蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第200話


その鐘を鳴らすのは…?

 

 

 

「あ、あのっ……」

『凛ちゃんっ?!』

 

 明弘が凛に会いに行ったその翌日——μ’sが集まる部室に凛が現れたのだ。

 昨日は学校を休み、今日も学校が終わっても顔を出すことがなかったので来ないのかとみんなが心配していたところだったのでみんなして驚いた。

 特にいち早く反応したのは幼馴染である花陽だ。ここ2日、音信不通の凛のことが心配で落ち着いていられなかった彼女にとって凛に会えたことがどれだけ嬉しいことか。花陽は凛の手を握りだして胸元近くに寄せて今にも泣きだしそうなくらいのぐずった声で喜んだ。

 

「凛ちゃん……っ! 凛ちゃん……っ!」

「か、かよちん……心配しすぎだよぉ……」

「だって……だって……! 凛ちゃん、あの後すぐどこかへ行っちゃうし、お家に行っても会えなかったし……もう、心配したんだからね……!」

「かよちん……ごめんね」

 

 花陽の悲しそうな声を聞いてか凛にも悲しい表情が浮かび上がる。感性が豊かな凛は相手の感情に強く影響されやすく、特に悲しい感情には敏感なのだ。

 

「まったくだわ。みんなに心配かけすぎだってことちゃんとわかってるの?」

「ま、真姫ちゃん……! ごめんなさい……」

 

 眉間にしわを寄せて少しキツめに言う真姫。

 

「とか言っちゃってるけど、心配しすぎちゃっておどおどしてたのは誰だったっけなぁ~?」

「のっ、希!?」

 

 心配していない素振りでもしようとしていたのだろうか。希の茶々によって真姫の考えは裏目に出てしまうことに。それに気づいた凛はシュンとしていた顔をぱぁっと花開かせるように明るくさせた。

 

「真姫ちゃん……!」

「ち、違うわよ……! べ、別に凛のことを心配していたわけじゃ———」

「ま————きちゃあ————ん!!!!!」

「ぅええぇっ?! ちょっ、凛っ! 急に抱き着かないでよ!」

「真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃあ~~~~ん♪ だーい好きだにゃ!」

 

 真姫の秘めたやさしさに気付いた凛は思わず猫のように飛びついた。一方の真姫は、急に抱き着かれた上に頬ずりもされて彼女の威厳は見事に損なわれた。それをまた茶化すように希とにこが横やりを入れてくる。

 

「よかったなぁ~真姫ちゃん♪」

「真姫も素直じゃないわよね~。嬉しいならハッキリ言っちゃえばいいのにね」

「べっ、別にうれしくなんか……」

 

 言葉をかわそうとするものの、凛を遠ざけることもしないのがなんともまんざらでもない様子だろう。そんな一年生たちのやりとりを見てほほえましく感じてしまう三年生たちと指導者の2人だ。

 

「凛、本当に大丈夫なのか?」

 

 心配そうに声をかける蒼一。でも、その心配を跳ね除けるような元気な顔を傾けて笑った。

 

「大丈夫だよ、蒼くん! 凛はこのとおり元気いっぱいなんだにゃ!」

「そうか」

「あと、ね。昨日は練習を勝手に休んでごめんなさい。今日その分がんばるからね!」

「いいんだよ気にしなくても。とにかく、凛が元気になってくれてよかった」

 

 無邪気に笑う凛を見つめると自然と安堵の吐息が漏れた。いつもの凛が戻ってきたと彼は嬉しそうにほほ笑むのだ。

 

「それじゃあ、早く練習しよ? 本番は明日なんだから張り切らなくっちゃ!」

 

 本来の調子に戻ると、凛は代理リーダーとしての役割を果たそうと気合を入れだした。明日の本番に向けて最後の調整をしないと、と力が湧いてくる。

 

「——と、その前にだ。凛に渡さなくちゃいけねぇモンがあるんだ」

「えっ……?」

 

 凛がやる気になっていたところに今度は明弘が声をかける。その時、凛の声色が若干高くなったようにも聞こえたように思えた。

 すると明弘は、おもむろに紙を取り出してこれを凛に手渡した。先日、蒼一から渡された新しい方の歌詞が書かれたものだ。凛は受け取るとなぞるように読みだすと驚いたように目を丸くする。

 

