蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

218 / 230
第205話


諦めが肝心だけど、納得できないから抗います。

 

 

 とある昼下がりのことだ。

 

「ほぉぅ……いつ眺めても壮大なビルだなぁこりゃあ。しかも、これが学校だとは思っても見ねぇだろうよ」

「ビル街でもあるアキバの中に、しかも、駅前にあれば誰だって商社が入っていると思うだろうよ。だいたい、音ノ木坂が近くにあると言うのに新設させたこと自体がおかしいんだ」

「とは言うがな、批判するわけじゃないが音ノ木坂は古いからなぁ……新しく綺麗な学校に行きたいって思う子が多いのも否めんよ。これも時代の流れってやつだな」

 

 駅前に堂々とそびえ立つUTX学院のビルを眺めながらあれこれと話を膨らませた。いつもみたく、アキバでぶらぶらと歩く俺と明弘。本来なら、音ノ木坂に行って穂乃果たちの練習を見なくちゃならないのだが、今日は先約があるのだ。

 

「しっかし、UTX学院側から招待を受けるとはな。それも、あのA-RISEからか……こりゃまた面白いことが起こりそうだ」

 

 嬉しさ反面苦笑と言ったところか。いつもの明弘らしからぬ表情を浮かばせているのはめずらしい。それもそのはずで、この話が決まったのはちょっと前なのだ。A-RISEのツバサから突然、ウチに来なさい、との連絡が入った。青天の霹靂というか、藪から棒になんなのだと、深い説明もなく一方的にとり決まってしまった。

 相変わらず無鉄砲というか破天荒と言うべきか、ツバサの気まぐれには困ったものだ。しかも、これを拒否することもできないときた。ワガママにもほどがあるだろ! と言いたくなるが変に事を荒立てることもできないため悶々しちゃうのだ。

 

「しかしなぁ、凛たちには黙って来ちまったんだが、よかったのか?」

「いいわけないだろ……ただでさえ嫉妬深いんだからこのことが知れたら大ごとだぞ」

「ですよねー。てか、そういうことなら断っちまえばよかったのに」

「それがそうもいかなくってな。この前のライブでの勝負で引き分けになったじゃん? その時に俺たちを借り受けるって約束を穂乃果としたらしいんだ」

「借り受けるって、俺たちは道具じゃないだぜ? いつだって自分たちの意思で行動してきたんだ!」

「サイボーグ忍者みたいなことを口にしても変えられんからな。ツバサは俺たちの秘密を知っているんだ、拒否すればバラされるかもしれん」

「くっ……弱みを握られてるってのは気に食わねぇなぁ。しゃあねぇ、もう腹をくくるしかねぇわな!」

 

 嫌々ながらも諦めるしかない。年下の子に首根っこを掴まれているような気分でしかないが、さすがにとって喰いにくることはしないだろう。安心はできないがとりあえず従うほかなさそうだ。

 UTXに足を進ませ、あのモニターが設置されている校舎の入り口に立つ。生徒専用なのだろうか改札が設置されていて、一見、駅なんじゃないかって見間違えてしまう。だが、部外者が立ち入らせない意味ではかなり理に適っているな。世の中物騒だから厳重にしておくことは大事だろう。

 

 さて、俺たちは部外者だからここの守衛のところにでも行くか。

 

 

「——ようこそ、UTX学院へ」

 

 移動しかけた瞬間、背筋がゾクッとさせられる声を後ろからかけられ、反射的に振り返ってしまった。すると、そこには白のブレザーを着る意味ありげな笑みを浮かべるツバサが立っていた。

 

「ツバサ……! いつの間に!?」

「あなたがたが来るのがラウンジから見えてね、すぐ降りてきちゃったのよ」

 

 俺たちのことが見えたって、ツバサが居座るラウンジは十何階も上にあるんだぞ。よくそんな高いところから見ることができたもんだな……というか、来ること自体も早い……!

