夏の暑さも消え去り、涼しさが心地良い秋風が流れている今日この頃。季節も当に秋に転がり、うるさく鳴いていたセミの声はもう聞こえない。緑に萌えていた木々も紅葉を付け始め、街全体がすっかり秋模様だ。そして今日は、一段と空気が澄んでいて走るにはもってこいって気候なのだ。
秋はスポーツの秋とも言う。
だからというわけではないのだが、ちょうど身体を動かしたい衝動に駆られたのでランニングを始めた。ついでに明弘も参加させてな。
今日は休日だからか午前中でも人が多い。俺たちが住む近くの繁華街、秋葉原は日本屈指のにぎわいのある街だ。毎日新しいモノが生まれる所でもあるため、それを嗅ぎつける人々でごった返すのがいつもの風景でもある。
そんなにぎわいのある中を潜るように避けて走る。体力を付けるだけじゃなく、人を避けることで動体視力や反射神経も鍛えていく。これが俺たちの中では一番効率のいい運動だ。ラブライブ公認のスクールアイドルRISERとして、日々身体に磨きをかけていくことは必要不可欠。いつどんな注文がかかっても最高のパフォーマンスで応えられるようにと抜かることはしない。
明弘も同じだ。アイツはこうして走っている中で、毎度自分に課題を課して鍛えている。天才肌の明弘ならそつなくこなすのだが、天才も天才であるために努力している。そうした一面は俺も尊敬していたりする。
「―――うひょっ! 今日もカワイイ子ちゃんが選り取り見取りだぜぇ……ぐへへ」
……もちろん、こういったのはカウントしないからな……。
―
――
―――
――――
ランニングを始めて一時間弱、そろそろお昼時になりかけていたのでここいらで走るのを止めにする。
「う~ん、いい感じに腹が減ってきちまったなぁ。どこかでメシでも食べに行こうじゃんかよ」
「ああ、俺もちょうどそれを考えていたところだ。明弘はどこにいくか決めたのか?」
「いや~それがまったく……ガッツリ系を食べたいって思ってるんだが、ここじゃ結構そういうのがあるじゃん? 簡単には決められんわな」
明弘が言うのももっともだ。ここ秋葉原は食の文化、特に大盛り系の飯屋が数多く点在している。かつて、ここに青果市場があった時にトラック運転手のために作っていたのがきっかけで、その名残が今に残っているそうだ。ご飯ものもだがラーメンも肉料理も他とはボリュームがまったく違う。男でも1人で喰いきれるか心配になってしまう程の量を提供してくれるのだから驚いてしまう。
身体を過剰に動かす俺たちにはもってこいな場所ではあるが、毎度決めるのに困ってしまう。はてさて、何を食べようか……?
「あぁ! 蒼くんに弘くんだぁ!」
考え事をしている最中に聞き慣れた声が―――?
ふと、声がした方に顔を向けると、めっちゃ元気に笑う凛がこっちに向かってきた!
「わあぁ! やっぱり蒼くんと弘くんだにゃぁ! こんなところでどうしたの?」
「凛こそこんなところで何しているんだよ?」
「凛はね、今からラーメンを食べに行こうかとしていたんだぁ! そこのラーメンとってもおいしいから早く食べたいなぁって急いでたの!」
「ラーメン……!」
凛の言葉を聞いてハッとした。そうだ、ラーメンと言う手もあったか……!
「ねぇねぇ、それで蒼くんたちは何してたの?」
「凛、俺たちちょうど腹が減っていたところなんだよ。もしよかったら凛の行くそのラーメン店に連れて行ってくれないか?」
「ホント!? わあぁ、蒼くんと弘くんと一緒に食べられるなら大歓迎だにゃぁ!!」
行くことが決まっての凛の喜びようときたら。一緒に食べるだけでこんなにはしゃいでくれるとこっちまで楽しくなる。1人よりも何人かと一緒にご飯を食べるのは確かに楽しい。思いがけない出会いだったが、これは渡りに船だったな。
「それじゃあ、案内してくれないか?」
「了解だにゃぁー!」
ビシッと敬礼すると、軽めのステップを踏みながら案内をし始めてくれる。ちょっと嬉しすぎちゃったのか俺たちよりも先走っちゃって、度々振り返っては早く早くと手を振ってくる。なんともワクワクが止まらないような顔をしちゃってさ、そんなあどけない姿も微笑ましく思えるのだ。
「いや~今日も凛はかわいいなぁ~」
「明弘……?」
少しニヤ付いた様子で凛のことを見つめているコイツが若干変に思える。普段はあまりμ'sの彼女たちのことを褒めないのに……。心境の変化でもあったのかそれとも……?