「こ、これって……!」

「明日、ライブで歌う曲の新しい歌詞だ。そっちの方がいいって兄弟と話し合って、急遽決めたんだ」

「え?! で、でもこれは……!」

 

 驚くのも無理もない。凛が以前手渡された歌詞とはまったくの別物と言うべき代物で、すでに以前の方で歌を覚えてしまっている彼女からしたら当惑するしかない。何より、書かれている内容が———

 

「こ、こんなにかわいい歌、歌えないよぉ……」

 

 この歌詞は今までにないくらい乙女な要素が豊富に含まれていた。かわいいことにコンプレックスを抱いている凛にとって、この全面的に押し出すほどの歌を自分の口から言うことには引け目を感じていた。

 

「凛ちゃんっ———!」

 

 凛の表情に曇りが生じ始めようとしていた瞬間、花陽が飛び出て凛の手を握りだして言った。

 

「できるよ、凛ちゃんならできるよ! だって凛ちゃんは、こんなにかわいいんだよ? 歌っちゃいけない理由なんてないよ!」

「か、かよちん……!」

 

 凛は親友の言葉を聞いた。とても必死そうに語りかけていて言葉に圧倒されそうになりかけながらも花陽の言葉を聞いたのだ。

 

“かわいい”

 

 以前だったら耳を背けていたかもしれなかった言葉。自分には不釣り合いな言葉として見ていたのに、今は違う。向き合っていこうとする気持ちが付き始めたのだ。まだ戸惑うところはあるものの、こうして花陽から素直な言葉で言わると受け止めようとしていた。

 花陽は話を続ける。

 

「凛ちゃんは私がスクールアイドルをやりたいって言った時、背中を押して勇気をくれた。だから、今の私がいるの。今度は、私が凛ちゃんに勇気をあげる番———」

 

 やさしく流れるような言葉を凛にかけ、握っていた手を今度はそっと包み込む。花陽のやさしい熱が伝わってきて、不安な気持ちが解れていく。

 

「凛ちゃん。この歌詞はね、花陽の……ううん、みんなで考えてつくった凜ちゃんへの歌なの」

「えっ、そうなの!?」

「うん。だからね、これにはみんなの気持ちがたっくさん詰まっているの。凛ちゃんが勇気を持てるような私からの精いっぱいの気持ちを込めてつくったの」

「かよちん……ありがとう、かよちん……ありがとう……っ!」

 

 花陽のやさしさに胸が熱くなり、涙が込み上がってくる。ここまで自分のことを心配してくれる、支えてくれる、認めてくれる人がいてくれることに泣きそうになった。

 

「凛」

 

 熱くなった肩に手を添えて明弘はささやく。彼の声を聞くと自然と顔が向かいだす。涙袋を十分に赤くさせたしおらしい顔が彼を見つけると、嬉しそうな、でもまだ泣き出しそうな表情になる。そんな彼女を見てか、明弘は励まそうとしたのだろう屈託のない笑みを浮かばせたのだ。そして、花陽と同じくらいのやさしい声で言うのだ。

 

「もう無理なんかしなくたって構わねぇ。凛が、本当にしたいことだけをしたらいいんだ」

「凛の、したいことを……?」

「あぁ。ずっとしたくてもできなかったことを今やってみてもいいんじゃないか?」

 

 凛のしたいこと、やりたいこと——

 その時、凛の脳裏に浮かんだのは明弘と2人で買い物に出かけて行った時のこと。あの日、初めてウェディングドレスというものを目にした時のことを鮮明に思い起こした。

 ウェディングドレスは女の子のあこがれの服——花陽が教えてくれたことだ。あの日見たそれは確かに綺麗で着てみたいと思ってた。でも、自分は女の子っぽくないからと着ることをためらっていた……。

 けれども、彼のあの一言が凛を決心させた———

 

 

 

『凛のウェディングドレス姿が見てみたいんだ』

 

 

 

 それを聞いた途端、彼女の胸は高鳴った。恋する人からの願いをかなえてあげたい、そんな思いが彼女を後押しさせたのだ。

 また、もし自分がかわいい女の子になれる時を迎えられるのなら、一番最初に彼に見せてあげたい——と願っていた。

 

 凛のしたいこと、本当にしたいことは——本当はもう心に決まっていたのかもしれなかった。

 凛はもう片方の手をきゅっと軽く握ったまま、胸元に添える仕草をした。気持ちを落ち着かせ、心に思い描いたことを脳裏に鮮明と映し始めた。そして凛は、頬を赤くし、朗らかで、くしゃっとした笑みを浮かばせて言葉を紡いだ。