 

「今日は私があなたがたを案内することにしていますので、どうぞよろしくお願いしますね」

「ツバサが?」

「あら? 何か問題でも?」

「問題というかだな、仮にも人気No.1スクールアイドルなんだから立場的に他がやるもんかと思っただけさ」

「だからやるんじゃない。この学校の広告塔である私たちが来賓者をお出迎えすることは私たちにとっても有益なのよ。それに、今回は私が勝手に推し進めたことでもあるんだし、責任をとらないといけないじゃない♪」

「責任、って……」

 

 その言い方だと若干誤解を生んでしまいそうなんだが……。

 

「まあ、なんだ。ちょうどいいじゃねぇか。今からここの管理人と話付けようとしていたところなんだし、ツバサの方から来てくれたんなら渡りに船さ。ここは乗せられてもいいんじゃねぇか、兄弟?」

「……まあ、確かにそうなんだが……」

「おっし、そんなら決定だな。あとは、ツバサに任せるぜ!」

「ふふっ、さすが明弘さん話が早い♪」

 

 話をどんどん進めちゃって……明弘め、少しは警戒心を抱いたらどうなんだ? 軽いフットワークでツバサに二言返事をするから気が重くなってしまう。やれやれ、この後に何があっても知らんぞ……

 

「それでは、蒼一さんに明弘さん。私たちの学校をゆっくり堪能していってくださいね――♪」

 

 ニコっと頬を上げて笑うツバサを先頭に、俺たちはUTX学院の中に足を踏み入れる。何が待ち受けているのかわからないまま、変な緊張感を抱いて進むのだった。

 

 

 時刻は午後1時過ぎ。

 穂乃果たちはまだ授業の真っ最中。

 このまま知られることなく帰れることができるのか――それが問題だ。

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 ツバサに案内されてUTX内を巡ることとなった俺たち。十数階もあるビルとあって、中はオフィスのような綺麗な造りと清潔感が漂っている。勉学を励むというより、社会人として仕事に来ているような錯覚さえおこしてしまいそうだ。最近の学校事情も変わるもんなんだなぁと昔ながらの校舎で学んでた俺からするとギャップが強い。

 ここに来るのは以前のライブを含めると3回目となるが、いつ見ても壮観だ。一階ごとに一つの教室を設けてそれを全学年分あるということや、その他部活動のために潤沢な設備を貸し与えているところも他に類がない。何より、ツバサたちA-RISEのために設けた施設は他の部活とは比較にならないほど豪華だ。整えられたトレーニングルームや全面鏡張りのダンス場、新曲制作のための音響設備など力のかけ方が尋常じゃない。

 

「どうかしら、ウチの学校は?」

「想像以上にいい設備を整えているじゃないか。一つの部活のためにここまで投資してくれる学校は他にないんじゃないか?」

「そうでしょ。()()()()()この学校の誇りたくなるところかもね」

 

 なんだ、少し意味ありげな言い方をしていたが……?

 

「まだまだ、お2人には見せたいものがあるんです。児湯はじっくり見て行ってほしいんです」

 

 そう言うと、ツバサは嬉しそうに俺たちの前を歩いていく。さっきの言葉が気がかりだが、ツバサを見ても問題があるようには感じないから大丈夫だろう。

 それにしても、ツバサとともに歩いているとどの階でも人だかりができるもんだな。下級生だと思われる子たちがツバサの許に行きあいさつしていく。同級生らしき子たちもそうだ。それにツバサは、にこりと笑みを浮かばせてひとりひとりに返しているのを見ると、アイツの人気は学校中に響いているんだなと感心する。まあ、穂乃果たちも音ノ木坂では人気者扱いだし、学校の看板を背負うスクールアイドルにとって共通なんだろうな。

 

 すると、その中の1人が俺と目が合い、少し驚いた様子を見せながらゆっくり近づいてきた。

 

『あっ――、あのっ! みゅ、μ’sの宗方さん、ですよね?』

「ん、あぁ、そうだが?」

『わあぁっ……! ほ、本当にそうなんですね! お、お会いできて光栄です!!』

 

 突然、光栄だと言われたから驚いたものだ。まさか、UTXの子にそう言われるとは思いもしなかったからだ。しかも、俺はバックアップに過ぎないというのに。

 

『と、ということは……お隣は、滝さん……ですか?』

「おうよ! μ’sのダンス指導者とはこの俺のことよ!」

『ふえええぇぇぇぇっ?! ほ、本当にお2人なのですね!? 私、感激です!!』

 

