『蒼一! 早速なんだけど、お願いが―――!』
にこが懇願するように俺に頼みこんできての翌日――。俺はいつものように彼女たちμ’sが集まる部室に来ては折り畳み机の端っこで脚を組んで座っていた。座るところは皆バラバラなのだが、俺の場所だけは固定されて窓側の端っこと決めていた。話をする際にみんなに伝わりやすい位置であり、その逆の聞く側としてもこの場所は最適だった。
なにより、心地良い日光が入り込むので気持ちよくなれるのが一番の理由でもある。
そして今――μ'sの活動報告として設けているこの時間に、それとは別の話が出てくる。それを話すのは、にこ――2列に並び座った俺たちの一番端の中心位置で、にこからもそしてみんなからもお互いを臨むことのできる場所だ。
にこはそこに立ってまっすぐ前を見た。緊張しているのか俺たちの顔を見ないで、ずっと前の扉だけを凝視している。話をするんだからしっかりしろよ、と言いたくなるが、今回の話はにこ自身にとって言い出しにくいことでもある。
何せ、昨日の嘘のことがまだちゃんと晴れていないのに、みんなに嘆願しようと言うのだから。
「ちょっと、みんなに聞いてもらいたいことがあるの……」
「なになに、どうしたのにこちゃん?」
「もしかして、昨日のことをちゃんと話すようになったのかしら?」
あらためてかしこまった様子で話を切り出すにこに、穂乃果や真姫たちみんなの視線が集まった。にこは少し怯えたように腕を震わせていて、ゆっくり気持ちを整えてから口を開いた。
「そ、その……ごめんなさいっ!!私、みんなのことを騙してた。嘘を妹たちに話してごめんなさいっ!!」
目をギュッと閉じて深く頭を下げつつ、大きな声で口早になって謝り始めた。いつもの平常心は失われ、必死さが伝わってくる。この突然のことで何人かは驚いた様子を見せていた。だが、昨日みたいに問い詰めて来るような素振りが無いので少し変に思ったら真姫が口を開いた。
「そう。でも、にこちゃんは悪気があったわけじゃないのよね?」
「……悪気は、なかったわけじゃない……。あの子たちのアイドルになるためならってやっていたし、私もそうだったらいいなぁって思ってるところがあったし……でも、それが 間違いなんだって気付いて、だから―――っ!!」
真姫からの問いに、にこは赤裸々な気持ちで応える。こうしてにこが自分の気持ちを吐きだすように話すのは珍しい。プライドの塊のようなにこは簡単に謝ろうとすることや自身のことについて語ることを嫌っている。そんなにこが今、そのプライドを金繰り捨てるように話をしている。
にこのプライドは、いわば自分自身のそのもの。それが間違っていたと認めることの辛さはどれほど苦しいものか言うまでもない。こうしてみんなの前で頭を下げて謝ることがどれほど苦痛に感じているのか、力を込めて握っているだろう拳の震えが伝えて来るのだ。
それでも、耐えてくれよ、と感情を押し殺し心の中で願うしかなかった。にこのやりたいこと、それを実現するためにはここを乗り切らないとダメなんだと、昨日説き伏せたのだから……。
「―――なるほどね。じゃあ、今度からは影に隠れて嘘は吐かないでよね」
「「……え?」」
それだけなのか……? この話はこれで終りだというのか?
突然、真姫が話に区切りを付けたことに俺とにこの口から抜けた声が漏れた。変だ、しつこい性格の真姫ならもう少し食い下がるのに何も言ってこない。真姫だけじゃない、他のみんなも何も言わず、どこか納得している様子だ。
「えっ、え? それだけ? もう何も言わないの?」
「あら、もしかしてにこちゃんは怒られたかったのかしら?」
「いやに決まってるじゃない! で、でも、あっさりと終わっちゃっても釈然としないのよ……」
どこか納得しない気持ちのにこは堪らず聞いてしまったようだ。無理もないが俺も真姫たちの落ち着き様が気掛かりだ。
ん? 希がやたらおもしろそうに顔をニヤけさせているんだ? ………! もしかして―――!