 

「……したい……凛、やってみたいよ……!」

 

 精一杯の思いを込めて発した言葉は、集まったみんなの耳にちゃんと届いた。凛の決意に花陽は目元に涙をいっぱいにためて、ぐずついた様子で喜んだ。

 明弘も凛のもう片方の手を握って、任せろ、と安心感を詰め込んだ言葉で返した。この2人のやさしさに胸打たれ、留めていた涙がついに決壊し流れ落ちた。涙が一粒一粒落ちていくたびに、彼女の辛苦の思いが洗い流されていくようだ。そして生まれ変わるのだ、新しい自分になるために……

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 本番当日————

 

 初めて訪れる会場に圧倒されている様子でいるμ’sの面々。ファッション企業が主催するとあって、どこもかしこも業界の関係者たちがひしめき合っている。学生たちでとりまとめられたラブライブの会場とは違う大人の世界。今日ここで自分たちがステージに立つのだと思うと緊張の色が浮かび出てくる。

 

「どうした? まさか、ここにきて緊張して動けないとかないよな?」

 

 周囲からの圧に顔色一つ変えない様子でいる蒼一は彼女たちに声をかける。

 

「まっ、まっさかー! そ、そんなわけないでしょ?!」

 

 それに反射するようにすぐ返すにこだが、誰にでもよくわかるほどの緊張感が表れていた。

 

「にこちゃん、それ全然説得力ないんだけど……」

「う、うるさいわね! こんなところにいたら誰だって緊張しちゃうでしょ!」

「にこちゃんくらいじゃないの、それ? 私は小さい頃からパパに付き添って社交界に出ているから平気だけど」

「むっ、ほんと生意気ね……!」

 

 手慣れていることを盾に真姫はにこに茶々を入れている。別に突っかからなくてもいいのに、と2人のやりとりを眺めながら蒼一は思うのであった。

 

「兄弟、そろそろ時間になるぜ」

「ん、そのようだな」

 

 時刻を確認してみると、出演者たちが待機場所に召集される時間が近づいていた。少し急がなければ間に合わなくなると若干早足になる。実際に出て行くのはμ‘sだが、蒼一と明弘はその関係者として今回特別に一緒に行動することが許可されていた。そのため、2年生たちを除いた8人は準備された控室に入るのだった。

 

「お前たちは先に着替えを済ませておくように。プログラム通りであれば早めに出て行くらしいから準備しなよ」

『はーい!』

 

 彼女たちは明るい返事をかけて、それぞれ更衣室に入っていく。

 

「私、タキシードとか初めて着るからやり方がわからないかも……だから、手伝ってくれると嬉しいんだけど?」

 

 思わせぶりな言葉で蒼一に艶めいた声で言い寄ろうとする真姫。ここぞとばかりに誘惑を仕掛けようとするが、彼女の思惑を理解している彼には通用しなかった。

 

「嘘をつくんじゃないよ。昨日までに3回自分で着ていたのにわからないとか言うなよ」

「むぅ~、こういうのは普通誘われたら引き受けるものでしょ?」

「“普通”ならな。けど、人目が付くところでそんなことできるわけないだろうが。しかも、マスコミとかに嗅ぎつかれたらそれこそ大変だ」

「大丈夫よ。その時は、パパにお願いしてもみ消してもらうから♪」

「はは……あの人もこんなやんちゃ娘に苦労が絶えないだろうな……」

 

 何が何でも彼のことを求めようとする真姫の欲求には歯止めが利かなそうだと、嬉しいような呆れるような悩みが彼の頭を痛ませる。このやり取りを見ていたのか、にこが少し怒り気味にやってきて真姫の手を引っ張って更衣室に連れ込んだ。蒼一にとっては嬉しいところではあったが、ちょうどにこから来たメッセージに『今日は真姫ちゃんじゃなくて、にこの相手をしなさいよ!』とあり、苦労が絶えないなぁ……と溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

―― 

―――

———— 

 

 

 ステージ開演まで数十分。あわただしい雰囲気は彼女たちが着替える更衣室にまで広がっていた。

 ここには業界で活動するプロからアマチュアまでのモデルたちが披露される衣装を身にまとい、着直しやメイクを整わせるなどの最終調整が行われている。本業とも呼べる人たちにとってこの場所は、彼女たちの人生を大きく左右させるところでもある。