 目をキラキラと輝かせながら見つめてくるこの子の勢いに少しだけたじろいでしまう。明弘は相手が女の子だからとニヤニヤと表情を緩ませて嬉しそうにしている。突然のことなのに、当たり前と言えば、当たり前な反応をよくできるものだと感心してしまう。

 

『私、芸能科の一年生でアイドルを目指しています! いつもμ‘sのライブ映像を見させていただいて、たくさん学ばせていただいてます!』

「へぇ~、それはありがたい話だ。でも驚いたな、まさかUTXの生徒にそう言われるとは思わなかったからね」

『はい! 私、いろんなスクールアイドルの動画を見て日々精進中なんです! 特にμ’sのみなさんの成長ぶりがすごくって、たった数か月でラブライブ本戦にまで行くことができたことがすごいですよ! それを支えているのがお2人なんだと知った時は驚きました! お2人の力で廃校寸前だった音ノ木坂学院を立て直した、と噂になってるくらいすごいんだろうなって思ってましたから、お会いできて光栄です!』

 

 廃校寸前を立て直したって言うのは大げさだよ、と苦笑いで返すが、いえ、お2人はすごいんです! と引かない。かなりぐいぐい来る子だなぁとどう返したらいいかと悩んでしまう。

 

「こらこら、蒼一さんたちが困ってるじゃない。今は、その辺にしておきなさい」

『はっ……! つ、ツバサ先輩っ!! す、すみません! 出過ぎた真似をして……!!』

「いや、いいんだよ。キミが俺たちのことをよく思ってくれていることは十分伝わったからね。今後の励みになるよ」

『あっ、ありがとうございますっ……!!』

 

 その子はあわあわした様子で深々とお辞儀をしてお礼を述べてくれた。μ’sのことや俺たちのことをここまで応援してくれている子がここにもいたとはな、とちょっと嬉しくなった。

 別に困ってるわけじゃねぇんだけどなぁ、と明弘が口をとがらせていたのは置いておこう。

 

「さ、早く行きましょ」

 

 急にツバサは俺の腕を掴むと、相手していた生徒たちの間を颯爽と抜けるようにして行こうとした。やや強引に引っ張られて、何をそんなに焦るのか、疑問に思った。

ふっ、穂乃果たちが知ったらお冠間違いなしだな、と明弘は嫌な笑いをたててくる。

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 エレベーターで最上階近くまで昇ると、さっきまでの下階とはまったく異なる豪華な模様の廊下が目の前を走った。そこを十数歩あるくと、これもまた立派な扉が両開き式で立ち揃っている。扉の横には、金色の金属板に『A-RISE』と彫られた立て札が飾られていた。

 いかにも、厳かそうな雰囲気が漂う中、ツバサは慣れた手つきで扉を開くと俺たちを中へと引き入れた。

 

「ようこそ、私たちの聖域へ」

 

 ぱっと目の前に広がる豪華絢爛なインテリアの数々が赤い絨毯(じゅうたん)の上でどっしり構えている。部屋の大きさも教室3部屋分だろうか、それくらいのスペースがあり、彼女たちが必要としているものを置かれている。壁側は半分以上が鏡張りで、アキバの景色を一望できる絶景スポットと化している。この高いところから下界を見下ろしているとは、頂点に君臨するものの立場というのは侮れないなと圧倒される。

 

「ここに来るのは二度目よね?」

「前回以来だな。もっとも、ゆっくりできる状況ではなかったけど」

「あら、そうだったの? でもいいわ。今回のためにソファーを新調したの、ゆっくりくつろぐといいわ」

 

 新調したって……、辺りを見渡すと、確かに前回来た時にはなかったソファーが、ドンと置かれてある。それも、いい感じの値が張りそうな良質感漂う雰囲気があり、それを持ってこさせるこの学校っていったい……と度肝を抜かれる。

 

