蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第191話


Sweet My Angel~その鐘を鳴らすのは…~
動き出す恋心


――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「ひっ……ひっぐ…………」

 

 

 

 誰かが泣いていた。

 とても小さな、小さな女の子がうずくまって鼻をすするようにして泣いていた。

 

 

 目からは大粒の涙。

 たくさん泣いたのだろう、目元が真っ赤に腫れ、顔がくしゃくしゃに崩れていた。

 

 余程辛いことがあったのだろう。女の子はそこから一歩も動くことなく、ただただ悲哀に満ちた声で泣き続けた。

 

 

 

「―――なんて……」

 

 

 

『―――あいつ、男みてーだよなー』

 

 

 あざけ笑う声がこの子に降りかかる。

 

 

『スカートなんかはいてるよ。似合わねーなー』

 

 

 言葉がナイフとなり、この子の心を深くえぐった。

 

 

「―――わたし、なんて…………」

 

 

 女の子は立ち直ることができないほど傷付き、疲れ果て、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………かわいくなんかなれるはずがない………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――心を閉ざしてしまう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「よし、お前たち。今日はいい知らせと悪い知らせを持ってきた」

 

 いきなりそう言い放ったのは、音ノ木坂学院のスクールアイドルμ'sの指導者、宗方蒼一だ。

 部室に集められた面々は、なになに? と顔を揃えて彼を見た。きっと今回もまた彼から素晴らしい提案出されるに違いないと期待を込めていた。

 

「まず、いい知らせだ。今度のライブが決まった。しかも、とある雑誌の出版社が主催のファッションショーで、だ」

『ファッションショー!?』

 

 予想だにしなかったことに驚きを隠せない彼女たちは口々に言い合った。

 

「ファッションショーって、あのファッションショーだよね?!」

「穂乃果、それではわかりませんよ」

「ファッションショーは、多くのファッション雑誌やデザイナーたちが主催するイベントです! 季節の変わり目頃に行われることが多く、ここでお披露目されるファッションがその時期のトレンドになったりするとても大切なものなんですぅ!」

「新しいファッションを誰よりも先取りすることができる場所だからとっても気になるよね♪」

「でも、なんで私たちがファッションショーでライブを? 別にそこじゃなくてもいいじゃないかしら?」

「呼ばれるくらいにこたちが注目されてるってことでしょ? ようやく世間がにこの魅力に気が付いたってわけね!」

「まあ、それは置いておくとして。そこでライブをするってことは、必然的に私たちもファッションショーのモデルとして参加するってことになるのよね? 大丈夫かしら?」

「問題なんてないやん。エリチや海未ちゃんはスタイルがめっちゃええからいつ声が不思議やなかったんやし、しかもμ'sとしての出演なんやから怖いものなしやん♪」

 

 彼女たちの意見はまちまちだ。ラブライブに直接関係しないライブを行うこと、それも企業主催のものから声がかかるのは今回が初めてなのだ。にこの言う通り、μ’sが世間から注目を集めていることを示すことでもあるが、現場を知らない彼女たちにとっては不安を感じるのは無理もなかった。

 

「今回のライブは、わかっているかもしれないが多くの雑誌や新聞社が参加している。つまり、μ’sの知名度を上げるチャンスでもある。ラブライブに直接関係するものではないが、こうした舞台に立つことで多くの経験を見に付くことができるだろう。誰か異論はあるか?」

 

 そう言って、辺りを見回すが誰一人として反対する者は出てこなかった。むしろ、やってみたい、挑戦してみたいとする熱意の籠った眼差しを向けるのだった。

 

「―――よし、それじゃあ正式にエントリーの手続きに入るから心の準備をしておくように」

「わかったわ。ねえ、蒼一。もうひとつの悪い知らせって何なのかしら?」

 

 次のライブのことに気がいっていると思いきや、どうも絵里はそちらの方が気掛かりのようだ。

 

「ああ、それはだな。そのライブが行われるちょうど前日まで穂乃果たち2年生が修学旅行で留守になるってことだ。場合によっちゃ、2年生組は出られないかもしれないと言うことだ」

『え、えええぇぇぇ!!!!!??』

 

 これもまた彼女たちに驚きを与えることとなる。特に、当事者となる2年生は動揺を隠せない。

 