 主催のファッション企業は業界でも大手のもの。アピール次第では誌面に載ることもできるし、集まった他社の目にも留まるため名前を売るには絶好の機会だ。そして、企業から声がかかれば専属として雇ってくれるだろうという期待もある。こうしたわけでここにいる人たちは表には出さないが内心躍起になっており、そのオーラが辺りからひしひしと感じられるのだ。

 

 そんな大人の女性たちの片隅に集まる少女たち。6人だけのμ‘sたちは凛を除くみんなが着替え終え、少し顔をこわばらせて辺りを見回していた。どこもかしこも見る人すべてが構える意識が違う——、衣装を身にまとい背筋をぴんっと張る絵里はやや不安そうに目を配った。

 絵里たちは女性でありながらタキシード服を身にまとっている。全身真っ黒で燕尾服の胸元からわずかに見える白いシャツがよく目立って見え引き締まった姿。ただ、男性ものとは違ってジャケットの裾がふわりと波打つような形のフリルがあしらわれて女性らしいやわらかさを感じさせられる。それに衣装に合わせて髪を束ねたりするメンバーもちらほらと……。

 今回、主催者から直々に声がかかって参加してみたはいいが、思っていた以上に緊張が漂う現場で息が詰まりそう。まるで、ラブライブのステージに立とうかとしている気分で気持ちが落ち着かない。何より、リーダーである穂乃果や海未とことりがいない6人だけ。全員が揃わないステージはユニットライブ以外では初めてのこと。それに伴う戸惑いは想像以上に感じているはず。

 

「結構、人が集まってるのね……」

「あわわ……緊張してきましたぁ……」

「せやね~ここに集まっとるのは、みんな本業みたいやし何だかウチらが浮いてしまってる気がするなぁ」

「何弱気なこと言ってるのよ! にこたちは今まで通りにやってればいいのよ!」

「……そんなこと言って、足、震えてるわよ?」

「……っ、うっさい!」

 

 いくらラブライブに出場し、たくさんのライブステージを行ってきた彼女たちでも緊張の色がぬぐえない。今までとは全く違った空気が流れている中で、いかに自分たちの存在感を示せるのか不安が広がっていた。

 こんな時、穂乃果がいたらどんなふうに勇気付けてくれただろうか……。穂乃果がいないだけでこんなにも不安にさせられるとは思ってもみなかった。あの無邪気な陽気がどれだけ自分たちのことを支えてくれていたのか改めて実感させられるのだった。

 自然と気分が落ち込み、溜息がこぼれてしまう……。

 

 

 そんな時だ———

 

 

 

「準備、できたよ——」

 

 凛の声だ。1人個室でずっと着替えを行っていた凛がようやく終わったことを知らせてくれた。その声にみな振り返った。

 カーテンが開かれ、姿を現す凛。その姿を見た5人は瞳孔を開かせ息をのんだ。

 

 

“綺麗”

 

 

 唇が無意識のうちに動いた。彼女たちの視線が凛の姿にくぎ付けになる。

 凛の身体は、穢れを知らない純白が華奢な胴を包み込み、気品ある美しさを放たせた。加えて、空気が含まれているようにやわらかなフリルスカートに背中の大きなリボンがかわいらしい淡い桃色に彩られている。そして、全身に飾られる満開の花の数々。まるで春の訪れを感じさせられるような、とびっきりかわいい女の子が立っていたのだ。

 

「りん、ちゃん……!」

 

 花陽は目に一杯の涙を溜め、震える唇を動かした。けれど、言葉よりも先に泣き崩れそうになって口元を押えた。凛がとってもかわいい姿になって目の前に立っている。あれほどかわいくなることにトラウマを覚えていた凛が、今ここにいる誰よりもかわいくなって立っている……! それだけで彼女はいっぱいいっぱいな気持ちにさせられるのだ。

 

「かよちん……?」

 

 花陽の様子に気付いた凛は心配そうに声をかけた。いけない、いま凛ちゃんを心配させちゃいけない——、花陽は落ちそうな涙をぬぐって向き合った。

 

「とっても……とってもかわいいよ、凛ちゃん……!」

「かよちん……! ありがと……!」

 