「前々から思っていたが、この学院はツバサたちA-RISEのために何でもするよな。元からそうすることを勧めている学校なのか、ここは?」

「大体はそんな感じよ。ウチの学校は進学校でありながらも芸能科を設けて、それを特化させているのよ。私もその芸能科の1人として入学させてもらったわ。ここで優秀な成績を収めれば学費は免除されるし、実力次第では学校からこうした待遇を受けることができる実力社会なのよ」

「へぇ~。つまり、ラブライブで優勝という実力を見せつけたからこの部屋がもらえたってわけことか」

「そういうことになるわね。正確に言えば、この部屋だけじゃなくって、さっき見せたダンス場とかも私たちが優先的に使えるよう優遇してくれるのよ。すべては、私たちが輝かしい成績を収めるために、ね」

 

 ツバサは話を続ける。

 

「年々、人口減少がうるさくなっている世の中で、たくさんの生徒を受け入れたいのよ。その宣伝広告として私たちが選ばれたの。元々、私たちはそんなに秀でた力を持っていたわけでも実績もない、ただ普通の高校生だった。純粋にあなたたちRISERに憧れてただけ。英玲奈とあんじゅもそう、たまたま意見があっただけで結成して、ただ普通に力を磨いてただけ。そうしていたら、次第と自分たちが認められて、先輩だった人たちをも押し退けて、この学校の代表になっていた……ただそれだけだったはずなのにね……」

 

 少し声色が低く感じた。背中を向けて話をしてくれるツバサの姿がどこか寂しそうで辛そうにも見えたからだ。自分たちの実力が認められた、それは最も喜ぶべきことのはずなのに、彼女の声は喜んでいなかった。それがどうしてなのか俺にはわからなかった。

 

「——と、そんなことより、何を飲む? ジュースサーバーも完備されてるから何でも飲めるわよ?」

「ここはなんでも備わってるんだな……俺は水でいい」

「んじゃ、俺はドクペで!」

「おいおい、明弘。さすがにそんなものが備わっているわけが……」

「あるわよ」

「あるのかよ!? 本当に何でもあるんだな!!」

 

 ドクペを入れているジュースサーバーなんて聞いたことがないぞ? とつぶやいていると、ウチにはそれを飲むもの好きがいるのよ、と呆れた表情で2つのグラスを持ってきてくれた。

 

「お! どっからどう見ても紛れもないドクペじゃん! どれどれ……んっ! うっひょ―――ぉ!! こりゃあすげぇ! 風味も炭酸もかなりキツくって初めて飲む感じだわ! 今まで飲んできたやつの上位互換だわこれ!」

 

 汲まれたグラスをすかさず飲みだすと、ビールのようないい飲みっぷりを見せる明弘。アイツをそこまで言わせるくらいすごいのか? ドクペ好きである俺も少しばかり気になってしまう。

 

「——それ、業者に頼んで直接持ってきてくれているから風味はキツくさせてるのよ~♪」

「………!」

 

 すると突然、部屋の奥から猫を撫でたようなやわらかい声が聞こえてきた。声のもとに目をやると、そこにはA-RISEのあんじゅと英玲奈が立っていた。

 

「……2人ともいたのか」

「ええ、でもちょうど来たばかりなの~」

「驚かせてしまったのなら謝る。悪気はないんだ」

「いや、謝ることじゃないさ。脈絡もなく現れたからちょっとな」

「そうか、そう言ってもらえると気が休まる。RISERのアポロに無礼をしては申し訳ないからな」

「気にしてないさ」

 

そんなに硬いことを言わなくたっていいのに……、と型にはまった言葉で話す英玲奈に顔を引きずらせた。

 

「業者から頼んでるってことは、あんじゅが飲んでるってわけかい?」

「そうよ~。このクセになる味がたまらなくってねぇ、私専用にお願いしちゃったの♪ どうだったかしら?」

「ほんっとに最高だねぇ! いいセンスだわ。よくこんなにうまいのを取り寄せたもんだ、病みつきになるじゃんか♪」

「うふふっ、なんならずっとここにいてもいいのよ……♪」

 

 う~ん、どうしようかなぁ~? と本気で悩んでいるような様子でいるから、冗談はよせと口をはさんだ。たかが飲み物ひとつで気持ちを転がせてしまうなどあってはならない。それに、明弘の反応を見た時のあんじゅの顔がおどろおどろしく見えたのが引っかかったからだ。

