蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第196話


この雲が覆いかぶさるように…

 

 ファッションショーが行われるまであと3日。今日の空は何故か曇天だった。

 昨日はあんなに晴れていたと言うのに、これじゃあ雨が降ってきてもおかしくないな。気になって端末アプリの天気予報を見てみるとどうも明々後日にかけて曇りが続きそうだと。

 おいおい、本番はその明後日なんだぜ? せめてそこは晴れにするって言うのが常識じゃないか? まったく、どうやら天運は味方してくれなさそうだ。

 それに、今度は台風が発生したって話だ。幸いにも俺がいる本州には来ることはなさそうだが、今穂乃果たちがいる沖縄には直撃らしい。こりゃあ、予定通りに帰れなさそうだな。予め、アイツらを外しておいた編成で行くことを決めてよかったわ。不幸中の幸いと言うか、備えあれば憂いなしってヤツだな。

 今頃、穂乃果は外に出られなくって地団太とか踏んでそうだ。なんとなくだが想像しやすいんだ、これが。

 

 

………しっかし、気持ち悪いくらいなドス黒い雲だな。不吉なことが起こらんでほしいんだが………。

 

 

 そんな俺の願いも、雲の隙間から吹く冷たい風に、いともたやすく吹き飛ばされる―――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

「何? 凛が休みだって?」

 

 音ノ木坂に着て早々、絵里から突然聞かされて驚いた。

 

「そうなのよ。何でも体調が悪くなったとかで学校を欠席したらしいの」

()()()って、本人から聞かなかったのか。連絡は?」

「それが全然取れないのよ。私も担任から聞かされただけでなんとも……明弘は?」

「いや、俺んとこにも何にも……。なんか体調を崩すことでもあったのか?」

 

 一瞬、俺は凛が風邪でもこじらせたんじゃないかって思った。昨夜から急に寒くなってたし、喉でもやっちまったんだろう、そう思いこんでいた。けど、なんだか腑に落ちない胸にしこりでも溜まってるんじゃないかっていう違和感があった。嫌な感じだ……胸騒ぎがする………。

 

 

「エリチカ」

 

 凛のことで職員室に向かった蒼一が戻ってくると絵里に声をかけ出した。

 

「蒼一、何かわかったの?」

「いいや、何度聞いても同じことだ。向こうの親にも連絡を入れてみたんだが、どうもただ体調を崩したみたいな感じじゃなさそうなんだ」

「と言うと、どういうことなんだよ兄弟?」

「何と言うか、歯切れが悪いんだ……。凛の母親の(ゆい)さんは威勢の強い人だっていうのを保護者会の時に目にしているから何となくだがわかってはいる。けど、今日聞いた声はどこか不安定で何かを隠すような言い方をしていたみたいなんだ。ただの風邪ならそっけなく済ませそうなのにな」

「つまり、凛はもっと重い病気にかかったってことなの!?」

「いや、それは無い。それなら真っ先に連絡を飛ばしてくるだろうし、向こうも狼狽するはず。けど、それが感じられない」

「じゃあ、どういうことなんだってよ!」

「落ち着け。今俺たちがどうこう言っても何にもならない。もっと直接話ができる人に聞けばいいんだ―――」

 

 直接話を? いったい誰にするんだ、と俺は首を傾げた。そしたら、蒼一は部室の前から中に進んでいくと机の前で立ち止まった。蒼一の視線の先には花陽がいた。

 

 あっ―――!

 そうか、凛の幼馴染の花陽に聞けば早い話じゃないか! それに近所住まいだって言うし、確かにそれならわかるかもしれないじゃん! さっすが兄弟、頭が冴えてるじゃんか!

 なるほど合点がいった、と手を叩いたが、どうもそんな陽気な感じじゃなさそうだ。

 

 

 

 

 花陽が下に俯いている。

 

 

 その隣で黙座する真姫もなんだか重々しい雰囲気を出していて笑える様子じゃない。明らかにおかしな雰囲気が2人を中心に漂っていた。嫌な感じだ……とてつもなく、嫌な感じが脚から絡み付いてくるようだ。なんだ……いったい何がこうも俺を焦らせるんだ?