 大好きな親友に褒められて頬を赤くし、あどけない笑みをこぼす凛。あんなに嬉しそうに笑っている凛に花陽はまた目に涙があふれてきそうになる。彼女が抱えて続けてきたトラウマをようやく乗り越えられたのだと知ると胸にくるものがあった。

 

「凛、素敵よ」

「かわええなあ凛ちゃん」

「悔しいけど、今日の凛は最高にかわいいわよ」

 

 3年生たちも凛の姿に称賛の声を送る。

 

「凛。本当にかわいいわよ」

 

 あの日の出来事を目の当たりにしていた真姫も、凛の姿に目を潤わせて賛美した。生まれ変わった大切な親友の晴れ姿に心が震えるたのだ。

 

「真姫ちゃん、みんな……っ! ありがとう……っ!」

 

 みんなからの声援が彼女の胸を熱くさせたのか朗らかな満面の笑みを咲きほこらせたのだった。

 殺伐とした空気の中に咲く一輪の花。ずっと閉じていた青いつぼみが、この日、大輪の花を開かせようとしている。まだ満開ではない。これからまばゆい光を浴び初めてその花を咲かせるのだ。

 そして、その光を与えるのは………

 

 

「凛ちゃん!」

 

 凛は呼びかけてくる親友に顔を向けた。涙で目元が膨らんでいるのがわかるほど赤くなっている。泣くことはないだろうが彼女は、これだけは伝えたい、そんな様子で見つめた。

 

「明弘さんが待ってるよ」

「えっ、弘くんが……?」

 

 凛は目を丸くさせた。今の流れからでは想像もつかないこと。まさか花陽の口から彼のことが話されるなど考えてもみなかったからだ。

 

「凛、行ってきなさい」

「せやで、明弘も待ってると思うで」

「これから本番なんだから行くなら今のうちかもしれないわよ?」

「凛。あなたの本当の気持ちをあのわからず屋に伝えてあげなさい」

「み、みんな……」

 

 花陽に続いてほかのみんなも口々に言う。凛の彼に対する思いを知っているみんなは2人のためにしてあげられることは何かを考えていた。それが今なのだと言わずともみな理解していた。

 

「行って、凛ちゃん! 凛ちゃんの思いを弘くんに伝えて!」

「!」

 

 花陽は言葉をかけることで凛の背中を押した。彼のことでずっと悩んでいた姿を見てきた花陽ができる最後の手、それは多分、勇気をあげることなんだと。自分に勇気をくれたように、今度は私からあなたにへと………

 

「かよちん……みんな……」

 

 みんなからあたたかな眼差しが注がれる。誰もが凛の幸せを願っている、そんな様子だった。

 

「……うんっ! 凛、ちょっと行ってくるね!」

 

 決心した凛はハイヒールを履いてそのまま走って更衣室を出て行った。彼女を包む白く透明なベールが霞のようにかかっていて、まるでどこかへ消えてしまいそうに見えた。その様子に込み上がるものがあってか、花陽はまた顔を手で覆いすすり泣くので真姫が寄り添った。

 

「花陽……?」

「う、うん……大丈夫だよ真姫ちゃん。ちょっとね、嬉しかったの……やっと、やっと凛ちゃんが女の子らしい姿になってくれたんだって……もうひとりで歩けるようになったんだって……走っていく姿が私から離れていくみたいで……そのっ……なんて……っ」

「いいのよ、花陽。我慢しなくたって。今日は凛のひとり立ちの時だったのよ。私たちの助けがいらないほどに強く成長したのよ。今はため込めていたものを出して、あの子が帰ってくるときには笑顔で出迎えてあげましょう」

「……うん! うん……っ!」

 

 真姫の言葉で押し留めていたものが決壊したのか花陽は真姫の肩にしがみつき泣き出した。これまでずっと楽しい時も悩み苦しんでいた時もそばで見守り続けてきた花陽は、自分の役目がとうとう終わったような胸にぽっかり穴が開いたような寂しい気持ちに襲われたのだ。これからは自分の力で歩いていくんだ、と離れていく親友の姿に涙が止まらなかった。

 花陽を受け止める真姫も心が揺れて、同じく込み上がってくるものを感じた。涙は流さなかったものの、心は泣いていた。彼女の幸せを願うひとりの親友としての気持ちの表れであった。

 