 

「でも、2人がいてくれると助かるのよね~。ほら、明弘さんはダンスのエキスパートで、蒼一さんは歌のエキスパートなんですから、私たちや後輩たちにも教えてもらえると嬉しいわ~♪」

「そんないきなり言われてもな……。それに、後輩って……さっきの芸能科の子たちみたいなのか?」

「ええ。芸能科の1年から3年まであわせておよそ100人。みんな俳優や歌手、アイドルを目指してここにきているの。もちろん、スクールアイドルをやりに来た子も大勢だけどね」

「その後輩たち、ゆくゆくは私たちに続く新たなスクールアイドルを育成してもらえると助かるな~」

「アイドルの育成……?」

 

 話の端をかい摘むように聞いているがなんだか雲行きが怪しいぞ。俺たちをただ招待した、というにはどうも引っかかる点が多すぎる。まさか、俺たちを引き入れに来たんじゃ……? ツバサに限ってそんなことするわけが……っ、いや、否定できなかった。彼女ならば、そう言ってしまいそうで冷汗が流れた。

 

「おいおい、なんだよその感じじゃ俺たちを引き抜こうとしているようにしか聞こえないんだが?」

「ええ、その通りよ」

 

 ほら来た! 二言返事で返すツバサに俺は息を呑んだ。冗談交じりに言葉を投げかけた明弘でさえ、彼女の応答に困り果て、一瞬、身体を膠着(こうちゃく)させていた。

 

「じょ、冗談で言ったつもりなんだが、ま、まさか本気じゃないだろうなぁ?」

「いいえ、私はいたって本気よ」

 

 マジかよ……、ツバサの強引ともとれる態度を前に明弘は動揺をあらわにした。無理もない、相手はツバサだ。無理だとわかっていてもゴリ押ししてまでも通してみせるのが彼女なのだ。その瞬間を俺は何度も目にしてきているからわかるのだ。それは今日の行動からでもよくわかる。

 今まで見せつけてきたこのUTXという学校の生徒、設備は彼女たちの思うがままにできる。彼女たちが、あれが欲しい、これがしたいと望めば叶えてくれる。叶えられないものは何一つない。このすべてを手中にする権力者の3人――そう、目の前にいるこのA-RISEが絶対王政を学校に敷き詰めここに君臨しているのだ。ましてや、彼女たちの名前は日本全国でも通用できるくらいの影響力も兼ね備えているため、実質逆らう者などないと思える。

 だが、このままではいけない。そう思った俺は彼女たちに反抗する。

 

「断らせてもらう。だいたい俺たちがμ‘sを置いてキミたちにつくと思ったか? どう考えても無理な話だ、諦めてくれ」

「へぇ~こっちに来てくれないの?」

「当然だ。それにこの前の穂乃果と取り決めた約束にもなかったじゃないか」

「穂乃果さんとは穂乃果さんとの約束よ。今は、アナタとの約束にしたいのよ……♪」

 

 こっ……この子……ッ! 話を次から次へとコロコロと変えてきやがる……! どうしてでも俺たちのことを引き留めたいようなんだな……参ったやつだぜホント。その執念深さは称賛したくなるわ。

 しかし、参ったな。もはや話し合いでは解決できそうもない。もうすでにツバサのペースに乗せられているだろうし、穏やかなやり方じゃ抜け出せられないだろう……ならば強引に突破するしかない、そう思い立たさせた。

 

「すまんがそれは了承できない。俺はあくまでもμ’sの人間だ。一度決めたことをひっくり返すような礼儀知らずにはなりたくないんでね」

「あらそう。それは残念ね……」

 

 なんだ、意外とあっさり引いてくれそうな感じじゃないか? ツバサのことだからもっとかみついてくるものだと思ったが、これはいけるんじゃないか?

 

 

……と思ったその時だ。

 

「では――勝負しましょう」

 

 突然あてられた言葉に、身体がビクついた。口元を引き上げて怪しげに微笑むツバサの顔から、とてつもなく嫌な考えが思いついたと言っているような顔をしていたからだ。この状況で笑うヤツはかなりやばいだろうということは嫌というほど経験しているからわかるんだ。今すぐに逃げた方がいいと本能がそう言ってくるのだ!