 

「花陽」

 

 蒼一が声を掛けると、花陽はビクッと身体を震わせた。チラッと見えた顔にはひどく青ざめている。それを見るだけでもただ事じゃないことがよくわかる。

 蒼一は花陽の前で膝を付いて見上げるように(こうべ)を上げた。蒼一のあたたかくてやさしい顔が辛そうにする花陽を見つめて気持ちを落ち着かせようとしている。そんな蒼一を見た花陽は、幾分か落ち着いたのか少し顔を上げ始める。まだ辛いと思ったのか、蒼一は窮屈に縮込めた花陽の手を握ると彼女は少し驚きながら見つめた。蒼一は変わらないやさしい笑みで、大丈夫、大丈夫……、と言葉をかけて気持ちを和らげようとしていた。

 そして、ようやく気持ちが整いだしたのか、今度はちゃんと蒼一を見つめようと顔を上げると静かに息を吸い込んで、花陽が見た昨日の出来事を語りだした――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 いつもと変わらない帰り道だった。

 3人は何気ない話で花を咲かせ、笑ったり騒いだりと女子高生らしい時間を過ごしていた。

 

 そんな一時に水を指すように現れたのが、1人の男子高校生だった。

 身長は高く。蒼一や明弘と比べればやや小さいが花陽たちよりも大きい。見た目は至って普通な感じで、見ていた花陽は誰なんだろうと首を傾げていたそうだ。一瞬、μ’sのファンなのかな? と花陽は思ってたらしい。

 しかし、その男子は凛としか話をしていないくて、しかもよく見たらどこかで会ったことのあるような顔だと感じていたそうだ。すぐには思い出せずにいると、話をしていた凛の顔が青くなっていたことにようやく気が付いた。まるで怯えているみたいで顔を逸らすように少し俯いている状態だったのだ。

 あんな凛を見たのは久しぶりだった花陽は、様子がおかしいとすぐに駆け寄ろうとした。が、凛の間に入ろうとした直前、その男子は凛に向かってこう言ったと言う。

 

 

 

 

 

 

『かわいくなくてもアイドルになれるんだからな』

 

 

 

 嘲笑とも捉えるその言葉を耳にした花陽は激昂した。女の子にとって一番忌み嫌う言葉。何よりそれは、凛にとっては屈辱でしかない言葉だった。それを、その男は軽々しくも口にしたのだ! 赦せるはずがなかった!

 ただ真っ先に凛とその男の間に入ったのは真姫だった。憤激した真姫は男の寝首を掴みあげんとする勢いで男を非難した。大切な親友を(けな)すような輩を放ってはいられなかったのだ。2人の憎しみがその男に向けられていたのは言うまでもない。

 だが、2人はその男に構うことはできなかった。

 

 凛が、その場から走り去ったからだ。

 全力で。誰も追い付かないくらい、早く……。

 

 2人は全力で凛を追いかけた。凛の体力と自分たちとは比べものにならないほど違う。けれど、それでも、2人は必死になって凛に追い付き、真姫が凛の手を握って引きとめた。

 真姫と花陽は、あの男の言葉を気にしないで、と言うが、凛は真姫の手を強く振り払うと、蒼白しひどく傷付き顔を傾けてこう言ったのだ。

 

 

『……わからないよ……2人には……』

 

 それはとても冷たく胸に突き刺さる言葉だった。もう一度掴もうと手を伸ばした真姫も、心配そうに見つめていた花陽も、凛の言葉が胸を貫き身体が固まってしまった。

 何もできなかった……。2人は、目の前で涙を流し泣きだしていた凛を前にして身体が動かなかった……。声もかけることもできなかった。その時の凛になんて声を掛けたらいいのかわからなかったからだ。どうしたらよかったのか2人にはわからず、いつしか凛は2人の前から消えてしまっていたのだった………。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「―――そ、それで……今日の朝も凛ちゃんの家に行ったんだけど、会えなくって……部屋にも上げさせてもらえなくって……凛ちゃん、泣いてたのに……ひとりで寂しくって悲しいのに、わたしは、なにもできなくって……できなくって………っぅうぅぅっ………」

「そうか……話してくれてありがとな、花陽。よく話してくれた……」

「う、うぅ……うわあああぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああ!!!!!」

 

 花陽は大粒の涙を流し、蒼一に抱き締められながら強く泣いた。花陽の悲痛な叫びにも聞こえるその嗚咽に、俺の身体が引き裂かれそうな気持ちにさせられる。花陽の話を聞いたここにいる全員が同じような辛い顔をしていた。

 

 そうか……そんなことが………そうか……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………赦せねェ………

 

 

 

 

 

 凛に何したって……?

