蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第203話


問:普通の恋とは?

 

“恋人”

 

それは——恋しく思う相手。通常、相思相愛の間柄のことを指す。(辞書調べ)

 

恋愛において、告白を決めてこれに成功した者が得る存在で、時にはやさしく、時には激しく自らと接してくれる存在である。これは人によって異なるものだが、多くは“恋人”がいるだけで今までにない安心感を覚えるそうだ。

 

 

時に、ここ音ノ木坂学院にも恋人を持つ者はたくさん存在する。中でも、いま脚光を浴びるスクールアイドル研究部の面々は全員恋人持ち。しかも、その内8人は同じ1人を恋人として持つという常識外れな関係を築いている。これが世間に知れたら大ごとになるため、彼女たちは毎日入れ替わりながら秘密の恋を繰り広げていた。

 

一方で、メンバーの中で唯一普通の恋愛をしている彼女、星空凛は初めての恋人に毎日浮かれた気持ちでいる。他8人より遅れての恋だが、充実した日々を過ごせている様子は誰の目から見ても明らかだ。最近では、そんな彼女の恋模様を話したりと惚気る姿がメンバーたちを和ませるのだった。

 

その凛が急に彼女たちに対してこう聞いてきた。

 

 

「ねえ、“普通の恋”ってどんなのなの?」

『…………』

 

緩やかな空気が一瞬にして硬直した。

凛の問いに対して彼女たちは表情を硬くして沈黙する。何故ならば、彼女たちは“普通の恋”というものがどういうものなのか。恋をしているはずの自分たちの行動は果たして普通なのか?

それを深く考える自問自答の時間が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

問:普通の恋とは?

 

 

放課後、μ‘sの部室で唐突に始まりを迎えたこの議題。深く考える必要もないことなのだが、彼女たちにとっては重要だ。自分たちがしている恋とは果たして普通なのか? それとも、異常なのか? この難題(?)を前に唸る彼女たちだが少なくとも何人かは自覚していた。

 

「(確かに……まとも、じゃないわね……)」

「(あかんなぁ……ウチのこと言われてるみたいやわ……)」

「(わ、私みたいに暴走しちゃうことも含まれちゃう、よね?)」

 

絵里、希、花陽。冷静な分別を付けられるこの3人だけは普通ではないと自覚できた。

とすると、残りの5人はというと……

 

 

「凛ちゃん! 穂乃果に任せてよ! 私が凛ちゃんの言う“普通の恋”というものを教えてあげるよ!」

「だめだよ穂乃果ちゃん。ここはことりがちゃんとわかるように教えてあげるんだからね♪」

「いけません、2人とも。凛には私からちゃんと教えつけておきますのでお気になさらずに」

「何言ってるのよ。凛に教えるのは当然同じ学年である私に決まってるじゃない!」

「だめだめ、アンタたちじゃ話にならないわ。ここは恋のいろはを熟知したにこにーにお任せよ♪」

 

不思議なくらい自信たっぷりに胸張って主張しているのだが、この5人……みんなまともではない。

 

恋人を虜にさせるためならと言葉巧みに操り、籠絡させようとしてきたにこ。

財力と類稀(たぐいまれ)な美貌で恋人の欲を誘惑してきた真姫。

家に伝わる房中術と暴走ずる自我で恋人を丸め込んできた海未。

どんなに離れていても場所を嗅ぎ付け、その無邪気な性格で恋人をたらし込めてきた穂乃果。

そして、この中で最も強烈で手に負えないのがことり。4人のいいとこ(?)取りして成形された彼女は、その魅惑の肢体と悪魔のような囁きで幾度となく恋人を貪ってきた女。それが人前だろうが構うことないため、ここにいる彼女たちの悩みの種でもあった。

 

果たしてこの5人がまともに見えるだろうか……? 十中八九ありえない。たとえ大地が割れることがあっても決して首を縦に振ることはできないだろう。それほどまでに非常に危ないヤツらなのだ。

 

まずい……非常にマズい……!

 

5人が語る横で絵里ら3人は非常な焦りを感じていた。純粋な凛はきっと、この5人からの間違った情報を教えられれば鵜呑みにしてしまうに違いない。それで何の疑いもせず行動に踏み切ってしまうだろう。そうなれば目も当てられなくなってしまうのは想像せずともわかってしまうのだ。

 

ここは私たちが何とかしなくちゃ……!