 そうしていると、ツバサは俺の顔を覗き込むように身体を前のめりにしてきて言った。

 

「今から1時間の制限時間を与えます。その間に、この学校の正門口を出て行くことができたらあなたがたの勝ちです。できなかったり捕まったりすれば私たちの勝ちでどうでしょうか?」

「おいおい、何勝手に取り決めているんだよ!?」

「勝てば、もうあなたがたを勧誘しようとは考えません。どうです?」

 

 ツバサから提示された条件は今の俺たちにとって願ってもない話だった。もし、これが本当ならばツバサに肝を冷やさなくても済むし、こうも苦労させられることはなくなるだろう。

 

「……で、負けたらどうなるって言うんだ?」

「そうですね……あなたがたを我がUTX学院の特別顧問として雇わせていただきます。もちろん、手当金も必要な物も全部手配させるつもりです」

「……えらくお高いご提示だな。そうまでしても俺のことをとどめておきたいのか?」

「ええ、もちろん。そして、もうひとつ。これは蒼一さんだけに限定させていただきます―――」

 

 俺だけだと……? まったく嫌な予感しかしない言葉に顔をしかめると、ツバサはニィと不気味な笑みをたてて口を開いた。

 

 

「蒼一さんを———私の彼氏にさせていただきますね♪」

「…………は……はああああああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!?!?」

 

 そのツバサの言葉を耳に入れた途端、心臓が飛び出てきそうなくらいの衝撃が走った。

 

「つ、ツバサが俺の?! い、いや、俺がツバサの彼氏になるだってぇ!? 何をふざけたことを言っていやがるんだ?!」

 

 青天の霹靂(へきれき)というのはまさにこのことかもしれない。まさかのまさかすぎて気が動転した俺は思わず叫んでしまう。一方のツバサは、いたって本気よ、と俺が慌てる姿を見て微笑を浮かばせている。こ、コイツ……なんちゅうことを押し付けてくるんだ……! 今まで聞いてきたひどい交渉ランキングでぶっちぎりの1位がとれそうなくらいひどいものだ! そんなの受け入れられるわけがない!

 断る! と一喝するように言い放とうとすると、もし条件を呑んでくれなかったらあなたと穂乃果さんたちの関係について公表しちゃうけど……いいかしら? と話してくる。鬼か、コイツは……? 今の俺とμ‘sの一番の痛点はそこだ。メンバー9人中8人がたったひとりの男と付き合っている、と報じられたら俺の生命線どころか穂乃果たちも一緒に共倒れになる。それどころか、せっかく廃校を阻止できた音ノ木坂にも影響が出てしまうかもしれない。こうも迫られたんじゃ了承せざるを得ないじゃないか……!

 

「ぐぬっ……くそっ……! う、受けて立とうじゃねぇかッ!!」

「ウフフ、さすが蒼一さんね。話が早くて助かるわ♪」

 

 どうせこうなることを見越していただろうに、と奥歯を噛み締めつつも、ぐっと堪える。完全に主導権を握られてしまった今、無駄にあがくことすらできない。あるとすれば、ツバサから提示する条件に勝つほかないということだ。

 

「たははっ、兄弟も一本取られちまったようだな」

「うるせぇ! こうもされればやらざるを得ないだろうが!」

「まあそうだろうな。俺様は兄弟とは違ってゆっくりと降りさせてもらうぜ~」

「あらぁ~? 明弘さんは凛ちゃんとキスするのよ~この学校の、ま・え・で♪」

「WHYyyyyyyyy!!!!?!?」

 

 今すっごくダメな顔してたぞお前……、俺には関係ないと超余裕ぶっこいていた明弘にも喰らったか……。あんじゅの口から聞かされたいともたやすく行われるえげつない行為に顔面蒼白してんぞアイツ。この学校の目の前で公開処刑かよ……まだ、どちらもメンタルが弱い中でそんなことされたら十中八九再起不能になるだろう。というか、普通に聞いてもひどい。

 

