってしまう。最も最悪な条件を突き付けられた蒼一の焦りは尋常ではない。生きてまた日の目を見ることはできるのだろうかとさえ思わさせるほどにだ。

 

「おいおいおい! 冗談じゃねぇぞ! ツバサのヤツ、学院全体まで巻き込みやがったぜ!」

「だ、だが、この放送で同調する生徒がどのくらいいるかなんてわからないもんだろ……?」

「何言ってやがるんだ兄弟! ここは女子高だ! 男子禁制の聖域とでも言った方がいい場所だ。そんなところに俺たち2人が入り込んじまったんだ。だとすりゃあ、何が起こるかなんて……っ!」

 

 その刹那、階段はるか下から地響きのような振動が伝わってくる。2人が立つこの場所でさえその振動で揺れ鈍い音が反響しだした。

 

「そ、そういえば……ツバサのヤツ、俺たちが階段で下がっていることを話してたよな……」

「あぁ、そういえば……だとしたら、アレだな。うん、アレだ……」

「おい……まさかっ……!」

「こいつぁ……マズいかもな……」

 

 階段下を覗き込むと猛スピードで駆けあがってくる無数の人の姿が見えた。目を凝らさなくてもわかる、あれはここの学院生たちだ! 彼女たちが彼ら目掛けてやってきたのだ!

 

「あ、あははは……すごいな。まるで津波が押し寄せているみたいに昇ってくる……」

「人の波ってやつだな……あれに巻き込まれたらひとたまりもないだろうな……」

「……そんじゃどうするよ。俺は今すぐしなくちゃならんことを思いついたんだが……」

「奇遇だなぁ兄弟。俺もだよ……」

 

 口元を引きずらせた2人の意見は一致していた。とりあえず、しなくちゃならんことはただひとつだ。

 

「「……に、逃げるんだよぉォォォォォォ!!!!!!」」

 

 阿鼻叫喚の如く轟くUTX学院。彼らが無事脱出できるまで、残り55分―――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「——うふっ、今頃楽しいことになっているんだろうなぁ♪ 私も行けばよかったかも」

 

 放送を終えたツバサは、一息つくようにしてつぶやいた。口角を引き延ばしているのを見るにとても嬉しそうでいつになく生き生きとしているように思えた。

 

「あら~ツバサちゃんも行くのなら私も行きたかったなぁ~。こんな楽しいこと滅多にないんですもの、追いかけられる姿を見てると楽しくなっちゃうわよね♪」

 

 るんっ、と弾んだ声で同調するあんじゅも意気揚々とはしゃいでいる様子だ。ここ最近、退屈すぎて暇を持て余していた彼女たちにとってこのゲームは恰好の遊戯である。普段からでは決して味わうことのできないような爽快感があるであろうと信じていた。それに、このゲームに勝てば2人を自由に扱えると考えているのだから気分が高揚しない訳もなかった。

 

「まったく、RISERの2人には気の毒なことだ」

 

 ツバサとあんじゅとは違って英玲奈は冷静だった。A-RISEのクールビューティとも呼ばれる彼女には、今回のことはあまり興味がなさそうな様相を見せていた。

 

「あら? 英玲奈ちゃんは2人のことが気にならないの?」

「気にならないと言えば嘘になる。だが、キミたち2人と比べたら私には興味がない」

「そう、なら私たちだけで楽しんじゃいましょう♪」

 

 ふふん、と鼻を鳴らすと何かを思いついた顔であんじゅは笑った。彼女はよく薄ら目になって笑う。ただ、その目をするときは悪いことを思いついたことを意味するため、嫌な予感しかしないと英玲奈は顔をしかめた。

 

「そろそろ10分が経過しそうだけど、まだ連絡がこないわねぇ~。階段で待ち構えさせていたあの子たちからやり切ったのかしら?」

「そうでないと困るわ。この程度で捕まるようじゃ私の恋人なんて務まらないんだから」

「あらあら~ツバサってば、もうその気になっちゃってるの? 可愛いじゃない♪」

 