「そんなぁ! それってもしかして、穂乃果たちだけライブに出られないってこと!?」

「かもな。確定じゃないが、さすがに修学旅行後じゃ身体に負担が大きいだろう」

「も、もしかして、ファッションショーも見られないってことなの? ことり、楽しみにしてたのに……」

「ことりはただでさえ体調を崩しやすいんだから諦めた方がいいぞ」

「ふえぇ~ん、そんなぁ~……。でも、蒼くんからもらえる栄養ドリンクさえ飲めばきっと大丈夫なはずだよ!」

「ん~? ことりちゃん、蒼君からもらえる栄養ドリンクって?」

「それはね、穂乃果ちゃん。蒼くんの元気なところから直接出してもらえるとってもとっても濃厚な――」

「おい、このバカ。その口塞ぐぞ!」

「やぁ~ん♪ 塞ぐのなら蒼くんのソレでお願いしたいなぁ~♪」

「よ~しわかった、そのおしゃべりな口は不要だな」

 

 妖艶な容姿をさらした唇から如何わしい言葉が羅列した。この意味を理解できる者は口にせず、顔を少し赤らめ咳払いしたりして誤魔化していた。

 一方、ことりのそれに苛立ちを抱いた蒼一は早速、ふわふわとした頭に断罪チョップを下して黙らせた。

 

 

「……ったく……話はそれたが、ライブが決まった以上万全を整えなくちゃいけない。対策を考えなくちゃならんからこの後の練習無しにする。後は各自の判断に任せる。それでいいよな、明弘?―――明弘?」

 

 打った相槌に対する返答が来ないことを気掛かりに思い、隣でパイプ椅子に座る明弘の顔を覗いた。明弘は椅子に深く座り、腕組み脚組み、眉間に険しいシワが寄っていた。傍から見れば真剣な考え事をしているとしか見受けられない。が―――

 

 

 

「―――――くかぁ~……」

 

 

 明弘は眠っていた、“真剣”に……。

 

 

「にゃにゃにゃっ! とっても気持ち良さそうに寝ているにゃ~」

「これは見事な居眠りやなぁ。これはそう簡単には起きそうもないわなぁ」

 

 よだれも垂らして寝むっている明弘を凛が指で突いてみるが、至福の一時を送る彼には効かなかった。これはどうやっても起きないだろうと誰もが感じていると―――

 

「起きろ」

「んぐふぉおお―――!!!? ぐへぇっ!!!」

 

 蒼一が寝ている明弘ごと椅子を蹴飛ばしたのだ。当然、明弘は横に吹き飛ばされて盛大に床に転げ出す。

 

「よお、よく眠れたか?」

「あ、あぁ……おかげさまで最悪な目覚めだぜ……」

 

 何食わぬ平然とした様子で声をかけると明弘はうめく声で返した。

 

「やいやい兄弟ッ!! せっかく俺が気持ちよく寝ているのに蹴り飛ばすヤツがあるかぁー!!」

「俺が大事な話をしているのに寝ているのが悪いんだろうがぁ――!!」

「何をぉ?! そんなことよりも俺が見ていた夢の方が大事だったんだ!! あともう少しのところだったと言うのに……それをぉぉぉおお!!」

「うるせぇ――!! 夢なんかどうだっていいだろうがぁ!!」

「いいや、俺には重要だったねぇ!! なにせその夢は、俺の将来の花嫁が決まるっていう一大イベントだったんだよぉ!!」

「はぁあ? なんじゃそりゃ?」

「タキシードを着た俺は総勢100人の美女たちに追い掛けられていた―――だがッ! その100人は俺が求めようとしている美女じゃない! 俺に取り巻く者たちにすぎなかった! 俺が求めていたのはたったひとりっ! そう! この道の先で待っている純白無垢なウェディングドレスを見にまとった正真正銘の美女だったってわけだ!! その子こそ、俺が追い求めていた女だったのだぁあああ~~~!!!!!」

「なんじゃ、その『101回目のプロポーズ』のような話は? しかも、ウェディングドレスをピンポイントに……あぁ、最近読み始めていたもんな、『五等分の花嫁』を。その影響か?」

「ちっがぁ―――う!!! そんなもんじゃない! そんなもんじゃあ!! 数多の美女たちに囲まれるハーレムモッテモテの夢しか見ていなかった俺が、たったひとりの子だけを必死に追い駆けていたんだよ!! コイツァ何かあるんだよ、何かが……ッ! そう感じて俺はいったい誰を追い駆けていたのか、その子の顔を見ようとしたらぁ―――!」