「―――ほら兄弟、はよ行かねぇと置いてかれちまうぜ?」
「あっ、おう……。そうだな」
明弘に催促を促されたので思考が一旦途切れ、遅れまいと足早になる。あの一瞬に感じた何かに気が入ってしまったが、すぐ解けるように頭からすりぬけていってしまう。
だが、この時初めて感じた違和感が後々に影響を及ぼすことになるとは思いもしない。
―
――
―――
――――
「着いたにゃぁ!」
しばらく歩くと凛は目先の店前で止まった。見ると、赤い
「う~ん、いい匂いだにゃぁ~♪ もう待ちきれないよ~さあ、早く入るよ~!」
凛もこの香りに食欲をそそられたのか、すぐに店の扉を開けて手慣れた様子で
「――らっしゃいっ―――!!」
腹から響くオヤジの声が俺たちを迎える。店内は思った通り、むわっとむせかえるような蒸気と身体にベタ付きそうな脂が空気中に充満している。この香りを嗅いだだけで腹いっぱいになしそうだ。ただ、昔ながらの店の雰囲気がどこか心地良く、ホッと一息つきたくなる安心感がそこにあった。
店員の案内でカウンター席に付いた俺たち。店慣れしている凛を中心に俺と明弘が左右に座るという形をとった。
「おぉ! 凛ちゃんじゃぁないかぁー!」
「大将! また来ちゃったにゃぁ~♪」
「がははは! カワイイ凛ちゃんが来てくれるとこっちの気分も上がっちまうなぁ!!」
頭に白いタオルを手拭い代わりに巻いている大将と呼ばれている人が凛に声を掛けている。凛はここの常連なのだろう、店員全員が顔見知りみたいで、厳つい屈強なオヤジたちの表情が凛を見ると驚くくらい穏やかになっている。どれだけ愛されているのかよくわかる光景だ。
「そんで、今日は男のお連れさんも一緒かい? くっふっふっふ、とうとう凛ちゃんも男を持つようになったってのかい。そんで、どっちが凛ちゃんの男なんだぁ?」
「にゃにゃぁっ!!? ち、違うってばぁ!」
気遣いまったく無しに聞いてくる大将に、慌てふためく凛。その余波が何故か店中に伝わり、凛のことを知る人は揃いも揃って、彼氏は誰か? と四方八方から矢を放ってくる。むずがゆく居たたまれなさそうな凛は全力で否定して見せる。周りは豪胆な言い方をしているものの、悪戯のない様子であるのを見ると店で結構愛されているんだと感心した。
「んで、ご注文は何にしやす?」
大将のそれを聞いてメニューを見始めた。中華麺に餃子、炒飯……などなど、中華料理の定番料理が軒並み揃っている。周りの客のを見ると、アツアツに皿に盛られた料理がどれもおいしそうに見えてしまう。一見してハズレなどないように見える。が、それが逆に俺の選択肢を紛らわしくさせてしまう。
ふむ、ここは無難に中華麺、餃子、炒飯のセットも悪くない。中華店の質はこの3種で決まると言っても過言ではないからな。
しかし、今日は凛がいる。常連である凛ならば、どんな料理が一番おいしいのか熟知しているはず……! ならば、腹は決まったな!