 無邪気に笑うツバサを見てあんじゅはからかった。ツバサがあんなに嬉しそうにしているのはめずらしい、と英玲奈は傍目に見て思った。ツバサはよく笑う方だが、多くは“つくり笑い”をしている。ただ、その笑いにはいつも感情がこもっているように見えるので他からはわからない。それを知っているのは英玲奈とあんじゅだけだった。

 

「それじゃあ、私は先回りして彼を捕まえに行くわ。あんじゅはどうするの?」

「ん~……私も行こうかしらね~。ここにいてもおもしろくなさそうだし、やっぱり近くで見ないとわくわくしないじゃない♪」

 

 ツバサもそうだがあんじゅも対外だな。そんなに滝明弘のことが気に入ったのか? と明弘をずっと見続けていたあんじゅに首を傾げた。嫌な予感がする……あんじゅの不穏な動きが英玲奈に焦りを感じさせた。もし、ツバサと同じことを考えていたとしたら本当に厄介なことになってくるぞ。これは私たち自身の問題にもなりそうだと、英玲奈も立ち上がり進言した。

 

「私も行こう。2人だけでは心配だからな」

 

 こうして、A-RISEの3人が本格的に参戦し、このゲームに混迷が深まり始めたのだった。

 

 

 残り時間48分———

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 ppp……ppp……

 

 

『こちら蒼一。そっちは聞こえるか?』

『良好だ兄弟。無線はちゃんと届いているようだ』

『そうか。これならいつでも連絡が取れそうだな』

『ただ通話コールには気をつけろよ。今の彼女たちは音にも敏感だ。ちょっとした異音でもすぐ察知されてしまうから十分気を引き締めた方がいいぜ』

『元よりそのつもりさ』

 

 しばらく時間が経った頃、2人は耳に装着したイヤホンに指をあて小声で会話を開始しだした。お互い近くにいるのならする必要はないだろうと思われるが、ついさっきここの生徒たちが蒼一たちのいるところに殺到してきたことで離れざるをえなくなった。そのため、お互いの状況を知るべくこうして連絡を取ることをしているのだ。

 

『それより、そっちは今どこを歩いているんだ?』

『通気口だ。歩くというより、這っているとでも言った方が正しいかもな。俺くらいのサイズでもなんとか通れそうな幅だったから入ってみたがいい感じさ。もう5階くらいは降りられたんじゃねぇかな?』

『そんなにか!? 俺なんてやっと4階だというのに早くないか?』

『さすがにこっちまで監視は行き届いてはいないみたいだからな。何より、こんな薄暗くってホコリ臭い場所に高貴な淑女ちゃんたちがやってこれるわけがねぇ。裏をかけた俺の勝ちってわけさ』

『なるほどな。まるで潜入ミッションでもやっているみたいじゃないか』

『疑似的にシャドーモセス潜入ミッションを体験しているみたいだぜ』

 

 校内をあちこち駆け巡って見つけたのがこの通気口。偶然にも備品保管室で隠れていたところ天井から空気が漏れ出ていることに気付いた明弘が、もしかしたらと昇って見つけた通路だ。どこに通じているのかわからないリスクが高かったが、高さも幅も申し分なく入れる状態で他に通れそうな道もない。彼が隠れていたフロアはすでに多くの学院生たちに見張られ、ネズミさえ見逃さないありさまであったため背に腹は代えられなかった。だが、当人さえも驚くほどに進むことができているので、通路がある限りは進もうと考えていたのだ。

 

『そういう兄弟はどんな方法で降りているんだ?』

『ダンボールだ』

『ダンボール!?』

『そうさ。追われている最中に転がり込んだ部屋にちょうどいいサイズのダンボールを見つけてな、今それをかぶりながらゆっくり進んでいるのさ』

『へ、へぇ……』

『ダンボールはいいな。密閉されてキツイかと思ったがそうでもないし、熱も籠らない。紙でできているから移動も楽で、止まっていればただのダンボールだと素通りしてくれる。さすが、最高の潜入アイテムだ』

『お、おう……ソイツァ、よかったな……』

 