絵里たち3人は互いに目を合わせて頷き、凛のためにもこの話題を無事収束に向かわせることを決意した。

 

 

「じゃあ、今日は凛ちゃんの恋愛相談について考えようよ! 名付けて、『ドキドキ恋愛相談』だよっ!」

 

取り仕切るように声を上げた穂乃果はやる気満々だ。ただ穂乃果は時々突拍子もないことをしでかすので、動悸からくるドキドキで胸が詰まりそうだ。3人の不安は一気に増していく。

 

 

「それじゃあね、凛ちゃんと弘くんが今どこまで進展してるのか教えて~♪」

 

るんっと満面の笑みで語りかけてきたのは、ことり。この場で最も危険視しなくてはならない彼女が誰よりも先に声を上げたので目を見張った。しかし、意外とあっさりした質問だったのでひとまず安心。

 

「え……え、っと……」

 

ことりからの問いに凛は顔を赤くして戸惑っていた。それもそうだ、明弘との赤裸々な実情を口にすることは初心な凛にとって恥ずかしいのだ。2人だけの秘密のようなところもあり、口にすることもはばかってしまう。

だが、みんなには世話になったからと恥ずかしながらもゆっくり口にする。

 

「い、いっしょに手を繋いで、買い物にも行って……ちょっぴりおしゃれなお店でご飯を食べたり……あっ、あと……」

「あと……?」

「そ、そのっ……ちゅー……してもらったり……」

「キャァ―――!! ステキィ―――!!」

 

耳まで赤くした凛が意を決して口にした内容にことりは、わっと叫んだ。赤裸々で羞恥を含む凛の話がことりの心をくすぐり、年頃の乙女らしい反応をしてしまう。純粋にこうした人の恋バナを聞くのが好きだからなのかもしれない。

 

「それでそれで! その後は!?」

「えっ!? そ、その後って……?」

「それは決まってるよ~! 弘くんとキスをしたんだから他にもシたことがあるじゃないかなぁ~?」

「え? ええっ?!」

「ことり……その言葉の表記、おかしいわよ……」

「え~? 何が~?」

 

ことりの言葉に違和感を覚えた絵里が突いてみるも、当の本人は何事もないように振舞って見せた。さも、聞くのが当然だと言わんがばかりの反応をするので頭を抱えてしまう。

あぁ、ことりってば……! ()()()()ことりの顔が絵里の視界にチラつく。多分——いや、(はな)から聞こうとしていたことじゃないかと顔をしかめた。純粋な凛になんてことを聞くのだと彼女の感覚を疑ってしまうが、それがことりなのだと再認識させられる。

これに凛はどう答えるのだろう? 息を呑みながら絵里は見守った。

 

「えっ……えぇっと……そのっ……」

「ち、凛、無理に言わなくたっていいのよ? 別にそこまで聞きたいってわけじゃないから……」

「せ、せやで~……凛ちゃんの心の中にとどめてもええんよ?」

「……む、無理しなくていいからね……!」

 

まだ顔を紅潮させたままでいる凛は狼狽したままだ。キスしたことですでにあれだけ羞恥心をあらわにしているのだ、それ以上のことなど言えるわけがない。3人は押し留めようと促しのだが、そこにことりが———

 

「だめだよ~3人とも~。凛ちゃんが答えようとしているのに、邪魔しちゃ……ね?」

『………!!!』

 

背後から掴まれたような声を発して背筋を震えあがった。この震えには身覚えがある……以前、触れたことのある狂気と同じものを……。今は見え隠れしているが、時々見せる狂気はいつになっても恐ろしかった。これが彼女を止めなければならない理由であり、一方で止められない理由でもあった。

 

「さあ、凛ちゃん! ことりに教えてぇ~凛ちゃんと弘くんがどんなことまでしたのかをねぇ~?」

 

ニタリと湿った笑みをこぼすことりは、なおも悪魔の囁きで催促をかける。もはや、彼女を止められる者はいない。ただ見守ることだけでしかできなかった。

 

「あっ……」

 

狼狽する凛の口がようやく開かれるとことりは前のめりになって聞こうとする。どんなことが聞けるのだろうかと胸の内をワクワクさせていた。

 

「あ……その……やっ…………たの……」

「ん~~~? なんて言ったのかなぁ~?」

「だっ、だから………いっしょに、寝たの……」

『おぉっ?!』

「寝たの!? 寝ちゃったんだね! 弘君と!!」

「凛……! まさか、そこまで進展していたとはとても良いことですよ!」

「やるじゃない! 見直したわよ凛!」

「さすがだわ! にこよりも早い展開だわ!!」

 