「せっかく凛の紹介で来させてもらったんだ、ここは凛のオススメで任せるよ」
「ええっ!? 凛が決めるの!?」
「そうだなぁ~そう言う手もありだなぁ……。んじゃ、俺も凛のオススメで!」
「弘くんも!? いいの、凛が決めちゃって?」
「いいんだいいんだ、凛がいつもどんなもんを食ってるのか知りてぇし、不都合なこたぁまったくねぇよ」
「そ、そうなの? 弘くんたちがそう言うなら任せるにゃぁ~♪」
快く引き受けてくれた凛は早速、大将に声を掛けて注文し始める。
「えっと……『中華麺メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ』3っつでお願いしますにゃぁー!!」
「あいよっ! 『中華麺メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ』3っつ入ったぜぇ!!」
「「…………んんっ!!!?」」
……ちょっと待って。今、凛はなんて注文を掛けたんだ? 中華麺のところはちゃんと聞こえた……が、それ以降の言葉がまるで呪文の様で聞きとれんかったぞ?!
ニンニク? メンカタ? ヤサイ? ドラ○エの召喚術か、それとも英霊召喚でも行われるとでも言うのっか!? と言うか、そんな名前のメニューどこにも書いてない!まるで実態も分からんではないか!!
未知なる料理に固唾を呑む気持ちの俺は恐る恐る凛に尋ねる。
「り、凛……その、なんだ……今の呪文のような料理ってのはどんなもんなんだ……?」
「フッフッフ、それは見てからのお楽しみにゃぁ~♪」
いえ、食べる前にその実態を把握したいです。腹に入ることができるものなのかすら怪しいのに、いざ出されて食べきれるかどうか自信がないんだが……!!
「がっはっは!! 今から出すのは常連しか知らねぇウチの絶品料理だ! 食ったら天にまで昇っちまうような味だから覚悟しておけよ、あんちゃん!!」
大将も豪快に笑いながら話しかけてくるんだが、ますます不安になってくる。つうか、天にまで昇るって自分で言うもんか? いろいろと怪しすぎて気が引けて来るんだが……2つ隣の明弘も表面は冷静そうに装ってはいるが、額から溢れんばかりの脂汗でいっぱいになっている。腹を括るしかないっていうのか……
「―――へい、 『中華麺メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ』3っつお待ちどうっ!!」
「「なっ……!? こ、これは………ッ!!!!」」
数分後、店員から出されたその料理を前に絶句……! なっ、なんなんだこれは……!?
両手で抱えられるほどのどんぶりによそわれたラーメン―――だが、その上に盛られた山のような温野菜に覆われ麺どころかスープすら見ることができないありさま! 盛られた高さも異常そのもの―――どんぶりの高さが俺の手の平サイズだとしたら目の前にあるのはその1.5倍もの巨大な山だ!! 刻まれて茹でられたキャベツともやしの上にどっかり乗せられた豚の脂が雪のような白をしており、雪山を彷彿させてくれる。
ラーメン界の熱々エベレストが俺に登頂しろと、腰を据えてどっしり身構えていやがる……!!
ふと横に目をずらすと、同じような光景が2つ続いて並んでいる。まったく同じ量、同じ高さの山盛りラーメン(?)。3つの山が連なって、ラーメンのヒマラヤ山脈ができてしまったか……?
ふっ……妙に納得しちゃって笑いが込み上がってしまった。が、現実は笑えんな。明弘の顔色を見ると酷く委縮しているじゃないか。アイツもこれだけのモノが出てくるとは予想できなかったらしい。
「それじゃあ、凛がお手本を見せるにゃぁ~!」
険相構える俺たちに挟まれながらも、何食わぬ様子で元気いっぱいな凛が声を掛けてくる。
「これは直接食べにいってもいいけど最初はうまく食べられないから用意されている空のどんぶりに野菜をとりわけるよ。ある程度とり分けて麺が見えてきたら一気に食べに行くにゃぁ~!!」
そう言うと、凛はラーメンに向かって果敢に食べに行った!
「ずるっ――! ずるっ――!! ガッ――ガッ―――!! シャキッ、シャク、ぢゅるるるるる―――!!」
うぉおおっ!!? ものすごい食べっぷり!!