 突拍子もないことをやってしまう明弘もこれには苦い返事しかできなかった。180cmもの巨躯(きょく)を持つ蒼一を隠すことのできるものが都合よく落ちているはずもない。あったとしてもだ、明らかに大きすぎるダンボールがあれば誰だって違和感を覚えてバレてしまうだろうに……。それが一切なく今に至っているのであれば、学院生たちは節穴なのか、それとも蒼一が異常なのかと明弘を悩ませた。

 

『ところで今どのくらい時間が経ったんだ? 階層もそんなに進んでいる感じではないし、間に合うだろうか?』

『おっと、そうだな……時間はまだ40分近くあるぜ。俺の場合だと早くまともな通路に出て行かねぇと間に合わんだろうが、そっちなら行けるだろ?』

『どうかな? こっちは彼女たちから振り切っていける自信は五分五分なんだ。いくつか存在する階段も下層に行けば行くほど厳重になってるだろうし、そもそも帰させる気がないだろう。抜け道みたいなのがあれば別なんだがな』

『最悪、窓割って飛び降りてやろうか?』

『それもありだな』

 

 ふざけたことをしている彼らだが、まともな話、彼らに余裕はない。この建物の半分の階層にまで降りることには成功してはいるものの、下に行くほど人は多くなり行動もとりずらくなっている。人目のつかないところを通る明弘ならまだしも、通路を隠れながら進む蒼一へのリスクは増していくばかり。いずれ身動きが取れなくなることは目に見えていた。

 

『一瞬だけでもいい、階段から人がいなくなれればこちらにも勝機があるというものを……ん? なんだか騒がしくなって……』

「あらぁ~? こんなところにダンボールなんか置いちゃって、邪魔になるわよ?」

「あっ、本当ですね! すぐ片付けいたします!」

『げっ……! ツバサ!?』

 

 急に人が増えたと思ったら学院生を引きつれたツバサ自身が探しに来ていたのだ。しかも、今まで気づかれていなかったダンボールに目を付けられ一気に窮地に追い込まれた。

 

「ふふっ、かなり大きいようだから結構大事なものが入っているかもね。慎重に運んであげるのよ♪」

『ぐっ……あの言いようだと、俺の存在に気付いてるじゃないか!? マズいな、こんな人数を相手にするのは一苦労だぞ!』

『どうするんだよ兄弟?!』

『決まってる。かくなる上は………逃げるのみよ!!』

 

 蒼一はダンボールを持ち上げ、底から足を出してそのまま移動し始めた。ただの箱だと思っていた学院生たちはその奇妙な行動に目を丸め、「どうしてダンボールが動くのよ?!」「生き物!? ダンボールは生き物だったの!?」と驚愕の声を上げた。

 

「あらあら、どうやら隠れていた獲物が見つかったようね♪」

 

 ただツバサだけがその正体を知っているようで、非常に楽し気に微笑んでいるのが不気味に思えた。

 

「私は1階に降りるわね。捕まえられたら私のところに持ってきてね」

「はいっ、ツバサさん! お任せください!」

 

 ツバサの指示に取り巻きたちは一斉に駆け出し、逃げる蒼一を追跡しだした。数十人もがたった一人を追いかけているのだからすぐに終わるでしょう、勝利を確信していたツバサではあるが、一方で、「彼が簡単に捕まるはずはないでしょうね。そうでなくちゃ、私の憧れの人じゃないもの。私を幻滅させないでよね?」と、クスリと悪魔の笑みを浮かべて彼女はエレベーターで最下層に降りていくのだった。

 

 

 

 残り時間38分―――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「———おい、兄弟?! 兄弟!? くそっ……切れやがった!」

 

 通気口の中を這いつくばりながら進んでいた明弘は苛立った。蒼一との連絡が途切れたというのもあるが、ここの守りが思っていた以上に厳重であるため、果たして切り抜けられるだろうかと思い悩んでいたからだ。幸い、誰も来ることがない通気口を通っているので出くわす心配はないが、これが1階まで続いているとは思えない。おまけに、長く入り続けたせいかそろそろキツく感じるようになっていた。ただでさえ、じっとしていられない性分ゆえ、狭いところに長居することは耐えられないのだ。

 

「とは言ったものの、出てきてすぐ捕まるのは嫌だしな。少しはマシなところに出たいものだ」

 