「ウチが話したんよ、にこっちのことをね」
「希?」
希が何か話したのだろうと考えていた矢先、希は平然とした顔になって話しだした。数秒前までニヤ付いていたのに相変わらずの切り替えの速さだ。
そんな希がゆっくりと話し始めだす。
「にこっちの家のこと。部活動のこと。ウチの知ってるにこっちのこと、全部話したんよ」
「んなっ……?! どうして話しちゃうのよ!」
「ごめんなぁ。せやけど、そうもせんとみんなにこっちのことを誤解したままになってまう。ウチはみんなににこっちのことをたっくさん知ってもらいたかったんよ」
「希……! だ、だからって勝手に話さないでよ! 恥ずかしいことだってたくさんあるんだから―――」
「にこちゃん―――!!」
自分のことを赤裸々に話した希に当惑するにこ。そこに被さるかのように穂乃果が立ち上がって話しだした。
「にこちゃんのこと希ちゃんから聞かせてもらったよ! 妹ちゃんたちのためを思ってのことなんだよね! うん、わかってるよ!」
「あ、アンタ、ホントにわかってるんでしょうね?」
「当たり前だもん! 妹ちゃんを傷つけたくないから言い続けてきたんだよね。私も妹がいるから気持ちわかるよ!」
いや、穂乃果の場合は雪穂に迷惑かけすぎなんだが。言いたいことはわかるが、お前が言っても説得力を微塵も感じられんのだが……。けど、にこの様子を見る限りでは共感してくれたことを喜んでいるみたいだからいいのだけど。
「私も穂乃果と同じよ。亜理紗――ううん、妹に心配をかけないようにしたりしちゃうのは同じ立場の姉としてよくわかるわ。私も変に見栄を張っちゃうこともあったけど、言っちゃった後の辻褄合わせをするのが大変だったわ」
「絵里……」
同じく妹を持つ立場にあるエリチカの言葉には安心感があった。にこと同い年でもあり限りなく近い存在であるエリチカから言われためか、にこも突っ掛かろうとはしなかった。
「さすがに事務所付きアイドルやら私たちがバックダンサーだとか、調べたらすぐわかっちゃう見え透いた嘘を吐いちゃって、ちょっとやり過ぎよ」
「うっ………」
「でも、そうやって見栄を張ろうとするのがにこっちやもんなぁ」
「そのせいで私たちの頭を悩ませてくれちゃうけど」
「そうそう、にこちゃんは凛たちのことを困らせちゃうくらいがちょうどいい感じだにゃー」
「わ、私はにこちゃんのアイドルにひたむきになっている姿は尊敬しちゃうなぁ。花陽もアイドルが大好きだけど、にこちゃんと比べたら全然叶わないもん」
「確かにそうですね。嘘はともかくとして、にこが誰よりも真剣になって練習に取り組んでいる姿は称賛に値すべきですね」
「うんうん、ことりたちもみんなにこちゃんのこと大好きだもんね♪」
「う……ぅん………」
真姫の小言から始まったことが、いつの間にかみんながそれぞれにこに対して思っていることを一言ずつ言い合うような形になっていた。それを受け止めるにこは、あまりにも急に自分のことを褒められるのだから、赤面と顔の緩みが生じてみんなから顔を逸らしてしまう。嬉しい半分、恥ずかしい半分ってとこだろうな。素直になりにくいにこにとっては、叱られるよりも辛いことかもしれないと考えるとおかしくって、つい顔が緩んでしまう。
ちなみに、にこを褒めるタイミングを逃してもどかしそうにしている真姫も見て吹き出しそうになった。
「だから、にこちゃん! にこちゃんが悩んでいることとかあったら穂乃果たちに言ってよ! 私たち仲間なんだから、困っているのを見過ごせないんだよ!」
「ほ、穂乃果………!」
ほぉぅ、穂乃果がリーダーらしいことを言うようになってきたじゃない。胸をどんっと叩いている姿を見て少しだけ頼もしく感じるのは気のせいではないようだ。穂乃果の元々の素質なのか、困っている人を見過ごせないという性分が頼りにしたくなる気持ちにさせるのだろう。
現に、そっぽを向いていたにこの顔が穂乃果の言葉で向き直したんだ。にこにとっても穂乃果のそうした気持ちが嬉しく感じてるのだろうよ。
「じゃ……じゃあ、みんなにひとつお願いがあるんだけど……」
このタイミングで切り出したか――、みんながいい感じににこに協力的になっている様子を見計らってか、にこはもじもじしながら口を開いた。それはにこが昨日、俺に頼みこんできたことに間違いない。
「え?! なになに、にこちゃん言って!」
「穂乃果! そんなに急かせては、にこも話しづらいでしょう!」
「あぁっ!! ご、ごめんにこちゃん!」
「う、ううん、私は平気だから……」
「で、にこちゃんは私たちに何をしてほしいのよ?」
「それは………い、妹たちのためにライブがしたいの! それも、私、矢澤にこだけの単独ライブをよ!」
「えっ……?! にこちゃんそれ本気で言って―――」
「いいね、にこちゃん! やろうよ、にこちゃんのライブ!!」