「まるで、嫁入りしていく娘を見る気持ちにさせられるなぁ……」

 

 同じlily white(リリィホワイト)メンバーの希も物寂しい風に当てられるのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 ふわりひらりと衣装が舞う。不慣れなハイヒールにおぼつかない足取りに気を取られてしまうが、ちゃんと前に進めている。

 確かこの待機場所のどこかにいるはず……、辺りをきょろきょろと見回して人を探す凛。はじまりの時刻が近付き次々とモデルたちが集まって人が多くなり始めている。ましてや、連絡さえもしてないため探すのは困難だ。

 それでも彼女は、彼がいることを信じて目を凝らしだす。

 

 ステージが始まる前に見せたい、見せてあげたいの。誰よりも真っ先にこの凛の姿を見せてあげたいの! 約束した、必ず見せると約束を交わした。だから、絶対に見つけ出すんだ!

 強い意志を胸に、彼女はもう一度走って見回す。いつもとは違う格好だから動き辛く、うまく立ち回れない。そんなわずらわしさが彼女を焦らせた。

 

「あっ……!」

 

 くるりと振り返り進もうとしたら足が引っかかってバランスが崩れる。前のめりに転びそうになった!

 

 

 と、その時だ————

 

 

「———っ、とっ!」

 

 急に前から現れた腕に肩を抱かれたと思ったら、グッと後ろに引き寄せられ、背中に何かが当たった。一瞬、呆気にとられてしまった凛は、ぽかんとした様子になる。すると、何かが凛を引き寄せられて背中に触れるものがあった。そこからあたたかなぬくもりが伝わってくる。とても心地よく、安らかな気持ちにさせられる熱だ。

 

「大丈夫か、かわいいお姫様?」

 

 少し声高の落ち着いた声。わずかに陽気な声色を感じさせる言葉遣いに凛の表情に茜色が射す。顔をおもむろに返すと目を見張るような様子となる。

 

「ひっ、弘くん……!?」

「よぉ」

 

 明弘。凛が探していた人。

 こんなに近くで、それも抱えられるようにして見つけてしまう……いや、見つけられてしまうことになるとは夢にも思わない。こんな近くで彼を見つめ、熱を直に感じてしまうと胸が苦しくなってしまう。

 

 一方の明弘はと言うと———

 

「慣れない衣装で走り回るからすっ転ぶんだ注意しろよ?」

 

 と、子供をしつけるような注意をかける。当然、凛にとってはまったく嬉しくない言葉で、ムッとして立ち上がり、明弘を見下ろすように面と向かって言い放った。

 

「もう! 誰のせいでこうなってると思ってるの! 動きにくい靴を履いて走り回ったっていうのに、もう少し凛のことを褒めてくれたっていいんじゃないの?!」

 

 自分の苦労も知ってほしいのか癇癪交じりに気持ちをぶつけた。

 すると明弘は———

 

 

 

「かわいいぞ、凛。やっぱり俺の見立てた通りのかわいさにあふれているな」

「~~~~~~ッッッッッ!!!!!」

 

 まるで何も聞いてなかったかのような、平然とした様子で微笑みかけた。

 そう言われてしまってはさすがの凛も何も言えない。明弘を探していた理由は、まさにその言葉を聞きたかったからのだから。怒りは一瞬にして去り、代わりに全身が溶け出してしまいそうな嬉し熱に頭がいっぱいになった。

 

「ふぇっ、あ、あぅあ……へ、えっと……」

 

 顔をリンゴのように真っ赤にさせた凛は今にも爆発しそうだ。μ'sのみんなに褒められたときは平気だったのに、やはり彼となると話は別だった。尋常じゃないほどの感情が激しく高鳴り制御できないほどだ。一気にしおらしい乙女の顔に変わるのだ。

 

「凛」

「ひゃっ! ふぁいっ!?」

 

 呼びかけられても心静まらないので声が裏返って返事してしまう。

 そんな落ち着きのない様子を見てか、明弘は凛の両頬を手で包み込んでジッと見た。凛も戸惑うが、彼の真剣そうな眼差しを見て少しばかりか心を落ち着かせて見つめ合わせる。そして明弘が、

 

「どこからどう見てもかわいいな。誰もが羨む、正真正銘のかわいいかわいい女の子だ。変われたな」

「………っ!」

 