 のっそのっそとほふく前進しながら奥へと向かう。その間、ところどころで廊下や部屋などを格子網から覗いて見るが、どこも人だかりができててとてもじゃないが出れそうではない。参ったな、どこに出られる場所はないだろうか? 思い悩みながら進んでいき、知らぬ間に2、3階降りていた。すると―――

 

「お? 何だここは?」

 

 何十回目になって目にする格子網の向こうには、誰もいない。何の足音もしない。感じるのはかすかに香る甘い匂いのみ。出るには絶好のチャンスなのではないか? と顔を近づけて覗いた。

 

「お! もしやここは……!」

 

 声色に嬉々をのせだした明弘は、網を取り外して数十分ぶりの外に出た。そして、気色悪い笑みを浮かばせて辺りを凝視した。

 

「こ、更衣室か……! うひょぉ! まさかこんなところで楽園(アガルタ)を見ようとは……!!」

 

 明弘が出たこの部屋は、人の高さ以上のロッカーが数十人分ずらりと並び、女の子独特の香りで充満されていた。少し目を下ろせば、誰かが脱いだであろう服がいくつも放りだされている。これでも淑女(しゅくじょ)たちが集う学び舎ではあるのだが、中にはズボラな人も混じっているようだ。そんなズボラな子がいて俺は嬉しいよ…、と天を拝むような姿勢で彼は喜びをあらわにした。

 

「女子更衣室に入るなんて滅多にないからな。音ノ木坂学院じゃ海未や絵里に止められちまって入り口にすら立つことが許されなかったが……ムフゥー、これが女子たちの入り混じる匂いってヤツかぁ……最ッ高だねぇ……疑似的ハーレムを感じるぞッ!!」

 

 刻限が迫っていることもいざ知らず、明弘は更衣室の中をうろつき、目に映る女子たちの忘れ物を見て鼻息を荒くさせて興奮した。部屋中に広がる匂いと脱ぎ捨てられた服で、あたかも目の前で生肌を晒して着替えを行っている様子を彼のピンク色の脳細胞に描き出し、妄想として眺めるのだ。女好きである彼には、このくらい容易いものだと鼻の下を伸ばした。

 

「おっとぉ……だが、絶対に触れちゃぁいけねぇ。触っちまっては犯罪よ。Don’t タッチ ロリと同じ原理で触らず、ただ眺めることが紳士のあるべき行動さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———ざんね~ん、女子更衣室に入っている時点で犯罪よ~」

「うおわああああぁぁぁぁぁぁあんじゅうううぅぅぅぅぅぅぅ?!!!!」

 

 明弘は背後から霧のように現れたあんじゅに肝をつぶした声で叫んだ。まさか、こんなところで出くわすとは思ってもみず、同時に厄介なヤツに絡まれたものだと額から汗が噴き出した。

 

「ウフフ、どうしちゃおうかしらねぇ~?」

 

 

 

 残り時間32分―――

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 一方———

 

「ぐっ……! しつこいぞ、この子たち……!!」

 

 隠れていたのがバレた蒼一は、通路を全力疾走で駆けまわっていた。彼の進む先には幾十人もの生徒たちが障壁となって道を阻んできており、蒼一は彼女たちの間をすり抜けたり、上を飛び越えたりと命からがら逃れていた。

 だが、それでも彼女たちは引くことをせず、どんなにすり抜けられようとも必ず捕まえるとする強い執念を抱いて彼に何度も飛び掛かる。

 

『見つけたぁ~~~~~!!!』

「うおおおぉぉぉぉぉ!?!?! ま、まどろっこしいぞ!!!」

 

 前に走ればそこに。後ろを振り向けばそこに。角を曲がればそこに。階段を降りればそこに。扉を開ければそこに――まるでアリのようにうじゃうじゃと無限に湧き出てきて精神に結構くる。

 