白熱した蒸気が押し上がってくるどんぶりに顔を近付け、箸一膳のみで山を
傍から見れば真剣勝負を行っているようにも見えてくる!
「んんんん~~~!! おいしいにゃああぁぁぁ~~~!!!!!」
頬張ったラーメンを腹の中に収めた凛の口から至福の歓声が湧きたった。いいねぇ! いい食べっぷりよ!! と大将と周りの男たちがどよめきだす。俺もまた凛の食べっぷりに喉を唸らせ、口の中を唾液でいっぱいにさせられた。
空腹が頂点を迎える。そしたら、怖気付いていたはずの目の前の山盛りが左程ではないような錯覚を覚える。目の前にあるのはただのメシ――少し盛られただけの麺にすぎない。俺の腹の中に納まるには……ちょうどいい量だ―――っ!!
空腹に抗えなかった俺は箸を抜刀! 難攻不落の山に向かって突撃開始!!
しゃくっ――箸で摘んだだけで分かるこの野菜の瑞々しさ。茹でたもやしとキャベツのこの音を聞いただけでうまいだろうと確信がいく。まずは、そのままで……
「しゃきっ―――! しゃくっ、しゃくっ―――!!」
うん、うまいっ! 野菜、うまし!
確信がいっていても食べてみなくちゃわからんものだが、これは予想通り。野菜の風味を逃さず、絶妙な歯ごたえを残したこの触感はたまらん。
さて、野菜に隠れた麺を掘り起こして……んっ、太い! それに硬い!?
凛のを見ては思っていたが、これまたいい極太麺だ。あの池袋に腰を据える名物つけ麺のと引けをとらないほどの太さと硬さ。それがいい感じに縮れて、ようやく出てきた濃厚スープと絡みあっている。さて、お味は……?
「ずっ―――ずずっ! ずぞぞぞぞぞ―――っ!!」
んんん!! う、うますぎる……ッ!? どろっとしたこってりスープが麺と絶妙に絡まって口の中が幸せになる! 麺自身にも香ばしい味がしみこんでいるのに濃厚スープに負けてない! むしろ、互いの良いところが調和し合っておいしさを演出させている……うん、これだよこれ! ラーメンはこうでなくちゃ!
このラーメンのおいしさを知ってしまった俺の身体はもう止まらない。この山を制覇するべくどんどん攻めていく。
野菜もただ素で食べるよりもスープと合わせてもうまいことが判明すれば、脂とも絡めて口に運んで堪能しちゃう。食べ方は無限大か、ひとつひとつ口に入れるまで様々な方法をとってみるがどれも、うまいという終点に到着する。
量もあるようだが、隠れていた唐辛子とニンニクが俺のエンジンの起爆剤になってくれて、さらに腕が進む進む。うぉん! 今の俺は人間ショベルカーだ。おいしい山を掘削して養分にしろと騒ぎ立てている。おかげで山盛りだった野菜も気が付けば半分も無くなっている。
俺の腹はまだまだいけるとずっとGOサインしか出してくれない。喉がしょっぱくなった時の水分補給以外は箸が休まらない始末。なんだか、とても充実している感じだ。
「おうおうおう!! あんちゃんたちいい食べっぷりじゃあねぇーか!! ほらほらどんどん食べやがれ!!」
大将の煽りで狭まっていた視界が開いて横を向くと、凛と明弘が汗だくになりながら俺と同じく半分以上食い終わっていた。凛の攻めの姿勢はずっと変わらんが、明弘に至っては顔を突っ込んでいるみたいに食っている。食い時がいいと言うべきかわからんが、大将の嬉しそうにしているのを見る限りでは問題ないか。
状況確認が終わったところで再び掘削し始める―――
「―――頼もう!」
店の扉がガラリと開くと、凛々しい美声が店内に響いた。蒸しっとした空気が一気に逃げていくと同時に、俺の横の席に1人の女性が座った。
その時、清涼感ある香りが脂ぎった俺の鼻孔を綺麗に浄化された。
なんだ? と気になってチラッとその女性を見上げると進んでいた箸が急に止まってしまう。
「―――――っ!」
一瞬、息が止まったかのような感覚に陥る。ガンガン回っていた俺のエンジンも急ブレーキを掛けられたみたいに止まってしまい、その女性を見つめる視覚にすべてが集中した。
その女性は美しかった。
ただ美しいだけではない、今まで見てきたどんな部類の美人にも当てはまらない超越した領域の美女だ。凛と引き締まった顔。鼻が高く、目先が鋭い。脚先から腰、腕と首に至るすべてが細く美しいスレンダー。それだのに女性的な豊満を持ち合わせている完璧な体格だ。
何より目を惹かせたのが長い白銀の髪だ。ウェーブのかかったロングヘアから放たれる銀色輝く美しく艶やかな光が俺の美意識を突いてくる。前髪ぱっつんなおかげで容姿をすべて捉えることができたが、まだ見ぬ妖しげな部分が隠されているのではないかと好奇心も湧き立つ。
いったい、この人は誰なんだろうか……?