ことりに加えて穂乃果たち4人もどよめく。それまでことりに隠れていた4人がここぞとばかりに口をそろえた。みんな凛の話に興味津々だった。

 

「それで! 弘くんと一緒に寝てどうしたの!? その後はどうしたの!?」

 

うるさいくらいに息を荒げて聞いてくることり。もっと深く掘り下げればまだまだ出てくるかもしれないと目の色を変えて迫った。

いけない——、まずいと直感した絵里はことりを止めようと抑えるも止まる気配が全くない。体格差で秀でている絵里が抑えているのにこのぐいぐい押し込んでくる気迫に圧倒されそうになる。なぜそこまでこだわろうとするのか、ことりの執念のようなものが知りたくなる。

 

「凛! 答えなくたっていいのよ!」

 

ことりの言葉に惑わされないように、と喚起する絵里だが凛には届いていなかった。羞恥心が高まり思考が硬直しだしていた。深く考えすぎて周りが聞こえなくなるそれだ。そのせいで絵里の言葉が届かないでいた。

今、凛の中では全部話してもいいのかと葛藤が起きている。もう口に出してしまっていて、ここで止めるのも悪い気がして……でも、話すのが恥ずかしくって……と気持ちが揺らいでいた。紅潮させた顔をうつむかせ、身を縮こませ両手をもじもじと弄りあやして悩み深めている。

 

だが絵里の思いとは裏腹に、凛は答えようとする素振りを見せだした。そこには自分が明弘と結ばれたのもみんなのおかげだと言う思いがあり、話しするだけなら……という気持ちがあったのだ。律儀というか、まじめと言うべきか、健気にも思える凛の思いがこの5人にいいようにされるなどとは思わないだろう。

恥ずかしい気持ちをギリギリのところで抑えながら凛は口を開いた。

 

「………そ………っ」

「そ……?」

「……そ…その後は……っ」

「その後は……っ!?」

 

意を決した凛がゆっくり口に出し始めると、ことりはますます落ち着かなくなる。黒い瞳を光らせた獰猛類が今か今かと待ちわびているように騒がしい。ダメだと何度も喚起する絵里でも2人に歯止めが利かなかった。

 

そして、凛が話した―――

 

 

 

 

「………その後は、ね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………あ、朝まで……手を、握ってくれたの……///」

 

 

『………………ん?』

 

 

暫しの沈黙が流れた。

すぽんっと何かが抜けてしまったかのような間抜けた空気が漂いだした。興奮しきっていたことりも、それを抑える絵里も、そしてここにいた誰しもがこう思ったことだろう。

 

 

 

「思ってたのと違うッッッ!!!」

 

全員の総意を汲んだような叫びがことりの口から発せられた。

 

「凛ちゃん違うよ! そういうのじゃなくって……もっとこう、身体と身体の密着が濃いことはなかったの!?」

「う、うん……あったよ……///」

「それだよそれっ! ことりはそれが聞きたいの! 凛ちゃんと弘くんの生々しい濃厚なひと時を……!」

「……抱きしめて、くれたの……凛の身体をね、ぎゅぅ~っと、ね……///」

「ちゅ……ちゅぅ~~~ん………ッッッ!!!」

 

ことりはうなだれるように愕然とした。彼女が考えていることとはまったく別のことを話されて何も言えなくなったからだ。無論、他7人もことりと同じことを思っていたというのは言うまでもない。

自らの考えと大きく異なっていた事実に身体がふらつくことりに、凛がさらに話をした。

 

「あっ、あのね……凛はことりちゃんに感謝しているんだ。告白することに勇気がでなかった凛の背中を押してくれて、おかげで弘くんの恋人になれて……凛ね、今とっても嬉しいの! 毎日が嬉しくって楽しくって、言葉だけじゃ言い表せないくらいなの!」

 

ぱぁっと明るい笑顔を振りまきながら凛は嬉しそうにしゃべった。あの満足そうな顔を見ればどれだけ嬉しい気持ちになっているのか想像しやすい。この感謝し尽くせない思いがことりに向けられると、立ちくらむような気分になる。

 