『急ぎなさい!! あの人を捕まえればすべてが私たちのモノになるわよ!!』

『いいえ! あの人の身体は私がもらうわ!! あの鋼のようなガタイに抱かれてみたい~~~!!』

『何言ってるのよっ!! 捕まえたらこの首輪とリードを付けて私のモノにするのよ!! 私の言うことには絶対逆らえない従順なペットにしてあげるわ~!!』

『いえ! ここはいっそのこと、あの人のそれをみんなで搾り取ってしまいましょう♪』

『『『それだっ!!!!』』』

「それだっ! じゃねぇ!!! 誰がそんなものになってたまるかよ!!! 冗談じゃない! キミらと相手したら一生日の下に出られなくなる!!!」

 

 貞操の危機どころじゃない彼女たちの発言に蒼一はゾッと顔を蒼白させた。それ本気で言ってるのか? と疑ってしまいたくなる言葉の数々。ついさっきまで、キャッキャウフフとばかりの年相応の乙女たちであったのにこれはどういうことだろう。彼には血に飢えた獣にしか見えないのだ。しかも、見覚えのあるような……

 あぁ……これ、ことりたちと同じ目をしてんじゃん……。既視感に合点がいったと同時に、より一層足を加速しだす。これは絶対に捕まってはいけない。捕まれば即死。と念仏を唱えるかのように何度も口にした。

 8人を同時に相手することさえ困難であったのに、数えきれないほどのと相手するとどうなるか分かったもんじゃない。この学校に閉じ込められ、生徒全員と相手しなくちゃならない毎日を過ごすことになるだろう。廃人になっても塵カス同然と成り下がろうとも彼女たちは手放すことはしない、そんな目をしているのだ。

 

「……そうか、ツバサが先に案内させてたのはそういうことか……!」

 

 ここにきて彼女の意図が見えてきた。校舎全体を回ることで蒼一の姿を学校中に広め、それを見た彼女たちが自らの欲望を増幅させる。そして、その欲望を実現させられる一言を落とすことで今の構図を生み出すことができるってわけだ。女子高なんだから男に飢えていると知ったツバサがそこを突いたのだ。自ら手を出すことなく捕まえられると。

 

「それにしても切り抜けられるだろうか? もうそろそろこちらも限界が……!」

 

 彼女たちの隙間もない追跡をかわす度に力が消費されていく。それもあとわずかというところまで来てしまっている。

 

「一桁の階層にまで降りることができたというのに悔しいことだ。もはやこれまでか……」

 

 終わりの見えない現実に、彼は力尽きるまで走ると決めた。次の角を曲がってまた大勢が押し寄せた時が最後だろう。蒼一はただ、やってやるさ、と一言。別れの挨拶を送るのだった。

 そこの角を曲がり駆けだした―――

 

 

 

 

 

 

 

「———こっちだ」

「………ッ!!」

 

 突然、声をかけられると自然と身体が言葉の聞こえた方に誘導されていく。蒼一は、なるがままに身体を扉の開かれた部屋に向けるとなだれ込んだ。

 

「———よしっ。いいぞ」

 

 俺が入ったのを確認できると、声の主は扉を閉め、鍵をかけて入れなくさせた。一方の蒼一は、疾走しきったことの疲労がドッと押し寄せられ肩で息をしていた。俺をここに呼ばせたのは誰だ? わずかに残った力で顔を上げて、扉のわずかな隙間で外を確認する、彼女を見た。

 

「きっ、キミは……!」

「まだしゃべるな。息が上がっているうちに話せば疲れるだけだ。まずは、息を整えろ」

 

 形式化されたような言葉と機械的な口調で蒼一に指示する彼女は、こんな時でも冷静沈着だった。しかし同時に、彼にとっては思いがけない人物との遭遇でもあった。

 

「え、英玲奈……! どう、して……キミが……!」

「話はあとだ。今はそこにとどまってろ」

 

 英玲奈の瞳は鋭く光り、彼を見守っていた。

 

 

 

 残り時間29分―――

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。

UTXという魔境に呑み込まれてしまって出られない彼らに希望はあるのだろうか?結論から言うと、ありません。
どうも、うp主でs(二回目

長々とゆっくりやらせていただいておりますが、本当に月一ペースが固定化されてちょっと遠目状態になりかけております。でも翌月には投稿されてるんだろうなって思ってます。

ではまた、機会があればよろしくお願いします。

更新速度は早い方が助かりますか?

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  • もっと早くっ!
  • 遅くても問題ない

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