いかにもと言える高貴な雰囲気がどことなく真姫や以前出会った黒澤ダイヤちゃんにも通じるところがある。どこかのお嬢様か? でも、どうしてこんなところに来ているんだ? と疑問符が浮かぶ。
「おっ、タカネちゃんじゃない! もしかして、今日もいっちゃうのかい?」
「はい。本日も大将殿の絶品なるらあめんをいただきに馳せ参じました」
言葉からも気品を感じさせられるな。やっぱりいいとこのお嬢様なんだろう。
すると、では――、とおもむろに指を立てて、
「『中華麺メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ』」
「――――っ!!?」
嘘だろ? この人も同じものを注文しちゃうのか!?
つい口の中に含んでいたモノが吹き出そうになるくらいの衝撃だ。あのほっそりとした身体のどこに入るのだろうかと心配と興味が湧く。
「余所見をしていては、おいしい麺が伸びきってしまいますよ」
「!」
突然、この女性が声を掛けてきたから慌ててしまう。見ていたのを気付かれてしまったのだろう、取りつくろうようにどんぶりに視線を戻した。
「ふふっ、そのように慌てずともらぁめんは逃げたりは致しませんよ。ですが、かように見つめられては少し恥ずかしいものを感じてしまいますね」
女性の乳白色の頬が少し紅くなる。恥ずかしいと言うより困っている様子の顔を見て、どうしてか胸に高鳴りを覚える。久しぶりの感覚だった。
「あっ―――! タカネちゃんだにゃぁ!」
隣にいた凛がこの女性を見て言った。知り合いなのか? 大将と同じく彼女のことを名前で呼ぶところを察するにそう感じてしまう。それを凛に尋ねてみると、
「うん、凛と同じでここのお店の常連さんなんだ! タカネちゃんはとってもラーメンが大好きで凛と意気投合しちゃっただにゃぁ~♪」
とても嬉しそうに話す様子を見ると彼女のことをかなり気に入っているのだろう。人懐っこい性格の凛だが、ここまで揚々とした雰囲気で話すのは珍しい。
「凛。あなたもここにおいでになっておりましたか」
「そうだよ! ここのラーメンのことが忘れられなくってまた来ちゃったにゃぁ! 見てみて、このおっきなラーメン! 頬っぺたがおちゃいそうなくらいおいしいからタカネちゃんも食べるといいにゃぁ!」
「ふふっ、ご安心なさい。
「そうなの!? えへへっ、じゃあタカネちゃんも食べて元気になってね!」
俺を間に挟んでの会話だが、気にすることなく会話を弾ませていた。彼女は凛を一目見るなり晴れやかな表情を浮かびあがらせて柔らかな笑みをつくった。厳かな表情とは一変したくしゃれた表情がより魅力的に感じられた。
「凛、今日はお連れの方と来られたのですね」
「そうだよ! こっちが蒼くんが蒼くんで、こっちが弘くんが弘くんだにゃぁ!」
「こらこら、そんな雑な紹介があるか……俺は宗方蒼一、凛の知り合いだ。食べながらですまないな」
「いいえ、
「あ、あぁ……よろしく」
「俺は滝明弘っていうんだ! お近づきになんですけど、連絡交換なんてしませんか? 今なら絶賛俺直通の電話番号からメールまでなんでもそろえて――いでででで!!!?」
「はいは~い、弘くんはさっさとご飯を食べるの! 食事中なのにみっともないにゃ!」
「うふふ、
彼女は指で口元を押さえながら、くすりと愛嬌ある微笑みを浮かばせた。