 変われたな、この言葉に凛はハッとする。

 自分では一生かわいい女の子になれないと思ってた。それが今、変わったのだ。ようやく願いがかなったのだと彼女はあらためて気づかされた。

 

「凛、本当に変われたの、かなぁ……?」

 

声を震わせてわずかに残された不安を問いかけた。彼は、にこっと笑いながら彼女に向って言う。

 

「変われたさ。今の凛は世界一かわいい女の子だ」

「………っっっ!!!」

 

 彼に言われて彼女は目を丸めた。彼は嘘など吐かない。本当になれたのだ。憧れていたかわいい女の子になれたのだと! この事実があまりにも嬉しかったのか視界が涙であふれかえりそうになった。

 

「おいおい、本番前なのに泣くもんじゃねぇよ」

「だって……だって……嬉しいんだもん……! 凛が、かわいい女の子になれたんだって、それが嬉しくって……!」

「凛……。そうだよな、ずっとなりたかったんだもんな、そんな自分に。長かったな、なれるのに」

「うん……うん……っ!」

 

 凛の過去を聞かされていた明弘は彼女の抱えていた辛い心境を理解していた。だから彼は、彼女の今に寄り添うことができ、彼女のすべてを受け止めようとすることができたのだ。

 

 

『もうまもなく開演します。ご出演の皆さんはご準備のほどよろしくお願いいたします』

 

 会場アナウンスが聞こえる。もうすぐ凛は行かなければならなくなる。そう思うと凛は明弘と離れることに寂しさを感じだし、耳をたれ下げる子猫のようにシュンと気落ちした。

 

「なに世界が終わりそうな顔してんだ?」

「だって……もう少しだけ、弘くんと一緒にいたかったから……」

「バカだな、終わればまた会えるんだからよ、少しの心棒さ」

「でもぉ……」

「凛のステージ、ちゃんと見てみたいからさ、行ってきてくれないか?」

「……うん」

 

 見てみたいと言われたら頑張るしかない、困りながらも赤くする顔で小さく頷いた。

 

「それと……帰ってきたらさ、話したいことがあるんだ……いいか?」

「………!」

 

 それはめずらしく口どもり目線がずれる明弘で、凛は若干の驚きを感じるが、同時に彼の言葉が気になった。いったい何を話してくれるのだろう? 疑問を抱きつつ胸が高鳴った。

 私も話したいことがある、彼の言葉で胸につかえていたことを今日話そうと思い立った。

 

「凛も……凛もね、弘くんに伝えたいこと、あるんだ……聞いてもいいかな?」

 

 それを聞いた明弘はわずかながらの驚きが表情に現れるも、すぐ落ち着いた様子で返す。

 

「あぁ、いいともさ」

 

 彼ははにかんで答えた。

 その嬉しそうな笑みを前に彼女は息苦しくなる。言った時よりも返事をもらった時の方が激しく高鳴ってしまう。この後、もう伝えるだけしかないと思うと窮屈な気持ちになる。

 

 すごい……はげしいよぉ……

 自分の胸元に手を置くと、小刻みに揺れているのがわかるほど心音が強い。自分の気持ちの表れなんだと知られたくない凛は、彼に聞こえないでほしいと願ってしまうほど恥ずかしかった。

 

「……そろそろだな」

「……うん……」

「行ってこい、凛。本当の自分を見せつけてやるんだ」

「…………うん…………!」

 

 時間がきた。

 彼は凛を見送りの声で背中を押した。彼から勇気をもらった凛は、さっきよりも朗らかで重荷が取れた思いで言った。

 

 

「———いってきます」

 

 

 (きびす)を返し、不慣れなヒールでしっかりと地に足を付けて歩いて行く。太陽のように元気いっぱいに駆けていく少女の背中が、今日は可憐な花を咲かせる乙女の背中となって歩きだして行った。

 変わりゆく彼女の姿に明弘は密かに喜んだ。

 

「……凛、お前ならもう……」

 

 そう言いかけると、彼は振り返り歩き出す。

 

「見送ることはできた。あとは……迎えてやるだけだ」

 

 こう言い残して、彼は控室から姿を消した。

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。

ライブが始まるところまでこぎつけることができました。そして、次回がこの話の終わりとなります。明弘と凛が見つけた結末を見守ってください。

それと、ようやく本編200話を突破しました。
まだ終わりは先になりますが、どうかこれからもよろしくお願いいたします。

次回もよろしくお願いします。

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