「……や……こ、ことりはそんな大したことは……」

「ううん、ことりちゃんのおかげだよ。あのライブの時に調整してくれた衣装を着れたことで本当に勇気が出たの。もし、あれを着なかったらまだ自分に自信が持てなかったかもしれない……女の子の自分として向き合えなかったと思う。けど、あれは女の子憧れだったから……凛も憧れのことをもうひとつ叶えたいって思えるようになれたんだ。だからね―――」

 

凛は一歩前に出て、ことりの手を掴んで言った。

 

「ありがとう、ことりちゃん! ことりちゃんは凛のキューピットだにゃ!」

「………っ!?」

 

思いもよらない言葉をかけられて、ことりは衝撃を受けた。まさかここで感謝をもらえるとは思いもしなかったからだ。それに彼女は、凛の口から生々しい男女の話を聞こうとし、そのまま自分たちと同じ色に染めてやろうと企てていたのだ。

それだのに、こうも感謝されるとは思いもよらず、彼女の心に鋭いものを突きさした。

 

「それでね、ことりちゃんにはこれからもいろいろ相談するね。恋の先輩としてたくさんのことを教えてほしいにゃ!」

 

凛の穢れを知らない無垢な瞳がことりに臨んだ。その眼差しにことりは心情を激しく揺らし、苦悶しながら顔を背けだした。

 

「ことりちゃん……?」

 

ことりの急な変化に心配そうに見る凛。すると、ことりは身体の向きを変えると出入口に向かい扉を開けた。

 

「ごめん、凛ちゃん……ことりは協力できないよ……」

「え!? ど、どうしてなの!?」

「だって……だって、ことり……ことりは………」

 

肩をすくませ、小さく震えだすと泣き出すような声を上げて叫びだした。

 

「ことりは穢らわしい女だからぁぁぁ———!! 凛ちゃんを穢すことなんてできないよぉぉぉ———!!!」

「こ、ことりちゃぁぁぁ――――ん?!!」

 

悲鳴にもよく似た声で叫ぶことりはそのまま部屋を後にして廊下を駆け抜けていってしまった。自分とはあまりにも価値観が違っていたことや、単純に凛の純粋さに恐れてしまったことが原因だろう。ドス黒く染まりきってしまった自分とは相容れないと知ってしまったことと、あの純粋さを失ってしまった後悔の念との狭間にことりは放り込まれ苛まれるのだった。

 

「あのことりをあそこまで……!?」

「凛ちゃん、なんて恐ろしい子……ッ!」

 

誰もが危険視してきたことりをああまでさせたことにみな驚愕した。同時に、自分たちも凛のような純粋さを失ってしまったことへの後悔を抱き始めようとしていた。

 

 

「ねえ、みんな―――」

『———ッ!!』

 

急に声をかけられたものだからみんなビクッとしてしまう。ことりに振ろうとしていた話をこちらに持たせようとしているのか、と思うと震えてしまう。何せ、彼女たちではまともに答えることなんてできないのだから……

 

「“普通の恋”って、どんな感じなの……?」

『……………』

 

誰も答えられない。さっきまで息巻いていた4人も、傍観していた3人も結局答えることができなかった。先ほどのことりのを見たからというのが最大の要因でもあるが、何より彼女たちの心に映ったのは———

 

 

『凛の純粋さを壊しちゃいけない』

 

 

―――この一点だけが共通認識として彼女たちの胸に残ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

問:普通の恋とは?

 

 

この設問は彼女たちにとって永遠の課題となるに違いない。自分たちの行いを顧みて、それが本当に正しかったのかどうか、それを確かめる時間がこの先続くことになるだろう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇええ~~~~ん!!! ことりは普通じゃないの~~~~!!! ぐすん……こうなったらとことん普通じゃなくなっちゃうもん! 蒼くんが来たら保健室に連れ込んで……あ~ん♪ なことや、や~ん♪ なことをしちゃうんだからね!!」

 

 

 

……続かないだろうけど……

 

 

 

(次回に続く)

 




どうも、うp主です。

ここ数日、コロナのせいでどこにも行けず、ただ仕事ばかりをする日々を送っております。他の職種の人は休んでいると思われますが、自分の職は休む間もなく働き続けなくちゃいけない……

……休みたい……。



と言った具合でぼちぼち書いております。
執筆歴ももう4年にもなり書き重ねた作品もかなりの量になりました。以前のような速度で書くことはできませんが、ゆっくり書き続けていけたらと思っております。

では、また次回。

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