「はいよ、一丁お待ちぃっ!!」
会話に花が開きそうになるのもつかの間、大将が彼女の前に山盛りにされた例のラーメンを出した。
うわぁ、相変わらずでかい……。ついさっきまで同じくらいの量がこれくらいだったと彷彿させるかのようで、あらためて見ると頭がくらつきそうになる。いかん、俺たちも食べなければ……
「それでは、すべての食材に最高の敬意を込めまして―――いただきます」
彼女も食べ始めるのか。食前のいただきますの合掌を唱えてから割り箸を割り、速やかに野菜の山に突き立てていく。摘みあげる量は思った通り少なく、小さな口の中に運んでいく。一口がその少なさじゃ食べきるのは到底……
「パクッ、シャク。パクッ、シャク。パクッ、シャク。パクッ、シャク―――」
……って、ペースが速い!? 一口が少なくても口に入れる間隔と呑み込むペースがあまりにも早い!! 開始早々一分で角ばっていた頂が削れて平地が出来上がるほど。この驚異的なペース配分に俺はもちろん大将や周囲もどよめきだす。
こうしちゃいられん、こっちも食べ尽くさなくちゃいけないんだ。ギブアップになるのだけは勘弁だ!
まだ残りが多いこのどんぶりの中身を見てスパートをかけていく。硬かった麺もスープを吸いこんでいい感じにふやけてくれている。おかげで無駄な租借を繰り返すことなく腹に収めることができる。
ドロッとしたスープは健在。濃厚なとんこつと醤油の塩味にニンニクが加わって再びエンジンに火が着く! これならガンガン食べにいける! 勝利を確信した俺は顔を近付けて喰らいつく。
「ガッ、パクッ、ゴッ! じゅるっ、ぢるるるるっ! シャク、シャク、もぎゅっ!!」
麺も野菜も具なるものがすべて平らげたら残すはスープのみ。脂分は異常。高カロリー摂取になりかねないものだが、代謝が激しい俺には充分な量だ。これだけあれば3日間は全力で動けるだろうと思えるほどにだ。
「んぐっ、んぐっ―――ぷはぁっ! ごちそうさま!!」
どんぶりを持ち上げてスープを呑み干して、空になったどんぶりを置いて満足する。ふぅ、思った以上にたくさん身体の中に入ったものだな。意外と入っちゃうものなんだと少し自分の身体に感心した。
凛たちを見るとほぼ同時に食い終わったみたいで、少しぐったりとして余韻に浸っている様子。そして―――
「―――御馳走様でした。本日も、
「かっはっは! さっすがタカネちゃんだ! いい食べっぷりだったぜ!!」
はやっ!!? 隣の彼女は俺たちよりも5分くらいも遅れて食べたはずなのにほぼ同時に食べ終わってるだと!? この人、思っていた以上に大食いなのか……?
「さっすがタカネちゃんだにゃ! すごい勢いで食べてたにゃぁ!!」
「凛も見事な食べっぷりでしたよ。おいしそうに食べている姿に
「えへへ、タカネちゃんに褒められると嬉しいにゃぁ~♪」
あんなに食べたのに何事もなかったかのように話をしているんだが、彼女の胃袋はどうなってるんだ? 凛なんて少しお腹が膨れて喋り辛そうにしているし、明弘に限ってはゲロりそうな感じで……おい、マジで吐くなよ?
「さて、お腹も満たされましたし、そろそろお
「あいよっ―――!」
食べてすぐに帰れるくらい余裕なのか。入店してからそんなに時間も経ってないと言うのに大した人だよ……。
あっ、そう言えば彼女が誰なのか聞いていなかったじゃないか!