「したら?」

「―――ちょうどいいところで目が開いちまったんだそ、このやろぉ……!!」

「わーよかったじゃないかー。おめぇーの嫁さんは床ってことじゃんかー」

「くっそぉぉぉおおお!! 俺の美女を返せぇぇえええ!!!!」

 

 悲愴感たっぷりに叫び出すと蒼一に飛び掛かった。俺の怒りと悲しみを受けやがれぇぇぇ! とどこかの熱血主人公のような台詞を吐きだして己の正当性を主張させているふうにも見えなくもない。それだけ悔しかったのだろうと思ってしまうが不思議と言うか当然と言うか同情する者は誰ひとりとしていないのが現状。加えて、飛び掛かる相手が悪すぎた。

 露骨すぎた明弘の飛び掛かりを前にした蒼一は至って冷静であった。物怖じする様子もなく喰らい付こうとする彼の手を掴みあげると背後に立ち、彼の左足に自分の左足を絡めるようにフックさせ、反動で彼を横に傾けさせると同時にそのまま右腕の下を経過して自分の両腕を彼の首後ろに巻き付けた。そして、背筋を伸ばすように伸び上がらせると、はい完成。コブラツイスト一丁出来上がりと言うわけだ。

 

「ぇぅうええぇぇわあぁあだだだぁだだだだぁぁぁああああ!!!!!!」

 

 試合時間2秒の瞬殺。明弘の怒りと悲しみの鉄拳は一瞬にして打ち砕かれ、そこに敗北者の烙印まで押されると言う全くもって哀れ極まりないものとなってしまう。おまけに『(こんなかんじ)』に身体を横に曲げられた状態で大人げなく絶叫しているという醜態。こんな状態にさせられても誰一人として彼を心配しないという現実。仕方ないじゃないか自業自得なので。

 

「おんのぉぉぉおおれええええぇぇぇ!!!!! こんなことでぇ……ぇ……こんなことで勝ったと思うなぁぁああああ!!!!! ぜってぇ後悔させてやr「うっさい(背筋をさらに伸ばす)」るrrrおろろろろおおおおおぉぉぉおおおおあああああ!!!?!?! もげるもげるもげるぅぅぅぅ!!!! 腹部が割れるッ!!! 割れてAパーツとBパーツに分かれるうぅぅぅううう!!!!!」

 

 明弘に何も言わせないつもりなのだろう、無慈悲にも蒼一は己の腕と脚に力を加え絶叫を上げさせた。余計に力が入ったことで明弘の背筋がピンと伸び、おかげで身体の節々から悲鳴が上がるのだった。

 

「じゃあ、私たちは先に帰ってるね。戸締りよろしく頼むわよ」

「おう。今日のことはみんなでじっくり考えておくんだぞ」

『はーい』

「おいぃぃぃいいい!!!! この状況下で俺のことを見捨てちゃうの!!!? そりゃあねぇぞ!!! ちっとは心配とかしてくれよおまえらぁぁぁああ!!!!!」

 

 明弘の折檻が行われているのに、しれっとした様子で帰ろうとするμ'sの面々。そこに、待った! をかけて止めようとする明弘。だが、彼を見つめる彼女たちの目からは同情する様子がなく……

 

「だって弘君……」

「さっき、居眠りしちゃってたし……」

「加えて起こされたことに腹を立てて……」

「ヤツ当たりで蒼一に襲いかかったし……」

「逆に撃退されちゃったんやけどね……」

「ハッキリ言っちゃえばこうよね……」

『自業自得』

「ぐはっ……!!!」

 

 心中に思い立てていた言葉を口に出され明弘は深刻なメンタルダメージを喰らってしまう。ええ、わかっていましたともわかっていましたとも、反省したからもうやめてぇぇぇえええ!!! ともう誰からの助けも得られないことを悟ると自暴自棄になりながら懇願する。しかし、それで止める蒼一ではなかったため、明弘が力尽きてしまうまでずっとこの関節技を決め続けていくのだった。

 

 

 

 

 一方、彼女たちは最後まで見届けることなく帰宅の一途に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

「ホント、明弘ってどうしてこうもバカなことばかりし続けるのかしら」

 

 帰宅する途中の1年生組の中で、突然真姫が呆れた様子で喋り出した。

 