にこが単独ライブをしたいと言いだした時、驚く様子をする者や眉をひそませる者もいたが、半分以上が賛成に回っていた。何より穂乃果のやる気が強く、まるで自分がライブをするかのように気合を入れているんだ。みなぎる熱量がみんなにも浸透していき、悩んでいたメンバーも含めて全員がにこの願いを聞き入れることに決めたようだ。
「ライブをするというのですから歌は欠かせませんね。既存の曲のソロを歌うのも味気ないですからにこのためにひとつ曲を書いてみましょうか」
「おお、さっすが海未ちゃん!」
「だったら、ことりもにこちゃんに合わせたとってもかわいい衣装を作りたいな。私、一度でいいからにこちゃんだけに似合う衣装を作ってみたかったんだ♪」
「ステージもつくらないとだよね! ステージのデザインと作りは花陽に任せて!」
「うぇっ……な、なら私も、にこちゃんのために一曲作ってあげるわよ……!」
「み、みんなぁ……!」
ライブをすると決まってから左程時間が経たないうちに大まかな構想まで出来上がりつつあった。さすがの行動力と彼女たちの動きを見て感心するも、俺自身もにこのためにやらねばならないことがあるのだと気を引き締める。
「そんなら俺は、にこのライブ全体の総監督をするから各自のが出来上がり次第俺が判断するからとりあえず仕上がるまでの目算を知りたいんだが、いいか?」
「私の作詞の作業は左程掛からないとは思いますが、今回はにこの言葉で作りたいのでにこ次第ですね」
「――だそうだぞ、にこ。にこは先に海未と一緒に作詞をしてくれ」
「―――! うんっ!!」
「曲も全然時間はとらないわ。にこちゃんのためだもの、にこちゃんに合わせたかわいい曲にしてあげるわ」
「ステージは絵里ちゃんたちと一緒にするつもりだよ。場所をどこにしようか悩んじゃうけど……」
「せやったら、屋上でええやん。太陽さんの光で照明もいらんと思うし、ステージを作るにもちょうどええスペースがあるもんなあ」
「だったら、私が許可を貰えるか理事長に相談してみるわ。元生徒会長だから少しは融通を利かせてもらえるかもしれないし」
「ありがとな、エリチカ。ことりの方はどうなんだ?」
「う~ん……多分、ギリギリまで時間を掛けちゃうかもしれないなぁ。デザインもこれからだし、手作りするにもひとつひとつに時間を掛けちゃうかもだし……」
「それなら、にこが作詞の作業を終えてからことりの手伝いに入ればいいことだ。まだ人手が足りなかったら花陽も入って手伝ってもらうようにするかな?」
「うん、花陽は平気だよ。こっちがある程度出来上がったらすぐに駆け付けるからね!」
さて、大まかな作業分担は決まったようだな。とすると、残すは公演日時を決めるところか……直近でやるとしても土日のどちらかだし、作業に一週間は必要だろう。そうなると、9日後の土曜辺りに決めようかな。
「よし、ライブの日程は9日後の土曜日にしよう! なるべく早めに作業を済ませて状態を見ようじゃないか。その間、にこは大変かもしれないけど、自分で言ったことなんだから責任重大だぞ?」
「ええ、わかってるわ。自分で言ったことの責任は端っからとるつもりよ。あの子たちに最高のライブが見せられるのなら全力でやるわ!」
「ああ、その意気だ。そう言うことだからお前たちもラブライブの予選だと思って作業に取り掛かってくれ。小さい子供たちにも喜ばれるような最高のライブを見せてやろうじゃないか!」
最後に激を飛ばして、みんなのやる気を底上げさせてから各々の作業に取り掛からせた。時間は決して長いわけじゃないが、俺たちにとっては充分だ。あとは予定通りにうまくいくのかと、にこがどこまで自分を成長させていけるかが肝になってくるな。
スーパーアイドル矢澤にこの本領発揮ってヤツだな。
そして、時間は過ぎてゆき、ライブ当日を迎えるのだった――――
「……って、お~い。俺の出番はどうなるんよ???」
「明弘……お前いたのか……」
「おいおいそりゃあねぇぜ。俺は話の先からずっといたんだぜ? 机の端っこで話を聞いてたんだぜ?」
「いや、気付かなかったな。というか、いたとしてもこの文字でしか自分の存在感を出すことのできない世界でいたと明言しても後出しじゃんけん扱いだぞ?」
「何ささらっとメタいことを言ってるんだよ……んなことより、次回はちゃんと俺は出て来るんだよな? ちゃんと出ているんだよn(
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
最近は夜が涼しくって居心地が良くなってきました。運動するのにも最適な気温なのでほぼ毎日欠かさないでやっている次第です。
と言うことで、にこの話も次回で終わらせるつもりです。にこがどんなライブをしてくれるのか楽しみですね。
では、次回もよろしくお願いします。
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない