蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第204話


桜色の旋律

【音ノ木坂学院・廊下】

 

 いつになく閑散とした校舎に外から暖かな日差しが舞い込んできている。秋の色も深まっている中で、雲一つない快晴の空に夏を思わせる眩しく大きい太陽が熱を発していた。その熱が室内に入り込むと暖房でも付けたみたいに暖かくなり、北風が吹く外とは真逆の心地よさに和んでしまいそうになる。

 こんな日にこそ練習を行いたい気分なのだが、あいにくそうもいかない事情がある。

 

「中間テストが来週に迫っていただなんて知らなかったな。いずみさんに忠告を受けなければどうなっていたことか。新生徒会長がテストで赤点を取ってしまった、だなんてあまりにもお粗末すぎる。当然だが、穂乃果を含めて、にこと凛の3人には頑張ってもらわないと困るんだよな」

 

 以前にも同じことをしていたディジャビュ感がある。夏前の2度ある試験の時もこうやって必死こいて専念させていたっけな。赤点を取ってしまえば活動できないと言われていたのに、その2回ともギリギリの点数を取ってくるんだから心臓に悪い。でも、結果を出せていたのだからホッとしているのだ。そして今回のテストも……

 

「はぁ……少しは勉強に励んでもらいたいんだがなぁ……」

 

 俺がテストの話を持ち掛けた時に、あの3人の反応がいまいちだったのが悩みの種だ。凛はともかくとして、穂乃果とにこは問題だろう。

 穂乃果は生徒会長でμ‘sのリーダー、いわば2つの看板を背負っているのだから汚点をつくりたくない。一方にこは、進学先はわかってはいないが一応受験生だ。勉学の心得くらいは付いている必要があると思っている。

 

「何にせよ、みんなには今度のテストで頑張ってくれなくっちゃな。1人でも赤点を取ったら今度のハロウィンライブができなくなっちまうからな」

 

 おまけにラブライブ予選も近い。強敵A-RISEがいる地区で競わなくてはならないため練習もおろそかにできない。彼女たちとの実力差は未だに存在している。少しでも実践できる場を設けて、経験を積ませてやりたい。そうでもしなければ、前回王者を負かすことなんてできるわけがないのだ。

 

 そんなわけでこちらも苦労が絶えない。

 今日は練習がない時間をぬって、アイツらのテスト対策プリントの作成を図書室でしていた。全学年の教科書があるし、資料も多いのでどんな勉強をさせていこうかと考えるにはうってつけであった。ほんの1、2時間程度ではあるがそれなりのものを作れたとは思っている。

 

「用事も済ませたことだし、さっさとアイツらのとこに届けてやらないとな」

 

 カバンを背負い、ゆったりとした足取りで廊下を進んだ。

 その時だ———

 

 

 

「———ん、ピアノの音?」

 

 どこからともなく、突然、校舎中にピアノの旋律が鳴り響いた。これが見事なまでに美しく、滑らかな音色を発するのだ。クラシックのなんて曲かは忘れてしまったが、心地よい気持ちにさせてくれるのだ。

 

「真姫が弾いているのか? 練習はないと言ったのに自主練しているとはね」

 

 てっきりテスト勉強をしているものかと思っていたが、こっちに来ていたなんてな。もしかしたら、俺が終わるのを待ってくれていたのかもしれない。

 なんてったって、真姫は甘えん坊なんだからな、俺と一緒にいる時間を求めてよく傍にいるんだ。一見さり気なさそうにしているが、俺に好意を傾けているところを見ると愛おしく思ってしまう。だからつい、真姫の甘えに応じて抱き込んでしまう。

 悩みの種でもあるが、1人の恋人として愛情を注ぐ身としては嬉しいことなのだ。嫌よ嫌よも好きの内と言うべきか、何されようが俺が真姫のことを好きでいることは変わらない。

 

「ちょっと顔を出しにでも行くか」

 

 時間を見て、まだ余裕があることを確認してから音楽室に向かった。久しぶりに真姫の演奏を近くで聞く機会だと思えば足取りが軽い。

 

「穂乃果たちには悪いけどな。まあ、帰ったら夜までみっちり叩き込んでやるとするか」

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 音楽室のある階まで昇り廊下を進んでいく。歩いていく途中でもピアノの音色は聞こえて、近付くにつれて大きくなっている。いい演奏だと聞き惚れながら進んでいた時だ。

 

「……ん、音が外れた?」

 

 刹那、綺麗に整われていた旋律が急に綻びを生じ、不安定な音色に変わった。途端に、俺の足も止まった。

 

「妙だな、今までに真姫がこんな音を出すことはなかった。この音から迷いを感じる。それに、自信も感じられない」

 

 音が外れた瞬間から演奏が悪くなっている。たった一音だけを外してしまった――だが、こんな些細なミスで演奏全体を崩すような真姫じゃない。ミスをしても後の方の演奏でカバーしようとするのが真姫だ。失敗しても恐れない気持ちを持っていることは、傍で見てきた俺がよく知っている。

 しかし、この音はまるで対極的だ。こんなにも露骨な間違いを繰り返しているのは明らかにおかしい。失敗を恐れて引きずっているように感じる。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

「……どちらにせよ、行って確かめなくちゃわからんな」

 

 釈然としない気持ちを胸に、再び目的地までの歩みを始めた。

 

 

 

 

 

 音楽室前まで差し掛かる頃、演奏がピタッと止まってしまう。完遂されていない不旋律の状態のまま終えられてしまって逆に違和感を覚えてしまう。だが演者からすれば、まともにできないまま弾くのは辛いものがあるに違いない。そうした理由で止めると言うのなら致し方ない。だが、この瞬間に確信に近いものを抱いた。

 

「……ともかく、見てみないとな」

 

 音楽室の前扉の窓から覗き見ると、立派なグランドピアノの奥に1人座る生徒の姿を見た。が、ちょうど顔だけが見えない。制服の胸元の青いリボンがその子が1年生なのだということを示しているだけだ。

 仕方ない、入ってみるか。と思い切って扉を開いた。

 

「ひゃっ……?!」

 

 すると、扉の音に驚いて、小さな悲鳴が聞こえた。加えて、慌てすぎたのか椅子から転げ落ちそうになる声も聞こえて、なんだかそそっかしい子だなと見てしまう。

 

「大丈夫か?」

「は、はいっ……! ご心配なく……」

 

 今のを見て心配するなというのは難しいだろ……。おどおどした様子のまま受け答えしているので、余計に心配してしまう。

 

 息を吐いていると、ふと、彼女の素顔が目に映りだした。

 きちっと整った輪郭。雪のように色白な肌。そこに塗られたほんのり赤色の頬。澄まして閉じている形は桜の花びらみたいに小さく淡いピンクの唇。不安気な様子だが明りが射すと綺麗に光る瞳。背中にまで伸びる後ろ髪は丁寧に整えられ、前髪も額のところで跳ねるクセっ毛に愛嬌を感じた。

 一瞬、海未の姿を彷彿させられるシュッと引き締まった身体なのだが、自信ない姿が尾を引いていて弱々しく見えてしまう。だが、よくよく見れば彼女も美形だ。明弘も喜んで連絡先を聞きに来るだろうと言い切れるくらいにだ。

 そんな彼女がついさっきまでピアノを弾いていた、それは紛れもなかった。

 

「キミがさっき弾いてたのかい?」

「はっ、はい……先生に頼んでピアノを使わせていただいたのです……」

「綺麗な音色だったよ。廊下で聞こえてきたから、つい足を運んでしまったよ」

「……! あっ、えっ……! あ、ありがとうございますっ……!」

 

 たどたどしい様子で言葉を交わすと、彼女は嬉しそうに頬をちょっぴり緩ませた。控え目だが笑うとかわいい子なのかもしれないと思えてくる。

 

「……あっ、あのっ……! 宗方さん、ですよね……?」

「あぁ、そうだよ。へぇ~、俺のこと知ってくれてたんだ」

「や……そんな……っ。ただ、あなたのことはよく目にしてましたし、クラスでも話題で……あ、あとっ……μ'sのこととか……」

「そうだよな、確かに目にしたり、耳で知ったりする機会は多いもんな」

「そう、です……はい……」

 

 緊張しているからか、彼女の言葉はまだ硬かった。それもそうだ、多分、初めて言葉を交わすのだから当然というもの。まして、異性と一対一で話しているのだから余計に感じてしまうだろう。

 

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」

「あぁっ! す、すみませんっ! 先にあいさつするべきでしたよね?」

「そんなにかしこまらなくたっていいよ。もっと気楽に話してくれていいんだから」

「あっ……ありがとう、ございます……。で、では、遅ればせながらご挨拶させていただきます……!」

 

 彼女は大きく深呼吸してから口にした。

 

「こ、今年度から音ノ木坂学院に入学しました1年生の()()()()と言います。よ、よろしくお願いいたします……!」

 

 深々とお辞儀してあいさつをする彼女。これが、俺と梨子ちゃんとのファーストコンタクトだった。

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 桜内……? 彼女から名前を聞いて、どこかで耳にしたようなと脳裏によぎった。ただ、それがどこで誰から聞かされたものなのかハッキリしない。なんだっただろうか……?

 

「——宗方さん?」

 

 彼女は首をかしげて俺を見上げた。

 

「あっ、すまない。少し考え事をしていた——桜内、さんはピアノを習ってたのかい?」

「えぇ、幼いころから両親に勧められて今も続けています。簡単な曲なら結構弾けるんですよ?」

「へぇ~それはすごいな」

「そんなっ……全然すごくなんかないですよ。難しい曲はまだできないし、間違えてばかりで何度も失敗しちゃうし……」

「間違いは誰にだってあるものさ。気に病むことじゃないと思うけど?」

「でも……」

 

 話をするにつれて気持ちが沈んでいるのか声が小さくなっている。まるで自分に自信がないように振舞っているみたい思えるのが気になってくる。少し、話題を変えてみるか……

 

「しかし、まさか音ノ木坂にピアノができる子がもう一人いたとはな。しかも、1年生に」

「もう一人? 私以外の人って、もしかして、西木野さんのことですか?」

「そうだよ。同じクラスだから話とかしているんだろ?」

「い、いえ……ちょっと声をかけた程度でしかなくって、面識もそんなに……」

「じゃあ、桜内さんがピアノをやっていることも?」

「はい……というより、ピアノのことはまだクラスの誰にも言ったことがないので……」

「そうなのか?」

 

 ダメだ、話題を変えても気持ちが沈んだままじゃないか。海未も花陽も内気なところがあるがそれと同じくらいなんじゃないだろうか?

 

「いい音色を奏でているのにな、知らないのがもったいないくらいだ。誰かに聞いてもらいたいとかないのか?」

「いっ、いえ……っ! わ、私の演奏を誰かに聞いてもらいたいだなんて……そんなっ……!」

「嫌なのかい?」

「嫌……って言うことじゃないんですけど……そのっ、恥ずかしい……ので」

「恥ずかしい、か……う~ん、そう言われたら無理強いはできないよな……」

 

 羞恥心は誰にだってあるもんだ。俺にだってあるんだからこの子の気持ちもわからない訳ではない。

 

「けど、それならなんで学校で練習をしているんだ? ここで弾いてたら俺みたいに聞きに来る人がいるかもしれないのに」

「一応、家にもピアノはあるのですが、こういったピアノは学校にしかなかったから……それに、発表会も近いので……」

「発表会? ピアノのか?」

「はい……習っているピアノ教室で年に何度か行われているものなのです。それが今度行われるのでその準備を……」

「へぇ~、発表会か! 立派なもんじゃない」

「いえいえっ! 褒められるようなことじゃないですよ! それに……私、前回の発表会で失敗しちゃって……」

「失敗……?」

「たくさんの人に見られてすっごく緊張しちゃって、演奏中に音を外しちゃったんです。そしたら、頭から覚えていた譜面が消えちゃって、指が動かなくなって……」

「……さっき練習で音を外してしまったのは、それが原因か?」

「聞かれ、ましたか……恥ずかしいところを聞かせてしまいましたね……そうです、その通りなんです……」

 

 俺の指摘に驚く彼女だが、何かを悟ったように頭を頷かせて小さく肯定した。

 

「元々、人前に出ることが得意じゃない私ですが、ピアノを弾いている時は周りを気にしない自分の世界に入れたんです。音楽と向き合える時間は私にとって特別な時間でした。でも、発表会で失敗した時、私の世界は崩れました。演奏をしてても周りの音や視線が気になって音楽と向き合えなくなって、些細なミスさえしてしまうくらい、もう駄目なんです」

 

 表情に影を落とし、切なく悲しい目は虚空を眺めていた。

 

「私、今度の発表会で失敗したら、ピアノをやめようかと思うんです。ちゃんとした演奏もできないのにピアノを続けたら音楽に申し訳ないなって感じて……」

 

 気力を失ったようなか細い声を落とし、身体を縮こませるみたいに背中を丸めた。彼女の表情にも声にも覇気を感じられない。まるで諦めを悟ってしまったかのようだ。

 そんなことはない——と一言、彼女に言ってやりたい。けど、こんな他愛もない言葉では励ましにもならない。だが、目の前で悩み苦しんでいる子がいるのに手を差し伸べてやらないなんてできるはずがない。俺は最善な言葉を取捨選択し、これを彼女への問いかけにした。

 

「桜内さんは、音楽は好きかい?」

「え……?」

「今でも音楽は好きでいるかい?」

「そ、それは……」

「すぐに答えなくたっていいんだよ。ただ、俺がちょっと知りたかったんだよ、桜内さんがピアノをやる理由って何なのかってね」

 

 顔をこちらに向かせてきた彼女に目を合わせた。

 

「桜内さんは小さい頃からずっとピアノをしてきたって言ったよね。何歳から続けてきたのかわからないけど、それを今日までずっと続けてきたのって、相当好きなんだろうなって思うんだ。勘違いだったらごめんな」

「い、いえっ……! 好き、です……音楽は今でも好きでいます……」

「うん、だと思ったよ。キミの音色からはありったけの、好きって思いが伝わってくるんだから」

「……! わかるんですか……? あんな失敗ばかりしちゃったのに……」

「失敗したかは関係ないさ。大事なのはその後、キミが何とか音を戻そうと必死になって演奏していたことにある。もし、キミが音楽のことが嫌いだったら、その前回の発表会の後からピアノの練習はしないだろう。でも、桜内さんはしていたはずだ。さっき聞いた音は、練習をしっかり続けていた人の音だ。真剣に音楽と向き合おうと努力している人の音がね」

「ど、どうしてそんなことがわかるんですか……!?」

 

 桜内さんは驚いたのか目をパチクリさせて聞いてきた。

 

「俺も前に違うことで失敗や挫折を味わったことがあったからな。ふと急に、やることが怖くなって、手足が震えてやりたくないって思う時があった。でも諦めきれなくって、失敗しないためにはどうしたらいいのかって、何度も練習して克服しようとしたのさ」

「宗方さんも失敗を?」

「意外か?」

「い、いえ……宗方さんも失敗するんですね」

「そりゃあするさ。失敗しないで成長する奴なんていないのさ」

 

 成功には失敗の繰り返しはよくあるものだ。俺のこれまでのことを思い返せば山ほどあって見返すことが嫌になるほどだ。この場所でアイツと顔を合わせた時だって失敗を経験したもんだ。

 

「失敗して初めて気付くこともある。気付きが自分の力を引き上げるバネに変えることもできる。まだキミの演奏をちゃんとは聞いてはいないけど、いい奏者になれると俺は思うよ」

「……!」

 

 俺の話を聞いてか、桜内さんの目が大きく広げて見つめてきていた。水晶のような瞳にはさっきまでなかったキラキラと輝く小さな光たちが瞬いて見えた。俺はその目に一抹の希望を見た。

 

「私……できるかな……?」

「できるさ。キミにはその可能性を秘めている。ここで諦めるには少し早いと思うんだけどね」

 

 不安を抱えた表情で見上げる彼女は、一度、目をそらして複雑な表情を浮かばせて考え込んだ。自分自身と葛藤しているのか、グッと眉をひそませて迷いを感じさせていた。

 そして、目を閉じて一呼吸置くと、再び彼女は顔を上げて俺のことを仰ぎ見た。決意のこもった表情がそこにあった。

 

「宗方さん……! ありがとうございます。少し、胸につかえていたものが取れたような気がします。私、もう少しだけ頑張ってみます……!」

「あぁ、頑張れよ。桜内さんがちゃんと演奏できる時が来たら聞かせてくれるかな?」

「はいっ……! 絶対、宗方さんに私の演奏を聞かせてあげられるようにします」

 

 桜内さんの声に自信がついた。まだ若干、不安気な表情を浮かべてはいるけれど、さっきよりいい顔になっているように思えた。

 

「そうだ。桜内さんにこれを渡そう」

 

 俺は持ち合わせていたカバンからファイルを取り出し、数枚にまとまった用紙を彼女に手渡した。受け取った桜内さんは、何かしら? と首をかしげながらそれに目を通すと、あっ、と声が出た。

 

「む、宗方さん……こ、()()()って……!」

「それは、今キミが使っているピアノの()()()()()()()が作った曲の楽譜だ。俺も編曲に携わったが多くはアイツ1人でやったものさ。クラシックとは違う曲調だけど、息抜きに弾いてみたらと思ってね」

「あ、ありがとうございます……! 大事にさせていただきます!」

 

 感謝の言葉をかけてくれた桜内さんは、花開いたような笑顔を浮かばせた。よっぽど嬉しかったのか、渡した楽譜を抱きしめるように持つのだ。まるで、プレゼントを渡されて喜ぶ子供のような様子で。

 

「さて、そろそろ俺は行くことにするよ。ちゃんと、ここの鍵は返しておくんだよ」

「はい! 今日は宗方さんとお話しできてよかったです。またお会いすることがありましたらゆっくりお話ししてもよろしいですか?」

「もちろんさ。その時が来たらまたよろしくな」

 

 そう言って軽く手を振りつつ、桜内さんのいる教室を後にした。桜内さんは去り際にお辞儀して送り出してくれた。礼儀正しい子なんだなと、彼女の話しぶりや仕草を振り返りながら思うのだった。

 

 

 そう言えば、また会うって約束しちゃったが、真姫たちにとがめられないだろうか? アイツら以外の異性と話をすると、すぐ剣幕するから困ったものだ。いっそのこと、1年生同士で仲良くなってくれたら少しは変わるんじゃないだろうかな?

 いろいろ思考してはみるけれど、どうなるのかなんて俺にはわかりきっこない。すべてはアイツらの器量によるのだろうけど、心配でしかないのだ。

 

「さて、すぐ帰るとするか……っと、その前に———」

 

 下校しようとしていた俺は(きびす)を返す。やっておかなくちゃいけないことがあったからだ。

 

「———絶対、洋子がまた監視カメラで見ていただろうよ。その映像を消しておかなくちゃ俺の立場が危うくなる……!」

 

 以前にも似たようなことを洋子に迫られたことがあったから用心しなくちゃいけない。すべては俺の身の保証のためだと言い聞かせて洋子のいる部屋に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 その夜———

 

「———っと、これでいいかな? 今日はいい練習ができた気がする……!」

 

 学校での練習を済まし、自宅に帰宅した桜内梨子は、自室のベッドに腰かけてつぶやいた。いつもは不安な気持ちでいっぱいだった彼女が、今日は満足そうな気分で実に嬉しそうだ。

 

「これも宗方さんとお話しできたからかな? けど、まさかあの宗方さんとお話しできるなんてね」

 

 梨子は彼と話をしたわずかなひと時を思い返すと、ふふっと笑みを浮かばせる。

 以前から学校中の噂になっていた蒼一のことは、進級してきたばかりだった当時の梨子にも届いていた。スクールアイドル研究部の音楽指導者という肩書は、同じ音楽に関わる彼女にとって興味深い存在だった。

 ただ、内気な彼女には知らない人——それも年上の男性と話をすることに気が引けてしまい、声をかけるタイミングを計り損ねていた。彼のことを知りたい、と学校で行われていたμ'sのライブに何度か足を運んだことがあった。そこで耳にした曲は、彼女の音楽の世界観に強い影響を与えた。彼女もまたクラシック音楽ばかりを耳にする人であったので、真逆の音楽に触れることは未知との遭遇に近かった。だが、彼女の聞いた音楽は、とてもあたたかく、やさしい思いに包まれた心地よいモノばかりだった。

 これが、宗方さんの教える音楽――! 彼女の彼に向けられる興味は一層増す一方、自らの音楽と向き合わなければならない課題が浮上するようになっていた。試行錯誤を何度も重ねてはみたものの解決は見いだせなかった。

 

 そんな時、今日、彼に会えた。

 彼と会って初めて話をしてみた。本当は話すつもりはなかったが、自分の抱えている悩みを口にしてみたら彼からたくさん教えてもらえた。勇気もくれた。自分一人では解決できなかった悩みに光を照らしてくれたのだ。梨子にとって今日という日は忘れられないものとなったのだ。

 

「そうだ。渡されたあの楽譜をまた見ようかしら」

 

 思いついたようにカバンから楽譜を取り出すと、五線譜に描かれた筆跡を目にして音楽を楽しんでいた。音符や記号を目でなぞっていくうちに、自然と鼻歌がこぼれ出てくる。

 

「———うん、いい曲♪ こんなに素敵な曲を西木野さんが作っているのね。すごいなぁ……私も、こんな素敵な曲を作ってみたいわ」

 

 ベッドに背中を預けて寝転ぶと、嬉しそうに微笑んで天井を見上げた。

 作曲をしてみたい——先日まで音楽で悩み落ち込んでいたとは思えない彼女の言葉だ。けれど、彼女にとってみれば、そう思えていることが一番充実している時間なのかもしれない。

 

 梨子は再び楽譜を読みだし、以前に見たμ'sのライブのことを思い浮かべながらこの曲を口ずさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユメノトビラ~ずっと探し続けた~君と僕との~つながりを探し~て~た~♪」

 

 

 

(次回へ続く)

 




 どうも、お久しぶりです。雷電デス。

 月一ペースが基本となりつつある今日この頃ですね。
 この一か月で自分が作家になって4年目を迎えたり、1つ歳をとったりといろいろありました。昨今では、コロナの影響で休業だったり自宅待機をされている人が多いようですが、自分のところは平常運転なので常に現場です……私も休みたい!!

 さて、今回の話でようやく登場しました、()()()A()q()o()u()r()s()の最後の登場人物の梨子ちゃん。夏合宿編ではすでに8人を登場させてましたから後残すは…と思いながら早2年。ようやく登場させることができました……。ここで登場した梨子ちゃんは、アニメ第一期の性格や心情をそのままにさせた状態で登場させました。実際、ここの世界線でこの先どんなふうになっていくのかは教えられませんが、アニメ通りでないことだけは確かです。ただ、そこまで描くことができるのかは不安なところなのですが……。

 梨子ちゃんは音ノ木坂に所属させていますので、またどこかで絡みがあるかもしれないので見守ってくださいませ……。

 では、また次回。



今回の曲は、
桜内梨子/『ユメノトビラ』

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