「ふっはっはっはっはっは!!!!! ………ごめんなさいそれだけはホントマジで勘弁してください」

「すっげぇ下手(しもて)に入ってるっ!!!?」

 

 あ、これ本当にダメなヤツだ、と思った瞬間だった。

 

「それじゃあ、お2方は全力で逃げてくださいね~制限時間は今から始めますからね~」

「「今からかよッ!! 早すぎだろう!!?」」

「それじゃあ~3・2——」

「聞く耳なしかよォォォ!!!?」

「んなこと言ってる場合かよ! 全力で逃げ出すぞ明弘!!」

 

 腰かけていたソファーを飛び跳ねるようにして立ち上がると、その足で扉まで駆けだした。一秒でも早くここから退散しなくちゃといけない気がして気持ちが焦っていた。

 

「———0~! それじゃあ、開始ね♪」

 

 0の掛け声と同時に扉を蹴飛ばし廊下を駆けだした。地上に降りられれば俺たちの勝ち。ただそれだけを頭に残してそれ以外は捨てていく勢いで長い道のりを進んでいく。

 ツバサたちの姿が見えなくなったことも気付かずに……。

 

「おい、兄弟! エレベーターが止まってる!」

「何ッ?! くっ、仕方ない階段で降りるぞ!」

 

 なんてタイミングの良さだ、すでにツバサがそうさせていたというのかよ。用意周到なのは感心するが、人を追い込むことが得意というのは困ったものだ。

 仕方なく俺たちは階段で降りていくことを決めていくが、ここは22階。俺たちの体力をもってすれば10分もかからないだろう。それだのに、どうして一時間の猶予をくれたんだ? ツバサたちが追ってくる様子もないし、いったい何を企んでいるというのか、胸騒ぎがしてくる。

そんな時だった———

 

 

『———えー、UTX学院のみなさん。こんにちわ、A-RISEの綺羅ツバサです———』

 

 校内放送? いったい何を考えているんだツバサは? 突然、天井スピーカーから流れてきた声に戸惑いしかない。おまけに、これがとんでもなく嫌な予感しかしてこないというのが感じられて震えてきた。

 

『さて、今日はみなさんにお知らせがあります。本日、私たちは音ノ木坂学院からμ’sの指導者である宗方蒼一さんと滝明弘さんをご招待いたしました。みなさんもすでにご覧になったかと思われます―――』

 

 今だから言えるのだろうか、招待というよりやや脅迫じみたように感じてしまうのは。けれど、入ってしまったことを悔いても仕方ない。さっさとこの高層ビルから降りることだけを考えなくちゃ。

 

『そしていま、あるゲームをしているところです———』

 

 ゲームって言うなよ、まるで遊ばされているみたいじゃないか。

 

『ただいま、お2人は階段を下って昇降口を目指しております。私たちはそれを阻止しなくてはなりません。もし、阻止できれば、お2人はUTX学院の特別顧問として招き入れることをお約束してくださいました———』

 

 や、それも強引にな。

 

『これが実現できれば、私はおろかみなさんにも有益になれると考えております―――』

 

 ん? 流れが変わったな……?

 

『そこで、みなさんにも協力していただきたいのです———』

 

 !?

 

『もちろんタダではありません。捕まえることができた人には、その人に何をお願いしても構わない権利を与えます!』

 

―――ッッッ!!!!??

 

『それではみなさん、ご健闘をお祈りしておりま~す♪』

 

 

 な、なっ………

 

 

 

「「なんちゅうこと言ってくれとるんじゃツバサあああああァァァァァァァ!!!!!!!???」」

 

 かくして、俺と明弘の首を懸けた熾烈(しれつ)な争奪戦が繰り広げられようとしていた………

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

久しぶりに書ききった感はありますが、これまだ前半なので残りの後半も早々にかき上げていきたいものです。最近、ドタバタ劇とかしてなかったなぁと思いながら書いてましたので、ちょっとギャグ調にしてみようかなぁと思ってみたり……?

次回の更新は来月になってしまいそうですが、また見ていただけると嬉しいです。

更新速度は早い方が助かりますか?

  • ちょうどいい
  • もっと早くっ!
  • 遅くても問題ない

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。