「蒼一が大事な話をしている時に寝ちゃってて、おまけに夢のことで逆ギレしちゃって……。まったく、緊張感がないと言うか、能天気というか、呆れてものが言えないわ」

「あはは……さすがに今日の言いがかりは難しいところはあったよね。でも、蒼一にぃにあんなにされたらちょっとかわいそうかも……」

「いいえ、あれでいいのよ! いつもへらへらしてて何考えてるか分かんないし、女遊びをしすぎて節操がないんだから! 一度、懲らしめてやらないとって思ってたところなんだからちょうどいいのよ!」

 

 どうやら真姫はご立腹のようだ。彼女の目から見た明弘はどうもいけ好かなく、話をしてもかなり面倒な人だと認識しているところがある。加えて、比べる対象に蒼一という彼女にとって絶対的な存在が近くにいるため、どうしても見劣りを起こしてしまう。また、彼が自分のクラスメイトたちに声を掛けて口説いている様子を度々見かけており、風のうわさでは音ノ木坂のほとんどの女子にしているそうでそれは他校にまで及んでいるとも聞いている。それがお遊びな関係に思え真姫には快く思わないのだろう。だからなのか、彼に対してはキツ目に当たってしまう節があったのだ。

 

「まったく、あんなのが好きな子もその子よ! 明弘はロクでもないヤツなのを知らないからきっと騙されてるに違いないわ!」

「真姫ちゃん、そこまで言うのはちょっと……」

「そんなことないもん――――!!!」

 

 2人の後ろから、ドッと押し迫る声がぶつかった。突然のことに身体が、ビクッと震えしばらくピリピリしていた。

 

『―――――っ!?』

 

 2人は振り向き叫んだ彼女を見た。そして、驚愕した。彼女たちの瞳に映った少女に。一緒に並んで歩いていたはずの凛を前に。

 

「そんなこと……ないもん……! 弘くんは、そんなひどい人じゃないもん……!」

 

 スカート裾まで垂らした拳をギュッと握り、顔を俯かせている。わずかに見える表情から今にも泣き出しそうな潤んだ瞳に悔しそうに唇を噛む様子が2人にも見えた。

 真姫は動揺した。まさか、自分の言ったことで彼女を困らせるとは思いもしなかったからだ。なにより、彼女がここまであの男に固執していることに驚きを隠せないでいた。

 

「り、凛………」

 

 思いがけなかったのかうまく言葉に出せないでいると、花陽が少し不思議そうに凛のことを見つめるのだ。どこかふわっとしいる花陽がめずらしく顔を引き締めて真面目に何かを探る様子でいる。物心ついた時からの幼馴染だからこそわかるお互いの変化。互いに顔を見合わせている時間が多いからこそわずかな変化を見つけてしまう。今回も花陽は凛から見つけた新たな変化に目を光らせた。

 凛ちゃん、もしかして……、と何かを感じ取った花陽は凛に顔を近付けた。

 

「もしかして……好きなの、明弘さんのことを……?」

 

 はぁ?! ありえないでしょ!! と隣で聞いていた真姫は反射的に口走った。だが、凛はその対照的で何も口にしないどころか顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに花陽のことを見ていたのだ。初めて目にする彼女の初心な様子に真姫もなんだか変な感じになり始め、次第に花陽の言葉が真に思えてきて当惑した。

 

「え? うそでしょ……? 凛が、あんなヤツのことを……?」

 

 目を真ん丸にしながら凛のことを見るがますます顔を赤くするのを見て本当のことのように思えてきた。そして花陽は、確証を得ようかとするようにもう一度、明弘のことが好きなのかを尋ねると凛はおもむろに小さく頷いたのだ。

 

 

 

「は……はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!???」

 

 

 

 

 これが大きな波乱を呼び起こす小さな恋物語の始まりだった。

 

 

(次回へ続く)

 




 どうも、うp主です。

 さて、今回の話から始まりました『Sweet My Angel~その鐘を鳴らすのは…~』。こちらはおおよそ9話前後に進めていこうかなと思います。
 凛ちゃんメインの長話と言うと実は今回が初めてだったり。ちょくちょく個人回として書いていたりはしますが、こうやってスポットライトを当てることができて嬉しい限り。
 内容は、甘くてほろ苦い純愛。嬉しいこと、時には辛いことなどを織り交ぜながら進めていけたらなと思います。

ということで、また次回よろしくお願いいたします。

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