 何を言ったって……?

 かわいくない、だと……?

 よくもまあ、そんなことをズケズケと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ブッ殺すッッッ!!!!!!!

 

 

 キレた、キレたわもう。これはもうブチギレ案件でおけですよね? いやいや返答はいらん、ブッコロだから。激昂とか憤激とかもうそんなレベルでは言い表せられんくらいあったまキタわ!!今すぐにでもその首を締めあげ、二度と口が聞けないように舌も引っこ抜いてしまいたい!!

 てめぇは俺を怒らせた……よくも凛に罵声を浴びせやがったな? そう簡単にくたばらせてやらねぇからなぁ? 意識がブッ飛ぶか飛ばないスレスレのところを彷徨わせてからゆっくりと嬲り潰してくれる………!!

 

 

 

 

「―――明弘。変な気は立てるなよ」

「―――!!」

 

 みんなに背を向けて部室を後にしようとした俺に、蒼一が言ってくる。

 

「気を立てるな……? おいおい、ソイツァどういう意味だ、蒼一?」

「言葉の通りだ。明弘、お前、その男のところに行って何をするつもりだ?」

「何だって……? ハッ、決まってるじゃねェか……凛にしてやったことの意味をわからせてやるつもりだ……」

「だから、お前のそれをやめろって言ってるんだよ。変に事を荒立てるようなことは―――」

「おめぇはどっちの味方なんだッ!!?」

 

 ひとつひとつが淡々と聞こえたことに苛立ちを感じずにはいられなかった俺は、蒼一の胸ぐらを掴みあげて一喝の声を放った。

 

「凛が傷つけられたんだぞ……誰とも会いたくなくなるほど傷ついたと言うのに、その野郎をみすみす放っておけと言うのか……? 俺は我慢ならねぇ!! そうまでした野郎が憎くて憎くてたまんねぇんだよ!! それでもやるなってか?! 憎くないのかよ、おめぇはよお!!?」

 

 腹の中が煮えくりかえりそうなくらい怒りが止まらねぇ。これほどまでに怒り狂ったことは無いくらい頭にきていた。だから、蒼一が止めに入ろうとも俺は止めるつもりは端っからない。

 

「俺を止めるって言うんなら、おめぇもろともブッ飛ばしてでもやってやる……!!」

 

 俺の中の憎しみが我慢できずに叫んでいやがるんだ。邪魔するヤツは誰であろうとブッ飛ばすッ!!! 荒々しい息遣いでこの興奮が収まらない。一度憎悪を感じたら止まらずにはいられない。それが俺の中で芽生えていたからだ。

 

「――――ッ!!」

 

 その刹那、一瞬にして全身がひやっとさせられる悪寒が貫いた。激奮していた俺の感情も瞬く間に冷め、燃え盛る炎がそのまま凍りついてしまうような冷気が襲う……! 同時に、手首にギチッと軋み出す痛みが走る! 蒼一に掴みかかった手が痛い!

 

 

「……やれやれ、やめろと言うのがわからないか………」

「!?」

 

 我に返るように再び前を見始めた。よく見たら俺の手首を蒼一が握っているじゃないか。かなりの力が加わっていて放そうとしない。顔を見れば、冷静に澄ました表情の奥に鋭く光る瞳が俺を貫いていた。

 

「明弘が怒るのも無理もない。だが、一時のテンションに身を任せればどんな結果を生むのかはよくわかっているだろうよ」

「くぅっ………!!」

「お前がやることは復讐することじゃないはずだ。もっと冷静になって何をすべきなのかを考えるんだな」

 

 冷静にだと? その言葉に俺は眉をひそませる。俺が今してやれることは復讐のみだと考えていた。凛に与えられた雪辱を晴らすことが優先されるべきだとさえ考える。それが当たり前、それこそ正しいことなんだと信じてやまない。

 だが、そもそもそれ自体が間違いだと言うのならば、俺のこの拳はどこに振り降ろせばいいんだ? この怒りを誰にぶつけたらいいんだ? 誰がこの気持ちを受け止めることができるんだ!?