「待ってくれ! 君の名前はなんて言うんだい?」
会計を済ませた彼女に向かって、咄嗟に声をかけた。すると彼女は、にこっと口角を引き上げるように微笑んだ。
「ただの、しがないらあめん好きですよ―――」
実に爽やかな笑みだった。どこかに妖しげさを含ませているそんな表情だったが、その一言に何故か納得してしまう自分がいた。呆気にとられてしまったかのようだった。俺はこれ以上の言葉を見つけることができず、彼女が、御機嫌よう―――、とお辞儀をして去っていくのをただ眺めているだけだった。
彼女が去ってからの店内はどこか寂しさを感じた。
「おう、あんちゃん。会計、済ませとくかい?」
「あっ、はい。頼みます」
少し頭がぼーっとする。気持ちがここにあらずって感じか、彼女が出て言ってからどうも落ち着かない。あの人がいったい誰なのか、そればかり気にしている。
「タカネちゃんならまたここに来るよ」
「えっ……?」
「気になってるんだろ、あんちゃん? 不思議なお嬢ちゃんだろ? 俺たちも初めはあんなお人形みてぇな子がウチに来るだなんてってさ戸惑うところもあったわ。けど、気が付けばそこに座ってて、俺のラーメンをおいしそうに平らげてくれる。俺のラーメンをおいしく食うんだ決して悪い子じゃねェよ」
「そうそう! 大将のラーメンを食べる人はみんないい人ばっかだにゃぁ~♪」
「へへっ! さっすが凛ちゃんだ、いいこと言ってくれるじゃないの!」
大将は鼻高らかな気持ちで話してくれる。客商売を長くやってきた人だからだろう、人を見る目はかなり肥えているに違いない。その大将が言うのだから間違いないのだろう。
「けど、名前がわからないなぁ……」
「“タカネ”ちゃんっていうのだけは知ってるんだ。自分からそう名乗ったからな」
「名字は?」
「いや、知らん。見た感じじゃあいいとこのお嬢様なんじゃないの? あの言葉遣い、礼儀作法、かなり徹底された家柄なんじゃねぇかなぁ? けど、この近くの子じゃねェよな……」
「いえ、少しでもわかっただけで充分です。ありがとうございます。おいしかったです」
「おっ! そうかそうか!! また、腹が減った時に来いよ!! 今度はモリモリ食べてくれよ!!」
「あはは、お手柔らかに……」
大将からの催促を回避するように店を出た。汗かいた身体に外の涼しい空気が触れて寒くさえ感じた。ただ、腹は充分に満たされて気持ちがいい。身体を少し動かして腹持ちをよくしようかと考える。
「“タカネ”ちゃんね……」
気になるその子のことを思いつつ、はしゃぐ凛の後を追いかけていくのであった。
「―――あっ、タカネ! どこに行ってたんだ、探したんだぞ!?」
「すみません。少々小腹が空いてしまいまして、らあめんを食べに行っておりました」
「ラーメンって、またあのドカ盛りの店に?! おいおい、この後撮影なんだぞ、大丈夫か?」
「ご安心ください。
「そ、それならいいんだが……それより、ニンニクの匂いがするからブレスケアをちゃんとしておけよ?」
「はい、承知しております――――
―――プロデューサー殿」
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
この時間帯にこの話を見ると無性に腹が減って仕方ないのです。
二郎系ラーメンを最近食べましたがかなりのボリュームで腹が死にかけてしまいますね。ちなみに、ヤサイマシマシで勝負していました。
さて、少し間が空きましたが、そろそろ長編書きたい意欲が湧いてきたので今月中には始めていこうかと考えております。(希望的観測
どうなるのかはわかりませんが、出来る限りはやり続けていきたいです。
そして、今回登場した謎の美女がこれからも登場するのだろうか?という点にも注視してくださるとおもしろいですよ。
てな訳で、次回もよろしくお願いいたします。
今回の曲は、
鈴木みのり/『FEELING AROUND』
更新速度は早い方が助かりますか?
-
ちょうどいい
-
もっと早くっ!
-
遅くても問題ない