 

……わからん……わからんぞ。俺ができることってのはなんだ? 今の俺に、“凛にしてやれること”ってのはいったい………。

 

 

 

 

………ん、“凛にしてやれること”、だって?

 

 

 一瞬、俺の頭ん中にパッと閃くものがあった。それはあまりにも単純で、どこか感じやすい何かを胸に秘めたような気持ちだ。こう考えると怒る気持ちが和らいでいく気がする。

 そう言えば、この怒りと言うのはどこから出てきたものなんだ? 憎悪は? 復讐心は?

 

……よく考えりゃあ、それは俺の中で生まれちまったことじゃないか……。

 なるほど、怒りをぶつけることは凛のためにはならない、か……蒼一はこう言いたかったのだろうか? だとしたら、この振り上げた腕は、振り降ろすのではなく、収めるべきか……。

 握り拳に詰まった力が抜けてゆくと緊迫した気持ちが鎮まった。それを感じ取ったのか、蒼一も俺の手を解放してくれる。

 

 

「ほぅ、やるべきことがわかったようだな」

「お生憎さまね。だが、俺の怒りが全部収まったわけじゃねぇからな?」

「それはそれで構わないさ。少しは考えられるようになってきたことを考えれば上出来だ」

「はっ、言ってくれるじゃないか」

 

 ちっ、ここまで想定済みなんだよって顔されると嫌な気分だぜ……。

 しかし、おかげで今の俺に出来ることは何なのかってのを知ることができたかもしれんな。悔しいが、今回ばかりは蒼一の手の平に転がされてもかまわねぇ。ソイツが正しいことなのか、そうでないのか、俺の目でキッチリ見極めさせてもらおうじゃないか。

 

「……ったく、しゃーねぇーな。少しは役に立つことをしてみるわ」

 

 溜息混じりにぼやきながら俺はこの部屋からおさらば、廊下に立つとすぐさま脚に加速をつけて駆けだした。いや、正確に言えば()()()()()()()、と言うべきだろう。自然と身体がそう動いていたんだ。何故だかはわからない。

 けど、なんだろう……凛のところにすぐ駆け付けてやらねぇといけない気がしたんだわ。なんでだろうなぁ……さっぱりわからん。が、ちっとは気の向くままに動くのも悪かねぇかな。

 

「ちょっくら、気張りますかな―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「行ったか……」

 

 明弘が出掛けていく様を見届けた蒼一は目を瞑り呟いた。

 

「蒼一、どうするつもりなの……?」

 

 話を聞いて凛のことが心配になっている絵里は、蒼一の動向を伺うように聞いた。

 

「どうもこうもないでしょ! 凛にふざけたことを言ったその男をにこたちの手で懲らしめてやるのよ!」

 

 机を強打し怒りを顕著に示すにこは明弘と同様の考えでいる。にこにとって妹分のような存在である凛を傷つけたことは赦されるモノではなかった。明弘がやらない今、その役目を自分が買って出てもいいとさえ思っていた。

 

「まあ、待て。これからのことを考えたらにこたちが出たら支障が出る」

「でもっ!」

「落ち着け。俺だってこのまま手ぐすね引いてるつもりはないさ……なあ、洋子?」

 

 この呼びかけに、そっと物音立てずに現れた洋子。いつの間にそこにいたのかと、ここにいる誰しもが驚愕した。

 すると洋子は、手にしていた一枚の紙を蒼一に渡した。彼はそれを待ちかまえていたかのように受け取るとそこに書かれてあることを読み進めた。そして、なるほどと呟くと洋子にそれを返し、それじゃあ始めようか、と言い聞かせる。

 

「俺たちの大切な仲間をこうまでしてくれたんだ、ちゃんと礼を言わなくちゃ失礼だろ?」

 

 骨が擦れるような鈍い音を指で鳴らすと、どっと押し寄せるような殺気を湧き立てて言う。

 

「自分のしたことの意味を後悔してもらおうかな……?」

 

 

 

 その日、街のどこかで断末魔が聞こえたのは言うまでもないことだった。

 

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。

凛ちゃん好きは怒ってもいいね、うん。
何があろうとも女の子を侮辱することはいけないことだ。それは罪だ。


では、次回もよろしくお願いします。

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